見た目ではいちゃいちゃします。見た目では。
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「さて、秋久くん」
「なんでしょう。一夏君」
「特訓します」
「唐突だな、オイ」
夏休みも残すところあと四日。
朝から一夏が荷物を抱えて訪ねてきた。秋久の課題は弾に奪われており、一夏も既に完了している。彼らは夏休みも普段通りに生活していたため、無理にリズムを戻す必要がない。ある意味で模範的中学生の生活を送っていた。
「ってことで、準備があるからちょい外出てて」
「ヤだよ。暑いし」
「じゃ、俺んち行ってて。好きにしてていいから」
「なんでさ…いきなり特訓なんてどうしたんだよ」
「こないだ、アズちゃんと本屋行ってたろ?」
「おう。それが?」
「んで、吃音り癖がまだ治ってなかった、と」
「まぁな…なかなか治んねえって…でも、成果は出てるだろ?二人で歩けたんだし」
「いや!ダメだね!ダメダメだね!っつーことで、本日より特別特訓を開始します!ゴー!俺んち!」
朝食を二人で食べ終わり、今日も今日とてだらだらと過ごそうとした矢先に一夏が言い出した。となると、先程抱えて来た荷物は、特訓とやらに関わる荷物のようである。
前から宣言していたが、何もないので忘れていると勝手に思っていた。秋久は一夏に背中を押され、部屋から閉め出されてしまった。着の身着のまま、ケータイも財布も鍵も持たずに、である。
秋久を部屋から追い出した一夏は玄関の鍵をかけた。
「……カギもケータイも全部家ん中なんですが…」
炎天下の中、秋久は十五分ほど待ち惚けを食らった。
「…いる?」
音を立てて玄関が少しだけ開き、一夏が顔だけを出した。顔半分しか見えないが、申し訳なさそうに眉が垂れ下がっていた。
「おう…あっちぃけどな…」
「アキのケータイ鳴らしたら、机の上で鳴っててさ…」
「ああ。何も持ってねえよ」
「…ごめんなさい…」
しゅんとなる一夏。この猛暑の中に放り出したことを悔いている。
「あー…まぁ…俺のためにって思ってくれてるだろうし、気にしてねえから」
「…ありがと…じゃ、入ってきてくれ」
といいつつ、玄関を閉めた。入室を促しながら、玄関を閉めるとは矛盾している。
秋久は首を傾げながら玄関を開けた。
「んな゛っ!?」
「おかえりなさーい♡ご飯にする?それともお」
「なななななんつーカッコしてんだ!アアアアアホアホか!!」
「ハイ、吃音ったー。やり直しー」
「やややややり直しじゃねえから!」
「ハイハイ、ほら、出てった出てった」
「テイク2行くよー」
再びドアから顔を出す一夏。秋久を追い出し、ドアから顔だけを出す。その格好で外に出るのは恥ずかしいらしい。
それもそのはずである。一夏はいつもの黄色いエプロンしか身に付けていない。水着の跡が少し残る肩も、エプロンの裾から見える小麦粉色に焼けた健康的な太股も。さらにいうとエプロンからは丸みを帯びた胸元がチラリと見える。
「……何考えてんだ?あのアホ」
「おかえりー♡ご飯にする?お風呂にする?それと」
「ご、ご飯で…っていうか、昼飯にも早いだろ」
「まぁな」
「あと、そのカッコ。まさか一日中ソレのつもりか?」
いわゆる裸エプロンである。万が一にも一夏の背面など見えてしまったら…秋久は不安に駆られた。
「あ、やっぱ気になる?」
「気になるっていうか、怖いっていうか…」
「ならタネ明かしだな。じゃーん」
くるりとと一夏が背中を見せようとその場で回った。一夏が回転する気配を感じ、反射的に目を瞑り、顔を背ける。
「…アキ?おーい?」
