夏バテ気味でちょっと執筆速度が下がってました。更新遅れてすみません。
今回の話はホグワーツ特急の前編となります。
何はともあれホグワーツ特急まで進んだので、ここからは出来上がったプロットに合わせて展開速度を上げていけたらと思います。
キングズ・クロス駅に到着したのは午前十時を過ぎた辺りだった。
ダイアゴン横丁の時と同じ様に、ヘンリーの車でキングズ・クロス駅まで送ってもらったアリス。学寮長の仕事が忙しい様子の父親と、未だに不貞腐れた態度の妹と別れの抱擁と挨拶を済ませ、アリスは駅のホームに独りで来ていた。
大勢の人がごった返す中、大きくて重いトランクを乗せたカートを両手で押して進みながら、アリスは9番線と10番線のホームに近付く。
(ふふっ……まさかこんなところに“あのアリス”がいるなんて誰も思わないでしょうね)
今日のアリスは人目を気にして目立つ格好を避け、お気に入りの普段着である青と白の可愛いエプロンドレスも、大きな青いリボンも、白と黒のオーバーニーソックスも着用していない。
誰が見ても完全に違和感なく、地味なマグルの女の子として溶け込んでいる。綺麗な金髪や人形の様に整った顔立ちこそ本物のアリスだが、彼女と言えば有名なエプロンドレスの外見イメージが強過ぎる為か、今の貧相で地味な格好では誰も彼女と気付かないのだろう。
それに加えてキングズ・クロス駅のホームはどうしても人数が増える為、ホグワーツ特急が停車する魔法界側のホームに行く姿をマグルに目撃されてはいけない。
そう考えたアリスが出発前にヘンリーへと相談。そこから写真家でもあるルイス・キャロルことドジスン教授の発言からアリスの衣装に関するヒントも得て、現在の“貧相な家で育った地味なアリス”をリデル家支援のもとに作り上げた。
正直今のアリスはロンドンの小さな孤児院で普通に暮らしていても然程おかしくない地味な見た目で、下手すると駅のホームで待ち合わせしているハリーも、最初はこのアリスが誰だか気付かないという可能性も考えられる。
「ふぅ……どうやらハリーはまだ到着してないようね」
そのハリーがいるとすればこの辺りだ。実は何日か前にハリーへとふくろう便を送り、九月一日は駅のホームで待ち合わせしようと話していたのだ。
しかしハリーの姿はどこにも見当たらない。尤もハリーの住むリトル・ウインジングはアリスが住むオックスフォードと比べ、キングズ・クロス駅があるロンドンからも距離的に遠いので仕方ないが。
「えっと……たしかハグリッドから封筒を貰ってたわ」
アリスとハリーは今回が初めてのホグワーツ特急なので、当然ホームの行き方も知らない。ふと立ち止まってハグリッドから事前に貰ったホグワーツ特急の切符を取り出して見ると、奇妙な事に『9と3/4番線』と書いてある。
そしてそんな馬鹿馬鹿しいホームは当然キングズ・クロスにない。
(もしかしたら……ハグリッドがあたし達に何か言い忘れたのかも)
……有り得る話だ。ダイアゴン横丁でのハグリッドを思い出すに、どうも少し頼りないというか、どこか抜けているところがある様に見受けられた。
しかしこの場に居ないハグリッドを悪く言っても仕方ない。ここは読書と勉強で鍛えたアリスの頭脳でホームの謎を解くしかなさそうだ。
(思い出すのよ、アリス。あたし達が最初に『漏れ鍋』に行った時……マグルの人達はみんなそこに店があるのを気付かない様子だった)
恐らくホームへの入口も『漏れ鍋』と同様、マグルには分からない、発見されない魔法が掛けられていると推理するアリス。となれば怪しいのはホームの間に幾つかあるレンガの柵。
(そう言えば……ダイアゴン横丁に行った時、ハグリッドは魔法の傘でレンガの壁を叩いてたわね……杖で柵を叩けばホームへの入口が現れるってこと?)
