ハリー・ポッターと魔法の学校のアリス   作:聖夜竜

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飛行訓練と空飛ぶ才能

 

 その日の朝、グリフィンドールの談話室にある掲示板には『お知らせ』が貼り出されていた。

 

『飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です』

 

 マクゴナガルの掲示を読んだ一年生は揃ってがっかりした。しかしようやく楽しみにしていた魔法の箒に乗れるのだから我慢しよう。それだけアリスは空を飛ぶ事に憧れていた。

 

 ハーマイオニーが図書室から借りた『クィディッチ今昔』という本の内容は既に暗記したし、クィディッチの歴史や基本的なルールと反則も覚えた。

 

 校則だと一年生は自分の箒を持ってはいけない事になっているが、アリスは来年以降グリフィンドールのクィディッチチームに参加したいと真面目に考えている。

 

 これは彼女にしたら珍しい傾向だ。読書以外に木彫りとピアノ、チェスの趣味こそ嗜む程度にはあれど、それまでスポーツという分野にはあまり興味を持たなかった。

 

 そんな彼女がやる気満々に他の一年生達からクィディッチの話を聞いて回っているのを見て、ハリーとロンは嬉しくなってアリスの後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 その日の午後三時半、アリスはハリーやロンと一緒に正面階段を降りて校庭に出てきた。

 

 今日は空を飛ぶには絶好の日と言えるくらい風が心地よく吹き、足下の芝生が気持ち良さそうに波立っている。

 

 スリザリンの生徒は既に到着しているようで、それぞれが思い思いに談笑していた。

 

 アリス達がやって来るのがわかると、マルフォイを含め何人かの生徒は途端に談笑を止めてこちらに注目してきた。

 

 マルフォイ達はどうもネビルを見ながらニヤニヤと笑っているらしく、アリスは今朝の大広間でのちょっとした騒動がまだ何か続いていると察し、僅かに顔をしかめる。

 

 しかし因縁あるグリフィンドールもスリザリンもお互いにそれ以上絡まなかったのは、正面階段から女性の鋭い声が飛んできたからだ。

 

「何をボヤボヤしてるんですか!」

 

 マダム・フーチ──白髪を短く切り、鷹のような黄色い目をしている熟年の魔女だ。

 

「みんな箒の傍に立って。さぁ早く!」

 

 緑の芝生の上には二十本の箒が整然と並び、急かされた生徒達は慌ててその間に立ってマダム・フーチの言葉を待った。

 

「右手を箒の上に突き出して。そして、『上がれ!』と言う」

 

 マダム・フーチの指示に従って全員が「上がれ!」と高らかに合唱し始める。

 

 アリスの箒は力強く告げた途端にすぐさま飛び上がって小さな手に収まった──成功らしい。

 

(やった! 一発でできた!)

 

 心の中で軽くガッツポーズを決め、ここで少し余裕の出来たアリスは他の生徒の様子を見渡してみることに。

 

 アリスの隣に並ぶハリーはアリスと同じく簡単に成功していたが、マダム・フーチの言う通りに箒を手元に浮かばせたのはアリスとハリー、そして意外な事にマルフォイの三人だけだった。

 

 アリスやハリー達もマルフォイがクィディッチを趣味にしていて得意だとは大広間の席で散々聞かされていたが、どうやらその怪しい自慢話は嘘ではなかったらしい。

 

 一方でロンやハーマイオニーはまるで出来ておらず、箒をコロリと少し転がすのがやっとの様子。今日の授業までにアリスと二人で『クィディッチ今昔』を暗記したハーマイオニーは隣のアリスやハリーが得意気に成功させたのを見て思わず睥睨していたが、こればかりはさすがの天才も座学の成績だけではどうにもならないらしい。

 

(なんて言うか、とっても意外……あのハーマイオニーにも苦手な授業があったなんて……)

 

