売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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エルフナインの良心


喪失までのカウントダウン

 神剣(ディバインウェポン)

 キャロルが他の聖遺物を組み上げて創った、『してはいけないこと』を人に打ち込む楔の剣。

 煌めき回る炎の剣とかなんとか言ってたが、今の俺にとっちゃいつでもどこでも取り出せる、俺の魂が具現化した輝くギターだ。

 

 『完成』したディバインウェポンから、力が溢れて来る。

 天羽々斬、イガリマ、シュルシャガナ、アガートラーム、イチイバル、神獣鏡、ガングニールが神剣の力をブーストしながら、制御してくれている。

 アメリカでの最後のライブも八人ライブだったが、そうだな。

 こいつも亜種八人ライブみてえなもんか。

 頼む。俺の心臓の神剣を支えてくれよ、七つの聖遺物。

 

『発射』

 

 ヘイムダル・ガッツォーからの指示が飛び、四体の自動人形が動く。

 四体がそれぞれ紋章(クレスト)っぽいもんを出して、ビームを撃ってきやがった。

 やっかまっしいな。

 俺は速弾きで演奏を守る光の盾を出す。

 "演奏を邪魔されたくない"と思うだけで、ディバインウェポンは応えてくれた。

 

「知ってるか、ギターをアンプと繋ぐケーブル、"ギターシールド"って言うんやで。

 雑音の発生防ぐシールド普段から使っとるんや、攻撃防ぐシールド出せへんわけあるかッ!」

 

『盾? いや、元は剣かッ! 哲学兵装、ソードブレイカー準備!』

 

 俺の神剣が剣属性と見て、何かを敵が放ってくる。

 だが折れない。砕けない。壊れない。

 俺の神剣も、光の盾も、音楽も。

 

「剣? 違え、ギターだッ!!」

 

 ソードブレイカーだかなんだか知らねえが、ギターがソードに見えるなら頭の病院行け!

 

『ソロモンの杖、直結起動』

 

「! この空中要塞、まさか中にノイズを操るっちゅう杖が……」

 

『それが要塞に内蔵されていたからどうだというのだ。お前がそれに触れることはない』

 

 要塞周辺に発生する無数のノイズ。

 ノイズに足止めさせて、俺の足が止まった瞬間あの人形に仕留めさせるつもりか。

 悪くねえ判断だ。

 キャロルをさらわれてキレてる俺が相手じゃなけりゃあな。

 

「『荒野の果てに ソロver.』ッ!」

 

 マックススピード大爆走。

 走りが速すぎてもバテる、遅すぎても捕まる、故にバイク程度の速度を維持しながら演奏疾走。

 絵に描かれたノイズに消しゴムをかけるように、ノイズを消し飛ばしながら走って回る。

 視界を埋め尽くすノイズを一掃する程度、十数秒とかからねえ。

 

 キャロルが創った"世界を救うための力"は、俺がただ奏でるだけでノイズを世界から容易に消し去り、かつ人を誰も傷付ないという、平和を手繰り寄せることに長けた力だった。

 

『ノイズが、一瞬で全滅……!』

 

「ソロモンの杖なんぞがソロギターに勝てると思うなッ!」

 

 ここで、自動人形に集中する。

 こいつらと同じ土俵、戦いの土俵に上がっちまえば即アウトだ。

 そうなれば俺はすぐに死ぬ。

 まとめて"音の壁"で動きを封じつつ、一体一体に俺の得意ナンバーを一曲ずつぶつけてやらあ。

 

 青にはアヴェ・マリアのロックアレンジ。

 赤には調さんと切歌さんと散々練習した一曲。

 黄にはクリスのシンフォニックロックの俺流アレンジ。

 緑には翼と練習してたポップ・ロックのスラッシュメタルアレンジ。

 一体につき1分30秒、演奏と歌をセットで叩きつける。

 

 六分。

 たっぷり六分かけて、俺の音楽を叩き込み、四体の人形の膝を折らせた。

 

『これは……音響兵器の応用で、自動人形達の体内を破壊したのか?』

 

「ちゃうで」

 

