紫陽花   作:大野 陣

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 スポーツテスト編 後半です。


Ep10.5.

午後からはシャトルランだけだ。たかだか、20mの距離を往復するだけの種目。前から長距離に自信があった俺にとって、去年初めて完敗を喫した種目でもある。小学生の頃も上級生には負けなかった。けど、去年は一つ上の先輩に負けた。その先輩は今年で卒業する…リベンジの機会は今回しかない。負けたくない。

 

「…で、なんで数馬もいんの?」

 

 一組の教室で、俺と数馬は弾と一夏たちを待っていた。弾は購買へ自分の昼飯を買いに、一夏たちは汗をかいたからと、着替えに行っている。

 

「いいじゃねぇか、親友」

「いいけどさ…斉藤君とかと食わなくていいのか?」

「だいじょーぶだって」

「おーまた~…アレ?美智華ちゃんたちは?」

「おかえり。まだ戻ってきてねえよ」

 

 弾が帰ってきた。一夏たちはまだ戻ってこない。女子だから色々やることがあるんだろう。俺らみたいに、暑いって理由で頭から水被って、タオルで拭いて終わり…ってわけにいかなさそうだし。

 

「ごめーん。遅くなっちゃった」

 

 一夏たちが戻ってきた。よし、食べるか。

 

 

 

 それぞれが昼飯を広げる。一夏たち女子三人はいつもより少な目の弁当。弾はブロック栄養食。数馬は通学途中で調達してきたであろうコンビニ弁当だ。

 

「…斧崎くん、ソレ…どうしたの?お腹痛いの?」

「あ、いや、ち違くて…俺、元気…」

「卵雑炊に梅干しって…まんま病人食じゃねぇか」

「あ、シャトルランのため?消化にいい食べ物ってこと?」

 

 田端さんの言葉に頷いた。今年は本気で勝ちに行く。

 

「?何かあったの?」

「うん。斧崎くんって去年、学年でトップだったの」

「でも、男バスの樋口センパイに負けちゃってさ…めちゃくちゃ悔しがってたの、アタシ見てたよ」

「そーそー。俺らで来年はリベンジだーってやってたもんな?秋久?」

 

 あの人、樋口センパイっていうのか。覚えとこ。

 

「おぉ~…負けられない戦い、だね!アキ!」

「おう。負けたくねえな」

「で、弾クンも真似してんの?ソレ」

「…いや、もうコレしか残ってなかった…」

 

 弾の前にはニンジン味やらセロリ味のブロック栄養食。運動後にパサついたモノは食べたくないだろうし、不人気な味しか残ってなかったらしい…哀れな…

 

「な、なぁ…ホント悪いんだけど…」

「ヤダ」

「…うん…ちょっと、その…」

「午前中にあんなことしてて、許されるとでも?」

「…ですよねー…」

「自業自得ってヤツだな」

 

 ぼちぼちと会話をしながら昼飯を終えた。終わったのに、一夏がごちそうさまも言わず、俺をじっと見てくる。

 

「…なに?」

「はいっ。ちょーだい?」

「…あー。アレね。アレ嘘だぞ」

「んなっ!?………なんでぇ~…アレのために頑張ってお弁当食べたのにぃ~…」

 

 マンガなら『ガーン』とかいう擬音が付きそうな、わかりやすいショック顔をした後、机に倒れ込む一夏。今朝のカップケーキために頑張って食べたらしい。デザートのために頑張るとか、小学生か。

 

「冗談だって。ほら、二個食っていいぞ」

 

 保冷バッグからカップケーキを取り出す。一夏にとっては慣れない体で運動するわけだし、多めに作ってきた。正解だったな。

 一夏は一気に死にかけの顔から回復し、満面の笑みでカップケーキを頬張っている。

 

「よよっ良かったら、木嶋さんと田端さんも」

「いいの?!」

「ホント?!ありがとー!斧崎くんの美味しいもんね~」

 

 さすがの一夏でも六個は食えまい。これでそれぞれ二個ずつだ。最近よく話す女子はこの三人だし、ちょうど良かった。

 

「あのー…秋久クン…」

「俺らの分って…」

「え?いるの?」

 

 お前らいつも食ってなかったよな?

