ビッキー誕生日おめでとう!!
「はぁッ、はッ……」
あまりにも逃げ場の数に欠ける潜水艦内を走り回る。
追手が近付く度に通路の角で撒き、時には適当な室内に入ってやりすごす。
「なんで、こんなことに……!」
相手はS.O.N.Gが誇る精鋭8人。俺自身、身体能力に自信はあれど、中には素で体力から何から何まで俺に大きく迫るメンバーもいる。
最悪、ジリ貧になる可能性の方がずっと高い。
「ギア使ってないのが……いやまぁ当たり前だけど、それだけが救いだな」
『いたか翼!?』
『いいえ、こっちにはいなかった。……ねぇ奏。やっぱり無理に訊こうとするのは良くないんじゃ……』
そうだ! 俺にも秘密にしておきたいことだってあるんだからネ!
『……翼の言い分もわかる。けど考えてみろ』
『?』
『翼は、S.O.N.Gがまだ特機部二の頃から、それこそ響達よりずっと長くあいつと同じ場所で戦ってきた。あたしが戦えない時でも、ヒロに助けられたことだって何度もあった。付き合いの長さじゃあたしらが一番だ。そうだろ?』
『それは、そうだけど……』
『……なのに、少なくともあたしは、ヒロについて知ってることが少なすぎる』
『あっ……』
『いつまでも、知らないままでいたくないんだよ、あたしは』
『奏……』
『……往くぞ、翼!』
『……ええ!』
「……気持ちは、嬉しいですけどネ」
走り回る。俺の昔のことなんて、みんなの今と未来には関係無い。
―――
◇◆◇
「そういえば」
珍しくS.O.N.G前線メンバーが全員揃っていたある日のこと、調ちゃんがマリアさんやセレナ達との会話の中で何となく切り出した一言が全ての始まりだった。
「ヒロさん、昔彼女さんがいたっていうのは聞いたけど……それから詳しいこと、マリア達は聞いたの?」
「「―――」」
無言になるマリセレ姉妹。
奏さんや翼さんもその場にいたため、もろに聞こえていた。
「そうだ、忘れてた。ヒロ! ……あれ」
「……エルフナイン。今そこでキャロルの髪を弄り回してたヒロはどこに行ったの?」
「へっ!? は、はい。ちいさな声で『急用が出来た』と仰って出ていかれましたけど……」
「逃げられた……!」
「まだ間に合うぞ、引っ捕らえろ!!」
チクショウもう来た!!
「……そんなことよりも、明らかに毛量を越えた盛り方をされたオレの髪をどうにかしろ」
「い、今元に戻します!」
キャロルは素直にごめんネ!
◇◆◇
始まりとしてはそんな感じ。
『つーか、何であたしまで付き合わされてんだよ』
『ご、ごめんねクリスちゃん。人数多い方が良いかと思って、つい』
今度は別の声。クリスちゃんと……響ちゃんか。
『……まぁ、あたしは別にあいつの昔のこととか気にしてねーけどさ。お前はどうなんだよ』
『へ?』
『先輩やマリア達みてーに……その、なんだ。あいつにホの字ってわけでもねぇんだろ?』
『ホの字って今日び聞かないよクリスちゃん……』
『う、うるせぇな! いいから答えろよ!』
『……私自身、あんまりわかってないんだ』
『はぁ?』
『ヒロさんのことは、好きか嫌いかで言えばもちろん好きだし、憧れてる。けど……奏さん達みたいな『好き』なのか、あんまりわからなくて』
『……お前、それ』
『あはは、ごめんね変なこと言って。早くヒロさん見つけよう!』
……それ、先に俺のこと追っかけてきた人達に真っ先に着いてった時点で答え出てるようなもんだと思うけど。
まぁ、いっか。
「はぁ……ったく面倒くせぇ」
誰も近くにいないのを良いことに毒吐く。
無論、美女美少女に好かれるなり懐かれるなりされるのは男としては素直に嬉しい。切歌ちゃんや調ちゃんみたいに甘えてくるのはバッチコイだ。
けど、それ以上は、俺には無理だ。
『ヒロさーーーん! お縄につくデーーース!!』
『あなたは包囲されていまーす』
あの二人に至っては遊んでるだけじゃね? いや、当人達あれでマジだな
『……』
『セレナ……』
『っ、なに、姉さん?』
『大丈夫? さっきから顔が暗いけれど』
『うん……追いかけ始めた時は、聞き出さなきゃって思ってたんだけど……ここまで逃げるって、やっぱりヒロにしてみれば、ホントに言いたくないことなんじゃないかなって……』
『……そうね』
『ヒロのこと、まだまだ知らないことたくさんある。けど、だからってヒロを追い詰めていいわけもない、よね……』
『……私も同じ気持ちよ、セレナ。早く見つけて、無理に聞き取りされないように、他のみんなを説得しましょう』
『姉さん……』
『彼が話すつもりが無い、話したくないようなことなら、それを無理矢理問い質して良い権利なんて、私達には無い………まぁ、前に強引に聞き出しておいて、どの口が、とは思うけれどね』
『あはは……』
「………」
そういう気遣い、ありがたいけどいらんですよ。
だったら端っから追いかけてこないでください。
……俺の昔なんて、気にしないでくれ
「……ったくよぉ……」
「ヒロさん」
「えっ」
かけられた声に思わず振り向く。明らかに想定外な死角からの刺客だった。
「……どうも未来さん」
「………」
無言怖い
「……カプッ」
「?」
何か口に咥える未来さん。
「―――待っ」
ピィィィィィィィッ!!!