 アリスは他の生徒に対してやや同情的になりながら、ふと自分が手にしたボロボロの中古箒を見下ろす。『ホグワーツの歴史』という本に書いてあったが、ホグワーツの飛行訓練で使われている中古箒は1955年にイギリスのユニバーサル箒株式会社が競技用箒として開発した『流れ星』という年代物の箒だ。

 

 発売当初は他社の競技用箒よりも遥かに安い事から世界的に大ブームとなった傑作だが、開発段階でコストを大きく削減し過ぎた故に品質が悪く、年月が経つとスピードや高度が落ちてくる欠点があると判明。これを受けてユニバーサル箒株式会社は1978年に倒産し、競技用箒として一時代を築いた『流れ星』は生産中止になってしまったという。

 

 そんな裏事情を知識として知っている為か、アリスは自分含む生徒達の手にそれぞれ握られたボロボロの『流れ星』がちゃんと安全に飛べるのか少しばかり不安に思っていた。

 

(箒さん──ちゃんとあたしを飛ばせてね?)

 

 やがて生徒全員が箒を浮かばせた後、マダム・フーチは箒の端から滑り落ちないように箒に跨がる方法を実演し、続いて生徒達の列の間を回って箒の握り方を一人ずつ直していった。

 

 その後、マダム・フーチは首から下げたホイッスルを手に持ちながら生徒達の前を早々と通り過ぎて話す。

 

「さぁ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りて来てください。笛を吹いたらですよ? 一、二の──」

 

 言うと同時にマダム・フーチは早くも合図を出そうとする──ところがここでネビルが問題を起こす。緊張するのか怖気付くのか、はたまた一人だけ地上に置き去りにされたくないとでも思ったのか──焦ったネビルはマダム・フーチの唇が笛に触れるよりも前に地面を強く蹴り上げ、勢いのまま箒に乗って飛び出してしまった。

 

 箒に跨がったまま空高く消えていくネビルの姿に、グリフィンドール生は唖然としながら固唾を飲み、逆にスリザリン生は笑いが堪えられないのか、ククッと小さく声を漏らして天を仰ぐ。

 

 その間にもネビルを乗せた箒はビュンビュンとホグワーツの塔の谷間を右に左と通り抜けていく。

 

「どうしよう……! このままじゃネビルが箒から落っこちちゃう!」

 

 校庭に立つアリスから見て、ネビルのあの危険な乗り方は自分でがむしゃらに操っているというより、暴走した箒に乗せられているとしか考えられない。

 

 恐らくはネビルの飛行に対する不安感や恐怖心をあの箒が汲み取ってしまったのだろう。箒も馬と同じで乗り手の気持ちが読み取れるのだ。

 

 そうしているうちに箒は塔の屋根付近に鎮座する白銀の騎士像に突っ込み、運良く(?)騎士像に引っ掛かったネビルを残して『禁じられた森』の方へと飛んで行ってしまった……

 

 地上で見守る生徒達が漏らす一瞬の悲鳴、そして安堵の溜息……しかし安心はできない。ネビルの着ている制服のローブが騎士像に引っ掛かり、辛うじて箒から離れる事には成功──すると今度はネビル自身の重さに引っ張られたローブが耐え切れなくなったのだろう。

 

 宛ら騎士像に引っ掛かり首を吊るような状況になっているネビルのローブが少しずつビリッビリッと嫌な音を鳴らし、ついにネビルは十メートルの高さはあるだろう地上に向かって墜落──

 

「っ……ネビル!!」

 

 それを肉眼で確認したアリスは頭上をキッと睨み付け、手に持った自分の箒に素早く跨がって地面を強く蹴り上げ、ロケット噴射の如く飛び出していく。

 

「「「アリス!?」」」

 

 突然の行動にハリー、ロン、ハーマイオニーが驚愕して叫ぶが時既に遅し。

 

 墜落するネビルを出来る限り無傷で助けたいアリスの強い気持ちに彼女の箒が同調し、見る見るうちに箒は中古とは思えない性能で急激に加速していく。

 

 ネビルまでもう少し……いける!

