アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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衝撃

 ――今こそ好機。

 

 ”赤”の陣営は撤退、”黒”の陣営は勝利に浮かれ、またサーヴァント達は消耗し、こちらの動きには気付いていない。今なら、誰の邪魔も受けることはない。

 

 ここはイデアル森林の最北端。清冽な湖が、息を潜めてその時を待っている。

 準備は完璧。あとは事を為すだけ。

 

「先生! いよいよですね!」

 

 隣で目を輝かせるロシェ(マスター)の存在は想定外だったがな、と”黒”のキャスター(アヴィケブロン)は仮面の奥で呟いた。彼に覚られぬよう城塞を出たつもりだったが、目敏く見つかってしまった。

 幸運なことに、マスターも自分と同じ、聖杯大戦などどうでもよく、宝具の完成を望んでいるらしかった。このタイミングでの発動に不審を抱くことなく、また他のマスターに知らせようともしなかったので、こうして起動に立ち会うことを認めたのである。

 

 傍らの「炉心」を一瞥し、アヴィケブロンは湖に手を浸した。

 悲願の達成を目前にして、しかしただ粛々と。

 

 ” (はは)に産まれ、(ちせい)を呑み、(いのち)を充たす。

 (ぶき)を振るえば、(あくま)は去れり。不仁は己が頭蓋を砕き、義は己が血を清浄へと導かん。

 霊峰の如き巨躯は、巌の如く堅牢で。万民を守護し、万民を統治し、万民を支配する貌を持つ。

 汝は土塊にして土塊にあらず。汝は人間にして人間にあらず。汝は楽園に佇む者、楽園を統治する者、楽園に導く者。汝は我らが夢、我らが希望、我らが愛”

 

 さあ、神の起源を思い出せ。

 我に苦難を与えよ! 然る後――。

 

 ”聖霊(ルーアハ)を抱く汝の名は――『原初の人間(アダム)』なり”

 

 ――そして。

 湖から、()は姿を現した。

 

「これが、原典にもっとも忠実なゴーレム……」

 

 マスターの言葉など、もうアヴィケブロンの耳には届かない。

 炉心を取り、彼の胸へ――偉大なる守護者の胸へ。

 斯くして奇蹟は達される。

 

 草木は茂り、自然の賛歌を唄う。

 禽獣(けもの)は縋り、自ずと生命を供す。

 大気は幸福の芳香に充ち満ちる。

 

 ここが約束の場所。民が望んだ希望の大地。

 楽園(エデン)は拡がり――やがて全ての世界を作り替える。

 そこに苦痛はなく、哀切はなく、ただ随喜と祝福がいつまでも続く。

 自律式固有結界――『王冠・叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』。

 ここに願望は叶えられた。

 

「い、いやっ、こんなの、違うっ……!」

 

 耳障りな声が響いて、アヴィケブロンは顔を顰めた。いったい誰が喧しくしているのか……?

 

「先生? じょ、冗談ですよね? こんな、こんなゴーレムが起動したら……」

 

 ああ、マスターか、と思う。腰が抜けた様子でアダムを見上げているが、そうか漸くこの素晴らしさに思い至ったのか。

 まあ……どうでも良いが。

 

「先生? ……先生!?」

 

 アヴィケブロンはアダムの肩に乗り、世界を――これから塗り替えられる穢れた世界を、睥睨した。

 

「さあ――、行こうか」

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 ロシェはその時、やっと気付いた。

 宝具の意味に――ではない。

 アヴィケブロンと己の食い違い――でもない。

 ()()()()()()()()()()()()()――ということにだ。

 

 自分が望んだのはゴーレムを造ること。

 先生(アヴィケブロン)が望んだのは楽園を創ること。

 何が目的で何が手段か? どちらが正しい存在か? 

 そんなことは……言うまでもない。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 自分でも判らないほどの感情に呑まれ、ロシェは逃げ出した。己が造った卑小なゴーレムに乗り、眩い光を避けるように去って行く。

 訳も判らぬまま――彼が知らず掲げていたのは。

 

「れ、れ、令呪をもって命じる!」

 

 

 ああそうか、と思った。

 マスターは――そう考えるのか。

 

 けれど幸運なことに、死に方を選ぶ猶予くらいはあるらしい。

 

 楽園は成る。

 その様を見られないのは――とてもとても、残念だ。

 未練がない、とは、口が裂けても言えない。だが――それでも。

 

「往け、『叡智の光(ケテルマルクト)』。きっと世界を――我らが民を、救い給え」

 

 そうしてアヴィケブロンは、アダムに溶け込んで消えた。

 

 

          #

 

 

「動き出した……?」

 

 ルーラー、ジャンヌダルク。彼女が見上げる先で、”赤”の空中要塞が、ゆっくりと飛行を再開していた。

 この聖杯大戦に不穏なものを感じ、啓示の指し示すまま彼女が向かった先、それがあの要塞である。どうやら赤の陣営の「何者か」に、自分は会わねばならないらしい。戦闘が起きている最中にまみえることは叶わなかったが、どこかに隙がないものかと、遠くから観察していたのである。

 

「しかし、あの方向は……」

 

 大気を低く鳴動させ、要塞が向かう先。

 それは、つい先ほど圧勝を収めたはずの敵陣営。”黒”のミレニア城塞であった。

 

 いったい何をするつもりか?

