アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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饗宴

 土台となるミレニア城塞と、その上から突き刺さる浮遊要塞は、アサシンの魔術によって歪に繋げられていた。廊下と廊下を無理やり接続するため、構造自体がぐねぐねと捻れ、無駄な曲がり角が現れ、遠回りを強制され、アサシンの妨害抜きにしても、案内なしで正しい道を選択するのは至難を極めた。

「概ねこちらの方向だと思いますが……」

 それでも”黒”のアーチャーの先導で、ここまでは迷わず進んでこれた。
 ”黒”の面々の前には、上へ向かう廊下と、下へ向かう階段が並んでいる。これより先は、どちらにせよ深部であることは間違いなく、上でも下でも敵の心臓部に向かっているだろう、というアーチャーの推測である。

「では、我々は下へ向かおう」

 ここで悩むのは無駄と考え、ダーニックは即座に決めた。
 アーチャーが傍らのマスターに目線を送る。カウレスは慌てて頷いて見せた。

「あ、ああ。構わない。俺たちは上へ行く」

「では、領王よ」

 ダーニックとランサーが階段の下へ、警戒しながら降りていく。それを見届けた後、アーチャーも上へ進んだ。


 建材を継ぎ接ぎ(パッチワーク)したような、滅茶苦茶な見た目の廊下を抜ける。所々見覚えがあるのは、ミレニア城塞の石材が使われているのだろう。

 アーチャーの眼力を以てしても、魔術によって狂わされた空間を迷いなく通り抜け、間断なく仕掛けられる罠から易々マスターを護るとはいかなかった。逸る気持ちと対照的に、歩みは遅々として進まない。

 だが「大賢者」たる彼が、間違えることだけはない。
 多少時間がかかろうとも、冷静に思考し、また磨き上げられた戦術眼を用いれば、アサシンの偽装など容易く見破れる。一つひとつ確実に、彼らは深部へ向かっていた。

 無数の扉が現れる間を抜け、次に踏み込んだのは、広大な空間だった。
 室内は暗く、そこかしこに石塔が突き立っている。
 石塔それぞれに仕掛けが施されているのを、アーチャーは見抜いた。対象者に方向感覚を失わせる魔術らしい。

「マスター、私から離れないように」

 無論その魔術も脅威だが――アーチャーはこの空間に入った瞬間から、肌を突き刺すような敵意を感じていた。
 カウレスを庇うように立ち、周囲を警戒する。

 ”赤”のランサーは、こちらのセイバーと交戦中。残った”赤”のサーヴァントで、この空間を戦場に選ぶクラスといえば……。

「”赤”のアーチャー!」

 思い至ると同時、暗闇より三条の矢が飛来する。

「くっ……」

 弾く余裕はない。マスターごと突き飛ばすように躱す。
 鋭い音を立て、矢は大理石の床を穿った。

 咄嗟に弓を構え、目についた石塔を破壊する。魔力を籠めた矢で、塔の根本から爆砕した。
 しかし数本壊したところで塔は無数に並び、この暗闇では、そのうちどこから仕掛けてくるか、目視は難しい。加えて標的は高速で移動を続けている。
 だが――”黒”のアーチャーには関係ない。

「……そこですね」

 無造作に放った矢は、遥か遠く立つ一本の塔を破壊。
 崩れ去る石の破片に紛れ、黒い影が降り立つのが見えた。彼は流れる様な動作で、二の矢三の矢を放つ。躱されたが、それは想定内。

