売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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遥か彼方、ロックが伝説となった…かの日

 いや、まだだ。

 まだ終われない。

 これが予定調和であるのなら―――俺はそれに、『反抗』する。

 

「これが世界の分解だッ!」

 

 心臓が無い。血液が無い。全身が泥のような苦しみに満ちていて、何時間も正座した後の足みてえに痺れてる。

 そんな体を引きずるようにして、世界の分解を始めたキャロルから逃げ出した。

 今この場所には無い、希望を探して。

 

「逃げるならオレは止めはしない。だが心臓さえ無いその体で何ができる?」

 

 意外だな、止めねえのか。

 油断だが慢心だが知らねえが、その選択後悔させてやる。

 ああ、クソ。

 死ぬ。

 もう多分どうしようもなく死ぬ。

 確実に死ぬ。

 

「足掻くな、安らかに眠れ。お前が愛した女はもうこの世には居ない」

 

 うるせえ。

 心臓があったらここでお前に散々文句言ってたところだ。

 覚えとけよ、てめー。

 

 ヘイムダル・ガッツォーの廊下を、壁に寄りかかりながら必死に歩く。

 壁に血を擦り付けながら、床に血をぼたぼた垂らしながら、歩く。

 貧血で頭がヤバい。

 視界が、維持できない。

 立ちくらみっぽく意識が飛んで……行く前に、ウェルの義眼が俺の脳味噌に電撃ショックをぶち込んできて、俺の意識が覚醒した。

 

――――

 

「生体電流を蓄積し動く、有機人工眼球です。

 目の内部に仕込まれたセンサーが五感を補正。

 眼球が脳に微細な電流を流すことで五感を強化し、片目の性能を補う僕の傑作です」

 

「その眼球が本物とほぼ同じ素材で出来ていることが、君の役に立つ日が来ると思いますよ」

 

――――

 

「……っ!」

 

 ああ、本当にな。

 俺こいつが作り物だってことすら忘れてたぜ。

 生の眼球と同じ感覚で使えて、生の方の眼球が失血で機能低下しても、義眼の方は変わらず俺に周囲を見せてくれる。

 まさか"俺が忘れた頃に電気ショックぶち込んで来て脳を復活させる"システムとはな。

 おかげで色々思い出して来たぞ、ウェル。

 

 ウェルから得たヘイムダル・ガッツォーのデータを思い出す。

 破壊されたAIの位置、神獣鏡の保管場所、玉座の位置、それらを地図に当てはめていく。

 ああ、そうだ。ソロモンの杖もここにあったんだっけか。

 ……いや、待て。

 いくらなんでも重要なもんを一箇所に集め過ぎじゃねえか?

 

 この要塞はキャロルにとってどういうもんだ?

 さっきキャロルが世界の分解を始めた時、なんか謎の光みたいなもんが要塞に走ってた。つまり世界をどうこうするための媒介にこの空中要塞を使ってるってわけだ。

 世界を分解するってんなら。

 キャロルの居場所だけは無事なはず。

 つまりこの要塞だけが分解の対象外。

 と、考えれば……そうか。

 ここは、キャロルが『最後の本拠』として設定した場所なんじゃないか?

 そう考えりゃ、大事なもんがわんさかこの要塞の中に運び込まれてるのも納得がいく。

 

 なら、この要塞に他に希望になるものがあってもおかしくはない。

 

「ぐぅ……!」

 

 おかしくはないが、時間もない。

 水遁の応用で血液を無理矢理循環させてるが、こんなんで何分も延命できるかよ。

 長距離の移動をするには時間も血液も心臓も足りねえ。

 『何かがありそうな場所』に頭の中で当たりを付けて、そこに一直線に向かう。

 城の隠し部屋を見つけるために発展したという忍者式思考法が、なんとか役に立ってくれた。

 

「……ここは」

 

 そこは不思議な部屋だった。

 実験室? に近いのか。

 いや訓練室っぽくもある。

 厚いガラスの向こうには、人体ほどのサイズはありそうな巻き貝っぽい何かが淡く光っていた。

 近くに資料が置いてある。

 その上にはメモ用紙が置いてあった。

 

 何々?

 "真に正しき者が勝つ可能性をここに残す"?

 "キャロル・マールス・ディーンハイムが間違っていれば、ここに誰かが辿り着く"?

 "間違っていなければ、これはもう使われない"?

 ……随分とまあ、適当かつ他力本願な。

 だが誰が置いたんだこのメモ? ヘイムダル・ガッツォーでそれができそうな立場なのは、AIとしてここに組み込まれてた奴と、エルフナインくらいじゃないか?

 

―――能力も無いまま大任を授かった私に出来ることは、良心に従うことだけでした

―――ですがこのエルフナイン、やれるだけのことをやりました

―――パパとの想い出とこの心に従い、最善を尽くしました

 

 エルフナインだ。

 確かあいつ、今際の際にそれっぽいことを言ってやがった。

 あいつがキャロルだけの味方ならキャロルへの忠義だのなんだのだけ語ってるはず。だが父親だの良心だの引き合いに出してたのは、なんか別の意図を感じる。

 

 資料を一瞬で読み込む。

 やべえ、肺が動かなくなってきた。

 このエレクトリカルパレード巻き貝の名前は、聖遺物『ギャラルホルン』。

 なんでも平行世界に干渉できる、平行世界と物や人のやりとりもできる聖遺物らしい。

 

―――キャロルが残したデータによれば単独で平行世界に干渉する聖遺物さえあったようです。

 

 俺の知ってる方のキャロルの言葉を、思い出した。

 そうだ、あったな、平行世界に干渉する聖遺物。神剣の説明の時に言ってた。

 こいつがそうなのか?

 ……って、このギャラルホルンとかいう巻き貝、錬金術じゃないと操作できないようにロックかかってんのか? クソ、キャロルの仕業か。

 

 そりゃ自分が自由にできる聖遺物には小細工するわな。

 もう生身の腕の方は指も動かねえんだ、パスコードさえ打てねえんだぞ。

 クソ、どうする?