甲高く響く笛の音。これ音の高さやべーやつだ!?
『――ゥゥゥ』
「ヒエッ」
『――ミクゥゥゥぅぅぅぅうううう!!!!』
「響! ヒロさんこっちにいたよ!」ピィーッ!!
「クソァ! 何だってそんなアイテム持ってるのさ!?」
「ヒロさんが、いつだって響に逢いたくなった時のために持っておけって私にくれたんじゃないですか!」ピィーッ!!
「そうだったネ! 響ちゃんにその笛の音だけはどこにいても聞き取れるように仕込んだのも俺だったハッハッ墓穴じゃねぇか!!」
ちくしょう百合推ししすぎた挙げ句がこれだなんて!!
「見つけましたよヒロさん!!」
「悪いな響ちゃん、すぐに逃げさせて」
「 逃 が さ ね ぇ よ ! ! !」
「すまない相原、ここまでだ!!」
前門のかなつば、後門のひびみく
「あ、いたよ切ちゃん!」
「NEN-Good(?)の納め時デース!」
「ヒロっ、やっと見つけた!」
「くっ、もう全員いるじゃない!!」
十字路、右を見ればきりしらがいて、左を見れば姉妹がいる
「……………詰んだ、俺のメンタル」
◇◆◇
場所を移して休憩スペース。
そこの中央に置かれた一脚の椅子に座らされた俺。周りを取り囲むのは装者ズの面々。
「……何が始まるんです?」
「当然、お前の女経験の洗いざらい」
「……セレナ。お前どこまで話した?」
「………」
「……セレナ、どうかしたの?」
「……ううん、何でもない。昔、付き合ってた人がいたってだけ。そこはみんな知ってることだけど……」
じゃ、一番肝心なとこは話してないわけね。ならいくらでも誤魔化しようはある、か。
……でもまぁ、この様子だと無理やろなぁ。
「……奏さん」
「なんだ、セレナ?」
「さっき姉さんとも話したことなんですけど、やっぱり、逃げ出すほどにヒロが嫌がること、無理矢理話させるのは……」
「ならお前達はいいぞ。あたしは意地でも聞き出してやる」
「そんな!」
「翼。あなたからも……」
「……マリア、セレナ。すまないが、私も奏に賛成だ」
「なっ……!?」
「無論、奏がそう決めたから、などという安易な考えで出した結論ではない。……相原とは、私と奏が一番長い。だが……」
「あたしも翼も、何も知らない。ヒロのことを、何もだ」
「だからとて、それでもしもヒロの思い出したくもない過去を掘り起こしでもしたらどうする気!?」
「……何がそこまでさせるのかねぇ」
ヒートアップしかけた周囲を見兼ねてぽつりと呟く。俺の言葉に訝しげな顔をしたみんなに、もうどうしようもないと諦める。
「……わかりました。話します、話しますよ全部」
「ヒロ!?」
「いいよセレナ。どうせ今日うまく逃げられてもまた同じことが起こるんだから。ただ……」
そこまで言って、輪から外れた場所にいる四人を見やる。
「特に興味無いような未来さんとクリスちゃん、それにまず耐えられそうにない切歌ちゃんと調ちゃんは席外した方が良い。俺の主観だけど耐性無い子が聞いていい話じゃないからネ。言っとくけどマジで」
いつになく真剣に告げる。マリアさんに眼で促されたきりしらはそそくさと立ち去り、未来さんもクリスちゃんと響ちゃんを連れて去ろうとする。
「……ごめん未来。私聞いてく」
「響……?」
「……確かめたいこと、あるからさ」
「……わかった。クリス」
「あぁ」
未来さんとクリスちゃんもいなくなったのを見計らって、大きく深呼吸。
「………俺に昔彼女がいたって話ですよね? ええ、知っての通りいましたよ」
あくまで前世でのことだけど、それは特に関係無いから実際に事実として俺の身に起こったことだけを伝える。
ああやだやだ、ホントに
「―――まぁ、寝取られて終わったんですが」
―――思い出しただけで吐きそうだ
◇◆◇
