アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
<< 前の話 次の話 >>

19 / 41
思惑

「これは今日も外れかな……」

 肩を落とし、アルは呟いた。正面に座るアーチャーは無言で、通りを眺めている。

 昼と夕方の間にあたる時間帯。テラス席のパラソルが、辛うじて日除けになっている。
 以前に”赤”のセイバーと出逢ったこの店を選んだのは、いよいよジンクスに縋るしかなくなってきたからだが、それを聞いたアーチャーの眼は冷ややかだった。
 同じ制服に身を包み、そのうえ片割れが古臭い帽子を被っている奇妙な二人組は、それなりに通行人の気を惹いた。尤も女のただならぬ雰囲気に、声をかけてくる者は店員しかいなかったが。

 こうしてアーチャーと二人、シギショアラの街を徘徊するのはもう二日目になる。
 この二日、裏路地から大通り、宝石店から教会までひたすらに歩き廻った。途中、帽子屋に寄った際、彼女に新しい帽子を買おうとして「無駄なことをするな」と怒られたのも記憶に新しい。
 だが依然、本来の目的は何ら達成されていない。
 適当にうろついていれば、黒の方から接触してくるだろうという目論見は、どうにも失敗に終わりそうな空気だ。黒の陣営が壊滅状態にあるのか、トゥリファスに身を隠しているのか、もうアーチャーとの共闘はない、と判断されているのか。アルには皆目見当がつかない。

「やっぱり敵だと思われているのかなぁ……?」

「敵と判断したなら、襲撃を仕掛けるはずだ。数では向こうが勝っている。仮に一騎でも、少し歩いただけで疲れたなどと抜かすマスターを狙えば、充分勝機がある」

 アーチャーが小さく口を開いた。
 さりげなく述べられた皮肉は、しかし前ほど辛辣な響きを帯びていない。……というのは自分の期待に過ぎないかもしれないが、取り敢えず無視して、脚の代わりに頭を動かす。

「つまりもう黒はやられたか、無視されているか、監視を受けているかってこと?」

「監視を受けている――だろうな。十中八九は」

「監視かぁ……」

 周囲を見廻すが、当然サーヴァントが路上を歩いている訳もない。
 アルにできることは、こうして囮の役目を果たすことだけだ。とはいえ昼夜問わず、不眠の歩き通しで、疲労がひどく蓄積している。まったく、囮すら満足にこなせないとは……。
 休憩をとるにしても、アーチャーが内心苛立っていそうで、おちおちくつろいでいられない。恨むのは自分の貧弱さである。

「監視に付けるとしたら――、アサシンかアーチャーかな」

「だろうな。人混みを歩く時は気をつけろ」

「人混み……? 白昼堂々、天下の往来で仕掛けてくるって?」

「サーヴァント次第だろうな。人通りの中、他人にばれぬようひっそり処理する方法など、幾らでも思いつく」

 冗談のつもりで言ったものを、彼女が大真面目に返答してきて、背筋に寒気が走った。確かに常在戦場の心構えを持てとは言われたが、例えば今も危機が――?
 思わず手にしたカップをまじまじと見つめてしまう。

「毒くらい、とうに私が警戒済みだ」

「あ、そりゃそうだよね……はは」

 アーチャーは半眼でこちらを見つめ、残っていた紅茶をカップに注ぎ、すうっと飲み干した。

「小賢しく考える余裕があるなら、もう休憩は充分だな?」 

「え、ちょっと……」

「休んでいてはいつまでも惰弱なままだ。立て。行くぞ」

 アーチャーの手に引き摺られるようにして、アルは店を後にした。


          #


 ”黒”のアーチャーが”赤”のアーチャーの監視をしているのは、ダーニックの指示による。

 当然、アーチャーは反駁した。この状況下で、マスターから離れるのは得策ではない。
 しかし、敵か味方か判らぬサーヴァントが、挑発でもするように街を逍遥している――そう言われれば、彼とて捨て置くわけにはいかなかった。マスターのフィオレからの後押しもあり、已む無く監視任務に就いたのである。

『やはり彼女らは、こちらの接触を待っているように見えます。戦力差は知っているでしょうから、まさか挑発とも思えない。本当に”赤”に所属しているなら、城に籠って出てこないはず。わざわざ遊撃に出る理由がありません』