反応のない秋久を心配して声をかける。ちょうど見返り美人の画のような構図で一夏が止まった。目をキツく閉じ、顔を大きく背けた秋久が見えた。
「なんだよ。大丈夫だって」
「いや……こ、怖いんだって…玄関ゲロまみれにすんのも嫌だし」
「大丈夫だからさ。ちゃんと服着てるから」
秋久がうっすらと目を開ける。一夏の背中が少し白くなっている気がするし、臀部はどういうわけか青みを帯びている。肌色でないことに安心し、キチンと一夏の装いを見た。
なるほど、白のチューブトップとデニム生地のホットパンツを穿いている。ちょうどエプロンで隠れる着丈だったようだ。ただし、白く美しい背筋も肩甲骨も見えてしまっている。女性の背中に対するフェチズムを秋久は持ち合わせていないが、それでも美しいと感じてしまった。全裸、もとい裸エプロンでないことに安堵し、秋久は溜め息を吐いた。
「な?大丈夫だったろ?」
「…ま、まぁ…」
「ちょいちょい気になるけど、まぁ及第点ってヤツだな。ほら、入れよ」
「で、こっからどうしよっか?」
「ノープランかよ!」
「いやあ…予想外に受け入れてくれたからね。視覚、バツって感じじゃなかったし」
「…確かに…っていうか口調…」
以前なら過呼吸を起こすか嘔吐していたかもしれない。受け入れているかはさておき、秋久は一応ながら動くことが出来た。
「今日は美智華ちゃんモードでいくからね!あ。でも、出来てるってよりも、目逸らして見てないカンジ?」
先程から一夏と秋久は目を合わせていない。一夏からなるべく視線を逸らしつつ、秋久は会話を続けていた。
「こっち見てくれないの、寂しいなー?」
視線の先に移動し、秋久の視界に入ろうとする一夏。一夏をなるべく視界に入れずにいようと、視線を逸らし続ける秋久。たっぷり二十分は鬼ごっこを繰り返していた。
「では!第二弾!」
「あ、まだやるんですね」
「とーぜんじゃん!夏休み終わるまで毎日だからね!」
「やめてください。死んでしまいます」
「大丈夫!救急車呼んだげるから!」
呼ぶギリギリまでやると宣言されているに等しい。一夏からの死刑宣告に、げんなりした表情の秋久。
昼食を食べ終え、二人で麦茶を飲んでいた時に一夏が第二弾の宣言を始めたのだった。
「五感を以てアキには女の子に慣れてもらいます!次は触覚!」
一息に麦茶を飲み干し、ソファーまで一夏が移動した。秋久を呼びつけ、座るように指示する。いつものようにソファーに座った。ちなみに、まだ一夏は着替えておらず、先程の格好のまま。一夏の服装に慣れてきたのか、なんとかお互いに顔を見ながら会話ができるようになっていた。
「ほら、座って?ああ、違うよ。そーじゃなくて、もうちょっと足開いて…そうそう。ソファーにもっと凭れて?で、私が…よっと」
少し広めに開いた秋久の足の間に一夏が座る。そのまま秋久に体重を預ける。背中が秋久に密着し、頭頂部が彼の口元に近づくが、彼は顔を背けた。秋久は両腕を背もたれに投げ出している。
「えへへ…ほら、わたしの前に手ぇ回して?」
「いや……それはハードルが高いっていうか…」
「じゃ、慣れたらお願いね?」
チューブトップ越しの背中に秋久の体温と鼓動が伝わる。一夏の服装のために空調は少し高めに設定されていた。しかし、肌に直接冷房の風が当たってしまっていたため、肌寒く感じることもあった。今では彼の温もりのおかげでそういったことは感じない。
「ん…」
一夏の背後で秋久がのそりと動いた。一夏に負荷がかからないよう、両腕を一夏の前に回し、手を腹部に置いた。後ろから一夏を抱き締める形になった。いわゆる『あすなろ抱き』である。秋久自身の腹とは違う、柔らかい腹部。さらに背中が密着し、より強く鼓動を感じる。
