ハリー・ポッターと魔法の学校のアリス   作:聖夜竜

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組分けと歓迎会

 

 門番のハグリッドに連れられてアリス達新入生はボートに乗り込む。アリス達は何人かの組に分けられ、ボートの船団は一斉に動き出しては大きな黒い湖を滑る様に進んでいく。

 

 夜の冷たい空気に当てられ全員が寒さに凍える中、湖の向こう岸に高い山が聳え、その天辺に壮大な城が見えてくると忽ち歓声が湧き起こった。

 

 大小様々な塔が幾つも立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっている幻想的な光景にアリスも思わず寒さを忘れて息を呑んだ。

 

 やがてボート船団が城の地下に位置する船着き場へと到着する。大きな声を掛けながらランプを持って先導するハグリッドの後に続いて生徒達は石段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集まった。

 

 ハグリッドは全員揃っている事を確認してから頷くと、大きな握り拳を振り上げて扉を三回叩く。すぐに開かれた扉の奥では厳格な顔つきをした魔女が一人でハグリッド率いる新入生の集団を待ち受けていた。

 

 魔女の名はミネルバ・マクゴナガル。エメラルド色の三角帽子にやはりエメラルド色のローブを着た背の高い高齢の女性で、アリスはいかにも本で読んだ魔女のイメージぴったりなマクゴナガルを見て失礼ながらクスッと微笑んでしまった。

 

 その間にもマクゴナガルは扉を大きく開けて玄関ホールに生徒達を招き入れる。玄関ホールはとてつもなく広大で、石壁は綺麗に磨かれて松明の炎に照らされ、天井はどこまで続くかわからないほど高い。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」

 

 マクゴナガルの挨拶が始まり、アリス達はホグワーツでの寮について教えられた。それによると寮の組分けはとても大事な儀式で、ホグワーツにいる間は寮生が学校での家族のようなものという事だ。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごす事になるらしい。

 

 寮は全部で四つ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれ輝かしい歴史があり、偉大な魔法使いや魔女が卒業したという。

 

 ホグワーツにいる間、自分の属する寮の為になる行いをすれば得点が、反対に規則に違反した時は寮の減点となる。そして学年末には最高得点の寮に名誉ある寮杯が与えられるそうで、四つの寮は互いに競い合っているらしい。

 

「組分けの儀式はまもなく始まります。一列になってついてきてください」

 

 そうしている間に組分けの儀式は始まる様で、アリス達はマクゴナガルに連れられて玄関ホールから大広間へと足を踏み入れた。

 

「すごい……なんて素敵なの……」

 

 大広間はアリスが夢に見ていた幻想の魔法世界の光景そのもの──いや、それ以上に不思議で素晴らしいものだった。

 

 何千という蝋燭が空中に浮かんで四つの長テーブルを明るく照らし出し、テーブルには上級生達が着席しており、所狭しと並べられたキラキラと光り輝く金色のお皿とゴブレットが置いてある。

 

 上級生達が着席するテーブルとは別にもう一つの長テーブルが上座にあり、そこには高齢の魔法使いや魔女──ホグワーツの教師と思われる人達が座って新入生を見守っていた。

 

 マクゴナガルは新入生を上座のテーブルのところまで引率し、上級生と対面する形で新入生を一列に並ばせた。

 

 アリス達の前には何故か一つだけ椅子が置かれており、その椅子の上には魔法使いや魔女が被りそうな継ぎ接ぎだらけでボロボロの汚らしいとんがり帽子がぽつんと置かれてある。

 

 いったいこの帽子に何の意味があり、どうやってこれから寮の組分けをしようというのだろうか。

 

 アリスも他の生徒も同じ様に疑問に思っていると、驚いた事に帽子が動き出し、帽子の破れ目が裂けて口のように開かれ、帽子は大広間に響き渡るくらいの声量で歌い出す。

 

 

 

 

 

 ──私は君達が行く寮の名を教える組み分け帽子。君達の心の奥底を見透かし、最も相応しい寮へと導く。

 

 ──グリフィンドールは勇猛果敢、どんな逆境にも負けない強い信念を持った正義ある者こそ選び取る。

 

 ──ハッフルパフは清く正しく忍耐強く、真に心優しい者溢れる家族のような温かさ。

 

 ──レイブンクローは機知と勉学を欲する賢き者が進む魔法の宝庫、意欲があるならここで必ず何かを得る。

 

