アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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決戦

 夜を迎え、トゥリファスの街は森閑とした空気に沈んでいた。

 

 外灯に照らされた路の上、ミレニア城塞へ向かう影が揺れた。

 

 万夫不当、いと名高き”黒”の英霊達。傍らにマスターの姿もある。戦場へマスターが出向く不利と、サーヴァントから離れたところで奇襲を受ける不利を比べた結果だ。

 

 先頭を行くのは”黒”のセイバー。アーチャーとランサーが続く。戦闘能力の高い三騎士のサーヴァントが残ったことは、彼らにとって幸運だった。

 なぜなら、これから”黒”が実行する策は力押し。搦め手など講じる余地はないからである。

 

 やがて目指す姿が見えた。

 敵に奪われ、脆くも崩壊した、その名残……。

 

 セイバーが足を止め、大剣(バルムンク)を構える。要塞は敵の接近を感知し、既に砲塔を転回しつつあった。

 

 十一門の巨砲すべてに狙われ、セイバーは汗一つ流さない。黙々と宝具発動のタイミングを見計らう。

 

 両者の緊張の糸が張り詰め、臨界を超えようとした瞬間。

 

「――なんだ?」

 

 遥か上空に、きらりと輝く軌跡を認め、セイバーは眉を顰めた。

 

 

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「うむむ……どうやって攻め込めば良いのでしょうか」

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルクは悩んでいた。

 とにかく”赤”の城に攻め入らねばならないが、どうやって陥としたものか、皆目判らなかったのである。

 いや、陥とす必要はないか。入り込めさえすれば良いが――それも難しい。

 周囲を囲む十一門の砲台、あれが厄介極まる代物である。自らの宝具を使えば、ダメージを受けることはないだろうが、それだけでは不足。併せて接近しなければならない。

 

「何か悩みごとでも?」

 

「あ、いえ、何でもありません。このシチュー、とても美味しいです」

 

「それはありがとう」

 

 向かいに座るシスターがにっこり微笑んだ。

 

(せめて誰かに相談できれば良いのですが……)

 

 まさかシスター(アルマ)に訊ねる訳にもいかない。

 

 どうすれば陥とせるか――いや陥とす必要はなくって――おとす――落とす――墜とす?

 

「そうです!」

 

 思わずガッツポーズを決め、ジャンヌは立ち上がった。

 

「解決しました?」

 

 さして驚いた様子もなく、アルマはシチューを口に運んだ。

 かあっと赤面し、ジャンヌは慌てて席に座り直した。

 

「あ、これはその……このシチュー、ほ、本当に美味しいです!」

 

「それはありがとう」

 

「それとですね、えっと、数日ほど留守にしますから」

 

「あら、明日もシチューを作る気になったところだったのに」

 

 

 それからの彼女の行動は迅速だった。

 

 とにもかくにも金が必要。それもかなり纏まった額を短期間で。となると、金策はひとつしか思いつかなかった。

 

「主よ、お許し下さい……」

 

 山と積まれた現金を前に、聖女は淋しく呟いた。

 

「しかし、私にはこうするしか……」

 

 両手を見下ろし、がっくりと項垂れる。

 

 現界時に得た能力、「聖骸布の作成」によって作り上げた聖骸布を、売却したのである。

 真の聖女が新たに作ったものであるから、その価値は一般に出回っているそれとは別格であり、欲しいと手を挙げる魔術師はいくらでも見付かった。二回の使用で壊れるよう設定したが、値は上がりに上がり、何とか云う貴族が意気揚々と手に入れていった。対する彼女は、主に由来を持つ物品を、金儲けに使ったという事実に圧し潰されそうになっていた。

 

 その代わり、望みのものは手に入った。

 

 有り余るほどの大金。

 

 これだけあれば……。

 

 

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「あのルーラー――正気か!?」

 

 玉座の間で外部を監視する”赤”のアサシンが、目を丸くして叫んだ。

 

「いやはや、田舎娘らしい、ぶっ飛んだ発想ですなあ」

 

 大笑いして肩を震わせるキャスターの傍ら、壁に投じられた映像には夜空。そして。

 

 高高度より要塞へ一直線に落下してくる、小型飛行機の姿。

 コクピットに桿を握る女が、月の影になって見えた。

 

「素直に迎える訳にはいきません。アサシン、邀撃を」

 

「あ、ああ」

 

 天草が落ち着いた声で指示を出し、アサシンは慌てて砲台を操作する。要塞を囲む『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウーム―)』を直上へ向ける。

 あのルーラーの防御力は、生半可な破壊力では突破できない。半端に戦力を割くよりは、という判断から、全門を動かした。

 

「――では、地上の防衛にはオレが出よう」

 

 一連の騒ぎを見守っていたランサーが、音もなく進み出た。

 

「ええ、そうして戴けると助かります。カルナさん」

 

 微笑んだ天草に目礼を返し、ランサーは静かに玉座の間を辞した。

 

「これで暫くは”黒”を気にする必要はありませんね。ルーラーの処理に集中できます」

 

「判っておる。しかし――足止めしかできぬぞ」

 

「ええ、それで結構ですよ。いずれにせよ、この要塞に入った時点で、貴女の術中ですから。さて、私も準備を……」

 

「待て待て。マスターも戦う気か?」

 

 思わず映像の注視をやめ、アサシンが顔を上げた。

 

