紫陽花   作:大野 陣

23 / 43
6月になりました。

男子ってみんなバカです。特にこの年代の男子たちは、可能であれば、全力でバカやりたいと思っていると思います。で、バカやるからこそ楽しいのです!

お気に入り300件越え、ありがとうございます。もうすぐ350件なので正直驚いています。
ちまちま、ぷちぷちと更新を続けていきますので、お楽しみいただければ幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。


Ep14.

 窓を叩く雨の音。これで五日連続の雨天となった。いつも通りの時間に目を覚ました秋久は、また洗濯物が部屋干しになることに、溜め息を吐いた。彼のような一人暮らしならそこまで気にならないが、ご家族のいる方々にとってはなかなかの痛手だろう。一人暮らしでも辟易としているのに。

 秋久が朝の身支度を整えていると、今日も今日とて明るい声がリビングに響いた。

 

「おっはよー!今日も雨だよー!」

「オッス…相変わらず元気だよな」

「アキは相変わらず元気ねーな。また夜更かししたか?」

「あー…12時ぐらいじゃなかったかな、寝たの」

「もー…背、伸びねーぞ?あ、もうお味噌汁温めた?」

 

 ダイニングテーブルの足下にカバンを起き、テキパキと制服の上からエプロンを身に付け、朝食の準備を始めた一夏。衣替えをしたらしく、夏服である半袖のセーラー服に濃紺のプリーツスカート、そして一夏用の淡いオレンジ色のエプロンである。そんな一夏に習って二人分の弁当を用意し始める秋久。秋久の部屋の朝の光景が今日も始まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「う゛あ゛あ゛~…」

「…大丈夫か…?」

 

 昼休み。中間テストの返却が全て終わった。弾は机に突っ伏して奇声を上げていた。心配して声をかけた秋久の方向に、突っ伏したまま真っ青な顔を見せた。その動きはナマコやナメクジのような軟体動物を思い出させた。

 

「うお!?」

「秋久~…やべえよ~…やべえんだよ~…」

「…そんなにか…何点だったんだよ」

「……48…」

「ま、まぁ弾は得意不得意ハッキリしてるからな。最低点がそれぐらいなら」

「最高がな…最低28…」

「え、えぇぇ…」

「そういう秋久は何点だったんだよぉ…」

「あ、あぁ。俺ははち」

「言うなぁ!どうせ今のも最低点とか言うんだろ!?クソッタレ!世の中不公平だッ!顔も頭も良くて、可愛い幼なじみと毎朝朝チュンしてる野郎がいる一方でオレには何もねぇ!!世の中不公平だああァッ!!!」

 

 椅子を蹴って立ち上がり、教室のド真ん中で叫び声を上げる。秋久は急な大声に驚いた。雨のせいかいつも以上に教室で食事を摂る生徒が多かったが、大声に驚いたものの、いつものことかと気にしていない。妙な注目を浴びないのは弾の日頃の行いのおかげである。彼の声量にやや迷惑しながらも、秋久は注目も浴びなかったことに感謝した。

 ひとしきり雄叫びを上げたことで落ち着いたのか、空気が抜けたように着席し、再度机に突っ伏した。

 

「どーせその弁当も美智華ちゃんお手製なんだろーが…チクショウ…オレなんてコンビニオニギリだぞぉ…チクショウ…チクショウ…」

 

 涙を流しながら呪詛のように呟き、呻き声を上げ続ける。弾も決して人気がないわけではない。男子からの支持は秋久よりも高く、顔が整っているおかげもあり新入生からの人気は比較的高い。また、一部の先輩や年上からは『やんちゃな所が可愛い』との評価もある。ただ、一向に恋人が出来ないのは弾自身にそういった雰囲気を出せないからである。可愛いと評価されたり、顔がいいだけでは恋人など出来ない。

 

「もー。弾ってばホントうるさいよね~。わたしのおべんと分けたげるから、静かにしなよ」

 

 弁当の包みを持ち、一夏、梓、志帆の三人が秋久と弾の机に寄ってきた。いつもの五人で食べるつもりのようだ。時折別々で食事を摂ることがあるが、基本的には一緒に食べている。一夏の言葉に弾が立ち上がり『天使!女神!』と大げさに騒ぎ立てる。梓が若干引き、志帆がうんざりした視線を向ける。これもいつもの光景である。

 

 それぞれに机を寄せ、弁当を広げる。一夏と秋久は同じ弁当だが、秋久の方が大きい。一夏と梓の弁当は可愛らしい大きさの二段弁当である。志帆の弁当は秋久より一回り小さいぐらいだった。弾はコンビニオニギリが四つ。塩昆布、辛子マヨシーチキン、ラー油明太子、ワサビネギマグロの四つ。

 

「じゃ、弾のと交換ね♪」

「え?あ?お?」

 

 いい笑顔で弾の塩昆布を奪い、二段目の白米を渡す一夏。さっさと実行されたアクションに、戸惑いを隠せない弾。

 

