仮面ライダーソング   作:天地優介

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The Heart Song

  ホープソングへと変身した乙音とゼブラ。彼女達を前にして、音成は必死に策を練っていた。

 

(マズい……マズいマズいマズいマズい!!この状況を切り抜くにはどうすればいい……!?どうすれば……)

 

 しかし今の彼では策を考えるどころか、どう動くのが正解なのか…今のホープソングはどれほどの強さなのか……そんなことすら、まともに把握出来ないでいた。

 

 それほどに、彼にとってホープソングとは恐ろしい存在だった。当然だ、今のディスパーを唯一撃退した存在なのだから。

 しかしこれまでは乙音一人での変身であったのだ。だから音成も地球から吸い上げたエネルギーを用い、さらに乙音を精神的に痛めつけることで一度は変身解除まで追い込んだ。

 

 だがーー全ては、音成が侮ったディソナンスがために狂った。

 

 音成はあえて、今の自分が先ほどの融合のために、完全にキキカイたち旧ディソナンスと同じ精神生命体へと変化しているという事実を無視した。もしそれを意識してしまうと、あまりの憎悪と嫌悪のために自身の肉体が保てなくなるであろうことを理解していたからだ。

 しかし、乙音とゼブラは音成という邪悪に対してもはや一切の容赦を捨てている。……まだ音成が人間であるなら、彼女たちも躊躇っただろう。

 

「天城音成!ーー確かに、あなたは人間だったかもしれない」

『でも、あなたは人であることも、ディソナンスであることも拒否した!』

『…それがなんだ!?もはやこの惑星の命運も尽きる!この基地内部にあるお前らの仲間だって、僕がやろうと思えば……!』

「いいや!…私たちをホープソングに変身させてしまったのが、不幸だったね!」

『なにっ!?』

 

 乙音が音成に対して啖呵を切ると同時、その体から虹色の波動が放たれ、音成の視界を塗りつぶすと同時に、ホープソングの真の力が解放される。

 

『ぐっ、な、なにが……?』

「ホープソングは、人々の祈りと意思を受けて誕生した!」

『そして、ディソナンスの…あの人たちの希望も託されたんだ!!』

 

「『それが……お前程度の理不尽に、負けるかあっ!!!』」

 

 

 ホープソングの真骨頂。それは、あらゆる理不尽、あらゆる絶望に対し、抗う力を発現させること。

  理不尽を超える理不尽。絶望を超える希望。その体現たる存在がホープソングであり………ゼブラが戻った今、その力は宇宙にまで届く!!

 

『「ううおおおおおおおーーっ………!!」』

 

『な、なんだ、この振動は……!うわっ!?』

 

  周囲が一瞬、激しく揺れ動いたかと思った次の瞬間、その揺れは止まり、音成は奇妙な浮遊感覚に襲われた。

  音成はその感覚に覚えがあった。その感覚は、いずれ星の海へと漕ぎ出す時のために、今いる巨大兵器に搭載しておいた重力調整システム……そのテストの時、感じた感覚と同じものである。

  その事に音成は気づくと同時、驚愕した。ホープソングはあの一瞬で、この巨大兵器を宇宙空間へと転移させたのだ!

 

『!………内部の生命反応は、僕と……奴だけ。ま、まさか!』

「…その慌てぶり。どうやら、うまくいったみたい」

『うん、僕も感じたよ。ボイスさん達はみんな、アメリカのあの研究所に転移してる』

 

 

 

 

  地球ーーアメリカ、ワシントンの研究所。

 

「こっちだ!早く……!」

「ライダー達が……一命はとりとめているが、全員重傷だ!」

「……父さん」

「うむ………乙音くん。その力は………君は……」

 

 

 

 

『貴様等は………馬鹿な!神にでも、成ろうというのか!?』

 

  音成がついに声を荒げ、絶叫するように怒る。その叫びには憤怒と憎悪だけで無く、困惑め混じっていたが、それも無理もない。彼からみればたかが小娘であったはずの……ついさっきまではその程度だったはずの乙音達が、まさに神の技……奇跡としか言いようのない事を起こしたのだから。

 

「……みんなが、それを望むなら」

『!』

『でも、僕達はそんなものにはならない。何故なら、大切な人達が…待っててくれている人達がいるから!』

 

  ゼブラがそう宣言すると同時、彼女達が居る広い空間のそこら中に、突如として映像が浮かび上がってくる。

  先程の乙音達の力の残滓が繋いだそれに映し出されるのは、彼女達の無事の帰還を祈る者達の姿だった。

 

(……無事に帰って来て、乙音……!)

