”黒”のマスター達が一箇所に集まらなかったのは、”赤”が一般人への被害を厭わず宝具を使用した場合に、一網打尽にされることを警戒したからである。
彼らはトゥリファスやシギショアラに予め用意してあったセーフハウスに、各々ばらばらに潜伏した。
そのうえでそれぞれが防護結界を張り、身を休め、話し合いができるまでに回復したのは、翌日の昼過ぎを待たねばならなかった。
カウレスは地下室のソファに腰かけ、真剣な表情を浮かべていた。
『では、各自報告を』
念話を介した会議を仕切るのはダーニック。この戦争へ懸けてきた熱意と準備を知るだけに、圧倒的優位から叩き落とされた彼の胸中は計り知れない。
『……セイバーは万全だ』
最初に返答したのは新たにセイバーのマスターになったロシェである。
ゴルドの死に動揺を見せたマスターはいなかったが、キャスターの死には、皆少なくない驚きをもって迎えた。ロシェは詳しく語らなかったが、あれ程までに慕っていたサーヴァントとの離別、そして再契約……。何もなかった訳がない。その精神状態を含め、注視の対象である。
それを知ってか知らずか、ロシェの口ぶりはいつにもまして平坦だった。無邪気にゴーレムを造っていた彼と、同一人物だとは思えないほど。
けほん、と咳払いをして、次にカウレスが口を開く。念話なのだから、咳払いも、口を開く必要もないのだが。
『バーサ―カーにこれといった損耗はない。いつでもいける』
あれが戦闘の直後で助かった、と嘆息する。周囲に残存魔力が充ちている状況でなければ、撤退途中で力尽きていただろう。バーサ―カーはスキルによって、魔力放出に似た高速移動を可能とするが、その際の魔力消費は著しい。
『アーチャーも同様です』フィオレが楚々とした口調で述べた。『ただ、おじ様。サーヴァントがいくら万全といっても……』
『ホムンクルスの魔力供給は受けられない、と言いたいのだろう』
ダーニックが言葉を継いだ。ええ、と返答がある。
”黒”の秘策であった、ホムンクルスを用いた魔力供給。城が奪われれば、当然ながら使えない。
つまり黒のサーヴァントの力は、マスターの実力に依ることになる。これまでのように、好きに宝具を打つなどもってのほか。それが聖杯戦争の正しい姿といえばそうだが……。
最後はダーニックがランサーの状態を報告した。
『ランサーは未だ右腕の力を失ったままだ。無論、私の魔力だけで治癒は可能だがね』
ランサーの治療に専念したとしても、余裕をもって三日は必要であろう、とのこと。
『日数をかければかけるほど、赤は城の防備を整えるだろう。つまり――』
『三日後に総攻撃をかける、ということですね?』
『そうだ。それまでに戦略を考えねばならぬ』
会議はほぼダーニックとフィオレの会話で進行する。魔術師としても、一族内の立場としても有力な二人に意見出来る者は、そういない。
『飛行機から爆弾でも落としますか? 向こうがやったように……』
『駄目だ。”砲台”がある』
『そうですよね……』
やはりネックになるのは、最後に敵が見せた十一の砲門であろう。地上から攻めるにしても、空中から攻めるにしても、あれをどうにかしないことには、撃ち落されて終わりである。
『地中から……ってのは?』ふとカウレスは会話に割って入った。『それなら撃てないだろう』
『カウレス……それで、どうやって地中から攻め入るの?』
落ち着いた姉の指摘に、あっと口を押さえた。
『すまない、思いつきをそのまま話してしまって……』
呆れられたのか、一瞬間が開いた。もう少し思慮深い発言をしなければと反省する。
『アーチャーはどう考えているのだ、フィオレよ』
ダーニックが呼びかけると、”黒”のアーチャーがすぐに応えた。
『やはり、十一という数が問題でしょうね。囮や陽動が意味を為さない』
『破壊力が必要ということか?』
『或いは、頭数が』
『数か……』
自由に使役できるサーヴァントの数は四騎。三騎士のクラスは皆生存しているのが、救いといえば救いか。
しかし数を用意すると言ったって、聖杯大戦におけるサーヴァントの数は限られているのだし、ほいほい増やすという訳にもいかないだろう――とそこまで考えた所で、カウレスの脳裏に閃くものがあった。
