月一更新を目指しますので、生暖かく見守っていただければ幸いです。
「なぁ、お二人さん。今日はどうする?ゲーセンでリベンジマッチといくか!?」
赤毛長髪の少年――五反田 弾が声をかけた。
中学一年の最後の日、最後のHRが終わった教室にはどこに遊びに行こうか、これからどうするかを相談する声が響いていた。
「いや、今日はやめとくよ。一夏も調子悪そうだし」
声をかけられた少年の一人――斧崎 秋久が答えた。彼の隣の少年――織斑一夏は少し気怠そうに手を振って応えた。顔色はそこまで悪くはない。ただ、動きが緩慢ではある。
「悪いな、弾。身体の節々は痛ぇし、なんか喉もヘンなんだよ」
そう級友に告げ、二つ、三つと咳払いをする。
「節々って…お前、爺むさいからこうなったんじゃねぇか?肉食ってるか?」
ニヤリと口角を上げた。明らかに挑発の意を込めた表情を作る。彼なりに一夏を元気付けようとしたようであった。
いつもなら一夏から反論がくるはずであったが、この時ばかりはなかった。代わりに、秋久から窘めるような視線と、不満を訴える一夏の視線が飛んできた。思い通りに励まされなかった親友達からのリアクションに、彼はバツが悪そうに視線を逸らした。
「…あー…じゃ、数馬にもそう言っとくわ。んじゃ、お大事に~」
ひらひらと手を振り立ちあ去る弾。
二年に進級し、別々のクラスになるかもしれない。だからこそ、今日は遊び倒そうとも思ったのだろう。だが、四馬鹿の一人は体調不良である。ま、春休み中はいくらでも誘う時間があるさ。彼は頭を切り替え、四馬鹿の最後の一人、御手洗 数馬を誘いに行った。
そんな弾を見送った二人は、どちらからともなく席を立ち、家路についた。
◇◆◇◆◇
「…そんなに爺むさいかな…俺…」
「いや、まぁ…若々しくはないわな」
秋久はこれまでを思い返した。確かに、隣を歩く親友は若々しくはない。体の節々を庇って歩くせいか、余計に動きが年老いて見えた。いや、性格は溌剌としているし、動きも元気なときは俊敏ではある。ただ…趣味が若々しくない。
以前、五人でファーストフードに寄った時もそうであった。炭酸の飲めない数馬はオレンジジュースを、鈴音――鳳 鈴音と弾と秋久はコーラを注文したが、一夏はウーロン茶を注文していた。その時だけではない。カラオケに行ってもポップスやロックではなく、歌謡曲と呼べそうな年代の曲を歌っていた。
弾と数馬は一夏弄りのネタにするが、幼い頃から共に過ごしてきた秋久にとっては今更弄るようなネタではなかった。
「ホントに具合悪そうだな。病院行った?」
「昨日行った。たぶん、成長痛だろうってさ。インフルでも風邪でもないから、大人しくしとけってよ…あのヤブ医者め…」
各関節の痛みを訴え、その声は少し掠れたような、少年のような、何ともいえない声色になっている。年齢は十三歳、熱もなく、免疫検査も陰性…となれば成長痛に変声期…と片付ける他はなかった。
お前ももうすぐこうなるぞ、と秋久に言ってみたが、秋久は適当に流していく。
「成長痛ってもさぁ…アキの方が成長早い気がするんだよなぁ…」
「その辺は個人差なんじゃないかな。そういや、こないだまでは一夏の方が背、高かったよな」
一夏と数馬が165cm前後、弾が170cmと少し、秋久が160cmほど…確かに一夏の方が高かったはずである。しかしながら、今では秋久の方が目線の位置が高かった。
納得いかない、とふてくされる一夏。趣味は老成しているのに、中身はまだガキだなと呆れる秋久。
「そうだなぁ。他には…例えば、心因性…とか?」
「はぁ?」
「ほら、鈴ちゃん、中国に帰っちゃったじゃん。その辺でなんかあるとか、寂しいとか」
「んー…賑やかなヤツが減っちまったし、寂しくはあるけど」
「出発ギリギリまで二人っきりで話してたのに?」
「話つっても、あうあう言われた後に、アタシも忘れないからアンタも忘れんじゃないわよ~とか言われたぐらいだぜ?あ、あと帰ってきたら酢豚毎日おごってくれるって」
