紫陽花   作:大野 陣

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あっきーのハーレム?デート回です。


Ep22.

 日差しが肌を焼く。暦の上では残暑となったが、まだまだ猛暑日が続いている。時刻は十三時四十分。これから最も暑い時刻に向け、太陽が一所懸命に地面を照らしていた。

 待ち合わせ場所の花時計前には屋根がなかった。そこで人待ちをしている秋久に容赦なく日差しが照りつける。日除けにキャップを被っているが、大した効果はなさそうだ。地面からの照り返しが強過ぎる。

 

「お待たせ~…うわ、汗だくじゃん」

「おう…場所間違えたわ…」

 

 鍔の広い帽子にノースリーブの白いショートワンピース。ワンピースの裾からチラリとデニムパンツの裾が見える。下にショートパンツを穿いており、真っ白なミュールも履いている。夏らしい涼しげな格好の一夏が到着した。

 

「どっか入る?熱中症になっちゃうよ?」

「あー…ま、言ってるうちに来るだろ」

「ホントに大丈夫?何か買ってこようか?」

「大丈夫、死にはしねえって」

 

 大丈夫かなー?と秋久の額に一夏が手を当てた。暑さで反応が鈍くなった秋久は微動だにせず、されるがままになってしまっている。ついでにお伝えすると、額を触って熱く感じるレベルなら即座に救急車を呼ぶ必要がある。

 

「結構亡くなってるみたいだし、油断しちゃダメだよ?」

「ありがと。気ぃ付ける」

 

「あっちゃぁ…アタシら最後かー…アンタら来んの早いわね」

「ごめんね~…遅くなっちゃった」

「ううん。今来たとこだし」

「あ、ああ…今着いたばっかだ」

「美智華はともかく、斧崎のはウソでしょ」

「う、うん…ちょっと説得力無い…かな?」

 

 予定時間より早く集合した彼女たちは目的地へと歩み始めた。本日の目的地は秋久行きつけの本屋である。以前から梓が行きたいと言い、一夏が二人の仲立ちになり、仲間外れを嫌がった志帆がついてきた、という一行だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 最初は秋久の右に一夏が立ち、その後ろを梓と志帆がついて来る、という並びで歩いていた。しかし、いつの間にか並びが変わり、秋久が先頭を歩き、その後ろを彼女たちがついて来る、という形になってしまった。

 秋久の歩幅が大きいということや、歩くのが早いというわけではない。むしろ、彼女たちの体力を慮ってゆっくりと歩いていた。では何故この形になってしまったのか。単純に後ろ二人の会話に一夏が絡みに行っただけである。

 

 

 

「えーっと…」

「斧崎、アンタこんな店に入ってんの…?」

「な、なんだか趣があるっていうか…」

 

 目的の書店に着いた。梓の言うとおり、趣があるといえば聞こえがいい。しかし、ここはどうも書店には思えない。

 

「なんか…お化け屋敷みたい…じゃない?」

「美智華、ソレ思ってても言っちゃダメ」

「なんか散々な言われようだけど、数少ない紙本がある貴重な店なんだからな?」

 

 お化け屋敷とは言い得て妙だ。今時珍しい木造剥き出しの佇まい。日光を防ぐため、入口のガラス戸には遮光フィルムが貼られており、真っ黒で中の様子を伺えない。屋号を示すテントもなく、表には広告の一つもない。気のせいか、その周囲だけ気温が低くなっているように感じる。

 

「ま、まぁ。中入ろうぜ。涼しいし」

「わたしパス」

「アタシも。本に興味ないし」

「こ、こ怖いけど、大丈夫だよね?何も出ないよね?」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「こんにちはー」

「ご、ごめんくださーい」

 

 入口を開けると、ひやりとした空気が二人の足下を撫でた。ミュールを履いていた梓はそれに驚き、肩を大きく震わせた。店内は予想通り薄暗く、妙な雰囲気が漂っている。

 

「ぅゎぁ~…」

 

