紫陽花   作:大野 陣

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前回のあらすじ

・一夏ちゃん、プールの授業中に下着を盗まれる
・気持ち悪くなったので、一夏ちゃん早退。クラスメートといっしょ!
・ちっふーも早退してきたよ
・あっきーと弾で放課後に女子更衣室を張り込み
・体育教師が女子更衣室から出てくる。理由を問いただすとナイフを持ち出した!

 あっきーの運命やいかに!

戦闘?シーンを初めて書きました。ちゃんと書けてるだろうか…


Ep.15.5

 荒い鼻息が響く。彼は右手にナイフを持ち、刃を水平にして腰の位置で構えた。左手を開いたまま秋久に向かって突き出している。対する秋久はYシャツを脱ぎ、左手に巻きつけてグローブ代わりにした。自身のベルトを抜き取り、バックル部分を鞭の先端に見立てて右手に構える。四年前まで古武術を修めていた身ではあるが、少し鼓動が早くなっている。心音を抑える意味も込め、丹田でゆっくりと呼吸を繰り返す。

 

「ゥオラアアアッ!」

 

 気迫と共に大振りな動作で秋久に向かって踏み込み、ナイフを突き出してきた。秋久も踏み込みを予測し、ほぼ同じタイミングで後ろに下がり、ベルトを思い切り振り上げた。バックルが彼の右手に命中した。運良くバックルが小指に引っかかり、鈍い音立てた。骨にヒビが入ったか、脱臼したようだ。

 

「っつうぅ…斧崎ィ!それが教師に対してやることかァ!」

「アンタなんか教師じゃねえ!この犯罪者が!」

 

 元体育教師がナイフを左逆手に持ち替えた。先程のダメージで右手が上手く使えなくなったようだ。息が更に荒くなった。右薬指と小指が握られておらず、小刻みに震えている。

 先程よりも距離が近い。彼は左手を振り上げ、秋久にナイフを振り下ろそうとした。だが、振り上げた左手側に秋久が身体を滑り込ませ、左手首を押さえる。そのまま左肘の関節を極めた。ナイフが地面に音を立てて落ちた。

 本来ならそのまま後ろ向きに引き倒す技ではあるが、体重差のせいかそれには至らない。秋久は落とされたナイフを遠くに蹴り出した。蹴り出したと同時に、秋久の身体が背後からの衝撃に襲われた。流石は『熊』とあだ名されるだけの体躯は持っているようで、体を回転させて秋久を蹴りつけたらしい。

 二回転ほど余分に回転しながら受け身を取って振り返ると、彼が咆哮を上げながら突進してきた。またもや左拳を振り上げる。

 振り下ろされた拳を自身の左手で払い、背後に回った。その勢いを利用し、左腕を彼の首筋に巻き付ける。裸締め…チョークスリーパーの形となった。

 

 エロ熊が巻き付けられた左腕を外そうと、秋久の腕を掻き毟る。Yシャツが巻かれていない左上腕部に爪が食い込み、皮膚が引き裂かれた。血が滲む。それでもなお、彼は止まらずに腕を掻き毟る。鮮血が流れ出た。痛みに顔を歪ませるが、秋久が腕を離すことはなかった。

 数十秒後、エロ熊の力が抜けた。興奮状態の上に暴れていたせいか、秋久が想像していたよりも早く墜ちた。彼が前のめりに倒れたため、秋久も一緒に倒れ込んだ。首から腕を抜く。左肘のやや上から出血しており、Yシャツが赤く染まっていた。

 念の為、呼吸と脈を確認してから、途中で投げ捨てたベルトを使い、エロ熊の両手を後ろ手に拘束した。痛む左腕も使いながら、何とか後ろ手に拘束する事が出来た。

 

「わっりぃ~!遅くなっちまった…ってなんじゃこりゃあ!?」

「おっせぇぞ!アホ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 通報を受けた警官が数名、パトカーで校門の前に駆け付けた。校門が開いてないことを煩わしく思ったのか、彼らは校門をよじ登り、匿名通報のあったプール横の更衣室前まで全力で駆け寄る。そこには左上腕部から流血した少年が、倒れている体格のいい男の上に座り込み、その横には赤い長髪の少年が立っていた。男の傍らにはバタフライナイフが転がっており、少年を傷付けた凶器と判断した警官はナイフを丁寧に回収した。倒れている男は意識を失っているだけのようで、命に別状はないようであった。