「はぁ?なんで?」
「知らねぇよ。俺に聞くな」
「で、お前はなんて答えたんだよ?」
「あぁ、忘れねぇよ、って」
一夏はその時、鈴音の目線からでは素晴らしい微笑みを浮かべていたであろう。そんな一夏を見た鈴音は顔を真っ赤にし、走って行ったに違いない。
甘酸っぱい青春の一ページになるであろうワンシーンだが、一夏は何も感じていなかった。フラグクラッシャー、乙女泣かせ、朴念仁…様々な二つ名を持つ彼ではあるが、彼はその由来を気付けていない。彼はあくまで善意で動いている。鈴音にとっては心に刻まれたワンシーンであっても、一夏にとっては仲の良い級友を送り出したワンシーンに過ぎなかった。
「鈴ちゃんも苦労するなぁ…」
「むしろ俺の方が苦労するよ」
片やなかなか届かない級友の恋路について、片やエネルギッシュな級友について…見当違いの方向に少しだけ頭を悩ませた。もっとも、数秒後には違う話題に移ってしまっていた。
他愛のない話に花を咲かせながら二人は歩く。秋久の住むアパートを通り過ぎ、そのアパートから徒歩数分の織斑邸へと二人は入っていった。
◇◆◇◆◇
ただいま、と二人揃って挨拶をし、織斑邸へ入った。
一人暮らしの秋久はかなりの頻度で一夏の部屋にいる。秋久が自宅に居るのは夕食と入浴に就寝時ぐらいのものであった。その夕食も週に三日ほどは織斑邸で食べている。以前、振り込まれる生活費からいくらかを織斑家家長である織斑 千冬に渡そうとしたこともあった。しかし、彼女がそれを受け取ったことはない。曰わく、子供から受け取る金はない、その代わりといってはなんだが、これからも一夏を頼むぞ、とのことであった。また、ここを我が家のように思っていい、とも許可が出ている。ただし、彼女の部屋だけは立入禁止である。
オイルの切れたブリキ人形のように歩む一夏を彼の部屋へ押し込み、勝手知ったる織斑家のキッチンから急須に茶葉、湯呑みのセットを取り出し、電気ケトルで湯を沸かす。準備が整うと、彼の自室へと向かった。
秋久は器用に片手で盆を持ち、ドアを開けた。一夏はどうも部屋着に着替える途中であったらしい。制服の学ランは既にハンガーに掛けられていた。着替えてこないのか、とTシャツに袖を通しながら問う一夏に、面倒だ、と脱いだ学ランを椅子に掛けながら秋久は応えた。緑茶を淹れた一夏用の湯呑みを渡す。ついでに彼自身用の湯呑みも準備した。
二人揃って茶を啜り、ほぅと溜め息を吐いた。爺むさい、と思いもするが、秋久自身もこの雰囲気が嫌いではない。
その後は春休みの予定を二人であーだこーだと話し、二人で夕食を作り、少しだけテレビゲームを楽しむ。いつもなら二人の成績はほぼイーブンなのだが、この日は違った。明らかに一夏の調子が悪い。コントローラーを握りしめたまま、虚空を見つめていることが数度あった。
「なぁ、大丈夫か?お前」
「……え?何が?」
「ほら、今だって話聞いてねぇだろ?成長痛だけか?」
「大丈夫だって…医者にも行ったんだぜ?鼻に綿棒突っ込まれたし」
元気!と両腕に力瘤を作る様な仕草をする一夏。とりあえず元気をアピールしたいようだ。だが、少し一夏の顔が赤く見える。熱でもあるのだろうか…と秋久は自分の額に手を当て、逆の手を一夏の額に当てる。差はないように感じた。そのまま一夏の後頭部を掴み、今度は自らの額と一夏の額をダイレクトに引っ付けた。やや一夏の方が高く感じるが、熱があるとは言えない温度。正常の範囲内といったところだろう。
「熱はねぇな」
「だろ?元気なんだから心配すんなって!どっちかっつーと今のはアキの方が暖かかったぜ?」
「いや、人肌なんだから暖かいだろ。冷たきゃ死んどるわ」
秋久とて十三年の付き合いがある幼なじみの異変を放っておくほど薄情なつもりはない。一人で大丈夫だ!と主張する一夏に対し、調子悪いなら頼れよ、兄弟と譲らない秋久。最終的には、一夏の部屋に秋久が泊まることになった。
