紫陽花   作:大野 陣

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きもだめし in あっきーの部屋


Ep20.

 唸るような汽笛が低い音を響かせる。夕陽が全てを赤く染める。血脈のようなパイプラインを、大地に突き立てられ排煙を撒き散らす煙突を、真っ赤に色づかせる。時間が経つにつれ、東から宵闇が浮かび上がる。赤かった景色が紫、黒へと塗り替えられていく。黄昏時から夜に変わる。

 とあるマンションの一室。女性が眠っている。年齢は二十台半ばといったところか。やがて彼女は何かに気付き、目を覚ました。寝室に何かの気配を感じたようだった。きょろきょろと辺りを見回すが、自室にはもちろん誰もおらず、いつも通りの真っ暗な部屋があるだけだった。

 目を覚ましたついでに手洗いに向かうらしく、ベッドから出た。真っ暗な廊下を歩き、トイレに入った。用を足した彼女が向かったのは洗面台。手を洗い、ドレッサーに映る自分を見る。寝癖で髪はぼさぼさである。手櫛で髪を整えていると、ドレッサーの明かりが落ちた。停電だろうか。再び明かりが点く。鏡に映っているのは彼女だけではなかった。

 

 真っ黒な眼球を持つ少女が、真っ黒な口を開けて彼女の前に立っていた。

 

 

 

「ぴゃああああ!!!」

「きゃああああ!!!」

「ぎょわああああ!!」

「おわっ!?」

「冷た!?」

「ちょっ!五反田!一回止めて!斧崎は電気点けて!!」

「やだやだやだぁ!弾!消して!!」

 

 モニターが真っ暗になり、部屋が明るくなった。今日は秋久の部屋でホラー映画鑑賞会を行っている。最初からホラー映画鑑賞会を行う予定ではなく、夏休みの課題を教え合う勉強会の予定だった。

 参加メンバーはいつもの五人ともう一人。先ほどの叫び声などの順に一夏、梓、数馬、秋久、弾、志帆。彼らは昼過ぎから集まり、秋久が作ったレアチーズタルトなどを食べながら、勉強会を続けていた。夕食をどうするかという話になり、このまま食べて帰る流れになった。ちなみに献立はカレーだった。

 女子三人と秋久が買い出しと調理を行い、男子二人がそのあとに何か観ようということで、映画を借りに行ったのだった。先ほどまで上映されていたのは、数馬が借りてきたホラー映画。雰囲気作りのために部屋のカーテンを閉め、わざわざ電気まで消していた。

 

 序盤の幽霊が出てくるところで、一夏と梓が叫び声を上げ、飛び上がって志帆と秋久にしがみ付いたのだった。そして、数馬がテーブルを蹴り、コップを倒してしまった。弾と絨毯にジュースが零れた。

 

「あーあー…取れるかなぁ…」

「あ、ありがと。田端さん…ほら、美智華も離れろって。俺も手伝ってくるから」

「むぅりぃ…腰抜けたぁ…」

 

 瞳に涙を浮かべながら、一夏が秋久の腕にしがみ付いている。梓はフル回転で鼓動を続ける心臓を抑えるため、胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返していた。

 弾は志帆から雑巾を受け取り、ズボンにかかってしまったジュースを拭き取っている。オレンジジュースだっただけ、まだマシかもしれない。

 

「…最悪だぜ…」

「……悪かった。ホントごめん」

「っていうか、苦手ならホラーなんか借りんなよ…」

「いや、ほら…怖いシーンで梓ちゃんとか美智華ちゃんが俺に抱きついてくれたりとかさ…期待しちゃうじゃん…?」

 

 場の空気が一気に白けた。数馬に冷たい視線が刺さる。女子たちの視線はもちろんのこと、弾と秋久までもが白い目で数馬を見ていた。

 

「……誠にすいませんでした…」

 

 

 

「さてと…他の観ようぜ?何にする?」

「……あと残ってるのって、シリーズもんじゃん…」

 

 変形するロボットアクション大作が何故か三本入っていた。現時刻は19時を回ったところ。映画の上映時間は一本当たり二時間。ここから見始めてしまうと、確実に日付が変わってしまう。

 

「…なに考えてんの?」

「……バカだ…いや、アホだろお前ら…」

「…どうしよっか…もう解散する?」

「「えぇー…」」

 

 不満の声を上げる二名。解散の雰囲気を作ってしまったのは彼らが原因なのだが、そこには言及していない。これらなら本当に勉強会をしただけになってしまう、というのが残念でならないようだ。だが、彼らの気持ちもわからなくはない。美少女三人と同じ空間にいて、色気のない勉強会をして、何もイベントが発生しないまま解散。しかも、梓は志帆と一緒に帰るだろうから、男二人で帰らなければいけなくなってしまう。思春期の男子としては大変辛いところである。

 