「”赤”のアーチャー、なぜ天草に付いたのです!」

 返答は風切音。だが発射点が見えているなら、撃ち落すことは容易い。逆に”黒”のアーチャーの射撃も、敵は撃ち落してくる。

 必然、両者は間合いを詰めるしかない。

 交差する矢と、衝突音が谺する。近付けば近付くほど、音の間隔は狭く、激しくなる。
 夥しい量の矢を近距離で放ち合い、遂に二人は数間を残すのみとなった。

 互いに弓を構え、牽制する。どれだけ接近したところで、相手はこちらの矢を撃ち落せると、双方が理解していた。

「ランサーの言い方に憤ったのなら、私から謝罪しましょう。だからといって天草の理想に付き合うことはない。貴女とて判っているはずです、彼の願望の歪さを」

「お前の真名を聞いたぞ、ケイローン」”赤”のアーチャーは斜めに敵を睨んだ。「まさか、敵方である私を教導するつもりか? それはそこのマスターにしてやったらどうだ?」

「まさか」

 ケイローンは微笑みを浮かべた。
 敵から目を離すことなく、背中に庇ったカウレスの顔を思い出す。

「我が役目は、迷う者を導くこと。己が道を見定めた者を、導く必要はありません。そちらこそ、マスターはどうしました? 戦場に出ず、口だけを出しているのですか?」

 挑発にも、”赤”のアーチャーは皮肉気に口元を曲げるだけだった。

「ああ、あんなマスターがいたところで、何一つ役立たんからな。できることといえば、戦場の隅で震え、みっともなく喚き、あとは吐くか気絶するか謝るか、だ」

「何ですか、それは」

 ケイローンは苦笑する。これ以上の会話は無意味だろう。
 軽く身を捻り、覚られないよう間合いを詰める。
 時間稼ぎされるよりは、こちらから仕掛けたい。矢を放つと同時、弓を放棄して接近戦を挑み、敵の隙を衝く。

 短く息を吸い、指先に神経を集中させた刹那、”赤”のアーチャーは構えを解いた。隙が生まれた訳ではないが、意表をつかれ、ケイローンは矢を放つ動作を止めた。

「なに――? 意外に早いな……」そう呟き、彼女はケイローンに目を向けた。「では、これで私は去る。お前たちは好きに進むがいい」

「おや、撤退指示ですか?」

「私の仕事は終わった。それだけだ」

 言うが否や、”赤”のアーチャーは部屋の奥へ駆け去った。ケイローンの声も届かないほどの速度であった。

「罠じゃないのか? 先へ進んだところを、挟み撃ちにするつもりじゃあ……」

 カウレスが眼鏡に手を当てた。突き飛ばされた衝撃で、フレームがやや歪んでいる。
 少し考え、ケイローンは首を振った。

「だとしても、彼女に有利な戦場を捨てる理由はありません。先に進みましょう」

「そうか、アーチャーがそう言うなら」

 頷いて、舞い上がった粉塵を吸い込み、カウレスは咳き込んだ。


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「そら、まだ行くぞ」

 アサシンが軽く指を振るだけで、五十本の鎖が一斉に鎌首をもたげた。

「――ッ」

 ジャンヌはほとんど反射的に背後へ跳躍したが、しかし濃緑の鎖は軌道を変え、彼女の手首へ絡みつこうとする。
 聖旗で弾いたものの、部屋の最奥までの後退を余儀なくされる。

 神明裁決を行使するか――と考え、首を振る。敵にも令呪があるだろう、相殺されて終わりだ。

 なおも玉座に腰掛けたままの相手を睨み上げる。
 アサシンは聖女の視線に気づき、くつくつと笑い声を立てた。

「我が居城へ、無礼な入り方をしてくれたのだ。それなりの歓待を覚悟しておろう?」

 再び鎖が殺到する。その数百。

(やはり――この間に於いては、無限にも等しい魔力供給を受けていますか)

 つまり、百本の鎖程度では手加減されている、と考えるべき。アサシンが本気を出した時こそ脅威だが――裏返して言えば。

(油断している今しか、彼女を討つ機会はない――!)