(残るは乙音くんのみ、か。……無事に戻って来る。それだけが希望だ………)

(乙音ちゃん。ゼブラちゃんと一緒に、ちゃんと戻って来るのよ)

 

『う、グ、グウウウウウウ………』

 

  美希や猛、香織だけではない。今や乙音達の戦いを知る全ての者が、懸命に彼女達の無事を祈っていた。

  そこにあるのは、神に対しての祈りでは無く、ただ純粋に、戦う事を選んだ少女の身を案じる祈り。

  この声をダイレクトに受け取ってしまった音成は、にわかに苦しみだす。もはや絶望を糧とするディソナンスと化した音成にとって、希望に満ちたこの祈りは、到底耐えられるものではなかった。

 

『……僕達はこの星を………光を守る守護者だ!』

「そして……私達こそが、未来へ繋がっていく光でもある!」

『だが……だがぁ!お前という強い光がある限り、影は!「違う!」!?』

「光があるから影がある?違う。光があるから闇がある?違う!」

『光は!闇の中でもがく、命を支えるためのものだ!!』

 

  『光があるから、影も生まれる』。音成が吐く、そんなおきまりのセリフを遮って、乙音とゼブラが高らかに宣言する。

 

「例えこの宇宙の闇全てが悪意に満ちていたとしてもーー私も、私達が紡いできた希望も!託された未来も負けはしない!」

「お前のような悪意が絶望を生みーー絶望が理不尽を生みーー理不尽が後悔と挫折を生もうとも!私達の描いてきた歴史も!思いも!そんなものに負けはしない!」

『僕等が響かせる音はーー希望だ!!』

 

『「私/僕達が、この宇宙全てに希望を響かせてやる!!!」』

 

『貴様!ーーちっぽけな、ちっぽけな星に生きる、矮小な生命体がっ!!この僕の言葉を遮って言う言葉が……それかっ!!』

 

  あまりの憎悪と絶望によって放出された莫大なエネルギーが、乙音とゼブラの力の残滓を吹き飛ばす。自身の孤独を否定するかのようなその感情の本流は、乙音達のハートウェーブにも匹敵する力だ。

 

「ゼブラちゃん……歌を!」

『うん。歌を!』

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

  音成の咆哮が空間を揺るがす。この正念場にきて、ついに自らの獣性を解き放ったその声は誰しもの心胆を揺るがせるものであったが、乙音とゼブラの歌声が、響き、伝わり、波のように音成の咆哮と力を打ち消していく。

 

『これが、最後の戦い!』

「さあ……心の音、響かせる!!」

 

  歌がーー流れる。

  力と力がぶつかり合う最中で、宇宙にも響く歌が。

 

『もう全てがどうでもいい。だが、お前は絶対に殺すっ!!』

 

「『来い!元凶!!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおっ!!」

 

 《Break the heaven》

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

 《Connect you heart 》

 

「『だああっ!!』」

 

 《僕等が歌い守ってく未来《あす》……》

 

  最後の歌が溢れ、流れるように響く中で。駆け出したディスパーとホープ。両者の拳が空中で衝突する。

  ぶつかり合い、行き場を失ったエネルギーが爆発するが、その中心に存在する両者は全く退かず、そのまま飛行しながらの格闘戦を始めた。

 

 《あの日生まれた音色が》

 

『ディソナンスも人の想いも!どちらも僕が切り捨てたモノだ!』

「そうだ!だから、お前は私達に勝てない!」

 

 《世界を闇に包むと 思っていたよ》

 