『ルーラーはどうなんだ?』
『え? どういう意味ですか?』
『えーっとだな、つまり……』
フィオレに訊き返され、どう話したものか思案する。
と、アーチャーの落ち着いた声がすぐに響いた。
『ルーラーを味方に引き入れられないか、ということですね?』
『あ、ああ。そう……やっぱり無理かな』
『いえ、そうとも言い切れないでしょうね……』
するとダーニックも興味を惹かれたのか、アーチャーに続きを促した。
『話に依れば、あの赤のマスター――天草四郎は、第三次聖杯戦争で召喚されたルーラーなのでしょう?』
『……信じ難いことだがな』
『とすれば、まずもって彼がこの世界にいることがイレギュラー。マスターとなっているのもそう。それだけでもルーラーが動くには充分だと思いますが。更に問題なのは彼の告げた
――全人類の救済。
あの眼は本気だった、とカウレスは思い返す。
それ程長い生涯を生きてきた訳ではないけれど、しかしあそこまで真剣な瞳を見ては、疑う訳にはいかない。あの時混乱したのは、荒唐無稽な夢を本気で望んでいると聞かされたからである。
『少なくとも私には、聖杯を使って全人類を救済する術は思いつきません。仮にそんなものがあるとすれば、相当に歪んだ形で叶えられるのではないでしょうか……。そして私と同じ危惧をルーラーが覚えたなら、彼女もまた天草四郎を討とうとするはず。我々との共闘も考えるでしょう』
『まずはルーラーに共闘を持ち掛けるべきである――と?』
しかしアーチャーは即座の返事をしなかった。
どうしたのですか、と傍らのフィオレに問われ、アーチャーは瞑目して首を振った。
『ただ……。だとすれば、既にこの時点でルーラーは我々の前に姿を現していると思うのです。彼女とて一刻が惜しいはず。ですがそうしないということは、恐らく――片方の陣営に肩入れしない、という
『肩入れしないってそんな』思わずカウレスは声を上げた。『あのマスターは世界を滅ぼしかねないんだろ? 黒だ赤だって言ってる場合じゃないだろう』
『しかしあのマスターを打倒した暁には、形はどうあれ、黒の勝利が確定します。外面だけ見れば、黒に協力して赤を討った、ともいえるわけです。それに天草四郎の願いにしても、ただの推測に過ぎません。あれはブラフで本当の願いは別にあるのかもしれませんし、或いは正しく世界を救済する術を見つけたのかもしれません。極めて曖昧な状況なんですよ、ルーラーにとっては』
『そんな……』
『これも私の推測ですが……』アーチャーがゆっくりと言う。『ルーラーは独自に天草四郎を討ち、”あくまで黒との共闘はしなかった”という体裁で動くと思われます。敵の敵は味方。間接的に共闘する形ならば、問題ないかと』
例えば、彼女が動く機に乗じて城を攻めるのは可能ということ。これはそれなりに有力な作戦だろう。
とはいえ……。
『結局、最大の問題は解決されないままですが』
アーチャーの言った通り、ルーラーと共闘する道が開けたのは良いとして、肝心の城攻めの案がない。
マスター間を沈黙が支配した時だった。
『ひとつ、良いかしら?』
『セレニケ――?』
皆の驚きは尤もで、口を開いたのは、既にサーヴァントを失ったマスター、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアであった。
どうやら彼女は、ライダーの敗退と共に城を出ていたらしく、一足先にセーフハウスに身を隠していた。そのまま聖杯大戦の終わりを待とうとしていたところへ、昨夜の衝撃である。人手は多い方が良いために会議に参加していた――尤も、彼女の意見に期待している者はいなかったが。
既に勝利への情熱を失ったと思わしき彼女が何を言うのか、一同は耳を傾ける。
『昨夜の墜落が外でどう隠蔽されているか、知っているかしら?』
『外で? そりゃ監督役が――』
言い掛けて、カウレスは首を振った。