 梓が小さな声を上げた。本の虫、秋久が通うのも納得出来る。店内にはいくつもの本棚が並んでおり、蔵書数も数え切れない。ただ、それらは著者別に整頓されており、目的の本は簡単に探し出せそうだった。

 

「いらっしゃい…」

「お邪魔します。謙崇(けんすう)さん」

「お、お邪魔します…」

「よく来たネ、秋坊。キミが女子(おなご)を連れてくるなんて、明日は雪でも降るカナ?」

「秋坊はやめて下さい…あ、きき木嶋さん。こっこちら、店主の謙崇さん」

 

 秋久に紹介され、謙崇と呼ばれた着流しを着た丸眼鏡の青年が頭を下げた。

 

「大人からすれば子供はいくつになっても子供サ。秋坊」

「わかりました…もういいです。謙崇さん、こちらが前にお伝えしてたクラスメートの木嶋さん」

「は、はじめまして」

「いらっしゃい…今後ともご贔屓…ネ」

 

 青年が無垢な笑顔で梓に笑いかける。ただ、肌の青白さと口調のせいでどこか胡散臭さを感じてしまう。

 

「で、謙崇さん。いくつか本が欲しいんですけど…」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 秋久たちと店の前で別れた一夏と志帆はコーヒーショップで寛いでいた。空調の利いた店内でやたらと長ったらしい名前の甘い飲み物を飲む一夏と、アイスティーを飲む志帆。本屋での買い物にどれほど時間がかかるのかわからないが、済めば梓が連絡してくるだろう。

 

「生き返るねー」

「このクソ暑い日に、そんな甘ったるいの飲むアンタがわかんないわ」

「そう?美味しいよ?」

 

 ほら、と一夏がストローを差し出した。志帆が軽く吸うが、なかなか中身が上がってこない。少し力を入れて吸うと、口の中でホワイトチョコと生クリームにキャラメルの甘さが広がる。いや、広がるというよりも蹂躙される。口の中に入った量は僅かな筈なのだが、なかなかに破壊力のある味だった。

 

「あー…ありがと。ごちそーさま」

「もう?飲んでないでしょ」

「一口で十分よ…」

 

 眉を顰め、舌を出してもういらないと志帆が主張する。ストレートのアイスティーを口に含み、未だに続く甘い暴力を洗い流そうと努めた。

 

 

 

「そういえばさー…」

「んー?」

 

 だらだらと一夏はシナモンロールを、志帆はマカダミアンクッキーを突っつく。

 

「美智華って斧崎のこと、どう思ってんの?」

「どうって…何が?どゆこと?」

「んじゃ、聞き方変えるわね。好きか嫌いかでいうと?」

「好きだよ」

「…嫌いなヤツとあんなに一緒にいないわよね…ねぇ、その『好き』ってどっち?」

「どっちって…?」

「ラブ?それとも、ライク?」

 

 今度は先程のように気安く返答できなかった。そもそもこの好意がライクなのかラブなのか。それを一夏は考えたことがなかった。

 

「…わかった。そっかぁ…」

「わかったって…わかったの?」

「え?何?ラブの方じゃないの?」

「…わかんない」

「はぁ?アンタ、本気で言ってんの?」

 

 志帆は呆れかえった。目の前の美少女はこの歳になっても親愛と恋愛の区別がつかない、と言っているのである。

 

「アンタなら何回か告られたことあるでしょ?」

「あるけど…」

 

 確かに、今まで数度交際を申し込んできた男子はいた。クラス、いや、校内…下手をすると県下でもトップクラスの容姿に男好きのする体躯、さらに朗らかで人当たりのいい性格。モテない方がおかしい。

 

「全部断ってるよ?」

「なんで?お試しで付き合ったりしないの?」

 

 男子からの人気があまり無い志帆には理解が出来ない。

 女尊男卑の風潮からか、背の高い志帆は敬遠される傾向にある。また、兄が二人いる志帆からすると、同い年の男子連中は幼すぎた。あの兄二人でも『ガキだなぁ』と感じてしまう志帆だった。女子からの人気は高いが、男子からウケない。そんな女の子、それが志帆。