 少年たちに事情を聴くと、本日、東中で発生した下着盗難事件の犯人らしい。彼らの言う通り、落ちていたバッグにはコンパクトカメラと女性用の下着が入っていた。警官らは確認していないが、女生徒たちの更衣姿が盗撮されているらしい。被疑者の意識は回復していないが、ひとまず傷害の現行犯で男を逮捕し、少年たちに事情を聴くべく最寄りの病院まで同行を依頼した。

 

 

 

 秋久は病院で手当てを受けた後、警察署まで同行した。大きな引っ掻き傷を付けられた左上腕部は防水タイプの大型絆創膏と被覆材で手当てされていた。秋久が思っていたよりも傷が深かったらしい。取調室で刑事のポケットマネーから夕食を奢ってもらい、事情を話した。その後、アパートまで覆面パトカーで送ってもらった。弾も同じように別の取調室で事情を聴かれ、夕食を御馳走になったらしい。

 

 アパートに近づく。流石にエントランスまで送ってもらうのは気恥ずかしかったので、秋久は適当な近さで車から降りた。

 

 部屋に灯りが点いている。一夏だろうか。今日、彼は友人たちと一緒に早退したはずだ。先日のように不安になって秋久に布団に潜り込んでいるのかもしれない。そうであれば悪いことをしてしまったな、と軽く反省した。

 ドアを開ける。そこには黒と白のパンプスが一足ずつとスニーカーが一足。一夏の他に二名ほど人が来ているらしい。見覚えのあるパンプス。千冬と束が来ているようだった。

 リビングに繋がるドアを開けた。テーブルには千冬と一夏が座っていた。リビングの空気が思い。二人とも目を閉じて感情を抑え込もうとしているようだった。束はテーブルから少し離れ、キッチンにつながる壁に寄りかかっていた。

 

「おかえり」

「た、ただいま…」

「さて、色々と話を聞いているが…三つお前に言いたいことがある」

「三つ?」

「あぁ。一つは、何故傷心の一夏を放っておいた?こんな時間まで、どこをほっつき歩いていた?」

「……えーっと…その…」

「まぁいい。どこで何をしていたかは知っているからな。それに、一夏も傷付いていることをそこまで外に出していないんだ。それを察しろ、というのも、お前には少し高度すぎるかもしれんな」

 

 椅子から立ち上がり、秋久を見た。その目には僅か長らく怒気が見える。リビングの入り口で立ち尽くす秋久に近寄る千冬。千冬の拳骨が秋久に落ちる。鈍い音が響いた。

 

「ッッ~!」

「二つ目…ナイフを持った相手に丸腰で立ち向かうな!この大馬鹿者が!!」

「えっ!ナイフ!?そんなの聞いてないよ!?」

「お前が弱くないことも、腕に覚えがあることも知っている!だがな、相手は刃物なんだぞ!?万が一にも目に入れば一生光を失い、頸の血管に刃先が入るだけで死に至る可能性もある!!そんなことも考えなかったのか!!大馬鹿者が!!」

「………」

 

 大声を上げる千冬。本気の怒りである。

 千冬の言葉はもっともである。今回は幸いにして軽傷で済んだ。だが、刃物を持った相手に丸腰で立ち向かうなど、正気の沙汰ではない。しかも、相手は殺意を持っていた。引っ掻き傷で済めば御の字である。

 千冬の言葉は理に適っている。しかし、人は理性だけで動いていない。理性だけで動くことができれば、殺人も盗難も起こらない。事件が起こらなければ、それを処理する手間もいらない。万々歳ではあるが、人は感情でも動く。今回の秋久は、感情の方で動いてしまった。

 

 秋久の対応は感情的に間違ってはいないが、正解ともいえない。ここでいう千冬の正解とは、証拠を掴んで然るべき機関に通報し、逃走する。それ以上は警察の仕事だ。学生の仕事ではない。もっとも、捜査も犯人逮捕も警察の仕事である。千冬に言わせれば、大前提から行動が間違っている、ということになる。

