人類愛のほか   作:中島何某

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メアリー・スー

 妖精郷は本日も花々が咲き乱れ、人間が一呼吸すれば内から破裂するとさえ称される濃いマナに覆われた、人の世と混ざらぬよう影たる聖愴の本体、ロンゴミニアドで隔離を固定された星の裏側である。そこに、最後の神秘世界の時より独り世を見続ける男は、現代でも変わらずぽつと浮かぶ塔に腰を降ろしていた。

 しかし出る者も入る者も百年単位で殆ど居ないこの理想郷に、嵐が現れた。

 

「認知して! 認知! にーんーちーしーてー!」

 

「うわあ!? 物理法則が定着してから異種交配でキメラが生まれる確率は大幅に引き下げられたと思ったのに!!」

 

「誰が ライライガー(キメラのキアラちゃん)だ」

 

 辻風のように唐突に、窓に嵌められていた格子ごと蹴破って現れた女は、次の瞬間絶叫して訴えた。それに部屋の主は突然の乱入の文句も二の次に明後日の方向にずれた狼狽を見せたはいいものの、女に切り捨てられて実に軽快に「あはは」と笑った。

 例外も多々あるが、分類学上近縁の種であれば、交配すれば時折その一匹に限り新たな種として今代での絶滅の定めを背負って雑種が、もっと希少な確率であればキメラが生まれてくる可能性はある。しかし、死んだ人間(サーヴァント)が血縁の子として生まれてくるなんて出鱈目、少なくとも私には経験しようのないことだろう、と一頻り腹を抱えた後、彼は女を諫めた。

 

「ともかく、窓から入ってくるのはおやめ」

 

「でももう入っちゃった。お邪魔します。こんにちは、マーリン(、、、、)

 

「こんにちは。はじめまして、が適切かな? 藤丸立香(、、、、)くん」

 

「ちゃん付けの方が慣れてる」

 

「それは失礼。よっ……と」

 

 小さくはないが大きくもない身長だが、優れた剣術を操る筋力のついた腕を彼女の両脇に差し込み窓辺のへりから降ろした彼は、杖で床を一叩きして壊れた窓を直し僅かの隙も無い完璧で美しい監獄にしてみせた。

 

「やっと会えたと思ったら、まさか徒歩で来るとは思わなかったよ。ていうかよくこれたね」

 

「道程を視たのもあるけど、フォウくんとの縁を辿りに帰ってきた(、、、、、)って感じかな。……魔力の密度が濃くてむせそう」

 

「すぐ慣れるさ」

 

 そんな大気汚染について話すような口振りで冗談を言ったかと思えば、カルデアではセイヴァーだのスーさんだのと呼ばれる、妖精郷に幽閉された花の魔術師マーリンに“藤丸立香”と呼ばれた女はぴくり、と眉間を顰め老人の周囲で咲いては消える花々の上に草臥れたのか億劫そうに腰を降ろした。その姿はカルデアで見せる聖人然とした姿とはまったく異なる。二十を越えるか越えないかという様相の花盛りの女が、凡そに対して退屈と言わんばかりに足を投げ出しているのだ。善と悪、興奮と冷徹、殺戮と慈愛、それらすべてを天秤にかけて釣り合うように調整する神経質そうな鋭い雰囲気は纏っているものの、言動は雑然としてそこらの小娘が粋がっているようである。或いは溌剌とした小娘が問題ごとにピリピリしているようでもある。

 

「フォウくんに繋がっている分が私にも流れようとしているので」

 

「うん」

 

 切り出した彼女はしかたなさそうに、己の膝に顎を乗せて初対面のはずの相手にリラックスしたまま言う。男も呑気に返事をした。

 

「私を認知して縁を切って」

 

「言ってること滅茶苦茶だな!?」

 

 認知して縁を切れとはこれ如何に。突っ込んだマーリンに彼女は物言いたげな表情で彼の顔をじと、と見つめた。しかし彼女の表情にマーリンは知らぬ顔で続けた。

 

「でも私と君ではパスは繋がっていないよ。一回通しておくかい?」

 

「するかボケ」

 

 オッサンの下卑た諧謔の気配を感じ取った彼女は半目で否定した後、気怠そうに髪をかき上げた。

 

「……言いたいこと、分かってるでしょ」

 

「うーん、まあ」

 

 マーリンは彼女を上から下までしげしげと眺め、それから少しだけ首を傾げた。

 