初めて彼女が出来たのは、確か前世で高校生だった頃。一年の頃から好きでした、なんて言ってきた同級生とだった。
顔も名前も知ってはいたけど特に話したことはなくて、だから答えもすぐには出すつもりは無かったのに、何をテンパったのかOK出しちまった俺がいた。
でも、結果的にはオーライだった。
見た目は文句無し、スタイルも悪くなくて母親と二人暮らしってことで家庭的なところもあって。
二人で話したり昼を一緒にしたりデートしたり、そうしていく内に俺もどんどん惹かれていって。
その内、俺の方から改めて好きだと言って、正式に彼氏彼女の関係になった。
楽しかったし、一緒にいることが嬉しかった。たぶん向こうも『その時期は』同じだっただろう。それは何となくわかる。
……確か、高3の半ばより少し前くらい。
いつもは休み時間になれば俺のところに来ていた彼女が、何故かある日を境に頻度が減るようになった。
昼飯も、電話やメールのやり取りも、デートどころか下校も一緒にしなくなった。
極めつけは―――俺に向けてくれていた可愛い笑顔を、一切見せてくれなくなったこと。
流石に何かあったのだろうか、と。聞き出そうとしたある日のこと、向こうから話があると呼び出されて、彼女の家に向かった。
―――やめておくべきだったと、後で死にたくなるほど後悔した。
◇◆◇
「……想像できます? 自分にだけ向けてた最っ高に綺麗な笑顔を見せてくれなくなった理由が、街中探せばそこら辺にいる女コマすしか能の無いチンピラに抱かれてたから、なんて」
思った通り、残った五人はひとりの例外も無く青ざめていた。好奇心猫を殺す、ってこういうことだネ。
◇◆◇
何が起きたのかわからなくて、どうしてこんなことになったのかもわからなくて
ただ一つわかっていたことは―――初めて恋焦がれた彼女は、もう自分を見てはくれないということだった。
気付けば、その記憶を思い出さないようにしたまま、しばらくの時間が過ぎていて。
俺の隣には、別の女性がいた。
今度はサバサバしたタイプの人で、俺が引っ張られる形で日々を過ごしていた。
……今にして思えば、最初の件を忘れるべきじゃなかったんだなって。
結局その人も奪われて、その拍子に一度目を思い出して何もかもが嫌になって。
気付けば、二回目をやってくれた男に殴りかかって―――
◇◆◇
「……とりあえずは潰しましたよ。ナニを、とは言いませんケド。……笑うしかねぇよ。本気になった人、知らないままに盗られてたんだぜ?」
俺が転生者であることをみんなが知らない以上、事実をそのまま伝えることは出来ない。だから、「俺に彼女がいたけど寝取られた」という確定してる事実を、いくらか二つの件を混ぜながら話すことにした。
「……友達だとか仲間だとか、同僚とかそういう関係に収まるなら誰だろうと構わない。けど、そこから先に進むのだけは何があってもごめんだね」
そう、何があってもごめんだ。口では耳当たりの良い言葉を並べて、好意を示してきたクセに、結局見知らぬ誰かだろうと、抱かれた程度であっさり男を乗り換える。
信じたくなかったけれど、俺の中ではそういう思いが、そういう女性への不信感が確かにある。
「……奏さん、翼さん、マリアさん……それに、セレナ。みんなに想ってもらえるのは素直に嬉しい。けど……俺は、最終的なところで、俺はそれを信じられない」
みんなが息を呑む。俺の考えとか、誰にも予想もつかなかったんだろう。
「それが答えだ。俺は単純で百合さえ見てれば何もかもに満足するどうしようもない男。……だから、はっきり言わせてもらう」
「この先何があっても―――俺は、みんなの好意を受け入れるつもりは無い」
そう。それでいい。これが俺の結論。
誰かに奪われるくらいなら、他の男に走られる……裏切られるくらいなら、そんな関係は俺はいらない。