織斑邸にはリビング・一夏の自室・千冬の自室・客間がある。基本的に秋久は客間で寝ることが多い。だが、今日は事情が違う。普段の一夏は健康優良児だ。そのことはずっと一緒にいた秋久が一番よく知っている。風邪など滅多にひかないし、怪我もほとんどしない。だからこそ、今回の様な体調不良の際、ダメージを大きく感じてしまうのだろう。
秋久の脳裏に嫌な記憶が甦る。何故かわからないが、このまま一夏を一人で寝かせると、何か良くないことが起こる気がする。
「あー…でも、確かに疲れてるっぽくなってるっぽい」
「なんだそりゃ。ぽいぽい言い過ぎてわけわかんねーぞ」
「うっせ。ま、そろそろ俺も風呂行きてぇし、アキも帰れよ」
「……なぁ、一夏。泊まってもいいか?」
「お?どした?そんなに俺の顔色とかヤバそう?」
「いや、なんだろ…お前を一人にしたら不味い気がする」
「おーおー…愛されちゃってるねぇ。俺」
「あぁいしてるんだぁ君たちをぉぉ…ってそうじゃねぇよ」
「サンキュ、ノってくれて」
「どういたしまして…で、泊まっちまって大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
キリッと決め顔を作る一夏。アホなノリだが、中学生男子は往々にしてこんなものである。秋久が織斑邸に泊まることが決まった。織斑邸の客間には秋久用の着替えが一式置いてある。ちなみに、秋久の部屋にも一夏の着替えが置いてある。勉強会をしたり、遊びに夢中になってしまって泊まることがお互いに何度かあったからだ。もっとも上着などはなく、シャツや下着と寝巻を置いているだけではあるのだが。
「ふぃー。上がったぜー」
「おーう」
濡れた髪を拭きながら一夏が出てきた。一夏の風呂は比較的長い。真夏でも入浴し、二十分以上湯船につかるような男である。顔を赤くし、湯気を纏いながら部屋に帰ってきた。水色のパジャマに着替え、寝る準備は万端。それを見届けた後、秋久は着替えを取りに客間へ向かい、そのまま風呂へ向かった。
秋久が風呂から上がった。まさに烏の行水だ。風呂掃除も含め、三十分もかからない。さっさと寝巻代わりのシャツとパンツに着替え、客間へ向かった。客間にある布団を取りに行くためである。今日は一夏の部屋で寝る予定だ。彼を一人にするわけにはいかない…そんな気分であった。
布団を抱えながら一夏の部屋のドアを開ける。部屋の主がベッドに上に胡坐をかき、虚空を見つめていた。大荷物を持って入室してきた秋久に反応を示さない。そんな一夏を気にしながら、布団を敷く。布団を敷いてる間も一夏は動かなかった。微動だにしないし、瞬きすらしない。流石に心配になり、声をかけた。
「んあ…?アキ…?」
「おう。そろそろ寝ようぜ」
「あー…そだな…ってお前まだ頭濡れてんじゃねぇか」
しょーがねーなーといいつつドライヤーを取り出した。秋久をベッドにもたれさせ、髪を乾かし始めた。
「ったく…将来ハゲるぞ」
「嫌なこと言うなよ…」
「ならちゃんと乾かせって…うし、終わり!」
「ありがとな。じゃーそろそろ寝るか」
「もういい時間だしなー…っつーか、こっちで寝んの?」
「今更かよ?!」
既に布団も敷き終わっている。秋久が布団を敷いていたことを知らない一夏からすれば、いきなり秋久が風呂から上がりいつの間にか布団を敷き終えていた…という形になる。
一夏はいい時間と言っているが、まだ午後十時を回ったばかりである。普段から夜更かし癖のある秋久からすると、まだまだ夜はこれからだ。だが、不調を訴えている一夏がいる以上、夜更かしをするつもりもない。彼に合わせて秋久も横になり、眠れそうもないが眼を閉じた。
草木も眠る丑三つ時…一夏は自室のベッドの上で悶えていた。
寝苦しいからではない。確かにここ数日は春の陽気を越え、初夏ともいえる気温になっていた。だが、外からの熱ではない。この熱さは身体の中からだ。風邪の時の悪寒を伴う熱さではない。未経験の熱さに一夏は身体をくねらせ、はぁはぁと喘ぐことしかできなかった。布団を蹴り飛ばし、のた打ち回る。
