売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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 ちなみに原作ファウストローブの定義が『聖遺物の欠片より変換されたエネルギーを錬金技術の粋によってプロテクターの形状として錬成させたもの』なので、主人公がその場のノリで出してる鎧とかは定義上全部ファウストローブです
 なおメタル・ゲンジューローの攻撃を食らった場合


ロックンローラーLV30

 喋る余裕がない。

 でもキャロルちゃんの声がよく聞こえる。

 

「結弦さん! 結弦さん!」

 

 しんどい。

 すげえしんどい。

 手当てしてもらって既に止血は終わってる。だがすげえしんどい。

 休んでいれば徐々に回復するが、今この状態で喋るのはクソしんどい。

 弱りきって喋れないフリして、話聞いて状況を把握すんのがいいだろう。

 ダルい時はサボるに限る。

 

 ほうほう。

 なるほど。

 状況把握。

 

「改めて名乗らせてもらおう。俺は風鳴弦十郎。

 ウェル博士の打診を受け、派遣された日本政府のエージェントだ」

 

 このオッサンの名字クッソ見覚え有るけどそれはいい、別にいい。

 どうやらこのオッサンがあの兵器のオリジナルらしい。

 キャロルちゃんとオリジナルの関係みたいなもんか?

 だけど遺伝子一つであんだけ強いとか何だお前。

 お前本当に人間か。

 ゴジラか千手柱間みたいな細胞しやがって、全人類に謝れ。

 

「ボクの名前は……」

 

「……? どうした?」

 

「……いえ、キャロルと。キャロルと、呼んでください」

 

 いかん、寝たふりやめて励ましたくなってきた。

 

 オッサンがここに来た理由は分かった。

 なんでもあのウェルの野郎、最近擦り寄る対象を考え直して、色んなところに声をかけているらしい。んで日本政府直轄の研究所にも声をかけてたんだとか。

 それであのオッサンが色々と調べに来たってわけだな。

 つかあの野郎本当に節操ねえな。そんな勢力ポンポン変えるとかビッチかよ。目的果たせるならどの勢力にも所属しますってか? ビッチウェルめ。

 

 ウェルの情報で動いて死にかけて、ウェルの行動の結果助かった俺。一から十までウェルだ。

 あの野郎、自分本位で動き回った結果何もかも引っ掻き回して、最終的に誰も彼もを振り回すタイプだ。ぶん殴りたい。

 

 キャロルちゃんが細い指でなんか俺の顔に手当てして……くせっ。

 くせっ、超くせえ! キャロルちゃん小さい傷も見逃さず俺の顔にまんべんなく湿布貼ってやがる! 超くせえ!

 やめろ! 女の子の手当てとかいう男の夢に湿布の悪臭を添えるんじゃない!

 

「キャロルはどうしてあそこに居たんだ?

 俺は君に助けを求められてあそこに行き、戦っただけだが」

 

「……ボクも、なんであそこに行ったのか分かりません。

 助けを求めたのも、彼を助けられそうな人なら誰でも良かったんです。

 彼を助けたいという気持ちだけで動いていたかさえ、分からないんです。

 ただ……じっとしていられなくて、何もしないではいられなくて」

 

「よく分からんな。俺だけでなく、君自身もそれがよく分かっていないんだろう」

 

「はい」

 

 ……ああ。

 幸運も絡んだとはいえ、このオッサン連れて来てくれたの、キャロルちゃんだったのか。

 

「何かがしたかったから動いたわけではないんです。

 何かを決めたから動いたわけでもないんです。

 でもボクは彼が居なくなってしまうのが嫌だった。

 ボクは、"そうなってしまったら嫌だ"っていう気持ちだけで動いてしまって……」

 

「それの何かが悪いのか?」

 

「それは……」

 

「来て欲しくない未来を回避するため、戦うのも人間の本質だ。

 俺は君達の関係を知らないが、君はこの少年に死んで欲しくなかったんだろう?」

 

「……はい」

 

「なら、深く考える必要はない。君は善いことをしたんだ、そこには自信を持て」

 

 キャロルちゃんに聞かせてる声が、ゆったりとしていて優しい声だ。

 いい人だな、このオッサン。

 "いい父親"っぽい人ってのはいい人だ。

 子供を導こうとする人は、なおさらに。

 

「そうです。ボクはこの人に死んでほしくなかった。傷付いてほしくなかったんです」

 

 もうすっかり気心知れたダチ同士だな、俺達も。

 

「でも、ボクが巻き込んでしまったせいで、この人の体は……」

 

 ……やなこと、思い出させてくれる。

 

「腕が、足が、目が……ギターだって、きっともう……」

 

 喪失感の上に、罪悪感がのしかかって来やがる。

 

「ボクのせいで、あんなにも楽しそうに弾いてた、結弦さんの手が……!」

 

 俺まで気が滅入ってくる。ギターなんて両手持ってなんぼだ。だけど手当てされた俺の腕は、肩の近くからすっぱりなくなっちまってると、痛覚が教えてくれている。

 旅に付いて来なけりゃ良かったと、キャロルちゃんのせいだと、こんなことになると分かってたら来なかったと、ほんのちょっとでも思ってる自分が情けない。

 違えだろ。

 自分の意志で選んだんだろ。

 好きでここまで付いて来たんだろ。

 なら、後悔なんてあるわけがない。情けねえこと考えてんじゃねえぞ、俺。

 

「大切な仲間だったんだな」

 

「はい。大切だから、守りたかったんです。

 でもいつの間にか寄りかかりすぎて、頼りすぎてて、守られていたんです。

 ……ボクは頼られたかったけど、頼られるのは、難しくて。

 小さくて役に立たないかもしれないけれど、ボクのこの腕をあげられたらどんなにいいか……」

 

 俺の心に浮かんだクソみたいな考えと、キャロルちゃんの純真さの比較で泣きそう。

 

「そこまで好きだったのか。

 俺もこの歳になると、若者のストレートな気持ちはこっ恥ずかしく感じるな」

 

「す、好きじゃないとは言いませんけど、そこまでストレートに好きというのも、その……」

 

「ん? そうか。すまないな、子供の男女の仲を邪推した俺が悪かった」

 

 目も手も足もない。死にたいくらい苦しい。

 でも想われてる。それが苦しい。

 自分の心の情けなさが痛い。何も考えたくない。

 止まっていてえのに、止まりたくない。

 

 嬉しいって気持ちに泣きてえって気持ちがぶつかって、だんだん感情が高ぶってきて、抑え込んでた蓋の下から飛び出しそうになる。

 叫びたい気持ちを口を塞いで抑え込んでたら、目元から感情が吹き出してきやがった。

 ……今更になって、悲しいやら嬉しいやらで、感情が溢れてきたのかもしれない。

 

「ふぐぅ……」

 

「……ま、まさか結弦さん、寝たふりを……」

 

「寝たふりしててごめんなぁ……でもちょっと、うるっときて……」

 

「……えぅ」

 

 キャロルがちゃんが聞かれていないと思っていた話を聞かれていたことを恥ずかしがり、俺への申し訳無さからか表情を歪めて、手当て後で上半身裸だった俺を見て頬を赤らめ、傷跡に目が行って顔を真っ青にする。

 多分俺もそんな感じになってんな。

 俺とキャロルちゃんがちゃんと話ができるようになるまで、そこからたっぷり10分はかかった。

 その間、弦十郎とかいうおっちゃんは微笑ましそうにこっちを見守ってるだけだった。

 おい、コラ。

 オッサン、この状況をちょっとだけ楽しんでんだろてめえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情報と認識すりあわせて、マンションの俺が借りた部屋で三人揃ってたむろする。

 俺の体の状態が状態だ。下手な医療施設には行けねえし、動き回るのも死にかねない。

 病院行かなくても死にはしないが、できれば横になっていたい。

 しんどいし。

 ダルいし。

 できれば看病して欲しい。

 優しく看病されたら一瞬くらいなら「もしや腕切られてお得だったんじゃ」とか思えるかもしれねえし。……いや、ダメだ。思えん。ダメだ俺。腕返せエテメンアンキぃ!

 

「ほれほれご覧あれ、俺の得意芸、片手ストリングスパイダーベイビーやでー」

 

「わぁすごい……ってそれはボクに対する何のアピールですか!?」

 

「なんやキャロルちゃんがまた過剰に罪悪感抱いとるなあ、と思うてな。

 そら無駄や。意味ない過剰な自責やで? 片手もこんだけのことができとるし。

 スーパーなら100円で買えるアイスクリームを遊園地で300円で買うような無駄過剰や」

 

「! お言葉ですが! それは違うと思います!

 結弦さんの手は、とっても、とっても大切なものです!

 ボクが変なんじゃないです! 自分の身をもっと大切に思ってください!」

 

 ……あれま、こういうとこで反論してくるとは珍しい。

 というか、こんな強情さを見るのは初めてだ。

 変わったのは彼女の心の形か、それとも俺達の関係か?

 彼女は怒ってる。

 俺の腕のために怒ってくれてんのか。

 俺のために怒ってくれてんのか。

 なるほど、なるほど。

 ……。

 でもな、そこで君に罪悪感抱かれんの、俺も認められねえんだわ。

 

「チリには隻腕のギタリスト、アンドレス・ゴドイがおる。

 イングランドには隻腕のドラマー、リック・アレンがおる。

 ベーシストにもビル・クレメンツって隻腕の奏者がおるんやで?

