・学校祭が始まりました。二年一組がやらかす。
・二日目は一般参加日。梓ちゃんは『部活』。一夏ちゃんたちは四人で学校祭を回ったよ!
今回は終了編です。
体育館に時計の鐘の音が鳴り響く。十二時を報せる鐘の音。魔法が解けてしまう、夢のような時間が終わりを告げる音。
「大変!もう帰らなくっちゃ!」
赤毛に青を基調としたドレスを身にまとったシンデレラの叫び声と共に、スポットライトが点いた。先ほどの暗転の間に設置された階段の一番上に立ち、後ろを振り返った。階段は全部で十五段ほど。
「待ってくれ!美しい人!!」
志帆の声が響く。その声を合図に、シンデレラが階段を駆け下りようとして、転んだ。二段ほど駆け下り、そこから弾が大きな音を立てて階段を転げ落ちる。最後まで転がり、上手く受け身を取って立ち上がった。そのままドレスの裾を持ち上げ、全力で走り、舞台から捌けていった。
「はっ!これはガラスの靴!あの人の物に違いない!」
階段の半ばに置かれた、ガラスの靴らしき物を志帆が扮する王子様が拾い上げ、わざとらしく掲げた。そこでライトが全て落とされ、暗転した。
『王子様はシンデレラを見つけるために、国中を駆け回りました』
スポットライトに照らされ、出てきたのは背の低い王子様。次の王子様役は一夏である。暗闇の中を歩き、そこで出会う町人役のクラスメートにガラスの靴を渡す度にスポットライトが点く。リハーサルで何度も練習した動き。
「あーあ。ついにシンデレラは見つからなかったなぁ。あとはこの家だけだ!」
最後に王子様が訪れる家、つまりはシンデレラが住む家である。物語通りに話は進み、意地悪な継母や姉の妨害にめげず、シンデレラは一夏王子とお目通りが叶った。あとはガラスの靴を履いてハッピーエンドである。
「王子様!おーうーじーさーまー!」
「え?あ、ど、どうした大臣!」
シンデレラがガラスの靴を履こうとした瞬間、梓大臣が舞台袖から走って出てきた。台本にない動きだが、なんとかアドリブで一夏が返す。
「大変です!もう一つガラスの靴が見つかりました!」
「え?」「はぁ?」
「お願いしまぁーす!!」
大臣が舞台袖に声をかける。そこから現れたのは幅が約二メートル、高さ約一.五メートルの巨大な透明アクリル製のヒール靴…もといガラスの靴である。流石に手で運ぶのが難しいらしく、木製パレットの上に乗せられている。パレットごと黒子が操るハンドリフトで運ばれてきた。
「保管、搬入はミグラントロジスティクス様にご協力いただきました!ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
梓のセリフに続き、黒子たちが客席に向かって唱和し、頭を下げる。客席からは拍手が返ってくるが、舞台上の面々はポカンと口を開けたままであった。
「さぁ!シンデレラ!どうぞ!」
「いや…どうぞって…」
「どうぞ!」
梓の二度目のどうぞに黒子たちが反応する。弾の両腕と両足を抱え、ガラスの靴の近くまで運んでしまった。
「ほら、弾。肩持って」
「五反田、足貸して」
黒子たちが弾に声をかけ、それぞれが弾の片足を持ち、何とかガラスの靴の上に弾を立たせる。弾が乗ったことを確認し、今度は二人がかりで弾の片足を支えた。少しふらつきながら、何とかシンデレラがガラスの靴の上に立った。弾自身の身長を合わせると三.五メートルほどになる。もう少しで舞台の天井に手が届きそうなほどの高さである。
立ち上がり、安定したところで観客から拍手が起こった。まだポカンと口を開けたままの一夏を梓の肘が突っつく。
「美智華ちゃん、セリフ!」
「え、あ、うん…そのままでいいの?」
「いいよ!」
舞台前に設置されているマイクに拾われないように小声で話す。梓の動きには合わせられたが、予想外過ぎたようだった。
「お、おお!あなたがシンデレラだったか!どうか私と城へ来てほしい!!」
「え、あ…え、ええ!喜んで!!」
『こうして、シンデレラは末永く、幸せに暮らしました。めでたしめでたし』
「いくぞー」
「せぇーのっ!」
黒子たちが声を掛け合い、シンデレラの乗ったガラスの靴を移動させる。爪先が舞台中央に向いているため、捌ける時は後退する形になった。
「のわっ!?ちょっ!!ゆっくり!もうちょいゆっくり!!」
