アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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戦後交渉

 アキレウス消滅の報は、”赤”の面々が集う玉座の間を、静かな驚きで充たした。

 本当か? という皆からの無言の問いに、霊器盤を覗きこんだシロウが、肩を竦めてみせる。

 信じられぬ話でありながら、慌てる者はいない。ランサーは普段通りの無表情で、キャスターは芝居がかった仕草で驚いて見せ、アサシンに至っては愉し気な笑みを浮かべていた。

 とはいえ彼女も気になるのか、含み笑いの後、シロウに目をやった。

 

「それで、あれ程の英雄が、いったい誰に倒されたというのだ?」

 

「姿は見えませんでした。つまり、我々の目につかないところで戦闘が起きていたということです。そうなると敵は、姿を現さなかったサーヴァント――”黒”のアサシン、あるいは”赤”のアーチャーになるでしょう」

 

「普通に考えれば”黒”のアサシンに不意打ちを喰らった、というところじゃが……」

 

 アーチャーか、と呟いて、アサシンは眉を顰めた。

 

「その他には”赤”のセイバー、”黒”のライダーの消滅が確認されています」

 

 残り”赤”は五騎、”黒”は六騎となるが、バーサ―カーが敵に捕らえられたこと、更にはアーチャーが敵対している可能性も含めると、数的戦力差は絶望といえるだろう。質的にもセイバー、ライダーが抜けた穴は大き過ぎる。純粋な戦闘力を期待できるサーヴァントは、もうランサーしか残っていない。

 しかしそれらの不利にも拘わらず、シロウは余裕ある笑みを浮かべていた。

 

「ではマスター、これらの悪条件下で何か作戦があるか?」

 

 アサシンの意地の悪い目線を、柳に風と受け流し、シロウは口を開いた。

 

「当初予定していた持ち去りの案は破棄せざるを得ません。流石にこの戦力差で、敵の攻撃を防ぎきるのは無理があります」

 

「ならば撤退するか?」

 

「いえ……。ここで撤退しては、ミレニア城塞を陥とすことが益々難しくなる」シロウはゆっくり首を振る。「已むを得ません、第二案を実行します。貴女の要塞を使うことになりますが……お願いできますか?」

 

 頭を下げたシロウに、アサシンは居心地の悪そうな表情になった。

 

「む……、マスター、あれは本気で言っておったのか?」

 

「勿論です。持ち去れないのならば、採る手はひとつしかありません」

 

「…………」

 

「どうでしょうか。貴女が嫌だと言うなら、強制はしません。令呪も使いませんが……」

 

 暫しの沈黙の後、はぁっと息を吐いて、アサシンはひらひら手を振った。

 

「これでは我が駄々を捏ねる稚児のようではないか。良い良い。好きにしろ」

 

「ありがとうございます」

 

 にこりと笑って、シロウは一同を見廻した。

 

「では皆さん、備えて下さい。すこし揺れますよ」

 

 

          #

 

 

 ミレニア城塞は勝利に湧いていた。

 

 無論、完璧な勝利とは言い難い。ライダーは消滅し、ランサーは右腕を失った。ホムンクルスの魔力を用いても、完全回復には数日かかる見込み。セイバーは真名をその弱点と共に暴かれ、敵ランサーが撤退しなければ圧し負けていたかもしれない。

 とはいえ――、”黒”の有利を確たるものにする、最善に近い勝利であったことに違いはない。気の早いマスターは前祝いと称し、杯を傾け出す始末である。

 

 そんな浮かれた空気を抜け出して、フィオレは城壁に立つサーヴァントの許へ向かっていた。

 

「休まないのですか、アーチャー?」

 

「ええ。私はもう少し、監視を続けます」

 

 目線の先にあるのは、遠く浮遊する、”赤”の要塞である。勝敗が決したというのに、未だ撤退しようとしない様子に、アーチャーは注意を向けていた。あるいは、こうして姿を見せることで、圧力を与え続けることが目的かもしれない。

 フィオレは同じ空へ視線を向け、恐る恐る口を開く。

 

「”赤”のライダーは――」

 

「倒されたようですね」

 

「…………」

 

 アーチャーとライダーの関係を知らされていただけに、彼女は何を言えばよいのか、そもそも自分が何か言っていい問題なのかと迷う。

 そんな様子を見、アーチャーはふっと微笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、マスター」穏やかな声で、アーチャーは続ける。「思わぬ出逢いと、また唐突な離別――よくあることです。……尤も、彼は気付いていなかったでしょうが」

 

「そう、ですね……」

 

 フィオレは目を伏せる。

 アーチャーの心境など想像するべくもないが、たったひとつ、彼女にも共有できそうな感情があった。

 出逢いと別れ……。

 いや……、やっぱりやめておこう。

 軽く首を振り、夜空を見上げる。雲に薄く覆われた月が浮かんでいた。

 

「さあ、部屋に入って休んでください。またいつ敵が攻めてくるとも判らないのですから」

 

「ええ、おやすみなさい、アーチャー」

 

「おやすみなさい。良い夢を」

 

 

          #

 

 

「はぁ? 何と言った?」

 

「お客様がお見えです」

 

「客だぁ~?」

 

 酒をごくりと呑み、ゴルドは口を拭った。

 