 へーきへーき、こんなん軽いわ。

 安心せえ、キャロルちゃん。片腕でもロックンローラーは出来るんや」

 

「……え? そうなんですか?」

 

「心臓、手、足、目のないロックンローラー。こんなロックな存在前代未聞やで……!」

 

「結弦さん、こうなってもいつも通りって、心の強さがおかしいですよ……」

 

 辛い。

 キツい。

 絶望的だ。

 片腕でできることなんて限界がある。結局、どんなに努力しようが両腕は戻らない。

 天才中の天才でも、腕の数の差を無いもののように扱うことなんてできやしないんだ。

 その上俺は、元から大した腕でもない。

 今じゃ聞くに堪えない演奏しかできねえだろう。

 苦しい。

 不安だ。

 自分の情けなさに嫌悪感しか感じない。

 

「いや俺がハート強いんやなくてキャロルちゃんがよわよわなんや。

 俺普通。俺標準。こんぐらいで折れるハートでロックンローラーやれるかいな」

 

「……普通に落ち込んだり、悲しんだり、泣いたりしてもいいと思いますよ?」

 

「せえへんせえへん。傷が完全に塞がったら、また練習開始やな」

 

 罪悪感をこの子に背負わせない。音楽は続ける。だけどそれは、この子のためだけじゃない。

 この子のためで、俺のためだ。

 音楽で食っていくと決めた、俺の決意のためだ。

 手足が欠けたくらいで、折れる程度に薄弱な意志じゃねえんだよ。

 まだやれる。

 まだ戦える。

 まだ弾ける。

 逆境に反抗しねえで何がロックだって話だ。

 

 野郎は俺の目玉と手足は奪っていったが、ロック魂までは奪えなかった。ざまあみやがれ。

 

「泣きたくなったら、ボクが胸を貸してあげますよ!」

 

「胸ねえやんけ」

 

「……あった方がいいですか?」

 

「胸大きくなるまではそんな気ぃ使わなくてもええってことや。背ももうちょい伸びてからな」

 

 こういう気の使われ方をしても、ありがたいが同時に自分が情けなく感じちまう。

 しょっちゅう泣きそうな顔するくせに、自分が一番メンタル弱っちいくせに、頑張って他人に気を使おうとしてやがる。他人が頼れる自分になろうとしてやがる。

 頑張り屋なこの子を見てると、俺の頑張りがまだ足りてねえ気さえしてくる。

 

 もうこの際だ。

 無くなった右腕にロケットパンチか花火を仕込んだ義手をつけるしかねえ。それしかない。

 来たるべき俺の未来の特大ライブのパフォーマンスに使うしかねえ。

 ロケットパンチで心を惹きつけ、片手で出来る演奏でハートを掴む。これだ!

 

「いいですか? ボクは結弦さんが思ってるほど歳下じゃないです。だから遠慮なく……」

 

「あ、電話。キャロルちゃん出て。あ、弦十郎さんは座っててええですよ」

 

「……もー」

 

 キャロルちゃんが電話に向かう。

 弦十郎のオッサンが残ったが、初対面の人間同士特有の変な空気にはならない。

 気さくで話しやすい空気、朗らかな笑顔に威風堂々たる容姿。

 このオッサンは気弱な奴には怖く見えるだろうが、『理想の男』みたいなもんを頭に描いたことのある男なら、まず"憧れ"の印象が先行するからだ。

 かっけえなこのオッサン、とかくいう俺も思っていた。

 

「緒川結弦くん、だったな」

 

「はい」

 

「俺はその名前に聞き覚えがある」

 

「せやろなあ」

 

 俺も聞いたこと有るぜ、あんたの名字。

 

「詳しい事情は聞かん。

 だが、日本に帰る気はないか?

 何か問題が有るなら俺が口利きしてやる。

 働き場所くらいなら用意できる。この怪我で、お前に思うところがあるのなら……」

 

「あらへん」

 

「ふっ、即答か」

 

「おーきに。ありがとうございます、って言葉でもきっと足りん。

 あんたのその気遣い、俺はめっさ嬉しい。

 でもな、俺はまだ途中なんや。あの子も途中で、ゴールはまだ遠い」

 

 オッサンが眉を顰めた。

 情報のすり合わせの時に教えた、統一言語の果ての全人類精神融合の話でも思い出してるんだろうな。

 相互理解の土壌を持って来たフィーネが悪いのか、統一言語を貰っても理由探して争ってる人類が悪いのか、勝手に月の欠片で実験して失敗して精神融合招き寄せたアホが悪いのか。

 そういうのを考えちまうんだろうな、真面目な社会人って奴は。

 

「俺はキャロルちゃんと世界を救う旅、続けるんや」

 

「その体でか?」

 

「義足付けりゃまあそれなりに大丈夫なんやないかと思うわけで」

 

「無茶を言うな。その気合いだけは買うがな」

 

「あ、そういや聞きたかったことあったんや」

 

 少し、俺とこのオッサンの精神的な立ち位置を考える。

 交渉相手っぽく、対等に話せる位置取りを考えた方が良さそうか。

 

「俺達の事情あらかた聞いて、どう思ったか聞いてええですか?」

 

「気になるか? 俺が味方になるか、そうでないか。

 日本政府か、その一部でも味方につけられるか、そうでないかが」

 

「勿論。だから俺は俺らの目的とかの話したわけやし」

 

 考えることがクソ苦手な俺だが、キャロルちゃんが本当に復帰したかも分からない今、考えることはキャロルちゃんに丸投げとかも言ってられねえ。

 俺も過去に赤ペン先生に褒められたことがある男。

 全く役に立たんということはないはずだ。

 幸い、運良くこのオッサンが居る。

 このオッサンを通して日本政府とか金持ちとかと、繋ぎを作れればラッキーだ。

 そうすりゃ、ウェルとの関係が改めて切れる。

 

 新しいパトロン出来たんでー、お前もう要らねえから! ってウェルに言ってやりたい。

 あいつは全く気にしないかもしれんが、一発かましてやりたい。

 それに、だ。

 俺には今んとこあいつがこっちを裏切らない形で関係を構築できる気がしねえ。ウェル博士と手を切って他のとこから支援受けろ、とキャロルちゃんに勧められる協力相手が欲しい。

 

「難しいな」

 

 って、そこは色好い返事返してくれよオッサン。

 

「日本は基本的に従属気質だ。

 今の世界各国はエテメンアンキの管理下にある。

 俺は日本政府からの依頼で来ているが、日本政府がそこまで冒険をするとは思えん」

 

「せやろな、知ってた」

 

「お前達は一言で言えば革命家だ。

 保守的な勢力からの支援は期待しない方がいいだろうな。

 特に日本からの支援は、公的なものの一切を諦めた方がいい」

 

「独裁とか革命とかにうちの国が縁遠い理由がよく分かるわ」

 

 日本人すげーよな。昔は1999年に恐怖の大王が来るって信じてたとか信じらんねえわ。

 

「だが、少数であれば支援も可能かもしれん」

 

「と言うと?」

 

「俺と俺の周りの人間くらいなら支援に動かせる。俺の部下に、緒川慎次という男が居てな」

 

「……!」

 

 このオッサン、いい性格してやがる。

 

「全部分かって言っとんのやろ、オッサン」

 

「そいつは、俺達の協力の申し出を受けるという意思表示でいいのか?」

 

「ああ、勿論や」

 

 片方欠けた目で、片方欠けた腕を見る。うん、我ながら無様な状態だ。

 

「俺がどっかでくたばったら、あの子のこと頼むで」

 

「……お前」

 

「寂しがり屋なんや、あの子」

 

―――また一人になってしまったらって……ボクは思ってしまうんです

―――こんなにも怖がりで、自分のことしか考えてない自分が、嫌いなんです

 

 ああいうこと言うような子は、一人にしない方がいい。

 

「弦十郎さんくらい強い人なら、まあ安心やろ?」

 

「……俺はこれからホテルに戻る。

 俺が動かせる人員については根回ししておこう。

 だが、心しておけ、結弦。

 自分が死んだ後のことを今から考えているようでは、お前が守りたい人など守れんぞ」

 

 部屋を出て行く人型ゴジラ。

 去り際までかっこいい奴め。少しその男らしさ分けやがれ。

 言いたいことは分かるが、今の俺に何が出来る? 俺に出来ることっつったら、後はできるだけ足手まといにならないようにすること、俺がくたばった後に備えることだけだろ。

 流石にこんな欠損野郎は役に立たねえ。

 俺が死んだ後、代わりにディバインウェポン完成させてくれる奴が必要だ。

 だってよ、俺の失った手足は戻らねえんだから、しょうが――

 

「結弦さん結弦さん! 結弦さんの手足!

 元の手足と同じように動かせる義手義足、ボクが作れるかもしれません!」

 

 ――はえーよ解決ッ! てめえ俺のこの苦悩をどうしてくれるッ!

 

「キャロルちゃんさあ、もうちょい悲劇のロックンローラーな雰囲気に浸らせてくれても……」

 

「悲劇のロックンローラーになんかしません! ボクがさせません!」

 

 本当に眩しいなこの子。俺がクッソ汚れて見える。

 

「そや、電話誰やったんや?」

 

 ぴくっ、とキャロルちゃんが反応する。

 おい待て、何だその反応。

 

「……ウェル博士からでした」

 

「おい」

 

「ウェル博士から技術交換を持ちかけられまして……

 キャロルが秘蔵していた特級の秘匿技術をいくつか、提供しまして……」

 

「おい」

 

「で、でもですね! 代わりに優れた生化学技術を頂きました!

 これさえあれば良い義手義足が作れます!

 ウェル博士は上機嫌で高笑いしてまして、結弦さんにサービスで眼球をプレゼントすると!」

 

「眼球プレゼントされて『わーいうれしー!』って素直に喜ぶ奴がどこにおるねんッ!」

 

 あ、そういう?

 この流れももしかしてウェルの計算?

 そうでなくてもこうなる可能性は考慮してた?

 すげーなあいつ、今頃俺がキレてんの想像して爆笑してんだろうな。クソが!

 

「君はなー! そうやってなー! 俺に断りも無しでなー!」

 

「だ、だって! 結弦さんがどう思おうと、ボクにとっては大切なことだったんです!」

 

 なんでそうやって他人の食い物にされちゃうかなこの子は!

 嬉しくないのかって言われたら嬉しいに決まってんだろファック! って言うがな!

 

「錬金術だって使えるくらいに器用な手を仕上げてみせます!」

 

「ああ、もう、好きにせえよ……」

 

 考えてみりゃ、ここの電話番号知ってる外部の人間ってウェルだけじゃねーか。電話かかってきた時点で察しろよ俺。アホじゃねえの?

