アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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終焉

 横薙ぎの小剣(グラディウス)を、ぎりぎり身を引いて躱す。

「くっ……」

 後退せざるを得ない。
 一撃でも受ければ、躰は耐え切れず行動不能になるだろう。そう思わせるだけの圧を感じた。

 手にした刀――三池典太光世を一瞥する。

「おお、我が愛から逃れようというのかね?」

 目の前に立ち塞がる敵は、法悦そのものといった笑みを浮かべた。
 天草四郎は、苦々しい想いで”赤”のバーサ―カー(スパルタクス)を睨み付ける。鎖によって与えられていた彼の傷は、既に回復を始めていた。

 巨躯に、はち切れんばかりの筋肉を纏い、スパルタクスは見る者を威圧する。その一撃は、正しく嵐であった。
 彼が暴れた後、壁にも床にも亀裂が走り、相対する者は衝撃波のみで吹き飛ばされる。

 その筋力に、天草が太刀打ちできる道理はない。
 彼に分があるとすれば、ただ一点――敏捷のみである。

「――ハッ」

 気合一閃、スパルタクスの懐に踏み込み、首筋を切り上げる。
 みちり、と密度の高い繊維を切り断つ感触。これが人間の躰かと思うほど重い。無理やり刃を押し通し、即座に背後へ跳ぶ。

 スパルタクスの首は半分以上切り飛ばされていた。人間なら言うに及ばず、英霊とて致命の傷となるだろう。
 ――だというのに。

「素晴らしい……!」

 微笑みは絶えず。というより、いっそう濃い笑みを浮かべ。
 巌の如き拳が、たった今まで天草が立っていた床を打ち抜いた。

 スパルタクスの視線がゆっくりと、逃れた天草を捉える。

 切り裂かれた首は湯気を上げ、元通り癒着していた――否。傷口が、若干盛り上がっている。
 ただ元の形を復元するだけでない。何かが()()()()()

 具体的には――首の傷口から、頭の先端が覗いていた。

 異常にして、異形の化物。

「やはり……、魔力の変換効率が暴走していますか」

 天草の見立ては正しかった。
 本来スパルタクスの宝具――『疵獣の咆哮(クライング・ウォーモンガー)』は、受けたダメージを魔力に変換し、回復やステータス強化に充てる能力である。断じて畸形の回復を生むようなものではない。しかし聖杯大戦という例外であるためか、或いはマスター不在という異常事態であるためか、その能力に何らかの障碍が発生していたのである。

 そんな思考にお構いなく、スパルタクスはがばりと両腕を拡げて突進してくる。

「汝を抱擁せん――!」

「――ッ」

 間一髪逃れたと思ったが、指先が僅かに胸を掠った。肋骨が纏めて折れる感触。

「ぐっ……ハァ……」

 胸に手を当て、傷の具合を確かめる。

 この回復速度を見る限り――、三池典太でいくら斬りつけようと、黒鍵を投擲しようと無意味。この敵に有効なのは手数ではなく、圧倒的な破壊力。それだけだ。

「困り、ましたね……」

 即ち、スパルタクスを打倒し得るサーヴァントは、カルナしかいないことになる。だが彼は現在、”黒”のセイバーと交戦中。セイバーとて難敵。放置して良い相手ではないし、カルナが全力で当たったとしても、早々に決着はつかぬだろう。

 無論、勝機はある。スパルタクスは魔力供給を受けていない。刻一刻と消滅の時は迫っているはず。
 しかし……、本当に消えるのか?
 天草は必死にバーサ―カーの暴威を受け流す。戦闘が始まってより、力の衰えを一切感じぬ剣尖。むしろ傷付けば傷付くほどに、その力は増すばかりだ。

 時間稼ぎをするしかないのか――狂戦士(バーサ―カー)を相手に?