 何かないか?

 錬金術を使えない俺でも、どうにかできる何かはないか?

 

―――錬金術だって使えるくらいに器用な手を仕上げてみせます!

 

 ……いや、あったな。

 あの子が俺に義腕をくれた時の説明の中にそいつはあった。

 希望があった。

 あの子から貰った希望が、俺の手の中には最初からあったってわけだ。

 キャロルがくれた、俺だけの作り物の腕(アガートラーム)

 俺だけの作り物の腕(アガートラーム)をポッケに突っ込み、マリアさんから貰ったグラサンを引っ張り出し、かける。

 生身の指は動かなくても、義腕の指はまだ動く。

 

 義腕で触れ、ギャラルホルンを起動する。勘だが、俺が死ぬまであと一分。

 

『生きることを、諦めるな』

 

 ギャラルホルンの向こうから、誰かの声が聞こえた。

 俺が死ぬまで、あと三十秒。

 

『生きることを、諦めないで!』

 

 ギャラルホルンの向こうから、別の誰かの声が聞こえた。

 俺が死ぬまで、あと十秒。

 

『手を繋ごう!』

 

 ギャラルホルンの向こうから、繋がろうとする誰かの手の暖かさを感じる。

 義腕なのに暖かさを感じるとか、どんだけだよ、この向こうに居る奴は。

 ああ、だけど。

 俺がこのギャラルホルンを使えるだけのパワーを貸してくれるってんなら、ありがたい。

 

 頼む、頑張るための心の力を貸してくれ。

 今の俺には、この繋いだ手が紡ぐものが必要なんだ。

 

 勝負だ、キャロル。

 笑わせんなよ、キャロル。

 心臓抉られようが、神剣(ギター)奪われようが、ここに(ソウル)がある限り、俺は―――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この旅は、何度もへこたれず立ち上がり続ける旅だった。

 昨日まではそうだった。

 今日もそうだ。

 明日からもそうだろ。

 

 ギャラルホルンの向こうのどこかの誰かに叱咤され、そことは別の世界から希望を貰い、俺は今キャロルの前に立っている。

 キャロルは俺を、信じられないものを見るような目で睨んでいた。

 

「……何故、死んでいない?」

 

「心臓失くしちゃったんでな、代わり貰って来たんや」

 

 生きることを諦めるな、と言われた。

 俺を励ましながら、世界を越えて手を繋いでくれた奴が居た。

 そいつが俺の心に力をくれた。

 誰だか知らんが、感謝しかできない。

 

 そいつのおかげで俺は平行世界を探りに探り、俺に希望をくれたオッサンを見つけられたんだ。

 

「平行世界の、死ぬ直前の風鳴弦十郎の心臓を貰って来た。

 『どうせ死ぬこの身、心臓くらい若者にやってやるさ』やて。かっけえわ、マジで」

 

「―――!?」

 

「俺は八割くらい死んどるが……さっきの俺の、120%くらいは強えで?」

 

 目、腕、足、心臓。

 全部貰い物で俺のもんじゃねえ。

 だがそれがどうした?

 ロックの(ソウル)在る限り、俺は俺だ。

 

「やるだけやって楽に死ねばいいものを……

 そうやって食らいついて、無駄に苦しみを長引かせてどうするというのだ!」

 

「苦しみの中でも演奏を続けてもがく、それがロックンローラーや!」

 

「お前は、何故そこまでブレない……!」

 

「そういう俺の音楽が好きやと、『キャロル』に言われたからに決まっとる!」

 

 信じられない、みたいな顔すんなよ。

 まだあいつのことを諦めてない俺がバカみたいじゃねえか。

 

「返してもらうで、俺の知っとるキャロル、俺の想い出のキャロルを!」

 

「もう消したと言っただろうが! 不可能だ!」

 

「お前はずっと、不可能を可能にしてきた俺を横で見とったやろが!」

 

「―――」

 

 何を信じるかなんて、俺の勝手だ。

 

――――

 

「俺、キャロルの中に、俺の音を残したいなって……

 君の中で俺が永遠になったらいいなって思ってたら、この曲が出来たんや」

 

「もうなってるよ。

 ボクは死ぬまで、結弦くんのことを忘れたりしない。

 ずっとずっと、ボクの中では大切な人のまま。この気持ちはきっと永遠なんだ!」

 

――――

 

 俺は、俺の心を変えた言葉を信じる。

 対しキャロルは、基底状態の神剣を手の中で転がし、俺を見下していた。

 

「神剣は刺され、世界の分解準備は既に始まっている。オレの悲願の成就はもう止められない」

 

「やってやるさ、俺が……俺達が!」

 

「できるものか! お前は、欲した人も世界も守れず終わるのだ!」

 

 俺の台詞の"俺達"のところで疑問を感じたな?

 

 ならお前は、ロックンロールをまだちゃんと分かってねえってことだ。

 

 俺は背中にぶらさげていたものを引き抜き、構える。

 

「ソロモンの杖!?」

 

「行くで、お前ら!」

 

 そしてノイズを召喚、エルフナインとかいう奴が残してた資料の内容を思い出して、その通りに操作する。うし、ノイズは俺の思った通りに動く!

 ノイズA班は自分の体を叩け! ボディドラムだ!

 ノイズB班は羽鳴らせ! キリギリス以下じゃないことを証明してみせろ!

 ノイズC班はブドウっぽいそれ爆発させてろ! 爆音鳴らせ!

 以下指示省略ッ!

 人間特有の熱さはねえが、仕方ねえ。

 

 こいつが今の俺の、即席ロックメンバーだッ!