「まさか“人間に成る”ような原理で霊基を変換するなんて。導いた方法は滅茶苦茶だが、星の触覚の先に果実のように実った瘤を収穫して救世主とするか――」

 

「瘤、とは言い得て妙だね」

 

 女は歯を剥き出しに、獣が威嚇するように笑った。

 

「つとにコレは悪性腫瘍。摘出するのが最適解」

 

「摘出する腕のいい医者が居ない、というのが現状なワケだ」

 

 唇をずらして真っ直ぐ線を引いた表情をマーリンは見せた。

 

「未だ診断して貰ってないから医者どころの問題じゃないけども」

 

 呆れてやれやれ溜息をついた彼女の前に、マーリンは興味深げにしゃがんで目線を合わせた。

 

「クラスセイヴァーにあやかって大衆の想像上の聖なる人の概念で人格を塗り固めた結果、死に至る病に罹った病者が偽装行為を働かざるを得ないということだね。マスターにも、ギャラハッドと融合した娘にも、アーキマンにも、レオナルド・ダ・ヴィンチにも教えないのはやはりそういうことか」

 

 マーリンは彼女のことを責めていない。ただ感情に名をつけることもおぼつかない、虫の標本を見詰める少年に似た瞳で単調に尋ねている。それに彼女は不機嫌そうに首を竦めて見つめ返す。

 

「でも、制約を設けないわけにはいかない」

 

「うん、確かに不安定だね。かなり寄ってる(、、、、)

 

 ウロに感情を詰め込んだような、優しい、意地の悪い微笑み。まるでおもちゃの兵隊にまっさらな魂と神経節が与えられたかのような、どこまでも悪気のない行動は千年に一度後悔をするかしないかという滑稽な残虐さが垣間見える。そこに夢で食んだ誰かの感情の方向性が加味されているのだからまた馬鹿馬鹿しい。

 

幾つ使ったんだい(、、、、、、、、)?」

 

 その無機物染みた悪辣さに今度こそくっきり眉を顰めた彼女は吼えるようにがなった。

 

「うるっさいなー!! あのスカした態度だと遠回しにしか警告出来ないなんて予測出来ないわ! 確かに人理救済に手を貸すサーヴァントって側面を肥大化させたらああなったけど! 人々の想像に寄る、思慮深く、慈愛に満ち、誠実な立ち姿が意思を残して自我を塗りつぶした結果であれそれは十全に足るけど! 自我の無い聖女的には口にしたら方法が知識に成り得て縁が結ばれるからダメってか!? ええい逆ギレ八つ当たりどんと来いじゃー! 幾つ使った(、、、、、)!? 喚ばれた時にはもう使ってたから知らないよ今度虫干しでもして数えておくね! 取り敢えず2個は補填しておいたけど! ほんっと人理焼却中はバーゲンセールと見紛うばかりだな」

 

 ハタチ前後の齢で、まるで7つの娘がお気に入りの靴を取り上げられて出鱈目な口上を連ねて取り返そうとしたような暴走を見せた後、頭をぶんぶん振って少し落ち着きを取り戻せばマーリンに非難の色をもって不愉快そうに続ける。

 

「ていうか彼女の夢で得た感情の機微を私に向けないでよ。鏡に話しかけられてるみたいで変な気分になるんだけど」

 

 その批判を聞いて、マーリンは、ふむ、と一瞬思案の様子を見せた。

 

「仕方ないじゃないか。君を待ってたせいで最近ずっと彼女の所にしか行ってなかったんだから。嫌なら早々に足を向ければよかったんだよ。当人に会わずとも私と接触はできたろう」

 

 それはつまり、マーリンが誰かの夢で目の前のセイヴァーとの接触を図るために時間を費やしたということで。過去の追憶ならば兎も角、本物の夢を見るのは本来生きた人間だけのはずで。セイヴァーはその生きた人間である誰かと似ているということで。そうして彼ではなく彼女、ということは女性ということだ。

 

「私が入り易いように彼女の夢の枠をカルデアを範囲に拡げる貴方を無視してアサシンの触媒にする方が、おぼこのやわいとこを拡げる禄でもない行動を止めるのより天秤が勝ったのよ!」

 

 そんなことを、損得の比較をあげて叫んでみせた。話題にのぼったアサシンとセイヴァーは同一人物ながらも明らかに格が違う。普通、サーヴァントとして比較するならば成し遂げたことが異なり、成り方がそもそも違うと考えるべきだ。ならば触媒に成り得る人物は、アサシンがアサシンに成り得る人生でのみ縁のある者か、アサシンとセイヴァーの分岐点が起こる以前の縁と考えるのが妥当。

