アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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大戦終結

「何なのだ、あの為体はっ!」

 

 ゴルドは、目の前に立つ”黒”のセイバー(ジークフリート)に向かって唾を飛ばした。

 ジークフリートは反論するでもなく、黙って軽く俯くことで応える。

 

「二対一だぞ、二対一! それだというのにあのライダーに劣るばかりか、アーチャーに退けとまで言われたのだぞ、どういうつもりだ! 私に恥をかかせおって!」

 

 彼が怒鳴りつけているのは、先のイデアル森林における戦闘――ライダーとの一戦についてである。

 バーサ―カーと二騎で打って出たにも拘らず、戦闘では終始圧倒され、挙句にはアーチャーに嘗められる始末――少なくとも、ゴルドの認識はこうであった。

 故に怒り散らしている訳だが、しかし当の本人はこれといった反応を見せず、ただ俯いて立っているだけ。これが益々火に油を注ぐことになる。

 

「弁解のひとつもしてみせろ! おい!」

 

 ギリギリ歯を噛みしめ吠えるゴルドに、セイバーの返答は一言。

 

「――申し訳ない」

 

「……っ」

 

 ぶつり、と血管の切れる音がした。

 

「貴様ァ! 何だその態度はァァッ!」

 

 しかしどれ程怒っても、セイバーは「申し訳ない」を繰り返すのみ。不毛なやりとりであった。

 

 実際のところ、ゴルドはプライドは高いが、どうしようもないほどの愚昧ではない。己の叱責が言い掛かりに近いことくらいは理解していた。

 あの戦いぶりを見、また”黒”のアーチャーに、ライダーの性質を告げられた今、あれはセイバーがどうこうできる相手ではないことも、劣勢に追い込まれたのは已むを得なかったことも判っている。

 それでも自らのプライドが素直な物言いを妨げ、だからこそセイバーに弁解の余地を与えたのだ。

 だというのに、目の前の男はただ繰り言を述べるだけ。

 

 ――コイツは、自分のことを馬鹿にしている。

 

 そんな思考が涌いたのも、ある意味で当然といえた。

 

 当然ながら、セイバーの方にそんな意図はさらさらない。彼はただ、本当に申し訳ないと感じ、それを言葉にしただけだ。

 自らの性質上、あのライダーに手傷を負わせることは不可能だった。

 ――しかしそんな周辺事情は関係がない。

 厳然たる事実として、自分は「ライダーの撃破」を命じられ、ただ失敗した。それだけなのだ。

 マスターが怒るのは当然であり、謝罪するのも当然。

 それがジークフリートという英霊の思考であった。

 

 無論、ゴルドにそれは伝わらない。

 一頻り喚いた後、荒い息を吐いて、セイバーに「消えよ」と命じる。一礼して消える彼を苦々しく睨み付け、ゴルドはグラスに酒を注いだ。

 

 

          #

 

 

 アヴィケブロンは随喜に身を震わせていた。

 

「……素晴らしい」

 

 宝具完成に必要な、最後の一ピース。捜しに探したそれが、そこにはあった。

 

「先生! これなら……」

 

 ロシェ・フレイン・ユグドミレニアも目を輝かせ、こちらを見上げてくる。

 ゆっくりと肯いて、再びそのホムンクルスの躰を検分する。

 

 慎重な検査の後、改めてアヴィケブロンは確信した。

 

「……一流魔術師に勝るとも劣らぬ良質な魔術回路。『炉心』として申し分ない検体だ」

 

 それを聞き、ごくり、とロシェは唾を飲みこむ。あのアヴィケブロンをして究極のゴーレムと言わしめる存在――遂にそれと対面することができるのだと。

 ゴーレムを本領とする一族は数あれど、この栄光を拝することができるのは自分のみ。史上初の目撃者となるのである。

 

「先生、何なら、今からでも……」

 

 既に宝具は大部分が完成しており、炉心を付けただけで充分その機能を果たす状態にあった。

 

「…………」

 

「先生?」

 

 一刻も早く炉心を取り付けたいのはアヴィケブロンも同じ――否、彼以上にこの完成を望んでいる者はいない。

 だが悲願の達成を目の前にして、どうにか冷静な思考を取り戻す。

 