 俺がこんな何億円かけて作ったのかも分かんねえクソ頑丈そうな人形壊せるわけねえだろ。

 

「こいつらの『胸に響かせた』んや。俺の音楽を」

 

 ただまあ、人形を音楽で魅了するっつーのは、やったことなかったからしんどくはあった。

 

『……確かに、詳細不明の動作エラーが起こっているのは、胸の部分だけだが……』

 

「次はお前や。要塞にロック聴かせるのは初めてやけど、責任持って楽しませたる」

 

 最高の音量を、最高の音質で叩きつける。

 音の広がりをとにかく意識して、要塞全体をピリピリと震わせるように。

 ギターリフからしっかり意識して、要塞の芯にまで響くメタルをぶつける。

 どうだ?

 ただのAIでもノれる音楽を演奏できてたなら、それだけで嬉しいんだが。

 

『……いい音だ』

 

「あんた百年前にAIになったんやろ?

 ロックは百年も歴史の無い新しい音楽やで、聞き覚えも無いんとちゃうか」

 

『歌に時代も国境もない。

 それは統一言語とは似て非なる、人種も文明圏も超越した共通言語。

 フィーネ様が人間の相互理解の可能性のため、とてつもなく遠い昔に生み出したものである』

 

「へー、フィーネが生み出したんや。知らんかった」

 

 人間の心がねえ奴にも音楽が響くようになったのは、神剣の完成のおかげか。

 それとも俺が成長したからか。

 ……前者だろうな。流石にそこまで思い上がれねえ。

 だが百年前にAIになったっつーこの要塞ともコミュニケーション取れてんだから、今は素直にこの音楽を手にしたことを喜ぼう。

 

『現代において、倫理は教育が定着させる。

 だが昔、倫理を定着するものは宗教であった。

 それよりもはるか昔、倫理はただ共有するものだった。

 現代の法によって人を律するは法律の民。

 それより昔、宗教によって人を律するは戒律の民。

 されどそれよりも昔、完全なる相互理解によって平和を実現した、調律の民ありき』

 

「日本語で喋れや」

 

『私は日本語を話している』

 

 わっかんねえんだよ。

 

『私は世界を守れとフィーネ様から命令され、今日まで残ってきた。

 それがいつの間にやら要塞の管理AIとして埋め込まれてしまっている。

 そんな私だが、忠告しよう。

 聖剣を手放せ。

 世界から手を引け。

 バラルの呪詛から解放された人類全体に改めて楔を打ち込めるその剣は、危険すぎる』

 

「せやかて、このままやと人類終わるで」

 

『別の道を探すことを勧めよう。

 その剣は、一人で世界を変えることができる力だ。

 たった一人の大作曲家が、たった一人で音楽の世界を変えてしまうようにな。

 私はお前の味方ではないが、その剣の危険性は分かる。

 そもそもその剣はピガガガガガガガガガガガガガガガッガッガッガッガガッガガガガガガガ』

 

「は?」

 

 声が壊れたレコード、いや壊れたテレビみたいな騒音に変わる。

 やがてその騒音もブツッと切れた。

 おい待て。

 なんだそりゃ?

 何が起きた?

 

「……一体何が」

 

 ヘイムダル・ガッツォー内に潜入。

 ウェルから事前に貰ってた分析データを使って頭の中で分析し、AIの設置場所をいくつか推察してそこへと向かう。

 どれがAIの置き場所だったのかは、すぐに分かった。

 一箇所だけ、悲惨なほどに破壊されていた場所があったからだ。

 

 鉄が焦げ付くような匂いからして、壊されたのは今さっき。

 俺との会話中に壊されたことから考えても、一番可能性が高いのは口封じのために壊されたという可能性だ。

 "余計なことを言う前に"とこのAIは壊された。

 何だ?

 俺に知られちゃいけなくて、このAIが知ってたことは何だ?

 あるいは、俺に気付かれると不味くて、このAIが気付かせる可能性のあることってなんだ?

 

 ……分からねえ。

 

「誰かが、壊したんか……誰が?」

 

 そうして得する奴は誰だ?

 このAIを潰しただけで姿を消し、俺と戦う気も見せてない奴は誰だ?