いや待て……そう決断するのは早計だろう。それにここはキングズ・クロス駅のホームのど真ん中だ。当然ながら周囲の目は張り巡らされている。そんなところで魔法の杖を取り出したりなんてしたら、もっと多くの魔法使いがとっくの昔にホームで目撃されている筈である。
(……違う。あれはダイアゴン横丁に行く時だけのやり方。恐らく、魔法界のホームに行く時はまた別の手段があるはず……もっとそう、マグルにも気付かれないような何か……)
ここでアリス、もう一度ホグワーツ特急の切符に目を通す。だが書いてあるのは『9と3/4番線──十一時発、ホグワーツ行き』のみ。おかしな切符の文面通りに解釈するなら、9番線と10番線ホームの中間が丁度『9と3/4番線』という事に。
(……やっぱり怪しいのはあの柵ね。とにかく柵の近くまで行ってみなきゃ)
ここで立ち止まって考えていても仕方ない。アリスがカートを押すと同時に足を前に踏み出したその時。
「アリス!? ねぇ、アリスだよね!?」
咄嗟に名前を呼ばれたアリスの背後から聞き覚えのある男の子の声が聞こえてくる……間違いない、ハリーだ。
アリスが振り返ると、一ヶ月振りに再会したハリーは今にも泣き出しそうな困り顔で立っているではないか。
「ああ、よかった……僕、アリスに全然会えなくて……どうやってホームに行けばいいのかもわからなくて困ってて……それで……」
誰が見てもハリーはパニックにならないよう堪えている様子だった。
「あっ……その、ごめんなさい! あたし、ハリーにこの格好で行くってこと言ってなくて……そうよね。知ってる人が知らない格好して別人になってたら、ハリーみたいに会えないと思ってもおかしくないわよね……」
考えてみれば当たり前の事だ。一人で初めてキングズ・クロス駅に向かい、待ち合わせの相手も発見できず、ホームの行き方さえ聞いていない……それでホグワーツ行きの列車があと十分ちょっとで出てしまう事実を駅の時計で知れば、アリスだって焦って泣き出し、人前でパニックに陥っていたかもしれない。
「ううん……大丈夫。もうアリスに会えたから……でも僕、アリスやハグリッドがいないと何もできないんだな……」
落胆気味のハリーが消え入る様な声で呟くと、アリスもチクッと胸を痛めてしまう。
「そんな、あたしだって……ごめんね、ハリー。また会えてとっても嬉しいわ」
「ううん、いいんだ。気にしないでよ。僕もアリスに会えて嬉しいから。それより早くホームの行き方を探さないと……」
「そうね。時間もあまり待ってはくれないみたいだし」
ハリーとの再会で危うく出発の時間を忘れるところだった。駅のホームに備え付けられた大きな時計の時刻がいよいよ十一時に迫る中、アリスとハリーはホームの間に位置する改札口の柵までトランク入りのカートを押す。
アリスの推理が正しいなら、ホグワーツ特急が停車する『9と3/4番線』はこの柵の向こう側に続いているはず。というより、柵の他に目ぼしい物や場所が見当たらない。なのでこの考えは恐らく正解だろう。
それに何より……大荷物を乗せたカートを押している赤毛の集団が人混みの中を歩く姿を目撃したのだ。……間違いない、彼らはホグワーツを知っている人達だ。アリスとハリーは逸る気持ちを抑えつつ、黙々とカートを押して赤毛の集団の後ろに続く。
思った通り、赤毛の集団はアリスが怪しいと睨んでいた9番線と10番線の間にある柵の付近で立ち止まり、一人ずつカートを押して柱の向こう側へと消えていった。
「ねぇ、アリス。僕達このまま突っ込んで壁にぶつかったりしないかな?」
柵の前に二人で並び立ったその隣でハリーが不安げに壁を見つめる。
「うーん……それは大丈夫だと思うわ。ただ柵の中に入る瞬間、マグルの視線には気を付けなくちゃいけないけど」
言いつつアリスは試してみる様に柵の中へと自分の手を慎重に伸ばす。すると驚く事にアリスの右手は吸い込まれ、手首から先が消えてしまった。
しかし自分の手がその壁の先にあるという感触は残っている。やはりこれも魔法らしい。
「ほら、大丈夫でしょ? 私達、とうとう『9と3/4番線』を見つけたんだわ」
アリスは自分の考えが間違っていなかった事が嬉しいのか、ハリーに向かってにんまりと得意気に微笑んだ。それからアリスとハリーはマグルに見られないよう注意して柵の中へとカートを前進させていく。