 

「オレを前にしてノイズを使いロックライブだとッ!」

 

「ディバインウェポン! お前何やっとんのや! それでも俺のギターか!」

 

「何を……!?」

 

「戻って来い! ここは俺のステージや! お前(ギター)が居ないと始まらんやろが!」

 

 キャロルが握っていた神剣ディバインウェポンが震える。

 そして、キャロルに抗うがごとくその手の中から飛び出した。

 

「何!?」

 

 勝手に飛び出してきた神剣は、構えた俺の手の中に収まる。

 

 サンキュー並行世界の誰か。

 適当に平行世界から引っ張ってきた知識経験の中に、『相手より自分の方がガングニールが相応しい時、ガングニールぶんどる方法』があって助かった。

 絶対使わないと思ってたわ。

 ディバインウェポンも悪いキャロルより、優しいキャロルを助ける俺の方を選んでくれた……気がする。気のせいか? いや、んなこたどっちでもいい。

 

「聖遺物の所有者認識……そんなことまでできたとはな」

 

「いいギターは使い手を選ぶっちゅうのはロッカーの間じゃ通説やで」

 

「それはただの例え話だろうが!」

 

「旅の最後を飾るラストライブや。聴いて貰うでお客さんッ!」

 

 ノイズをバンドメンバーにして、その中央で俺は神剣を再起動。

 俺の魂を形にした、俺の相棒たるギターを生成する。

 

「くっ……ははははははッ!

 人類史上、ノイズをただの演奏劇団員として使ったのはお前ただ一人だろうな!」

 

「せやろか?」

 

「お前の生き方と旅路は愉快の塊で、オレはいつも笑いが止まらん」

 

 笑ってやがる。

 ようやく素の顔を見せたな、悪キャロルめ。

 俺にとってのキャロルを取り返した後、一発くらいは殴らないと許さねえからな。

 

「だが、その神剣を生み出したのもオレだということを忘れるな。来い、ダウルダブラ!」

 

「っ!」

 

 キャロルが何かを取り出した。

 あれは……竪琴?

 いや、それだけじゃねえ。この要塞中から大量のエネルギーがキャロルに集まってやがる。

 そうか、この要塞はキャロルが敵を迎え撃つのに最高の場所でもあったってわけだな。

 こいつには自信があった。

 聖遺物全部揃えた神剣で俺が反逆してきても、力で押さえつけられる自信があった。

 神剣を生み出した奴が、神剣のスペックを知らねえわけがねえ。

 戦闘力だけなら神剣以上のものを生み出せないわけがねえ。

 そういうことか。

 

「平行世界に俺が『助けてくれ』って手を伸ばしただけで、色んなもん貰えたんや」

 

 なら、俺はこうするだけだ。

 

「これはっ……聖剣のエネルギーが歌に共鳴して、増大して……!?」

 

「『フォニックゲイン』。この世界には無いもんや」

 

「フォニックゲイン?

 歌で聖遺物の力を引き出す?

 なんだ……なんだそれは!

 お前は聖遺物を使い、演奏していただけだったはずだ!

 歌と旋律を用いて聖遺物の力を数倍にまで引き上げる技術など、この世にあるわけがないッ!」

 

「なんで他の世界から貰って来たんやで」

 

「―――!」

 

 ありがとよ、フォニックゲインとやらがある世界の人達。

 これで俺にも、世界を救う目処が立った。

 

「その様子で察したで。

 一度世界の分解が始まれば神剣でも止められなかった。

 ……でも『この力』があれば、始動後にも止められるかもしれないんやな、世界の分解」

 

「っ」

 

 少しずつでいい。一つずつでいい。俺は、希望を見つけて一個ずつ積み上げる。

 

「キャロル」

 

 そうして俺は、弾き始めた。

 

「キャロルッ!」

 

「うるさいッ!」

 

「呼びかけてんのはお前やないッ!」

 

 『荒野の果てへ』を。

 弾いて、歌う。

 俺は旅の果て、物語の果て、荒野の果てには、きっと良いものがあると信じよう。

 

「うるさいと言って 結弦くん! るだろう!」

 

 ……来た!

 

「バカな!? 完全に消したはずだ!」

 

「『記憶に残す』のがロックンロールや! 当然やろが!」

 

結弦く ならもう一度消してやる! 出て来るな、紛い物がッ!」

 

「なら俺はもっと歌って弾いて、俺のキャロルを返してもらうとするで!」

 

 クソ、一言引き出せただけか!

 このまま俺の知ってるキャロルを引き出し切れなければ、今度こそ完全に消されちまう。

 俺がギターを弾く。音が飛ぶ。

 キャロルが大琴を弾く。光が飛ぶ。

 二つがぶつかり、キャロルの方が押し気味な形で相殺された。

 

 ……フォニックゲイン理論で神剣のパワーを高めてるのに、互角以下!?

 

「お前がオレのエネルギー量を上回ることはない!」

 

「っ、どんな細工を……」

 

 目を凝らす。神剣の力越しに、ウェルの義眼が力の流れを発見してくれた。俺が手に持ってる神剣(ギター)から、キャロルへと多大な力が流れ込んでいる。……どういうことだ?

 

―――そこで使っているエネルギーは結弦さんの心臓の剣から引き出しているんですよ?

 

 そうだ、キャロルが言っていた。

 キャロルが使う錬金術の力は、俺の心臓(しんけん)から引き出していると。

 神剣の力を俺が高めれば高めるほど、キャロルもまた強くなる仕組みか!

 俺が神剣の力をどんなに高めようが、それを凌駕するための仕込みを、あいつは用心深く仕込んでたってわけだ。

 どんだけ隙がねえんだよ、こいつ。

 

「諦めろ。神剣を渡せ。その努力に免じて、貴様を生かしてやってもいい」

 

「……はっ、要らんわ」

 

 俺は、お前じゃないキャロルに語ったんだ。

 

――――

 

「俺が思うに、ロックは炎なんや!」

 

「触れたものを焼いて壊す、めっちゃ熱い、人の目を引きつけるパワー。

 ロックは闇の中に光をぶち込む熱い炎なんや!

 小賢しい大人になんてなりたくない、若者の内に燃え尽きたい! それがロックなんや!」

 

「理想的なのは十代の内に名を売って、ハタチで伝説になること!