『なんだと!このっ……』

『やらせない!融合したホープソングの威力なら、止められる!』

 

  もつれ合い、殴り合い、言葉をぶつけ合いながら飛び続ける両者。ときおり音成がエネルギーを一点に集中しようとするが、それはゼブラがホープソングの機能を使うことで阻止する。これによって乙音は攻撃に専念でき、互角以上のスペックであるディスパーを、なお押していた。

 

(でも、このままじゃ押し切れない…っ)

『それならっ!』

 

 《だけれどそれはまやかし》

 

  しかし、このままでは音成を倒せない。そう悟った乙音と繋がるゼブラが、音成を討ち果たすための行動に備え、ハートウェーブのチャージを行う。

 

『何を……するつもりだっ!?』

 

 《歪みきった愛の裏に》

 

  それを察知した音成は、即座に自身のハートウェーブをぶつけて相殺しようとする。しかし、まるで踊るような手さばきで乙音がそれを阻止。すぐさまチャージを終えたホープソングの右肩より、ハートウェーブの光線が放たれた。

  ビカッ!という音と輝きと共に放たれた赤色の閃光は、音成を巻き込んで地面へと伸びていく。

 

『グウウウウウウっ!?』

 

 《 《真実はあった》 》

 

「ゼブラちゃん!追撃!」

『ディスク交換っ!』

 

  落下する音成を追い、ホープソングが急降下する。そしてこの隙に、ゼブラがドライバーを開くことなく、ライダーズディスクを入れ替えた。これも、2人が融合したことにより生まれた、新たな力だ。

 

 《何回?何千回だって》

 

【ソングディスク!】

「強化型ならっ!」

『2人になってえええっ!!』

 

 《傷ついても構いやしない》

 

『ちっ……2人になったところで、構うものか!』

 

  強化型のソングディスクの力により、ホープソングが2体に分裂する。一方には乙音、一方にはゼブラの意識が宿っており、乙音の方はそのまま音成を追撃。ゼブラの方は新たなディスクを構え、音成の隙を伺う。

 

 《立ち上がる》

 

【ツルギ アクト!】

「ナメないでくれるかなっ!!」

『高速移動!ツルギの力か……だが!』

 

  乙音はツルギの高速移動能力を用い、一気に降下。その勢いのまま音成へパンチを放つが、力を増した彼に防がれてしまう。

 

「なっ!?」

『分離状態なら、俄然こちらが有利なんだよお!』

 

 《走り出す》

 

  音成はそのまま乙音の腕を掴み、地面は投げ落とす。奇妙な浮遊感覚を感じ、一瞬朦朧となった乙音を狙い、音成はキックを放つ。だが、有利な状況に、音成は忘れていた。ゼブラの存在を。

 

『隙ありっ!!』

【ソング!ライダーストライク!】

『ぐっ!?馬鹿な!』

 

 《 《信じているから!》 》

 

  背後からの、強烈な一撃。ゼブラの蹴りをマトモに受け、吹き飛ばされる音成を、黙って見逃す乙音ではない。

 

 《Break the heaven》

 

「私もっ!!」

 

 《Coneect your heart 》

 

【フォースメロディー!】

【ユニゾンシュート!!】

『なっ!ぬぐあっ!?』

 

 《不協和音(ディソナンス)でも命を歌い切れる》

 

  ディソナンス4人の力が結集した拳。自分の頭上を飛びこそうとする音成に対しそれを打ち込み、高く上空へと飛ばす。

 

 《Heart the wave》

 

「ゼブラちゃんっ!」

『うんっ!!』

 

  2人が手を繋ぎ合わせると、再び融合してソングが1人に戻る。そして上空でもがく音成めがけ、容赦なく必殺の一撃を放つ!