 こんな簡単なことさえ失念してるレベルだと、ちと危険だな。

 自覚してない部分で結構精神的ダメージ食らってたのか。

 平常心平常心。刃の下に心置くべし。

 

 キャロルちゃんはどこからともなく研究開発用の機械やら薬品やらを運び込んで来る。

 自前のものだけか、ウェルのものも含んでいるのか。後者だと思うがそうだとしたら複雑だ。

 

「あ、キャロルちゃん」

 

「どうしたんですか?」

 

「ありがとな、俺のためにここまでしてくれて。

 それと、ごめんなぁ。この借り、俺はキャロルちゃんに絶対返すと約束するで」

 

「……ふふっ」

 

「え、急に笑ってどしたんや」

 

「いえ、ボクが感謝したい時、ボクが謝りたい時。

 そんな時にはいっつも、結弦さんに感謝されたり謝られたりしてるな、って思ったんです」

 

 そうだっけか? ……そうだったな。そういやそうか。

 

「不思議ですよね。

 ボク、落ち込んでた理由に何の答えも出していないんです。

 でも俯いていられない理由ができたから、今は俯いていないんです」

 

 大好きな親が死んで何もする気が無くなった人間が、あまりの空腹のために飯を食いに動いて、その自発的行動が心を上向かせた、みたいな話は聞いたことあるな。

 この子は俺のために顔を上げてくれた。

 本当に情に厚い子だ。

 他人を思いやる時のこの子は、俺なんかより遥かに心が強え。

 

「ボクの気持ちが分かる結弦さんには、ボクにも分からないボクの気持ち、分かりますか?」

 

 胸に手を当て、彼女はそんなことを聞いてくる。

 俺は拳を額に当て、分かるわけねえだろという返答を口の中で噛み潰す。

 なんつーか、あれだな。

 やっぱ俺達、足りてねえな。

 

「一緒に話そうや、朝まで。研究と開発の合間でもええから」

 

「お話ですか?」

 

「せやせや。

 俺は君のことを全部は知らない。

 君は俺のことを全部は知らない。

 俺ら、相互理解すべきやと思うんや」

 

 俺達にはきっと、『相互理解』が足りてない。

 

「俺は君のことが知りたい。君に俺を分かって欲しい。そんなもんでええんやないかな」

 

「……えへへ、ボクも今、同じようなこと思ってます」

 

 俺達には統一言語なんて便利なものはねえから、時間をかけよう。

 言葉を尽くそう。

 それでいいんじゃねえかと、俺は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は寝ていることしかできない。

 彼女は手と口を器用に並行して動かして、一定の時間放置しておく必要がある作業を優先して先にやり、俺と話す時間と余裕を作っていた。

 居心地のいい空気だ。

 そう、例えるならば先生が遅刻したせいで自習になった一限目の教室。自習とか言われてるけど皆好き勝手に席を離れてくっちゃべっているあの時間。あれに似ている。

 

「ボクはロールアウトから十数年が経っています。結弦さんはおいくつですか?」

 

「18歳やで。27歳で死ぬ予定やから、もう残り寿命は十年切ってしもうとるな」

 

「そんなのにこだわらず、長生きしてください!

 あ、そうだ。ボクが十数年生きてるということは、結弦さんのお姉さんかもしれませんよ?」

 

「キャロルちゃん、夢は口に出した時点で寝言やで」

 

「ひ、酷い! そりゃ19歳でも18歳でもないですけど!」

 

 今更そんな夢見てどうすんだよ。

 

「そやそや、そんだけ生きとんのや、自分の名前とか考えへんの?」

 

「キャロル以外の名前ということですよね。結弦さんはその方が嬉しいですか?」

 

「えー……いや、できればキャロルちゃんはキャロルちゃんのままの方が呼び慣れとるなあ」

 

「あ、やっぱりそうでしたか。そんな気がしたんです」

 

「言うて、オリジナルと同じ名前のままは嫌とかないんか?」

 

「ボクは元々、そういうのはあんまり。

 この名前も便宜上使っていただけで、好き嫌いの感情は無かったんです。……でも」

 

 でも?

 

「友達が親しみを込めて何度もこの名前を呼んでくれたから。

 だから今では、この名前とボクの名前を呼ぶ声の全部が、ボクの大事な宝物です」

 

 ぐあああっ、こっちを真っ直ぐに直視してくる。視線が眩しい! 純真さがまばゆい!

 

「ボクは、この名前をもう少しだけ使っていたいです。

 『キャロル・マールス・ディーンハイム』でなくていい。

 『キャロル』でいい。ボクは誰かに呼ばれるためのこの名前を、もう少しだけ……」

 

 名前は記号だ。

 個々人をラベリングするための記号。

 この子はオリジナルに立ち向かい、その真意を確かめるまではきっと、この名前を使い続けるんだろう。

 

「ボクが新しい名前を得る時は、全てが終わったその時に」

 

「そりゃええなあ、そん時は俺も一緒に名前考えたろ」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 『キャロル』との決別。

 それがきっと、俺達の旅の終わりになる。

 

「『キャロル』以外の名前を使うなんて初めて、ちょっとドキドキします」

 

「キャロルちゃん、オリジナルの記憶持っとるんやったな、そういえば」

 

 オリジナルの方のキャロルが小学校の頃に好きだった男の子に告白して無残に玉砕した記憶とかも持ってんのかね? いや、流石にそんなのはないか。

 

「『キャロル』は、魔女狩りの時代に生まれた錬金術師です。

 『キャロル』の父は魔女と罵られ、火あぶりの刑に処されました。

 ボクにもその記憶が、主観の記憶が残っています」

 

「魔女狩り……そらまた随分昔な」

 

「キャロルが今、何を目的としているかは分かりません。

 ですが十字架を掲げた彼らがパパを焼いたあの光景が、原動力であることは確かです」

 

「そらロクな目的じゃなさそうやな……ん? 十字架?」

 

 あ、やべっ。俺がプレゼントしたやつだ。

 

「キャロルは、十字架が大嫌いなんですよ。嫌な想い出を想起してしまうので……」

 

「ごめん! ほんっとうにごめんな!

 あのプレゼント、嫌な思いしたやろ! 無神経でホンマ――」

 

「嫌な思いなんて、そんなわけありません。とても嬉しかったですよ」

 

「――えっ」

 

 なんでやねん。

 

「『キャロル』は十字架が嫌い。

 『ボクの中の記憶』も、十字架に嫌悪感を覚えました。

 でも『ボク』は、これを貰って嬉しいって、そう思ったんです」

 

「……俺も、友達に貰ったもんは宝石みたいに大事にしたなぁ」

 

「はい、これもボクにとっての宝石です。

 これを貰って、ボクは初めて……

 自分とキャロルが違うものであることを、強く意識しました。

 そして、違うものであってもボクがキャロルを特別に思っていることを、初めて認識しました」

 

 自分の外側の誰かに接して初めて、自分らしい答えを出す。

 この子らしい苦悩からの脱出の形だな。

 ……とても綺麗な、解答の出し方だ。

 

「ボクは、『キャロル』とは違う」

 

「ああ、せやで」

 

「ボクはキャロルの真意を聞き出し、解答次第でそれを止めます。

 世界を救って、結弦さんを死なせず聖剣を抜く方法を探します。

 あなたをただの人間に戻して、全てが終わった平和な日々の中にあなたを帰します。

 それが、結弦さんのお陰で見つけられた……"とりあえず"のボクの生きる意味です」

 

 天真爛漫な少女の笑顔。

 これだけで一曲作れちまいそうだ。

 

「すんごいなあ、キャロルちゃんは」

 

 褒めるとこうしてすぐ照れる。

 素直で、純粋で、純真で、純朴で。

 見てるだけで俺の劣等感がじわじわと疼きだして、胸は暖かく、胸は痛み。

 

「あ、そうです。結弦さん、その、前からお聞きしたかったことがあったんですが」

 

「ん? なんや?」

 

 そんな彼女の、まっすぐな視線が。

 

「その……ご両親とは、上手くいっていないんですか?」

 

 俺に、自分の過去と向き合うことを求めているように見えた。

 そんなはずがないのに、俺にはそう見えちまった。

 なんでそう見えたのかさえ分からない。

 だが気付けば、俺は全てを語り出していた。

 

 何を喋っているかは意識できている。

 何を喋ったかも覚えている。

 ただ、自分がどういう声色で、どういう言い方で彼女に内心を語ったか、そこにまでは気が回らないくらいに、自分の内側だけを見て語り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺のオヤジは今も生きてる。

 俺の母さんはもう死んでる。

 俺の家系は飛騨忍軍筆頭・緒川家の末裔、その末席。

 かつては豊臣秀吉に、その後日本政府に仕えた由緒正しき忍の血統の、端の端だ。

 

 俺もガキの頃は才能があるぞあるぞと褒められまくってた。

 だがそれも俺にチン毛が生えるまでの話。

 チン毛が生えた頃の俺は反抗期+適合者への反発+家庭環境のイライラで、そりゃもうロックな毎日を送ってたもんだ。この頃になると大人も怪訝な目で俺を見るようになった。

 由緒正しき忍の家系がロックンローラー志望ってのも不味かったんだろう。

 いいじゃねえか、ロックンローラー。

 

 ロックは俺の味方だった。

 母さんも俺の味方だった。

 この二つは俺の心を癒やしてくれた。

 だがオヤジは、むしろ俺の心を痛めつけるばかりだった。

 

 オヤジは、俺達を捨てた。俺はそう思ってる。

 でもオヤジは、俺を捨てたって意識はないだろうよ。

 でなけりゃ母さんが死んだ後、俺に仕送りを申し出てくるわけねえ。

 笑える話だ。不適合者の母さんは、不適合者の俺を育てるため、不適合者に働き口の多くない今の社会で、最終的に体を売ってまで金を稼いで、死んでったっていうのに。

 なあ、オヤジ。

 もうちょっと早く動いてくれてても、母さんが死ぬ前に動いてくれても、良かったんじゃねえのか?