「…美智華ちゃんコレって…」

「お米の等価交換!…なんちゃって。ちゃんと玉子焼きあげるよー」

「で、ですよねー…良かった」

「お米も返してね?はい、玉子焼きとソーセージ」

「わ、私のもあげるね?」

「アタシのはやんないからね」

 

 

 

 和やかに昼休みは進む。弾が割り箸を取りに食堂まで全力疾走する、というアクシデント?はあったが、弾が弄られるのはいつものことだった。

 自然と会話の流れは中間テストの結果になった。この五人のなかでは、秋久が英語・理数系でトップ、梓が英語の次点・文系のトップ。一夏は全体的にそこそこの点数を取っており、志帆は理数系科目で一夏には劣り、弾が最下位。

 

「どーせまた妹と比較されんだぜ?」

「お前がもうちょい頑張りゃいいだけの話だろ?」

「弾もそこまで頭悪くないと思うんだけどなー…」

「そういえば、なんで御手洗クンと斧崎クンと弾クンで三馬鹿なの?」

「あー…アレじゃない?一年の時はそこに織斑がいてつるんでたから、ひとまとめにされてたんじゃない?斧崎も付き合う相手選んだ方がいいよ」

「いや、オレは悪くないね。秋久もなかなかのバカだぜ?」

「いや、お前に言われたかねぇわ」

「…斧崎クンってそんなエピソードあるの?」

「よくぞ聞いてくれました梓ちゃん!そう!あれは一年前の暑い夏の日だったッ!」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 話は約一年前に遡る。その前に、市立東中学の立地を説明する必要があるだろう。一夏たちが通っている東中学は市内の東部に位置し、更にその東側には山があった。学校から徒歩で二十分ほどで麓にたどり着く距離であり、運動部たちのランニングコースにもなっている。整備された道や広場は近隣住民の憩いの場となっている。それ以外は基本的には私有地であり、深い森になっていた。小学生男子にとってはちょっとした冒険エリアになっており、所有者も目くじらを立てたりはしなかった。

 さて、そんな好奇心旺盛な小学生たちが中学生になった。中学生ともなれば、体力が付き、肝もある程度は座る。知識も付く。季節は夏。夏休み真っ只中である。一夏、秋久、弾、数馬の四人で遊んでいた。部活動をしていない四人には、時間が掃いて捨てるほどあった。最初は広場付近の森の中でうろうろしていただけだったが、それも飽きてきた。四人は入ったことのない森の奥まで進んで行き、あばら屋を見つけた。かろうじてトタンの屋根と柱が残っている程度、六畳に満たない小屋である。四人のうちの誰かが言い出した。

 

『ここ、俺たちの秘密基地にしようぜ』

 

 秘密基地。男子心を擽るパワーワードである。大人になるにつれ、書斎や隠れ家的自室、などと言葉は変わるが、内容は大して変わらない。数馬と弾はノリノリで、一夏と秋久はしょーがねーなーといいつつもウキウキで秘密基地を作り始めた。まずは掃除と改築である。最初は拾ってきたダンボールで壁を補修したりしていたが、数馬が別の場所で廃棄物の置き場を発見した。そこにはコンクリートブロックなどの産業廃棄物、廃車になった自動車やバイク、不法投棄された自転車などが多数転がっていた。単なるゴミの山だが、彼らには宝の山に見えたらしい。次々と秘密基地に持ち帰った。だが、四人で運搬するにも限界が来た。翌日、各々の家から工具を持ち寄り、作業が開始された。まずは運搬用のリアカー作りである。そこで秋久の凝り性が発露した。なんとかリアカーを完成させたが、次々と改良を加えてしまったのだ。結果、出来上がったのが二人漕ぎ自転車+リアカーである。しかもキチンと曲がれるよう、トレーラーのように自転車とリアカーの継ぎ目が動くようになっている。

 リアカーが完成し、一気に作業スピードが向上した。ボロボロの小屋はコンクリートブロックの壁で囲まれ、通風、採光用の窓までついた。柱も補強され、屋根も拾ってきた鉄板などで補強された。

 これだけで飽き足らず、彼らは電気を欲した。バイクのエンジンを再利用し、廃車のバッテリーを拝借し、DCACインバーターを自作して100Vの電源を手に入れた。色々と苦心したようではあるが、なんとかケータイを充電したり、モニターディスプレイを利用しケータイの動画を大きな画面で楽しんだりと、彼らなりに有意義?に過ごしていた。

 

 秘密基地は夏休みが終わっても利用され続けた。彼ら四人の結束は固く、決して秘密基地の存在を口外にしなかった。元々よく一緒にいた四人組である。稀に鈴音が混ざっていたこともあったが、彼女は基本的に秘密基地に近寄らなかった。四人が『男の約束だ!』と団結していた中に首を突っ込むとロクなことにならない、ということを感じていたからかもしれない。

 