 ──スリザリンはどんな手段を使ってでも目的遂げる狡猾さ、自分の力を信じるならば、必ずや偉大な道は開かれる。

 

 

 

 

 

 組分け帽子が歌った内容を要約するとこんなものだ。

 

 全員が拍手や歓声で組分け帽子の歌を称える中、アリスはハリーの隣で拍手しながら四つの寮に求められる条件を考えていた。

 

 先程の歌を聴いた限り、組分け帽子はかなり要求が多い様に思えた。

 

 新入生の間で人気なグリフィンドールはハーマイオニーやロンが汽車の中で一番良いと話していたが、今のところアリスは勇敢でもないし、特別正義感が強い訳でもない。

 

 ダイアゴン横丁の書店で立ち読みした『ホグワーツの歴史』によれば、ホグワーツに入学する生徒はほぼ全員が生まれた時から入学予定リストに名前が載り、11歳へと成長する過程でどの寮が相応しいかを自然に選別されていくのだとか。

 

 どういう判断基準で選別されるのかは今一分からないが、その本に従って解釈するならアリスも四つの寮が求める資格を何かしら満たしている事になるはず。

 

「アルファベット順にファミリーネームを呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください」

 

 アリスをはじめ、他の大半の新入生がそれぞれ組分けで不安に思っていると、いつの間にかマクゴナガルが長い羊皮紙の巻紙を手にしていた。どうやら組分けの儀式が始まるらしい。

 

「では、さっそく始めましょう──アボット・ハンナ!」

 

 ファミリーネームはAから始まり、ハンナという金髪のおさげの少女が帽子を被って椅子に腰掛けた。

 

 帽子は一瞬の沈黙の後、大広間全体に向かって「ハッフルパフ!」と叫んだ。

 

 途端に右側のテーブルに座るハッフルパフから歓声と拍手が上がり、ハンナはハッフルパフのテーブルに着いた。

 

 組分けの儀式はいざ始まってみれば簡単なものだ。

 

 ハッフルパフ、レイブンクロー、レイブンクロー、グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ……

 

 次々と新入生が自分達の寮に割り振られていく。

 

 本当にそれらしい印象の生徒がやはりそれらしい寮に選ばれるのだなと、アリスは変なところで感心しながらシェーマス・フィネガンという男子生徒がグリフィンドールのテーブルに着く光景を眺めていた。

 

「グレンジャー・ハーマイオニー!」

 

 ここでハーマイオニーの名前が呼ばれた。ハーマイオニーが何度かブツブツと呟きながら椅子の前に進むのを見て、アリスはふとある事を思った。

 

 アリスやハーマイオニーはハリーやロンと異なり、魔法族ではないマグル生まれの生徒である。とすれば、今までマグルとして生活していた生徒達はどの様にして選ばれるのだろうか。

 

 アリスは魔法族でなくても魔法力が身に付く事は既に知っている。現に自分や妹のイーディスは間違いなくマグルでありながら魔法が使える。

 

 不思議なのはそれまで魔法界と繋がりのなかったマグルが何故突然魔法が使える様になったのかという事にある。

 

(そう言えば、汽車の中でロンが家族全員グリフィンドールって言ってたっけ……)

 

 もしかすると判断基準は本人の性格だけでなく、身内の血筋も関係するのかもしれない。という事はウィーズリー家の六男坊であるロンもグリフィンドールに入る可能性は濃厚と言える。

 

「グリフィンドール!」

 

(あっ、ハーマイオニー決まったんだ)

 

 やはり他の生徒より少し時間は掛かったが、マグル出身のハーマイオニーも無事にグリフィンドールに選ばれた。

 

 今までの生徒で一番長い組分けを終えたハーマイオニーが嬉しそうに笑顔で寮のテーブルへと向かうのを列の中から見届け、アリスは一先ず安堵の息を吐いて彼女を祝福した。

 

 先に呼ばれたハーマイオニーを出汁に使った訳ではないが、これでマグル出身の生徒も魔法族の生徒と平等に選定される事が判明しただけ良しとしよう。

 

 組分けが進むに連れてアリスの不安はだいぶ和らいでいく。そしてついに……

 

「リデル・アリス!」

 