 

 始まりは、いつだったか。

 

 いや、そうだな。俺が物心ついた時にはもうあった。

 親戚連中がオヤジに言ってたんだ。

 不適合者の妻はやめておけ、と。

 今の社会だと体裁が悪いぞ、と。

 悪いことは言わないから妻と子とは別れて後妻を取れ、と。

 そんなことをずっと言ってやがった。

 それだけじゃない。

 この社会は不適合者の伴侶を選んだ人間に、心を苛む言葉を投げ続けるようになってやがる。

 不適合者の母さんと愛し合った適合者のオヤジは、無理を通して母さんと結婚したまではいいものの、それから何年も同じようなことをリピートで言われ続け、徐々に精神を壊していった。

 

 親戚連中が悪い。そうも言える。

 だが奴らは『善意』で言っていた。オヤジの将来のためを思って言ってたんだ。

 親戚連中は適合者だったからな、オヤジの内心を『理解』してたんだろう。

 理解した上で、オヤジと母さんの愛を引き裂こうとした。

 その愛を引き裂くのが、オヤジのためになると、本気で思っていた。

 今の社会を見て思うが、この親戚共の方が正しかったのかもしれねえ。

 だがそれはそれとして、俺はこいつらが嫌いだ。

 

 親戚連中の行動は功を奏した。

 全てを理解した母さんは、もうこれ以上ここに居てはいけないと判断して、幼い俺を連れて逃げるように家を出た。

 あの頃は何も分からなかったが、今の俺には分かる。

 あの家にあれ以上居たら、俺達はきっと心か命のどっちかを失ってたんだ。

 

 オヤジはクズだ。

 親戚連中が何を言おうが、オヤジは俺達を捨てなかった。捨てられなかった。

 罪悪感が邪魔をして、俺達を捨てられなかったんだ。

 だけど。

 俺達が家を出ないようにと、繋ぎ留めることもしなかった。

 オヤジの内心を想像してみりゃ、分かりやすくて簡単な話だろ?

 

 罪悪感のせいで俺達を捨てることもできない。

 親戚連中のせいで、俺達を捨てなければ救われない。

 "不適合者の妻を娶ったことをただ心配する声"でさえもう苦痛だ。

 このジレンマの中で徐々に壊れていくオヤジを、母さんは見てられなかったんだろうよ。

 

 だから、家を出た。

 その時、俺は見た。

 

 泣く母さんと。

 家を出る俺達を見て、()()()()()()()オヤジを。

 オヤジはずっとずっと、『俺達が自主的に家を出て行く瞬間を待っていた』んだ。

 

 俺は、オヤジと母さんと一緒に暮らす日々が好きだった。

 だけどな、あの時確信したんだよ。

 もうそんな日々はどこにもねえし、蘇ることもないんだ、ってな。

 

 オヤジは俺と母さんのことを今でも愛してるかもしれん。

 だが、同時にもう二度と会いたくないと思ってんだろうさ。

 愛してると同時に邪魔だとも思ってるから、俺が死んだら悲しむ前に安堵するかもしんねえな。

 

 オヤジは適合者の新しい妻を娶って、そいつとの間に適合者の子供も出来てる。

 俺達は失敗した家族。

 そいつらは成功した家族。

 もうとっくに家族はリセットされてんだ。

 あのオヤジは家族をリセットして、今は幸せな家庭を築いてる。

 だから俺が実家の方を訪れたら、それだけで迷惑なんだよ。

 

 分かるだろ? だって俺、リセットされた方の家族だぜ? 要らない方の家族だぜ?

 

 あのオヤジは家を出る俺達を、一度も『引き止めなかった』。

 悲しそうな顔で安堵の息を吐いてた。

 それが、俺にはとてもおぞましく見えたんだよ。

 

 俺達を愛してたから、俺達が居なくなると悲しんだ。

 俺達を邪魔だと思ってたから、俺達が家から居なくなって安心した。

 オヤジは最愛の人間に惜しみなく愛を注ぐ人間だった。

 最愛の人間をどんなに愛そうと、自分の保身には替えられない人間だった。

 俺にはオヤジに愛された記憶と、オヤジの愛がゲロ以下のものに見えるようになった瞬間の記憶の両方がある。

 

 なあ、どうすりゃよかったんだろうな。

 親戚連中がオヤジに善意の忠告してなけりゃ、オヤジは俺達を捨てることもなかった。

 でもそれで、オヤジが悪くなくて、親戚連中が全員悪いだなんて言えるか?

 親戚連中は世界の状態を見て、オヤジに善意で色々言ってだけだってのに?

 "不適合者の妻"というレッテルが、オヤジの心を徐々に削ってたってのに?

 

 まあ、俺にとっちゃどうでもいい。

 俺はオヤジもクソで、親戚連中もクソで、社会もクソだっていう結論を出してる。

 誰が悪い、誰が悪くないだとかいう話はもうどうでもいいんだ。

 全員、俺は等しく嫌っている。

 ロックの爆発力の薪にしてやっている。

 

 ああ、そうだ、ロックだ。

 あのオヤジ、昔はロックやってたんだぜ?

 笑える話だろ?

 家の縛りから解放されたくて、適合者不適合者と押し付けてくる社会に反発して、何にも縛られないロックを求めて、『自分』を探しにロックを始めた。

 んで社会の風潮に逆らって、不適合者の母さんを彼女にして、結婚して、不適合者の妻を選んで親戚連中の忠告を跳ね除けるロックな生き方をして。

 しばらく経って大人になったら、楽な道を選んだわけだ。

 いやあ楽しそうな生き方だな。

 楽しそうで楽そうな人生だ。

 途中から全然ロックじゃねえ生き方してるけどな、親父殿よ!

 ロックに恥ずかしくねえのかよッ!

 

 ……なんで俺は、そんなオヤジの人生に、ほんのちょっとでも同情しちまってんだろうな。

 

 母さんが死んだ後は、本家の慎次さんに沢山のことを教わって、一人暮らしを始めた。

 慎次が教えてくれたことはその全てが役立つもので、特に一人暮らしで必要なテクニックの多くは、今でも俺の生活を支えてくれている。

 

 オヤジの仕送りも、母さんが死んだ直後から始まった。

 電話で話してると時々、オヤジは"社会のせいで引き裂かれてしまった悲劇の"親子を気取った風に俺に語りかけてくる。

 それが、死にたくなるくらいの苦痛だ。

 オヤジは父親風を吹かしてくる。

 時に厳しい父親として、時に優しい父親として、俺に接してくる。

 そのくせ、俺が実家に帰ることは絶対に許さない。

 

 オヤジはさ、マジで気付いてないのかもしれねえ。

 そういう接し方をするだけで、俺の心がゴリゴリ削れてるってことに。

 オヤジは俺達を捨てたって自覚さえねえんだ。

 

 俺は仕送りを受け取った。

 今でも迷ってる。受け取らない方がいいんじゃねえかって。

 母さんのこと本当に想うなら、そいつを証明しようと思ったんなら、あの金は受け取っちゃいけなかったのかもしれない。

 ただ、生活費は必要で、働き場所も多くない俺には必要な金だった。

 

 は? 繋がりが欲しかったんじゃないかって?

 違えよ、俺がオヤジとの繋がりを欲してるように見えるか? キャロルちゃん。

 だとしたら俺はどんだけガキなんだ。

 金だけの繋がりだぞ?

 仕送りの確認に電話するだけの関係だぞ?

 俺がそんな、金だけの繋がりにすがりつくような人間に見えるのか?

 か細い繋がりでも、オヤジとの繋がりがそれ一つなら、それに固執する人間に見えんのか?

 もしも、そうだとしたら。

 俺はどんだけ情けない人間なんだよ。

 オヤジを嫌ってんのに、それって。

 

 ああ、分かってるよ。

 認めるよ。

 俺はあのオヤジを殺したいほど憎んでるけど、死んで欲しくないくらいには、まだ好きだ。

 憎んでも愛は無くならない。

 愛されるって希望を捨てたことと、好きな気持ちを捨てたことが、同一化しない。

 希望は捨てたのに気持ちがキレない。

 クソみてえな話だ。

 俺は未だに、女々しく気持ちを引きずってる。

 俺自身に殺意が向くクソな話だ。

 

 やめてくれ、キャロルちゃん。

 

 関係のやり直しを、なんて言うな。

 

 そいつはな、俺と母さんが家を出た時、あいつが安堵した瞬間に、もう全部終わってんだ。

 

 やり直しはねえ。

 再スタートはねえ。

 過去は変わらねえし、俺とオヤジがそもそも望んでねえんだよ、やり直しなんて。

 母さんは望んでるかもしれねえがな、俺は知ったこっちゃねえ。

 俺とオヤジが顔を合わせりゃ、関係の悪化はあっても改善はない。

 終わったことを蒸し返すんならそりゃそうなるさ。

 

 だから。

 

 俺は、キャロルちゃんに期待してるのかもしれねえな。

 君はオリジナルに生み出された、言うなりゃ親子の関係を持ってるわけだろ?

