売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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覚醒の鼓動

 『優しい』ってのは『普通』じゃない。

 『普通の人』は『優しい人』じゃねえんだ。

 人間は自分を人並みには優しいだろうと思っているが、大抵の人間は自分が思ってるほど優しい自分で在り続けてるわけじゃねえ。俺だってきっとそうだろう。

 自分を人並みに優しいと思ってる奴は、大抵人並み以下のクソ野郎だ。

 無自覚に無慈悲な選択をしていて、優しくするべき時を無自覚に見逃している。

 だから、本当の優しさには価値がある。本当に優しい人には価値がある。

 ありふれていないものだからこそ、それは価値のあるものなんだ。

 例えば、キャロルはそういう優しい奴だった。

 

 そしてキャロルと出会ってから、俺の周囲にはそういう奴が多い。

 

「翼が世話になったようだな」

 

「とんでもない、翼はえろう助けてくれましたよ。

 アメリカで危なっかしいキャロルから俺が目を離してられたんは、彼女のおかげです」

 

「そうか。あれは俺の姪でな。お前達の助けになったのなら、それ以上言うこともない」

 

 日本に辿り着き、風鳴翼に立派な屋敷に連れて来られた俺達は、風鳴弦十郎と再会してこれまでの旅の経緯を報告していた。

 こうして並んでるオッサンと翼を見比べていると、なんとなく血縁を感じる。

 容姿じゃなく、雰囲気や振る舞いにだ。容姿にはあんまり血縁を感じない。

 こう、なんつーか。

 叔父姪揃ってペヤングソース焼きそばにソースを入れてからお湯を入れてしまいそうな、そんな感じがする。

 

 しっかし俺の実家を数倍デカくしたみたいな屋敷だなここ。税金どんくらい払ってんだろうか。

 昔から思ってるが、蚊が産卵できる小さな人工池と、蚊の侵入を微妙に防げなさそうな襖と障子しかない武家屋敷風の家は蚊の天国ではなかろうか。

 俺の実家は蚊が多かったな……もう、二度と戻ることもないだろうが。

 

「結弦くん、結弦くん、映画でしか見たことないようなおっきなお屋敷だよ」

 

「ん? ……そやな、こんなでっかいお屋敷映画でしか見たことないな、凄いわ」

 

「だよねっ」

 

 キャロルがこっそり耳打ちしてくるもんだから、俺もこっそり返事を返してしまう。

 "俺んちもこんな感じだぞ"で話題を広げるのが正解だったのか。

 "俺もこんな屋敷初めて見た"で共感した様子を見せて好感を得るのが正解だったのか。

 こういう会話の一つ一つでも『どう返答を返した方がこの子に好かれるのか』って考えちまうのが、惚れた弱みを握られた男の情けないところだ。

 この内心覗かれたら、俺はおそらく羞恥心で恥ずか死ぬ。

 

 弦十郎のオッサンと一緒に昆布茶を啜りつつ、俺は情報交換を続けた。

 

「エテメンアンキは今回の行動が流石に問題になったようだ。

 同時に、お前達の存在も公然の秘密として皆が語る都市伝説となっている。

 過度の暴挙を始めたエテメンアンキと、それに抵抗する勢力という形でな」

 

「俺達の追い風になったんですか?」

 

「そこまで強い追い風ではないがな。

 未だにエテメンアンキは大正義だ。

 ほとんどの国やマスコミも、エテメンアンキの存続を望んでいる。

 保守派は軒並みエテメンアンキの味方だと考えていいだろう」

 

 エテメンアンキは過激派も保守派も、適合者派も不適合者派も居るのに、一貫して一枚岩って感じだな。おかげで半端な揺さぶり程度じゃ揺らがないくらい強い強い。

 複数の派閥を内包できる組織は、やっぱ強いな。

 

「だが、俺達はやりやすくなった」

 

 オッサンを見て、今更に思う。

 "組織の味方"が居るってのは心強え。

 俺達じゃ付け入ることもできないような組織の隙も、このオッサンとその味方達なら、付け入ることができる隙になってるってわけだ。

 

「エテメンアンキの新造空中要塞、『ヘイムダル・ガッツォー』。神獣鏡はここにある」

 

「ヘイムダル・ガッツォー……」

 

 エテメンアンキ、なんで外敵も仮想敵も居ない人類の事実上の支配者のくせに空中要塞とか新造してるんだろうな。

 多分使うこともねーのにな。

 造るのにクソ金かかっただろうにな。

 バカなのか。

 

「キャロル」

 

「結弦くんの考えてることは分かるし、その考え方も間違ってないよ。

 使う予定のない兵器開発はどうなの? って思うのも普通。

 でも兵器っていうのは、牽制して平和を維持する示威行為にも使うものだから……」

 

「自慰行為?」

 

「そう、示威行為」

 

 そうか、つまり自己満足か。

 

「結弦。私は護衛の身でありながら、アメリカではお前に随分と世話になった」

 

「何言うとんのや、翼の歌が俺らを助けてくれたんやで」

 

「あ、あれは……忘れて欲しい」

 

「翼は私にはできない、私には分不相応、とは言うても嫌やとは言わないんやな」

 