「あ、あー…そういえば…こんな話聞いたことあるんだけどさー…」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 五反田食堂(ウチ)の常連さんが教えてくれたんだけどさ。あ、ちなみに常連さんって趣味で釣りやってる人で、よくウチにも釣ってきた魚捌いてくれ!とか言って持ってくんのよ。まぁ、俺らもゴチソウになったりするんだけどさ。

 

 で、その常連さんがこないだすっげぇ体験した!って教えてくれたんだよ。

 常連さんが船で夜釣りに行ったんだって。でも、全然釣れなくて、夜中まで頑張ったんだけど、一匹も釣れなかった。いつもだったら二、三匹は釣れるんだけど、その日は全然だったんだって。

 おかしいなー、って思ってたけど、たまにはそんな日もあるか。って納得して、帰ろうとしたんだ。港の方にナビをセットして、自動運転にしたんだって。でも、常連さんが知ってる方じゃなくて、なんか全然違う方向に向かっていったんだって。

 

 勘違いしてたのかな?なんて思ってたらしいんだけど、色々確認すると、やっぱり違う方向に船が走って行ったらしい。で、しばらくすると、海になんか浮かんでるのを見つけたから、手動操舵にして近寄ったんだ。そしたらさ…そこに…『真っ白な人』が浮いてたんだって…

 

「ぴぃ!!」

「やぁぁ!」

「お、おい…怪談は…」

 

 続けるぜ?で、近づくとまぁ…そのご遺体が見えてさ。118番で通報したんだよ。海保の船が来るまでその現場に居ようとしたらさ、なんかその『白い人』が動いて見えたんだって。波でぷかぷかしてるから、動いてみたいに見えるだけかなーって思ってたらさ、そいつが頭こっちに向けて近づいてくるんだよ。生きて泳いでるみたいに。で、聞こえたんだって。ざぶざぶいう波の音の間に…

 

『一緒に来て』 って…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「いやああああ!!」

「きゃああああ!!」

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 先ほどと同じく、一夏と梓がそれぞれの相方にしがみ付いた。半分泣きながら相方にしがみ付き、震えてしまっている。秋久は一夏を落ち着かせるために頭を撫で、志帆は梓の背中を優しく叩いてやっていた。

 

「まぁ、聞いただけの話だし、ウソかもしんねーけどさ」

「ウソでも怖いよ!アホ弾!」

「そ、そうだよ!五反田クンのせいで寝れなくなったらどうしてくれるの!?」

「でも、創作だったとしても、なかなか面白かったわよ?」

「そこまで怖くはないけど…まぁ、アリっちゃアリだな」

「やっべぇ…オレ、トイレ行けねぇかも…」

 

 三者三様のリアクション。ここまで怖がってもらえれば、話した弾としても満足なようだ。恐怖耐性ほぼゼロな一夏と梓はともかく、数馬まで怖がっているのは想定外だったようだ。

 

「うっし。じゃあ、次はオレな」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 コレ、オレが体験した話なんだけどさ。オレの親父って登山が趣味なんだよ。で、そん時はオレも一緒についてったんだ。確か、飯盛山って山だったと思う。初心者向けの凄い登りやすい山でさ、俺の登山デビューってこともあって、そういう山にしてくれたんだと思う。

 山ってすっげぇ天気変わりやすいんだよ。さっきまで晴れてた、って思ったら、急に雨が降り出してきてさ。もうゲリラ豪雨並みの雨だったね。親父曰く近くに小屋があるから雨宿りしようってことになって、そこまで走って行ったんだ。

 五分ぐらい雨の中走って、山小屋まで行ったんだけど、そこはなんか山小屋ってよりも、ちょっとしたコテージって感じのトコだった。親父も何回かその山には登ってたんだけど、見たことない小屋だっていってた。

 で、その小屋の軒先で雨宿りしてたら、中からお婆さんが出てきてさ。

 

「あ。アタシこの話知ってる」

「俺も。オチが見えたな」

「いやいや、お二人さん。数馬ならこっから面白くしてくるって。オリジナリティとクオリティ溢れるお話に!」

 

 外野、うるせぇ。

 そんで、お婆さんに言われて、中に入れてもらったんだよ。雨ん中、山走てったから、体も冷えちまってたし。囲炉裏もあって、中は暖かかったしさ。温かい茶も出してもらって、俺も親父も眠っちまったんだよ。まぁ、今思えば薬かなんか盛られてたんかも知れねぇな。

 いつの間にか寝ちまっててさ、変な音が聞こえて目が覚めたんだよ。そしてら、横で婆さんが包丁研いでやがんの。で、俺に気づいてさ。

 

「えぇえぇ…随分お疲れのご様子…今日は泊まって行きなされ…いいお肉が手に入りましたからねぇ…」

「何の肉かって?それはねぇ…」

 

『イベリコ豚だあ!』

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「…なーんつって…」

 

 空気が冷たい。皆の視線も冷たい。数馬の話が終わった後、たっぷり三分は誰も話さなかった。空気が重い。

 