そう――考えてみれば、あの天草四郎が、この戦争の監督役ではないか。彼に大規模な隠匿を行う余裕があったとは思えない。起きたのは一般人の行方不明や、原因不明の陥没事故ではない。城がひとつ潰されているのだ。どうやったって隠しおおせるものではなかろう。何らかのカバーストーリーを作る必要があるが……。
『地域の新聞には、また例の一族の道楽ってことになっているけどね――』
ここトゥリファスに住む人間ならば、ミレニア城塞に住む謎めいた一族のことはよく知っている。知っていて、誰も進んで話題に挙げようとはしない。ユグドミレニアによる情報操作の賜物であり、また触らぬ神に祟りなし、という考え方でもある。
そのため、これまで城の付近で妙なことがあっても、住民たちは黙殺してきた。聖杯大戦が開戦してからも、彼らは夜間の外出を控えるという自己防衛に徹するにとどめた。不穏なものを感じつつも、必要以上に追及することはしなかったのである。
とはいえ――、流石にこれは話が違う。
『城の上に城が墜ちてきた、でしょう? 何か手を打つかと思ったけれど、あの神父、結局封じ込めには失敗したみたいねえ』
『それで、何が言いたいのだ』
楽し気に話すセレニケに、しびれを切らしたダーニックが問いかけた。
『お望み通り、一般人を焚きつけてやるのよ』
『ほう――?』
『この情報を住民だけじゃなく、街の外にも広めれば、一般人が押し寄せてくるでしょう? その陰に隠れて近づくの。奴等も無闇と砲を撃つわけにはいかないんじゃないかしら』
神秘の秘匿とは対極を行く、一般人を盾に使う作戦。
それは流石にまずいんじゃないか……? とカウレスは顎に手を当てた。
『それは難しいですね』だが最初に反対の声を上げたのはフィオレだった。『一般人を巻き込むとなれば、ルーラーが黙っていないでしょう。せっかく共闘の道が開けたというのに、敵に回すような真似はできません』
『あら、そう? 残念ねえ……』
結局その日の会議は、長々と続いた内容に対して、大きな進展なく終わった。
三日後の侵攻は確定事項として、各々作戦を考えておくように――そんな通達を残して、ダーニックは念話を切った。
カウレスは溜息を吐いて、ソファに深く座り直した。
「作戦……ってもなあ」
そもそもミレニア城塞というのが、ダーニックが検討に検討を重ねて選んだ城なのである。立地的にも防護に秀でており、その時点で攻めるに難い。そのうえあの主砲……。
いくら強力なサーヴァントを擁するといっても、容易く打ち破れるわけがない。敵とてそれを考えた上で、あの作戦を実行したのだろうし。
地下室の天井を仰ぐ。バーサ―カーは実体化させていない。一人で魔力を賄わなければならなくなった今、ただでさえ魔力喰いの彼女を実体化させる余裕はなかった。
やれやれと嘆息する。元より怪しかったとはいえ、いよいよバーサ―カー生存の目が遠くなってきた。
とにかく魔力供給だけでも何とかなれば良いのだが……。
「あ、そうだ」
やにわソファから立ち上がり、彼はセレニケに念話を試みた。
セレニケにバーサ―カーの魔力供給を手伝ってもらえないか、と思い付いたからである。全部は無理でも、彼女と半々に負担すれば大分余裕が出るはずだ。
無論、彼女が肯く可能性は低いだろう。令呪が残っているとはいえ、彼女はもう敗退したマスター。意味もなくリスクは引き受けまい。
だがカウレスは実行もせずに諦める性格ではなかった。少しでも勝ちの確率が上がるなら、何だってやる覚悟を有している。
例えば、こういうのはどうだろう。カウレスが死亡した際、バーサ―カーの新たなマスターはセレニケにすると契約を結べば、彼女は乗ってくるのではないか……?
あれこれと思いを巡らせ、カウレスは室内をぐるぐると歩き廻った。――だが。
「どうしたんだ……? 返事がないけど……」
一向にセレニケから返事がこない。
何か所用でもこなしているのか。それとも、先ほどは会議だから一応私見を述べただけで、やはりもう闘いに関わる気はないのか。
時計を見るともう夜である。
疲れて寝ているのかもしれないと思い、カウレスも身を休めることにした。寝床で作戦を考えようとしたが、その前に意識は遠退いていった。
こういう回、書くのは楽しいが読むのは…