 そいつの目的は?

 そいつは何故ここに居る?

 分からねえ。

 キャロルを一刻も早く助け出し、すぐに相談するしかねえか。

 

 ディバインウェポン。キャロルはどこに居る?

 

 ……こっちか。

 こっちの一番奥の部屋だな、よし。

 今助けるぞ。さっさと帰って、世界でも救うとしようぜ。

 

「キャロル!」

 

 扉を蹴破り、その向こうにキャロルを見つける。数時間ぶりだな、寂しかったぞ。

 

「結弦くん!」

 

 そこは、演劇の舞台を数倍大きくしたような部屋だった。

 とても広い円形の広間。

 そこの中央に椅子があり、そこにキャロルが座らされている。

 広間の中央から奥にかけて階段があり、階段の先には玉座がある。

 玉座? エテメンアンキの……まさかな。

 そして、その玉座に座る者を見た俺は自分の目を疑った。

 

 玉座の上に、キャロルの金髪に少し緑を混ぜたような髪色の、キャロルと全く同じ髪の毛の色の少女が居た。

 

「よくぞここまで辿り着きましたね。あなたに敬意を表します」

 

 オリジナルのキャロルか、と俺は一瞬思い。

 

「『エルフナイン』と申します。どうぞ、お見知りおきを」

 

 一瞬後に、"俺は何かとんでもない思い違いをしてるんじゃないか"と、今の自分が持っている認識の全てを疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑の髪の少女は語り始める。

 泣きそうなその顔で、泣きそうな声で、全てが終わったことに安心していた。

 

「長かった……とても、長い時間でした」

 

「なあ君、なんなんや? これはどういうことなんや?」

 

「私が使命を授かってから、もう十数年。

 能力も無いまま大任を授かった私に出来ることは、良心に従うことだけでした。

 エテメンアンキは私に御せる組織ではなく……

 私にできることなんて、不適合者の迫害を抑えるため、セレナ達を動かすことが精一杯」

 

「おい、会話を……」

 

「良心しか持たない無能など、組織の頂点としては害悪でしかない。

 ですがこのエルフナイン、やれるだけのことをやりました。

 パパとの想い出とこの心に従い、最善を尽くしました。これで暇を頂きたく存じます」

 

「おい!」

 

「この玉座は既に私のものでもフィーネのものでもありません。お返しします」

 

 エルフナインと名乗った少女が、自分の首にナイフを突き刺す。

 少女の体がドロっと溶けて、蒸発して消滅した。

 何だ?

 何が起こってる?

 何も理解できねえぞ。

 俺の理解できないことが、この空間内で発生してやがる。

 

 キャロルに聞こう。キャロルでさえも分からねえなら、キャロルを連れて逃げる。

 

「なっ……キャロル、これ何が起きたか分からんか?

 あれが玉座なら、あそこに座っとんのはオリジナルのキャロルだったはずや。

 それが偽物で、最初っからそこの認識がズレとるんなら、本物はどこに―――」

 

 そして。

 

 キャロルの右手が、俺の胸を貫いた。

 

 彼女の首には、俺がイギリスで贈った十字架のキーホルダーを加工した首飾りが揺れている。

 

「なん、で……」

 

「お前の疑問に全て答えよう」

 

 心臓が無くなり、代わりに神剣が収められていたその場所が、空洞になる。

 

 俺の胸から引き抜かれたキャロルの手には、基底状態の神剣が握られていた。

 

「『オレ』が、キャロル・マールス・ディーンハイムだ」

 

 何が。……何が、起きた?

 なんで俺は……()()()()()()()()()()()るんだ?

 誰か教えてくれ。

 心臓も代わりも無くなった俺が、ほどなく死んでしまう前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレがオレの名前を他人に安易に貸すわけがないだろう?

 お前と接していたあの人格は、オレが後付けした表層人格(テクスチャ)だ。

 内側からオレが適度に操れる仮面の人格だ。

 オレ本体の人格の表面にそれっぽいものを貼り付けたに過ぎない。今それも破棄したがな」

 

 ……破、棄?