 ファミリーネームの順番的にはLとなるアリスの名前が呼ばれた。アリスは周囲の誰にも聞かれない様に小さく溜息を漏らす。彼女はマグル出身なので魔法界に広く知れ渡るハリー程の注目は浴びないはず。

 

「アリス? アリス・リデルだって?」

 

「うそ……じゃあ、あの小さな娘が不思議の国のアリス?」

 

「て言うか実在するんだ……ずっと架空の人物だと思ってた」

 

 ……聞こえない。大広間に響く幾つもの雑音会話はすべて遮断する。それでもアリスは普通の生徒よりかは幾らか有名と言えるので、小さなざわめきくらいは起きてしまう。

 

(……大丈夫、落ち着けアリス。どの寮に入ってもあたしは頑張れる。今までそうしてきたんだから)

 

 アリスも周囲の期待に応えようとはしている。家族はもちろん、彼女を知る世界中のアリスファンが望む“理想のアリス”であろうとし、見えないところで誰もが認める究極のアリスになろうと孤独に努力を続けてきた経緯がある。

 

 時には周囲の期待が押し寄せる重圧感に屈し、姉ロリーナの前で堪えられないと泣き続けた事も。しかしそれで逃げる訳にもいかない。

 

 ……何より、いつまでも逃げ続けていたら“本の中の自分”に笑われてしまう。

 

(……そうだ。“もう一人のアリス”だって最初は自分の涙で池になるほど泣いちゃう娘だったけど、ちゃんと逃げないで前に向かって進んでたじゃない……!)

 

 身に纏う黒いローブの下でアリスは固く強く拳を握る。精神を研ぎ澄ませ、今の現実の自分と幻想にのみ存在する自分を正しく同調させる。

 

(……そう、あたしはアリス・リデル。ホグワーツと同じくらい不思議な国を独りで旅した勇敢な少女。あの怖い女王の裁判にだって出廷したんだもの……今さら帽子を被るくらいなんてことないわ!)

 

 ──そう。勇気は誰の心にだってある──大切なのは常に前へ進む強い気持ち。それを自分なりにイメージすればいい。

 

「すぅ……よし。いくわよ、アリス」

 

 待ち受ける儀式に最良の決着を──残す新入生が立ち並ぶ列の後ろから前へと優雅に足を踏み出す。まだ多少は緊張しているものの、思った以上にその足取りは軽やかだ。

 

 吸い込まれそうに綺麗な青い瞳をキラキラと輝かせ、アリスは堂々と前を見て歩いた。

 

 この後に控えるハリーほどでないにしろ、彼女が一歩進む度にマグル出身を中心に生徒達のざわめきが広がっていく。

 

 アリスは組分けの椅子に着く前にふと教師達が陣取るテーブルを一瞥する。その中でも真ん中の大きな椅子に座る年老いた魔法使いの姿が目に入った。

 

 アリスはホグワーツに向かう汽車の中でその顔を蛙チョコレートのカードの写真で見た事がある……間違いない、彼がアルバス・ダンブルドアだろう。

 

 ダンブルドアはそれまで新入生の組分けを一人一人注視していた様だが、アリスと一瞬だけ目が合うと何故かとっても意外そうな顔をしていた。

 

 勇気を出したアリスは大勢の生徒達と対面する形で椅子に座り、すぐに古びた帽子を手に取る。

 

『おや、君は……リーヴズの娘だね』

 

 小柄なアリスにはやや大き過ぎる帽子を頭からすっぽり被ると、丁度上の方から見知らぬ男らしき声が脳内に語り掛けてくる。先程組分けに関する歌を歌っていた時点で喋れるだろうとは予想してたが、まさかテレパシーの様な手段で口を聞くとはさすがのアリスも驚いた。

 

(リーヴズ? ああ、たしかオリバンダーさんも言ってた……でも帽子さん、あたしはリデル家の次女よ? リーヴズなんて家の娘じゃないわ)

 

『リデル……ふ~む。“ヴォーパル”を守護する旧き一族がマグルの血を受け入れたか……なるほど、実に興味深い』

 

(どういうこと? 帽子さん、何かあたしのこと知っているの?)