 少なくとも彼の中では、”黒”の勝利は決定していた。それだというのに、何故味方であるダーニックから叱責を受けねばならないのか、まるで納得がいっていない。

 確かにセイバーの真名は露呈したけれど、その状態で”赤”のランサーと同等に立ち合えたのだから、つまりセイバーの方が上手ではないか――というのが、彼の都合の良い解釈である。第一、自分が宝具を使わせなければ、ランサーの足止めも叶わなかったのではないか? 賞賛されこそすれ、痛罵される謂われなどないはずである。ダーニックという男、ユグドミレニアの長という立場でありながら、案外器は小さいらしい。

 とにかくそういった訳で、ゴルドは酒を呑むことにした。名目は祝杯、実際はヤケ酒である。

 

 酒瓶片手に廊下をのし歩き、現在いるのは城塞の玄関である。そこへホムンクルスが客の来訪を知らせてきた。これはゴルドが最初に目に入ったマスターだったからであって、そうでなければ、最高責任者であるダーニックへ伝えていただろう。

 

 ゴルドは唾を吐き、やや呂律の回らない口調で言った。

 

「まあ良い。私が出る。玄関だな?」

 

 左様です、と頷いて、ホムンクルスが歩き去って行く。

 すると不意に、ゴルドの脳内に声が届いた。

 

『危険ではないか、マスター』

 

『あぁ!?』

 

『客の正体が不明だ。罠かもしれない』

 

『……だったらお前が出れば良いだろうが』

 

 まさかその可能性を考えていなかったとは言えず、ゴルドは吐き捨てるように言う。

 

「了解した」言葉通り、セイバーが姿を現す。「では行ってこよう。ここで待っていてくれ」

 

 その慇懃な態度が鼻につき、ゴルドはまた酒を呷った。

 

 

 二口三口酒を含んでいると、すぐにセイバーから念話が送られてきた。

 

『それで、客というのは誰だ?』

 

『”赤”のアーチャーだ。こちらと同盟を組みたいらしい』

 

『なに? おい、お前――』

 

 理解が追い付かず、ゴルドは眉根を寄せた。

 

『証拠として、”赤”のライダーを先の戦闘で討ったと話している』

 

 淡々と述べるセイバーに、またゴルドの怒りは沸点を迎えた。

 

『そうじゃない! 目の前に敵がいるというのに、暢気に話しているっていうのか、お前は!?』

 

『敵かどうか、それを交渉する為に来たのでは――』

 

『馬鹿が!』

 

 ジークフリート――コイツは本当に何を考えているのだ?

 勇者だか何だか知らないが、すぐ傍まで敵に接近されながらそんな下らない戯言に付き合っているとは……。

 

『そんなもん嘘に決まっとるだろうが! さっさと邀撃せんか!』

 

『しかし――』

 

『大体それが本当だろうが、もう我々は勝ったも同然ではないか。味方を裏切って勝ち馬に乗りに来た卑劣漢など、相手にするまでもないわ!』

 

 当然のこと、ジークフリートは馬鹿正直にアーチャーを迎えた訳ではない。今も最大限の警戒を払っているし、また彼女の言葉にそれなりの信憑性を感じたからこそ、マスターに判断を仰いだのである。しかしながら、今のゴルドにそれを察せる程の判断力はない。

 

『早くしろ! また私に令呪を使わせる気か!?』

 

『……了解した』

 

 

 念話を切り、セイバーは眼前の敵へ、武器を構える。

 

「交渉決裂だ、アーチャー」

 

「そうか」

 

 落胆することもなく、アーチャーは軽く頷いた。交渉に来たという意思表示か、その手に弓はない。

 セイバーは無手の敵を殺すことに若干の罪悪感を覚えながら、しかしサーヴァントの役割を全うする。

 

「――悪く思うな」

 

 剣を振りかざすのと同時、アーチャーは背後へ跳び退り、そのまま走り出した。

 一瞬間にして彼女の背中は遥か遠く、見えなくなる。

 その神速を目の当たりにして、セイバーは黙って剣を納めた。

 

『追い返した。追跡は不可能だろう』

 

『……ッ! 何をやっているのだお前はァ!』

 

『申し訳ない』

 

 アーチャーが逃げ去った先を一瞥し、セイバーはそのまま姿を消した。

 

 

『――という訳だ。恐らく”黒”が()()()()()。新たな戦略を練るぞ、マスター』

 

 逃走しながら、アーチャーはアルに念話を送る。

 

『……判った。すまない、アーチャー』

 

『撤退する。準備をしておけ』

 

 状況は最悪に近い。

 赤に敵対し、黒に拒まれ、孤立無援の体である。このまま勢いに乗った黒が赤を制圧し、自分たちもその過程で踏み潰される、といったところか。

 しかし、ひとつアーチャーは違和感を覚えていた。

 

 ――”赤”の引き際が良過ぎる。

 

 無論、自陣営のサーヴァントを失ったのだから、被害を拡げないためにも即座の撤退は、正しい判断である。ただそれにしては、余りにも退却するのが早かったように思えるのだ。まるで最初から逃げることを決めていたように……。

 そう考えると、未だ留まっているあの浮遊要塞も不穏。何かの策を打っている可能性がある。

 

 だが今日のアーチャーは既に限界だった。

 元々高い単独行動スキルを持つ彼女は、通常戦闘ではマスターの魔力供給を必要としない。だが相手どったのはあのアキレウス。彼女自身の消耗激しく、更に宝具を使用させられた。

 アルの魔力量では、極めて魔力効率の良い宝具も、一日二発が限度。

 両者共、これ以上の戦闘は耐えられない。仮に”赤”が何らかの仕掛けを施しているとしても、今は対処不可能。巻き込まれないよう、ただ逃走するしかなかった。


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