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 グラウンドに全校生徒が集まっている。一年から二年二組までで一列、残りでもう一列。パイロンを20mの距離で何本も置いたレーンが作られている。まずは女子からシャトルランが始まる。一夏もジャージを脱ぎ、やる気十分だ。

 

「よしっ!アキから元気もらったしね!」

「お。美智華ってば、だーいたーん」

「そう?ま、ジャージ脱いでも誰も何も言わなくなったしね」

 

 ニヤニヤしながら、田端さんが一夏に話を振る。田端さんは一夏の発言を曲解してるし、一夏は体操服姿になっていることを言われていると勘違いしている。一夏はやっぱり一夏だな。

 

 

 

 

…シャトルラン

 

 ドレミの音階が響く。今は46回目。一夏も、その近くで走っている木嶋さんも、完全に顎を上げてしまっている。バテバテだ。二人とも音階が鳴り終わってもラインまでたどり着けなかった。二回目だからアウトだ。腕でバツ印を作って、終了を一夏に知らせた。木嶋さんも限界だったらしく、ラインのこちら側で三角座りで息を荒げている。

 

「はぁ…はぁ…えふっ…はぁ…も…むりぃ…」

「私も…はぁ…はぁ…限界…」

 

 木嶋さんの頭にはタオルがかかっている。下を向いてしまっているし、こちらから見えないけど、多分顔も真っ赤なんだろう。一夏はグラウンドで大の字になり、仰向けに倒れている。顔も汗まみれで、体から噴き出た汗が体操服を体に張り付けていた。うっすらと黒い下着が透けて見える。

 

「美智華…ちゃん…ジャージ…着よ…」

「暑い…無理…」

「あぁ、無理しないほうがいいぜ。せっかくの絶景だし」

「…アキ…はぁ…はぁ…ジャージ…」

「ほら、とりあえず体にかけといてやるから」

 

 ホントに自分に正直だな。馬鹿一号()は。

 

 少し離れたところでは、田端さんがまだ走っている。女子で80回越えは凄い。

 

「志帆ちゃーん!頑張ってー!」

「志帆ー!根性見せろ―!!」

「志帆ちゃーん!!まだいけるぅー!!」

 

 みんなが応援する。回復した一夏たちも応援している。俺も心の中では応援している。声に出すと吃音るし、声が震えるから出さないだけで。こういう限界に挑戦するような種目って、応援してくれる人が多いと力になる。

 向こう側のレーンではまだ三年生が一人走っていた。田端さんと三年生の一騎討ちになった。

 

 103回目、三年生が走れなくなった。それを見届けるかのように、田端さんもゴールした。あの人、限界来てたけど気合だけで走ってたのか、あのペースを。凄いな。

 二人の健闘を讃える意味で、拍手をした。それが一夏に伝わり、周りに伝わって全校生徒での拍手になった。

 

 

 

「…次は俺らだな」

「あぁ。樋口先輩には負けたくねぇ」

 

 音階が鳴り響いた。最初はゆっくり歩く。弾は最初からジョギングペースで行くらしい。俺はゆっくり、段々ペースを上げていくつもりだ。

 

…55回…

 

 徐々に脱落者が増えていく。俺の心拍数も上がってきた。ペースはそこそこのスピードで走るレベルだ。

 

…85回…

 

 残っているのは運動部組がほとんどになった。弾も顔が上がっていて、限界が近いらしい。スタミナ維持のために走ってるけど、そろそろ息が荒くなってきた。

 

…95回…

 

 弾が脱落した。帰宅部かつ普段走り込んでない、弾がここまで来たのは純粋に凄い。根性あるわ。

 残っているのは俺を含め数名。俺もそろそろ周りを気に出来なくなってきた。

 

…110回…

 

 二組の植田が脱落した。サッカー部だったと思う。俺もかなりキツい。音階の間隔が短く、ほぼダッシュだ。

 弾達が叫んでいる。応援してくれてる。

 

…130回…

 往復が全力ダッシュになってしばらくした。既に2.5キロ以上走ってからのダッシュはキツい。息が上がる。去年の記録を超えた。

 

「…っ!」

 

 脚がもつれた。コケる!咄嗟に手を出した。なかなか勢いが付いている。その勢いを利用して、前回り受け身の要領で前転した。もう向こうのラインには間に合わない。転がりながら体を捻り、うつ伏せになった。反対のラインに向かうため、右足で踏ん張った。グキッという音と、電流を流されたような痛み。ヤバい。踏ん張り方を間違えたらしい。

