売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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 自分の過去作のfeatとは一切関係ない世界線です。きっと隣の隣の隣の隣の平行世界くらい


ロックンローラー(雑魚)の日々

『お前はロックンローラーには向いてない。お前は真面目すぎるんだ』

 

 

 

 俺がそう父親に言われてから、もう何年が経っただろうか。

 言われた時は"何的外れなこと言ってんだ"と思った。

 今は"そうなのかもしれない"と思い始めている。

 昔はギター一本で身を立てていくと思っていた俺が、一日の大半をギターじゃないもの握って、肉体労働とかに励んでる今。

 昔の俺が今の俺を見たら、きっと幻滅するかもな。

 

 つまんない社会の歯車にだけはなりなくないって、口癖みたいに言ってたし。

 

「おいサボんな新入り!」

 

「は、はい! すんません、すぐやりますわ!」

 

 先輩に怒られたなら、俺も気の抜けたような動きはできない。

 頭を何度も下げながら、周りで働いている人達よりもずっと速く手足を動かして、単純作業で力作業な仕事内容を終わらせてかないと。他人の三倍速以上で動かなきゃ給料が貰えない。

 

「お前みたいな出来損ない、どこも雇ってくれると思うなよ!

 ここ辞めた後に雇ってくれるアテがあるってんなら別だがな!」

 

「分かっとります! 俺なんかを雇ってくれた恩は忘れてません!」

 

「お前はただでさえ能力では劣ってるんだ!

 俺達の仕事の邪魔にならないよう、お前にも出来る仕事をきっちりやれ!」

 

 汗が垂れる。息が切れる。疲れた体に鞭打って、右に左にひた走る。

 同僚と比べりゃ俺には多少体力があるくらいしか取り柄がないから仕方ない。

 さあ気合いを入れて頑張ろう。

 空を見上げりゃ、ヘコんでる俺とは大違いに、いつも変わらずそこで輝いてる『月の欠片』が星みたいに輝いてるもんだ。

 

 いつも輝いてる月の欠片に、頑張りで負けちゃいられない。

 それこそ、関西式ロックンローラーの名折れってもんだ。

 

「月が壊れてから、今年でちょうど百年やっけ」

 

 百年前、俺はよく知らないが月が誰かに跡形もなくぶっ壊されたらしい。

 小洒落た奴は、今のこの世界を『直接月を見たことがある人間が居なくなった新世代』なんて言ったりしていた。

 俺も写真でしか月を見たことがないので、その表現は全くもって正しいと思う。

 今じゃ地球と太陽の間に奇跡的に残った欠片くらいしか月は残ってなくて、夜になるとそれが太陽の光で光って見える。俺が見たことのある月なんて、そんなもんだ。

 

 当時は沢山月の欠片が落ちて来たりして、沢山人が死んだりもしたらしい。

 とはいえ、俺も学校の成績がよろしくなかった組だ。

 歴史の授業なんて織田信長の額に『肉』と書き、徳川家康の額に『淫乱』と落書きするくらいしかしていた覚えがない。

 テレビで追悼なんかもやっているが、俺にとっちゃとことん他人事というやつだ。

 

 月はそれまで人間の相互理解を邪魔してたらしく、月がぶっ壊れたお陰で人間は統一言語とかいう(昔人間が持っていたらしい)総合理解ツールを取り戻した。

 が。

 ほっとけばガンガン堕落するのが人間だ。

 俺も冬はコタツ、夏はアイスの無駄遣いの誘惑によく負ける。

 なんか知らんが何千年も経ったせいで、人間の中には()()()()()使()()()()()()()()が淘汰もされず増えすぎちまったらしい。

 

 なので、世界には分かりやすい格差が生まれた。

 相互理解と統一言語に適合した『適合者』。

 適合できなかった『不適合者』。

 適合率が高い奴らは無言でも完璧な相互理解と意思疎通ができるが、適合率が低ければ口と耳を使って誤解のないよう言葉を尽くすしかないんで、できる仕事の種類も減ってくる。

 

 俺もまた不適合者だ。

 人間の出来損ない。

 不完全な人類。

 社会の不適合者。

 ガキの頃からずっとそう言われて来て、そのたびにキレて喧嘩した。

 だけど、社会に出て18歳にもなれば身に沁みて理解できてくる。

 

 目と目を合わせるだけで、誤解なく沢山の情報を意思疎通できる適合者。

 何分もかけて言葉を尽くして説明して、それでも誤解や説明不足が生まれちまうもんだから、更に説明が必要で。説明に無駄に時間と労力を使うから、適合者の人達をイライラさせちまう、無能な不適合者の俺。

