紫陽花   作:大野 陣

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今回も秋久視点です。
いちかわいい成分控え目でお送りします。


Ep6.

 一夏と衣装を抱え、束さんがリビングを出て行った。ドアの向こうでようやく再起動した一夏が騒いでいる。多分、着替えさせようとした束さんに一夏が抵抗してるんだろう。

 俺は席を立ち、一夏の部屋に向かおうとした。その行動を不思議に思ったのか、千冬さんが声をかけてきた。

 

「どうした?トイレか?」

「いや、一夏の部屋に行ってます。一夏も俺には見られたくないでしょうし」

 

 あと、俺もあんまり見たくない。兄弟分のバニーコスとか…誰得だよ。あ、束さんと千冬さんには眼福か。ドアの向こうではまだ騒ぎ声が聞こえる。かなり必死に抵抗してるらしく、やめろぉー、なんて叫び声まで聞こえる始末ではある。そんなに一夏の着替えを手伝いたいのか、束さん。

 

「…そうか……まだ、女の肌を見るのは辛いか?」

「………画面越しなら大丈夫ですよ」

 

 千冬さんの返事を聞く前に、リビングを後にした。なるべくおどけた声と笑顔を作ったつもりだけど、千冬さんに通用したかどうかはわからない。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 一夏の部屋に入った。相変わらず綺麗に掃除されてる。勉強机はすっきりと片付いてるし、床にゴミやら服が落ちてるっていうこともない。とりあえず、持ってきた紙袋を置いた。

 家具類はほとんど装いは変わってないけど、変わってるトコがある。匂いだ。こないだまではなかった甘い匂い。いつの間にか設置されてたドレッサーを見つけた。多分、あそこに化粧品やらケア用品やらがあるんだろう。

 

 ふぅ、と溜め息を吐き、ベッドに腰掛けると、軋んだ音が響いた。気にせず、そのまま横になる。

 匂いが強くなる。化粧水やらの匂いがベッドに染みついているんだろう。今まで何度も一夏のベッドを借りて昼寝したり、寝転んで本を読んだりしたことはある。その時は何も気にならなかった。俺も一夏も男だったから、匂いは気にならなかった。でも、今は違う。一夏は女になっちまった。たった二晩でここまで変わるなんて思わなかった。今までの一夏とは違う一夏になっていく。

 

「どうすっかなぁー…」

 

 声が漏れた。本当にどうするつもりなんだろう。さっき届いた衣装の中に東中(ウチ)の女子制服があった。ということは、あのまま通学するつもりらしい。一夏が東中(ウチ)に通うことは問題ないと思う。問題は一夏の扱いをどうするか、だ。

 性転換をしたことを告げて、一夏として過ごす?それは色々問題がありそうだ。一夏が知らないところで結成されてるファンクラブも大変なことになると思う。それに性転換の精度?が完璧すぎる。違う意味でパニックを起こしそうだ。どう扱うかもややこしい。トイレとか体育の授業の着替えとか。あ、プールの授業も困るな。中身は男だけど、身体は女だ。流石に今の状態で女子と一緒にプールに入れるとなると、女子から反対…されないか。元々イケメンモテキャラだし、むしろ女子は一夏だけなら喜んで迎え入れそうだ。一個問題解決。そこだけだけど。

 別人として転校してきたことにする?一夏の面影もあるし、千冬さんにもよく似てるから、流石に別人と主張するには無理がある気がする。他人の空似、で片付けるか?それとも親戚扱いにする?あと、一夏の変な不器用さも怖い。そのままの名前で通えるとは思えないから、偽名を使うことになると思う。でも、偽名を使ったら、一夏が返事をしない可能性もある。かといって、一夏がツンとしたクールキャラを演じられるとは思えない。女言葉を使うよりもすぐにボロが出そうだ。

 

 取り止めのないことを考える。どうすれば妥協点を生み出せるか。目を閉じ、思考に集中する。どうしよう、どうすればいいんだろう。もういっそのこと千冬さん経由で政府に頼んで重要人物保護プログラム入りにしてしまうか。いや、それは千冬さんが許さないか。束さんも大激怒しそうだ。あの二人は敵に回したくない…というか、あの二人を敵に回して無事で居れそうな人物はほぼいない。それより、一夏が東中(ウチ)に通学するっていう前提を覆してる。ダメじゃん。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「おい、秋久。起きろ」