 

【ホープソング アクト!】

『【オーバー ソング!!】

 

 《流れてる》

 

「はあっ!!」

【ソング! ライダー キィィィィック!!!】

『いっけえええええっ!!』

 

 《風は力で 歌は鼓動》

 

  ホープソング最大の一撃。虹色のエモーショナルハートウェーブを纏い放つ、必殺キック。

  眼下に迫り来るその脅威に対し、音成は絶望する。しかし、忘れてはいけない。彼は絶望を糧とするディソナンスであり……

 

 《僕らがいる世界も》

 

『この……クソがっ!!』

【カーテンコール!!】

【オーバーライドッ!!!】

「……!」

『この力はっ!?』

 

 《紡い来た絆も》

 

『オオオオオオオオオオオッ!!!』

 

  ……ライダーシステムそのものを作り上げた。恐るべき心の持ち主であることを。

 

 《 《もう汚させない!》 》

 

『「ぐうっ!?ううあああああああああっ!!」』

『グウオオオオオオオオオアアアアアアアアアッ!!!』

 

 《 《Don't stop go!》 》

 

  空中で衝突するディスパーのパンチと、ホープソングのキック。ギャリギャリッ!!というまるで鋼鉄が削り落とされるような激しい音を立てて、両者が衝突する。

  そして、そのぶつかり合いを制したのはーー

 

 《Sing a song……》

 

『フンッ!!』

「『うっ!?うわあああああああ!!』」

 

  ーー音成の、深く淀んだ執念。そこから生まれたハートウェーブと、地球から吸収した力が合わさり、ホープソングを叩き落してしまう。

  しかし、音成もただではすんでいない。地上へと降り立った瞬間、膝をつきかけたのがその証拠だ。

  落下の衝撃で舞い上がった煙の中から、ホープソングがすぐさま飛び出す。ギシギシと軋みを立てる肉体を無理やり動かし、ディスパーに向けてその槍による一撃を放つ。

 

 《喜びから生まれた》

 

「……はあ、はあ………くっ、はっ!」

『まだ立つか!? ぐっ……だが、そろそろ、息が上がってきたなあ!』

「そっち、こそっ!……っはあ!」

 

 《心が怒りに染まって》

 

『しかし、ゼブラはどうした!?また奇襲か?』

「さあ………ねっ!」

 

 《哀しみ広げ》

 

  乙音の槍を腕に纏うパワーのみで防ぐ音成。それを見た乙音は膝蹴りで音成の腹部を打ち、瞬時に離れようとする。しかし、飛んだ脚を音成にガシィッと握られてしまった。

 

 《だけれど楽しい気持ち》

 

『捕まえたぞっ!!』

「今!ゼブラちゃん!!」

【ツルギ アクト!】

 

  しかし、乙音はこれを想定していた。乙音を投げとばそうと音成が力を込めた瞬間に、乙音の身体のうちからゼブラが吐き出され、手に持つ刀で斬りつけた。

 

 《いつか美しい希が》

 

『ぐあっ!?くっ、何故だ!?さっきは、あのディスクの力で……!』

「もう慣れたんだ……よっ!」

【ファング アクト!】

『うっ!』

 

 《思い出させるよ》

 

  乙音はファングのディスクの力で牙を脚から生やし、音成の手から逃れる。その隙にゼブラはツルギの刀と特殊能力を駆使し、音成を滅多斬りにする。

 

「ゼブラちゃんっ!合わせて!!」

【ファング! ライダー オメガパンチ!】

 

 《信じる力いつか》

 

【ツルギ! ライダー スラッシュ!】

『うおおおおっ!!』

 

 《刀になり道を開く》

 

  乙音の放つ巨大な拳撃が、ゼブラの放つ無数の斬撃によって彩られ、さらにその鋭さと勢いを増して音成を呑み込む。

  たまらず膝をつく音成に向け、乙音とゼブラは次なる必殺の技を撃つ。

 

【【ボイス アクト!】】

 

 《鳴り響く》

 

【ボイス!ライダー シュート!】

【ボイス! ライダー ツインシュート!】

 

 《ボイス&ソング》

 

  赤く鈍く輝くエネルギー。濃縮された怒りのような荒れ狂うそれを制御し、音成に向けて2人は放つ。

 

『「いっ……けええええっ!!」』

 

 《 《邪悪を撃ち抜く!》 》

 