あくまでガラスの靴には乗っているだけである。バランスを崩して腰を落とした弾が、蹲踞の姿勢で運ばれていく。転落しなかったのは流石というべきか。
弾が慌てふためく様子も演出だと思われているのか、会場からは笑いが起きた。
◇◆◇◆◇
「乾杯!」
『カンパーイ!』
無事に学校祭も閉幕式も終わり、片付けも一段落した。間もなく午後五時になろうという時間である。用事のある者や既に片づけを終えた者は解散しているが、一部の生徒は教室に残って学校祭の余韻に浸っていた。行事好きが多い二年一組は比較的多人数が残っており、担任の成宮教諭が買ってきたジュースやお菓子を片手に、ささやかな打ち上げを行っていた。
「でも、惜しかったねー。ミスコン」
「惜しかったか?ま、数馬が大賞取ったのにはビビったけど」
弾の言葉通り数馬が今年の『ミス?東中』に輝いた。やはり笑いを取りに行った方が良かったようだ。
「俺は体育館賞取れたから、それで満足だよ」
「他のクラスに『あの大道具は卑怯』って言われてたもんね」
体育館賞とは、学校祭期間中に体育館で行われる出し物の大賞である。動員数、盛り上がりなど様々な条件の元に大賞が決定される。今年の受賞は二年一組だった。
「アタシは千冬さんにビックリしたけどね…」
席を同じとしている三人が頷いた。また、三人だけでなく近くに居るクラスメートたちも頷いた。客席の最前列に座り、三脚付きのビデオカメラ二台に大きな一眼レフカメラを持ち、客席に座りながらもバシバシと舞台を撮影していた姿。良くも悪くも目立っていた。
「あ、あははは…」
一夏が苦笑いを浮かべる。親戚ということになっているが、身内は身内。何事にも一生懸命ということは悪いことではないが、少しばかり恥ずかしい。もはや二年一組の中にカッコいいブリュンヒルデのイメージはなく、どこぞの親バカイメージしかなかった。
あちらこちらで思い出話に華が咲く。アレは大変だった。衣装のここが難しかった。あのアドリブがウケた…彼ら彼女らの話は尽きることがない。約二ヶ月の準備期間だった。クラスが一丸となり、一つの目標に向かう楽しさは語り尽くせるものではない。
弾が梓を眺める。彼女は一夏と志帆、他のクラスメートたちと談笑している。トークのメインは一夏とクラスメートで、梓は少し離れて聞き役にまわっているらしい。
「…行かねぇんだ」
いきなり秋久に話かけられ、弾の肩がびくりと震えた。どうやら梓に集中し過ぎ、周りがあまり見えていなかったらしい。辺りを見回すも、弾を気にかけているのは秋久ぐらいであった。
「う゛っ…い、今覚悟決めてんだよ」
「頑張って来いよ。親友」
「…ふぅ……うっしっ。キメてくる」
強く目を閉じ、見開いた。覚悟を決めた漢の目である。何時もの軽い雰囲気はそこにはない。
「骨は拾ってやる」
「いってろバーカ」
「あ、あ梓ちゃん…ちょっ…ちょっといい?」
「?どうした…の?」
弾の視線が真っ直ぐに梓を射抜く。妙に緊張した空気を漂わせたまま話かけられ、梓は少したじろいた。他の女子はお喋りに夢中で、弾と梓を気にかける者はいない。
「つ、ついてきて…くれ」
小声で梓に伝え、弾が教室を出た。やや遅れて梓が後に続く。頻繁に人が出入りしており、騒がしい教室。彼らが出て行ったことを気にしている生徒は秋久のみ。いや、梓が席を外した頃、ちらりと志帆が横目で見たが、何も言わずに彼女を見送った。
◇◆◇◆◇
騒がしい教室棟を歩く。三分の一ほどの生徒は帰宅しているが、まだまだ人は多い。特に残っているのは学校祭の興奮醒めやらぬ者共。騒がしいのは道理であった。
喧噪の中、強張った表情の男が歩く。彼は赤毛と高い上背でよく目立つ。その後ろを小柄な女生徒がついて歩く。彼の緊張感が彼女にも伝染したのか、些か表情が強張っていた。
梓を意識し始めたのは、何時からだったろうか。自問するも、明確な答えは出てこない。
最初は彼女の年齢不相応な体躯に目を惹かれた。スポーツテストの時、弾む部位ばかり見ていた。下世話な表現だが、彼女のお世話になったことは両手では足りない。