 

 春は寝やすくていい季節なんだけど、コレがダメだ。いつの間にか寝てたみたいで、千冬さんに起こされた。

 

「一応ノックはしたんだがな。返事がなかったから勝手に入らせてもらったぞ。しかしなんだ、女子のベッドを使って堂々と寝るとは…なかなか女子慣れしたんじゃないか?」

「違いますよ…一夏は男です。だから、ココは男のベッドです」

「そうかそうか…今までの愚弟のベッドとは色々と違うと思うんだがな?」

 

 ニヤリと笑いかけてくる。外ではキリッとしてカッコいいのに、家ではこんな感じでよくからかってくる。さっきも下で茶化されたし。

 寝起きでうまく動かない頭で、言い返す文句を考える。なかなか出てこない。

 

「それはそうと、昼飯だ。食っていくだろう?」

「あ、はい。いただきます」

「そろそろ準備ができるから、下りてきてくれ」

 

 それだけ言って、千冬さんは部屋を出ていった。なんだろう、嫌な予感がする。嫌な予感というより、またからかわれそうな地雷がある気がする。

 

 

 

 リビングに戻ると、ソースの匂いがした。焼きそばか焼うどんの匂いだ。いや、この家に冷凍中華めんはなかったから、焼うどんか。キッチンに目を向けると、メイドがいた。踝ぐらいまであるロング丈のエプロンドレスに、白いフリルのついたヘッドドレス。一夏だ。まだコスプレをさせられているらしい。キッチンで焼うどんを作るメイド。なんだろう、おかしくないけどシュールだ。

 

「…まだその恰好してんの?」

「あ、おかえり。アキ」

 

 ただいま、と小さく返事をする。いや、おかえりって変じゃないか?リビングから出てったのは出てったけど、別に家から出てったわけじゃないし。

 

「メイドさんのカッコは罰ゲームの続きなんだって…ひょっとしたら、今日一日このカッコかも…」

 

 眉を顰めて呆れたような顔の一夏。マジか…哀れな…でも、似合ってるから哀れでもないか。本人は困ってそうだけど。

 

「あー…ご愁傷様?」

「ありがと。とりあえず、お皿出してもらえる?いつものトコだから」

「はいよ」

 

 なお、お姉様方は撮った写真の整理に夢中な模様。テーブルの上で頭を突き合わせて、時折奇声を上げていた。アレが世界最強クラスの人物とは思えなかった。

 

 

 

 一夏の作った焼きうどんをテーブルに並べた。皿を持ってきたときに、束さんが俺に初めて気がついたらしく、大声をあげた。

 

「ごめん!あっくん!!巫女服のターン終わっちゃった!代わりに画像いっぱい送るから許して!!」

「いえ、大丈夫です」

「いらないの!?いっちゃんの白バニー姿とか見たくないの!?白スト装備でぴょんぴょんしてるのもあるんだよ!?」

「いや、秋久は巫女服がいいんだろ。ほら、この画像なんかどうだ?」

 

 千冬さんがモニターを見せてくる。巫女服に着て、可愛らしく照れ笑いを浮かべる一夏が映っている。髪を後ろの低い位置でくくってるからか、清楚な巫女に見えた。確かに似合う。次は正座をして瞑想してる様な一夏を俯瞰で撮った画像だ。この家のフローリングで撮った筈なのに、少し神秘的な感じがする。

 

「もぉ、まだやってるの?」

 

 両手に焼きうどんを持ったメイドがやってきた。家庭的なんだか、そうじゃないんだかよくわからない。それぞれの前に焼きうどんが置かれた。

 

 

 

「あれ?いっちゃん、カツオ節ないの?」

 

 あ、と声を上げる一夏。忘れてたらしい。

 

「ごめん。すぐ持ってくるね」

 

 一旦キッチンに引っ込んで、カツオ節の小分けパックを持ってきた。封を切って束さんに渡そうと手を伸ばした時だった。

 

「いっちゃんにかけて欲しいなぁ~…美味しくなぁ~れ♡って可愛くね☆」

「え」

「そいつはいいな。一夏、私のも頼む」

 