 

 アリスが空中でネビルの姿を捉えた次の瞬間、ハーマイオニーをはじめ何人かの女子生徒が鋭い悲鳴を上げた。

 

 なんとアリスは震える足で箒の柄の上に立ち上がり、深く息を吸い込んでから墜落するネビル目掛け、小さな身体のすべてを使ってダイビングキャッチして見せたのだ。

 

 これには状況を見守る事しかできずにいたマダム・フーチをはじめ、生徒達も無意識に「危ない!!」と叫ばずにはいられない。

 

 しかしそこから先はまるで映画のスローモーション映像を見ているように、空中で抱き合うアリスとネビルの姿がゆっくりと地上に向かって墜落していく。

 

(お願い……! 成功して……っ!)

 

 天地が逆転した状態でアリスは心の中で強く叫び、自分のローブから瞬時に杖を取り出して最初に使えるようになった呪文を唱える。

 

 それと同時に重なり合う二人は地上まであと三メートル、二メートル、一メートルと縮まっていく──

 

 この時、現場にいる誰もが思わず目を背けてしまう。あの高さから墜落してはとても無傷じゃいられない……全員がそう考えたからだ。しかし──

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ─浮遊せよ─!」

 

 まさに間一髪。アリスとネビルの身体は緑の芝生の僅か数十センチのところでピタッと速度を落として浮遊していた。

 

「「「アリス!!」」」

 

 生徒達が二人の元に慌てて駆け付ける中、やや遅れてやって来たマダム・フーチは首に掛けた笛をピィーッと強く吹き鳴らした。

 

「ミス・リデル……ッ! あなたはなんてことをしたんですかッ!?」

 

 芝生の上でネビルと抱き合ったままのアリスを見下ろすマダム・フーチの声が震えている。それだけ危険な事をやってしまったのだ。

 

 アリスは自分のすぐ隣で泣きじゃくるネビルから離れると同時に立ち上がろうとするも、足元がふらついて芝生の上に可愛らしく尻餅を付いてしまう。

 

「ご、ごめんなさい……ネビルを助けようと思ったら居ても立ってもいられなくて……その、気付いたら箒に乗ってました」

 

「はぁ……まったく! ミス・リデル! あなたの行いはマクゴナガル先生に報告させて頂きます。それからネビルと一緒に医務室に行って来なさい。見たところ怪我はなさそうですが念の為です」

 

 溜息混じりにマダム・フーチはそう言うと、アリスとネビルを医務室に連れて行くと他の生徒達に口頭で伝える。

 

「それまで、全員箒に乗ってはいけません!」

 

 マダム・フーチのこの言葉で初めての飛行授業は一時中止の流れとなり、アリスとネビルは医務室に連れて行かれた。

 

 医務室に連れて来られたアリスとネビルは校医のマダム・ポンフリーにこっぴどく叱られた後、二人揃ってベッドに入るようにと言われた。

 

 マダム・ポンフリーは何やら用事があるらしく退室したが、アリスもネビルもこのまま医務室から出ていく気にはなれず、二人してベッド際に腰掛けて沈黙を貫く。

 

「その……ありがとう。僕を助けてくれて」

 

 先に口を開いたのはネビルだった。隣に座るアリスは自分の膝下を見つめたまま、小さく呟く。

 

「気にしないで。『魔法薬学』じゃネビルに悪い思いさせちゃったから……だから、そのお詫び」

 

 そう言うとアリスは儚げに笑ってネビルに顔を向ける。実はずっと気にしていたのだ。自分の勝手な行動がそもそもの原因とはいえ、一緒に組まされたネビルの評価を落とす様な真似をしてしまった。

 

 自分の事なら構わないがスネイプにネビルを悪く言われ、スリザリンの前で馬鹿にされてしまった事が悔しい。そう思ってのネビル救出だった。

 

「でも、僕のせいでアリスまで怒られちゃって……」

 

「もう、平気だってば。あたし、昔からレッスンの先生に叱られるの慣れっこだもん」

 

「えっ……アリスみたいに頭の良い子でも?」

 