『うっ……うおおおおおっ!?!?!?』

 

  放たれる無数の光弾と、それを吸収し巨大化しながら迫る光弾に対し、音成は咄嗟にバリアを展開して防ぐ。ハートウェーブが凝縮したような光弾は、さしものディスパーでも容易くは受け止めれない。ディスパーが手間取る間に乙音達は再融合する。

 

 《Break the heaven》

 

『乙音お姉ちゃん、次いくよ!』

「オーケー!みんなの感情も乗せて、全部ぶつける!」

 

 《Connect your heart》

 

【ダンス アクト!】

【ダンス!ライダー ハリケーン!】

 

 《桜のように 儚くても構わない》

 

  ホープソングが竜巻を巻き起こし、それがディスパーを呑み込む。切り裂くような突風と、光弾の重ね合わさった威力に、ディスパーも耐えきれず揺らぐ。

 

『くっ………このまま、では………』

「たたみかけるっ!!」

 

 《Heart the wave》

 

【ビート アクト!】

『ビートチューンバスター、来いっ!』

 

 《忘れない》

 

「ハートウェーブ…充填完了!!」

【ライダー ビート ブレイク!】

 

  出現したビートチューンバスターに全てを込めて、乙音ディスパーへと狙いを定める。そこにこもるのは、あらゆる人の思いを背負うという覚悟だ。

 

 《みんなと過ごした》

 

『まずっ……!!』

「『くらえええええええええっ!!!』」

 

 《四季の強さ》

 

  ギュウッ!!空間が歪む奇妙な音とともに、虹色の極光がディスパーに直撃する。先に放たれた全てを喰らった上でのこの一撃に、身体が徐々に粒子分解していく感覚を音成は覚えていた。

 

『ぐ、ギ……ギ、グ、ガ、グウウウウウウッ!!』

 

 《これまでの勝利も》

 

『まだまだあっ!!』

「私達の全てをっ!!」

 

 《踏みしめた大地も》

 

  尋常でない苦しみ方をするディスパーに勝機を確信した2人。さらに放たれる光の勢いを増して、自らも反動で吹き飛びそうになるのを抑えつけながら、決して狙いを外すことは無く止まり続ける。

 

 《 《支えられてきたから!》 》

 

「『ううおおおおおっ!!』」

『グ、ウ……ここ、で………ここでえええええええっ!!』

 

 《 《This is the bonds!》 》

 

 ギュイイイイイイ……

「っ!?なに、この音!」

『空間が…!うわっ!?』

 

 《Sing a song……》

 

  音成を包む竜巻、放たれた光弾。そして虹色の光が全て一点に収束し………空間を引き裂くと同時、崩壊した調和が大爆発を引き起こす。

 

「うわあああああああっ!?」

『乙音お姉ちゃんっ!』

 

  爆発の勢いにやられ、たまらず地を転がるホープソング。それでも変身が解除されないのは流石といったところだが、すぐに立つことは出来ないようで、爆発の跡地を確認しようとして、少し時間がかかってしまった。

 

「っ、やった……!?」

『………!』

 

  倒せただろう。いや、倒せたはずであってくれ。そう願う乙音だったが、ゼブラは微かに音成の気配を感じていた。

  爆煙が晴れ、抉り飛ばされた地面の跡が乙音達の視界に映る。その瞬間、ゼブラは圧倒的な殺意を察知した。

 

『ーー乙音お姉ちゃんっ!上っ!!』

「…………っ!」

 

  ゼブラの声を受け、乙音は上を見上げることもせずに咄嗟に前へと飛ぼうとする。

  しかし、消耗のためか足が十分に動かず、急降下してきたディスパーの一撃から逃げ切れなかった。

 

「うっ!?」

『うわっ!』

 

  轟!という音と共に浴びせかけられた衝撃に、再び地面を転がるホープソング。それでも来るとわかっていた衝撃ならば、受け身は取れる。すぐさま立ち上がろうとするが……

 

『死ねえーっ!!』

「がっ!?」

 

 その前に、駆け寄ってきたディスパーのつま先が、ホープソングの顔面を捉えた。

 