 ”黒”の陣営に、この宝具の正体を知る者は自分しかいない。ただ「強力なゴーレムである」としか伝えていないからだ。真実を教えれば、間違いなく発動を阻止されるだろう。

 そして、その危険は今もある。

 この宝具の性質上、発動直後のゴーレムは極めて脆弱である。恐らくステータス平均Cランクのサーヴァントにすら劣るだろう。今すぐ発動したところで、真実に気づいた他のサーヴァントに倒される確率が高い。場合によってはルーラーに見咎められ、赤と黒が結託して襲いかかってくるだろう。戦闘の最中に発動するなど以ての外である。

 だからといって大戦の決着が付くまで待つのも危うい。己の戦闘力からして、戦争に巻き込まれ死亡する、ということも充分にあり得る話だ。

 

 だとすれば、どうするか……。

 

「いや、今すぐにはしない。もうすこし機を窺うとしよう」

 

「わ、判りました、先生がそう仰るなら……」

 

 他のサーヴァントの隙を衝く。これしかない、とアヴィケブロンは判断した。こちらが城塞に引き籠っている以上、”赤”は総力戦を仕掛け、城を陥落(おと)しに来るはず。それが隙を生む。

 その闘いに”黒”が勝利、あるいは敗北した直後。引き分けて疲弊している状態でも良い。とにかく戦闘が終わり、両陣営の気が緩んでいる間に、密かに起動するのだ。

 さすれば赤も黒も関係なく、この世の楽園を見ることになるだろう。

 アヴィケブロンは仮面の下で、薄っすら微笑みを浮かべた

 

 

          #

 

 

 空前の規模で行われる聖杯大戦。幸いなことに、現時点でイレギュラーは発生していない。”黒”のアサシンの反応が城塞内にないのは気にかかるが……。

 

 ルーラーは身を休めながら、考えを巡らせる。トゥリファスに到着するなり争いに巻き込まれるわ、森林で戦闘が勃発するわ、人間の肉体には酷な労働であった。ベッドの上で、ようやく一心地ついたところである。

 

 しかし気を抜いてもいられない。小競り合いが呼ぶのは大規模な戦場と相場が決まっている。

 

 聖杯大戦はまだ始まったばかりなのだから――。

 

 

          #

 

 

 ――そして聖杯大戦は終わった。

 

 結果は”赤”の勝利。ユグドミレニアのサーヴァントを、マスターを、完膚なきまで叩きのめし、魔術協会に逆らえばどうなるか、世に広く知らしめる結果となった。大聖杯は停止したものの、魔術協会からの莫大な謝礼金、及び世間から送られるであろう賞賛、名誉は、中々に代え難い報酬である。

 

「皆さま、お疲れ様でした」

 

 シロウ・コトミネが紅茶を差し出す。マスター達は互いを労い、戦いで疲弊した躰を休めた。

 

「そうそう、思い出しました」シロウが手を叩く。「皆さんには、令呪の引き渡しをお願いせねば」

 

 聖杯戦争を経て残った令呪は監督役に移譲され、次の戦争へ備えることとなる。そういえばそうだったな、とぼんやり思い出しつつ、マスター達は己の令呪を差し出した。

 

「……あれ、俺の令呪はもう――」

 

 一人の男が首を傾げる。

 どうして自分の手には令呪が残っていないのか、と。

 令呪を失ったということは――自分は負けて――しかし――。

 

「貴方は、全ての令呪を以て多数の敵サーヴァントを撃破したではありませんか」シロウの柔らかい声が、男の思考を阻む。「更にサーヴァントを失ってなお、魔術師として見せた獅子奮迅の働き! 貴方の功績は誰もが認めるところだと思いますよ」

 

「――ああ、そうだった、な」

 

 言われてみればその通り。

 

 シロウの言う通りだ。自分は――。

 

 どうしたのだったか。

 

 それは遠い夢のように、巧く思い出せなかったけれど。

 

 既に勝敗は決したのだから、そんなことは些細な問題だろう。

 

 紅茶を啜り、男はそう結論した。


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