そこばかりに気を取られてしまっていたが、彼女の魅力はそれだけではなかった。次に気になったのは彼女の性根の部分。一夏や志帆に話すときは楽しそうに笑いかけるが、弾や数馬が話しかけると二、三歩引いた笑い方をする。スポーツテストの時にやり過ぎたかもしれないが、そんな態度がしばらく続いた。
やがて、彼女たちに笑いかけるような笑顔が欲しくなった。比較的秋久相手なら平気なようだが、それでも弾は自分に笑いかけて欲しかった。
あの事件の時、弾が珍しく静かな怒りを燃やした。彼がそうなったのは、一夏だけでなく、梓にあんな表情をさせた犯人が憎くて堪らなかったのもある。
そこで彼は少しだけ自分の気持ちに気付いた。一夏や志帆らと彼女への扱いが異なることに。違う視線で彼女を見つめていることに気付いた。一夏のことも気にかけてはいるが、ベクトルが異なる。想いは日を重ねる毎に積み重なり、いつの間にか、一日中彼女のことを考えている日もあった。
夏休みに入り、より彼女が愛おしくなった。甲斐甲斐しく男子バスケ部員の世話を焼く彼女を可愛らしく思うと同時に、世話を焼かれている部員たちに嫉妬した。会えない日に面白さは感じず、連絡先を交換しなかった自分に絶望した。久々に会えた勉強会の日は浮かれてしまい、危うく彼女を泣かせてしまう所だった。
「ご、五反田クン…?」
梓に声をかけられ、自身が思考の奥深くまで沈んでいることに気付いた。いつの間にか特別教室棟まで歩いてしまっている。辺りに人気はなく、長い廊下には夕陽が差し込んでいるだけ。
先程の喧騒が幻であったかのように静まり返っている。世界には自身と梓しかいない。そんな錯覚に捕らわれた。
弾が振り返り、梓を見据える。彼の顔は紅潮し、強く握り締められた拳が小刻みに震えている。だが、彼の瞳は強い意志を持ち、じっと梓を見つめていた。
梓と弾の距離は約三歩。互いの表情がよく見える。梓の視線は忙しなく動き、落ち着きがない。不安そうに弾を見上げる姿は抱き締めたくなる可愛らしさがあるが、そういう空気ではない。
早く伝えたいが、緊張し過ぎて生唾が湧き上がる。飲み下す度に言葉が出なくなる。話そうと口を開いても、キチンとした声は出ず、小さな呻き声が鳴るだけだった。
「あ、あず「あのッッ!」」
―サイアクだ。カブった…
「ご、ごめんね?どうしても今聞きたくて…」
「お、おう…ぜぜぜ全然大丈夫だぜ!」
口が上手く回らない。
―秋久じゃねぇんだよ。
弾は一つ息を吐き、自らを落ち着かせようと努める。どう見ても告白シーンであるこの空気。そこに梓が割り込むという事実に、弾はほんの少しだけ妄想していた事を思い出す。
梓も緊張しているらしく、胸元に両手を当てて深呼吸を繰り返す。弾の妄想が現実味を帯びてきたような気がする。
「おっ…!おお斧崎クンのこと好きだよねっ!?!?」
「へっ…?」
どこにそのパワーがあったのか、大きな声で梓が叫んだ。完全なる告白ムード。ゲームの世界ならこんなシナリオはクソゲー確定である。しかし、人生はクソゲーだった。
「えっ…好きじゃない…の?」
「いや、好きか嫌いかでいうと…好きだけど…」
なんで今?と弾が呆気に取られる。先程までの緊張感も空気も吹き飛んだ。弾の秋久のことを好いているという言葉に、梓の表情が変わった。
「あっありがとう!用事思い出したから帰るね!」
そのまま背を向けて梓は走り出した。いきなり話題を変えられ、一方的に話を打ち切られた。走り去っていく彼女の後ろ姿を弾は茫然と見送る。先程とは違う意味で言葉が出てこない。
「なっ……なんじゃそりゃあああああ!!!」
人気のない特別教室棟に、彼の絶叫が虚しく響いた。
◇◆◇◆◇
何か得体の知れないモノから逃げるかのように、梓が教室に滑り込んできた。その慌てように一同が注目する。彼女はそんなことを気にかける素振りも見せず、カバンを持って外に出ようしている。
「あ、アズ?」
「ごめんね志帆ちゃん!用事あるから帰るね!」
じゃ!と片手で挨拶し、勢いそのままに教室飛び出していった。
梓のドタバタ退室劇があってしばらく。幽鬼のような動きで弾が教室へ戻ってきた。頭を垂らし、長い赤髪が彼の表情を隠す。秋久が彼の姿を認め、声をかけようとしたが、悲痛なその立ち振る舞いに何も言えない。
「秋…久…」
「あ、あー…その…」
勢い良く肩を組む。しっかりとした力強さ。その表情とは裏腹に、告白が成功したのだろうか。秋久は少しだけ期待した。
