劣等生の弟は天才(天災)   作:lerum

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九校戦編Ⅰ

 太陽が鬱陶しくなってくる七月。零夜は、四葉の本宅に来ていた。

 実は、先日の定期試験にて、深雪に手を抜かないように注意を受けていた零夜は、渋々ながら一位を取ってしまったのだ。

 そして、魔法科高校では、そろそろ九校戦が行われる時期だ。学校の威信をかけた戦いである九校戦の出場メンバーは、成績が高い者から選ばれる。そのため、元々成績が高かったこともあり、零夜は九校戦の選抜メンバーに抜擢された。

 だが、問題はそこではない。現在、問題となっているのは、零夜がどこまで力を使っていいのか、という一点に尽きる。

 本来であれば、適当に手を抜いて負けても構わないのだが、来賓に十師族の長老が来るとあっては、適当にやって負けるわけにもいかない。

 しかし、零夜が魔法を使ってしまえば、戦略級魔法師であることがばれてしまう。自分一人で判断できる問題ではない。そう考えた零夜は、当主の指示を仰ぐために、こうして四葉本宅まで来ているのだ。

 

 

 

 

 

「零夜様、こちらです」

 

 零夜が四葉に使える執事の案内で通されたのは、とある一室。

 

「失礼します」

 

 部屋に入れば、見事な調度品やテーブルが目に入る。そして、向かって正面。イスに優雅に腰掛けているのは、四葉家の現当主四葉真夜。

 

「いらっしゃい、零夜さん」

 

「お久しぶりです、伯母上」

 

 零夜は、軽く頭を下げイスに腰掛ける。それと同時に、執事がさりげなく紅茶を置いていく。

 

「本日は、面会に応じていただき、ありがとうございます。っと、堅苦しいのはこのくらいにして、紅茶でも飲みながら話しましょう。そこまで重要な話があるわけでもないですし」

 

 当主と面会する、という形式上必要な挨拶を終えた零夜は、途端にそれまでの堅苦しい雰囲気を崩した。真夜もそれを気にする様子はない。

 

「ええ、そうしましょう。ところで、最近は元気にやっているかしら?」

 

「名を隠すのは少々面倒ではありますが、楽しく過ごしてますよ」

 

 零夜と真夜、実はそこまで仲が悪いわけではない。達也と深雪との仲は原作通り拗れているのだが、零夜と真夜との距離感は、まさに叔母と甥だ。

 実際は、そこまで単純な関係ではないのだが、傍から見ればただの叔母と甥である。

 

 それから零夜と真夜は、叔母と甥との雑談で一時間ほど時間を潰してから、ようやく本題に入った。

 

「ところで、今回の九校戦には俺も参加することになってるんですが、どこまで力を使っていいんでしょうか」

 

 少し思案する様子を見せた真夜だが、次の瞬間にはいつも通りの怪しげな笑みを浮かべていた。

 

「そうね……。魔法師としての全力を尽くしなさい」

 

 零夜は思わぬ言葉にティーカップを落としそうになる。

 

「――それはつまり、〔具現化する幻想(マーブル・ファンタズム)〕以外の全てを使用しても構わないと……?」

 

「その通りよ。知られてはならないのは、四葉との関係よ。あなたが戦略級魔法師であることを知られても、さほど問題ではないわ。それに、いつまでも隠し通せることでもない」

 

 真夜の言う通り、別に零夜が軍属の戦略級魔法師であることを知られる事は、全く問題にならない。知人に驚かれることがある程度だろう。そして、それが知られた程度で四葉との関係が露呈するほど、四葉の情報操作は杜撰ではない。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます。……そろそろ時間ですね」

 

「そうね。次は達也さんと深雪さんも連れていらっしゃい」

 

 真夜の言葉に苦笑いを浮かべる零夜。先程も言った通り、深雪と達也との仲は拗れている。ピリピリとした空間に同席させられる零夜としては、遠慮願いたいものだ。

 

「ははは……。まあ、機会があればお連れします。――それでは」

 

 真夜が楽し気な笑みを浮かべるのを見ないふりをして、最後に一礼。零夜は四葉を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 八月一日の朝。九校戦の会場ホテルへ向かうバスの中は、異様な空気に包まれていた。

 

「どうしてお兄様が……」

 

 据わった目でブツブツと恨み節を吐いているのは、異様なまでに不機嫌な深雪だ。実は、真由美が家の事情で遅れているのだが、その間達也がずっと外で待っているのだ。そう、うんざりするほどの炎天下の中で、だ。当然、ブラコンである深雪の機嫌が悪くならないはずがなく、こうして呪詛を吐いているのだ。

 

「いや、落ち着けって姉さん。怖いから、ホラーになってるから。会長にだって、家の事情があるんだから仕方が……。いえ、何でもありません」

 

 それを冷や汗を書きながら、零夜が何とか宥めようとするのだが、据わったままの目で睨まれて呆気なく白旗を上げた。

 

「零夜、もうちょっと頑張って」

 

「いや、雫。無理だろ。俺に死ねと?」

 

 雫から声援が届くも、零夜は既に諦めている。三兄弟の家庭内ヒエラルキーでは、零夜が圧倒的に下なのだ。仕方がない、と言えば仕方がないのかもしれない。

 

「雫ぅ~、怖いよぉ」

 

 とうとう、深雪の隣に座っていたほのかが悲痛な声を上げ始めた。

 

「大丈夫、零夜なら出来る。私は信じてる」

 