「う」

 

 シャイガールめ。

 自分に何ができる、できない。自信がある、無い。

 そういう細けえことを『ライブ楽しい!』で吹っ飛ばすのに慣れりゃいいと思うんだがな。

 

「んー、ほな、気が向いたら俺に声かけとくれ。バンドにお前の席、いつまでも空けとくから」

 

「お前は私を仲間に引き入れることに、本当にこだわるな」

 

「ロッカーなんて自分の音に惚れて、他人の音に惚れてなんぼやろ」

 

「……」

 

 調さんと切歌さんが抜けたから俺のバンド寂しいんだよ。

 仲間が居てくれたら嬉しいんだよ。

 分かってくれ。

 分かれ。

 

「頼むなー。俺忙しい内に忘れとるかもしれんから、お前から声かけとくれ」

 

「えっ?」

 

「俺忘れっぽいしなあ。

 それに、翼が俺に自分から声かけてくれるんなら、その時点で意志は固まったってことやろ」

 

「……そう来るか」

 

「ってなわけで、時間かけても構へんから、意志が固まったら声かけてくれな。

 でもあんまり長々と待たされとると、俺の方は忘れてしまうかもしれんなー」

 

「まったく。対人交渉における駆け引きは下手なようだな、お前は」

 

 呆れられた。

 ま、これ以上翼に対して押しても無駄だ。

 ここからは押して駄目なら引いてみろ戦略で行く。

 気まぐれでも翼が俺と一緒に音楽やる気になってくれたら、御の字だ。

 

「またお前はあのラブソングを歌うのか?

 ……私も、お前がああいう目的で頑張ろうというのなら、手伝ってやりたいとは思うな」

 

 こいつめ、恋のキューピッド気取りか。十年早いわ。

 その顔やめろ、人並みに恋バナに興味があるくせに人並みに恋愛に縁がない十代女子特有のウキウキした顔やめろ。

 俺にお前と恋バナする気はねえぞ。

 したけりゃさっさとバンドに入れ。

 

「お前達仲良くなったな。俺からすれば翼が公衆の面前で歌ったという時点で驚きだぞ」

 

「叔父様、少し聞いてもよろしいでしょうか。

 アメリカでは私もこの二人を見ていました。

 ですがイギリスではどうだったのでしょうか?

 その……二人で手と手を繋いで街を歩いていたり、などは……」

 

「はい俺帰るんでさようならー」

 

 風向きが怪しくなってきたのでキャロルを連れてさっさと帰る。

 静かな武家屋敷の中に、コトンと鳴るししおどしの音が耳に気持ちいい。

 緑一色の木の葉の合間をくぐり抜けて来る陽光が肌に心地良い。

 武家屋敷の材木のとても良い匂いが、鼻で嗅いでいて心安らぐ。

 いい屋敷だ。

 日本に帰って来たんだな、って思える。

 

 ふと、隣を歩くキャロルの横顔を見た。

 日本を出た時と、日本に帰って来た後で、俺の音楽も随分と変わったもんだ。

 いや、変えられたのか。

 あの夜にこの子と出会った時に、全ては変わった。

 俺も、俺の音も、俺の毎日も。

 全部引っくるめて、この子に変えられてしまった。

 それを悪くないと思う俺がいる。

 

「?」

 

 なんでボクを見てるんだろう、みたいな顔すんな。

 ボク何かしたかな、みたいな不安な顔すんな。

 何か嫌われることしてたらどうしよう、みたいな顔すんな。

 

「キャロル、ありがとな」

 

「へ?」

 

「キャロルに出会えてよかった」

 

「……! ボクも、同じ気持ちだよ!」

 

 そうそう、そういう顔してればいい。そっちの方が俺は好きだ。

 

 だから、こっからは少し口出さないで居てくれると嬉しい。

 

「結弦君」

 

「……お久しぶりやな、慎次さん」

 

 俺はこれから、慎次の(あん)ちゃんと話をしないといけねえんだ。

 

 

 

 

 

 傍流の俺とは違う本家の次男。

 次男だがその実力は長男にも劣らず、能力だけで言えば当主に相応しいもんを持っている。

 ガキの頃だけ神童と呼ばれていた俺とは違って、ガキの頃から成人するまでずっと天才と呼ばれ続け、緒川流忍術をこの若さで極めた一人。

 それが緒川慎次。

 不適合者の俺にもずっとよくしてくれていた、親戚の優しいあんちゃんだ。

 

 俺の忍術なんて、この人には遠く及ばない。

 俺と違って性格も良いし、俺と違って社会的に立派な仕事もしてて、喧嘩を好まないくせに喧嘩は強い理想的な強者。最後に会ったのは、一人暮らしの仕方を教わり終わった時だっけか?

 ガキの頃、俺にとってこの人は憧れの親戚で、大好きなあんちゃんだった。

 今は。

 ……俺は今でも、この人に対して、変わらない感情を抱いているんだろうか?