 これだけ能力があるんなら、差別されない方が変ってもんだ。

 

 だから俺は、適合者の皆の足を引っ張らないよう、単純な肉体労働だけで終わる単純作業だけをひたすら繰り返している。

 

「おいペース落ちてんぞ新入りぃ!」

 

「待ってくだせーな! 俺の体は一つしかありませんのや!」

 

 適合者にも色々居る。

 俺に気を使ってくれてる人。

 俺を見下して、ニヤニヤして、楽しそうにいじめに来るやつ。

 この職場には後者が結構居て、度々俺に絡んで来る。

 学生の頃だったらノータイムで殴りに行くんだが、それだとクビになりかねない。それだけはいけない。貧乏は辛い、食う物も金もなくなるのは本当に辛いのだ。

 

「お前ヘコヘコしてプライドとかねえの?」

 

「へへへ、せやかて仕事は仕事、言われた通りきっちりやらなあかんでしょう」

 

 正直、俺を見下してるというだけでぶっ殺してやりたいくらいだが、それでもへらへら笑ってへこへこ頭下げて働き続けるしかない。

 胸が痛い。

 反吐が出そうだ。

 思わず、誰の目にも見えない位置で小石をグリグリ踏んで地面に押し込んじまう。

 今の世の中、不適合者を雇ってくれる場所なんて多く残ってるわけもない。

 働けなけりゃ生きていけねえ。

 

 生きるためには金が必要で、俺は"金とプライドなら金の方が大切だ"と腐るように決意して、今も社会の隅っこでこそこそ生きている。

 

「新入り、お前その変な喋り方も直しとけよ。イラッとするから」

 

「へへ、えろうすんません。ガキの頃に染み付いた喋り方なもんで」

 

 こいつらには、世界がどんな風に見えてるんだろうか?

 適合者には、この世界がいいものに見えてるんだろうか?

 俺の目にはクソッタレな世界としか映らないが、一度適合者に聞いてみたいもんだ。

 「理想の社会」とか言われたら、多分俺は相手が大統領でもぶん殴るだろうが。

 

「よし、今日の仕事は終了だ! 日給班は日給受け取りに来い!」

 

 現場責任者のおっちゃんは、今日も元気だ。でっぷり突き出した四十代の腹が愛らしい。

 皆と一緒に封筒入りの日給を受け取るが、俺だけ少ない。格段に少ない。

 まあやってる仕事が違うので当然か。

 五年くらい前に適合者と非適合者の能力差を基準にした給料格差設定が、正式に法的に認められたとかなんとか。いつかなくなってくれねーかなーと思う。

 

「おつかれさまっしたー」

 

 俺は一人で帰路につく。

 他の奴らは統一言語で喋ってるんだか喋ってないんだかよく分からん感じに、談笑? してる。

 まあ俺に話しかけてくる物好きもいるわけがない。

 理解する力も理解される力も欠けてる俺と話しても、適合者はイライラするだけだ。

 

 他人と分かり合える人間が『上等で価値のある人間』なら、他人と分かり合えない俺はきっと『下等で価値のない人間』なんだろう。

 他人が俺のことをそう言ったら、おそらく俺はハイキックをぶちかますかもしれんけど。

 とりあえず俺を見下す奴は許さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、久しぶりにエテメンアンキの生活保障のカーを見た。

 

「エテメンアンキの配給でーす!

 配給対象の方は配給カードを提示して指定の配給を受けて下さーい!」

 

「エテメンアンキは今日も景気がええなあ」

 

 統一機構『エテメンアンキ』。

 『F』と呼ばれる謎の女が設立したと言われるこの組織は、百年前に月が砕けてガタガタになった世界中に干渉し、世界を再構築した組織として有名だ。

 今じゃ世界は一番上にエテメンアンキ、その下にいくつもの国、その下に県とか州とかが吊り下がってる、みたいな形で出来上がってる。

 要するに世界で一番強くて偉い組織ってわけだ。

 ロックの世界で言うところのエルヴィス・プレスリーみたいな組織だろうか。

 

 Fは謎が多く、噂によればまだこの組織のトップとして君臨し続けてるらしい。

 そんだけ偉い人なら毎日ステーキとか食ってんだろうなチクショウめ。

 エフがデブになればいいのに。

 肉見るだけで涎垂らすデブロフの犬になればいいのに。

 俺なんて最近あんま肉食ってねえのに。野菜は高いからもっと食ってねえけど。

 

「あ、そこのバス! ちょう待ってーな!