時折部屋に拡がる呻き声には少女のものとも、少年のものとも聞こえる響きが含まれている。
数刻後、部屋に響きわたる呻き声は収まり、彼は気絶するように再び眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇
「んぅ~…」
姉である千冬からの躾のお蔭で、いつも通りの時間に目が覚めた。規則正しい生活は人生の基本。早寝早起きを習慣づけること。その影響でいつもの時間に眠くなり、いつもの時間に目が覚める。四馬鹿で夜通し遊ぼうとしても、毎回一夏が眠ってしまい、翌朝は一夏が最初に目覚める。
ふあぁ、と寝転がったままの姿勢で伸びをし、軽く欠伸をする。
伸びをしたとき、違和感を感じた。今までにない重心の移動があったからだ。違和感の元になっている、胸元に手を当てる。昨夜までの自身の胸元になかった柔らかさを感じた。一夏自身、触った記憶などは忘れているが、いわゆる、おっぱいがそこにあった。
「ゑ?」
続いてパジャマの上から自らの股間に手を当てる。今までソコにあったはずのアレがなくなっていた。
「えぇ…」
聞こえてくる声にも違和感がある。少なくとも、自分の声はこんなに高くはないはずだ。
大変なことになった。とりあえず、横で心地よさそうに眠っている兄弟分に声をかけた。
―妙な夢を見た。
誰かに揺すられる。聞いたことのない声が聞こえる。いや、千冬さんの声に似てるけど、違う。別人だ。
一夏が一夏でなくなる夢を見た。一夏の身体がバラバラになり、再構築される夢だった。何度も彼は分解され、再び少し形を変えて人の形になる夢。彼が苦しそうに呻いているのに、秋久は何もできなかった。秋久も彼を助けようと足掻いているのだが、縛めは一向に緩まず、声すらも満足にあげられない夢だった。そんな夢から目覚めさせてくれた人物に感謝しながら、ゆっくりと目を開いた。
「ひぃっ!!」
女だ。女が覆い被さっていた。見知らぬ女が秋久の顔を覗き込むように覆い被さっていた。反射的に布団を頭まで被り、胎児のように布団の中で丸くなる。恐怖から逃れるための反射的行動を取った。
「ちょ!アキ!?違うって!俺!一夏だよ!!」
掛け布団の上から秋久を揺する。揺すっても彼は布団から出てこようとしない。一夏だと必死に主張するが、全く耳を貸す様子がない。掛け布団の中に潜り込んだまま、出てくる様子もない。
「あー!もう!チクショウ!」
ばふばふと掛け布団を叩く。布団の上から秋久を叩いたときに、彼の身体が細かく震えているのを感じた。
―そうだ、忘れてた。コイツ、女がダメだったんだ。鈴と普通に話してたから、忘れてた。
「あー…アキ?悪かった…ごめん…とりあえず、部屋から出るから…落ち着いたら連絡くれ」
充電器からケータイを取り出し、部屋の外へ持って出た。これなら、秋久が落ち着いたころに連絡が付く。
一夏が部屋を出た。あれ以上部屋に居続けると、秋久がどうなるかわからない。とりあえずトイレに向かい、便座を上げ力を抜こうとしたところで気付き、慌てて座って用を足した。危なかった。この身体で男と同じように用を足せば、大惨事になるかもしれない。座ってやってみるも、力の調整が上手くいかなかったらしく、太ももなどにも飛び散ってしまった。予想外にこの身体の不便さを知った。
手を洗いながら、鏡に目をやる。そこには千冬によく似た少女が映っていた。頬を抓ってみると、痛みを感じた。夢ではない、現実だ。
「どーっすかなぁ…コレ…」
一夏は我が身に起こったことをとりあえず受け入れて、大きく溜め息を吐いた。
どうしてこうなった…
無駄に長くて申し訳ないです。
秋久がビビって布団に潜り込んだのは女性恐怖症なのと、知らない人が覗き込んでたからです。普通に驚くと思いますが。
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