 

「オレの懸念は三つあった。

 一つ。

 ウェルや風鳴といった、飛び抜けたワンオフに全てを見抜かれる可能性。

 一つ。

 神剣が完成しない可能性。

 一つ。

 今どこに居るかも分からないフィーネが、この世界に戻って来ている可能性」

 

 俺の知ってるキャロルは、どこに?

 

「有能な人間がオレの策謀に気がつけば、確実に邪魔をしに来る。

 最も優れた策謀とは、成就の瞬間まで誰にも見抜かれない策謀だ。

 何も知らない人間には、エテメンアンキの天下にしか見えない。

 少し事情を知った者には、エテメンアンキとキャロルの対立構造にしか見えない。

 そして隠蔽された情報を全て暴いても、オレが頂点に座す構図にしか見えない」

 

 俺の、胸の穴から、血が漏れる。

 

「人間は物事の裏を疑い、裏の裏を疑う生き物だ。

 そして"誰も知らない裏"を知れば喜び満足する生き物だ。

 陰謀論好きがまさにそうだろう?

 幾重にも嘘と偽装を重ねれば、物事の裏を探る人間などオレは容易に操れる」

 

 キャロルの手の中で、俺の血に濡れた、基底状態の神剣が転がされている。

 

「オレは"自分がキャロルのコピーだと認識している"人格を貼り付けた。

 中々の名演だっただろう?

 何せオレにも演じている自覚はなかった。嘘など何もついていなかったからな」

 

 キャロルの笑顔は、俺が好きになったものとはまるで違う、別物で。

 

「仮面の人格はお前達に実に好意的に受け入れられたな。

 あのキャロルの『無垢』と『純粋』は嘘を隠す虚飾の服としてはこの上なく理想的だ。

 年若き少女、世間知らず、不適合者、他者に基本好意的……全てが警戒を削ぐ要素になる」

 

 ……俺。

 

「ただ、気弱で引っ込み思案という性格設定は失敗だったか?

 おかげで何度か怪我も負ってしまった。まあもっとも……

 お前と会ってすぐの頃のように、仮面人格が気絶してから俺が治せばいい話だったがな」

 

 俺は、誰を信じてたんだ?

 俺が部屋に連れてった後、キャロルの怪我があっという間に治っていたのは。

 俺は、何を信じてきたんだ?

 

「お前は俺の懸念事項をよく消してくれた。

 『キャロル』が潰されないもっともらしい理由となり……

 神剣の力を引き出して、失われたと思われていた聖遺物さえ見つけてくれたのだからな」

 

 今、何を信じればいいんだ。

 

「オレが用意したデュランダルとダインスレイフをお前はよく完成させてくれた。

 お前はオレの予想も想定も期待も超えた働きをした。そこは感謝しよう。

 エテメンアンキのせいにしつつ、オレもノイズを呼んでお前の成長を促した甲斐があった」

 

 なあ、教えてくれ。

 

「エテメンアンキの過激派がノイズを動かしていた、と言っていたのは誰だった?

 お前の隣の『キャロル』だっただろう。

 お前はそれを信じた。どこかの顔も知れない奴がノイズを呼んだと思っていた。

 オレはお前の隣でノイズを堂々と呼んでいたこともあったぞ?

 ノイズの全てが俺の仕業だったわけではないが、オレがオレの都合で呼んだものもある」

 

 俺に、今、何か信じていいものって、残ってんのか?

 

「ノイズ、メタル・ゲンジューロー、自動人形。

 新しく現れる敵の方がお前の音楽に耐性を持っていたのは何故だと思う?

 オレがお前の隣でデータを集め、"エルフナイン"にアップデートさせていたからだ。

 お前が明確に勝てない敵を用意する。

 お前はその敵を超えるため、自分の壁を超える。

 神剣はお前の心と魂に直結していると何度も言ったな? お前の成長は、神剣の成長だ」

 

 どこからおかしかったんだ。

 

「テレポートジェム、あれで不審に思われるかと思ったがそうでもなかったな。

 お前は俺の想定以上に『キャロル』を盲信していたようだ。

 旅の中で一度も使ったことのないアイテムを、唐突に出したというのにな……

 言っておくが、"お前が知っている方のキャロル"は、テレポートジェムなど作れない」

 

 どこから歯車が狂ったんだ?