 

 ダイアゴン横丁で杖を選んだ時にもオリバンダーに言われた意味深な名前。リーヴズ……アリスの家族にその様なファミリーネームを持つ者はいないと記憶している。

 

 三姉妹も父ヘンリーもリデル家の出身だし……あと一つ考えられるとすれば、アリスとイーディスがまだ赤ん坊の時に亡くなったと父親から聞いた“名前も顔も声も知らない母親”だが……

 

『……答えは自分で見つけ出すものだ。君が望むその寮の様にね』

 

(まぁ、あなたそんな事も分かるの? ほんとに頭の中を覗いてたのね……お喋り帽子のくせに)

 

 組分け帽子にはぐらかされた気がする。そう言えば『不思議の国のアリス』に登場する“チェシャ猫”も、アリスに言う事だけ言って逃げるのが上手かったなと思い出した。

 

『私は何でも知っている。そして答えはすべて君の中にある。さぁ、教えてごらん? 君はどの寮を望むのか』

 

(でも帽子さん、あたしってほんとに資格あるかな?)

 

『おや、悩むかね? ふむ……君は中々に面白い娘だ。それでいて非常に難しいとも言える。まだ生まれたばかりの小さい勇気だが、困難に立ち向かう意志を既に宿している。心も清らかで優しく、争い事を嫌い他者との和解を望む。頭も悪くない。自ら学んだ事を吸収し、進んで教えようという叡知もある。それに、なるほど……自分の力を試したいという素晴らしい欲望もあるようだ』

 

(……驚いたわ。あたしじゃ多分そんなには気付けないかも……ねぇ帽子さん、あたしはどの寮にも入っていいの?)

 

『もちろんだとも。君がどの寮に入るか分からないのなら、どの寮に進んでも成功する可能性はそこにある。それでもまだ答えは出ないかね?』

 

(……帽子さん、あたし……このホグワーツで新しい自分を見つけたい。理想と現実のどちらにも縛れない──ありのままの“アリス”になりたいの。それじゃ答えにならないかな?)

 

『ふむ……それが君の選んだ答えだね?』

 

 組分け帽子の問い掛けにアリスは小さく、しかしはっきりと頷いた。

 

『よろしい。君がその答えに辿り着いたのならやはり──グリフィンドール!』

 

 組分け帽子が最後の言葉を大広間全体に向かって力強く宣言する。数分以上に及ぶ長い選考が終わり、ハリー・ポッターに次ぐ意外な注目株となったアリスはグリフィンドールの生徒に迎えられた。

 

「やった! やったわ! アリスがグリフィンドールに選ばれた! もう嬉しくて踊りたい気分よ!」

 

「あ、ありがとう……(忘れてた……組分けの順番的にあたしの隣はハーマイオニーだった……)」

 

 組分けを終えたアリスが大興奮状態のハーマイオニーに手招きされながらグリフィンドールのテーブルに着席すると、グリフィンドールの生徒達は立ち上がって口々に歓声を上げ、緊張の糸が抜けた彼女を歓迎する。

 

 若干疲れた様子のアリスはハーマイオニーと一緒に次の組分けを見守る事に。

 

「ロングボトム・ネビル!」

 

 ちょっとした盛り上がりが静まるのを待ってから、マクゴナガルが次に名前を読み上げた。

 

 黒髪で丸顔のネビルは椅子まで行く途中で転倒してしまい、爆笑の中での組分けを待つ事に。

 

「あの男の子、ネビルっていうの。汽車じゃ私と同じコンパートメントにいたんだけど」

 

 アリスの隣に座るハーマイオニーが小さな声で呟く。

 

「ちょっと──“訳アリ”みたい」

 

 なるほど……とハーマイオニーの話を聞き流すアリス。ここで意外だったのはこのネビル──なんと決定にアリス以上の時間が掛かった他、その印象からまずないだろうと思われたグリフィンドールに選ばれたのだ。

 

 ようやく決まって安心し切ったのか、ネビルが組分け帽子を被ったままグリフィンドールのテーブルへと駆け出してしまう。

 

「ふーん。訳アリ、ね……」

 

 またしても起こる爆笑の中、恥ずかしさで赤面したネビルが隣の席にやって来るのをアリスは静かに眺めていた。

 

「ポッター・ハリー!」

 

 その後しばらく進み、ついにハリーの名前が呼ばれた。大広間全体がアリスの時以上の大きなざわめきに包まれる中、明らかに顔色の悪いハリーが酷く緊張した様子で組分けの席に着いた。

 

「ポッターって、そう言った?」

 

「あのハリー・ポッターなの?」

 

 ……嗚呼、この空気はアリスも嫌というほど知っている。大広間に集まる人々が首を伸ばし、有名なハリーの姿をよく見ようとしている。

 

 ハリーはこれから何百もの好奇の目に覗かれながら、あの椅子で組分けの儀式を受けるのだ。

 

(ハリー……大丈夫よね?)