 分からねえ。

 この人は信じられても、俺の感情は信じられない。

 

「実家には帰らないのかい?」

 

「ややなー、答えなんて分かりきってるやろ?」

 

「……そうか」

 

 慎次の(あん)ちゃんは相変わらず心配症だな。

 一度は俺を引き取ろうとしただけはある。

 ……でもさ、俺と五つとちょっとくらいしか歳変わらねえんだからさ。

 そんなに俺のこと気にしなくてもいいんだって。

 あんちゃんは俺ほどガキじゃねえけど、子供一人抱え込んで仕事と子供の面倒見を別々に完璧に両立できるほど、年食ってるわけでもねえだろ?

 

「慎次さん、そんな気にせんでもええんですよ」

 

「ありがとう、結弦君。昔みたいにシン兄ちゃんとは呼んでくれないのかい?」

 

 やっりづれえ。

 俺の昔のこと知ってる相手だからやっりづれえ。

 ほら見ろ、俺の実家絡みだと思って心配そうな顔で黙ってたキャロルが、"結弦くんの知らない一面!"とばかりにちょっと興味有りげな表情に変わったぞ。

 興味持つな興味持つな。

 

「ごめんな、この呼び方で堪忍したってや」

 

「理由は……やっぱり、そうなんだろうね」

 

「実家との縁、切れるだけ切りたいんや。

 勿論慎次さんとの個人的な付き合いは続けたい。

 でもな、もうあの家に繋がるようなもん、一つも残しておきたくないんや」

 

 この部屋に鏡はない。

 俺の表情と様子を映す鏡は、あんちゃんの表情だけだ。

 だけど、なんだ。

 この話の流れでちょっと安堵の表情を顔に浮かべられると、ちょっと反応に困るな。

 

「俺ン中にずっとあった、あの家への未練。それがようやく、全部断ち切れたんや」

 

「……そうなんだ。それは君にとって、きっといいことだったんだろうね」

 

「うん。俺、次に進もうと思う。

 無いと思ってた未練見つけて、断ち切ったら、随分体が軽くなった気分になれたんや」

 

 自分らしく在れと言われて、自分らしさを自分でちゃんと分かってんのかって言われて、それでようやく俺は自分の全部と向き合えた。長い回り道だった。

 俺が頭の中で割り切ってたことが、ようやく完全に終わった感じだ。

 キャロルとの旅は、俺の中の俺の知らない部分を、何度も俺に教えてくれる。

 

「俺、今ロックンローラーやってるんや。ライブやる時は見に来てな?」

 

「行くよ、必ず」

 

 日が沈むまで、言葉を重ねた。

 想い出を語り合った。

 俺には俺の日々があり、あんちゃんにはあんちゃんの日々があった。

 俺が一人で暮らしている間にも、日本の外側を飛び回っている間にも、この人は日本で何かを守り誰かを助け、この人なりの人生を送っていたんだ。

 そして、成長していた。

 いやそりゃ若いから当然なんだろうが、尊敬してる格上の人物が成長してるの見るのなんかもにょるな。いつまで経っても追いつけねえ気がする。

 

 日が沈んで、あんちゃんとキャロルと一緒に部屋を出ると、縁側で弦十郎のオッサンがタバコを吸っていた。

 ……もしや、今日この時間この場所にあんちゃんが居た理由は、そういうことなのか。

 オッサンに、結構気を使わせてしまったんだろうか。

 お節介なオッサンだ。

 

「話は十分に出来たか?」

 

「心配かけてもうたようで、すんません」

 

 でも、ありがとうなオッサン。いい大人だよあんた。

 あんたが小脇に抱えてるそのクリアファイル、俺やオヤジの写真が透けて見えてるぜ。

 つまりそいつは俺の家庭環境周りの資料。

 ……俺が過去に決着つけたがってたら、その手助けをしてくれるつもりだったんだよな?

 

「手間もかけさせてもうたみたいで……」

 

「俺が勝手にやったことだ、気にするな。

 何かしてやりたい、と思うのは俺の個人的な趣味嗜好という奴だ」

 

 渋いおじさまムーブすんな。かっこいいぞ。

 しかしタバコが似合うなこのオッサン……俺もタバコでロックスター風にカッコつけたいが、肺活量落ちるんだよなあ。

 しかもカッコつけるためだけにタバコ吸う姿って微妙にダセえんだよな。

 俺も後二年で成人。

 酒やタバコが似合わねえのがダサい年頃になってきた。

 

「おおきに。俺はもう大丈夫ですわ」

 

 沈みかけの夕日が、俺の横顔を照らしている。

 真剣な顔の弦十郎さんの横顔も、痛ましそうな顔のあんちゃんの横顔も、俺を信頼した目で見ているキャロルの横顔も、夕日は等しく照らしている。

 

「俺はこの世界のどこかでよろしくやっていく。

 親父(あいつ)も俺の知らない世界のどこかで幸せに生きていく。

 ……それでええんや。それでええんです。

 母さんは幸福に終われなかったのになんでオヤジだけ、とも思います。

 恨んでない言うたら嘘になります。

 それでも、俺ン中にはオヤジを大切に思う気持ちが、ちょっとは残ってて……」

 