 お客お客! ここにトンマな乗り遅れのお客がおるよー!」

 

 出発しそうになったバスに急いで駆け込む。

 バスの中のお客さん達は特に気にせず、一部の人はむしろ微笑ましそうにこっちを見てきたが、バスの出発を少し遅らせてしまったので全員に向けて頭を下げた。ごめんなさい。

 もうバスの時間には絶対に遅れないようにしよう。

 目的地までバスで移動したらバスを降り、後は歩いて自宅に向かうのが俺の帰宅コースなのだ。

 

「さて、今日は何食って帰って……っと、っ!」

 

 あ、やべ。思わず隠れてしまった。

 道路を挟んだ向こう側を歩いているのはライブハウス帰りの顔見知りミュージシャン達。今はもう夜も遅い時間だってのに、この時間までライブしてたんだろうか?

 しかしちょうどいいとこに生け垣があって助かった。

 あ、この花の蜜甘いやつだ。小学生の時に割と吸ってた覚えがある。

 

「……なんで隠れてんのやろ、俺」

 

 あのバンドが悪いというわけじゃない。悪いとすれば俺のつまらないプライドと自尊心だけだ。

 この歳になって独り立ちしてもロックを続けてる俺が悪い。

 ヒットしない俺が悪い。

 人気バンドのあいつらに嫉妬してる俺が悪い。

 音楽一本に打ち込めず、金のためにバイトにひいこらしてる毎日にイライラしてる俺が悪い。

 矢沢永吉になれない俺が悪い。

 俺の腕が悪い。

 悪いとすれば、その辺なんだ。

 

 こうして、自分の手をじっと見てみれば分かる。

 音楽家の手には、楽器に応じた形に皮膚の一部が硬く分厚く変わるもんだ。

 なのに俺の手はギターの手になってない。土建屋の手になってしまっている。

 肉付きからして音楽家の手とは違って、やんなっちまう。

 

 お前はロックに向いてないと、親父に言われたのも随分前だ。

 お前のロック感覚は古いと流れのお客さんに言われてからも一年経つ。

 なんかソウルはあるけどテクニックはないよね君、と言われたのは先週だったか。

 思い出すとイラッとしてくる。

 自覚があるだけに腹が立つ。

 

「はぁ……嫌んなるわぁ」

 

 俺より人気があるバンドの人間とか皆死ねばいいのに。

 俺の人気がその分上がるわけでもないし、俺の腕は俺より上手い奴が全滅しても据え置きなのは分かってるけど、まあ気分的に。

 しばらく睡眠時間削って練習時間倍にしよう、と心に決めた。

 よし、気合いが入る。

 劣等感こそロックの爆発力を上げる最高の火薬だ。

 

「ん?」

 

 いつも通る十字路のど真ん中に、何かが転がっているのが見えた。

 この辺の十字路は夜遅いと暗さが目立つ。

 なので猫や犬の死体が転がってることも珍しくないが、その転がっているものは妙に思えるくらいに大きなものだった。

 マジなロックンローラーは、十字路に怪しい人影が見えると、まずそいつが悪魔なんじゃないかと疑うっつー話だ。もっとも、俺は信じてないが。

 

 ある時ある場所に、ロバート・ジョンソンという男が居た。

 男は楽器から騒音しか生み出せないような男だったが、彼の音楽に顔を顰めた一人がある日再び彼の音楽を聞くと、彼の音楽は悪魔的なテクニックを備えていたという。

 かくしてロバート・ジョンソンは伝説の男になった。

 

 そして、誰かがタネを明かした。

 夜の十二時少し前に十字路にギターを持って一曲弾けば、悪魔がやって来る。悪魔に魂を売れば最高の腕が手に入る。そんな話をだ。

 ロバート・ジョンソンは27歳でくたばったが、誰もが"悪魔に魂を持って行かれた"と思い、それを疑いもしなかったらしい。

 

 『クロスロード伝説』、と人は言う。

 俺も一瞬、十字路に転がってるそれが悪魔だと思ったが、この世に神も悪魔も居るわけがない。

 というかよく見ると悪魔というより人っぽいな、あれ。

 ……人?

 いやそれはそれで問題だろ!