「テンメエエエエエ!!」
弾が大声を上げた。秋久の足の間に腕を通し、彼の背中に肩を当てて担ぎ上げる。アルゼンチンバックブリーカーの形になった。
「うお!?」
「ッシャラアアアアア!」
クラスメートの眼前で、突如としてプロレスが始まった。状況を理解していない男子たちが囃し立て、女子たちが帰りを促す。既に時計は直線でなくなり、間もなく日が落ちようとしていた。
「ちょ!?怖えし痛え!?降ろせええ!」
「ッシャ!ッシャ!ウオラアアアア!!」
◇◆◇◆◇
秋久と弾は一夏を家まで送り届け、二人で秋久の部屋に入る。道中は明るい一夏のおかげでお通夜ムードにならず済んだが、二人きりになるとそうはいかない。
部屋に入った弾はカバンをソファーに放り投げ、許可もなく冷蔵庫を漁る。自室で着替えを終えた秋久が缶ビールを両手に持った弾を見咎める。
「おい!お前それ…」
「うるせえ!」
プルタブを勢い良く開けた。音を立てて口が開き、一気に中身を胃に流し込む。
「プッハァ!」
「い、一気て…大丈夫か?っていうか、それ千冬さんの…」
「知るか!」
空になった缶をシンクに投げ込み、二本目を開ける。同じように勢い良く一気に飲もうとするが、胃に押し込んだ炭酸が口に上がり、盛大に噴き出した。秋久が溜め息混じりに雑巾を取り出して床を拭く。噴き出したにもかかわらず、弾は自棄酒を続ける。
「お前…振られたからって」
「振られてねぇよ!告らせても貰えなかった!!」
空になった二本目も流しに放り投げた。キッチンを漁り、千冬のウイスキーを取り出そうとする。
「ちょ!?バカ!それは止めろ!!」
「飲ませろ!飲ませろおお!!」
今の彼ならウイスキーでラッパ飲みをしかねない。度数五十のウイスキーである。そんなものを慣れない身体に流し込んでしまえば、急性アルコール中毒で救急車のお世話になりかねない。普段であれば弾の方が力が強い。だが、既にアルコールが回り始めてしまっているのか、なんとか秋久が押さえ込んだ。
弾には水割りを自分には麦茶を用意し、夕食を作り始めた。一夏にはとりあえず連絡し、一人で食事を摂ってもらうように伝えた。鶏肉を適当な野菜と粉末ダシで味付けたパスタ。さっさと作るには最適なメニュー。
弾に水割りを出すのはどうかと思ったが、飲まさねば暴れかねない彼のため。溜め息混じりに秋久は出来上がった皿を並べた。
「…空きっ腹で飲んだらぶっ倒れるぞ」
「悪ぃ…」
「とりあえず食えよ。話は聞いてやるから」
瞬く間にパスタが消えていく。流し込むようにパスタを消費し、弾は再びグラスの中身を流し込んだ。
「っく……これ、キツいな…」
「まぁ、ビールよっかキツいんじゃねぇの?で、どうだったんだ?」
涙を流しながら、弾が事の顛末を話す。いい雰囲気だったのに、あれは告らせて貰える空気だったのに、と愚痴を零す。
「っつーかさ!なんで俺がお前に好きとか言わなきゃなんねーわけ!?」
「知らねえよ…」
「お前のこと嫌いじゃねえけどさ!梓ちゃんへの好きとお前に対する好きがおんなじなわけねえよ!!」
「いや、そりゃ木嶋さんもわかってるって…」
「だよな!?なんで言わせて貰えねえの!?」
「知らねえってば…まぁ、脈はないわけじゃ…」
「マジか!!好きって言われたくないから話変えたわけじゃねえのか!!」
もう一杯水割りを飲み、弾は完全に出来上がった。流石にこのまま家に帰すわけにもいかず、秋久から蘭へ今日は泊める旨を伝えた。
「じゃあさじゃあさ!俺!まだイケるよな!?」
「好きにしろ。ってか、納得出来ないだろ?振られてないんだし。あと声デカい」
「っっしゃあああ!!俺はやる!やってやるぜええええ!!」
雄叫びをあげ、勢い良く椅子から立ち上がる。だが、出来上がった状態でそんなことをしてはいけない。アルコールが頭に回り、ふらふらと力無く座り込んでしまった。
「あー…なんか…眠ぃ…おやすみ…」
暴れるだけ暴れた弾は床に倒れ込み、そのまま寝息を立てる。
「どんだけ自由人なんだ…お前は」
お酒は二十歳になってから。未成年者の飲酒は法律で禁じられています。
気持ちはわからなくもないけどね。
お読み頂きありがとうございます。
次のお話は明日の7時ごろ投稿予定です。