 俺の語り口は遅く、言葉を選んでるせいで何度も止まっちまう。

 だけれども、弦十郎さんは黙って次の言葉を待っててくれていた。

 俺が想いを吐き出すのに一番的確な言葉を選ぶのを、待ってくれていた。

 

「オヤジに幸せになってもらいたい気持ちも、ちょっとはあって。

 だけど俺、オヤジが目の前で幸せそうにしてたら、きっと壊しとうなる。

 やから俺、もう二度とオヤジに会おうとは思いません。それでええ、それがええんです」

 

 言い切った。

 これが俺の想い。俺の願い。俺の選択。

 オヤジへの愛も憎しみも、これで全部だ。これが俺の全部だ。

 言い切った俺の頭を、オッサンが力強く撫でる。

 そして何故か俺を抱え上げ、肩車し始めた。

 

「!?」

 

 え、いや、なんでだよ!

 

「ラーメン食いに行くか。美味い店を知ってるんだ」

 

「唐突や!」

 

「唐突で結構! さあ、美味い飯を食いに行くぞ!」

 

 俺は肩車されたまま、強引に連れて行かれる。

 うわっ、逃げられねえ! 変わり身の術が発動しねえ! 関節外しても多分無理だこれ! 力任せでも絶対逃げられんこの腕力! どうなってんだ!

 慎次(あん)ちゃんとキャロルがついて来た時点で、もう何もかもを諦める。

 もうどうにでもなーれ。

 余計なことすんなよオッサン。

 暑っ苦しいし、オッサン臭するし、髪の毛太いからチクチクするし。

 何か色々思い出すだろ。

 

 オヤジに肩車された、もう十年以上前の想い出が頭に浮かんで、なんでか涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラーメン食って、俺とキャロルは二人でウェルの研究室に寄っていった。

 

「どうしてラーメン食うのに僕を誘わなかった死ねぃ!」

 

 ウェルが開発した新型マシンアームが俺の頬をぶん殴る。

 硬気功忍術の応用で防ぐがやっぱり金属で殴られると痛え。この野郎、覚えとけよ。

 俺達がここに来た理由は一つ。

 聖遺物・神獣鏡が収められた空中要塞、ヘイムダル・ガッツォーの分析情報データをウェルから受け取るためだ。

 今、空中要塞は日本に降りてメンテナンスを行っている。

 チャンスはある内に挑戦するもんだよな? 今夜の内に、この要塞も攻略してやる。

 

 と、思ってたんだが。

 ウェルは何か自分の発明品の自慢をし始めた。んなどうでもいいことに時間使うんじゃねえ!

 

「これが僕の自信作。ロック適合係数薬、RoCKERだ」

 

「RoCKER」

 

「これを飲むとなんとなくライブが普段より楽しめるようになる。

 そしてこちらがロック適合係数低下薬、Anti_RoCKERと呼んでいるものさ」

 

「Anti_RoCKER」

 

「今度からは大会前には僕を頼るといい。

 この薬を飲ませればライブが楽しめなくなるから、ライブ人気投票を操作することが……」

 

「お前ホンマロックのこと分かってねえんやな」

 

 なんつー薬作ってんだこいつ。

 とりあえず地図と情報貰ってスタコラサッサ。

 

 俺はキャロルを連れ、エテメンアンキ基地に着地していたヘイムダル・ガッツォーの上に、飛行を混じえて飛び乗った。

 忍者は創作で盛られまくることが多い。

 現実的に考えりゃ、風呂敷で長距離を飛ぶなんてことは不可能だ。

 俺も凧ならともかく風呂敷じゃ大した距離は飛べねえ。

 だからこそ、風呂敷とキャロルの風の錬金術を併用し、ヘイムダル・ガッツォーの上に飛び乗れるだけの飛行能力を実装した。

 俺とキャロルの連携は、日々磨かれてるっつーわけだ。

 

「よっ、と」

 

 キャロルを抱えて壁と天井を走りヘイムダル・ガッツォー内の廊下を抜ける。

 "人間は床を歩くもの"という固定観念に縛られたセキュリティシステムじゃ、床の感圧式センサーを避けて走る俺達を捉えることなんてできやしねえ。

 固定観念に縛られた人間の罠が、ロックンローラーを捕らえることはない。

 

「少しボクに時間を頂戴」

 

 キャロルが水の錬金術で霧のようなものをぶわっと出し、センサーを誤魔化している間に駆け抜ける。

 俺の忍術、キャロルの錬金術。

 二つ組み合わせて突破できないセキュリティなんざ無い。

 世界のどこかにはあるかもしれんが、それも俺達のチームワークは越えていくだろうぜ。

 サクッと越えて、パッパと突破し。

 俺達はヘイムダル・ガッツォー最奥の神獣鏡を手に入れた。やーりぃ。

 

「神獣鏡ゲット。これで後は、聖遺物ガングニールだけやな」

 

「短いようで長かった旅も、そこで終わりだね」

 

 神剣に組み込み、これで完成度6/7。

 世界を救うまであと一歩だ。しかしどこにあるんだよガングニール。

 後で楽天とかアマゾンでそれっぽいの探してみるか。

 

「何か来る。キャロル、こっちに」

 