 右足で着地する度に激痛が走る。息苦しさと痛みで顔が歪む。多分、捻挫したんだろう。さっきから右足首が熱痛いし、変な汗が出てきた。歯を食いしばって走る。まだ、樋口先輩は走っている。

 

…135回…

 

 もう常に右足首が熱痛い。着地の痛みも強くなっている。さっさと諦めてくれ。樋口先輩。アンタに負けたくないだけだから。

 

 なんとかラインにまで間に合い、ターンしようとした。けど、蹴ったはずの地面を蹴れてなかったらしく、バランスを崩した。右足で蹴ったのが不味かったか。上半身だけがターンしようとして、グラウンドに倒れ込んだ。もう、間に合わない。

 …くっそ。また負けた…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 向こう側のラインでアキが倒れた。周りから『あぁー…』という落胆した声が響いた。二回目だから、アキもアウトだ。俺は頑張ったアキのために、拍手を送った。俺とほぼ同時に弾も拍手を始めた。その拍手に応えるように、アキがゆっくりと起き上がり、足を引きずりながらこっち側へやってくる。慌てて弾が走っていった。アキと何かやり取りした後、弾が肩を貸して二人でコッチに帰ってきた。まだ拍手は鳴り止まない。

 

 

 

「アキ!!大丈夫!?」

 

 俯きながら肩で息をしているアキ。下から覗き込んで、目の前で手を振ると、その手をはたかれた…コレってタッチのつもり?

 

「あー…美智華ちゃん。コイツ今ワケわかってねーから」

「…うん。アキからタッチなんて、珍しいね」

 

 何か一夏って呼ばれた気もするし。

 

 

 

「おい、秋久。座れっか?」

 

 アキがコクコクと頷いた。まだハァハァいってる。

 

「ねぇ斧崎!アンタスゴいね!根性あんじゃん…って何この足!!ヤバいよコレ!」

 

 弾と一緒にアキが座り込んだ。アキのところまでやってきた志帆が、アキの足に気付いた。足首が赤黒く腫れ上がって、違う形になっている。

 

「…ぅゎぁ…痛そ…」

「斧崎くん…大丈夫?」

「なるべく動かさないで…ねぇ、保健室!」

「おう。秋久、いけるか?」

「俺も手伝うぜ」

 

 いつの間にか来てた数馬と弾に肩を借りて、アキは保健室に向かっていった。

 

「アレ、最悪折れてんじゃない…?」

「志帆、変なこと言わないで」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 日直に鍵を開けてもらって、教室に入った。今日はジャージで下校してもいい日だけど、着替えたい子もいる。俺もその一人だったりする。汗かいたし、気持ち悪い。

 

 

 

「でも、斧崎って根性あるんだね。アタシ、ビックリした」

 

 体操服の中に手を突っ込んで、志帆が話し出した。ボディペーパーで汗を拭き取っている。スレンダーな分、拭きやすそうだ。

 

「前から頑固っていうか、変なトコあったしね」

「そうなんだ~…どっちかっていうと、優しいし、何か凄く周りをフォローしてる感じだったのにね~」

 

 同じく、タオルで体を拭きながらアズちゃんが言った。俺は既に身体を拭き終わっていて、そろそろセーラー服を着ようとしていたところだった。

 

「織斑のフォローとかね。なんかさ、弾と鳳さんと、三人で一緒になって走り回ってたイメージ」

「あ、わかる~」

 

 え?何それ。こないだも言われたけど、そんなにあの二人でフォローしてくれてたの?っていうか、なんで鈴が出てくるんだ?

 

「あー…あとなんだっけ?ファンクラブの派閥」

「織斑くん派と斧崎くん派だよね?なんか内部分裂したんだっけ?」

「え?何それ?」

「あ、美智華は知らないか。アンタの親戚の織斑一夏って、超人気あったのにすっごい鈍感でさ。付き合って、って告ったのに、買い物か?とか返すヤツらしくてね」

「その話聞いたことあるよ。で、フられた子のフォローに斧崎くんと弾くん鳳さんが頑張ってた、って話。あ、鳳さんって中国から来た子で、織斑くんといつも一緒にいた子」

「んで、織斑のファンクラブが織斑派と斧崎派に分かれた…らしいよ。アタシは知らないけど」

「アイドルの織斑くんと、彼氏にしたい斧崎くんって感じだったよね。鳳さんが居たから、二人に告白する人は少なかったらしいけど…」

「あー…告った子、全滅だった話でしょ?知ってる。バスケ部の先輩もフられたって。でも、最近思うんだけど、斧崎って結構優良物件よね」

「いいよね、斧崎くん。優しいし、お菓子も美味しいし、あの話も噂だけって感じだよね」

「斧崎ホモ説?アレは信憑性ないよねー。織斑とデキてるって話でしょ?」

 