 意外そうな顔でアリスに聞き返すネビル。対する彼女も、そう言えばこうして同年代の男の子と一対一で話す機会なんてあまりなかったなと振り返る。

 

「あたしなんか……ホグワーツに来なきゃ未だに出来の悪い娘って思われてるわ。だからお家で晩餐会とか舞踏会とか開かれても、あたしは参加しないで独り大好きな庭でいつも本ばかり読んでるの」

 

「そっか……マグルなんだってね? じゃあホグワーツから手紙もらった時はやっぱり驚いた?」

 

「えぇ。とっても驚いたわ。あたしには歳の離れた姉がいるんだけど、ロリーナ姉さんは魔女じゃないって言ってたから……それに魔法みたいな不思議な世界に憧れてはいたけれど、心のどこかじゃそんなのあり得っこないってちょっと思ってた」

 

「アリス……」

 

「ネビルはどう? って……さっきあんな目に遭ったばかりで訊くことでもないか」

 

 そう言ってアリスはクスッと笑い、ベッドから立ち上がる。するとタイミングよく、その場を留守にしていたマダム・ポンフリーが休憩時間中のマクゴナガルを連れてやって来たではないか。それもどういう訳か惨めに縮こまるハリーまでもが後ろにいる。

 

「「マクゴナガル先生……ハリー……」」

 

「……ちゃんと残っているようですね」

 

 マクゴナガルが立ち上がったアリスとネビルを見ながら口を開く。その口調から察するに怒っている様子ではなかったが、何やら言葉の裏側に別の感情が見え隠れしているような気がして、アリスは急に不安な気持ちになった。

 

 でもよかった……ここでもしアリスとネビルが医務室から早々に立ち去っていたら、後でマダム・ポンフリーとマクゴナガルから大目玉を喰らっていたかもしれない。

 

「ミスター・ロングボトム、怪我がない様なら飛行術の授業に……いえ、少し早いですが寮の談話室に戻って休んでいなさい」

 

 マクゴナガルは恐ろしい目に遭ったネビルに授業を早退してもいいと許可を与え、医務室から直接帰る様に促した。そして次はアリスに向き直り──

 

「ミス・リデル、あなたは私と一緒にいらっしゃい。先程の事で少し話をする必要がありそうです」

 

 あぁ──やっぱり呼ばれた。可哀想なネビルはともかく、マダム・フーチの言い付けを破って勝手に箒に乗って危ない事をしてしまった以上、アリスが処罰されるのは充分考えられる。

 

 そしてマクゴナガルの後ろには、何故かネビルが今朝大広間の席でみんなに見せていた『思い出し玉』を手に握り締めたまま固まったハリーが、すっかり打ちのめされたような顔をして俯いている。

 

 ハリーはあの後で何か大変な失敗でもやらかしたのだろうか……ネビルと一緒に授業を途中退席したアリスには生憎わからない。

 

「アリス……」

 

「彼女は大丈夫ですよ。さぁ、お行きなさい」

 

 帰らずに心配そうな顔でアリスを見ていたネビルにマクゴナガルが優しく告げると、不安げに頷いたネビルは一足早く医務室から立ち去って行った。

 

「では私達も行きましょう。ポッター、リデル、ついて来なさい」

 

 マクゴナガルに続いて二人は医務室を出る。ここから何処に向かっているかは嫌でも見当が付く。

 

 ダンブルドアのいる校長室、あるいは職員室か……どちらにせよ、アリスとハリーの処罰はほぼ確定的と言っていいだろう。

 

 アリスはチラッと隣を歩くハリーを見るが、ハリーも完全に諦めた表情で大人しく黙っている。

 

 いつまで歩いただろうか……マクゴナガルは大理石の階段を上がり、誰も出歩いていない廊下の途中で立ち止まる。おかしい……この辺りは授業で使う教室しかないが……

 

「ここで待ちなさい」

 

 マクゴナガルは後ろの二人にそう言うと、教室のドアを開けて中に首を突っ込む。

 

「フリットウィック先生。申し訳ありませんが、ちょっとウッドをお借りできませんか」

 