 

「そーいうのってすっごい失礼だと思うの」

「…マジメちゃんね」

「じゃ、志帆は好きでもない男の子と付き合える?」

「無理…でもないかな。変なのじゃない限り」

「なにそれ」

 

 一夏が驚きの声を上げた。生理的に受け付けない男子以外はチャンスがあれば付き合いたい、と志帆が発言したと捉えたのだ。だが、ここは少し違う。志帆のいう『変な男子』とは志帆が好意的に思う男子、ということである。比較的周りにいる男子であれば、数馬はアウトで、秋久はセーフ。弾が状況と今後の成長によってはセーフ、となる。ただし、志帆から彼らに声をかけることはない。

 

「ま、もうちょっと軽く考えなって。次告ってきたヤツと付き合ってみるとかさ」

「うーん……でも、胸見ながら告白してくる男の子とは付き合いたくないなぁ…」

「うん。ソイツはやめときな。ロクでもない目に遭うよ」

 

「で、斧崎のことは?どうなの?」

「アキかぁ…」

 

 一夏にとっての秋久。それは兄弟であり幼なじみである。

 今では色々と頼りになるし、なんだかんだで彼の存在に救われているところは大きい。また、一夏からすれば彼は放っておけない弟分である。外では少し醒めたところのあるストッパーとして扱われることが多いかもしれないが、本来の彼は好奇心旺盛な少年であり、興味のままに行動してしまう所も多々ある。また、最近では一夏の『特訓』の成果が出てきているようで、一夏からのボディタッチも徐々に受け入れられている。

 

「……わかんないよ」

「まぁ、久し振りに会った幼なじみだもんね。こっちじゃアイツしか頼れる人がいないんでしょ?」

「うん…千冬さんも忙しいし」

「それなら…まぁ、仕方ないか。アンタらほぼ同棲してるもんね」

「うん…ってなんで知ってんの?」

「結構噂になってるよ。七月の頭ぐらいから」

「えぇー…あ、でもそれで変に告ってくる子が減ったら嬉しいかな?」

「なにそのモテ自慢。イヤミ?」

「違うよぉ…結構ツラいんだよ?告白断るのって」

「うわあ…アタシも言ってみたい。そのセリフ」

 

「じゃあさ、もし…もしだよ?アズと斧崎が付き合ったら?」

「…え?アズちゃん…と?」

 

 ズキリと胸が痛む。ただ、一夏は梓が秋久に好意を持っていると思えなかった。どちらかといえば、趣味の合う友人と表現した方がしっくりくる。男女の恋愛的な好意を向けているとは考えていなかった。

 

「うん。あの子があんだけ男子に懐くって、今までなかったからさ」

「そうなんだ…」

 

「アタシとアズも幼なじみなの。あの子、小三ぐらいから胸おっきくて、よく男子にからかわれてさ…なんかその頃、クラスの女王様の片思い相手がアズのこと好きだったこともあって、男子からも女子からもいじめみたいになってて…ちょっと人間不信気味だったのよ」

「い、いいの?わたしがこんな話聞いて」

「いいわよ。アタシら親友でしょ?それとも、アズのこと受け入れられない?」

「そうじゃないけど…」

「なら、大丈夫。で、今じゃあんなに明るいけど、中学入るまでは結構暗い娘だったの。ずっとアタシの後ろにくっついてる様な娘。まぁ、エロ猿共から胸眺め続けられたり、ヘンタイに悪戯された、って噂流されたら」

「そうなっても仕方ないよね…あ、でも志帆なら大丈夫だよ!」

「……一応聞いたげる。なんで?」

「ほら、イケメンだし!」

「ケンカ売ってんのね。いいわよ、買ってあげる。おいくら?」

「褒めてるんだよ?」

「褒め言葉になってないわよ。せめて美少女って言いなさいよ」

「美少女ってキャラだっけ?」

「うっさいわね…」

 