 

 まるで自分の事の様に心配した様子でハリーの組分けを見守るアリス。ハリーが椅子に座って既に数分は経過しただろうか。

 

 まだその瞬間は訪れない。アリスはハリーが何やら小さな声でブツブツと呟き、祈る様に唇を動かしているところを目撃する。恐らく組分け帽子に心の中を読まれているに違いない。

 

「グリフィンドール!」

 

 長い沈黙の果てに組分け帽子が大広間全体に向かって高らかに叫ぶ──決まった。

 

 ハリーはアリスと同じグリフィンドールに選ばれたのだ。アリスも他の生徒達と一緒に笑顔で拍手しつつ、良かったねと心の中で祝福した。

 

 

 

 

 

 それからは組分けもすんなりと進んでいった。残り少ない新入生の列で酷く青ざめていたロンも無事グリフィンドールに選ばれた。尤もこれはアリスの予想通りだったが。

 

 最後の生徒の組分けが終わると同時に大きな金色の椅子に座っていたダンブルドアが立ち上がり、腕を大きく広げて笑顔でホグワーツの生徒達を見渡した。

 

「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 

 ダンブルドアのおかしな挨拶が終わると、学校中の出席者全員が歓声と拍手で湧いた。アリスはあれが世界一と言われる魔法使いの姿なのかと思い苦笑いしてしまったが。

 

 アリスがダンブルドアの挨拶に気を取られているうちに、いつの間にかテーブルの上に豪華な料理が所狭しと並んでいた。

 

 いったいどうやって瞬時に出したのだろう……まだ魔法界に入りたてのアリスには見当もつかなかった。

 

「美味しそう……ねぇアリス、これも魔法なのかしら?」

 

「おそらくね。でも本当に美味しい。イギリス料理は世界でも不味いって評判だけど、ホグワーツのはちゃんと味付けもしっかりしてるみたい」

 

 ハーマイオニーと談笑を交えながらアリスはどれもこれも食べ過ぎない様に注意しつつ、自分の家でも普段滅多に食べられない様な御馳走に舌鼓を打つ。

 

 程なくして微妙に余り残った料理が黄金の皿から消えると、今度は食後のデザートが瞬く間に現れた。アリスもハーマイオニーも年頃の女の子らしく甘い物が好きなので、これには二人共大満足だった。

 

 やがてデザートも消えてしまうと、ダンブルドアが軽く咳払いをして立ち上がった。

 

「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言言うておく。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておく」

 

 言いながら、ダンブルドアはキラキラとした目でグリフィンドールのテーブルのどこかを見た。誰か悪戯にその禁じられた森に入り込む悪い生徒がいるのだろう。

 

 アリスは食後の満腹感と突然の睡魔に襲われ、ぼんやりとダンブルドアの話を聞いていた。

 

「次に管理人のフィルチさんから授業の合間に魔法を使わないようにという注意があった。それと今学期は二週目にクィディッチの予選があるから、寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡するのじゃ」

 

 クィディッチ……これもアリスがダイアゴン横丁の書店で『ホグワーツの歴史』を立ち読みした時に偶々知ったのだが、どうやらクィディッチは魔法界でとても人気なスポーツのようだ。

 

 本の内容によればこのホグワーツでもクィディッチの試合は毎年盛んに行われ、それぞれ寮対抗のチームで寮杯という名誉あるトロフィーを争うらしい。

 

(何だかとっても面白そう。あたしも箒に乗れたらやってみたいかも)

 

 元々アリスは勉強するより元気に身体を動かす方が好きな性分である。ホグワーツも魔法学校というくらいなのだから箒に乗る授業もするはず……少し眠気の覚めたアリスは今からクィディッチが楽しみになった。

 

「そして最後じゃが──とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」

 

 ……妙に引っ掛かる言い方だ。それに何故その様な危険な場所が生徒達も大勢いる学校内にあるのか……アリスは早くもこの学校の運営に少し不安を感じてしまう。

 