 

「しかも車来とる! ストップ! ストーップ! 止まってーな! そこ人いますー!」

 

 そりゃ十字路で誰か寝っ転がってたら、こんな暗い夜道で轢かれない方がおかしいか。

 というかやべー、今慌てて車止めようとした俺の方が轢かれそうだったわ。

 今後はもうちょっと考えてから行動しよう、うん。

 運転手さんごめんなさい。急停止してくれて本当にありがとうございます。

 

「すみません、すみません、すぐこの人どかせますんで!」

 

 倒れていた人を抱えて……ん?

 

「……!?」

 

 あ、やーらかい。この人女の人だ。女の子だ。

 やばい、ちょっとドキドキする。

 しかしロックスターは女の子の扱いになれたプレイボーイでなくてはならない……こんなことで動揺するのは童貞のすることだ。それはダサい。ダサいのは嫌だ。

 

「よい、しょっと」

 

 とりあえず歩道に移動させよう。

 路面に直接寝かせるのもあれだし、俺のジャケットを広げてその上に寝かせて、と。

 魔女みたいに大きな帽子に、内側から所定の手順を踏まなければ脱げなさそうなローブ。

 中々にロックな格好をした女の子だ。

 現代日本でこんな格好をしていても大丈夫な街なんて、過剰適合者の街秋葉原くらいしかないんじゃないだろうか?

 

「……んっ」

 

「起きた? 大丈夫? 救急車呼ぼか? 無理はせん方がええよ」

 

 女の子の顔が青い。ちょっと心配だ。

 なのに、携帯を取り出した俺の腕を女の子が掴んで止める。

 

「救急車も、警察も……呼ばないでください……」

 

「え?」

 

「おねがい、しま、す……」

 

 街灯の光が差して、その子の青い顔がよく見えた。

 可愛い外国人の女の子だ……と思ったのは一瞬で、やっぱり顔色の悪さが印象に残る。

 どうする、やっぱ病院に、と思っていたら、女の子は気を失って倒れてしまった。

 

「お、おい、大丈夫? 大丈夫なん?」

 

 返事がない。

 これは本格的にどうすべきか。

 ……ただ、会話をしていて分かった。この子、不適合者だ。

 

 不適合者の数は少ない。だから、不適合者は大抵訳ありだ。

 この子も救急車を呼んで欲しくないってことは、きっと訳ありなんだろう。

 救急車を呼ぶか? 呼ばないか? ……いや、もうそういう話じゃない。

 警察を呼ぶか、呼ばないか。そういう話だ。

 どうしよう。

 どうすりゃいいんだ?

 

「……しゃあないかなあ」

 

 でも俺は今の社会も警察も嫌いなんで、ロックらしく反抗しよう。この子の味方をしよう。

 決して可愛い女の子が嫌いじゃないから、というわけではない。

 決して。

 そんなことはないのだ。

 ロックを志すものは硬派であるべし。だから俺も硬派なのだ。

 

 やばかったらその時また考えよう。俺は昔から8/31まで夏休みの宿題に手を付けないようなダメな子だった。このくらいは俺らしいの範疇だろう、うん。

 

 とりあえず気絶した子をうちに連れ帰る。

 うちはボロアパートの一階の隅っこ、地味に陽が当たらなくて一番家賃が安かった部屋だ。

 流石に夜道に放り出したままだと風邪を引いてしまう。

 布団は俺が使ってる一枚しかないので、しゃあなく彼女をそこに寝かせた。

 あ、彼女の服めっちゃ汚れて……まあいいか、後で洗って干せば。

 

「どうしたんやろか、この子」

 

 呟いても誰も答えてくれる人は居ない。そりゃそうか。

 最近あんまり寝てないが、とりあえず彼女が目を覚ますまでは起きておこう。

 容態が急変したら大変だ。

 流石にそうなったら、彼女に責められてでも病院に連れて行く。

 死ぬのは嫌だ。

 死んでいくのを見るのは嫌だ。

 死ねば終わりだ。

 生きてさえいれば、どんな困難や苦しみだって乗り越えられるはずだ。

 

 俺はそうだと信じてる。

 だって、そうじゃないと、母さんがあまりにも救われない。

 母さんにも救われる未来があったって信じたい。

 不適合者だったからってだけで離婚して、父さんから離れて、貧乏をどうにかしようと体を売って、俺を無理して育てて、俺の目の前で―――いや、そうじゃない。

 そんなことは考えなくていい。

 俺は信じてる。

 

 不適合者でも、生きていれば幸せにはなれるって。絶対にそうだって、信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いかん、うとうとしてた。

 しまった、バイトの後なのにシャワーも浴びてない……シャワー浴びて来よう。

 突撃。五分。洗浄完了。

 風呂に使う時間が少なければ少ないほど、生活費は節約できる!