 

「何か言いたそうな顔だな。

 だが、その負傷ではもう喋れまい。

 文句が言いたいか?

 感謝こそされ、文句を言われる筋合いはない。

 オレはお前が自然と恋い焦がれるようなヒロインを演じてやったんだからな」

 

 好きだったんだ。

 

「『ボクは、結弦くんの音が一番好きだよ』。

 ああ、あれを言ったのはオレだ。正確には仮面の人格に言わせたのがオレだな」

 

 俺、キャロルのこと……本気で、好きだったんだ。

 

「緒川結弦の音楽が好き。

 緒川結弦のことをちゃんと見守っている。

 何があっても緒川結弦の傍に居る。

 お前が言われたかったことだろう?

 感謝するがいい。オレはお前が言われたいと思っていた台詞を理解し、言ってやったんだ」

 

 『キャロル』は俺のことを理解していて。

 俺は『キャロル』のことを理解してなかった。

 今なら分かる。

 フィーネが相互理解を求めた理由が分かる。

 この悲しみを、フィーネは否定したかったんだろうな、きっと。

 

「オレはお前のことをよく理解している。

 お前"こんな自分でも好きになってくれる人が居る"と心の支えにしていただろう?

 だが、そんなものは偽物だ。

 全ては嘘だ。

 お前を旅路の終わりに誘う虚構。

 お前がこの旅で積み重ねた『キャロル』の想い出は嘘であり、全ては嘘の露と消える」

 

 俺の好きな人はもう居ない。いや、もしかしたら、最初から居なかったって言った方が、正しいのかもしれない。

 

「もしもフィーネがまたどこかに転生、戻って来ているならすぐに分かった。

 奴であればオレ達の窮地に必ず介入して来たはずだからだ。

 オリジナルキャロルに敵対する少年少女に、必ずや手を貸しに来たからだ。

 奴は情を捨てられず、全ての人間の相互理解を望んだ女。

 そしてエテメンアンキと無関係ではいられない女だ。

 "フィーネの敵・キャロル"に立ち向かう少年達という構図を作れば、確実に釣れるはずだった」

 

 ああ、死ぬ。

 

「だが、フィーネは現れない。

 つまり奴はこの世界に居ない。

 奴を呼ぶ撒き餌でもあったこの旅は、今ようやくその存在価値の全てを消失させた」

 

 俺は一人ぼっちで死んでいく。

 

「お前は誰かの中に永遠に残りたいと言ったな?

 だがそれには、致命的な欠陥がある。

 お前が覚えていて欲しいと思った人間が、お前の音楽を『つまらない』と断じた場合だ」

 

 キャロルが、俺が贈った、俺の最初のプレゼントである十字架を床に投げ捨てて。

 

「オレはお前の音楽の良さなど、全く分からん。つまらん時間を過ごさせてもらった」

 

 踏み折って、踏み潰して、踏み砕いた。

 

 そこにあった、想いと一緒に。

 

「さあ、始めるぞ、世界の分解を。

 今、世界中の人間は統一言語によるネットワークで心を繋げている!

 それは世界を覆う網の目だ!

 そこに神剣に内包された魔剣の呪いを、神剣の規模で呪われた旋律として流し込む!」

 

 もう十字架は、原型なんて留めていない。その中の想いもそうだった。

 

「世界を覆う相互理解の網の目が、世界を切り分ける分断線となるッ!

 そして世界の分解が成されるだろう!

 この日のためにしてきた全ての準備が世界を分解し、世界の全てを識る黙示録となるッ!」

 

 想いは、踏み躙られていた。

 

「『万象黙示録』の完成だッ!!」

 

 もう、何も考えられなかった。

 

「緒川結弦! お前の世界を救う歌は、世界を壊す歌になるッ!」

 

 もう、肺も心臓も脳も動いていなかった。

 

 誰の声も、俺には届いていなかった。

 

 

 




次が最終回、その次がエピローグ、それで終わりです

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