 神獣鏡を手に入れて、少し広い広間風の部屋に出たところで、床の微細な振動が何かの接近を伝えてくれた。

 ちっ、厄介な。

 キャロルの錬金術、俺の忍術を併用し、壁際で身を隠す。

 だが広間に入って来たのは、人間じゃなかった。

 

「……人形?」

 

 それは、適当な人形だった。

 顔はのっぺりとした平面。肌は人間に似せる気もない陶器に似た色合い。服はなく、ボロ布のような布が巻きつけてあるだけだ。そのくせ指は鋭くて、そこだけ殺意が垣間見える。

 人形は四体。

 ボロ布と体に入ったカラーラインで分けると、赤・青・黄・緑の四色。

 なんつーか、不気味な人形だった。

 

 ……いや、待て。あの人形、俺達が見えてないか?

 

「―――いけないッ!」

 

 キャロルが叫んで、俺がキャロルを抱えて跳んだ。

 

「錬金術の隠蔽が聞かず、赤外線を視る目を持つ人外の極致!

 ……『自動人形』! 譜面刻まず、音楽に理解示さない、酷薄な殺戮機械!」

 

 キャロルの叫びで、敵を理解する。

 だが既に手遅れだった。

 

 一手目。俺が跳んだ先に四体が先回りする。

 二手目。俺が神剣を抜く。演奏するも破壊が間に合わず、ギターが赤色に殴り砕かれる。

 三手目。青色がキャロルを俺の手の中から奪い取り、黄色と緑色が俺を殴る。

 頬と腹に一発ずつ、立てないレベルの強打を貰っちまった。

 息が、できない。

 

「ぐあっ……!」

 

「結弦くん!」

 

『その人形は私の手足。

 私はこのヘイムダル・ガッツォーに搭載された高性能AIである。

 この身は百年前は人間であり、フィーネ様に仕えた者。

 人間であることを捨て、機械の知能となり永遠に人界を守らんとする者』

 

 飛行要塞に自己防衛機能が付いてんのか。

 しかも自称元人間のAI。イカれすぎだろ、そりゃいくらなんでも。

 だが厄介さとヤバさは伝わってきた。

 俺の目の前に、キャロルを捕らえた四体の人形が立っている。

 

「ノイズ、メタルゲンジューロー、次はこれか。やんなるわぁ……」

 

 ()調()()()()()()()()してやがった。

 こいつらを見た今なら分かる。

 メタルゲンジューローは、『ノイズ兵器』と『人形兵器』の中間存在だったわけだ。

 人に近い形、人を真似した形、つまり人形。

 しかもこの人形、俺の音楽による兵器消滅効果への耐性がまた強化されてんな。

 ノイズ<メタルゲンジューロー<この人形、と順調にスペックと耐性が上がってやがる。

 間違いない。

 俺の成長に合わせて、各種兵器をアップデートしてる奴が居る。

 

「これは、俺らをハメる罠なんか?」

 

『罠ではない。

 だが、準備はしていた。

 お前達の存在に気付いたのは、お前達が神獣鏡を確保した瞬間である』

 

 ヤバい。動けねえ。

 

『元より、お前達の求めた聖遺物は揃わぬものだ。

 その旅路は最初から無駄足に終わることが決まっていた。

 ガングニールはとうの昔に失われている。

 運搬中の飛行機が墜落し、落下の衝撃で回収不可能なほど粉砕されたと報告されている』

 

 ガングニールが、もう存在しない?

 神剣ディバインウェポンが完成しない?

 いや、それはいい。そのことは後でいい。

 今すべきはキャロルを取り返すことで、それ以外のことは後に考えればいい。

 なのに動けない。

 息さえできない。

 叩き込まれたダメージが、体の奥深くにまで浸透して、抜けない。

 

「キャロルを……どうするつもりや?」

 

『フィーネ様が、エテメンアンキの王座へと連れて来いとの仰せだ。

 だが、求められているのはこの少女のみ。お前は要らない。連れては行かない』

 

 おいおい、今玉座に座ってんのはフィーネじゃなくてオリジナルキャロルだろ。

 それをフィーネだって誤魔化してるだけだろ。

 嫌な予感しかしねーわ。

 うちのキャロルは、連れて行かせねえぞ。

 

「くああああああああッ!!」

 

 息もできないくらいの激痛で体が動かねえならいい。構わねえ。

 やってやらあ、ロックンローラー舐めんなよ!

 伝説のロックンローラー、ジミ・ヘンドリックスがやった伝説のテクを見せてやるッ!

 

「どぅらぁッ!!」

 

 歯ギターだオラァ! 体が動かなくても問題ねえんだよ!

 ギター出して、歯で弾くッ!

 無理くり出したギターから、今の俺の最大パワーを喰らえ!

 

『ディフェンスフォーメーション』

 

 だが、四体の人形がフォーメーションを組み、錬金術っぽい何かのパワーを使って、俺の渾身の一撃さえ防いでしまう。

 くそっ、ダメか!