 

「とにかく跡を追わなければ……」

 

 

          #

 

 

 ノックの音と共に、ホムンクルスが一体、顔を覗かせる。

 

「ダーニック様」

 

「何だ」

 

 そちらへ顔を向けずに、ダーニックは訊ねた。

 正面には彼のサーヴァント、”黒”のランサーが腰掛けている。消し飛ばされた右腕も、形だけであれば既に再生していた。お互い、片手にワイングラスを持っている。

 

「先ほど、ゴルド様がお客様をお帰しになられました」

 

「言われずとも知っている」

 

「失礼しました」

 

 一礼を残し、ホムンクルスは部屋を出て行った。

 

 足音が消えたのを確認し、ダーニックはグラスを置いた。

 

「汚名返上の機会と思って任せてみたが、まさか腹中の敵を取り逃がすとはな。……やはりあいつに交渉事は無理だったか」

 

「アキレウスを討ったのだ。それなりに足が速いのだろうよ」

 

 最も消耗している身でありながら、ランサーの口調は軽い。配下となったサーヴァント達の働きに、随分と満悦している様子であった。それはダーニックにしても同じである。

 

「まあ、今更アーチャー一騎を取り逃がしたところで、我らの脅威にはなりますまい。案外、赤の連中が始末してくれるかもしれませんな」

 

「それよりも今後だ」ランサーは鋭い眼光でマスターを見据える。「戦力的に圧倒しているとはいえ、あの浮遊要塞に籠城されては、こちらとしても攻め手に欠けよう。何か策があるか?」

 

「さてさて……」

 

 敵の要塞を思い出す。

 長年に渡る準備のなか、様々な状況を想定したつもりだったが、あの発想を、あれ程の規模で実行されるというのは、流石に想定外であった。

 

「現状、あまり有効な手立ては考え付きません。情報も少なすぎます」

 

「ほう……?」

 

 ランサーは次の言葉を促す。ダーニックは、意味もなく弱気な発言をする男ではないと知っているからだ。

 

「ですが、それは赤にしても同じこと。彼らとてミレニア城塞を陥とす手立てはありません。暫くは小競り合いが続くでしょうが……、何、大聖杯は我らが手中にあるのです。必然、先にしびれを切らして攻め込んでくるのは敵。そうなれば――」

 

「迎え撃つ我らが優位に立てる、ということか」

 

「その通りです、領王よ」

 

 にやりと笑って、ダーニックはグラスを持ち上げた。

 

 

          #

 

 

 それは唐突に訪れた。

 

『敵の要塞が迫ってきます。皆さん、迎撃の準備を』

 

 ”黒”のアーチャーから、全サーヴァント、マスターに念話が届いた。

 躰を休めていた者、未だ警戒を敷いていた者、全員が一斉に城壁へ集まってくる。

 

「アーチャー!」接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)を装着したフィオレが、皆に遅れて現れた。「状況は?」

 

「見ての通りです」

 

 彼が指し示す先、アーチャーのような優れた視力を持たずともはっきり見える。

 戦場の向こうへ小さく浮かんでいた敵の浮遊要塞は、明らかに接近していた。今も徐々に大きくなっており、ミレニア城塞へ向かって来ているのは間違いない。

 

「ハン、奴等、破れかぶれの特攻に来たか! これはいよいよ我らの勝利が近いな!」

 

 ゴルドが腹を揺らして笑う。確かにその見立てもあり得なくはないが――フィオレはそこまで楽観的にはなれなかった。見ると、傍らにバーサ―カーを伴ったカウレスも眉間に皺を寄せ、難しい顔で黙りこんでいた。

 振り返ると、皆の後ろで腕を組んでいるダーニックが目に入った。

 

「おじ様。仮にそうだとして、この城塞は保ちますか?」

 

「無論だ」ダーニックは即答した。「何重にも張り巡らせた防御魔術、魔術礼装、サーヴァントの宝具を用いたとしてもまず破れぬ。仮に上空から直接乗り込んでも不可能だ。アサシンすら……」

 

「迎え撃つのが最善だ、と?」

 

 カウレスの呟きに、そうだ、と頷いてみせる。

 

 当主がそう言うのであれば、一族の中に反対意見を出す者はいない。早速、迎撃する方針の許、それぞれが配置に就く。

 

「ところでキャスターの奴は何処だ? まあ彼奴のゴーレムは役立たんだろうが」

 

 ふとゴルドが辺りを見廻すが、マスターのロシェと合わせて、姿は見えなかった。サーヴァントを失ったばかりのセレニケも出てくる様子はない。当然といえば当然だが……。

 

 

 殺気立った空気の中、迎撃準備をどうにか終え、皆はまた空を見上げる。

 一見すると遅く見えるが、その実、要塞はかなりの速度をもってミレニア城塞に迫っている。

 それはまるで、周囲の風を吸収して巨大化する影のようだった。月明りを遮り、ミレニア城塞に灰のヴェールを被せ、なおも接近は止まらない。

 

 初めに気付いたのは誰だったか。

 

「これ、()()()()()()()()()()()()……?」

 

 浮遊要塞は一向に減速しようとしない。それどころか、益々速度を上げて、真っ直ぐこちらへと――。

 

 まっすぐ?

