アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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対話①

 そもそもセミラミスの宝具、『虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』は、ミレニア城塞に体当たりするために造ったのではない。ミレニア城塞地下に隠匿された大聖杯を奪い去るために拵えたのである。要塞が備える「さかしまである」概念を用い、地脈より無理やり引き剥がす計画だった。

 状況の変化によって、その計画は破棄され、予備案として用意されていた墜とす方を実行に移したのだが、だからといって「さかしまである」概念が失われる訳ではない。浮遊するほどのエネルギーを失くしたとしても、庭園内の水は逆流を続けるのだ。
 そしてそれは、大聖杯強奪用に用意された構造も同様。装置は墜落の最中も稼働を続け、大聖杯を取り込もうとし続けた。

 結果的に、大聖杯は地脈より剥離し、半端に上昇し、城塞と要塞の中間あたりに位置する部屋で停止していた。


 その部屋より出てきたセミラミスは、部屋の前の廊下で、腕組みをする”赤”のアーチャーと顔を合わせた。何か言うより先に、向こうが口を開いた。

「天草は中にいるか?」

「ああ、いるぞ。何か用か?」

「大した用ではない」

「そうか」

 そう言って立ち去りかけた時、アーチャーが腕を解いた。

「お前にも用がある、アサシン」

「何か……?」振り返り、セミラミスは小首を傾げた。「その言葉に対して、全く喋りたくなさそうな顔をしているな、おまえは」

「我がマスターは無事だろうな?」

 アーチャーは淡々と訊ねた。感情を完全に制御した無表情で、声に一切の震えはない。
 すこし不思議そうに、セミラミスは訊ね返した。

「そんなに不安なら、見に行けばよいではないか。奴は地下の牢に隔離している。誰も逢瀬を邪魔したりはせぬ」

「質問に答えろ、アサシン。無事なのか?」

「……もちろん約束は守っているとも。傷一つつけてはいない」

「本当か?」

「そう疑うなら見に行けというに……。仮に殺したりすれば、すぐにおまえが気付くであろう? 今敵対者を増やしたりして、こちらに何の得があるというのだ」

「そうか。ならいい」

 話は済んだとばかりに口を閉じたアーチャーを見て、セミラミスは口元を吊り上げた。

「裏切ったというのに、無事を保証せよとは、おまえも随分あのマスターに情が移ったのだな」

「情? 何を言っている」

「違うのか」

「言っただろう。お前たちに生殺与奪の権を握られたくないだけだと。魔力供給どころか、令呪まで奪われては、いつ自害を命じられたものか判らんからな」

「その割に、扱いを一任するというのは不思議だな。いったい何を考えている? ――それとも、考えが纏まっておらぬのか」

 フンと鼻を鳴らし、アーチャーは部屋へ入って行く。

「……なかなか難儀な奴よの」

 セミラミスは溜息を吐く。決して仲間と信用した訳ではないが、彼女はそれなりにアーチャーへ同情を寄せていた。彼女の境遇に憶えがあったというのもあるし、そこから発したであろう願望に、何となく物悲しさを感じていた。天草と違い、足掻く時間すら与えられなかったからだろうか……。


          #


 アーチャーが部屋へ入ると、大聖杯の前で懸命に作業を続ける天草四郎の背が見えた。

「おっと! マスターの邪魔はしないようにお願い致しますよ」

 部屋の隅の暗がりに、キャスターが姿を現した。右手の人差し指を、口の前に立てている。

「キャスター……」

「ただいまマスターは、大聖杯と吾輩の間に魔力供給のパスを通している最中でして。ま、もっとも、潤沢な魔力を戴いたところで、戦いには役立ちませんがね」

「大聖杯が蓄えた魔力ならば、サーヴァントの数騎程度、余裕で運営できる、か」

「その通り!」大声で叫びかけ、キャスターは口を抑えた。「ランサー殿は、これまで力を制限していたようですから、ようやく本領発揮というところでしょう。直に目にすることは叶わないでしょうが……」