「暖かい…」
「さ、寒いか?」
「ううん。なんか気持ちいい…あ。汗かいちゃってるかも。臭い?」
「ぜ全然…大丈夫…」
鼻腔を擽る一夏の香り。甘さを感じるも、それだけではない。以前はトラウマを掘り返した香りだったが、そのような兆候は見られない。むしろ少し安らぎすら感じる。秋久の中で『女』に対する認識が変わっていっている。
「…アキ、ドキドキしてる?すっごい早いよ?」
「………緊張してる…かも」
「そっか…わたしもちょっと早いかも」
不快感はお互いにない。一夏は甘えるように抱き締める秋久を可愛らしく感じ、秋久は一夏から伝わる温もりと香りに満たされていた。
「ね…触ってみる?」
「…い、いいのか?」
「うん……アキならいいよ」
また秋久の鼓動が早く強くなる。彼が一歩踏みだそうとしているのを感じる。覚悟を決めた両手が一夏の腹部を離れ、ゆっくりと持ち上がった。
「ぁ…」
緊張しているらしく、微かに彼の手が震えている。その手が一夏の胸元に迫る。性が変わってしまって間もない頃、弾に胸を触らせて欲しいと頼まれた。その時は悍ましさと不快感で断ったが、今は受け入れる覚悟が出来ている。
だが、彼の手は一夏の胸元を通り過ぎ、彼女の首筋に添えられた。少しだけ彼女の肌を撫で、目的地が定まったらしく、その場所で動かなくなった。
「ホントだな…なんだか早い気がする」
「でしょ…それより、そっちなんだ」
「?脈なら首だろ?手首よりわかりやすいし」
「そこは普通胸じゃないの?」
「…ハードル上げ過ぎ」
「アキらしいね…弾とかなら絶対胸触ってたよ」
一夏が振り向いて笑いかける。人懐っこい、男だった頃と変わらない、秋久や千冬に束のような親しい人にしか見せない笑い方。
「触覚はもう大丈夫?」
「あぁ…多分」
「んっ…ちょっと首くすぐったいかも」
「わ、悪い…」
添えられた手が動いた。肌を撫でる指先の感触に一夏が首を竦める。
「いいよ。なんか嫌いじゃないし…じゃ、次は嗅覚ね?」
手を外し、一夏が立ち上がった。今度は身体を秋久に向ける。
「動かないでね?」
秋久の肩に手を置き、ソファーに乗った。
「もうちょっと浅く座って…そうそう。今度は足閉じててね?」
「っっ」
秋久と向かい合って一夏が腰掛ける。肩に手が置かれているため、密着度は低い。
「ゆっくりするから、ダメならすぐ言ってね」
真っ直ぐに秋久の瞳を一夏が見据える。互いの瞳に自分の顔が見える距離。肩に置いた手をゆっくりと後頭部と首根っこに回した。
「いくよ?」
秋久が頷く。緊張と不安のせいか、少し目が泳いでいる。しかし、彼はなんとか一夏から視線を外さないように努めていた。
一夏が腰を浮かし、ゆっくりと彼の頭を胸元へ抱き締めるように近付ける。秋久の視界が肌色に染められる。
「う゛っ」
一夏の匂いが濃くなっていく。目を瞑り、意識を嗅覚に集中させた。慣れたのか、改善されたのか。嫌な過去は脳裏になく、先ほどの一夏の笑顔が浮かぶ。
鼻先が温かな柔らかさに触れた。反射的に離れようとするも、一夏の手が後頭部に回っているため、秋久の頭は動かなかった。
「大丈夫…」
秋久の耳の近くで囁き声が聞こえる。
「怖くない、誰も、アキを傷付けない」
優しい声が響く。秋久の脊柱に回された左手が一定のリズムで彼の背中を叩く。濃く女を意識させていた匂い。だが、それが優しく、安らかに感じる。
「怖く、ないよ。安心して…」
とん…とん…とん。
幼子をあやすようなリズム。彼の記憶には残っていないが、懐かしさを覚える。
「大丈夫…大丈夫だから…」
一夏の声に反応し、垂れ下がっていた両腕がゆっくりと上がっていく。彼女に甘えるように、彼女を求めるように抱き締めた。