 それまで果たして耐えられるものだろうか。

 いつの間に切れたのか、額より垂れる血を拭う。

 重い疲労感が躰を支配している。一発喰らえば敗北という重圧、常に微笑みを浮かべた敵の表情もまた、こちらの精神を削り取る。

 背筋を冷たい汗が流れた。

(だが……これが試練だというのなら……)

 六十年を伏した。如何なる艱難辛苦も乗り越えると決めた。天草四郎に躊躇はない。


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 なぜ”赤”のバーサ―カーは囚われていたのか。それはやや込み入った事情による。

 まずスパルタクスは、召喚とほぼ同時に、ミレニア城塞へ向けて進撃を開始。ユグドミレニアに囚われ、マスターを”黒”のキャスターに書き換えられた。
 そして”赤”と”黒”が草原にて激突した際、”黒”の捨て駒として扱われる予定だった。戦列を掻き乱し、その場で朽ちさせる計画だったのである。
 だが、戦局はユグドミレニアにとって予想以上に上手く運び、スパルタクスの出る幕は最後までなかった。結局解放されなかった彼は、ミレニア城塞の地下牢に出戻り、次なる戦いの時を伏して待っていた――のだが。

 空中庭園が城塞に突っ込み、さらに”黒”のキャスターが死亡したことで、スパルタクスの立場は宙に浮く。

 ”赤”はバーサ―カーを奪還したものの、自然災害が如き彼を持て余したのである。
 城に進撃するならまだしも、”黒”の面々が街に潜伏している現状、徒に被害を撒き散らすだろうバーサ―カーを、解放する訳にはいかなかった。
 が、だからといって殺すのは惜しい。”赤”の戦力は充分とはいえず、何かに使えるかもしれないと思い、セミラミスによる拘束を行ったうえで、そのまま地下牢に繋ぐことになった。魔力切れで消滅するならそれで良し、決着が付いたなら、殺すなり、移植した令呪で自害を命じれば良い。

 そういう訳で、”赤”の面々はスパルタクスの存在など、ほぼ思考の外だったといえる。天草が驚いたのも当然といえば当然ではあった。

 彼らは警戒するべきだったのだ。否、警戒はしていた。だがしかし、拘束が解かれるや謎の嗅覚を発揮し、壁を天井を砕き、天草四郎の居場所へ一目散に突進してくるなど、いったい誰が想像できるだろう?

 今、天草は身を以て実感していた。
 「叛逆の英雄を拘束した」ことの意味に――。


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 戦闘でこれ以上持ち堪えることは無理だと、天草は直感した。
 であれば、後はもう、舌戦を挑むしかない。

 拳の一撃を避け、天草は口を開いた。

「スパルタクスさん――、貴方と同様、私も圧政に抗した身です」

 予測通り、スパルタクスの微笑んだ顔が傾げられた。

「ほう……? 君も叛逆を」

「その通り」深く頷き、天草は刀を下ろす。「上から押し付けられた拘束に反し、私は被虐の民を率い、戦い続けました。結果は敗北に終わりましたが……」

 スパルタクスの動きが止まる。眼前の敵が語る内容が、紛れもない事実であると理解したのだ。

 圧政に抗い、民衆を率いた英雄――天草四郎時貞。

「圧政、蹂躙、虐殺。そういったものは何もかも、私が忌み嫌うものです。現在もそれは変わらない」

 落ち着いた口調、天草もまた微笑を浮かべ、誠実な言葉を並べる。目の前に立つ男には、カルナとは別の意味で嘘が通じないだろうと判っていた。

「だから――、貴方とも手を取り合いたい。私は今もなお、圧政と闘っている。それは個人の名ではなく――システムへの叛逆。我々人類を苦しめる死を除き、皆に真なる救いを与えたいのです」

「叛逆……。君もまた、我が同朋であったか」

「ええ。ですから――」

 急速にスパルタクスの戦意が萎んでいく。

 剣闘士、奴隷たちを救うべく戦ったスパルタクス。
 弾圧に対して立ち上がった天草四郎。
 実際に、二人の出自は似ていた。手を取り、共に理想を目指せるほどに……。

 だが、思考は環境に与えられる。
 どれだけ論理的な思考を積み上げているつもりでも、人間の判断は環境による歪曲から逃れられない。強靭な精神力をもつ天草四郎とて例外ではなく、それはどうしてもやむを得ない感情であった。

 つまるところ――天草四郎は()()()()()

 自覚はなかった。だが予想外の敵、不意に現れた死線、勝ち目のない戦い、それともスパルタクスの微笑み――この場における混沌とした要素すべてが、少しずつ天草を追い込み、脳の働きを鈍らせ、冷静な思考を奪っていた。

 だから。

「ですから――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは普通のサーヴァント相手ならば、これ以上ない最善の一手であった。敵が傾きかけたところで、武器を引かせる。あとは冷静な対話で納得させれば良い。
 だが、スパルタクスは、普通の英霊ではない。天草四郎が見逃したのはそれだけ。

 スパルタクス――理性を失った、叛逆する機械。

 令呪という圧政を本能から嫌い、なにより一画の消費で止まるような存在ではない――!