 それ、メイドカフェでオムライスにやるヤツじゃ…まさか束さん、このために…

 

「オ、オイシクナーレ…」

「ダメダメ!声が固いよいっちゃん!もっと可愛く!」

 

 一夏が少しカツオ節をかけた所で、束さんがストップをかけた。恥ずかしさからか、トマトみたいな顔をして、固くなる一夏。ダメ出しする束さん。なんだこれ。

 

 しばらくして、ふぅ…と息を吐く一夏。覚悟を決めたらしい。何回もやり直し食らったら、焼きうどんがカツオ節まみれになりそうだもんな。

 

「美味しくなぁ~れ♡美味しくなぁ~れ♡はいっ、美味しくなりました~♡」

 

 甘い声を作って、カツオ節をかけた一夏。最後には両手でハートマークを作って束さんに向けた。真っ赤なひきつり気味のウィンク付きで。

 

「………かっわいいいいぃ!ヤバいね!!もうヤバいしか表現ができないよ!向こう三年は無補給で戦えるね!!」

「…何と戦ってたんですか?」

「あぁ、わかる。わかるぞ、束。横で見ているだけの私にも凄まじい余波が来たからな。さぁ、一夏!」

 

 スルーされた俺のツッコミ。

 

「美味しくなぁ~れ☆美味しくなぁ~れ☆お姉ちゃんっ、い~っぱい食べてね♡」

「………いちかああぁぁぁ!いくらでも食べてやる!!何皿でも持ってこい!!」

 

 可愛いけどなんなのこの人たち。ストレス溜まってんの?一夏は顔を真っ赤にしたまま席について、もうやだぁ…なんて呟いて顔を両手で覆ってる。あれは恥ずかしいわな。

 

 

 

 いつもより賑やかな昼飯だった。昼飯のあと、千冬さんは仕事先へ向かっていった。明日は月曜だから仕事があるらしい。一夏のおかげで気力も体力も有り余るぐらいに回復した、といっていた。一夏ちゃんマジ半端ねぇ。束さんはもう二、三日こっちにいるらしい。一夏の教育のためなんだとか。どんな生活なのか全く謎な人だけど、本人が大丈夫って言ってるし、大人だし大丈夫だろう。織斑家で千冬さんの部屋に泊まるらしい。

 夕食の買い物は流石に着替えて行った。束さんは最後までメイド服を推してたけど、涙目の一夏には勝てなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 一夏が女になって五日目の夜、束さんからメッセが届いた。

 

『もういっちゃんは完璧だよ☆』

 

 そうか。よし、やるか。ケータイを取り出して、メッセを送る。

 

『オッス』

『もう寝た?』

【一夏じゃねぇんだから、まだ寝てねぇよ】

『明日時間ある?』

【昼過ぎなら】

『じゃ、3時ぐらいにウチに来てくれ。コーヒーゼリーぐらいなら出す』

【楽しみにしとく】

『よろしく』

【了解】

 

 一夏にも『明日はウチに来てくれ』とメッセを送る。だけど、既読がつかない。もう寝てんのかよ…小学生か、アイツは。まあ一夏の方が起きるのは早いし、適当な時間に来るだろう。流石に3時過ぎに来ることはないだろう。無いと思いたい。

 さてと…舞台は整った。一夏ちゃんのお披露目だ。なんとなく予想はつくけど、不安要素が大きすぎる…ぶっちゃけ怖い。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 枕元でケータイが鳴った。多分、一夏が来たんだろう。俺の安眠を妨げるような時間に来るヤツは一夏ぐらいだ。机の上のデジタル置き時計は10時45分。割とよく寝た方かも知れないけどまだ眠いし、4月になったとはいえ、寝起きは寒い。ベッドに入ったまま、ケータイを操作する。

 

「はい…」

『…寝てた?』

「今起きた…開ける…」

 

 一夏の声が聞こえる。解錠操作をして、画面を閉じた。まだ眠くて頭がうまく働かないし、寒い。

 

「うーっす…って、アキ。まだ布団から出てねぇのかよ…」

 

