アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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魔術工房②

 魔術工房に足を踏み入れたアルは、そのいかにもな見た目に感嘆の声を上げた。

「なるほど、薬を中心に研究していたらしいな」

 部屋を見廻し、アーチャーは顔を顰めた。薬草特有の刺激臭が鼻につく。
 つい最近まで人の出入りがあったらしく、埃は積もっていない。

「おい、触れるな」

 本棚の本に手を伸ばしかけたところを、アーチャーが声だけで射竦める。
 びくりと反応したアルを余所に、彼女は部屋中を調べ始めた。

「読むだけで呪われる書というのもある。軽々しくこの部屋のものを弄るなよ」

「……判った」

 仕方なく部屋を見るだけ見ていると、随分場違いなものが目に入った。

(……パソコン?)

 隅に押し込まれるようにして置いてあるそれは、最近使われたこともないのか、ただの棚として機能しているようだった。表面には埃が積もっている。
 買ったは良いが使い方が判らなかった、というやつだろうか。

 それにしても……。

 部屋の中で棒立ちしながら、覚られないよう彼女の後姿へ視線を送る。

(やっぱり気になる……)

 あの耳や尻尾は生えているものか、それとも付けているものなのか。

「これは……」

 アーチャーがふと首を傾げ、慌ててアルは気をつけの姿勢をとった。

「な、何か見つかった?」

「……いや、何でもないものだ」彼女は軽く肩を竦める。「まあ見える範囲に危険なものはないな。とはいえ注意はするように」

 アーチャーは、今度は部屋の壁の調査に取り掛かった。


「おや、ここは……」

「今度は何?」

「不明だ。試してみる」

 呟いてアーチャーが壁を押すと、その一部分だけが後ろへ傾き、丁度扉のように開いた。
 壁の向こうには、細いトンネルが続いている。
 通路の先へ目をやると、頬に微かな風の流れを感じた。つまり、出口があるということ。

「…………」

 謎の地下室の次はトンネルときたか、とアルは沈黙する。自分が暢気に寝ていた下に、こんなものがあったとは……。

「隠し通路か、これはいい」満足そうに頷いて、アーチャーはアルに顔を向けた。「決めた。ここをそのまま我らの拠点として使うぞ、マスター」

「え? ……どうして」

 眉根を寄せて訊ねると、彼女はどうしてではない、とばかりに息を吐いた。

「元々魔術工房だっただけあって、立地的にここは防衛拠点に適している。いざという時はこの通路から逃れることも可能だ。幸い家主も不在だしな。そして霊脈も極めて上等。この街でこれ以上の土地は望めないだろう」

「霊脈――?」

 大地を走る魔力、それが霊脈である。特に聖杯戦争に於いては、サーヴァントの魔力回復の一助となるものであり、霊脈が集まる地の確保は必須事項であった。

「これほどのものを抑えているということは、あの店主は旧くからこの街に住む一族だと思うのだが……。何か知らないか?」

「うーん……。まあ、確かにこの店はかなり昔からあると、聞いたことはあるけれど……」

 魔術に関係のない一般人にとっては、その程度の認識だろう、とアーチャーは納得する。秘匿を原則とする魔術師が客商売を営んでいた、というのは今ひとつ腑に落ちないが……。

「まあ、少なくとも現状、拠点を作るにこれ以上はない、ということだ」

「そうか……。それなら仕方ないか。他に宛があるわけじゃなし……」

 真っ当な感性として、自分が殺されかけ、更にその相手が死んだ場所に寝泊まりする、ということには忌避感を抱かざるを得ないところだが。

 よし決まりだ、と言うが早いか、アーチャーは元来た階段へ向かう。

「え、何処へ?」

「周囲に罠を張ってくる」

「へええ、そんなこともできるのか」

 幾分間抜けな声で感心する。

「当たり前だ。その程度出来てこその、森のかりゅう――いや、何でもない。行ってくる」

 途中で言葉を切り、彼女は軽い身のこなしで一階へ上っていった。


「森の顆粒……?」

 アーチャーが去って暫く、部屋に残されたアルは首を捻っていた。

「いや顆粒なわけないか」

 文脈的に考えれば、狩人、といったところか。つまりそれが彼女の正体に関することなのだろう。

「…………」

 彼の悪癖である、知りたがりがちょろりと顔を出す。

 真名を教える必要はないと言ったが、彼女が自らばらす分には何の問題もなく、調べないと約束したわけでもない。無論自分が知ってしまうことで、不利な状況に陥る可能性はあるわけだが――。