 ウッドという単語にアリスとハリーは益々わからないという顔をする。アリスにはウッドが恐らく誰かの生徒の名前だろうという事は状況的に理解出来たが、それなら何故そのウッドという生徒まで連れ出される事態になるのか。

 

 アリスが困惑していると、フリットウィックの授業中だった『呪文学』の教室から逞しい身体付きの男子生徒が姿を現す。この人物こそがウッドだろう。

 

 やはりウッドも何事だろうという顔でマクゴナガルの前に現れ、それから珍しいものでも見る様にハリーとアリスを興味津々に見つめた。

 

「三人とも私についていらっしゃい」

 

 そう言うなりマクゴナガルは再び無言でどんどん廊下を歩き出し、やがて人気の無い空き教室を指し示す。

 

「さぁ、この教室にお入りなさい。ポッター、リデル。こちら、オリバー・ウッドです。ウッド、ついに私達のシーカーを見つけましたよ」

 

「えっ……? 先生、それは本当ですか!?」

 

 信じられないという様子のウッド。それまで怪訝な表情でハリーとアリスを見ていたが、そこにマクゴナガルがきっぱりと言い放つ。

 

「間違いありません。この子は生まれつきそうなんです。あんなものを私は初めて見ました。ポッター、初めてなんでしょう? 箒に乗ったのは」

 

 黙って頷くハリー。どうやら二人揃って処罰にはならなさそうだ……少し落ち着いたアリスはマクゴナガルがウッドに話している様子を黙って聞いていた。

 

「この子は今手に持っている玉を、十六メートルもダイビングして掴みました。掠り傷一つ負わずに。チャーリー・ウィーズリーだってそんなことできませんでしたよ」

 

 所々に興奮を隠し切れない様子のマクゴナガルの話を聞いていると、どうやらハリーは中古の箒に乗ってネビルの思い出し玉を校庭の遥か上空からダイビングキャッチして見せたらしい。

 

 自分もあまり他人の事は言えないが、ハリーもまたとんでもない無茶をやったものだと呆れを通り越して感心してしまう。

 

 すると今度はマクゴナガルがアリスの方を見ながら話を続ける。 

 

「フーチ先生から聞きましたよ。リデル、あなたは箒でグリフィンドール塔の上から危うく墜落し掛けたロングボトムを数十メートルの高さからダイビングキャッチして見せ、更には授業で覚えたばかりの物体浮遊の呪文を使って、地面スレスレのところで見事に緊急停止した、と。そうですね?」

 

「は、はい先生……でもあれは、ああしなきゃネビルが頭から落ちて大変だったから……あっ、でもそれ言ったらあたしもかぁ……」

 

「……まぁ、それについては大目に見ましょう。ですがリデル、あなたも初めてだったのでしょう? 箒に乗ったのは」

 

 黙って頷くアリス。その隣に立つウッドは今にも騒ぎ出しそうなほどに昂ぶる興奮を隠せていない。

 

「ポッターにリデル……マグル育ちでこれほど箒を上手く扱える一年生は恐らくあまりいないでしょう。あなた達には間違いなくクィディッチの天才的な才能があります」

 

「ポッター、リデル。二人ともクィディッチの試合を見た事あるかい?」

 

 とうとう我慢できずに口を挟んだウッドの声は歓喜に震えている。どうやらウッドはグリフィンドール・チームのキャプテンらしく、それで急遽マクゴナガルに呼び出されたとの事。

 

 アリスにはまだよくわからないが、二人の話を聞く限り、どうやらグリフィンドール・チームは規則で禁止されている一年生を今年のチームメンバーに是が非でも加えたいほど、ここ数百年間のホグワーツ最弱チームとして今まさに活動の窮地に立たされているらしい。

 

 特に重要なポジションとなるシーカーの不在が大きく、去年までチームのシーカーとして長らく活躍し、近年では『チャーリー・ウィーズリーの奇跡』とすら言われるただ一度の寮対抗優勝杯をグリフィンドールに齎した後、在学中は敗戦続きのまま二度と優勝する事なく卒業したチャーリー・ウィーズリーの代役が未だ見つかってなかったのだ。