 秋久もそれを理解している。理解しているからこそ、千冬の言葉に反論しなかった。

 

 千冬の両手がゆっくりと秋久のコメカミの近くを通り過ぎ、手が後頭部と背中に当てられた。

 

「…秋久。もう二度とこんなことはしないでくれ…お前を喪うなんて、想像もしたくないんだ…」

 

 秋久の頭を抱き寄せる千冬。壊れ物を扱うような、優しさを感じる手付きに秋久は身を任せた。以前なら胸元に抱き寄せられていたが、もうそれも叶わない。この大きくなった弟分を喪いたくない、大事にしたい。そんな思いを込め、千冬は少し強めに秋久を抱きしめた。

 

「……ごめん、なさい……千冬さん、本当に…ごめんなさい」

「…アキが無事なら許す。でも、二度とやんないでね。刃物相手は逃げる一択だからね」

「ホンット…あっくんがナイフ相手に丸腰で~とか聞いたときは心臓止まったんだからね?」

「わかってくれればそれでいい…いいな?今後は絶対にやるなよ?」

 

 秋久が頷いたのを気配で感じた。愛を以て秋久を抱きしめている。彼は他人の心がわからない人間ではない。本気で反省している、と感じた千冬は抱き締めていた秋久を開放した。

 

「さて、三つ目だ。今回、体を張って一夏の仇を討ってくれたと聞いている。一夏の姉として非常に感謝している。ありがとう、秋久。まあ、欲を言えば無傷で成し遂げてもらいたいものだったんだが…無事でいるんだ。これ以上は何も言わん」

 

 秋久の頭に手を置き、慈しみを込めて撫でまわす千冬。先ほどまでの阿修羅の様な雰囲気は鳴りを潜め、菩薩のように穏やかに微笑んでいる。

 秋久もここまでダイレクトに礼を言われるのは久方ぶりだった。頭を撫でてもらったのは何時振りだろうか。束は壁際に立ったまま満足そうに頷いており、一夏は姉の説教が無事に終わったことを見届け、一息吐いている。

 

「うんうん。善き哉善き哉。で、あっくん、ご飯食べた?もう九時回ってるけど」

「はい。警察で食べて来ました。刑事さんの奢りで」

「ま、まさか…カツ丼!?」

「うん。取調室でカツ丼食べてきた。なんも悪いことしてないけど、悪いことした気分になるな。あの部屋」

「遅くまで学校に残るのは悪いことなんだがな」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「あれ?今日は束さんも帰るんですか?」

 

 秋久が自らの非を認め、リビングの空気が軽くなったあと、千冬が明日も仕事があることを理由に秋久の部屋を出ようとしていた。千冬が多忙であることは一夏も秋久も理解している。それにあわせ、束も退室しようとしていた。先日起こってしまった一夏の初潮騒動の時は最後まで束がいた。だが、今日は早々に帰宅するようだった。いつもならなんだかんだと理由をつけ、一夏の近くに最後までいる。それが束のポジションだと思ってた二人は少し面食らってしまった。

 

「うん。ちょっとオシゴトが残ってるからね。オ・シ・ゴ・ト☆」

 

 珍しいこともあるもんだ…秋久は驚いた。大体の場合は一夏の容態を心配し、仕事を後回しにしたり、こちらに駆けつける前に仕事を片付けてくる束が、仕事のために戻るというのだ。確かに、今回の案件は突発的に起きた事件である。流石の天才も対応できなかったに違いない。

 

「…一夏のこと、俺に任せてください」

「あぁ、頼んだぞ」

「さっすがあっくん☆頼りにしてるよ♡」

 

 

 

 二人に任せろ、と啖呵を切ったはいいが、秋久とて一夏に何か特別なことをするつもりはなかった。いつも通りに一夏を織斑邸に送り届け、自分は自室に戻り眠るだけだ。テーブルの上にカップ類は出ていなかった。

 

「なぁ、いち…」

 

 最後まで言葉を紡げなかった。二人が出て行ったのを見計らい、一夏が秋久のTシャツの裾を摘んで引っ張ったからである。一夏の顔を見る。不安そうに涙を溜めこんだ瞳と視線がぶつかった。身長の関係で一夏がやや見上げる形になった。