 そしてそのまま伝説になって27歳で死ぬことやな!

 ロックンローラーは27歳で死ぬと歴史に名を残せるんや!

 でも死ぬ前に一回くらいは本場のアメリカ行きたい!

 ロックンローラーとしてはアメリカとイギリスは鉄板!

 できれば俺も伝説になってからそこで生ける伝説のマリアさんとかにな――」

 

――――

 

 俺のロックは、そういうもんだと。

 全て燃やして、皆を照らして、燃え尽きるもんだと、そう語った。

 一番明るく照らしたい惚れた女の子も照らせないで、何がロックだ。

 俺は、俺のロックを貫く。

 

「術式起動」

 

「……! それ、は……」

 

 最後の最後まで、な。

 

「―――想い出の、焼却」

 

「お前らの奥の手なんやろ、これ。

 こいつは別の世界の『エルフナイン』から引っ張ってきた知識で、この義腕が行使するんや」

 

 神剣の力は吸われてる。

 だがキャロルには元から使っている錬金術の力がある。

 俺がその差を埋めて逃げ回るには、同じく何か下駄履かせにゃ話にならねえ。

 

「何を……何をやっている、お前は! その先に待っているのはみじめな死だぞ!」

 

 実感が無いのが逆に怖いな。

 燃え尽きた記憶は、そこに記憶があったことさえ分からなくなるのか。

 何を忘れたのかさえ分からなくなるのか。

 ま、いいや。

 

「ええんや、別に、ここで燃え尽きても」

 

「ッ」

 

「俺は俺の知っとるキャロルを取り戻す。

 キャロルはずっと俺のことを覚えていてくれる。

 キャロルの中で俺が永遠なら……それでええんやないかな、って思える」

 

「早死に志願のロックンローラーが! ならば望み通りにしてくれるッ!」

 

 キャロルの錬金術が金属の塊らしき物を飛ばし、俺はそれを跳んで避ける。

 空中でも演奏は止めず、天井に足を着けても歌は止めず、天井を走りながら奏で続ける。

 

「一度や二度、奇跡を起こした程度で調子に乗るな!」

 

「ロックンローラーの偉人伝で『奇跡』って単語何度出とるか知っとるか?

 奇跡なんざロックンローラーにゃファック並みにありふれたもんやで」

 

「そんな奇跡、オレが殺戮してくれる!」

 

「!? ぐあっ!」

 

 俺は音楽家で、キャロルは戦闘者だ。

 キャロルの攻撃が空間を制圧する。

 演奏していたノイズの八割が吹き飛び、範囲攻撃が天井へと飛んで来た。

 天井を影分身して走っていた俺はあっさり落とされて、床に叩きつけられた。痛い。

 やべえ、次の一撃がかわせねえ!

 防御の姿勢を取った俺に、キャロルの攻撃が飛んで来て―――キャロルの攻撃から、『四体の人形』が俺を守ってくれた。

 

「……ッ! 単純な人工知能しか搭載しなかった試作品が。

 音楽の理解どころか、言葉の理解さえできない、プログラムで動く人形がッ!

 故障でも起こしたか! オレの知らぬ内に改造されたか! ここで壊してくれるッ!」

 

 なんでだ?

 いや、今そんなこと考えてる場合か。

 『奇跡』が起こった。

 今はそれだけを認識して、立ち上がる。

 

『ピガガ世界ガガガピピ人もピピピガガ愛ガガピガならギギギギ救えギガガガッ』

 

 ぶっ壊れた機械音声が聞こえる。

 何言ってんのかさっぱり分かんねえ。

 だけど今はとりあえず、AIと人形が味方してくれたこの奇跡に感謝する。

 ノイズを再召喚。

 そして演奏に集中。

 戻って来い。

 戻って来い、キャロル!

 俺の仲間が俺を守ってくれてる、俺が演奏に全身全霊をかけていられる、今の内に!

 

「う……く……うっ……」

 

 揺れている。

 動きが見るからに鈍ってる。

 いけるか? いけるよな!

 

「世界の解剖まで後五分……オレの勝ちだあああああああッ!!」

 

「―――!」

 

結弦くん! ボクは後回しでいいから世界を! 邪魔をするなコピーッ!」

 

 後五分で引っ張り出す自信はない。

 クソ、十五分ありゃ引っ張り出せる自信あったってのに!

 

「暇な奴らは皆参加せえ! カモン、世界中のロックンローラーッ!!」

 

「!?」

 

 神剣を放り投げる。

 俺のイメージの中で、神剣を地球へと突き刺す。

 よし、刺さった。

 

「今、地球は俺というギターを繋いだアンプ兼スピーカーになった」

 

「!?」

 

 分かる。

 地球の表面に住む五十億の人間達。

 こいつらを繋ぐ統一言語の相互理解ネットワークを通して、地球全土に広がっていく世界解剖のエネルギーが感じられる。豆腐の上に垂らした醤油みてえだな。

 

「地球は今、でっかい俺のライブ会場や!」

 

「き……貴様ッ! いつもいつもそうやってオレの予想の斜め上をッ!」

 

「開幕は、マリア&翼のツインボーカルッ! 頼んだで二人共ッ!」

 

『しょうがないわね。アメリカからでも届く歌声、聴かせてあげるわ』

『三秒待ってくれ! 今すぐ口の中の夕食を飲み込む!』

 

 世界中のロックンローラー達の力を借りた合唱。

 ノリのいいロックンローラー達は世界の危機を俺経由で知り、快く力と音を貸してくれた。

 俺が今日まで音楽を通して関わってきた人全てが。

 俺が全く関わりの無い人全てが。

 ロックンロールというものを弾いてきた全ての人達が、俺のライブに力を貸してくれている。

 

 フォニックゲインが天井知らずに膨れ上がる。

 それでも、まだ力が足りない。

 地球ライブの力は世界分解の力とぶつかり、徐々に押し込まれていた。

 