二人が一緒に柵を抜けると、紅色の蒸気機関車が乗客でごった返すプラットホームに停車していた。ホームの上には『ホグワーツ行特急 十一時発』と書いてある。……間違いない、ここが『9と3/4番線』だ。
しかし列車やホームをのんびり眺めている時間などない。そこでアリスとハリーはなるべく最後尾の車両へと移動する。
この時点で既に先頭の二、三両は荷物を車内に置いてきた手ぶらな生徒でいっぱいになっており、とてもじゃないが席が空いている様には見えない。
その読みが当たってか、アリスは最後尾の車両近くにまだ誰も座っていないコンパートメントの席を発見し、ハリーと二人で入る事に。持ち込んだ二人のトランクは重くて持ち上げる事が困難だった為、少し考えてからアリスが教科書を読んで知っていた初歩的な“浮遊呪文”でトランクを浮かせてから楽々と客室の隅に納めた。
「すごいよアリス! もう魔法を使えるなんて!」
その時ハリーから期待と尊敬の眼差しで見つめられ、アリスの頬が嬉しさと恥ずかしさでほんのりと赤く染まったのは内緒だ。
「ありがとう、ハリー。でもね、えっと……そんなにすごいって言うほど、この魔法は難しい呪文じゃないんだけど……」
そうなのだ。アリスは家にいた時に教科書を読んで予習していたとは言え、実際に魔法を試した事は一度もなかった。
中でも今回初めて使用した“物体浮遊術”は一年生が最初に習う初歩的な魔法というだけあって、実はそれほど難しい呪文ではない。事前に教科書を読み耽り、きちんと要点さえ理解していれば、恐らくハリーもすぐに使えるはずである。
アリスも何回も繰り返し読んだ教科書通りに杖の振り方と手首の動かし方、呪文の正しい発音などをしっかりと覚え、頭の中で何度も呪文を呟くイメージで適度に脳内練習してきた分、今回が初めての使用でも無事に成功できたのだろう。
それにアリスは他の二人の姉妹ほど、極端に努力家でもなければ天才という訳でもない。ただ自分の好きな本を読んでそこに書いてある呪文を覚え、後は教科書が教える通りに正確な作法に従って唱えただけの事である。
この方法を実践して呪文が正確に唱えられない訳がない。現にマグル生まれのアリスにさえ正しくできているのだから。それこそ生まれつき魔法力が備わっている者であれば、一年生の誰にでも比較的簡単にできるはずだ。
それでもできない、失敗するという者は恐らく、教科書に書いてある説明を正しく理解していないか、呪文の発音を間違えて覚えているか──そのいずれかだろう。
「……そうだ! よかったらハリーにもコツを教えてあげる! あたしがお家でやったように、教科書をちゃんと理解すればいいんだから」
「本当に? そうしてくれると僕とっても助かるよ! 勉強だって他の魔法使いの子供に負けるかもしれないし……」
やはりハリーも他の一年生と同様、ホグワーツで魔法の勉強に付いていけるかどうかが不安なのだろう。
コンパートメントの窓際の席に座ると同時にハリーがそう言ってきたので、アリスはホグワーツでもしハリーと同じ寮になれたら、自分自身やハリーの為にちょっとした“生徒だけの勉強会”を定期的にやってみようかなと試しに伝えた。
これにはハリーも大喜びで賛同し、アリスのおかげで勉強の心配事は今後無くなりそうだと考えるのだが……そもそもホグワーツでの勉強がそんなに甘くないという事を、現時点でアリスもハリーも揃って理解していなかったりする。
そうして話している間にも駅の時計は十一時を回り、ホグワーツ特急の発車時間となった。汽笛が鳴り、紅色の汽車は滑り出す様にキングズ・クロス駅のホームを過ぎ去っていく。
ハリーとは対面に位置する窓際の席にアリスも衣服を整えてから座ると、丁度コンパートメントの窓から例の赤毛の集団の一人と思わしき、可愛らしい小さな女の子(やはり同じ赤毛だ)が泣き笑いの顔で汽車を追い掛ける様に走って来ているのが見えた。
アリスとハリーは赤毛の女の子の姿が見えなくなるまで窓から外の景色を眺めていたが、程無くしてロンドンの家々は飛ぶ様に過ぎていった。
今回はとくに後書きで書く事ないのでこの辺で。
次回でホグワーツ到着までは進めたい。