 布団にはいったまま、引き戸を開けて部屋に入ってきた一夏を見る。紺のスカートに黒いストッキング、白いシャツに薄いピンクのカーディガンを羽織っている。左手には俺が買ったシュシュを着けてるし、ヘアピンも髪に着けている。見た目だけなら清楚系美少女だ。ただ、言葉遣いが男に戻ってる。束さん、完璧って言ってたのに…大丈夫か?不安が頭をもたげた。一夏はダイニングと俺の部屋を繋ぐ引き戸の前で腕を組み、仁王立ちをしているが、背が低いせいか全く迫力がない。

 

「うん…今起きたし…」

「はぁ…朝も食ってねぇんだろ…でもなぁ…時間も微妙だしなぁ…」

「いいよ…アレ飲むから」

 

 気合いを入れてベッドから出る。アレっていうのは、ここ数ヶ月で出た高機能栄養ドリンクのことで、1日分のカロリー以外全ての栄養素が入ってる優れもの、というキャッチコピーで販売されているドリンク剤のことだ。料理するのが面倒な時に割とよく飲んだりするんだけど、たまに一夏に見つかって呆れられる。

 

「…またソレかよ…背ぇ伸びねぇぞ…」

「大丈夫。一夏よりはデカくなったからな」

「…テメェ…戻ったら覚えとけよ…」

 

 恨み言を呟く一夏を無視して、ベッドから抜け出した。ダイニングに移動して、冷蔵庫から栄養ドリンクを出した。封を切ると、薬のような独特な強い匂いがする。いつもの匂いではあるから、一気に喉に流し込んだ。腹は膨れないけど、あと1時間ちょいで昼飯の時間になるし、昼飯とコーヒーゼリー作りの同時進行もしなければ…三人前だし、そこまで面倒くさいわけじゃないけど、何の準備もなし、というわけにはいかない。コーヒーは俺が飲むついでに淹れて…あ、一夏はどうすんだろ。

 

「一夏ー…コーヒー淹れるけど、飲む?」

「…コーヒー飲めねぇの知ってんだろ?こないだのミルクティーがいい」

「へいよー」

 

 電気ケトルでお湯を沸かしながら、コーヒー豆を挽く。せっかく豆から淹れるコーヒーなのに、それでコーヒーゼリーを作る事に少しもったいなさを感じ始めていた。なんだろうかこの贅沢感。ついでに、ミルクパンに弱中火で牛乳を温め、一夏用のロイヤルミルクティーの準備をする。ミルクが温まったらティーバッグと蜂蜜を少し入れて、紅茶を煮出す。今回はロイヤルミルクティーゼリーも作るから、少し多めにロイヤルミルクティーを淹れる。一夏にもコーヒーゼリーを食べてもらおうとしたけど、無理っぽいし。あ、昼飯も作んなきゃ…とりあえず、適当焼き飯でいっか。

 

 

 

 15時18分。なかなかヤツがこない。コーヒーゼリーはとっくに固まってるし、一夏用に淹れたロイヤルミルクティーは飲み干されてしまっていた。とりあえず、蜂蜜入りのホットミルクを作って渡してはいるけど。

 ホットミルクを飲みながら、俺の部屋のテーブルでティーン向けのファッション誌を眺める一夏。どこからどう見ても完全に女子だ。何となく落ち着かない。ちなみに、俺はコーヒーを啜りながら、自分の机で春休みの課題をこなしている最中である。なお、一夏ちゃんには課題がない模様…一夏の場合、課題をやらなくても成績には問題なさそうだし、そもそも転校生扱いだから課題が存在しない。まぁ、春休みだから課題もそんなに多くない。俺もここ数日だけでほぼ終わらせているし、問題の質もそこまで難しくない…弾はやってないかもしれないけど。

 

 

 

 机に置いてあるケータイが震えた。噂をすれば…というやつだろうか、赤毛にトレードマークのバンダナ、長袖のシャツに太めのデニムパンツ…五反田 弾くんである。彼を迎えに玄関に向かった…あ、一夏の靴が出しっぱだ。サプライズを演出するためにも、靴箱に隠しておこう。ドアを開け、弾に声を掛けた。

 

「よっす」

「よっ。珍しいじゃねぇか、秋久が家に来いなんてよ」

「ちょっと話があってさ…ま、上がっててくれよ」

「おっじゃまー」

 