 そのあとも秘密基地の設備は充実していった。拾ってきた家電を修理したり、機能を流用していった。冷蔵庫にモニターに扇風機…ドンドンと生活環境が充実していく。肌寒くなればヒーターを使おうとしたが、要求電流値オーバーを起こし、インバーターが吹っ飛んだこともあった。さらに技術を高め、トライアンドエラーを繰り返し、何とか使えるようになったときは全員で大喜びした。

 家に帰れば、この基地にあるものは全て揃っている。壊れないかと不安になりながら使用する必要もない。しかし、彼らにとっては基地の居心地がよかった。ほぼ全てを自分たちの手で成し遂げた。灯りですら自分たちで調達した。保護者のいない環境で夜通し騒いだり、基地に泊まり込んで遊んだ。そんな自由にバカができる環境。彼らが手放すはずがなかった。

 

 そんな秘密基地もいつかは終わりを告げる。

 

 十月の連休。いつもと同じように秘密基地に四人が集まっていた。この週末の三連休はずっと基地で過ごす約束だった。一夏と秋久は共に千冬に連絡し、心配させないようにしていた。弾は一夏と秋久にアリバイ作りを手伝ってもらい、家族に心配させないよう、向こうから連絡が来ないように注意を払っていた。

 問題は数馬だった。たまに丸一日連絡がつかないことはあった。だが、二日連続となると流石に彼の両親が心配していた。どこかで事故にあったのではないか?事件に巻き込まれたのではないか?ケータイもつながらない、心配してGPS探索システムを起動させたが、見つからない。

 三連休の最終日の昼、ついに彼の両親は司法機関に彼の捜索を依頼した。警察の進言もあり、五反田家で弾のGPS情報をチェックした。結果、中学の裏山にいることが分かった。ここで弾の両親が訝しんだ。ウチの息子は一夏と秋久の家で、勉強会をしているはずだ、と。一夏と秋久の位置情報も取得した方がいいのではないか、との意見もあったが、流石に親権者の同意を得ずに位置情報を観測することは憚られた。さらに、あの織斑千冬の身内である。だが、念のため千冬も呼び出され、大所帯で裏山へ向かった。

 

 午後四時過ぎ。千冬、弾の両親と祖父、数馬の両親、山の所有者、警官一行が裏山の秘密基地付近に辿り着いた。弾のGPS情報があるであろう場所。そこはコンクリートブロック小屋で、何故かむき出しの自動車とバイクのエンジンが稼働しているという、訪問者全員の理解の及ばない場所だった。一体ここで何が行われているのか。エンジンが二基も稼働している。思春期の男子が衝動的に自ら命を絶つ、という例がないわけでもない。同行した警官たちに緊張が走った。その緊張を読み取り、同行の保護者達に不安の色が浮かぶ。三名の警官の内、二名が拳銃を片手にドアをノックする。

 

「は~い」

 

 間延びした一夏の声が返ってきた。返事があったことで、千冬と他の警官の緊張が解けた。最悪の事態は起こっていなかったらしい。一夏もまさか小屋の外がそんな状態になっているとは夢にも思わなかった。何の警戒心もなく、ドアを開けた。ドアを開けた一夏の目に飛び込んできたのは、各家庭の保護者たちと銃を持った警官だった。とりあえず、両手を上にあげ、他の三人にも声をかけた。

 

 

 

 実行犯四人はそれぞれ千冬の拳骨を、各保護者から地面の上に正座して説教を食らった。厳密に言えば、不法占拠に不法侵入、さらには拾得物横領という違法行為ではある。だが、所有者が寛大だったこと、秘密基地を作り上げた技術と男子心に理解のある巡査部長がいたこと、各保護者の説教と拳骨で十分に反省している様子が見えたことで、厳重注意処分となった。

 

 学校へも通報され、裏山へは遊歩道と広場以外が立入禁止である旨を再度、生徒たちに徹底させるための全校集会が開かれたのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「つーことで、晴れて秋久も四馬鹿…ま、今は三馬鹿か。俺らの仲間入りってわけよ」

「じゃあ…あの全校集会って…」

「そ、弾と俺と数馬が犯人。まぁ、名前は出なかったから知らない人多いと思うけどさ」

「へぇー。アキも男の子っぽいとこあるんだね」

 

 いや、アナタもいましたよ?とは口が裂けてもツッコめない二人である。

 

「ふぅーん…なんか、弾と御手洗が織斑と斧崎を振り回してるイメージだったけど…なんか斧崎の見方かわっちゃうかも…」

「いい、いや、俺も男だからね?」

「ね、アキ、弾。楽しかった?」

「楽しかったなぁ…何?美智華ちゃんも興味ある?」

「まぁなぁ…あんだけ好き放題できる機会って、そうそうないしなぁ…」

「またやりたい?」

「おう!やれるならな!」

「許されるなら、またやりたいよな。次はもっとちゃんとしたいし」

 

「……千冬さんに反省してないって、伝えとくね」

 

 とってもいい笑顔で、一夏は二人に告げた。




バカやるって楽しいよね。
ということで、比較的優等生ポジだけど技術バカのあっきーでした。


ご愛読ありがとうございます。
誤字脱字のご報告、クレーム、ご感想、お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。