 その間にもダンブルドア指揮の下、教師と生徒全員でホグワーツの校歌斉唱が始まった。信じられない事に全員がバラバラに歌い終えるという何とも締まらない校歌斉唱が終わると、ホグワーツの歓迎会はようやくお開きとなる。

 

 グリフィンドールの一年生は騒がしい人混みの中を通って大広間を出ると、監督生のパーシー・ウィーズリーの案内で大理石の階段を登り、長い道のりを経てようやくグリフィンドール寮に到着する。

 

 その道中でパーシーからポルターガイストのピーブズの事、肖像画の『太った婦人』の事、寮に入る際に必要な合言葉の事などを教えられ、新しい一年生は心地よい円形の談話室にやって来た。

 

 ここでも監督生パーシーの指示に従い、男女別に寮へと続くドアに行って自分達の部屋に入るようにと言われた。

 

 アリスは傍にいたハリーやロンと一言挨拶して別れた後、ハーマイオニーと一緒に女子寮へと続く螺旋階段を登り、それぞれに割り振られた部屋に入る。

 

 既にトランクは届いており、疲労で眠たいアリスは制服を脱いで薄地の白いパジャマに着替えると、すぐに自分のベッドに潜り込んだ。

 

「ねぇアリス……もう寝ちゃった?」

 

 すると、深紅のカーテンで覆われた隣のベッドからハーマイオニーの眠そうな声が話し掛けてくる。

 

「いいえ、まだ……どうして?」

 

 アリスが枕の位置を調整しながら訊くと、ハーマイオニーがカーテンの向こうから静かに呟いた。

 

「あの時の続きだけど──実は私ね、ホグワーツの手紙を貰うまで誰一人友達がいなかったの」

 

 彼女の言う“あの時”とは、二人が最初に出会ったホグワーツ特急での会話の事だろう。アリスが黙って聞いていると、ハーマイオニーは静かに語り始める。

 

「歯医者をやっている両親の影響なのかしらね。小さい頃からずっと勉強、とにかく勉強の毎日──そんな時に家のラジオで聴いた『不思議の国のアリス』って名前の本がすごいってニュースを聞いて──」

 

 アリスは沈黙したまま……そう言えば何年か前、ルイス・キャロルが書いた本がイギリスで売れる様になった頃、何度かラジオの放送で『不思議の国のアリス』の誕生秘話が取り上げられていた事があった気がする。

 

「……私、あんなにも素敵で不思議な本に出会ったのって初めてだったと思うわ。それにアリスの物語にはモデルになった小さい女の子がいるって事もラジオの話で聞いて──」

 

 ……なるほど。それでハーマイオニーは彼女の事を色々と調べるうちに、不思議で魅力的なアリスの世界にどっぷりとハマっていった……という事なのだろう。

 

「これは他のみんなには絶対内緒だけど……ホグワーツの手紙を貰った時、私ももしかしたら憧れのアリスみたいに魔法の世界で冒険できるかもって思ったの。それに……」

 

 とここで、ハーマイオニーの声量がアリスにも聞き取れないほど微弱なものになる。

 

「……あなたは、私の初めての友達になってくれた。それが本当に嬉しくて……ぐすっ……ありがとう」

 

 薄暗いカーテンの向こうで啜り泣く彼女の声を聞いた。黙って聞いていたアリスは自分の顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのを肌で感じてしまう。

 

「……あなたは間違いなくアリスだった……私、今日アリスと出会えて本当に良かった。だから、これからも私とその……」

 

「──待って、ハーマイオニー。そこから先はあたしが言う台詞よ」

 

 涙声のままで恥ずかしそうに勇気を出して何かを伝えようとするハーマイオニーをアリスが制止する。すぅ……と小さく息を吐き、ほんのりと頬を赤く染めたアリスは隣の彼女へと告げる。

 

「──ねぇ、ハーマイオニー。あたしと一緒にこの不思議で楽しい魔法の学校を冒険してみない? それはきっと素敵な思い出の日々になると思うんだけど……ダメ?」

 

 若干照れた様なアリスの言葉に、泣いていたハーマイオニーは思わずクスッと微笑んでから言った。

 

「……えぇ。喜んで……!」

 

 ……こうして、アリスとハーマイオニーはホグワーツ最初の夜に友達の関係になった。この素敵な友情がいつまでも続きますように……二人はそう願いながら、それぞれベッドの中に潜り込むのだった。

 

 


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