 五分で体を綺麗にするテクは貧乏が自然に身に着けてくれた。

 

 風呂から上がってまた彼女の顔を覗く。

 可愛い顔だが、やはり顔色の悪さが気になってしまう。

 ……もうそろそろ昨日この子が倒れていた時間から八時間は経つ。

 なのに顔色はよくなるどころか悪くなるばかりだ。病院に連絡すべきだろうか?

 

 ……あ。

 

「!」

 

 "これ"に気付かなかったのか、俺は! 夜だからって!

 ローブの下から血が出てるし、この子服の下に包帯巻いてる!

 なんで確認しなかったんだ俺は!

 あ、女の子のローブの下を見るのがなんか恥ずかしかったからだった!

 ロックらしさの欠片もない!

 

 布団……はもういい! 買い換える金とかは今は考えるべきじゃない! 人命人命!

 包帯! 無い!

 消毒液! 無い!

 薬! 無い!

 金! 無い!

 甲斐性! 無い!

 

「救急車!」

 

 携帯! ある!

 だが救急車を呼ぼうとした俺の手を、またその子が掴んで止める。

 

「……っ」

 

「無茶すんな! 動いちゃあかんよ君!」

 

 もう喋る気力もないらしい。

 俺の手を掴む力も弱々しい。

 きっと起きてはいたが、喋る力も動く力も残っていなかったんだろう。

 それでも、俺に救急車を呼ばれ――公的機関に自分のことを知られ――たくないらしい。

 警察さえも呼ばれたくないような、そんな雰囲気を感じた。

 

「……」

 

 ここまで来ると相当だ。

 死の淵でここまでの拒絶となると、この子にとって病院に運ばれてしまうことは、自分が死ぬこと以上に大変な事態を引き起こしかねないことに違いない。

 

 今の時代、病院も政府も警察も大なり小なりエテメンアンキの支配下にある。

 Fが創り上げた統一機構・エテメンアンキは、内部腐敗を許さない。エテメンアンキの意に反する大きな動きは存在さえ許されない、って前にヤフーニュースで見た。

 つまりこの子の"懸念事項"は、エテメンアンキに認められるものではないということ。

 最悪、この子の"敵"がエテメンアンキを味方に付けてるってことだ。

 

「……ま、やるこた決まっとるな」

 

 まあ、それはいいんだ。反社会、反権力こそロックの魂。

 現代において失われかけているロック魂は、俺の中で煌々と燃えている!

 後のことは後で考えよう。今はこの反社会的美少女をロック的に救うにはどうするのか、だ。

 財布の中を見る。

 

「……」

 

 後のことは後で考えよう。

 

「あー君君、ここの部屋出んといてな。

 今色々と買い込んでくるから、苦しいやろけど15分くらい我慢してな?」

 

 あの子を置いて家を出る。

 あの怪我の状態からして、急いで包帯を変えないとマズい気がする。

 最近はエテメンアンキのおかげで市販の薬の技術レベルも信じられないくらいに上がってて、凄惨な事故現場でも市販の薬を怪我人に使えば失血死はまず無い……という話も聞いたことがある。

 ……ただ、不適合者でも入りやすい店にまでそれは置いてない。

 薬局に向かわなければ無いだろう。

 

 気が重くなるが、走って買いに行くしかない。

 

「せっせの、せ」

 

 薬局の前で足が止まる。

 時間を見るが、最悪なことに既に開店時間だった。

 店の中を見るが、最悪なことに既に店員も居た。

 ……行きたくないなあ。でも今日は比較的マシな店員だし、これも幸運と思うべきか。

 行きたくないけど、行くべきなんだ。

 

「いらっしゃ……はぁ」

 

 嫌な顔された。警察呼ばれないだけマシか。

 

「すんません、これとこれとこれくださいな」

 

「買ったらさっさと出てってくださいね。営業妨害ですので」

 

 殴りたい。でもこれでもマシな店員なんだ。

 

「あのですね、不適合者さんが店に来てるってだけで不快に思う人多いんですよ。

 適合者さん達は最低でも一言二言、大抵の人は無言で分かり合えるんです。

 そこに何考えてるか分からない人間が一人混ざってる気持ち分かります?