 そんな場にいたら、吾輩など戦闘の余波で消し飛んでしまいます! とキャスターは(おどけ)た。

「アーチャー殿も、如何です? 今ならまだ接続は間に合うかもしれませんよ?」

 その時、一段落ついたのか、大聖杯の前から天草が近づいてきた。

「残念ですが、間に合いませんよ」

「おや、そうでしたか。期待を抱かせてしまったようなら申し訳ありません、アーチャー殿?」

 アーチャーは返事せず、軽く溜息を吐いた。

「アーチャーさんの持ってきた情報によれば、黒は今日か明日の晩に攻めてくる――ですね?」

 天草の問いに、目線で頷く。

「であれば、事情がない限り、今夜攻めてくるでしょう。時間がありません。本来であれば、それまでに大聖杯の起動も済ませたかったのですが……」

「優れた物語には、優れた逆風が必要なものですよ、マスター。『逆境の甘美なことといえば(Sweet are the uses of adversity,)それはヒキガエルのように醜く有毒で(Which, like the toad, ugly and venomous,)しかし宝石を冠している(Wears yet a precious jewel in his head.)』――というものです」

「貴方はそう言うでしょうね」軽く肩を竦め、天草は上を仰いだ。「ところでアーチャーさん、私になにか用事があって来たのでは? それとも、キャスターに十四行詩(ソネット)を作ってもらおうと?」

「ほう! ようやく吾輩の本業が必要とされる時がきましたか!」

 キャスターを視界から外し、天草を見据える。このキャスターは、まともに相手するだけ時間の無駄だと、そろそろ彼女も気付いていた。

 向こうに、大聖杯の光がぼんやり見えた。
 ずっと求め焦がれ続けてきた、自らの望みが……。

「先に使わせてほしいということでしたら、すみませんがお断りします」

 彼女の視線を追って、天草が微笑んでみせたが、眼は笑っていなかった。

「そうではない……」

 アーチャーは瞬きした。
 大聖杯の残光が瞼の裏に残った。

「天草四郎――お前は、なぜ全人類の救済を望む? それを正義と信じるからか?」

「人類を愛しているからですよ」天草はすぐ答えた。「だから救いたい。貴女も子供が好きだから、願望を抱いたのではないですか?」

「私は――」

 なぜか彼女は言葉に詰まった。

 子供は好きだ。だから彼らが愛される世界を望んだ。
 けれど……。そう、その願望を抱いたのは――いつだったろう。
 どうして、この望みを追い続けられたのだろう。

「……失礼する」

 アーチャーは踵を返し、大聖杯の間を後にした。


 彼女が去った後、作業に戻ろうとする天草に、キャスターが語り掛けていた。

「吾輩、彼女はあまり好きませんな」

「おや、これはどうしてです? 彼女の生涯は、なかなか貴方好みだと思いましたが」

 髭を引っ張り、キャスターはつまらなさそうに言った。

「人生ではありません。気になるのは過去ではなく、現在……。彼女、マスターと同じような大望を抱きながら、聖杯に願えば何とかなると考えていたのでしょう? まったく怠惰というほかありますまい! 何やら色々悩んでいるご様子でしたが、吾輩に言わせれば全て自業自得。子供を救う術を思考放棄した、その怠惰が今の煩悶を呼んでいるのですからね!」

「それは――それは違いますよ、キャスター」天草は真剣な口調になった。「彼女は考えています。考えに考え、思考を続けた末に――聖杯に頼ると決めたのでしょう。怠惰ではなく、むしろ真摯な姿勢といえます」

「ほう、マスターにはそう見えましたかな? しかしそれにしては……」

「何か気になりますか?」

「……いえ、やめておきましょう。味方の精神を弄ぶというのも――ま、それはそれで面白そうではありますが――吾輩も、そこまでの冷血漢ではありませんからな!」

 軽薄な口調で話し、キャスターは現れた時同様、唐突に姿を消した。


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「ランサー、ここにいたか」

 アーチャーが最後に訪れたのは、魔術師の集う間だった。
 魔術師たちは円卓を囲み、口から雑音を吐き出し、脈絡ないそれらは誰に届くことなく、天上まで昇っていく。

 本来”赤”のマスターとして腕を振るうはずだった、哀れな者の集まりだ。尤も、今は彼女のマスターも似たような境遇にあるのだが……。
 彼らはアサシンの毒によって、聖杯大戦に勝利したという幻想を抱いたまま、それ以上の思考をやめていた。