 

 当然チャーリーに代わる新しいシーカーが用意できなければ、クィディッチのルールとしてグリフィンドールの代表チームは寮対抗戦にシーカー無しのまま出るしかない。そこで焦っていた寮監のマクゴナガルは今年入る新規メンバー候補に期待していた。

 

 しかし新学期が始まってチームキャプテンのオリバー・ウッドから聞かされたのは、残念ながら誰一人見所ありそうな新入りがいないとの厳しい言葉。マクゴナガルもこれには失望し、益々見つからないシーカー探しは急務となった。

 

 そんな絶体絶命の状況下で、マクゴナガルが偶然見掛けたのがハリーによる『思い出し玉ダイビングキャッチ事件』だった。最初マクゴナガルは自分の部屋で箒に跨るハリーの姿を見た時に思わず我が目を疑い、到底信じられないものを見たという表情で窓際に駆け寄ってしまったほど。

 

 ついに、ついに理想のシーカーを見つけた──マクゴナガルは衝撃と興奮の中で確信した。チャーリーが抜けた今、どん底まで沈むグリフィンドールのチーム再生はハリーに懸かっていると。

 

 マクゴナガルがチーム勧誘の為にすぐさまハリーの元へ向かう途中、慌ただしく駆け付けた『飛行術』のマダム・フーチから同じく一年生であるアリス・リデルが起こした『ネビル救出劇』も聞いていた。

 

 ハリーだけでなくアリスにも天才的な選手としての才能がある……しかも二人揃って生粋のマグル育ちで、恐らくクィディッチなどそれまで聞いた事さえ無かったに違いない。そんな二人の一年生が同時に現れてくれるなんて……

 

 このまま二人をクィディッチと関わらないままにして、その優れた才能を腐らせたくはない。その為ならば一年生が競技用の箒を持てないなどという校則も是が非でも曲げてもらう必要がある。

 

 それだけマクゴナガルは最弱と化したグリフィンドール・チームの復活を夢見ていた。その昔、学生時代のマクゴナガルがグリフィンドールの代表シーカーとして活躍し、寮対抗試合で数々の金のスニッチを手に収めてきたあの懐かしい栄光の日々を思い出して……

 

 他の誰よりもクィディッチ想いなマクゴナガルが感傷に浸っていると、ウッドはまだ一人でブツブツと話していた。アリスもハリーも口を挟む気になれず、二人のクィディッチ愛を静かに聞いていた。

 

「よ~し、いけるぞ! シーカーはポッターでいいとして、チェイサーはリデル──あぁいや、補欠のスピネットが今年から代表に上がったんだったな……うーん」

 

 そうなのだ。他のチームのチェイサーとは異なり、グリフィンドール・チームのチェイサーには昔から女性選手が選ばれるという偶然の伝統がある。唯一の例外はハリーの父親であり1970年代に優秀なチェイサーとして活躍したジェームズ・ポッターくらいで、あとは歴史的にほぼ全員が“何故か女性選手ばかり”選出されている。

 

 そして現在チェイサーには三年生のアンジェリーナ・ジョンソン、同じく三年生のアリシア・スピネット、二年生のケイティ・ベルの三人がいる。このうち去年は育成枠としてチームの補欠チェイサーだったアリシア・スピネットが今年で正式に代表入りの座を勝ち取り、新たにグリフィンドール・チーム定番人気の『チェイサー三人娘』と呼ばれる様になった。

 

 残るビーターやキーパーはかなりの力が必要なポジションで女性よりも男性が主に選ばれる為、このままいくとアリスが代表に入り込む枠が無い。それに気付いたウッドは頭を抱えて悩む。

 

 チェイサー三人娘の実力はこの二年間でどうにか戦えるレベルにまで成長する事ができたし、キャプテンとして常に三人を見てきたウッドから見ても外すには惜しい。というより外せない。