「ロックンローラーなどという社会の隅に居るだけの少数派共に、何が出来るッ!」

 

 できるぜ。

 

「ロックはな、あらゆる音楽を取り入れてきたんや。

 古い音楽も、今流行りの音楽も、最先端の尖った音楽も。

 最高のロックを目指して、誰もがあらゆる音楽を組み入れていった。

 教会のシスターと牧師は賛美歌をロックにした。

 古臭いクラシックをロックに変えた若者も居た。

 路上の乞食が空き缶を叩く音ですら、ロックンローラーはロックに変えてきた」

 

 分からないのか? この響き、この強さが。

 

「人類が積み上げてきた音楽史の全ては……今、ロックの血脈の中に息づいているんや!」

 

「屁理屈と変わらぬ暴論を!」

 

「音楽史の中に息づく全ての人が! 今! 俺と一緒にロックを奏でてくれているッ!」

 

 俺は、お前に言ったよな?

 エルヴィス・プレスリーも、ジョン・レノンも、シド・ヴィシャスも、ついでにアラン・フリードも、まだ死んじゃいないと。彼らはまだまだ生きてるんだと。

 誰かの中に俺達の音楽が忘れられず、永遠に残る限り、音楽家(俺達)は死なないと。

 そう言ったよな。もう忘れたのか?

 

「音楽史の中で生きた全ての人が……今! この音の中に蘇っとるんや!」

 

「っ!? くっ、なんだこの力は……!」

 

 偉大なる先人達は、今も俺達の音の中で生きている。

 最初に統一言語が失われた先史の時代の先人も。

 原始の時代に、ただ物を叩くだけだった音楽の時代の先人も。

 何千年という時の中で音楽を研鑽してきた無数の先人達も。

 全てが、俺の音の中に居る。

 

「俺達が死ぬ時は、皆に俺達の音楽が忘れられた時や。

 俺達の一生は、長生きしとるお前から見れば刹那かもしれん。

 せやけど俺達音楽家は、音楽を残して、皆の想い出の中に永遠に生きる」

 

 ロックの先祖たる音楽に関わった故人達と、今世界に生きるロックンローラー。

 合わせて、大雑把に百億人。

 

「見さらせ、これが……人類史の! 百億の! 合唱やぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 百億人の合唱バンドの力を俺が神剣でぶつけ、世界を分解しようとする力を相殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を壊す力、世界を救う力、二つはぶつかり欠片も残さず砕け散った。

 砕けた力の欠片が、世界に降り注いでいる。

 まるで、雪みたいに。

 

「さて、あとはお前からその子を助け出すだけやな」

 

ボクは……オレは……!

 貴様のそんな目的など果たさせるかッ!

 世界の解剖分解など、神剣を奪い再度行えばいいだけのこと!」

 

 ま、そう来るよな。

 神剣があれば何度でもお前は世界を分解できる。

 統一言語がある限り何度でも世界を解剖できる。

 何度失敗しようがリトライ可能っつー、反則なわけだ。

 でも俺ちょっと疲れたわ。

 今のもっかいやれって言われてもできそうにない。

 ちょっと休憩にしね?

 

「な、キャロル。お前俺のバンドに入らんか?」

 

「は?」

 

 ……ああ、そういえば、俺、記憶焼却してたんだっけ。

 継続して記憶焼却してることさえ忘れてたわ。

 一回切っておこう。

 記憶の残量がどんぐらいか分からねえが、残せるだけ残しとかないとな。

 もう四体の人形も全部粉砕されてる。

 記憶を燃やしながら逃げねえと、ノイズの援護があっても、俺は逃げ続けられない。

 

 あー、なんか。

 さっきの地球ライブの時、頼れる知り合いのロッカーを頼った気がするんだが。

 そのロッカーって誰だっけか?

 朝御飯思い出せない時みてえだ。

 ……もう、思い出すこともない気がする。顔も名前も思い出せなくなってるな。

 つか動き回ってんだから邪魔だろこのグラサン、捨てて動きのキレ上げとかねえと、ほいっ。

 

 俺は何か理由があって『このキャロル』を嫌ってた気がするが、それももう思い出せない。思い出せないから嫌えねえし、憎むこともできない。

 

「ベースかドラム……いや、ベースの方がええかな。

 そのダウルダブラっちゅうのが弦楽器なら、そっちの方が馴染みあるやろ」

 

「お前、正気か?

 オレにも自分が正義でない自覚はある。

 ましてや、戦っている途中の敵だ。ロックな生き方にも限度があるぞ」

 

「『ただのクズだろ』ってしょっちゅう言われんのがロックンローラーやで。

 ドラッグやって、暴力事件やって、捕まって、んでしばらく経ったら普通に戻って来るんや。

 悪い奴、クズ、アホ、社会不適合者、被差別人種、ロックはどんな奴でもバッチコイや」

 

「……お前は」

 

「悪い奴を正義掲げて討つ、とかやっぱロッカーには合わんのや」

 

 頭がぼやける。

 何か忘れてる気がする。

 いや、これでいい。俺の選択は何も間違ってない。

 俺は『キャロルを助けに来た』。それはちゃんと忘れてない。だから、これでいいはずだ。

 

「百人に迷惑かけたんなら百一人笑顔にしたらええ。

 千人に悪いことしたなら千一人楽しませたらええ。

 世界を傷付けたんなら、世界を癒せるような音楽を奏でたらええ。

 詫びツアーで世界中回ろうや。また新しい旅始めて、新しい旅に出よう」

 

 キャロルに褒められた音楽を、キャロルと一緒にやっていきたい。

 

「それは、許されたい人間の理屈だ。オレにはあてはまらない」

 

「キャロル」

 

「オレは許しなど請わん。

 オレは許されたいとも思わん。

 するべきことをして、やるべきことをやってきた。

 父親が……人助けの技術を魔女の業と呼ばれ、磔にされて焼かれたあの日から、ずっと!」

 

 キャロルが怒りのまま、ダウルダブラを壁に叩きつける。

 

「魔女狩りで殺された父の記憶が在る限り!