 今の社会は適合者を基準に出来てるんです。あまり自分勝手に振る舞わないでください」

 

「せやろな……すんません、ご迷惑をおかけします」

 

「申し訳ないと思うなら店に来ないでください」

 

 蹴り飛ばしたい。でも、頭を何度も下げて、何度も謝る。

 

「旧時代では通り魔とかあったらしいじゃないですか。

 でも相互理解が進んだ現代じゃ、あの手の傷害事件は根絶されました。

 ……あなたみたいな、不適合者が突発的にやらかす事件を除けば、です。

 私はあなたに個人的な感情は何も持ってませんが、危機管理の面で見れば怖いです。

 普通のお客さん達もあなたを怖がってるんです。不意に刺されてしまうかもしれないから」

 

「ホンマすんません、今後気を付けます」

 

「不適合者なら不適合者なりに考えて、不適合者お断りの店には来ないようにしてください」

 

 薬や包帯をもって、そそくさと店を出る。

 俺を哀れんで商品を売ってくれた。

 購入が終わるまで店を叩き出さないでくれた。

 それだけでも、あの店員はあの店の従業員の中でもマシな方だと、言い切れる。

 

 皆分かり合っている。

 皆相互理解している。

 皆手を取り合っている。

 ああ、分かってる。異常なのは俺の方だ。社会の邪魔になってるのは俺の方だ。

 仲良しの輪を維持するためには、その輪の邪魔になる空気の読めない奴を弾けばいい。それが一番妥当な方法で、一番当たり前のことだ。

 

 当たり前だが、腹が立つ。

 

「なんでやっ!」

 

 意味もなく叫び、意味もなく八つ当たりで電柱を蹴ってしまった。

 これはいけない。これはロックじゃない。

 ロックンローラーが怒りをぶつけるのは公共のものではなく、自分のギターでなくてはならないのだ。それこそがルール。

 誕生日に買ってもらった高いギターを、特に意味もなく感情のままその日の内にライブでぶっ壊す。それがロックンローラーの心意気だ。

 

 怒りのままに無差別に周りに当たるのはよろしくない。

 うん、落ち着いた。猛省せねば。

 スマホで朝のニュースでも見て落ち着いて……

 

「あの国、またやったんか」

 

 『○○国、不適合者の集落に武力行使』というニュースを見て、気持ちが一気に落ち込んだ。

 やんなるわー。

 国によってはこんなノリが普通だから困る。

 ニュースも『虐殺』『弾圧』『内乱』という言葉を使わないから更に困る。まあ○○国の政府の構成員も、日本で報道してる人達も、ほぼ適合者なんだろうから仕方のない話だが。

 不適合者の排斥運動が活発でないだけ、日本はマシな国なんだろうな。

 

「すみませーん、おはようございまーす。どなたかおりますかー?」

 

「あ、いらっしゃいませ。今日も朝ご飯ですか?」

 

「せやせや。未来ちゃん、今日のおすすめ適当に包んどいてくれる?」

 

「はーい」

 

 行きつけの弁当屋で二人分のご飯を買っていく。

 ここは不適合者の俺を差別しない適合者さん達の弁当屋だ。マジでありがたい。

 店長の親父さんが始めた店らしいが、不適合者の俺に好意的な弁当屋なんて街中探してもここくらいしかないのだ。なので本当に感謝の心しか抱けない。

 あと、店主さんの娘さんの未来ちゃんが可愛い。

 この店の売上の半分くらいはこの子が稼いでるって俺は信じてる。

 俺なんかにも優しい子できっと天使の生まれ変わりか何かだ。

 健やかに育って欲しいと祈るばかりである。

 

 ただ、歳が二つか三つくらいしか違わないので、普通に店で働いている彼女を見ていると、日雇いバイトと売れないロックを繰り返している自分が、酷くみじめに思えてくる。

 明るい彼女の笑顔を見ていると、愛想笑いしかできなくなった自分に劣等感しか感じない。

 そこだけが、辛かった。

 

「毎度ありがとうございました!」

 

 未来ちゃんの声を背中に受けて、弁当を持って帰路につく。

 何かにつけて劣等感を感じる自分が嫌だ。

 劣等感を感じさせる他人を殴りたくてたまらない。

 クソみたいな自分が変えられなくて、苛立ちしか感じない。

 そんな激情を音楽に乗せて発散しても、音楽の腕が無い俺の演奏じゃ人気なんて出やしない。

 

 悪い奴を殴りたいわけじゃない。

 俺に劣等感を感じさせる奴を殴りたいだけだ。

 そのくせ他人を殴る度胸もなくてヘコヘコ頭を下げることの方が多い。

 ひっでえクソ野郎だ。

 だから俺が一番に殴りたい人間は、俺に一番に劣等感を与えてくる人間は、俺自身なんだ。

 

 あー、ロックが上手くなりたい。

 皆にちやほやされたい。

 格好良くなりたい。格好良くギターが弾きたい。

 たまには節約せず思いっきり飯が食いたい。ステーキとか食いたい。

 彼女が欲しい。モテたい。……いや、硬派なロックスターとしてはそれは……うーん?