 君は立ち向かうことを決めた。

 産みの親に立ち向かうことを決めた。

 その先で君が出す答えを見たい。俺は今、そうも思ってる。

 

 情けないなと笑ってくれや。

 ロッカーの殻を剥ぎ取っちまえば、その内側の俺は、過去のことをいつまでもウジウジと引きずってる情けない男なんだ。

 

 

 

 

 

 何を喋っているかは意識できていた。

 何を喋ったかも覚えている。

 ただ、自分がどういう声色で、どういう言い方で彼女に内心を語ったか、そこにまでは気が回らないくらいに、自分の内側だけを見て、語り終えた。

 

 幻滅されてんだろうなぁ。

 ……って、思ってたら、全然そんなことないな、これ。

 この子、なんて目で俺を見てんだ。

 やめろよそういう目。

 なんか、泣きたくなるだろ。

 

「結弦さんがこんなに弱みを見せてくれたの、初めてです」

 

 俺の弱さがバカにされないってだけで、ホッとしてる俺が居る。

 

「誰かに受け止めて欲しかったんや。

 誰かに、俺の全てを知った上で受け入れて欲しかったんや。

 弱みを見せるのは、嫌で……弱さを許してくれる誰かと、繋がりたかった」

 

「ボクで良かったんですか?」

 

「君が良かった」

 

 悪いな、勝手に期待して。

 悪いな、勝手に寄りかかって。

 俺は君に助けられてばっかだ。

 

「本音を言うとな、適合者が羨ましかったんや」

 

「はい」

 

「分かり合う力を持ってる人間とか、羨ましいに決まってるやろ。

 どんなにデメリットがあっても、何度幻滅しても、この気持ちは変わらなかった」

 

「ボクも、その気持ちが分かります」

 

「俺が適合者に生まれてれば良かったんかな。

 母さんの件で風当たり強かったの、俺が不適合者やったのも大きかったんや。

 最初に生まれた長男が適合者やったら、風当たりももう少し柔らかだったやろうし。

 親戚連中はオヤジに恨まれず、オヤジも母さんも幸せで、歯車は噛み合って……」

 

「結弦さん」

 

「俺がこうして生まれて来たことが間違いやったんやな」

 

「……!」

 

「一番最初に罪を犯した奴が一番悪いって考えなら、生まれるって罪を犯した俺が……」

 

「違います!」

 

 大声上げるなよ。

 

「生まれて来たことが罪な命なんて、あるわけがありません! あなたも、ボクも!」

 

 そういうこと大声で言われると、なんかジーンと来るだろ。

 

「ありがとなぁ。でも、大丈夫や。

 俺四六時中こんなこと考えとるけど、特に気にしとる様子見せへんかったやろ?

 もう、終わったことなんや。

 俺の中では整理がついたことなんや。

 この過去も苦悩も、ぜーんぶ俺のロックに込める激情の一部分でしかないんやで」

 

「でも、それじゃ……悲しすぎます」

 

「昔悲しかったのと、今悲しいってのは別や。今の俺はなーんも悲しかない」

 

 昔は昔、今は今だ。

 俺はこの過去を引きずってはいても、この過去に縛られてはいねえ。

 何も悲しくない、ってのは嘘だけどな。

 

「君との旅が楽しいから、今は楽しい気持ちでいっぱいの日々なんや」

 

「―――」

 

 泣いた方がいい、とか言う奴も居るのかもな。

 だけどいいんだよ、そういうのは。

 泣いてすがりついて吐き出すとか、俺の性には合ってねえ。

 そういうのが性に合わねえ奴が一人くらい居てもいいんじゃねえの?

 俺にはロックがある。

 こいつで感情を吐き出している。

 俺の悲しみをまるっと受け止めてくれるってんなら、俺の音楽を聴いてくれ。

 

 それで君が楽しんでくれたなら、それだけで俺は満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん……明る……朝……?

 チュンチュンうるせーぞ小鳥……

 

「結弦くん、結弦くん、朝だよ」

 

「キャロル……後五分……」

 

「そんなベッタベタな台詞を……あ、チャイム。お客さん?」

 

 揺らすな、起こすな。

 なんだ、俺ら結局朝近くまで話してたのか。夜明けくらいまでは話してた記憶があって……んでそっから、どんくらい寝た? まだ朝だよな、朝。

 眠い。

 もう一回寝るか……あ、今お客さん来たんだっけ。

 起きて挨拶、って腕ねえやんけ。立てねえやんけ。本当に不便だなコレ。

 

「この時間まで寝ているとは、だらしないぞ」

 

「あ、オッサンさんの弦十郎ですやん……」

 

「完璧に頭が回っていないな、お前……低血圧だったのか?」

 

 いや寝起きはいい方……って、あ。そうか、今の俺血圧のバランスが崩れてるから低血圧の寝起きみたいになってんのか。人体すげー。

 

「二人揃って夜更かしでもしていたのか?」

 

「結弦くんが寝かせてくれなくて……」

「キャロルが寝かせてくれなくて……」

 

「……」

「……」

 

「「 いや、今の発言に別に深い意味は 」」

 

「お前達、仲悪かった野球部員が合宿から帰ったら仲良くなってた時のようだぞ」

 

 一回腹の中明かしたら会話のハードルが下がって、結構気安くなった気がする。

 

「僕も居るんですが、無視ですか?」

 

「あ、居たんやなウェル。あー、気付かなかったなー!

 気付かなかったら無視しちゃったのもしゃあないなー!」

 

「はっはっは、小学生並みの煽りですね。ガキですか?」

 

「オメーが言うなや、ウェル。ガキみたいな嫌がらせを打算に混ぜたくせに」

 

 やめろ、オッサン。

 そんな小学生同士の喧嘩を見るような目で俺を見るな。

 いいだろ別に、手足無くなった仕返しをするくらいはよぉ。嫌がらせくらいさせてくれ。

 

「ウェル、この人は風鳴弦十郎さんや。例の生体兵器のサンプルになった人やな」

 

「弦十郎だ、よろしく。いつ遺伝子サンプルを取られたのかは全く分からん、聞くなよ」

 

「弦十郎さん、こいつはウェル。よく噛んだ後Tシャツにこすりつけたガムみたいな奴や」

 

「いやあ、滑稽ですねえ。

 この罵倒してる人、僕の技術込みの義手義足を必要としてるんですよ?

 そう思うと、この罵倒も道化のように聞こえて逆に愉快になってきます。ははは」

 

 クソが! 無敵かこいつ!

 

「ちなみに僕の方は代わりの眼球完成してますよ」

 

「早い!」

 

「え? キャロルの方は完成してないんですか? 僕の方は完成してるのに?

 いや、別に何か言うつもりはありませんよ? ただ! まだ完成していないんだなあ、と」

 

「うぅ……ごめんなさい、ボクはダメな子で……」

 

「テメーマジで何しに来たんやコラァ!」

 

 俺が片手片足で動けねえのをいいことに!

 弦十郎のオッサン! 我慢しなくていいぞ! 殴れ!

 

「はいでは眼球入れますので、動かないでくださいね」

 

 空っぽの俺の瞼の下に、ウェルが無造作に義眼っぽい奴を入れいだだだだだっ!?

 

「痛い痛い痛い! わざと痛くやってるんやないやろなこれ痛い!」

 

「大丈夫です、僕は痛くありませんので」

 

「それのどこが大丈夫なんやコラァ!」

 

 マジで覚えとけよお前!

 ……ん、あれ?

 なんだ? 作り物の目を入れた瞬間、すっと周りがよく見えるようになった。

 

「生体電流を蓄積し動く、有機人工眼球です。

 目の内部に仕込まれたセンサーが五感を補正。

 眼球が脳に微細な電流を流すことで五感を強化し、片目の性能を補う僕の傑作です」

 

「ギミックが普通に怖いんやけど」

 

「目を抉り出して解剖する以外では、これが義眼だと判明することはありえません。

 これは僕の心ばかりのサービスですが……その眼球には、Suica機能も付けておきました」

 

「おい」

 

「日本円で30万ほどチャージしてあります。有効に使ってください」

 

「余計な機能盛んなや! おい!」

 

 わーい周りがよく見えるーって喜んだ俺がスルーするとでも思ったのか!

 

「その眼球が本物とほぼ同じ素材で出来ていることが、君の役に立つ日が来ると思いますよ」

 

 だとしてもSuicaは要らなかったよな、おい。

 しかしウェルの技術とキャロルの錬金術のミックスか。悔しいがマジで天才なんだなこの男。

 この眼球、義眼として入れてるとは思えねえ。

 目が無くなる前と同じ、いやそれ以上にクリアに周囲が認識できるようになった気がするぜ。

 

「では少し話でもしましょうか」

 

「俺はお前の話に嫌な予感しかせえへんからはよお帰り願いたい」

 

「聞かなきゃ後悔しますよ? 僕を殴った人間は後悔する、あの予言は当たったと思いますが」

 

「……」

 

「結構結構。

 話は三点です。

 一つは、アガートラームの移送先送り。

 先の襲撃で警戒されたようですねぇ。

 一つは、この街の暴動。

 あなたの脱落で、抑え込まれていた暴力が爆発までのカウントダウンを始めています。

 そして最後に、エテメンアンキ。

 キャロルの存在に感づいた構成員が、メタル・ゲンジューローを六体配備したようです」

 

「―――!?」

 

 アガートラームが移送されてない。

 それは希望だ。

 だが、それ以外の情報がやっべえ。こいつはヘビーだ。

 

「弦十郎さんなら、倒せるんやないか?」

 

「六体は流石に厳しいな。あれは身体能力では一体一体が俺に比肩している」

 

 ダメか。

 暴動起きてもヤバい。俺がこの街の問題を抑える蓋になったが、逆に俺という蓋が急に消えたことで、普段より威力の増した暴発が来そうになってるってことか。

 しかし俺は義腕義足が出来るまで動けない。

 傷が塞がり、義腕義足が出来て、俺がそれで動けるようになるのが早いか。暴動が起きるのが早いか。

 

「どうしようか、結弦くん」

 

 キャロルが俺の服の裾を引っ張った。

 "どうしたらいいんでしょう"じゃなく、"どうしようか"と言ってるあたり、この子も普段見えない部分が強くなってんだなって思える。

 俺も負けちゃいられねえな。

 

「任せとき。俺にいい考えがある」

 

「絶対それいい考えじゃないよね?」

 

 おい、キャロル。俺の心を勝手に読んで勝手に納得するんじゃない。

 

「なら止めるんか?」

 

「ううん」

 

 キャロルが首を振る。

 

「結弦くんは、ロックンローラーだから。結弦くんは結弦くんらしくあるべきだよ」

 

 そして、そんなことまで言ってくれる。

 こいつめ、一晩ひたすらぺちゃくちゃ話したってだけで親友気取りで嬉しい言葉投げつけてきやがって。

 そうだな、俺らしくだ。

 

「ここに居る皆に聞きたいんやけど、楽器だったら何弾ける?」

 

 弦十郎、ウェル、キャロル。

 

 借りられるんなら俺はお前達の手を借りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の義腕と義足が完成した翌日、事件は起きた。

 

「大変大変、大変だよ結弦くん!」

 

「どしたんやキャロル、宇宙人でも攻めて来たんか」

 

「それは昨日見た映画の話だよ!