自分を想ってくれる誰かを傷付けてでも―――俺は、俺が傷付きたくない。
だから、答える。Noと
傷付いてほしくないから答えを曖昧なままに、なんて反吐が出るようなことをするつもりは無い。そもそもそんなことを言えるほど出来た人間でもない。
「……みんなして、他の男を知らないだけだ。たまたま歳が近い奴がいて、たまたまそいつが悪くなかっただけの話だ」
反論を受ける前に席を立つ。
「……俺より良い男なんて、それこそ掃いて捨てるほどいる。もちっと外に目ぇ向けるべきだよ、みんな」
みんなが顔を伏せている。マリアさんに至っては、肩の震え方からして泣いてるのだろうか。
「……最後に、改めて言う。答えは―――Noだ」
それだけ言って、逃げるように足早に去る。
後ろから切歌ちゃん達の声が聞こえるけど、腹の奥から込み上げてくる異物感にもう耐えられそうにない。
「……たぶん、これが一番良い結果だから……!」
◇◆◇
『『『………』』』
残された五人は一言も発さなかった。
何も興味本位なだけではない、あそこまで頑なに自分達を拒み続ける理由を知りたかった。
その結果、あまりにも残酷な事実に、全員が打ちのめされていた。
「……よしっ」
パンッ、という乾いた音に、四人が視線を向ける。
自分の両の頬を張ったらしい奏が立ち上がっていた。
「奏……?」
「行くか、翼」
「行くって……」
「ん? ヒロのとこだよ。また追っかけなきゃな」
「えっ……」
あっけらかんと口にする奏に、マリアが怪訝な視線を向ける。
「……奏、あなた」
「ヒロの昔のことはよくわかった。あたし達に振り向かないのも納得した」
「だったら……!」
「なら昔の女のことなんて忘れさせてやれば良いだけだろ?」
ヒロが言っていたことに、確かにショックは受けていた。
けど、それを感じさせないほどに、その立ち姿は凛としていて。
「……ああ、確かにショックだったさ。一番歳の近い男なんて、ヒロぐらいしかいない。S.O.N.G.以外の男を、あたしは知らない。けど……だからって、そんなにあっさり諦められるかよ」
「奏……」
「自分の命を、大切な存在を、何度も何度も助けてもらってきた。自己満足、大いに結構。あたしは……ヒロ以外、誰も見る気は無い」
力強く宣言されたその言葉に、賛同するように席を立つ音が一つ。
「セレナ……?」
「……いつまでも、王子様扱いじゃダメなんだよね。ヒロだって、普通の男性なんだから」
潤んだ目元を拭い、奏の隣にセレナが並ぶ。
「……姉さん」
「……そうね。彼に助けられてきた以上、悪夢に苛まれているというなら、私達が動かない道理は通らない」
セレナの隣にマリアが立ち、残った二人へと声をかける。
「……あなた達はどうするの?」
残った二人、翼と響もしばらく顔を伏せたままだったが、やがて意を決したように勢いよく立ち上がる。
「……無論、行くさ」
「……」
「……立花?」
「―――私、ヒロさんが大好きですッ!!!」
大きく叫び、彼女のモットーを体現するように駆け出した響。
「あっ、抜け駆け!?」
「答えを得た故に迷い無し! それでこそ立花!!」
「はははっ、流石だなぁあいつ!」
「いや言ってる暇があるなら私達も往くわよ!!」
「「応ッ!!!」」
遅れて駆け出す四人。
話の場から外れていたメンバーが呆然としているところを通り抜け、何処かへ向かった男を探し始める。
この後どうなったかは、本人達にしかわからず
ただ一つ言えることは、これまでと変わらぬ……否
これまでよりもほんの少しだけ、日常の風景が変わり始めた、ということになるだろうか
こんな捻くれた男が別世界でイチイバルボディーの愛されガールといちゃらぶ(意味深)してるなんて……ッ!(ステマ)
やっぱシリアスとかガラじゃないっすわ
駆け足感が否めないのは自覚しております