 本来であれば彼らを生かしておく利はない。殺す利もないのだが、その二者択一を迫られれば、アサシンは殺す方を選択するだろう。
 彼女にそれができない理由は単純で、”赤”のランサーが常に目を光らせていたからだ。

 細面の青年は、魔術師の背後に、何をするでもなく、ただじっと立っていた。アーチャーが入ってきたことに気付き、顔だけそちらに向けた。

「ランサー……、訊ねるが、貴公のような英雄が、なぜ天草に従っている?」

 彼女の言葉は、魔術師たちの頭上を、鋭く切り裂いた。

「我がマスターのためだ」

 表情一つ変えず、ランサーは答えた。

「マスターの……? どういう意味だ、それは」

「我がマスターは聖杯を望んでいる。報いるために、あの男に協力する必要がある」

「…………」

 ランサーの理屈は単純で、だからこそアーチャーは眼を瞠った。

 英雄としてではなく、一人の人間として、あまりに完璧な高潔さ。

「ならば……、その為ならば、天草の願いを正しいとするのか?」

「正しい――?」ランサーは僅かに首を傾けた。「ああ、お前たちの不思議な議論のことか。……オレは命令に従うのが役割で、ただその役割を全うする。だから結果に興味はない。好悪を断ずることもない」

 その返答は概ね想像通りだった。彼ほどの英傑ならば、そう答えてもおかしくない――ただひとつ、気になる点を除いては。

「不思議な議論とは、何の話をしている?」

 アーチャーが訊ねると、唐突にランサーが頭を下げた。

「……お前とマスターの会話内容を、あのアサシンが盗聴して広間に流していた。聞いてしまったこと、謝罪しよう」

「あ、いや……、謝罪は不要だ。問いに答えて欲しい」

 ゆるりと頭を上げ、ランサーは「そうか」と口を開いた。

「ならば答えよう。お前たちは、『第三魔法の適用が正しいか』を議論していたが、そのことについてだ」

「……それのどこが、不思議なのだ」

 少し考え、ランサーは答えた。

「人類発展の方向性を考えるに、いずれ人類は魂の物質化を成功させ、種としての進化を果たすだろう。第三魔法――それは人類がいつか至る道だ。であれば、結果の正誤を議論しても意味がない。仮に議論するなら、その過程で大聖杯を用いるのが正しいか、だ」

「…………」

 アーチャーが沈黙したのは、ランサーが想像以上の饒舌だったからではない。
 彼の指摘が、全く正鵠を得ていたからだ。

 そう、それはどうなんだ?

 結果は正しくとも、その過程は……。

「それともう一つある」ランサーは独り言のように話した。「おまえの願望については話し合っていたが、マスターの願望に言及していなかっただろう。願望なく戦うマスターがいるのかどうか、オレは詳しくないが」

「ああ――それなら心配はいらない」

「心配はしていない」

 アーチャーは苦笑した。彼の突慳貧な物言い……喧嘩を売っていると解釈されても仕方ないだろう。

「我がマスターの願望は生存だ。不老不死になれるなら、それに越したことはないだろう」

「そうなのか?」

 やや驚いた様子でランサーが言う。尤も声に色がついただけで、表情に変化はない。

「そうだが……、何が疑問だ?」

「いや……生存と不老不死は別の概念だと思っていた。欲求と願望では違いがあると」

「――それは」

 アーチャーは思わず息を呑んだ。
 だが言葉を探しているうちに、まあオレの勘違いだろう、とランサーが呟いて、それきり口を噤んでしまった。


 部屋を出る際、ランサーを振り返ると、彼は入った時に見た姿勢のまま、静かに佇んでいた。

「礼を言うぞ、ランサー」

 彼は少しして、ぽつりと呟いた。

「……何の話をしている」

 アーチャーは、また、苦笑した。