『立て!』

「ぐっ!う、うう…………っ!?」

『な、なに…………』

 

  ディスパーに胸ぐらを掴まれ、強制的に立たされて呻き声を上げる乙音。彼女の目の前にはディスパーの顔面があったが、乙音も、そしてゼブラも()()を見て困惑する。

 

『貴様ら……貴様らのせいだ!この、僕が……こんなバケモノにっ!!』

 

  ーーディスパーの仮面は割れていた。本来ならば、顔の半分は露出していただろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

  ただ、黒いだけの虚無ーーそれが仮面を被り、人のカタチをとって話しているというおぞましい事実を、誰よりも強く理解していたのはディスパーだった。

  自身がディソナンスよりも、人間よりも、遥かに醜いバケモノとなってしまったーーその事に耐え切れないディスパーは、乙音に自らの罪と業をなすりつけるように、執拗にその顔面を殴り続ける。

 

『貴様!……そうだ、貴様だって、ゼブラと融合している!ならば、ライダーとして変身している間は………っ!』

「な、ぐっ、何を……言って!」

『黙れっ!!』

『「がっ!?………っは………」』

『お前もおおおおおっ!!』

 

  もはやディスパーの目的は1つだった。乙音も、ゼブラも、自身と対になる存在が、自身と同じ醜く浅ましくおぞましいバケモノであると、そう証明することだけが、彼の存在理由となってしまっていた。

  振り払うように浴びせかけられる拳に、次第に仮面はひび割れ、砕け、身体は沈んでいく。そして、乙音が膝をついたその時ーー

 

『砕けろおーっ!!』

「………………!」

『うっ…………!』

 

  ーーついに、ホープソングの、乙音達の仮面が砕け散った。

 

『ハァ、ハァ………クソッ!』

 

  殴られた衝撃で、うつ伏せに倒れ伏したホープソングの頭を掴んで、ディスパーは無理やり顔を覗き込もうとする。そこには、自身と同じものが広がっていると信じて。

 

 

  ーーその手を、ホープソングが掴んだ。

 

 

『…………あ?』

 

「《膝をついて》」

 

「《倒れ伏して》」

 

  ホープソングが、歌う。乙音とゼブラの入り混じった、不思議と心に響く声で。

  そしてーー

 

「《それでも諦めない》」

 

『………な、あ…………!』

 

「《瞳!》」

 

  砕け散った仮面の中に輝くのは、確かに煌めく、人の瞳。ーーそして、決して諦めない希望の光。

 

「《託された希望(もの)……輝く!》」

 

  驚愕するディスパーの手を握り潰して、ホープソングは振り払う。絶望の意思を、度重なる苦痛を!

 

「《心が波のようになってーー》」

 

「《歌になるーー》」

 

  ホープソングが虹色に輝く。歌は佳境に。物語は終幕へ。

  絶望を終らせる一撃が、今放たれる!

 

 

 《Break the heaven!》

 

「ライダーァァ………」

 

 《Connect your song!!》

 

『「パァァンチッ!!』」

 

  虹色の光を纏った拳が、ディスパーの纏う鎧にヒビを入れる。

 

 《心の音々(おとね) どこまでも響かせて!》

 

【ホープソング アクト!】

【オーバー ソング!】

【ソング! ライダー キィィィック!】

 

  間髪入れず、ホープソングが必殺技を発動。ディスパーの鎧を完全に砕き、その身体を宙にまで打ち上げる。そして自分は更なる高みへと飛び上がり、ディスパーの遥か上へと到達する!