 二日ほどの監視を終え、アーチャーは観察から合理的に導かれた推論を述べた。推論というのは謙遜で、彼の見る限り、”赤”のアーチャーの行動の意図は、それ以外ないと断言できる。

『なる程……。ご苦労様でした』

『いえ。マスターもお気をつけて』

『はい、ありがとうアーチャー』

 報告を受けるのはフィオレ。そして彼女が判断を仰ぐのは――。

『そうか。――監視を続行させよ』

 彼女の当主に他ならない。

『判りました。……あの、おじ様』

『何かね?』

『どうして、監視を続けさせるのですか? 試しに交渉を持ち掛けるくらいは……』

『私に理由を話せと、そう言いたいのか?』

 ダーニックは返事をゆっくりと待つが、なかなか返ってこない。

『おじ様――』

 ようやく何か言い掛けたところで、フィオレはまた黙りこんでしまった。


 この時点で”赤”のアーチャーが共闘を申し出てきたことを知っているのは、”黒”のマスターにはもうダーニックしかいない。彼女が”赤”のライダーを討ったことを知っているのも、彼一人。
 すなわち、ダーニックがこの情報を伏せ続ける限り、他のマスターがアーチャーに接触することはまずない。不確定要素が大きすぎるからだ。現に”黒”のアーチャーも、マスターの指示ということもあろうが、己の判断を押し切るような真似はしていない。

 それでは何故、”赤”のアーチャーとの共闘を避けるのか?

 当主という立場、またランサーの前で醜態を晒せないために、少なくとも表面上、ダーニックは冷静を保っている。だがそんな彼の胸中は、尋常でなく荒れ狂っていた。
 それも無理からぬことで、そもそもこの聖杯大戦の発端、魔術協会と対立した原因は、ダーニックの極めて高いプライドにある。そんな彼が、自らの城を奪われ、敗北の淵に立たされているのだ。現状を許容できるはずがなく、今や冷静とかけ離れた精神状態であった。

 そうなってくると、彼は誰も信じられない。
 ”八枚舌”の詐欺師として鳴らしたダーニック。一たび周囲の人間に自分を投影すれば、誰も彼もが疑わしく見えてくる。
 例えばゴルド。結局彼のしたことといえば、敵にサーヴァントの真名を提供することだけだった。
 例えばロシェ。キャスターを失ったかと思えば、如何なる策を弄したか、セイバーと再契約している。
 例えばセレニケ。敗退したのにどうしてまだシギショアラに居た?
 他のマスターも判らない。ルーラーとの共闘を言い出したカウレスも、天草四郎を仕留めそこなったアーチャー、フィオレも信じ難い。
 そして極めつけが”赤”のアーチャー。同陣営のはずのライダーを討ち、果ては”黒”と共闘したい……? マスターも得体が知れない。何をする気か、全く信用できない。

 疑心暗鬼に陥っている。
 実のところ、ダーニックにはその自覚があった。しかしそれでいて止めようとしない。それが彼の生き様であるともいえたし、または――。

 城塞攻略に他人の手を借りる必要などないからである。

 会議ではいかにも手詰まりのように振舞っていたが、彼にとって砲台は何の障碍でもない。敵が地脈を制圧し、ランサーの宝具が使えなくなった? そんなこともどうでも良い。
 唯一警戒するべきはあの男――天草四郎だが、裏返せばそれだけしか問題はない。
 彼のサーヴァント、ヴラド三世。彼の本領を以てすれば、聖杯戦争などすぐ終わる。
 当然それは最終手段、令呪の使用が必須になるが……、ダーニックにそれを躊躇うつもりは皆無だ。

 よって「破壊力」も「頭数」も不要。徒にリスクを負って”赤”を引き入れるなど言語道断。今はただ、ランサーの回復を待つだけで良いのである。


 ダーニックは押しと引きが人心掌握の要だとよく知っている。たっぷり間をおいた後、改めて優しい口調でフィオレに語りかけた。

『監視を続けさせよ。それが最善手だ。判ったかね?』

『…………』

 無言を肯定と受け取り、念話を打ち切る。多少の不信感は抱かれただろうが、離反するほどではない、と計算。

 今は雌伏の時である。
 天草四郎――先の聖杯戦争で、ルーラー特権を行使し勝ち上がった因縁の相手……。
 あの思い上がった小僧に鉄槌を下す日は、そう遠くない。自分に言い聞かせて、ダーニックは口を歪めた。