 鎖を避け、壁際を走り抜ける彼女の眼前へ、追加の鎖が召喚される。
 速度の乗った躰で回避すること叶わず、鎖は彼女の手足を縛りあげた。

「ぐっ――」

 完全に躰の自由を奪われる前、まだ拘束が緩いうちに暴れ、強引に鎖を引き剥がす。

 だが、僅かな停止も見逃すアサシンではない。
 何重にも束ねられた鎖が、動きを止めたルーラーの許へ殺到し――、彼女は天井の湖へ叩き付けられた。
 水底に()()、暗転する視界。音を頼りに旗を振るい、向かってくる鎖を弾く。

「セミラミス――」床に飛び下り、ジャンヌは雫を払う。「貴女が天草四郎を誑かしたのですか」

 追撃を加えんとしていたアサシンは、その言葉を聞いて、驚いたように手を止めた。

「ほう? それは中々面白い推測だぞ、ルーラー」

「答えなさい! もしそうであれば……」

「そうであれば何とする?」

「――貴女を、この命に代えて弾劾します」

「弾劾する? 無様に逃げ惑うので精いっぱいの、お前が?」

 そう言って可笑しそうに笑ったが、ジャンヌの眼光は弱まらない。
 大した反応を得られずつまらなかったのか、アサシンは退屈そうに手を振った。

「まあ、同じ主を崇める者として、そう信じたくなるのは判るがな」

「……ならば、何故」

「残念だな、聖女よ……。お前には一生判らぬだろう」

「ええ――ですから、私はここで貴女を打倒し、直接その罪を糺さねばなりません」

「そうか。……ん?」

 アサシンは何かに気付いた様子で、眉間に皺を寄せた。
 警戒し身を低くするジャンヌの前で、彼女の表情は段々と喜悦に変わっていく。

「……どうしたのです」

「ん? いやいや……」笑いを堪え切れぬといった風に、アサシンは顔を手で覆った。「ははは……これは面白い……待ちかねた時の到来だ」

「いったい何を――?」

 疑問符を浮かべたジャンヌの、さらに後ろへ、アサシンは指を向けた。

「お前の援軍だ、ルーラーよ。喜ぶが良い」

 旗を構えながら、ジャンヌが振り向いた先――。
 玉座の正面の扉を開けて、一騎のサーヴァントが姿を見せた。

「この状況では共闘せざるを得ないのではないですか、ルーラー?」

「”黒”のアーチャー……」呟いて、ジャンヌは小さく頷いた。「ええ、こうなっては仕方ありません。貴方が味方なら心強い」

 できるだけ”黒”の肩を持つような真似はしたくないが、状況は切迫している。あのアサシン相手では、二対一でも苦戦を強いられるだろう。

 しかしながら、アサシンはなぜか手を叩いて彼の登場を迎えた。

「これはこれは。待っていたぞ、”黒”のアーチャー」

「……何だと?」

 部屋に入りかけていたカウレスは、怪訝な表情を浮かべた。確かに彼女の優位は変わらないとはいえ、二対一の不利を喜ぶ理由が見付からないからである。

「気付いておらぬのか? この間に通じるよう、お前たちを誘導してやったというのに?」

 朗々と語る彼女の前で、アーチャーの研ぎ澄まされた戦闘勘は警告を発していた。

 なにか――不味い。

「マスター!!」

 彼がカウレスを部屋の外へ突き飛ばすのと、アサシンが艶めかしく唇を動かすのは同時だった。

「賓客は揃った。時機は来た。我が饗応に不足なく、此の間を充たし、汝らに隔てなく与えよう。今や宴の刻である。()()も望むが儘に……」

 セミラミス――古代アッシリアの女帝。
 彼女がアサシンとして召喚された理由は、何とも単純な逸話に因る。

 世界最古の毒殺者。

 彼女が造成したこの『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』において、その性質は最大限引き上げられる。

「――『驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)』」

 ……そして彼女の第二宝具が毒牙を剥く。

 蕩けるような表情で、セミラミスは瞳を揺らした。

「特にアーチャー……否、賢者ケイローン。お主の大好物――我が手ずから調合してやったぞ? 存分に、(くる)しめ」