「ははははははははははは。その傲慢――報いを見るがいい!」

「なっ……」

 スパルタクスは盲目的な突進を始めた。その瞳は灰色に濁り、もはや眼前の”圧政者”を潰すことしか頭にない。

「重ねて令呪をもって命ずる!」天草は叫ぶ。「バーサ―カー、止まれ!!」

 二画を消費し、ようやく敵の動きは止まった。中空にて突如錘を付けられたように、彼の躰は地に叩き付けられる。

 ふう、と息を吐いたのも束の間。

「な――馬鹿、な……」

「我、が……愛、を……」

 重い肉体を無理やり引き摺って、スパルタクスは指先を天草へ向ける。
 令呪に背く代償に、全身の筋肉はぴくぴく痙攣し、そこかしこの筋が音を立て断裂していくが――叛逆の意志は止まらない。

「重ねて命ずる……! 止まれ――!」

「オ、オ、雄々々々々(オオオオオ)……」

 遂にスパルタクスの歩みは止まった。口から雄叫びを漏らし、足掻けども足掻けども、躰はまったく動かない。

 ――しかし、天草を脅かすには、それで十分だった。
 胸に生まれた小さな焦燥が、彼のなかで膨れていく。

 三画ある令呪は全て使い切った。もしもう一度、奴が動き出したら……?

 クソ、なぜ自害を命じなかった……! もう奴を殺す術は……。

 ――圧倒的な破壊力。

(やるしかないのか……?)

 天草の視界が狭まっていく。

 間もなく彼は決断した。

 令呪の拘束が切れる前に――一片残らず消し飛ばす。それしか道はない。たとえそれで、ルーマニア全土の霊脈が枯れ果てようとも――!


 両腕を霊脈へ接続する。途端、膨大な魔力が流れ込んでくる。

 ……ここミレニア城塞は、近隣の地脈を全て束ねた、超極太の霊脈が通る場所。発動に申し分ないだけの魔力を集められるはず。

「『右腕・空間遮断(ライトハンド・セーフティシャットダウン)』、『左腕・縮退駆動(レフトハンド・フォールトトレラント)』」

雄々(オオ)雄々々(オオオ)……!」

 不気味にスパルタクスの肉体が蠢動を始める。

(まさか――自ら躰を壊して脱する気か!?)

 壁に付いた手に力を籠め、ゆっくりと押し、押し続け、腕がぐしゃぐしゃに壊れるまで押すような所業。

 正気の沙汰ではない。いかに理性なき英霊とはいえ、そんな真似ができるのは……。

「スパルタクス――!」

 右腕に全神経を集中させる。流れ込む魔力は許容限界を超え、回路は暴走している。右腕が壊れれば、大聖杯の書き換えは叶わなくなるが……仮にそうなったとしても。

 ――何百年かかろうと、また待つだけだ。

 爆発寸前の脳で命令を紡ぐ。

「――『右腕・零次収束(ライトハンド・ビッグクランチ)』」

 全てを呑み込むブラックホールが、バーサ―カーを擂り潰していく。

 肉体は肉塊へ、肉片へ、細胞へ。

 叛逆の剣闘士の躰を消し飛ばし――。


 魔力の充填が足りなかったか?

 焦燥が集中力を狂わせたか?

 それとも――執念の強さで劣ったか?


 半身を喪失し、霊核すらほぼ砕け散った容態。

 未だ剣闘士(グラディエーター)は死なず。

 天草四郎による規格外の破壊は、臨界を超えてなお余りある損傷を、スパルタクスに与えた。

 ……そして、消し飛ばされた傷口より、最後の破滅的な()()が始まる。

 指が腕が爪が髪が頭が舌が眼が歯が脚が鼻が首が神経が筋が骨が腱が臓腑が血が管が筋肉が筋肉が筋肉が肉が肉が肉が肉が――――。

 うまれて。

 ふくらんで。

「――ああ」

 それは、どちらの嘆息だったろう。

 夢の終りを視た男か。

 憤怒と愉悦に狂った男か。


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 爆発は天草四郎のみならず、大聖杯にも少なからぬ衝撃を与えた。

 微妙な調整のもと繋がれていた、魔力供給のパスを歪め、切断する程度には……。