 志帆を弄って話の筋を変える。だが、一夏の中には先ほどの言葉がずっと残っていた。梓が秋久のことを好いているかもしれない。その二人は今別行動を取っている。一夏の中に不安が積もる。透明な水の中に墨汁を一滴ずつ垂らすように、黒い不快さがじわじわと拡がっていく。

 

「にしても、あの二人遅いわね」

「だね、もう一時間以上経ってるもんね」

「…案外、どっかでデートしてんじゃない?」

「それはないよ」

 

 即座に一夏がキッパリと否定した。まさしく即断。ただ、男女二人で本屋に行くことをデートと言われれば、デートにはなる。

 

「え…?」

「それはないって。アキがそういうことできると思わないもん」

「…あ、そなんだ…そーいえば斧崎のことってあんまり知らないんだよね。アタシ」

「そうなの?結構わかりやすい性格してると思うよ」

「どーしても先入観っていうかさ…あの織斑と一緒にいたじゃん?」

「みたいだね。わたしもあんまりその辺は知らないけど」

「なんかこう…アイツも変わったヤツなのかな、とかさ」

「変わってる…ことはないこともないと思うけど…」

 

 

 

 

 一夏による『秋久についてのQ&A』が続く中、梓から志帆宛に買い物が終わった、との連絡が入った。書店から徒歩五分ほどのコーヒーショップにいることを伝え、合流を待つ。

 質疑応答のメインは秋久の嗜好についてが殆どだった。あの事件については特に語らず『前に女性から嫌なことをされて以来苦手』と語るに留める。流石の一夏も本人の同意なしに、あの話をするのは憚られる。

 

 ややあって、秋久と梓が合流した。

 梓は殆ど手ぶらでニコニコ顔、秋久がビニールに包まれた紙袋を左右に二つずつ持っている。

 

「おつ…かれ。どしたの?斧崎。雨降ってないわよ?」

「あ、あー…湿気防止のビニールだよ。あそこのこだわり」

「おかえりー。アズちゃん、いいの買えた?」

「うん!もうほんっと色んな本があってね!」

 

 興奮覚めやらぬ様子で語り始める梓。紙媒体での本は雑誌がほとんどの昨今、ハードカバーを多数扱っているあの店は希少価値が高い。予算オーバーであったが、梓は七冊の本を買い込んだ。しかし、七冊もの本を持ち帰るのは物理的に難しく、この日は全員で一つずつ紙袋を持ち、梓の家に寄った。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「お疲れさまー」

「あーい、お疲れー」

 

 梓の家を離れ、志帆とも別れた。

 家がほぼ隣同士の一夏と秋久だけが最後まで同じ道だった。

 

 梓が客人を放置し、オススメの本を秋久に渡し始めたので、慌てて家を出てきた。あのまま放っておくと日が沈むまで一夏と志帆を置いて読書を始めてしまいそうな空気になった。

 

 

 

 時刻は十八時を回っているにも関わらず、まだまだ明るい。ようやく夕方らしい空の色になってきた。夕陽と呼ぶにはまだ太陽は白いが、少しずつ影法師が伸びてきている。

 

「今日、どうだった?」

「どうって…どうもねえだろ。木嶋さんに本屋紹介しただけだし」

「…ふーん?」

 

 横から秋久の顔を一夏が覗き込む。

 

「…なんだよ」

「べっつにー?なんかなかったのかなって」

「何かって…なんだよ」

「例えば…アキが吃音らずに話せたとか?」

「あー…ちょっとだけ…できたかも?」

「なんだよー。自信ないの?」

「何かグダグダになったような記憶が…」

「もう。訓練の成果見せてよねー」

 

 やがてアパートに到着し、玄関の前に立つ。手慣れた様子で、一夏が鍵開けて家主よりも先に入った。

 

「今日から再特訓だね!」




ということで、あっきーの特訓はあんまり成果がありませんでした。残念!一夏ちゃん!
先程確認すると、お気に入り登録数が801でした。

お読みいただき、ありがとうございました。

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