 知らない情報がドンドン出てくる。え?アキってそんなモテてたの?っていうか、ファンクラブって何?なんで鈴の名前が出てくるんだ?まぁ、実は告られてたってのは、アキに教えてもらったけど。

 

「斧崎って結構根性あったんだね~。ヤバいんじゃない?美智華もさ」

「え?わたし?」

「織斑くんも鳳さんも転校しちゃったしね。斧崎くんのファンが動くかもしんないよ?」

「でも、アキが女の子と?」

 

 無理だろ。アイツがマトモに話せる女子は俺と千冬姉と束さんだけだ。鈴相手でもたまにダメだったし。俺は男だけど。それに吃音りもあるし、会話だけで苦労する。

 

「今日のでファン増えたかもね。織斑みたいにファンクラブは出来そうにないけどさ」

「ギャップがいいよね~」

「ギャップ…?いつものアキって感じだったけど…」

「美智華ちゃんにはわかんないかもね…斧崎くんって優しい草食系って感じだったから、今日みたいな男っぽいトコ、ギャップに見えちゃって」

 

「ねー!そろそろ男子入れるよー!?」

 

 ヤバい。まだ下はハーフパンツのままだ。スカート穿かなきゃ。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「特に連絡事項はなし、だ。五反田、斧崎の荷物を保健室まで頼んだぞ」

「ウッス」

「じゃ、日直、号令」

 

 スポーツテストが終わった。みんなそれぞれに帰りだしている。弾もアキの荷物をまとめだした。

 

「弾、わたしがアキの荷物持ってくよ。わたしの方が家近いし」

「わりぃな。美智華ちゃん」

 

 弾の家からだと遠回りになるし、今日は大して荷物もない。アキの制服とバッグをまとめて受け取った。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 保健室に向かう途中、足を引きずって歩くアキを見つけた。

 

「アキ!」

「お。美智華じゃん。その荷物、俺の?」

「そうだよ!アキのだよ!っていうか、何してんの?!杖も借りずに!!」

「いや、荷物取りに…」

「バカじゃない?!その足で四階まで登る気?!」

 

 無理に動こうとするアキを見て、頭に血が上った。包帯を巻かれた足で動こう、っていうのが理解できない。大人しくベッドで横になってればいいのに。

 

「そこでじっとしてて!杖借りて来るから!」

 

 アキの荷物をその場に置いて、保健室に杖を借りに行った。本当にバカだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 アキと二人の帰り道。アキの分の荷物もわたしが持っている。リュックぐらいは持つって言われたけど、杖を突いてる怪我人に持たせるのは気が引けた。足の怪我は絶対安静らしい。さっき千冬姉と束さんに電話して、薬と湿布の場所を聞いた。

 

「でも、明日休みでよかったね」

「そうだよな。この足で通学はちょいキツいぜ」

「ホントに安静だからね?ご飯は作ってあげるから。リクエストある?」

「結構腹減ってるからなぁ…肉食いたい」

「りょーかい♪あ、お風呂入れたげよっか?」

「遠慮しとく。今日はシャワーだけにしろって言われてるし」

 

 む。あんまり慌ててないな、コイツ。面白くないから、シャワー中に突撃してやろうか…いや、それも可哀想だな。

 

「アキんちに荷物持ってってから、薬とか取りに帰るね?アキは部屋にいてくれればいいし」

「あぁ。ありがと。マジで助かるよ」

「どーいたしまして!あ、スーパー寄ってからアキんち行くね」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 スーパーでは豚カツが安かったから、今日はカツ丼にしてやろう。付け合わせのサラダも買ったし。

 

 アキの部屋に入ると、物音がしなかった。シャワー中っていうわけでもなく、本当に静かだ…奥の部屋でアキが寝ている。着替えも終わってるし、ベッドで寝ているアキの髪が少し濡れている。シャワーは浴び終わったらしい。起こすのも可哀想だし、少し待ってやろう。




 捻挫して走るとめちゃくちゃ痛いです。

 スポーツテスト編 ようやく終わりました。
 次回更新は28日の予定です。



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