 

「天城音成……いや、ディスパー!」

 

 《Heart the song!》

 

『これで……終わりだっ!』

 

 《溢れてる!!》

 

【オール! オール! オール! オール! オール! オール!!】

 

 《風は無限で 歌は希望!!!》

 

  ホープソングの……乙音とゼブラの身体に、ハートウェーブが集まってくる。そのハートウェーブは彼女達のものだけではない。今もまだ、無事と勝利を祈る人々の心が、彼女達の力となっているのだ。

 

【オォォォォル! アァァァクトッ!!】

 

 《私達の紡いだ!》

 

『馬鹿な……僕が、僕が滅びるわけがァァァァ……!』

 

 《強い絆があるから!》

 

【オォォォォル! ライダァァァァ!! フィニィィィィッシュ!!!】

 

「『いっけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!』」

 

 《 《もう僕らは負けない!》 》

 

 《 《Song is hope!!!》 》

 

  乙音達の全身全霊、全ての心を込めた集大成となる一撃が、ディスパーの虚無を消滅させていく。

 

 《Forever song!》

 

『ぐっ……くそっ、クソッ、クソガアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

「『ううおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』」

 

  歌が終わり、声が途切れると同時に、これまでで最大規模の爆発がーー乙音とゼブラを包み込んだ。

  その爆発は地球からでもはっきりと見えるものであり、その光を見た人間は皆確信した。

 

  全て…終わったのだ、と……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ーーそして、一年と少しの月日が流れた

  この一年の間に、また新たな厄介ごとも起こったものの、新たな力を持つ者達や、ボイスや勝、ショット博士達のように残った者達の尽力もあって、今世界は急速に復興へと進んでいた。

 

  ーーだが、乙音とゼブラは、帰ってこなかった。

 

  今の季節は冬。寒空の下、あの戦いの日々を思い出しながら、ボイスはある場所へと向かっていた。

  この一年の間に取った免許と車を走らせ、ボイスが向かう先は小高い丘の上だ。かつて特務対策局本部があったこの場所は、この一年で本部の移転などもあって、すっかり人気の無い公園と化していた。

  クリスマスの夜ということもあってか、道が混んでいたので少し遅れてしまった。ボイスは車を止めると、適当に荷物をひっつかんで、小走りで丘の上へ走る。

  するとそこには、既にバーベキューの準備を始めている仲間達の姿があった。

 

「……やっと、着いたか」

「あ!ボイスちゃーん!こっちこっち!」

「遅かったな」

「すまねえな。どうも道が混んでて……」

「あ、ボイスちゃん。はいあったかいコーヒー」

「あ………すまねえな、美希」

「ううん。私達もさっき着いたばかりだし」

 

  あの戦いの後、最も取り乱したのはボイスだった。

  美希はドキ達ディソナンスの死を悲しみこそしたが、どこかで彼等が死に場所を求めていたのを悟っていたのか、涙以上のものを吐露する事はなかった。しかし、ボイスは乙音が帰ってこないことに愕然とし、一時は変身してまでもあてのない捜索に向かおうとしていた。

  そんなボイスを止めたのが、美希だった。

「乙音達は、必ず戻ってくる」……この言葉を受けたボイスは、何日か一人で過ごした後、いつも通りの少しがさつな少女の姿に戻っていた。

 

「ボイス、やっと来たのか!もう食べ始める頃だぞ。まったく、みんなお前を待っててーー」

「………刀奈、食べかすついてる」

「はっ!取れたか桜?………あ」

「刀奈………」

「うっ………て、テレビで腹が減ってたんだ!仕方ないだろう!?というか真司はなんでそんな……」

「…まーた始まったよ。ケッ」

「いつもの痴話喧嘩だな……」

「まったくですよ。たく、真司のヤローよお……ハァ………」

 

  あれから一年経ち、当然ライダー達の関係にも変化が生じていた。特に、真司と刀奈の仲は急激に接近する事になっていった。

  今はまだお互い自覚を持っていないがーー連日テレビで人気歌手カップルのように画面に映るのを見ていると、時間の問題だろうな、とボイスは思っていた。

 

「………なによ、そんなため息ついて」

「いや……こんだけの美女が揃ってですよ?一人はアレだし、一人は操を立ててるから口説けないし、一人は乙音さんとゼブラさんに首ったけだし………」

「なっ!…シキ!お前な………」

「………私は?」

「え?……いやあちょっと」

「なんでよー!!」

 