 

「まさか――」

 

 ダーニックが血相を変えるのと同時。

 

 

 浮遊要塞を追って走る聖女は見た。

 ミレニア城塞へ接近したそれが、糸を切られたように、落下を開始した様を。

 

 

 魔術も侵入も通じない。ダーニックが何十年もかけ防護を整えた鉄壁城塞。

 だがしかし――。

 こんな大質量の落下など、計算に入っていない!

 

 浮遊要塞は、城塞を圧し潰すように墜落(おち)た。

 凄まじい轟音。城壁同士の激突。破砕される互いの構造。

 用意された結界は、破壊の前に枠ごと消え去り、無為に崩壊。

 

 次に目を開けた時、ダーニックに見えたのは、半分以上が瓦礫と化したミレニア城塞と、その上へ突き立つ敵要塞。

 ユグドミレニアの城は、一撃にしてその機能を喪失した。

 

「ランサー!」

 

 とにかく己のサーヴァントの名を呼ぶと、

 

「無事かね?」

 

 霊体化を解いたランサーが現れた。

 

「ええ、私は……」

 

 衝撃でばらばらの位置に吹き飛ばされたのか、濛々と立ち込める土煙のせいで、周囲に他のマスターの姿は見えない。

 予め自身に防護術式を仕込んでおいたお蔭か、ダーニックの躰に傷はない。だがもし、嵩に懸かって敵が攻め込んでくるとなると……。

 しかし、周囲を警戒して暫くしても、一向にその気配はなかった。

 

「何がしたいんだ、奴らは……?」

 

 そこへ、不意に声が響いた。

 

「こんばんは、黒の皆さん。こちらは”赤”のマスターです」

 

「っ!?」

 

「そんな身構えないでくださいよ。これは単なる降伏勧告ですから」

 

「降伏勧告、だと……?」

 

 見上げると、突き刺さった要塞の上、黒い修道服の男が見えた。

 瞬間、何処かから矢が飛んで、当たる寸前で鎖のようなものに阻まれる。少なくともこちらのアーチャーは無事らしい。

 

「大聖杯は既にこちらの手の内にあります。そしてはっきり申し上げて、そちらが数で勝ろうとも、この要塞を陥とすのは至難でしょう。ですから降伏を推奨します。如何でしょうか……、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」

 

「……?」

 

 その呼びかけには、ただ当主に降伏を求めるという、それ以上の含みを感じた。

 もう一度その男の顔を見る。変わり果てた髪と肌色と、変わらぬ物腰。

 そう、ダーニックはこの男を知っている――。

 

「ば――莫迦な。何故お前がここにいる……!」

 

 だがその姿を目の当たりにして、なお信じることはできない。

 そんなこと、有り得るはずが……。

 

 

 そしてダーニックの煩悶に応えるように、新たな役者が現れる。

 聖なる旗を片手に飛び込んできた彼女――。

 

「やっと、追いつきました」

 

 聖女は、周囲を睥睨する少年と視線を交わす。

 真名看破が互いの正体を明かし、驚きは呼気となって漏れ出る。

 

「なる程――貴方は第三次聖杯戦争で召喚されたルーラーか」

 

「その通りです、今回のルーラー」シロウは軽く頷く。「尤も、今は正式なマスターですがね――”赤”の陣営、皆の」

 

 既に令呪の移譲は完了(おわ)っている。ジャンヌもそれは感じ取っていた。

 だからこそ、何故、と思わずにはいられない。

 その決然とした態度に、同じルーラークラスのサーヴァントとして。

 

「――何が目的なのです、天草四郎時貞」

 

「知れたこと。全人類の救済だよ、ジャンヌ・ダルク」

 

 

          #

 

 

「天草四郎……全人類の救済……?」

 

 物陰に身を隠して、”赤”のアーチャーは呟いた。

 

 マスターの許へ向かう途中、轟音に振り返った先に広がる光景は、彼女の想像を絶していた。まさか強力な拠点をそのまま攻撃に転用するなど、正気の発想とは思えない。

 ただ状況は変わった。この一手がどちらの陣営に転ぶか、それを見極めずに撤退することはできない。幸いマスターも無事だというし、城塞近くへ戻って人知れず様子を窺っていたのである。

 

 天草四郎の名は、辛うじて知っている程度であった。東洋で基督(キリスト)教信者を率いて闘い、そして道半ばにして斃れた少年。逸話に依れば数々の奇跡を為したというが……。

 

 否――それよりも重要なのは。

 

 彼女は息を呑んで、場の推移を見守る。




シロウ「銀英伝で見た」

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