 ドアを開ききり、弾を迎え入れる。弾はこっちを見ずにダイニングへ向かっていった。彼は何度もウチに来てるから、勝手知ったるなんとやら、って感じなんだろう。ダイニングのドアが開く音とほぼ同時に玄関に鍵を掛けた。

 

「オヤツと飲み物準備してるから、先に部屋行ってて」

「おう」

 

 弾を先に部屋へ向かわせ、俺は冷蔵庫からコーヒーゼリーとロイヤルミルクティーゼリーを取り出す。飲み物は…ミネラルウォーターでいっか。コーヒーゼリーとコーヒーってのも変な組み合わせだし、ペットボトルを三本取り出した。

 

 弾が俺の部屋へ続く引き戸を開けた。

 

「あ、弾。いらっしゃい」

「ア、チワッス」

 

 で、閉めた。

 

 

 

「…秋久クン?」

「待て、落ち着け。多分凄い勘違いしてる」

 

 引き戸を閉めた弾は俺を睨みつけて、肩を組んできた。抵抗しようとも思ったけど、オヤツとミネラルウォーターの乗ったお盆を持ってるから、何もできずに弾に肩を組まれる形になってしまった。

 

「いーや!してないね!お前アレか、彼女欲しいって言い続けてる俺に対する嫌がらせか!あんな可愛い清楚系彼女が出来たことを自慢したいわけですね秋久クンは!!」

「違うって!アレは一夏なんだよ!」

「ハァ!?んなわけねぇだろ!」

「気持ちはわかるけど、あの子は一夏なんだよ…」

 

 俺から離れ、腕を組み考え事をする弾。

 

「……はっはーん…そうか…今日はエイプリルフールじゃねぇか…」

「あ」

 

 …忘れてた。今日は4月1日だ。タネがわかったといわんばかりに、引き戸を勢いよく開く弾。なんかマズい気がする。

 

「弾、いらっしゃい。何騒いでたの?」

「…ふっふっふっふっ…なかなか女言葉もサマになってんじゃねぇか…」

「そうかな?でも、ありがと。特訓したからね」

 にっこりと弾に微笑みかける一夏。

「だがよぉ…さっさとヅラ取りやがれ!」

「きゃっ」

 

 弾が一夏の髪を掴み、引っ張った。でも、一夏の髪は頭から離れない。ヅラじゃないから離れるわけがない。そんな弾のアクションに対し、可愛らしい悲鳴をあげる一夏。

 

「あ、あれ…?」

「痛っ!痛いってば!やめてよ弾!」

 

 ぐいぐいと髪を引っ張り続ける弾。一夏の抗議でようやく手を話したけど、まだ納得いってないのか、呆然と自分の手を見続けている。

「もう…第一、声だって違うでしょ?」

 手櫛で弾にボサボサにされた髪を整える一夏。その仕草はまさに女の子のソレだった。

 

「そこは…ほら、ボイチェンとか…」

「残念だけど…弾、その子は一夏だ。信頼できるトコで調べてもらったから」

「……マジかよ…」

 

 がっくし…とオーバーに両膝と両手を床につける弾。そこまでオーバーリアクションじゃなくてもいいと思うんだけど、これも弾らしいキャラの一つではある。

 

「で、弾には協力してもらいたいんだ」

「…は?」

 

 

 

「一夏はこれから東中(ウチ)に通う予定なんだよ」

 

 各々にオヤツを出して、俺は早速本題に入った。

 

「…本気か?」

「本気…で、弾には俺と一緒に、一夏のフォローをしてもらいたいんだ。大丈夫、次も同じクラスになるらしいし。

 そんじゃ、説明してくから。まず、名前は『折浦 美智華』。一夏の親戚で、ドイツからの帰国子女。時々日本に来て俺や一夏と遊んでた、って設定だ」

「まぁ、昔馴染みなら秋久も喋れるわな」

「そういうこと…続けるぜ?今回は日本人だけど、日本文化に触れたいってことで、東中(ウチ)に転校してきたって話になってる。両親は既にドイツに戻ってるから、いつ戻るかはわからない」