「な、なんか言ってくれよ…」

「…ないなー」

「うん。薄々感じてたけど、つまんないね。御手洗って」

「マジでねーわ。コレは」

「あ。でも、ほら。わたしたちのために怖くない話してくれたんだよ!きっと!」

「そ、そうよね!おかげでちょっと涼しくなったし!」

「ア、アキ!アキはなんかないの!?」

「俺?あんまり怖い話のネタはないけど…」

「お、斧崎クン!怖くなくていいからね!?」

「そ、そう!怖くなくて面白いヤツ!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 まぁ、俺の話っていってもなぁ…怖いってより、不思議な話だな。

 コレ、俺がちっこい頃…確か、小学二、三年ぐらいだったかな?多分それぐらい。その頃はよく一夏の家に泊まっててさ。まぁ、もう一人の幼なじみの親御さんに面倒見てもらってたこともあって、兄弟みたいに一緒にいたんだ、一夏とは。

 それで、多分今ぐらいの時期だったかな?もうちょい秋よりになってたか、今ぐらいだったか。スッゴい雷が鳴ってた日だったよ。夜までずっと鳴ってた。

 で、その頃の一夏って超ビビりでさ。一緒に寝ようってなったんだよ。いつもは別の部屋で寝たり、布団は違ってたりしてたんだけど、その日は同じベッドで寝たんだ。

 

「え?お前らそういう関係だったの?」

「マジかー…秋久ソッチだったかぁ」

 

 …続けるぞ?

 で、ベッドでうとうとしてても、雷が光ったり鳴ったりするタイミングで、一夏がビクッてなるんだよ。なかなか寝れなくて殺意覚えた記憶があるわ。

 

「………」

「で、斧崎?こっからどう持ってくの?」

 

 んー…まぁ、うとうとしてたし、見間違いかもしれないけど…部屋にもう一人誰かいたんだよな。雷が光るタイミングで黒い誰かが見えてたからさ。

 ああ、千冬さんって可能性はないぜ?あの人、その日は確か

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「待って!アキ!!それ以上話さないで!わたし今からその部屋で寝るんだよ!?その部屋で寝てるんだよ!?」

「……そ、そうなの?」

「無理!寝れない!!ぜえぇったい無理!!」

「怖くないだろ?不思議な話じゃんか」

「…え?美智華ちゃんってアイツの布団で」

「よぉし!バカが変な話する前に、アタシがとっておきの」

「もういい!もういいよ!!これ以上わたしの恐怖スポット増やさないで!あーあーあー!きーこーえーなーいー!!」

 

 

 

 この日はこれでお開きとなった。時間は二十一時を回っている。彼らは泊まる用意を持たずに来ている。一度家に着替えを取りに戻るという選択肢が無いわけではないが、それなら皆家に帰るだろう。

 

 志帆と梓。弾と数馬という組合せで、彼女ら彼らは秋久の部屋を後にした。彼の部屋には秋久と一夏だけが残る。これもいつものことだった。

 

「…なぁ」

「ん?なに?」

 

 二人で後片付けをする。片付けといっても、皆が使っていたコップを洗う程度。二人で始めてしまえばすぐだった。

 

「今日も泊まる」

「いや、帰れよ…」

 

 泊まっていい?ではなく、泊まる、である。

 

「帰れるか!お化けがいるかも知んねえんだぞ!?」

「今までその部屋で寝てて、何もなかったんだろ?大丈夫だって」

「馬鹿か!怖いんだよ!っつーかあの家で風呂とか入りたくない!頭洗ってて鏡見たときに黒いの見えたらどうすんだよ!死ぬわ!」

「死ぬわけねぇだろ…」

「とにかく無理!風呂も寝るのもこっちでするからな!」

 

 

 

「なぁ。ホントにやんなきゃダメ?」

「責任とれよ」

 

 洗い物のあと、一夏が風呂に入りたいと言った。当然、秋久はいってらっしゃい、というのだが、なかなか一夏は動かなかった。一人で風呂に入れない、と主張する一夏。それだけは勘弁して…と逃げようとする秋久。しばらく押し問答が続いた結果、秋久がとりあえず見える範囲、若しくは声が聞こえる範囲にいる、ということが決まった。

 

 脱衣所では一夏が服を脱ぎ、秋久が目を閉じて背中を向けている。紳士的配慮でもあるが、一夏の裸身を目にしたときに、どうなるのかわからないというのが正直な所であった。

 今のところ、スキンシップぐらいは問題ない。セクシャルでないハグも平気になった。だが、視覚情報だけは試していない。桃色メディアを見てしまった時のように、吐瀉物を撒き散らしてしまうとそれこそ大惨事である。

 

「いいぜー」

 

 開けっ放しのドアから一夏の声が聞こえた。素早く浴室に入る。秋久が一夏を見てしまうのを防ぐための配慮だ。

 

「もう入った?」

「おう。大丈夫だぜ」




怖がりな娘って可愛いよね。

後半に続きます。
次回は11月12日23時ごろの予定です。


お読み頂きありがとうございました。

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