  桜は単身渡米し、特に被害を受けたアメリカでアイドル兼仮面ライダーとして戦い始めた。治安の悪化を抑えるためだ。

  当然、シキ率いるビート部隊と共闘する機会も増えていた。今後どうなるかはわからないが、彼女達の間にもまた、1つの可能性があるという事だろう。

 

「あーはいはい。そこまでそこまで。じゃあ、ボイスちゃんも来たんだし始めましょ!」

「……そうだな」

 

  彼女達が集まったのは他でもない、乙音とゼブラの帰還を願ってのことだ。とはいっても、そう暗いわけではない。むしろ辛気臭いのは2人も嫌がるだろうと、こうやって定期的に明るく集まる事で、2人がいつ帰ってきてもいいようにしているのだ。

  今回はライダー達と美希達で集まっているが、都合があえば勝や香織、ショット博士やロイドまで来ることもある。

 

「それで……このまえシキが………」

「ちょ、おい!それは言わない約束……」

「マジで……?そんなことが……」

「ふっ……」

「あー!お前、真司!今鼻で笑いやがったな!」

 

  時に騒ぎつつ、時に笑い合いつつ、共に時を過ごす。その輪の中から抜け出して、ボイスは街を眺めながら、1人コーヒーを飲んでいた。

 

「隣、いい?」

「おう」

 

  と、美希がボイスの隣に座り、同じようにコーヒーを飲み始める。喧騒を背後に感じながら、2人して街を眺め、星を眺める。

 

  ……と、そこでボイスが違和感を覚えた。この丘からは星がよく見えるが、その星が今夜は……一段と輝いているような………

 

「……こっちに来る!?」

「え、ちょーー」

 

  星の輝きがどんどん大きくなってきたかと思うと、ボイスと美希の眼前に強い光を伴って降りて来た。それを見て、真司達もなんだなんだと駆け寄ってくる。

 

「大丈夫か!?」

「また宇宙からの侵略者!?銀河族はとっくにぶっ飛ばしたでしょ!」

「チッ……またヴォルトみてーな野郎か!?」

「いや、あの組織が復活したのかも……」

 

  ドライバーを構え、口々に喋るライダー達。しかし美希とボイスが気づく。光からは敵意を感じないことに。いや、むしろこれはーー

 

「ーーまさか」

「……乙音………ゼブラッ!」

 

 

 

「……ちょっと、恥ずかしいけど」

「乙音お姉ちゃん?」

「あ…うん……!」

 

 

  ボイスの声に反応して、光から声が響く。懐かしい声に、思わず驚く真司達と、既に少し涙ぐんでいるボイスと美希。よく見ると人間2人程度の大きさはありそうな光が薄れていき、その中から現れたのはーー

 

 

 

「「ーーただいまっ!みんな!」」

「……ああ、お帰り乙音!」

 

 

 

  …かつて、1人の男がいた。

  男の名は、天城音成。人が誰しも持つ命の波動…心の力であるエネルギー、『ハートウェーブ』を発見し、世界を揺るがした男だ。

  当然、彼は名声を得た、富を得た、人心を得た。しかし、彼の頭脳にも予測できない事があった。

 

 

 

 

それはーー人の心が起こす、奇跡だ。

 

 

 

 

 

 仮面ライダーソング

 完




ほんっとー……にお待たせしました。これにて、乙音達の物語はおしまいです。
この後も苦難はあるでしょう。悩むことも、苦しむこともあるでしょう。
ですが、彼女達は負けないでしょう。もう作者の私でさえ、本編後の彼女達を負けさせることは出来ないです。それだけ強くなってくれました。

思えば役一年前、この物語を始めた時は、まさか評価欄に色がつくとは思っていませんでしたし、こんなに多くの方に読んでいただけるとは思えませんでした。もしも感想や評価がなかったとしたら、私は途中で辞めてしまっていたことでしょう。
改めて、感謝を。

さて、活動報告では『ソング』最後の人気投票を実施したいと思います。それと同時に、次回作についてのアレコレも。是非覗いて、参加していただければ嬉しいです。


それでは!皆さんも良き創作を!

君が諦めないと思う限り、その道は途切れていないーー


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