 

 かと言ってあのマクゴナガルが唸るほどのアリスの箒に乗る才能を試合で見てみたいというウッドの個人的な興味もある。さてどうしたものか……

 

「──でしたらウッド、リデルを育成選手にするというのはどうでしょう? 今年一年生が二人も試合に出てプレイするとなると他のチームが騒ぐでしょうから。リデルには規則で正式に認められる来年度から入れ替えメンバーで試合に参加するという形で、今年は試合に出さずに適性なポジションの確認と練習の機会を与えてみては?」

 

「なるほど……それはいいですね!」

 

 本来クィディッチ・チームには育成枠と呼ばれる補欠の選手が各ポジション毎に何人か存在する。メンバー育成やポジション選択に余裕のある他の3チームと異なり、グリフィンドール・チームは長らくホグワーツ最弱だった上に代表メンバーが数年間代わり映えしないまま固定されてきたなどの苦しい事情もあり、それまではチーム再生に向けた代表メンバー候補を育てる余裕がなかったのだ。

 

 そんな苦難の時に現れたのが今年入学した一年生のアリスとハリーだ。しかも二人揃ってクィディッチの天才的な才能があると聞く。ウッドは尊敬の眼差しで未だ困惑しているアリスとハリーを見つめると、何やら考え込む仕草で話し出す。

 

「期待の秘密兵器にはそれぞれ相応しい箒を持たせないといけませんね、先生。身軽ですばしっこいポッターには『ニンバス2000』とか『クリーンスイープの7番』……そのポッターよりもかなり身長が低い小柄なリデルにはよりコンパクトでテクニックを重視した機動力抜群の……あぁそうだ、たしか“あの”日本の有名箒メーカー『トヨハシ』が作った箒なら、リデルくらいの小さな女の子でも上手く乗れるんじゃないですかね?」

 

 なんだろう……ウッドに身長が低いと若干馬鹿にされた気がする。確かに今年11歳のアリスは同い年で身長も高いハーマイオニーと比べ、イギリス人の女の子の平均身長144cmから更に10cmほど低い身長をしており、どちらかと言えば日本人の小学校低学年に近しい外見的幼さに見える。

 

 ウッドが心配するのも当然だ。というのもイギリス産の箒はすべて一般的な平均身長よりも高い人が余裕をもって乗れる様に大きめに設計されている為、現状130cmちょっとしか身長が無い小さなアリスが箒に乗ると全体的なバランスが崩れ易くなってしまう。つまり身体が箒のサイズに合ってないのだ。

 

 そこで考えたウッドの提案が世界の極東に位置する日本の箒だ。世界的にも身長が低い日本人が乗る箒ならばアリスでもバランス良く扱えるはず……しかもウッドが噂で聞いたところによれば、日本産の競技用箒にはクィディッチでルール違反にならないレベルで様々な機能が備えられているとか。

 

「それでしたら、私からダンブルドア先生に話してみましょう。ダンブルドア先生は日本のマホウトコロとも交友をお持ちなので、きっとお許しくださるはずです。まぁ少々箒の値段は高くなりますが……何とかリデル用に一本購入できないか頼んでみましょう」

 

 ウッドから日本産の箒購入を持ち出されたが、マクゴナガルは意外にも構わない様だ。ちなみにイギリスの最高級箒『ニンバス』は平均価格18000円(日本価格で)くらいで、技術大国である日本の最高級箒『トヨハシ』にもなると平均価格50000円(日本価格で)は下らないというが……

 

「先生、たしかクィディッチの国際ルールではチームの選手が国産の箒以外を持ち込んでも問題ないとなってるはずですよね?」

 

「えぇ、ウッド。外国の箒が“どの様な特徴的形状”だとしても、それが“はっきりと箒である”と認められるのなら、クィディッチの試合に使用する事は可能なはずです。もちろん、箒がリデルの手に渡る前に危険性が無いか、飛行時にルール違反などの問題が無いどうか、私やマダム・フーチが入念に検査します」

 

