アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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総力戦

 辺りを見廻しつつ、アルは”黒”の本拠地、トゥリファスの街を逍遥していた。

 シギショアラと大した変わりはないものの、観光地でないからか、どことなく落ち着いた印象を受ける街である。

 

「見張られてはいる。が、仕掛けてくる様子はないな」

 

 霊体化したアーチャーが小さく囁いた。

 

「うーん、まあ日中は仕掛けようにも仕掛けられないか……。夜にならないと向こうの判断は判らないかなぁ」

 

「どう判断すると考えている?」

 

「普通に考えれば、保留すると思うけれど」

 

「理由を」

 

 アルは店先の窓ガラスに映った自分の顔を見つめた。店内の客と目が合い、慌ててまた歩きはじめる。

 彼はいまだに自分の顔に慣れていなかった。ちょっとした既視感は感じるのだが……。

 

「嘘でも本当でも、向こうが何かする必要はないから。黒に協力するっていうのが本当なら、暫く泳がせておいて勝手に潰し合わせればいいし、嘘なら嘘で、襲いかかってきた時に叩き潰せばいいだけ。じゃないかな」

 

 傍から見ればぶつぶつ独り言を言っているようにしか見えない姿に、通行人は黙って距離をとった。

 

 アーチャーは周囲の警戒をやや緩める。現段階で、人通りの多い場所で戦闘を仕掛けるほど、黒も愚かではないだろう。

 

「ではサーヴァントが襲いかかってきたらどうする?」

 

 この会話は本当に意見を求めているのではなく、マスターを計る一環に過ぎない。出会ってこの方こればかりだが、自分の働きを見せるのもそう遠くはない、と彼女は考えていた。

 

「赤と睨み合ってる状況で、二騎も三騎も出てくるとは思えない。まあ一騎が限度だと思う。それなら交渉の余地がある」

 

 交渉か、とアーチャーは呟いた。

 

「して、その交渉が決裂した場合はどうする?」

 

「逃げる。その後は獅子劫さんに共闘を持ち掛ければいい。すこし不利にはなるかもしれないけど……」

 

 ポケットから連絡先が記されたメモを取り出し、ひらひらと振る。

 

「蝙蝠の寓話を思い出すな」

 

 何の感情も浮かべず、彼女は平坦な口調で言った。どちらかの陣営にこの計画が漏れた時点で、二人は破滅するだろう。

 アルは小さく肩を竦めた。まあ、卑怯な策ではあろう。アーチャーが勝利より義を重んじる英霊であれば、とうの前に関係が崩壊していたことは想像に難くない。

 

「……ん、英霊に与えられる知識には、御伽噺も含まれてるの? グリム童話だったっけ」

 

 ふと気になって訊ねたが、アーチャーは応えなかった。代わりに、

 

「待て。あの店に寄れ」

 

「どうして」

 

「新聞を買え。サーヴァントが活動した形跡が載っているかもしれん。全く、いくら魔術師の家だったとはいえ、テレビすら置いてないとは……」

 

 そういった理由で、二人がシギショアラで頻発する旅行者殺しを知るのは、両陣営に多少遅れることになった。その時には既に、”赤”のセイバーと”黒”のアーチャーが動いていたのだが……。

 

 

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「新たにトゥリファスへ入った未確認の魔術師は、奴だけか……」

 

 何の用か、道端の店に寄っていく男の姿を、映像は上から捉えていた。

 ダーニックは一通の手紙を片手で弄び、冷徹な瞳で男を観察する。

 

「……奴が手紙の送り主か?」

 

 玉座に腰掛けるランサーが静かに問うた。

 

「可能性は高いですね。ただ、やや不可解な点も……」

 

「ほう……それは?」

 

 ランサーは片眉を上げ、続きを促す。

 一礼して、ダーニックは再び口を開いた。

 

「監視する魔術師によれば――()()()()()()()()()()()、と報告が。あれでは四流が良いところではないか、とのことです。そんな力しかない者が、協会の魔術師を手玉に取ったとはとても……」

 

 鳥型ゴーレムの監視圏外に出たのか、今投じられている映像はトゥリファスの街並みだけである。

 ランサーとダーニックは暫し、何とはなしに道行く人々の影を眺めていた。

 

「――仕掛けますか?」

 

 ダーニックの言葉に、放っておけ、とランサーは首を振った。

 

「味方同士で潰しあうのなら、好きにさせておけばよかろう。我らを謀り、こちらに牙を剥くというなら、改めて殺せば良い。仮にそうだとして、この城塞を単騎で陥とせるとは思えぬが……」

 

「動きがなければ、赤に情報を流しますか。お宅のアーチャーがこちらに付いた、とね……」

 

 やや驚いたようにランサーは目を大きくしてダーニックを見、それから凍るように酷薄な笑みを浮かべた。

 