 

「アキ…お願い…今日だけ…今日だけだから…」

 

 

 

 一夏のお願いは『一緒に寝ること』だった。いくら秋久が窃盗犯を捕らえたといえど、一夏の傷が癒えた訳ではない。下着を弄ばれるという嫌悪感はなくなった。それでも、胸に巣食う不快感は消えていない。一人で眠ればこの不快感に蝕まれ、人間不信に陥りそうだった。秋久になら気兼ねなく甘えられる。千冬や束に甘えられないというわけではないが、彼女たちも忙しい身である。さらに先ほど『任せてください』と言っていたではないか。

 頼られた秋久は困惑していた。先ほど千冬たちに『任せろ』と言い、『任せた』と言われた身である。一夏のお願いを無下にするわけにはいかない。不安はただ一つ。先日のようにトラウマが甦るかも知れない。だが、不安そうにこちらを見上げる一夏を放っておくこともできない。

 

「…マジで言ってる?」

「こんな時に冗談言わねぇよ…アキがどっか行っちゃいそうだし、俺も怖いんだよ…」

「本気で?」

「しつけぇって…なぁ、頼むよ…アキしかいねぇんだ…去年だって一緒に寝たじゃん……それとも…俺がこんな姿になったからか…?」

「ぁ…ぅ……わ、わかった。わかったから、まず、手を放してくれ。それと、泣き止んでくれ」

「…え?あ、いや違う!泣いてねぇし!」

 

 いつの時代も、男は女の涙には弱いのだ。例えそれが元男であっても。見た目が女なら、その涙に強い罪悪感を持ってしまう生き物である。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 二人は一緒に一夏用の寝間着と制服を取りに織斑邸へ戻った。秋久は家の中まで入らず、玄関先で待機していた。間もなくして、衣類などが入っているらしき紙袋を持って出てきた。お待たせ、と短い会話を交わし、秋久のアパートまで戻ってきた。その間に言葉は交わさなかった。部屋に入っても、お互いに会話がない。織斑邸へ着替えなどを取りに行く前に風呂を入れ始めたおかげで、いつでも入れるようになっていた。秋久は一番風呂を一夏に譲った。

 

「…怖いから、風呂場の前に居て欲しい…」

 

 一夏のお願いもあり、秋久は一夏の入浴が終わるまで脱衣所に居なければいけなくなってしまった。擦りガラス状の扉の向こうでは一夏が入浴している。シャワーを浴びているようで、水音が響く。モザイク処理されたような肌色のラインが、薄い扉越しに見える。

 それは秋久が苦手とするセクシャルな光景のはずだった。しかし、秋久は何も感じていない。嫌悪感も、吐き気も、興奮も。級友たちであれば、何とかして扉の向こうを覗こうと目を細めたり、少しずつ扉を開けるなどして一夏の裸体を拝もうとするかもしれない。だが、彼にはそれがない。

 覗こうという気持ちがない。扉の向こうを見たいという欲が湧かない。嘔吐するのを承知で扉の向こうを妄想しようとするも、脳が拒否しているのか、真っ暗な世界しか見えない。快楽殺人鬼の手記に記されていた一文を思い出す。

 

『彼女たちは生きている間は私を脅かす存在でしかなく、物言わぬ死体となって初めて、女となったのです』

 

 そんなことはない。確かに彼女たちに劣情を抱いたことはないが、殺したいとも思わない。脳裏をよぎった暗い想像をかき消そうとする。だが、午前中から頭の片隅に残り続けている感情はなかなか晴れてくれない。

 

 

 

 

「……アキ?」

「え?」

 

 呼ばれたことに気が付き、顔を上げた。羞恥からではなく秋久の体調を慮ってか、浴室のドアを少しだけ開き、そこから顔だけを出して秋久を呼んでいた。

 

「何回も呼んだんだぜ?」

「わ、悪い……どした?」

「そろそろ出るからバスタオル取ってくれよ」

「あぁ…今取る」

 

 顔を引っ込め、手だけを差し出す一夏。突き出された手にバスタオルを渡し、秋久は脱衣所を後にした。

 