 マクゴナガルが特別措置として承諾したのには一応理由がある。まず、日本の箒は一本一本が完全受注生産な為に高性能高品質で値段設定こそ高額だが、肝心なスピード面では意外にもイギリスの箒とそこまで性能に明確な差が出ないという日本特有の弱点を持つ為。

 

 これは世界のどんな国よりスピードを何よりも最重視するイギリスと異なり、日本が空飛ぶ箒にスピードよりも安全性や機能面に重きを置く為で、クィディッチ・ワールドカップでアジア大陸唯一の強豪国として数えられる日本チームが決勝リーグをなかなか勝ち進めずに途中敗退する理由にもなっている。

 

 そこでアリスが仮にホグワーツの寮対抗試合で日本の箒に乗ったとしても、他の選手が使うイギリスの箒に混ざってフェアな試合はできるとマクゴナガルは考えたのだ。

 

(……まさか『思い出し玉』を取り返す為に乗っただけで、アリスと一緒に自分の箒まで買って貰えるなんて……今度ネビルとマルフォイに感謝しなきゃ)

 

(……あたしの初めての箒……あたしだけの……日本で作られた箒……どんな感じなんだろう……?)

 

 静かな教室内でマクゴナガルとウッドの専門的なクィディッチ会話を聞きながら黙り込むアリスとハリー。二人はそれぞれ自分が規則を破りながらご褒美を貰える事に内心とても驚いているようだ。

 

「あとは一年生の規則を曲げられるかどうか……是が非でも去年よりは強いチームにしなければ。あの最終試合でスリザリンにペシャンコにされて、私はそれから何週間もセブルス・スネイプの顔をまともに見られませんでしたよ……」

 

(うわぁ……先生、それ思いっきり個人的な理由入っちゃってるよぅ……)

 

 それにしても……『変身術』の授業では自身が受け持つグリフィンドールの生徒を贔屓などしない真面目なマクゴナガルが、ことクィディッチになるとまるで人が変わった様に熱くなるとは……

 

 これはアリスの物語を語る度に毎回大興奮してるハーマイオニーにそっくりだなと、アリスとハリーは今回の件で印象が良い意味で変わったマクゴナガルを見て少しクスッと微笑んでしまった。

 

「ポッター、リデル。あなた方が厳しい練習を積んでいるという報告を聞きたいものです。さもないと処罰の件、もう一度考え直すかもしれませんよ」

 

 そう言ってマクゴナガルは滅多に見せない微笑みを二人に浮かべてから、意気揚々と足取り軽く去って行った。

 

 





『アリスの身長』
11歳で130cmと少ししかない。イギリスの子供の平均身長よりも明らかに背が低い。
同じ11歳のハリーやロン、ハーマイオニーが145cmで小学校高学年くらいだとすると、今のアリスは小学校低学年くらいの身長差がある。なお、今後の話で急成長するかは不明。

『クィディッチ愛』
マクゴナガルとウッドのクィディッチ愛が原作より強い。

『アリス、クィディッチ選手に?』
うん、現時点だとポジション枠が無いねぇ……。
チェイサー三人娘のアリシアかケイティをチームからいなくする事も考えたけど、補欠としてハリーやチェイサーと入れ替わりで試合に出す方が良いかと思いこのように。
アリスがクィディッチで本格的に選手として活躍するのはジニーと同じ不死鳥の騎士団からでしょう。

『アリスの箒』
イギリス産の箒だと身体的にバランスが悪い為、考えた末によりフィットしやすい日本の箒(オリジナル)を今回は輸入する事に(えっ
値段設定はかなり高額ですが、競技用箒としての性能は『ニンバス2000』より僅かに遅く、『クリーンスイープ7番』よりは速いくらいです。
また、スピードや重量以外の性能はイギリスより日本の箒が優れていますが、アズカバンの囚人で発売される世界最速最強の『ファイアボルト』には日本の箒だと全く勝てません。
ちなみに本作で日本要素が入るのは箒やクィディッチ関連くらいです今のところ。

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