 "世界を識れ"とパパが残した言葉がある限り!

 オレは止まらない!

 世界を分解し、世界の全てに復讐し、分解した世界から世界の全てを識るのだ!」

 

 それが、世界を壊す理由か。

 

「父親を過去にしたお前とは違う!

 父親の記憶を乗り越えたお前とは違う!

 父親が残した傷を想い出に変えられたお前と、オレは、違うんだッ!」

 

 父親。……そうだ、俺は、あの父親が……ん……? 俺は……そうだ、思い出した。危ない。

 

「統一言語がある世界で……

 俺が、相互理解できなかったのとは違うんやな、お前は。

 お前は……相互理解を拒んだんやな。せやったら、俺にできることは」

 

 さて、やるぜ。ロックンロールを。

 

「統一言語があっても誰も分かり合えなかったお前と、分かり合うことやな」

 

「お前にできるわけがない」

 

「つまり統一言語を超えることや」

 

「お前にできるわけがない」

 

「俺のロックが統一言語を越えた相互理解ツールであることを、ここに証明せないかんな」

 

「お前に、できるわけがないッ!」

 

「いつのことだかもう思い出せへんが、キャロルが信じてくれた俺の音楽や。必ずできる」

 

「―――ッ」

 

 キャロルがまた錬金術を撃ってきた。

 風の錬金術を跳んで回避し、演奏を開始する。

 最高の神剣を、フォニックゲインとかいう技術で高めて、想い出も燃やしてぶっこんで、俺の最高の音楽を仕上げるための最高の楽器へと変えた。

 魂を乗せて、命を燃やして、奏で歌う。

 

「もう二度と、神様でも取り上げられん最高の相互理解を、ここに」

 

 気張れよ、ディバインウェポン。

 俺の記憶を燃やして得た力、全部お前にぶち込んでやる。

 だからお前も最高の音を出せ。

 このキャロルは、おそらく記憶燃やさずに出した俺程度の音じゃ、心に響かせられない。そんな音じゃ救えない。ロックだから分かる。

 思い出やるから、力をくれよ。

 俺が気持ちよく終われる終わりが、最高の結末が欲しいんだ。

 

「! これは、貴様、オレの内側からオレの想い出を消却して……!

 キャロル! これ以上続けるなら、あなたの想い出ごと焼却する!

 何をバカなことを! そんなことをすれば、オレとお前の記憶諸共焼却されるぞ!

 もうボクは焼却を始めてるよ! 言葉じゃ、ボクはこの焼却を止めはしない!

 

 キャロルが何かを話している。

 キャロルとキャロルが話している。

 いや、外のことに気を配っている余裕はない。

 俺は今、逃げながら全身全霊を込めた演奏をしなくては。

 

結弦くんがどうにかなってしまうくらいなら、ボクは自滅を選ぶ!

 

 ノイズ、壁頼む。

 演奏を続ける俺を守ってくれ。

 ははっ、クッソ笑えるわ。ノイズが人の命と音楽を守ろうとして動いてるとか、皮肉ってレベルじゃねえ。人殺し兵器だってのに。

 ……ん? なんで今俺、ノイズが人や音楽を守ろうとしたら皮肉だ、って思ったんだ?

 

結弦くんは世界を変えようとしてた!

 うるさい! オレの口で喋るな!

 キャロルもボクも、その気持ちが理解できた!

 たかが十数年しか生きていないお前が!

 でも、結弦くんは暴力じゃなくて音楽で世界を変えようとしてたんだ!

 世界もロクに識らないお前が、オレの邪魔をするなど言語道断!

 音楽で世界を変えれば、誰も傷付かないんだよ!?

 教えてやる! 音楽で世界が平和になったことなど、人類史上一度もない!」

 

 キャロル連れて帰ったら、まずは飯食うか。

 それから……それから? いや、どうでもいい。

 誰かを忘れてて、誰かとの約束を忘れてる。

 忘れてるのに思い出せないのが気持ち悪ぃ。

 彼女さえ助けられたなら、新しい旅の途中でまた思い出せるよな、きっと。

 誰かとの約束を忘れてるなら、そいつは早く思い出さねえといけねえよな。

 

 だから、今は。想いを込めてギターを弾こう。

 

ボクの言葉に耳を貸して、キャロル!

 こんな世界は嫌だ、って思っても!

 音楽で皆の心を変えて世界を変えようとするのと!

 力尽くで何もかも壊そうとするのは、全然違うんだよ!?

 それがどうした。他人と比較されようが、オレはオレの在り方を変えはしないッ!」

 

 俺の音楽は、キャロルの心を揺らせてるだろうか。

 動揺くらいはさせられてるだろうか。

 俺の心の熱、ちっとは伝わってるだろうか。

 俺を表現し、俺の熱を伝え、俺を相手に理解してもらうのがこのロック。

 この胸の中にある歌が、そのまんま俺の胸の中の想いなんだ。

 

 音楽で惚れてくれたら最高に嬉しいが、そこまで心揺らせっかな。無理かね。

 しょうがねえ。好かれたいなら、やっぱ地道に好かれてくしかねえのかな。

 

ボクは知ってる! キャロルは結弦くんの音が嫌いなんかじゃない!

 何の生産性もない、ただの娯楽でしかない音の羅列を! オレが好きになどなるものか!」

 

 ……あっ、クソ。錬金術避け損なった。

 足が焼けた。義足の方で助かったな。

 なんで今避け損なったんだ? ……違うな。

 俺今まで、どうやって走って攻撃避けてたんだっけ?

 

だって、キャロルは!

 黙れ!

 決めつけと差別で理不尽に傷つけられる人のために歌う彼をずっと見てた!

 "お前は○○だからいくら差別してもいい"って社会に反抗する彼を、ずっと見てた!