 

 

「風呂、ありがとな」

「お、おぉ…風呂洗うから、適当に寛いでてくれ」

「うん。サンキュ」

 

 22時。そろそろ一夏は眠る時間である。男であった頃を考えると、風呂掃除の時間も含めて30分かかるか、かからないかだろう。このままでは秋久の布団を占領してしまう。勝手知ったる他人の部屋、一夏はリビングから来客用の布団を秋久の自室に敷き始めた。

 

 秋久が風呂から出てきた。リビングに一夏はおらず、消していたはずの自室に灯りが点いていた。既に自室に客用の布団が敷かれており、一夏がベッドの上でタオルケットに包まって舟をこいでいた。髪がまだ生乾きだが、秋久は一夏の眠りを優先させてやることに決めた。バスタオルを洗濯機に放り込みに行き、静かにリビングの電気を消し、自室へ戻った。エアコンのタイマーを設定し、一夏に声をかけた。

 

「ふあ…?」

「かなり眠そうだな…疲れてるんだろ?さっさと寝ちまおうぜ。一夏がそっちでいいからさ」

「んぅ……」

 

 緩慢な動きで一夏が横になった。横になった後はうぞうぞと枕を探し始めた。枕を頭に宛がってやると、ぐりぐりと頭を動かし、自身の位置を決めた。

 

「あきぃ~…手ぇ~」

「はいはい…」

 

 手を繋げ、ということらしい。先日の一件から、自ら女性に触れることがある程度は平気になっていた。部屋のほぼ真ん中に敷かれていた布団をベッドに近づけ、秋久も横になり、一夏の手と自らの手を触れ合わせた。差し出された一夏の右手と、秋久の左手である。秋久の手を確かめるように一夏の手が動き、指を絡ませあう。いわゆる恋人繋ぎの形になった。満足そうに一夏の微笑む声が聞こえる。

 

「お休み」

「ん…ゃすみぃ…」

 

 本当に色々あった一日だった。あっという間に規則正しい寝息が秋久の耳に届き、彼もまた、意識を手放した。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 一夏が目を覚ました。

 既に日は昇っている。一夏が時計を確認すると、6時を少し回ったところであった。繋いでいたはずの手はいつの間にか解けていた。どちらかが寝返りを打った拍子に外れてしまったらしい。

 日中はかなり暑くなるとはいえ、まだ少し肌寒さを覚える。伸びをする一夏の身体が少し震えた。すぐ側では秋久が眠りこけている。

 

 …暖かそう…

 

 そう、これは少し、ほんの少しだけ冷えた体を人肌で暖めるだけの行為だ。他意はない。誰かに言い訳するをするわけでもない。なるべく静かにベッドを抜け出し、四つん這いで秋久に近寄った。

 

「おっじゃまー…」

 

 秋久を起こさないように静かに断りを入れ、ゆっくりとタオルケットをめくり上げた。そっと横向きで寝ている秋久の腕を持ち上げる。身体を滑り込ませると、彼の香りが強くなった。秋久の匂いは一夏にとっての鎮静剤か何かになっているらしい。大きく深呼吸をした。落ち着く人肌と落ち着く香り。比較的スッキリ目覚めたはずなのだが、瞼が重くなってくる。幸せな微睡みに包まれる。二度寝も悪くないかもしれない。

 意識を手放しかけたが、慌てて覚醒しようとする。だが、人間の三大欲求に抗うことは大変困難である。

 

 一夏は三十分に及ぶ格闘の末、なんとか秋久の腕の中から脱出し、制服を持って脱衣所に消えた。




ちっふーにハグされたり、いっちゃんと接触しまくってるけど大丈夫かって?
流石にちっふーのあのハグには反応しないようです。そういうことされる空気でもなかったし。
いっちゃんとの接触は眠ってる…つまり、意識のない状態です。本人が知覚できていないのでセーフ。
いっちゃんのお風呂の後も、あっきーと同じ石鹸使ったのでセーフです。ポツンと女の子っぽい匂いが残ってたりしたらヤバかったかもね。

ご愛読いただきありがとうございます。

次回、天災のオシゴト編に続きます。

よろしくお願いいたします。

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