 

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 シロウはゆっくりと、玉座の間に集まった英霊たちを見廻した。

 

 ランサー、ライダー、キャスター、アサシン。

 バーサ―カーは捕獲され、セイバーは単独行動、アーチャーに至っては姿を見せてもいない。

 

 事前の計画からは、随分と減った面子である。しかしどの英霊も――キャスターは微妙なところだが――一騎当千の猛者たちであり、ランサーとライダーに至っては単騎で聖杯戦争を制覇できるほどの勇士である。充実した戦力であることに違いはない。

 

 アサシンが一歩進み出て、皆の注意を惹いた。

 

「皆揃うたな。機が熟したとは言い難いが、我々の準備は整い、これ以上静観を続けても状況は変わらぬであろう。――小競り合いにも、そろそろ厭きが来た頃であろうしの」

 

虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)』は行動を開始し――空中へ浮遊した。

 

 サーヴァントたちは驚きの声を上げ、同時に戦略を理解する。

 

「では、先陣はどなたが切りますか?」

 

 瞬間、視線が交錯する。

 ランサーは無言で首を振り、ライダーが獰猛な表情を浮かべた。やり取りを見ていたシロウは微笑み、静かに言った。

 

「では、そのように」

 

 

          #

 

 

 領土ごと空から攻め込んでくる、という想定外の事態に、しかし黒のマスター、サーヴァントは共に取り乱す無様など見せない。英霊が関わる出来事に、一々驚いて後手を打つようでは話にならない。

 

 ()()は草原の手前で動きを停めた。敵はここを戦場に選んだらしい。

 戦場は広大である。今までの戦闘など話にならぬ、正に大戦の名に相応しい激戦が繰り広げられるであろう。

 

 マスターが城塞に退避した後、ランサー――ヴラド三世は、威風堂々たる態度で、それぞれのサーヴァントに指示を与える。

 

「セイバー。前線に出て、敵サーヴァントの剣を受け止めよ」

 

 無言で肯くセイバー。

 

「アーチャー、ライダー。共に編成したホムンクルスの指揮を執れ」

 

「了解しました」

 

「ラジャー!」

 

「キャスター。”赤”のバーサーカー(スパルタクス)解放のタイミングは一任する」

 

「判った」

 

「バーサ―カー。お前は自由だ。思うがまま、戦場を蹂躙せよ」

 

「……ゥゥ」

 

 キャスターが造った銅鉄馬(ゴーレム)に騎乗し、ランサーは敵の要塞を睨み据えた。

 

「――では、先陣を切らせて貰おう」

 

 一言を残し、ランサーは戦場に降り立った。

 

 アサシンの不在を除き、今回の各サーヴァントの采配は、概ね事前に立てた作戦通りであった。

 机上の計画というやつも役に立つ、とランサーは眼前の草原を睥睨する。

 ここルーマニアに於いて、救国の英雄たるヴラド三世の知名度はほぼ最高値を誇る。更にはスキル『護国の鬼将』によって、辺り一帯は既に彼の「領土」と化している。全盛期に最も近い姿で彼は在った。

 ダーニックが召喚した大英雄。

 この聖杯大戦に於いて、間違いなく最強のサーヴァントの一角と断言できる。

 

 そして、”黒”のランサーに与えられた役割は。

 

 ――戦場を支配すること。

 

 それすら、今の彼には容易い。

 

 

          #

 

 

 頼む、と頭を下げるマスターを、アーチャーは冷たい眼で見ていた。

 

「戦場からずっと離れた場所で見てるだけだから! 総力戦の最中に遠くからぼけっと眺めてるだけの人間を気にする暇なんてないだろうから、襲われる危険も低い……多分」

 

「汝のその性質(たち)……知りたがりもここまでとはな」

 

 不満げに鼻を鳴らす。が、アルは一向に言を翻そうとしない。

 

 赤の宝具と思われる要塞が、遥か空に停止しているのをアーチャーは一瞥した。間もなく始まるであろう戦争に、遅れて乗り込む訳にはいかなかった。マスターの説得に時間を割いている余裕などない。

 

「……最低限の罠は仕掛けていく。だがいざという時に助けが来るとは思わぬことだ。ここで死んだとして、それは自業自得に過ぎない」

 

 溜息交じりの言葉に、アルは神妙な顔で頷いた。態度だけは殊勝なものだな、とアーチャーは内心呆れた。

 

「本当のところ、あれだな、マスターは。これまで一方的に計られてきたのが癪なのではないか?」

 

「え、いや、そういうわけでは……」

 

 目に見えて動揺する姿に、諦めた口調で告げる。

 

「――存分に試すと良いさ。気に入らなければ、その時は、私を捨てろ」

 

 言って、アーチャーは皮肉げに口の端を歪めた。


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