 

 諦めるかよ。

 どこで聞いたか、誰に聞いたかも覚えてねえ。

 だけど『生きることを諦めるな』って叫びが、俺の中で反響してる。

 俺は弾き続ける。

 俺は歌い続ける。

 そのために、生き続けるんだ。生きて、奏で続けなきゃならない。

 

キャロルが結弦くんの音楽を嫌いなわけがない!

 その音楽は、パパを殺したものの全否定で!

 彼の音楽の始まりは! 『父親』だったんだから!

 黙れ! 貴様にオレの何が分かる! 仮面(ペルソナ)にも満たない急造人格が!

 パパとの想い出も、パパが大好きな気持ちも、ボクの中にはあるよ!

 

 ここで燃え尽きたっていい。

 だけど燃え尽きるまでの輝きで、ロックで、この子だけは照らし救ってみせる。

 忘れるな、俺。

 それだけは絶対に忘れるな。

 ロックンローラーと、この愛だけは、最後まで。

 

分かるよ! 全部じゃないけど分かる!

 不適合者として設定したお前が!

 ずっと一緒に居たんだから分かるよ!

 オレの気持ちなど、分かるわけがない!

 結弦くんの音が好きだって言ったのは、キャロルだよ!

 お前に分かるわけがない!

 結弦くんの音楽の可能性を信じるって言ったのは、キャロルだよ!

 分かる、わけが……!

 ボク達は、ずっと同じものを信じてた! パパを信じたように!

 分かるわけが、あるかあああああああああああああああッッッ!!!」

 

 語ろう。この想いを、あの子に覚えておいてもらうために。

 

「キャロルのことが、好きなんや」

 

 語った想いが抜けていく。忘れそうになる。忘れないために語った想いにかじりつく。

 

「貰った言葉が、嬉しかった」

 

 出会ったことには嬉しさしかない。

 後悔なんてあるわけがない。

 この旅で感じた全ての嬉しさを、俺は絶対に忘れない。

 

「寂しそうな顔を、悲しそうな顔を、させたくなかった」

 

 キャロルも忘れないで居てくれると嬉しい。

 なあ、いい想い出ばっかだったよな、この旅は。

 そういや、今なんとなく思ったんだが。

 

「『荒野の果てへ』。また、聴いてくれると嬉しいなぁ」

 

 ……俺の名前って、なんだっけ?

 

キャロル、もうやめよう?

 ボクはここで死んでもいいよ。結弦くんが覚えていてくれるなら。

 結弦くんの中に、ボクが永遠に残るのなら……それでいい

 

 キャロルの中に俺が永遠に残るなら、それでいい。

 ここで死んだっていい。全て失っていい。あの子が俺のことを覚えて居てくれるなら。

 今は演奏に集中してるから、キャロルがどんな顔してるのかも分からねえ。

 全部終わったら、俺の演奏がどうだったか感想聞かねえとなあ。

 

「……オレは、もう半ば手遅れだと思うがな、お前達は。

 そんなことない! 結弦くんは……結弦くんは、まだ!

 ……。

 ボクがもう手遅れでも、結弦くんはっ……

 お前達は愚かだ。互いを助けるために、自分の想い出を焼却し、その結果がこれか……」

 

 素直な想いで弾こう。

 楽しかったよな、キャロル。

 俺、お前の全部が好きだ。全部ひっくるめてお前が好きだ。

 

「オレは、最初から気付いていた。

 ……その歌が、『キャロル』のためだけのものだと。

 お前が想い出の焼却を続けたのは、『キャロルの人格を蘇らせるため』だけでなく……

 オレを……『キャロルを説得するため』……共に、在り続けるため……」

 

 ああ、父さんと母さんにも帰って話してえな。好きな人ができたって。きっと二人も後で家に帰れば二人で待っててくれて……

 ……違う。やめろ。それは、もう想い出の中にしか無い愛だ。

 俺は、その家族よりも好きになれた人と出会えて、それで……

 

「お前は、いつも笑えるくらい直球勝負だったな。……だが」

 

 俺の歌、ちゃんと君の心に届いてるだろうか。

 いつからだろうな、俺がビッグになって父親を見返すって目標、忘れるようになったの。

 君に俺の最高のロックを見せたい、って気持ちが一番になったの、いつからなんだろうな。

 

「こんなところで、日和れるものか!

 今更戻れるものか! こんなものに心動かされてたまるか!

 歌に……歌なんぞに! オレの心が、意志が、決意が、負けてたまるか!」

 

 俺の愛は言葉じゃ足りない。

 だから悪いが、俺の演奏を全部聴いてくれ。

 言葉にできない想いも含めて、俺の全部をありったけこめたからさ。

 

「その音をやめろ……オレと分かり合おうとするのをやめろ!」

 

 また、一緒に旅に出よう。今度は世界の救済とか抜きで。

 

「オレと相互理解して、オレと一緒に歩んでいこうとする意志を、叩き込んで来るなッ!」

 

 ただ単純に人を音楽で喜ばせるだけの旅に出よう。

 皆を笑顔にするためだけの旅をしよう。

 今回の旅じゃ回れないロックの聖地とか回って、即興で曲とか作って、いい発想が出て来たらその時々で、新しいラブソングとか君に歌ってあげたい。

 ああ、その前に。

 君がどうしたら幸せなのか、ちゃんと聞いておきたいな。

 

「オレは……オレは、こんなところで止まれない!

 止まれない理由がある! 感情なんてものを理由に止まってたまるか!

 ……パパは、パパだって! オレの中に永遠に生きてるんだ!