 保留。

 固定のバンドメンバー欲しい。ライブハウスで間に合わせの仲間集めるの辛い。

 

 なんで俺の音楽受けなくてあんな軟弱なバンドの音楽受けてんの? 意味わっかんねえ!

 あんなの流行りに乗っかっただけだろ!

 流行りに乗っただけの無個性音楽聞きたいならプロのでも聞いてろや!

 なんで俺の演奏タイミングになると客席の客が露骨に減んの!?

 そんなに俺の演奏がつまんないか! つまんないよな! ちっくしょう! 上手くなりたい!

 練習だ練習! まず練習だ! 熱狂的なファンとか欲しい……

 

 そんなこと考えてたら、早くもアパートに到着してしまった。

 

「……なんやかんやで走って帰って来てしまった」

 

 移動時間と薬局に使った時間を合計して13分、弁当屋で2分使ったくらいだろうか。

 余計なこと考えてないでもっと急いで帰ってくればよかった……いや、そうでなく。

 とにかく急いで手当てしないと!

 

「あ……おかえりなさい」

 

「へ? あ、ただいま。もう怪我は大丈夫なんか?」

 

「少しは、大丈夫になりました」

 

「そかそか。ホンマよかったよ」

 

 あれ? なんか普通に起きてる。

 顔色が少しだけ良くなってるのは気のせいか?

 いや、あの状態から少しとはいえ自力で回復なんて、そんな魔法みたいな……

 でも顔色は悪いままだ。今にも死にそうな状態なのには変わりない気がする。

 

「これ、包帯と消毒液とお薬な。

 こっちは朝ご飯。食欲あったら、お薬飲んでから食べな」

 

「あ、ありがとうございます。見ず知らずのボクを……」

 

「ええてええて。

 自分がされて嫌なことは他人にもしない。

 自分がされて嬉しいことは、余裕がある時は他人にもしてやる。俺のモットーや」

 

 余裕なんていっつもないけれども。

 

「あの……その……ボクが言うのは、大変失礼にあたると思うのですが」

 

「ん?」

 

「服を脱いで包帯を変えたいので、その……」

 

「はいはいはい大変申し訳無いごめんなさいすまんすまへん! 今すぐ部屋出ますんで!」

 

 気が利かなくてすみません。今外に出ました。

 しかしちょっと顔を赤くした女の子の照れ顔は可愛いな。

 あれを見れただけでも助けた甲斐があるってもんだ。

 ……ああ、ああいう赤い顔を俺のロックで引き出せたらなあ……キャーキャー言われたい……紅白歌合戦とか出たい。日本でビッグになってから渡米してロックスターになりたい。

 頑張ろう。

 ビッグになろう。

 

「……しっかし、金が足らんな」

 

 財布の中を見る。少ない。軽い。予想外の出費でもうダメな感じがプンプンする。

 あの子も多分行くところないだろうし、公共機関をあれだけ拒絶してるとなると迂闊にどこかにも預けられない。

 何より、あの傷がちょっとヤバい気がする。とても動き回れる出血量じゃなかった。

 かといってあの子をうちに置いておくには生活費がちょっと足りない。

 金が無いのは情けない……

 

 背に腹は代えられない。プライドは捨てて、すがるしかないか。

 

「もしもし、オヤジ?」

 

 一番話したくない相手に、一番頼りたくない相手に、今一番俺を助けてくれてる相手に、電話をかける。

 

「悪いんやけど、また仕送りしてくれへん?

 え? ああ、前の仕送りはちゃんと貰っとるよ。

 ただちょっと入り用になってーな。もっかい貰えへん?

 オヤジの収入からすれば雀の涙みたいな額やろ?