「いや、そんな信頼いらないから。俺は、負けると分かってる戦いはしない主義なんだ。だから、そんな目で見つめるんじゃない。何だか、悪いことしてる気になるだろう」

 

 ほのかをガン無視して零夜に話しかける雫。本気なのか冗談なのか、いまいちよくわからないのは雫ならではだろう。雫の遠回しな突撃命令を躱しながら弁解する零夜。バスの中は、深雪を中心に混沌に包まれていた。

 

 

 

 

 

 あの後、バスが出発してから、ほのかと雫と零夜の必死の説得? により、深雪の機嫌が戻り、零夜たちが安堵していた時、対向車線を走っていた車がパンク、蛇行した車はそのまま壁に衝突、跳ねあがり零夜たちの乗るバスに飛んできた。いっそ見事なまでに飛んできた車に、バス内は騒然となる。

 

「うわぁぁ!」

 

 誰かが悲鳴を上げた。それと同時に、いち早く車に気が付いた運転手が、急ブレーキをかける。が、車は落下時に炎上し、勢いよく滑ってきている。このままでは、衝突は免れない。

 

「消えろ!」

 

 森崎がCADを構える。咄嗟の事態に対し、なかなかいい反応。

 だが、現時点においてそれは悪手と言わざるを得ない。

 

「止まってっ!」

 

 森崎の他にも、咄嗟に魔法を発動させようとしてCADを操作している者がいる。しかし、魔法を無秩序に放った場合、互いに干渉しあってまともな効果が出ない。この場合などがまさにそうだ。

 

 だからこそ、零夜は立ち上がろうとしていた雫の手を掴んで止める。

 

「雫、止めとけ。やたらめったら魔法を使っても意味ないぞ」

 

「でっ、でも!」

 

 珍しく焦った様子を見せる雫。確かに、緊急事態に何か行動を起こしたくなる気持ちは分かる。だが、それを許してしまっては本当に手遅れだ。だからこそ、零夜は強い口調でもう一度雫を呼び止めた。

 

「やめとけ、場を荒らすだけだ。意味ない」

 

 強い口調で叱責され、落ち込む雫。何となく罪悪感に苛まれる零夜だが、今は構っている暇はない。今回、零夜は〔術式解体(グラム・デモリッション)〕を使うつもりだ。達也に任せても問題はないのだが、やはり念には念を入れるべきだ。達也の素性がバレるような行為は避けたほうがいい。

 

「十文字、押し切れるか?」

 

「防御だけなら可能だが……サイオンの嵐が酷すぎる。消化までは無理だ」

 

 だからこそ、摩利と十文字にある提案をする。

 

「サイオンは俺が吹き飛ばします。消火は姉さんが。十文字先輩は、防御をお願いします」

 

「司波……。頼むぞ」

 

 驚いたように零夜に視線を向ける十文字。だが、それも一瞬。零夜が真剣な顔をしていたのがわかったのだろう。素早く許可をだした。

 

「姉さん、タイミングは任せる」

 

「私は、まだ確認すら取られていないのだけれど」

 

 意見する間もなく、勝手に消火係に任命された深雪は、不満をこぼしながらも素早く魔法を行使した。同じく、零夜もCADを車に向けて構える。深雪が魔法を発動するよりも一瞬早く引き金を引く零夜。その瞬間、吹き荒れていたサイオンの嵐が静寂へと変わる。

 

「今!」

 

 続けざまに発動した深雪の魔法が車を消化。そして、十文字の〔ファランクス〕が車の勢いを完全に止めた。

 

 

 

 

 

 危機が去ったバスの中では、安否確認が行われていた。

 

「みんな、大丈夫?」

 

 そういってバス内を見回した真由美は、全員が無事なことを確認すると、今回の功労者に感謝を述べ始める。

 

「十文字くん、ありがとう。おかげでバスは無傷よ。それに、深雪さんも素晴らしい魔法だったわ」

 

「光栄です、会長。ですが、魔法式を選ぶ余裕が出来たのは、市原先輩が減速魔法でバスを止めてくださったからです」

 

 そういって、静かに頭を下げる深雪。市原も軽く頭を下げてそれに答える。

 

「市原先輩が……。」

 

「それに比べてお前は! ――――」

 

 そして、後ろの方で始まる説教。どうやら、森崎と同時に魔法を使った二年生を、摩利が叱っているようだ。生憎と、興味のない零夜は半分寝かかっている。

 

「そして、零夜くんもありがとう。あなたがサイオンの嵐をどうにかしてくれなければ、ここまで上手くはいかなかったでしょう」

 

 半分寝ていた零夜は、突然水を向けられ、慌てて返答した。

 

「い、いえいえ。俺は、ただ単にサイオンの塊をぶつけただけですから」

 

「サイオンの塊って、〔術式解体(グラム・デモリッション)〕? そんな高等魔法を……」

 

 真由美は、零夜が使った魔法に驚愕しているようだ。零夜としては、本当に大したことをしている自覚がない。前世のアニメで、達也がポンポン使っているのを見ていたおかげで、感覚が狂っているようだ。

 

「ま、まあ、緊急の時ほどコミュニケーションを忘れないようにして、落ち着いて対処しましょう」

 

 先程の驚愕から立ち直った真由美は、今回の件をそう締めくくった。話が終わったことを確認した零夜は、早速居眠りを始めるのだった。




アニメの映像を文章に起こすって難しい!

主人公が達也の出番をどんどん奪っていく……。

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