 想い出なんかにするものか……過去のことにして、優先順位を下げるなんて嫌だ!」

 

 俺にはロックしかないが、君を幸せにしたいとも思ってる。

 ずっと幸せで、笑顔でいて欲しい。

 俯いたり、むすっとしていて欲しくない。

 俺はまずどんな曲を弾けば、君を幸せな気持ちにできるかな。

 

「やめろ……歌うな……オレの心を、決意を、弱くするな……甘えさせないでくれ……!」

 

 良かった、体が演奏を覚えてて。

 俺はもうこの曲がなんなのか分からない。

 生身の左手。

 この腕が、『演奏』を覚えている。

 機械の右手。

 この腕が、『想い』を憶えている。

 高鳴る胸。

 この心が、『歌』を奏でている。

 さ、演奏を続けよう。

 

「お前がそこに居ると、お前が生きていると、オレはッ……!」

 

 キャロル。キャロル。幸せになって、生きてくれよ。

 

キャロルは、ボクよりも早かった

 

 これが最後の演奏だ。俺はもう、『次』をきっと弾けない。

 

結弦くんのファン一号は、ボクじゃなくて君だったんだ

 

 何もかもを忘れた俺の頭の中に、たったひとつ残った単語。

 

ボクらは、ここで終わり。これで終わり。……それで、いいよね?

 

 『キャロル』。

 

「オレが……想い出が……なくなって、いく……焼却で、消えていく……」

 

 その名持つ者に、祝福あれ。

 

 君に幸せな生と、幸せな結末が訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れて欲しくない。

 その人の中に永遠に残りたい。

 そんな想いが胸の奥にふっと浮かんで、ふっと消える。

 忘れてはいけない何かを忘れてしまった喪失感が、胸の奥に去来していた。

 

「俺は、誰や? ここは、どこなんや?」

 

 何も無い。

 俺の中には何も無い。

 何も覚えていない。

 何もかもが空白で、自分が軽い。自分の中に中身が無いからだ。

 

 焦燥。

 困惑。

 虚無感。

 全部が混ざって、絶望になっていく。

 自分の中身の無色さに、俺が耐えられない。

 そんな俺の中に『何か』が生まれたのは、隣で頭を抱える少女を見た時だった。

 

「ボクは誰?

 オレは誰だ」

 

 何か、何かが俺の心に生まれる。

 俺はこの子を守らないと。

 

「お前は……なあ、俺のことを知ってるんか?」

「おいお前、オレは何者だ? 応えろ。

 ま、待って! ボクに一言も断らず勝手なことしないで!」

 

 お互いに記憶喪失か、厄介な。

 いや、一番厄介なのはそれじゃない。

 少女が俺に掴みかかってきたが、俺も少女もふらついてそのまま床に倒れてしまった。

 

「うっ……」

 

 お互いに立ち上がれないほど、消耗している。これが一番厄介だ。

 俺達は今歩くことも、立ち上がることも、這って動くこともできない。

 仰向けに寝っ転がるのが精一杯だ。

 

「お互い動けないみたいやな」

 

「……だとしたら、オレ達は揃ってお陀仏だな。周りをよく見ろ」

 

「わぁっとる、天井も壁も、床もヤバい……」

 

 四方八方ポコポコ穴が空いてやがる。

 しかも全部崩れかけだ。

 壁に空いた穴の向こうには、陸地なんて全く見えない水平線。

 周りが全部海なら、この体で海に落ちてもまず死ぬな、

 ほら、天井が、あとちょっとで全部崩れちまいそうだ。

 

「お前、ここでオレと一緒に死ぬ運命だったようだな。

 ボクはあなたを助けたいけど、それもきっとできなくて、ごめんなさい。

 後悔はないのか? あればここでオレが聞いてやるぞ、聞き流すがな」

 

 二つの喋り方をする女の子が話しかけてきて、俺は彼女に向かって手を伸ばす。

 

「後悔なんてあるわけないんや」

 

 彼女が、ぶっきらぼうに俺の手を握ってくれる。

 

 ……安心した。俺の心が、これでいいと言っている。

 

「何も覚えとらんけど……心が何か覚えとる。心が何か嬉しい。それでええ」

 

 これが結末なら、これ以上はないと思える俺が居た。

 記憶を失った俺達が繋げた手。

 これは、記憶があった頃なら繋げた手なんだろうか。分からない。

 だが、これでいい。

 これでいいんだ。

 理由は分からないが、救われた気持ちになれた。

 だから、この死と結末はハッピーエンドに違いない。

 

 そう思って、仰向けに倒れたまま手を繋いだ彼女と二人、崩れ落ちる天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちて来た天井が、横合いから跳んで来た女性に全部蹴っ飛ばされた。……え?

 

「オラァ!」

 

 俺の体よりデカそうな瓦礫も、俺の拳くらいありそうな瓦礫も、全部だ。

 

「統一言語と相互理解は、世界に刺された神剣により封印された……か。

 全員まとめて記憶を焼却して、自分を犠牲にして、世界救うなんてな……」

 

 何だこいつ。

 

「誰や、お前」

 

「あ、悪い。今ちょっとお前らと話してる余裕無いんだわ」

 

 しかも会話まで拒否された。

 

「おいフィーネ、こいつらの記憶治せるか?

 いいから助けろ。たまにあたしの体貸してやってんだ、宿賃くらいたまには払え。

 やれるだろ、お婆ちゃんの知恵袋で人より無駄に知識持ってるんだからよ。

 うだうだ言うならまた数ヶ月表に出さねえぞ。……そうそう、それでいいんだよ。

 あ? 帰り道なんて決まってんだろ。

 この二人抱えて海に飛び降りて、日本まで泳いで帰るんだよ。は? 沖ノ鳥島?」

 

 よく分からない独り言を呟いて、その女性は俺と、俺の隣の女の子を肩に抱える。

 

「さて、と」

 

「うわっ」

「きゃっ」

 

 そしてニッと笑い、俺達を抱えたまま壁の穴へ向かって歩いて行った。

 

「あたしがせっかく助けてやったんだ。生きることを、諦めないでくれ」

 

 ……だから、お前、誰!?

 

 なんだよこれ、なんだこの綺麗な終わりが吹っ飛んでこんなよく分からないぐだぐだ感!

 

 ってなんだこの高さ海面まで何mうわああああああああああっ!?

 

 

 




くるしい時
そんな時、頼りになる



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