 『映画見て食って寝れば強くなれる』論を真に受けすぎだと思うんだけど!」

 

「しかしあのオッサンそれで強くなったっちゅう話やし……」

 

「それより、外を見て!

 この街にメタル・ゲンジューロー六体が来てる!

 街中で適合者と不適合者の過激派が決起準備してて、もう爆発寸前だよ!」

 

「!」

 

 偶然? いや、こんな"全部一気に発動する"偶然があるか!

 

「ウェルッ! てめえ関係各所に情報流しやがったなッ!」

 

「きっと戦闘になる! 手足の最終メンテするから、動かないで!」

 

 今すぐにでも殴りに行きたかったが、仕方ない。

 ベッドで横になってじっとしていた俺だったが、なんとびっくり。

 俺達が住むマンションのその部屋に、ウェルの首根っこ掴まえて持ち上げた、風鳴弦十郎が現れたではないか。やるじゃねえのオッサン!

 

「逃げようとしていたから捕まえて来たぞ」

 

「弦十郎さんマジパネえやん!」

 

「ええい、離せ! こんな扱いが許されてたまるか! 僕は天才だぞ!」

 

 ハハッ、何言ってんだこいつ。

 

「おいテメー、なんでこんな事態引き起こしたんや」

 

「面倒事は一気に片付けた方がいいでしょう」

 

「そりゃそうやろな、俺達の手に余るって点に目を瞑りゃそうやろなッ!」

 

「さあどうぞ、一気に片付けちゃってください!」

 

 このメガネ! イタリアで出会ったギガネっ娘達を見習いやがれ!

 

「ど、どうしましょう!?」

 

「落ち着くんやキャロル!」

 

 俺も落ち着いてない。キャロルも落ち着いてない。これはいかん、ギター具現化! 新品の義手だがまず一曲! 否ワンフレーズ披露する!

 

「サビを一つ馳走する! 各々方静まりやッ!」

 

「! この、技術は……!」

 

 お、驚いてるなオッサン。

 ビビるだろ? 俺の意志の通りに、俺のイメージをなぞって動く義腕。

 自動で動く人形が如き精密動作。

 ()()()()()()()()()()()()()んだぜ、これ。

 

「結弦! お前、これほどの腕を持つギタリストだったのか!」

 

「いんや、"腕が上がった"のは最近やな。それにこのギターの腕も、俺だけの腕前やない」

 

「何?」

 

「見た目は生身の腕と変わらん。

 でも俺の元の腕以上に精密に動いてくれるんや。今回の聖遺物にあやかって言うなら……

 キャロルちゃんが作ってくれたこの右腕こそが、俺にとってのアガートラームや」

 

 義腕制作中に暇だったから調べたところによると、アガートラームとはケルト神話の王族ヌァザという奴の銀腕の名前らしい。

 俺勉強嫌いだが、Wikipediaは安易に頭良くなった気になれるから好きだわ。

 右腕を切り落とされて、肉体の欠損のせいで王位を失ったヌァザに神様が渡した、指の先まで自由に動く義腕、そいつの名前がアガートラーム。

 

 つまりアガートラームってのは、その人が自分らしく在る権利を失いそうになった時、その人が自分らしく在ることができるように、その人が自分らしく在る権利を守る腕ってわけだ。

 ならこいつは、俺のアガートラームで間違いない。

 戦うためじゃなく、音楽を生み出すためだけのアガートラームだ。

 

「俺のこの音楽は、俺とキャロルの融合歌にして共鳴歌ッ!

 それを奏でるこの腕は、共鳴を呼ぶ(Symphonic)機械仕掛け(Gear)ってわけや」

 

「絆が形になった腕、より素晴らしい音楽を奏でる腕というわけか。いいじゃないか」

 

 だろ? 結構好きだぜ、この腕。

 

「ボクはずっと『惜しい』と思っていました。

 結弦くんのロック魂はとても熱い。切歌さんもそれを認めていました。

 でも彼はテクニックがあまり上がらなくて、自分の中の音楽を形に出来ていなかったんです」

 

「その壁が、これで解消されたのか」

 

「彼の中には鼓動(リズム)があった。音楽(ソング)があった。

 でもそれを自分の外に出す技術(テクニック)がなかった。

 それもここまでです。ボクの目の前に居るのは、ボクが信じる最高のロックンローラー」

 

 街に接近してくるメタル・ゲンジューローの気配が感じられてきた。

 街のあちこちで暴動が起きる気配が高まって来た。

 このまま放っておけば、誰も彼もが自分勝手に行動を選んだ結果、街のあちこちで大混戦が置きて、メタルゲンジューローがそれを片っ端から正当防衛的殺害することになるだろうな。

 んなこと、やらせるかよ。

 

「この局面だって解決してくれるって信じられる、ボクが託したロックンロラーです」

 

 託されちまったよ。期待が重いな、キャロルは!

 

「さ、やろか」

 

 俺はオッサン、ウェル、キャロルの前に楽器を具現化する。

 

「俺の年代は暇な学生がこぞってバンドに打ち込んだもんだ。

 俺も専門でこそないが、ドラムは素人より叩けると自負している」

 

 オッサンにはその肉体サイズに相応しいドラム。

 

「僕はねえ、バンドやりたいと思ってたこともあったんですよ。

 でも適合者バンドとかいう反則に息が合う奴らが居ましてねえ。

 結局誰ともバンド組めずに、学生時代を終えたという想い出があります」

 

「お前が誰とも組めなかったのは協調性無くて他人の音楽を評価しなかったからやろ、多分。

 自慰音楽をバンドに入れるのは誰だって嫌……って、もしや俺への嫌がらせって」

 

「僕が音楽やってる人間が嫌いだから嫌がらせしたと?

 とんでもない! 僕の嫌がらせは趣味です。楽しいんですよ嫌がらせが。

 僕が嫌いな奴に対しては、その全員にあなたにしたようなことをしているだけですよ」

 

「こんクソゲス!」

 

 ウェルには細身のベース。

 こいつがベース弾けるとは、オッサンのドラム以上に意外だった。

 音楽の良さが分かってねえ雰囲気がプンプンするんで、音楽に興味が無いくせに他人に褒め称えられたいっつう承認欲求が透けて見える。

 

「わ、可愛い」

 

 そしてキャロルにはカスタネット。

 パーフェクトな布陣だ。

 こいつでようやく、四人一組のバンドが完成した。

 

「バンドにおいて、ドラムは土台。ベースは柱。ギターがそこから家を作るんやで」

 

「あの、カスタネットは……」

 

「インターフォン」

 

「インターフォン!」

 

「家には必要なもんや! 気の抜いた演奏したら許さんで!」

 

「は、はい!」

 

 悪いが、俺も重傷がまだ治りきってねえ。

 演奏に集中するためには、分身を維持してられる余裕が無い。

 そんなら、仲間を頼るしかねえわけだ。

 

「じゃあ、秘策っていうのは……」

 

「ロックに全てを懸けるんや。それしかあらへん」

 

「策になってないよ!?」

 

「歌は世界を救う!

 拳や暴力に頼らなくったって、世界を救えると、ここで証明したる!」

 

 敵が迫るこの状況を。人間同士が殺し合うこの状況を。どうしようもなくなったこの状況を、歌の力でひっくり返す。

 

「悪いんやけど、俺は演奏に集中したい。

 接近してきたメタルゲンジューローの対処は任せたで」

 

「えっ」

「任せろ。俺がお前のキャロルを守っておいてやる」

「僕は正気を疑いますね、こんなの……あれ?

 ちょっと筋肉のオッサン! まさかお前僕を守る気無いのか!?」

 

「誰もができなかったことを、できそうな気にさせる!

 誰もがやらなかったことを、やる気にさせる!

 そいつがロック! 俺のロックは炎! この熱で、全部全部変えたらぁ!」

 

 ウェルが何か言ってるが知らね。

 キャロルを信頼できるオッサンに任せ、俺は目を閉じ、自分の胸の内にだけ向き合う。

 そこには神剣ディバインウェポンと、俺のロック魂がある。

 

「聴け! 目と手と足と心臓ごそっと偽物、だが演奏だけは本物や!」

 

 陸上選手が高性能な機械の義足を付けると、あれこれ言われる。

 プロのボードゲーマーが機械に頼ると、とやかく言われる。

 人間っつーのは、機械をデフォで見下してたりもするし、人間が機械で能力の引きあげやってるの見てうだうだ言うこともある生き物だ。

 実に面倒臭え。

 体の一部を機械にするのも反対運動がある。

 実にうざってえ。

 だが『サイボーグのロックンローラー』はかっこいいから許される。

 地球(ここ)は、そういう(せかい)だ。

 

 さあ、聴け!

 

「Rock 'n' Rollッ!」

 

 こいつが、俺の音楽だ!

 響け、広がれ、染み渡れ!

 この町で争ってる馬鹿野郎どもの心まで、届け!

 

「角材持て! 集まれ! 適合者が居たぞ!」

「誰か来てくれ! こっちに不適合者の奴らが集まってるぞ!」

「お前達さえ居なければ!」

「お前達さえ居なけりゃ!」

「俺達を見下すな!」

「理解できないものが街をうろつくな!」

 

 無駄なことに手足動かしてる時間の余裕があるなら、俺の音を聴きやがれ!

 

「あれ?」

 

 敵なんざ見てる暇があるなら、俺を見ろ!

 

「なんだ、この歌……旋律?」

 

 殺し方を考えてるくらいなら、俺のことを考えろ!

 

「このギター……ジャック・ザ・ロッカー?」

「ああ、間違いねえ」

「俺達のジャックだ」

「なんか上手くなってんな」

「だがソウルは一貫してるぜ?」

「野郎、味な真似しやがって」

 

 他の作業と平行なんて許さねえ。手え止めて、足止めて、聞き惚れろ!

 

「音楽の下地を作る匠でありながら、空間を制圧する重厚で強烈なドラム。

 まあ下手ではないベース。

 時折入る可愛らしいカスタネットの音が音を引き締め、そして……

 ……他楽器のリズムの全てを飲み込み、一つの芸術として成立するギターボーカル」

 

「ここまで気持ちが乗る音楽を生み出せるとは、何奴!」

 

 もっと聴け、もっと見ろ、もっとノれ。

 敵を倒すなんつーどうでもいいこと、後回しでいいだろ、やんなくていいだろ!