「まあ、最後の砦代わりですよ。人材は払底していますからね。こちらのキャスターはこの通り――」視線を向けられたキャスターが腕を広げ、肩を竦めた。「戦力には役立ちませんから」

 

 それ以上文句を言う訳にもいかず、アサシンは瞑目した。天草という男は、そういう人物であると、彼女はもう嫌というほど学んでいた。

 

 そのとき不意にアーチャーが霊体化を解き、広間の中央に現れた。

 

「私も防衛に出よう。ランサーが漏らした敵を討つ」

 

「ええ、お願いします」これもまた、天草は素直に許可する。「入口から大聖杯の間までの道中、貴女の戦闘に適した部屋があります。そちらを使ってください」

 

「――どこで戦うかは、私が決めることだ」

 

「構いませんよ。信頼していますからね」

 

「フン、心にもないことを」

 

 その言葉が響き終わる前に、彼女は姿を消していた。

 

 

「く、もう、限界……!」

 

 ジャンヌ・ダルクに騎乗スキルはない。よって、この小型飛行機の運転技術は、購入してから一日そこらで身に付けたものであり、砲台からの猛撃を躱しきるには大分足りなかった。

 どかん、と馬鹿みたいな爆発音が上がり、右翼が燃え墜ちる。

 

「もう少し……」

 

 すでに飛行機は自由落下状態に入っており、翼など不要である。着々と脱出の準備を整え、聖女は”旗”を手にした。

 次の一撃で左翼も喪失。飛行機は鉄の芋虫と化し、黒煙を上げて落下してゆく。

 

「やはり、もっとお金があれば……」

 

 本来はこんな小さな飛行機を買う予定ではなかった。彼女は嘆息する。

 現代の航空機事情には明るくないが、無人爆撃機とか、ジャンボジェットとか、そういった目隠し兼攻撃になるようなのを買う予定だったのである。だが彼女が用意した金額では、そんなものはおろか、新品を買うにも不足した。仕方ないので泣く泣く中古を買った。いくらなんでも高価(たか)すぎではないか。

 

 そんな文句を言っている暇はない。

 

 手足を捥がれ、軌道修正できなくなった飛行機を、十一門の砲台が見つめていた。

 一斉砲撃が、破片すら残さず消し飛ばす。

 

 ――だが。

 

 聖女の姿は一切穢れることなし。

 ”旗”を掲げ、月を背負い、彼女は要塞を見据える。

 

「――『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』」

 

 容赦のない砲撃が、あまりにも小さい彼女を襲う。しかし”旗”を振るだけで光弾は霧消し、傷ひとつ付けること叶わない。

 

 『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』――聖女へ、その味方へ、絶対的な護りを与える結界宝具。使用中攻撃できなくなるデメリットはあるが、落下中の身なら問題ない。そのまま落ちるだけである。

 

「あのルーラー――」

 

 段々と大きくなるその姿に、アサシンが苦々しく呟いた。

 

 続々と放たれる光弾が彼女を煌々と照らし、夜空に白昼を生んだ。

 だがアサシン必死の砲撃も、その落下を僅かに留めるだけで、押し返すには至らない。

 

 やがて聖女は、要塞の真上に降り立った。城を狙う訳にもいかず、砲台は沈黙する。

 

「さあ、天草四郎……待っていなさい」

 

 呟き、ジャンヌは”旗”で天井を殴りつけた。

 

 

          #

 

 

 聖女が特攻した隙を衝き、侵攻を続けていた”黒”の陣営は、城塞の入口を前にして足を止めた。

 

 扉を開け、滑るように出てきた青年――太陽を身に宿す英霊が、彼らの前に立ちはだかっていた。

 大槍を構え、”赤”のランサーは眼前の敵を睥睨した。

 

「……引き受けよう」

 

 ”黒”のセイバーが彼の前へ進み出る。剣を低く構え、もう臨戦態勢は整っている。

 

 二人が睨み合う横を、アーチャーとランサーが足早に通り抜ける。無論、”赤”のランサーは彼らを見逃しているのではない。ただセイバーの前で隙を晒すことの愚かさを知っているだけだ。

 

「三度見えたな、”黒”のセイバー――ジークフリートよ」

 

 僅かに高い語尾が、ランサーの悦びを伝えた。

 

「そうだな……。そしてここで、決着がつく」

 

 セイバーが答えると、ランサーは驚いたように首を傾げた。

 

 ああ、と納得し、セイバーは背後に立つマスターを一瞥した。

 

「これまで貴公の言葉に返せなかった無礼を詫びる。……すまなかったな、ランサー」

 

「気にしていない。お前は存分に戦ってくれた」

 

 淡々とランサーは答えた。

 それからすこし俯いた後、彼は迷ったように口を少し開いた。

 

「いや、必要ない」ランサーを制し、セイバーが小さく片手を挙げた。「真名を知られたのは俺の落ち度だ。貴公に他意がないのは判っているが、その真名を享けることはできない」

 

「――そうか。お前がそう言うなら、オレは真名を明かさないことで敬意に代えよう」

 

 戦争の始まりを告げた、鐘にしてはあまりに激しい激突。

 広大な戦場の中央を飾った、華にしてはあまりに眩しい宝具。

 

 聖杯大戦で生まれた因縁、敵対、敬意。

 

 すべてを綯い交ぜにして――三度の闘いが決戦の幕を開けた。


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