 音の反響代わりに返って来たのは、動けない俺に対する赤色の踏みつけ攻撃だった。

 

「がふっ!?」

 

「結弦くん! 結弦くん!」

 

 音楽に理解も示さない人形にやられるとは、俺もヤキが回ったか。

 人間は音楽を好んでも、人形はそうでもないのかもしれねえな。

 だが、知るか。

 お前らがどんなに強かろうが、キャロルだけは返してもらう。

 

 頭から血が流れて、視界が真っ赤に染まってきた。

 

「逃げて!」

 

 俺がそこで最後に見たのは、キャロルが何かを投げる姿だった。

 赤い石のような何かが俺の目の前で弾けて、俺は気付けば夜の街の一角に投げ出されていた。

 初めて出会った時の、キャロルのように。

 意識は明滅し、覚醒と気絶を繰り返す俺は、倒れた体を起こすことさえままならない。

 

「……キャロ、ル」

 

 あの石みたいな何か。

 あれはおそらく、投げて割ることで長距離を移動するものだ。

 二個は持ってなかったんだ。だから、俺にしか使えなかった。

 あの子は。

 自分の身が危険に晒されたあの状況で、俺を助けることを優先した。

 

「……っ」

 

 情けねえ。

 守ろうとしたのに守れず、逆に助けられた俺が情けねえ。

 死にたくなるくらい情けねえ。

 早く、あの子を助けねえと。

 ヘイムダル・ガッツォーが飛翔しちまったら、もう俺には乗り込む手段が無い。

 

「……立、て、よっ……!」

 

 たった数回殴る蹴るされただけでこれだ。

 メタルゲンジューローほどイカれたスペックでも無い気がするが、俺の攻撃を防いだ時に錬金術を使ってやがった。おそらく錬金術も使えるんだろう。

 あの四体を倒して、一刻も早くキャロルを救わねえと。

 最近は全然泣いてねえ、泣き虫なあの子に、怖い思いをさせたくない。

 

「……ぅ」

 

 だけど、体は動かない。

 

 意識が完全に覚醒することも、完全に断絶することもないまま、何時間という時が流れる。

 

 日が昇り朝になった頃、俺は不思議な感覚に気が付いた。

 

「うんしょ、うんしょ」

 

 誰かが、俺を背負っている。

 誰だ?

 自分で言うのもなんだが、俺倒れてた時のキャロル並みに怪しい奴だったと思うんだが。

 キャロルはか弱い美少女だったからいいとして、こんな血まみれで怪しくてデカい男を誰が助けようだなんて思うんだ? わけがわからん。

 

「ひーん、重いよー」

 

 重いんなら、降ろしていいぞ。

 そんなに頑張らなくていいだろ。

 俺なら、大丈夫だから。

 

「大丈夫ですか? しっかり! 頑張って!」

 

 なんだかな。

 熱さと優しさ、両方感じる。

 飛んだり戻ったりする意識の中で、俺の傷の手当てがされているのを感じる。

 いつの間にかベッドの上に寝かせられていた。

 多分あったかいスープっぽいものも飲まされてて、薄い意識でそれを飲み込んでる感じがする。

 傷と消耗、その両方が回復する実感があった。

 

 昼前になって、ようやく俺の意識は正常な状態まで戻る。

 

「あ、気が付いた!」

 

 意識が戻った俺は、命の恩人であるその人物をようやく目にする。

 

「わたくし、立花響と言います! お兄さんのお名前は?」

 

 俺の命を助けてくれたのは、どこにでも居そうな普通の女の子だった。

 

 

 

 

 

 立花響。

 ごく普通の女の子だが、気の優しい女の子。

 多分歳下。俺を寝かせてくれてるこの家は、俺が昔住んでた場所からそう遠くない……小日向の弁当屋の近くだな。

 未来ちゃんとかに顔見せに行きたいが、今はちょっと時間が無いな。

 動けるようになったらすぐにでも出立しなきゃなんねえんだ、俺は。

 

「なんで俺を助けてくれたんや? 何の得もなかったやろに」

 

「困った時はお互い様。けだし名言ですよっ」

 

「ありがとな。君みたいないい子に助けられて、俺は一年分の幸運も使い切った気がするわ」

 

「えへへー」

 

 胸の奥の神剣の調子を確かめる。

 ……神剣が体外に出て来ねえ。消耗がデカいのか。体の芯にダメージが残ってるのか。

 武器がなきゃ駄目だ。

 敵をぶっ殺す武器が無けりゃ話にならねえ。

 武器を出せない限り、俺にはキャロルを助けられない。

 

「どうしてあんなところに倒れてたんですか?」

 

「ん? ……んー、ライブの途中で、熱くなった観客に襲われてなぁ」

 

「どんだけ白熱したライブだったんですか!? あ、ミュージシャンさんだったんですね」

 

「ミュージシャンにさん付ける奴始めて見たなぁ俺……

 それに、俺はミュージシャンやない。ロックンローラーや」

 

「ほうほう、ロックンローラー」

 

 少しふざけた感じに、少々でなく興味がある感じに、立花響が表情を変える。

 

「……一曲弾こか? 俺もウォームアップで体動かしたいと思うとったし」

 

「いいんですか!? お願いしますっ!」

 

 この年頃の女の子相応に、音楽に興味がある感じだな。

 俺はこの子に命を助けられた。俺の中で一番価値があるものは音楽で、俺は現状音楽くらいしか価値のあるものを持ち合わせていない。

 返礼には音楽をあげるのが一番の誠意だ。

 とはいえギターは今出せな……ん?