「ま、まあ、少しくらいなら……」

 アルの理性はあっさり敗北を告げた。

 とはいえ神話や歴史に詳しいわけでもない。

「……お、起動した」

 よって彼が頼ったのはパソコンである。

 ひとまず「森 狩人 英雄」で検索を掛けてみる。
 だが。

「そりゃそうか……」

 森に関係する者などいくらでもいるだろうし、英雄なら狩りのひとつやふたつして当然。
 目の前に並ぶ膨大な検索結果に、アルは早々に嫌気がさしてしまった。

「いや、待てよ」

 カーソルを動かし、「森 狩人 ケモ耳」で――

「何をしている?」

「わあぁ!?」

 突然背後から響いた声に、アルは文字通り飛び上がった。
 背中でスクリーンを隠しつつ、慌てて打ち込んだ文字を消去する。

 部屋の入口で、怪訝な顔を浮かべたアーチャーが立っていた。

「は、早かったな。罠はもう?」

「ああ。普通のサーヴァントなら手を出そうとはしないだろう」

「それは凄い」

 素直にアルが褒めると、アーチャーは軽く頷いて見せた。
 だが、安い賛辞に騙される彼女ではない。

「……それで、マスターは何をしていたんだ?」

「えーっと……、これを作ってた」

 机に載っていた紙を手渡すと、彼女は素気なく「なるほどな」とだけ答えた。

 ――「店主の海外旅行により、暫く閉店いたします。再開日不明」

 白い紙にはそう書かれていた。


          #


 そしてここにもまた、工房作りに勤しむ魔術師がいた。獅子劫界離である。

 陽がすっかり沈んだ頃、ようやく獅子劫とモードレッドは目的地に到着した。アーチャーを撒くため、また偵察をかねて、それまで街のあちこちを歩き廻っていたのである。

「目的地って……、地下墓地(カタコンベ)かよ」

 モードレッドが溜息混じりの声を出した。

「そう文句を言うな。なかなか上等な場所だぞ、ここは」早速工房作りに取り掛かりながら、獅子劫が言う。「本来なら昼のうちに完成させて、夜にはトゥリファスの偵察に行くつもりだったんだがな……」

 偵察よりも拠点の製作。獅子劫の判断に迷いはない。
 第一、既にして敵の居場所は知れているのだ。どちらを優先すべきかなど、考えるまでもない。

「ったく、さっさと暴れてえんだがな……」

 淡々と探知用の結界を張る獅子劫を傍目に、モードレッドは二つ並んだ寝袋を見比べていた。


          #


 ”黒”の陣営の本拠地――ミレニア城塞。トゥリファス最古の建築物であり、実用性のみを追求したその威容は、見る者を圧倒する。

 その中の一室。
 監視装置である七枝の燭台(メノラー)が設置されているが、今は何も投影されておらず、部屋にも数人分の影しか見えなかった。
 そのうちの一人である、”黒”のランサーが退屈そうに口を開いた。

「一騎ぐらい、斥候に来るかと思ったが」

 彼が空のグラスを掲げると、傍に控えたホムンクルスがすかさずワインを注ぐ。

「トゥリファスは事実上我らの支配下にあります。臆するのも仕方のないことかと」

 胸に手を当て、ランサーのマスター――ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが恭しく述べた。

 特に反応を示さず、ランサーはワインを一口含む。

「……監視を続けよ」

「御意に」


 ”赤”のサーヴァントが姿を見せるようであれば、皆で様子を確かめることになっていたのだが、今夜はその兆候もなく、”黒”の陣営に属する面々は、思い思いに時を過ごしていた。

「――あら」

 ”黒”のライダーのマスター、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアは、ふとその足を止めた。

 彼女の視線の先――。

 通路に蹲る男がいた。

 血の香りを纏わす美女は、思わず眉をひそめた。
 その男は――どう見てもホムンクルスである。どういった理由か、彼の向こうには薬液と血が点々と続き、尋常な様子ではない。

 近づくセレニケを、ホムンクルスは弱弱しく見上げる。

「ああ――、キャスターが捜してるっていう、脱走したホムンクルスね」

 それで彼女は興味を失った。
 通路を歩く別のホムンクルスを呼びつけ、キャスターの許に運ぶよう指示し、それで終わり。

 それで――終わりだった。