 面倒臭えことなんてしてねえで、楽しいことだけしてようぜ!

 音楽だけ楽しんでようぜ!

 

 今、お前らが外に出てる理由を変えろ。

 敵を倒すためじゃなく、俺の音楽を聴くために外に出たんだろ、お前ら!

 

「すっ、げ……街全部が、あいつの音楽に飲まれてる……!」

「ははっ、ノッてるやつのせいで、街全部がこの曲に飲まれてるみたいだ!」

「なんだよ、今日は最高のライブが聴ける日だったのか! ビビって隠れてなくてもよかった!」

 

 手え止めたな?

 じゃ、聞いてくれ。

 俺は説得上手ってわけじゃねえ。口が上手いってわけでもねえ。演奏だって生身の肉体じゃ上手いとは言い切れない奴だ。

 そんな俺だが、この音に気持ちを乗せさせてもらうぜ。

 この音から俺の気持ちを聞き取れるなら、俺の気持ちに耳を傾けてくれ、頼む。

 

 なあ。

 本当に、適合者と不適合者って、殺し合わないといけないくらい『違う』のか?

 嫌うのは分かる。

 生理的に受け入れられない奴の気持ちも理解できる。

 だけどさ、殺すほどか?

 躍起になって、お前の視界から追い出すほどか?

 

 殺すにしろ、押し出すにしろ。

 お前の視界から追い出されたそいつは苦しいぞ。

 てめえも嫌な気持ちか苦しい気持ちがあったから、自分と違うそいつを押し出したんだろうさ。

 だけどよ、だけどさ。

 お前は嫌いな奴を追い出してスッキリしたかもしんねえけどよ。

 お前に追い出された奴らは、もっと苦しくて嫌な思いしたんじゃねえのか?

 不適合者殴ってお前がすっきりした分、その不適合者は痛い思いしたんじゃねえのか?

 適合者追い出してお前が喜んだ分、その適合者は悲しい思いをしたんじゃねえのか?

 

 もうやめようぜ。

 ここで終わりにしようぜ。

 目の前の奴を追い出すんじゃなくて、歩み寄るか、住み分けるかしようぜ?

 

「結弦くん、頑張って……ボクも、隣に居るから」

 

 適合者と不適合者の家族だってそうだ。

 もう家族で争うのなんかやめろ。

 適合者か不適合者かってだけで、赤ん坊を捨てるのもやめろ。

 頼む。

 目の前の奴が自分と違ったとしても、そいつが家族なら、受け入れることを考えて欲しい。

 

 頼む。

 適合者から生まれた不適合者(できそこない)のことを認めてくれ。

 不適合者(けっかんひん)の家族のことを、家族として認めてくれ。

 不適合者(わからない)家族を恐れず、味方なんだと認めてくれ。

 不適合者も、適合者が一つ能力が多いだけで自分と同じなんだって、認めてくれ。

 認めて、一緒に生きることを許してくれ。

 俺の願いなんて、それだけなんだ。

 

 その家族が大嫌いなんだろ。分かるよ。

 その家族が憎いんだろ。分かる。

 愛してたからいっそう憎いんだろ。分かるさ。

 だけどさ、それだけか?

 嫌いな気持ちに覆われた中に、好きって気持ちはほんのちょっとでも残ってないのか?

 『俺達家族が全員適合者だったら』『俺達家族が全員不適合者だったら』って考えてみて、それで家族が歩み寄れる可能性は見つけられないか?

 

 99%嫌いでも、1%でも『好き』があるなら、少しだけ歩み寄ってくれ。頼む。

 歩み寄ってもダメだったなら、それでもいい。

 でも一回でいいから、両方一緒に歩み寄ってみてくれ。

 それで、家族が分かり合える可能性を残してくれ。

 家族だろ。

 家族だろ?

 家族だろ!

 

 頼む。

 俺と違って手遅れじゃないなら、仲良くしてくれよ……あんたら、家族だろ?

 

「風鳴さん、この悲しい旋律は、いったい……」

 

「キャロル。音楽は、想い出を入れるケースでもある。ロックもそうだ」

 

「え?」

 

「今はピンと来ないかもしれない。

 だが、すぐに分かるようになるさ。

 例えば、そうだな……結弦とキャロルに大切な想い出が出来た時。

 あいつがその時気取って、一曲何か歌いでもすれば……

 あいつがその歌を奏でる度、君はその大切な想い出を思い出すだろう。

 結弦とキャロルの想い出を、その歌がいつまでもずっと内包しているからだ」

 

「……想い出と、歌」

 

「結弦のやつは、自分の想い出をありったけ歌というケースに入れて、街に響かせている」

 

 辛いんならやめようぜ!

 疲れたんならやめようぜ!

 気が乗らないならやめようぜ!

 差別だの、殴り合いだの、俺のライブより楽しいわけないだろ?

 

「これは、結弦の想い出の歌。魂の叫びだ」

 

 俺の歌から何か感じてくれたなら、そいつを表に出してくれ!

 

「! 風鳴さん、メタル・ゲンジューローです! 全部こっち来てます!」

 

「いかんな、結弦の奴集中しすぎだ。

 俺達の会話も、周囲の状況もまるで見えていない。

 街の住人全てに、音楽を通しての対話を試みているかのようだ」

 

「あのー、僕逃げてもいいですかね?」

 

「いいわけないだろう。ドラムが一瞬叩けなくなる。カバーしろよ、ベース」

 

「へいへい」

 

 俺は難しいこと言ってるつもりはねえ。ただ、俺の歌を聴け! 歌に感動したら身の振り考えやがれ! そう言ってるだけだ!

 

「風鳴さん! メタル・ゲンジューローは、結弦くんの音楽で分解しかかってます!」

 

「人は感動させ、兵器は分解するか。とんでもないロックンロールもあったものだ!」

 

「……! す、凄い!

 風鳴さんが四方八方から来る敵を連続で殴って、無双して……!

 敵を殴った音が、ドラムの音になってます!

 敵と戦いながらドラムの演奏を続けるなんて! 敵をドラムの代わりにするなんて!」

 

「若い頃はよくやってた一発芸だ! ……よし、これでメタルゲンジューローは全滅だな」

 

 頼むぜ、街の皆。

 俺は信じてる。

 明日からこの街が、もっと素晴らしいものになってるって信じてる。

 街を歩きゃ、昨日より多くの笑顔を見られるって信じてる。

 夜寝る時に、昨日より多くの幸せが街に満ちてるって信じてる。

 信じて、託す。

 

 信じて、この街の未来を選ぶ権利を、皆の一人ずつに託す。

 好きに選べばいいさ。

 お前らと、お前らの街の未来だ。

 そいつが明るいものであることを、俺は心底願う。

 

「ああ……歌が、終わる……」

 

 それじゃ、最後に。

 

 俺の曲を、歌を聴いてくれて、ありがとうございました。

 

 またいつか、今ここに居る全員に、俺の音を聴かせる日が来ることを願ってるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、疲れた。でもなんとか上手く行った。

 街の皆は色々と考え直すようになったようだ。

 住民の気配を見る限り、悪い方に転がるようには見えねえな。

 

 キャロルのアドバイスを受けすぐ動き、メタルゲンジューローが俺らの抹殺に動いたせいで警備が手薄になっていた大英博物館に侵入。楽々本物のアガートラームもゲットした。

 これで神剣の完成度は4/7。

 残りはイチイバル、神獣鏡、ガングニールだったっけか?

 ともかく、折り返しも超えたわけだ。

 俺もサイボーグロックンローラーとして新生を果たし、将来的にビッグなロックンローラーになることはほぼ確定事項と言えるだろう。やべえ興奮してきた。

 

「俺は日本に帰る。

 お前らを支援したいと思う人間が他に居ないか当たってみよう。

 ああ、そうだ。お前らはこの後アメリカだったな?

 アメリカも何かと物騒だ。信頼できる人間をお前達の護衛として手配しておく」

 

「何から何まで、ありがとうございます!」

 

 オッサンは日本に帰るらしい。

 味方が出来るのはとてもありがたい話だ。しかもこのオッサン凄え頼りになるしな!

 安心感がイギリスに来る前と後で半端なく違うぜ。

 

「君が変えたいと思うものは、僕を殴っても変わらない。

 君が守りたいと思うものは、僕を倒しても守れない。

 君が僕を殴って得られるものは、嫌いな人間を殴ったという満足感だけだ」

 

「……」

 

「それでも、僕を殴ると?

 まあ僕と協力関係を維持するのは、君みたいな人間には反吐が出るほど嫌か」

 

 ウェルがそんなことを言う。

 俺が速攻で殴りに来ると予想しているらしい。まあ後一回は確実に殴るが、こいつにその一撃を予測されてたと思うと腹立つな。

 

「確かにお前は嫌いや。

 いつ裏切るかも分からんし、正直怖い。

 だけどなあ、お前の支援がキャロルには必要らしゅうてな」

 

「知ってます知ってます、だから僕もポジショニングが楽でした」

 

「だから思ったんや。

 キャロルはちょっと危なっかしい。

 だからせめて、俺が"ウェルは裏切らない"って思えるような構図が欲しいってな」

 

「……ほう?」

 

「キャロルちゃんはお前の昔の知り合いも知っとる。

 そっから聞いたんやけど、お前英雄になりたいんやってな」

 

「……それが何か?」

 

 お前が欲しいものをやる。

 だから、俺達が勝てるように支援しろ。

 俺達に賭けろ。

 そう言いてえんだ、分かるだろ?

 

「俺が世界最高のロックンローラーになる。

 そして最高のステージを用意したる。そん時、お前は俺のベースやれ」

 

「は?」

 

「お前を、歴史に残るライブの、伝説になったバンドの、ベースを弾いた『英雄』にしたる」

 

「―――」

 

「誰もが賞賛し、褒め称え、そいつを持ち上げる『英雄』にしたる。お前は伝説になるんや」

 

 ウェルは一瞬呆けて、すぐに爆笑し始めた。

 どっちの顔も、俺が初めて見る表情だった。

 

「はははははは!