 

「あれ、出た」

 

「わわっ!? ど、どこからギター出したんですか!?」

 

「あーこれは……ロックンローラー特有のパフォーマンスってやつや」

 

「すごいですねっ!」

 

 さて、そんじゃま一曲馳走しよう。

 ベタベタなスラッシュメタルだが許してくれ。

 こんなんでも、アメリカの大会で一回戦を勝ち抜いた一曲なんだからな。

 

「おおっ……!」

 

 そういう反応されると、楽しくなってきて、演奏に気合入っちまうじゃねえか。

 さあ、こっからクライマックスだ。

 

「……っ!」

 

 リズムに合わせて揺れる聴き手の姿を見ると、こっちまで楽しくなってくる。

 いい聴き手だ。

 音楽を通して気持ちを伝えるだけのことが、こんなにも楽しい。

 弾いて、弾いて、弾いて……そして、一曲が終わる。

 俺が清聴&静聴に感謝し曲の終わりに頭を下げると、立花響の全力の拍手が耳を打った。

 

「とってもよかったです! こう……戦争なくなれっー! って感じがしました!」

 

「お、よく分かるな。君音楽の才能あるかもしれんで。

 少なくとも、音から演奏者の気持ちを読み取る才能はバリバリや」

 

「そうですか? うっれしいなー」

 

 嬉しいのはこっちだ。お前のおかげで寝ぼけた頭が一気に冴えて、ぼんやりしてた自分らしさがまたハッキリ見えてきたんだからな。

 そうだ、俺の音は他人に聴かせるためにある。

 音で『自分』を出すためにある。

 聴く人と俺自身をしっかり意識して、しっかり理解すりゃ、俺の音楽は何度でも蘇るんだ。

 

 音は折れない。音は燃やせない。音は死なない。大切なのは諦めず弾くことだ。

 

 神剣は武器じゃねえ、ギターだ。武器として引き抜こうとしてもそりゃ抜けねえか。焦るあまりに、色々と見失っちまってたみたいだな。

 キャロルが大切過ぎて、見失ってた。

 だがもう大丈夫だ。

 もう、ちゃんと分かってる。

 

 戦うんじゃねえ、歌うんだ。

 俺はいつだってそうして問題を解決してきた。

 戦って当然、戦って相手をねじ伏せて当然、力任せに相手を従わせて当然、みたいなノリで女の子さらいやがったあいつらを、俺は最高の音楽でねじ伏せてやる。

 

 俺を助けてくれたのが、この子で良かった。

 一曲聴いただけで俺が曲に込めた想いを読み取れるこの子は、他人の気持ちが分かる人間で、それでいて気持ちが良いくらいに真っ直ぐだ。

 俺が幸運だったのは、この子が良い聴き手だったこと。

 勘だが、この子は音楽を聴くにしても、人の話を聞くにしても、結果的にそれをいい方向に導ける人間であるような気がする。

 

「な、もし君の自分の一番大切な人が大ピンチだったらどないする?」

 

「走って行って助けます!

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、走って行って助けます!」

 

「うん、そうやな。それが普通や。だから俺も、そうすることにしよかな」

 

 俺の心にまでパワーが湧いて来そうなくらいに、良い返答だ。

 "打てば響く"ってのはこういう奴のことを言うんだろうな。

 響の言葉に背中を押され、俺は立ち上がる。

 

「……っと」

 

「ええっ!? だ、大丈夫ですか?」

 

 だが歩き出そうとした途端、ふらついちまった。

 咄嗟に俺を支えてくれた響ありがとう。それと悪い。

 まだ本調子じゃねえみたいだ。

 

「ご飯食べましょう、ご飯!

 気休めかもしれませんけど、ご飯食べればエネルギーになりますよ!」

 

「ええんか? ご飯までご馳走になるのは……」

 

「私も今食べるところでしたから、気にしないでください。

 ちょっと調子が悪くても、美味しいご飯を食べればへいき、へっちゃらです!」

 

 サンキュー響。

 だが茶碗に山のように白米を盛るのはどうかと思う。

 足りない血肉を補うためレバーと肉の切り身を白米でかっこみ、エネルギーを補給開始。

 食えば食うほど調子が上がっていく。

 もしや、完成直前で性能が増加した神剣が体内に何か作用してんのか?