 ……理由? そこは理由を聞かないでぽんと渡して欲しいなーって」

 

 電話の向こうで、オヤジは断った。

 声色で分かる。

 金で解決できると思っていた問題が、もっと多くの金を要求してきたことで、不快感を覚えたんだ。息子を強欲だと思った父親が、息子を軽蔑する声色を、電話の向こうの男は出していた。

 

「ああ、わあったわあった。

 まー社会不適合者な元妻と元息子やもんな。

 会いたくもないから、金払って遠くに追っ払っとくしかないもんな。

 でも捨てた元妻の子に必要以上の金をたかられるのは嫌やもんな。

 気にせんでええ。俺も気にせん。

 新しい適合者の奥さんと、新しい適合者の息子さんによろしく。

 ええんよええんよ。オヤジが心配してる、俺がそっちの家に行くことはないんやから」

 

 いいんだ。分かってた。相互理解の世界に適合した適合者の夫が、不適合者の妻と子供を捨て、適合者の妻を選んだことの意味くらい。

 ずっと分かってた。

 分かってたけど、すがったんだ。

 

「ほんじゃ」

 

 電話を切って、改めて思う。

 ビッグになってやる。

 誰もが認める有名人になってやる。

 そして、あのオヤジに思い知らせてやるんだ。

 お前が捨てた妻と息子は、捨てるべきものじゃなかったんだって。

 

 俺と母さんを捨てたことを、あいつに後悔させてやる……絶対に!

 

「しゃあなし」

 

 もう一回、今度は別の場所にコール。

 

「あ、すみません、実はちょっと金が入り用になりまして。

 明日の自分のバイトの時間、増やせませんか? 二時間くらい」

 

 ……練習時間増やしたいけど、バイトの時間も増やさないとあの子の包帯も食事も買えない。

 金の無い貧乏ロックシンガーに、さらっと飯をおごる余裕なんてないのだ。

 明日も明後日も、バイトの時間増やそう。

 頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もういいですよ、という声が聞こえる。

 よし、入ろう。しかし俺の部屋に女の子が入るのって始めてだな。ちょっとドキドキする。

 

「改めて、ありがとうございました」

 

「ええてええて。礼儀正しいなあ、君」

 

 女の子は相変わらず顔色も悪く寝たきりだったが、無理に体を起こして頭を下げてきた。

 礼儀正しさと、無茶をしそうな危うさの、その両方を感じる。

 ……あれ? 布団の血の染みがない? 土の汚れもない……あれ?

 何か見間違えたんだろうか。

 

「警察にも病院にも連絡しないでいてくれたみたいで、本当に助かりました」

 

「いや、まあ、あれはなぁ」

 

「あなたはあの時、ボクが何も言わなくてもボクの意図を汲んでくれました。

 きっと適合者の方だったら、ボクの意思は伝わっていなかったと思います。

 あなたが不適合者で、統一言語に頼らずボクのことを分かろうとしてくれたから……」

 

「……」

 

「だからボクは、あなたのその気持ちに感謝します。

 人の気持ちを分かろうとする心に感謝します。

 助けてくれてありがとう。ボクの心を見つけてくれて、ありがとう」

 

 不適合者であったことを嬉しく思ったのは、今日が初めてかもしれない。

 

「行くとこないんなら、うちに居てもええよ」

 

「え?」

 

「どっか行きたくなったら、その時に出てったらええ。

 俺も日中はほとんど居ないし、夜は疲れてずっと寝とるしな。

 部屋に同居人が一人増えたくらいでどうこうなるもんでもないんや」

 

 少女は悩んで、そして頷く。

 いつ出ていくのかも分からない。

 責任感が強いこの子は、明日にも出ていってしまうかもしれない。

 でもそれまでは、面倒をみてやりたいと、なんでか思った。

 

「ボクは、キャロル・マールス・ディーンハイム。

 そう名乗っています。だから、そう呼んでください」

 

緒川(おがわ)結弦(ゆづる)や。よろしくなぁ、キャロル」

 

 

 

 

 

 

 ここは、相互理解を強要される世界。分かり合うことを強制される世界。

 それができない人間を、異常者として排斥する世界。

 "分かり合うことは素晴らしい"と皆が高らかに叫ぶ世界。

 音楽が分かり合うためのツールという側面を失い、ただの娯楽と化した世界。

 

 世界と月が壊れてから百年。

 人知れず歴史の裏側で、錬金術師キャロルが不滅の女フィーネとその組織に血みどろの闘争を仕掛けてから、十数年が経った後のこの時代。この出会いは、時代を動かす出会いであった。

 

 

 




戦姫絶唱しないシンフォギア(戦姫も絶唱もシンフォギアも存在しないフィーネ大勝利世界線)

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