 いや、面白い!

 良心だの人類だのと言われるよりずっとやる気が出るというものだ!」

 

「気に入ったみたいやな」

 

「ああ、気に入ったとも。

 何百兆円積まれても今の君の言葉の前では霞む。

 でもいいのかい? 君は僕が嫌いだろう。君はそれを隠してもいない」

 

「ああ、俺はお前がどうしようもなく嫌いや。

 お前とはどうやっても仲良くできないやろな。

 一生受け入れられそうもない。

 せやけど、お前の力を借りな救えんものがある。俺の義腕と救えた街見て、そう思った」

 

 ウェルは愉快そうに笑い続けている。

 

「じゃあ僕を許してくれたってわけだ!」

 

「いや許してへんからな、そこは履き違えんなや」

 

「ほう? 許してない者を受け入れるとは、寛容なことで」

 

「ちゃう、俺は寛容なんかやない。てめえを今もぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいや」

 

「許してもいない、寛容でもない、

 であれば何故僕と手を組めたのですか?

 あなたがその辺りを我慢できる理屈はない、と僕は予想していたんですが」

 

「先人への敬意。そして、俺の音楽の祖が生み出した信念を思い出したんや」

 

「?」

 

「俺の何十年も前の先輩の一人、マイルス・デイヴィスは白人を仲間に入れたんや。

 白人の黒人差別なんて言うが、当の黒人も白人差別をやってたらしゅうてな。

 ファンは大激怒、仲間に反対されたりもした。

 『白人なんかを入れるな!』って、そらもう露骨な反応が返って来たそうやで」

 

 差別。昔にあった差別だ。

 

「せやけどマイルスは全くひるまなかった。

 『緑色をしていようと赤い息を吐いていようと、オレはどうでもいい。

  そいつに才能があれば何色だってかまうものか』と、マイルスは言い切ったんや」

 

「……へぇ」

 

「キチガイだろうとクソ野郎だろうと今はどうでもいいんや。才能あるやろ、お前」

 

 キャロルのために、俺はこいつを仲間に引き込む。

 

「俺の今の気持ちは、当時のマイルス・デイヴィスの仲間と同じや。

 俺はお前が嫌いや。どうしようもなく嫌いや。

 寛容なキャロルとかに憧れるけど、どうしても俺は寛容になれない。

 やけど今だけは、最高の結果を出すために、嫌いな奴を才能だけで見ることにした」

 

 差別をしなかった、『嫌い』という気持ちの奴隷にならなかった、才能だけを見て最高の結果を求めたマイルス・デイヴィス。

 彼に、少しだけ他人を受け入れる心を貰った。

 それだけだ。

 

 俺一人なら、絶対に要らなかったが。

 ウェルの支援なんざ絶対に要らなかったが。

 俺の義腕義足の材料費と制作費を聞いて、たまげた。

 この先も錬金術を使いながらエテメンアンキと敵対し旅をするなら、金が要る。支援が要る。

 と、いうか。キャロルのために金が無いと不味い。

 あの子のために、俺は嫌いな奴も受け入れる。

 

 受け入れ……受け入れる! 本気で嫌だなウェルとの仲間関係続けんの!

 

「悪くない。実に悪くない。ここまでストレートに僕の才能だけを求めてきた人は初めてだ」

 

 そのくせウェルは上機嫌だ。何笑ってんだてめー。

 ウェルは小さな電子端末をキャロルに放り投げる。

 

「僕の今回の支援は、金と資材と情報……まあ大体いつもの三倍は入れておいた」

 

「!」

 

 あ、キャロルがめっちゃぎょっとした。

 普段の額が大きかったのか。

 だが額が少なかろうと多かろうと、三倍は大盤振る舞いに感じるな。

 

「お前、何考えてんだ?」

 

「決まってるだろう? 君が勝った後の世界の方が、面白そうだからだ」

 

 ……コイツ。

 なんだ? なんか変わったな。コイツが、俺を見る目か?

 ウェルがどこかから取り出した録音プレイヤーのスイッチを押すと、あの時街全域に響かせた俺達のロックンロールが流れ出す。

 こっそり録音してたのか。

 

「いい音楽じゃないか、ロック。

 研究の時のBGMに流してやってもいいと思える音楽は、初めてだ」

 

「……へっ、やってもいい、の部分は余計やで」

 

「演奏はともかく歌は凡庸だ。インストゥルメンタルでないと聞く気がしないな」

 

「てんめえっ!」

 

「次に僕に会う時まで歌を磨いておけよ、凡人ロックンローラーッ!」

 

 デフォで煽んのやめろや!

 俺はなんかもう色々面倒臭くなって、ウェルの腹にグーパンを叩き込む。

 

「何故ここで拳ッ!?」

 

「ええかウェル。

 赤ん坊とか、キャロルとか、その辺の俺のイライラはこれでチャラにしたる。

 イライラだけはなッ!

 けど、それだとお前も収まりつかんよな? 俺が気に入らんよな?」

 

「当たり前だろう!」

 

「次あった時、殴り返して来るとええ。

 俺は防がんし避けへん。俺に殴り返すまで、下手打って死んじゃあかんで」

 

「―――」

 

 ウェルは何故か、そこで笑った。殴られて笑うとかマゾかよ。

 

「ではその時は、マシンアームでも使って殴らせていただくとしましょう」

 

「おっまえそういうとこつくづくこすいやっちゃなあ」

 

 違った、仕返しの時を想像して笑っただけか、この性悪め。

 

「風鳴さーん、僕もついでに日本連れてってくださいよ。

 僕がそっちで雇われるかどうかはまだ交渉段階ですが、能力を見せれば十分でしょう?

 僕の打診に応じてあなたを寄越すくらいには、日本側は乗り気なんでしょうし」

 

「……こう言ってはなんだが、日本は能力以上に礼儀が重視される。

 ましてやお前は不適合者だろう? お前が思った通りにはいかんぞ」

 

「面倒臭い国ですねえ 住んでて恥ずかしくないんですか?」

 

「ごく自然に煽るお前は自分の性格が恥ずかしくないのか」

 

「いえ、まったく」

 

「……頭が痛いな。

 この相互理解社会で、密かにエテメンアンキに逆らうだけでも大変だというのに」

 

 ごめんなオッサン。でも俺味方が欲しかったんで遠慮なく頼らせて貰ったわ。

 

「またな、結弦、キャロル! また会おう!」

 

「せいぜいくたばらないように足掻くんですよ、僕に迷惑かけない程度に」

 

 二人の別れの挨拶に俺達も別れの挨拶を返して、俺とキャロルも二人だけの旅に出た。

 旅は出会い、別れ、そしてロックだ。

 俺は誰かと出会う度、誰かと分かれる度、ロックンローラーとして成長している。

 まだ一流とは言えないかもしれねえが、それでも確かに成長はしている。

 嬉しいこった。

 

「結弦くんは、ボクのためにあの人に歩み寄ったの?」

 

「……あー、まーな」

 

「ボクのせいで、また結弦くんに気を使わせちゃったかな」

 

 一晩話し込んだだけなのにすっかり俺の心を知った気になってやがるな、こいつめ。

 大正解だよちくしょう。俺がムラムラしてる時に内心を悟ってきたら、その時は潔く自殺してやるから覚悟しろよ。俺はやる男だぞ。

 

「ええんや、別にそこまで苦渋の決断だったわけやない」

 

「そうなの?」

 

「俺はウェルが嫌いや。

 あいつを基本敵だと認識しとる。

 でもな、なんかあいつとぶつかってる内、あいつのことが少しは理解できた気がしたんや」

 

 理解と仲良くすることってのは別なんだな。

 クソみたいに嫌ってる奴を理解して、妥協で仲間関係を作ることもあるってことだ。

 

「俺はあいつが嫌いやけど、あいつが好き勝手生きるのはあいつの自由や。

 死ねこんにゃろう、殴りてえ、ふざけんなこら、とこれから先何度も考えると思う。

 実際殴るやろし、あいつの研究を邪魔することもあると思うんや。

 やけど、あいつが通り魔にでも襲われてたら、俺はあいつの命を守るために動く気がする」

 

 なんでだろうな。嫌いなのも殴りたいのも本当なんだが。

 

「『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』

 かな? ヴォルテールの発言の意図とはちょっと違うかもしれないけれど」

 

「え、なんやそれ」

 

「……だよね、結弦くんが知ってるわけないよね」

 

 小難しい事言うのやめろ。

 

「行こう、結弦くん」

 

「せやな」

 

 俺がキャロルを抱え、飛行場に外から飛び込む。

 エテメンアンキの検問あるのに正規ルートなんて通ってられるか。

 隠密術を駆使して離陸直前の飛行機にへばりつき、忍術と錬金術を駆使して貨物室へ。

 貨物室内に錬金術で揺れないスペースを作って、二人してそこに寝っ転がりぐだぐだとアメリカに到着するその時を待つ。

 

「あ。キャロル、新聞発見や。

 へー何々……何やと!?

 ロックの女王マリアとクラシックの姫クリス・ユキネの対決!?

 キャロル! 時間があったらこれ見に行ってもええかな!?」

 

「いいですよ。時間があったら一緒に見に行きましょう」

 

「っしゃあっ!」

 

 揺られに揺られて、揺れないスペースで俺達は寝て、あっという間にアメリカに到着。

 

 そして、そこで、弦十郎のオッサンが手配したという『味方』と顔を合わせた。

 そいつは女だった。

 髪は青。俺ほどじゃないが背も高い。だが抜き身の刀の如き雰囲気が、俺に"コイツただ者じゃねえ"と漫画のような脳内台詞を吐かせていた。

 

「私は故あって名乗れない。

 だが信じて欲しい。私は風鳴弦十郎の部下だ。

 そうだな……ミス・ウイング、とでも呼んでくれ」

 

 突如現れたミステリアスで強そうな謎の美女。

 

 ミス・ウイング。一体何者なんだ……?

 

 

 




 ミス・ウイングの胸は無いのでウイングゼロと呼んであげてください。正体は不明です

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