 食った分だけ治っていくのが分かる。

 まるでディバインウェポンが"もう少し頑張れ"って言ってきてるみてえだな。

 

 分かってる、ディバインウェポン。お前を作ったお前のお母さん(キャロル)は必ず助ける。

 

「あの、さっきの話ですけど……

 もしかしてロックンローラーさん、大切な人を助けに行こうとしてるんですか?」

 

「おう。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、助けに行くんや」

 

「ほえー、そんなに想ってるなんて……もしかしてその人のこと好きなんですか? このこの」

 

「―――ああ、好きやで。何よりも大切に思うとる」

 

 おい。

 俺が嘘偽りなく返答したらフリーズすんな。

 恋愛経験ゼロのおぼこかよ。

 

「好きな娘やからな。命くらいならいつでも賭けたる」

 

「ふわぁ……」

 

 顔赤くすんな。純情派か。

 

「き、聞いてる私の方が照れてきちゃうわけなんですが」

 

「俺別に隠しとらんからなあ。俺の好きな娘は気付いとるか微妙なんやけど」

 

「片想いですか! 片想い、わー! 応援してます! 頑張って!」

 

「テンションたっかいなぁ」

 

 なんかいちいち面白い挙動見せる子だな、立花響。

 ……ん?

 あれ?

 え?

 ちょっと待て。

 

「あ、そこに飾ってある石が気になりますか?

 昔拾った……というか、ぽーんと飛ばされて来たその石が私のポケットに入ったんです。

 なんてミラクル! と思ってたら、とても綺麗だったので今の隅っこに飾ってたんですよー」

 

「……そうなのか」

 

「私これから洗い物してきますので、ゆっくりしててくださいね」

 

 響が台所に引っ込んだのを見てから、その綺麗な小石とやらをポケットに入れて、居間を出る。

 悪いな、恩を仇で返すようなことして。

 恩返しに世界救って、その後また改めて恩返しに来るからよ、今日のところは勘弁してくれ。

 

「ごめんな。後で返しに来るから、ちょっとこの石貸しといてや」

 

 俺はどうしても、すぐにでも救わないといけない子が居るんだ。

 

「君の力、ちょっと借りてくで」

 

 だから立花響。ちょっとだけ、俺の心に力を貸してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は再び、ヘイムダル・ガッツォーの前に立っていた。

 やはりと言うべきか、一度潜入に失敗したせいでヘイムダル・ガッツォー周辺にずらりと厳重な警備が敷かれている。

 銃やアーマーで装備を固めたエテメンアンキの兵士達は、それだけで一国を制圧できそうなほどの質と量を備えた戦力だった。

 

「子守唄どうぞやでー」

 

 そこにロックをぶち込み、全員を一瞬で気絶させる。

 こいつらは鳴子だ。

 つまりこいつらが倒れることで、俺がここに来たことを知らせる警報機になるってわけだ。

 予定調和のように、あの四体ののっぺらぼう自動人形が現れる。

 ヘイムダル・ガッツォーからは、例の人間を改造してAIにしたっつー、ヘイムダル・ガッツォーのAIの機械音声が響いて来た。

 

『一人で来たのか。自殺志願者か?』

 

「いんや、演奏希望者や」

 

『演奏……? 意味が分からない。

 何をしにきたのだ、お前は。

 理論上今のお前の神剣では我々には敵わない。

 そしてお前の力を伸ばすための聖遺物は、既にこの世に存在しない』

 

「それはどうやろな?」

 

『……何?』

 

 俺は、立花家から拝借してきた綺麗な石をポケットから取り出し、コインのように指で弾く。

 

『! バカな! それは、それはッ―――』

 

 そして、それを―――手にした神剣(ギター)に取り込ませた。

 

 

 

『―――ガングニールだとぉッ!?』

 

 

 

 そうだ、コレが最後の聖遺物。

 

「目覚めろ神剣、ディバインウェポンッ!」

 

 探し求めていた七つ目。

 

「キャロルを救うため、俺に力を貸してくれッ!」

 

 立花響が綺麗な石だと思い込み、居間にずっと飾っていたものだ。

 

『ありえん!

 それは運送中の飛行機が山に墜落し、失われた聖遺物だ!

 地上のどこを探しても見つからなかった!

 どの組織もそれをこっそり回収して保管してもいなかった!

 だからこそ、落下の衝撃で粉砕され失われたと結論付けられたのだ!』

 

「ぽーんと飛んでどこぞの女学生のポケットに入って、それ以来家に飾られてたそうやで」

 

『そんな奇跡があってたまるかッッッ!!!』

 

「あったんや。そんな奇跡があって、そいつが俺の手に渡る、そんな奇跡があったんやで」

 

 奇跡は俺の味方をしてくれた。

 どうやら奇跡は、俺にこう言っているらしい。

 "惚れた女の子くらい自分の手で助けてみせろ"ってよ。

 ここまで奇跡さん達に手ぇ貸してもらったんだ、情けねえ姿は見せられねえよな?

 

「キャロルは俺が取り戻す。

 てめえごときから一人で取り返せんようなら、俺に世界なんて救えるはずないやろ?」

 

 だから、キャロルを返せこの野郎。

 

「さあとくと聴け!

 今ここに、俺とディバインウェポンの大合奏!

 キャロルが信じた、世界を救う歌があるッ!!」

 

 じゃねえとてめえを、マシンボディのまま、ロックが無いと生きられない体にしてやんぞ。

 

「AIやろが人形やろが関係ねえッ!

 こいつをちょいとでも楽しめたなら俺のファンになるんやで、てめえらッ!!」

 

 見ろ。

 聴け。

 感じろ。

 こいつが、てめえらのロック初体験だッ!!

 

 

 


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