「うん…そう、怖くない。大丈夫だよ…」
「……寝ちゃった…」
抱き締められていた腕が離れたのを感じ、一夏も少し体を離した。一夏という支えを失った秋久はそのまま背もたれに体を預け、静かに寝息を立てている。
「ふふっ…なんか可愛いね」
まるでおっきな赤ちゃんだ…と思うと同時に、慌ててその思いをかき消した。
子供が嫌いだというわけではない。以前から小さな子供たちと遊ぶのは好きだったし、それは今でも変わっていない。
ただ、同い年の、自分より背が高い同性にそれを抱くとなると、話が変わってくる。一夏自身は同性愛者ではない。異性を意識しているかと問われれば、まだそこはしっかりと答えられないが、弾や秋久相手に恋心を抱いた覚えはない。しかしながら、秋久の毒気のない寝顔を見ていると一夏まで穏やかな気分になった。
先程のスキンシップで笑顔が漏れたのも、久し振りに堂々と秋久に甘えられたからだ。彼の体調を慮って甘えていなかった分、より懐かしく嬉しくかった。
「っとぉ…」
エアコンの寒さを感じ、身震いしてしまう。秋久に引っ付いていた分、より寒さをはっきりと感じた。彼を起こさないようにゆっくりと離れる。
「あー…なんか変に緊張したなぁ…着替えて俺も寝かせてもらいますか」
ショートパンツをスキニーデニムに、チューブトップの上から五分袖のシャツを着て、一夏は秋久の隣に腰を下ろす。ついでに秋久の部屋からタオルケットを持ってきた。
「ぁふぅ…肩借りるぜ」
秋久の肩に身体を預ける。彼の重心が一夏に傾き、頭を付け合わせる形になった。
「ふふふっ…おやすみ」
引き続き彼が甘えてきているようで、可愛らしく感じた。聞こえてくる寝息が眠気を誘う。一夏は秋久にもタオルケットをかけてやり、ゆっくりと瞼を閉じた。
部屋には二人分の寝息とエアコンの風だけが響いていた。
◇◆◇◆◇
「んあ…?」
秋久が目を覚ました。どういうわけか左側に重みを感じる。まだハッキリとしない頭で重みのする方に目をやると、左腕に一夏がしがみついて眠っていた。薄暗い中で、月明かりが一夏の顔を柔らかく照らしていた。今は眠りが浅いらしく、長く豊かな睫毛が少し震えている。
―あー…寝てたのか…
天井を仰ぎ、一度全身を脱力させた。段々と眠る前の記憶が鮮明になり、彼の顔を赤く染める。鼻先…というより顔全体で感じていた柔らかさに似た感触が、左腕を包んでいた。以前なら振り解こうと暴れたかもしれないが、今は平常心を保っている。壁に掛けた時計を見ると、既に二十時に近くなっていた。
「…おい…」
夕食を食べる時間は既に回っている。一夏を起こすため、秋久は左上半身を揺すり動かした。
「んんっ…」
「一夏…起きろって」
「もう…ちょっと…」
「珍しく寝起き悪いな…ほら、もう八時だぞ」
「んもぅ…なんだよ…」
「お。目ぇ覚ました。ほら、もう八時だし、さっさと飯食って寝ようぜ。ソファーでガチ寝したくねぇよ」
「あー…アキ?」
「おう。寝惚けてんの?」
「いや、多分大丈夫…おはよ。アキ…って暗っ!?」
一夏が驚きの声をあげた。夕方ぐらいだと思っていたようだ。だから言ったろ?と秋久が視線で一夏に伝える。一夏が延びをしてから立ち上がり、ソファーに掛けていたエプロンを身に付ける。
「…晩御飯、適当でいい?」
「ああ、俺も手伝うよ」
これで少しマシになった……らいいなぁ。あっきーのトラウマが。
蛇足ですが、学校が始まるまでの四日間、彼らはこんなことを繰り返していました。
次回投稿まで少しお時間を頂きます。もうすぐ繁忙期なので。
お読みいただき、ありがとうございました。