「わたしもいつ男に戻れるか、わかんないからね」

「…授業中とかに戻んのは勘弁してくれよ。野郎のセーラー服なんざ見たくねぇ」

「で、俺と弾で一夏をフォローする。具体的には、一夏が変なことを言い出したり、やり出したら、止める。無理そうならどっかに気を逸らして、やり過ごす。

 例えば、体育の授業で着替えるためにこっちに来たりしたら、止める。ホントは女子の協力者がいればいいんだけどさ」

 

 こういう時、頼りになりそうな鈴ちゃんは既に中国に行ってしまった。いや、彼女に任せるのも酷な話か。

 

「わかったけどよ…なんで俺なわけ?」

「俺だけじゃ無理だから。あと、弾は次もクラス一緒らしいし、口堅いからな」

「はぁ………わーったよ。協力するぜ」

 

 頭を垂れ、かなり重たい溜め息を吐きつつも一応は同意してくれた弾。これで少しは俺の負担が減ったはず…だ。

 

 

 

「…でさ、その子ホンッットに一夏なんだよな?」

 

 本題も終わってティーブレイク。全員がぼちぼちとゼリーに手をつけている最中に、弾が改めて切り出した。

 

「そうだよ。試してみる?」

 

 ふふん、と自信あり気な表情の一夏。調子乗って大失敗フラグかな?

 

「よし……じゃあ…秋久のチ○毛が生えたのは?!」

「なんで俺に火の粉飛んでんだよ!」

「小五の秋。修学旅行の時に恥ずかしいからって抜いたら、わたしたちも生えてて逆に恥ずかしがってた」

「一夏も答えんな!!」

「……本物だな…秋久がネタのために、そこまで女子いうとは思えねぇ…」

「おーう…信じてもらえてなによりだよ」

 

 俺のSAN値がっつりもってかれたけどな。中身が一夏ってことは理解してるけど、女の子の声でそんな話をされるのはなかなかキツい。

 

 

 

「…一夏……」

「なーに?」

 

 幸せそうな表情でミルクティーゼリーを頬張る一夏。グラニュー糖と蜂蜜が入ってる分、かなり甘めのはず…市販のミルクティーよりも甘いはずなのに、美味そうに食べている。そんな幸せそうな表情のまま、一夏は弾に返事をした。

 

「親友と見込んで、頼みがある」

 

 緩みきった一夏とは対照的に、弾は鬼気迫る表情。ある種の迫力すら感じる。弾が正座して、背筋を伸ばした。一夏はキョトンしている。

 

「オッパイ揉ませて下さいッッッッ!!」

 

 正座から滑るように土下座に移った弾。

 

「ヤダ」

 

 コンマ数秒で断る一夏。

 

「なんでだよ!!お前も男ならわかるだろ!?わかってくれるだろ!?」

「ヤダってば。そもそも目ぇ血走ってるし、そんな顔で言われたら気持ち悪い」

「いいじゃねぇか!減るもんでもねぇだろ!?」

「気持ち悪い。無理。男が男に迫るとか、無理」

「わかった!ワンタッチ!!ちょっとだけでいいから!!」

「もっと無理。必死すぎて気持ち悪すぎ」

 

 ゴミを見る目つきで弾を見る一夏。弾が一夏に頼む度に、一夏の視線の温度が下がっていく。必死の形相で弾は頼み続けていた。




 野郎同士メッセなんてシンプルなもんです。たまにネタスタンプ爆撃かますぐらいで。

 秋久は自分で食べるなら何でもいいや、なタイプです。最低限の調理しかしないし、カップ麺でも野菜類ぶち込んでオッケーな人です。自分しか食べないときは。


『適当焼き飯』
 その時の冷蔵庫の野菜類と肉を入れて、醤油などで適当に味付けした焼き飯。なお、今回は冷凍ミックスベジタブルと合い挽きミンチだった。

『人物紹介』
織斑 一夏(♀)/折浦 美智華(おりうら みちか)
・年齢 13歳
・身長 153cm
・体重 ■■kg
 女の子になった一夏。束の教育の結果、女言葉をほぼマスターした。現在は教本としてわたされた少女マンガを読み勉強中。
 秋久のスイーツを食べて以来、和菓子派から洋菓子党和菓子派に改宗した模様。苦味と渋味、香辛料系が苦手になった。顔立ちは千冬に似ているが、目許がくりっとしているため、千冬と比べると優しそうな印象を受ける。髪は鎖骨よりやや下のセミロング。




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