 そして、彼女たちは現代の生まれである。そうすれば自ずと辿りつく答えは――

 

「人を変態みたいに! “自分”になり得た人間を放置するのだって充分だと思うけどなあ!」

 

 ――触媒は、 セイヴァー/アサシン(藤丸立香)そのものだと。

 カルデアに召集された二人の藤丸立香。アサシンの生きた並行世界では男の藤丸が爆破に巻き込まれた。反対に、男の藤丸がマスターになる運命線では女の立香が爆破に巻き込まれカルデアの片隅で凍結されている、そんな凡庸な答えだ。

 本来、元からマスターである少年とアサシンのリツカに強固な縁はない。縁が弱ければカルデアのシステムでの召喚は困難を極める。スキル召喚術を持つセイヴァーを連れてさえ、セイヴァー自身がアサシンと面識がないのだから焼け石に水である。加えて、元来アサシンがセイヴァーの居るカルデアに喚ばれるにはセイヴァーがセイヴァー足り得ていない可能性が示唆された時。少なくともカルデアで聖人然とした姿に捕らわれている今ではない。

 つまりセイヴァーは早期に対処できるチャンスを得たので、せねばならないと花の魔術師が判断する対談を後回しにしてまで好機を物にしたということだ。先の会話を引用すれば、聖人然としてあるように、十全に足り得るために。

 

 はあ、はあ、とリツカとマーリンは肩で息をして言い争いの真似事をやめた。マーリンの言の通りであれば彼の情の機微は藤丸立香少女ということになり、つまりセイヴァーは自分と喧嘩する醜態を晒しているに他ならない。喧嘩の経験など千年生きても殆どないマーリンは珍しい体験をしたなあと半ば感心しながら、また穏やかさを取り戻して声をかける。

 

「キミがこんなに精気溢れることが出来るのは、ここが人理の外側、アヴァロンであるからかな」

 

「んー……まあ、それもあるかな。セイヴァーの役割に閉じこもってるのは強制的だし、とは言ってもこのままだと第三再臨するだろうなあ、マスター。すると今以上に不安定極まりないし。不穏ではあっても危険性が自分にだけ向いてる清姫とかステンノタイプにしか今のところ分類してないのは、知らずに察せって言うには理不尽だし妥当だよねえ」

 

 ぶつぶつ思索する彼女の様子に、ふんふんと聞くふりでマーリンは頷いた。自分も視ているのでこの程度の思考は既に終えている。確認に近い伺いだ。

 

「ところで、帰ってきた(、、、、、)と言ってたね。リツカちゃん」

 

「そうだね、そういう(、、、、)意味合いも含まれるかな。ここに潜り込むために空想具現化を行使した――とは言ってもサーヴァントである身としてはかなり限定的というか息子が父を語った程度の紛いものなんだけど、フォウくんが“表側”に居る間だけ私がここでの生態を彼と同じくしていられるから、気楽なんだ」

 

「――うん。やっぱりそうか。認知して縁を切ってくれと言うのも、修練場のようなシミュレーターは兎も角、レイシフト先では戦闘の折々に都度霊子化され呼び出されるからだね。セイヴァーとして呼び出されるにはあまりに不安定な立場のキミはカルデアを出ると存在の寄る辺を失い、無意識に今のキミにとって親のようなキャスパリーグの精神や魂――魔力を求めてしまう。しかもため込んでいる魔力が莫大なものだから普段キャスパリーグに抵抗の姿勢はないときた。有事に条件反射で、というのも考えられなくはない」

 

 こくり、と彼女は頷く。それを見てうんうん、と頷いてマーリンが話を続ける。

 

「それで私に警告に来たんだね。もし今後特異点でキャスパリーグを介してカルデアのマスターくんに手を貸す機会があったとして、自分が戦闘に参加しているタイミングでは注いだ分を奪うかもしれないぞ、と」

 

 ふうむ、と点頭したマーリンは、あっけらかんと話した。

 

「やっぱり私とパス繋いでおいた方がよくないか?」

 

「――ハア?」

 

「その、おじいちゃん朝ごはんはさっき食べたでしょ、みたいな顔はやめたまえ。魔力リソースがプロメテウスの火から注がれているのなら実質供給の大元は同じだし、カルデアのマスターくんに夢でちょちょいっと同意を得てパスを分割してしまった方が、魔力の流れを掌握出来てキャスパリーグに注いだものを横から掻っ攫われずに済む」

 

 眉根を顰めたまま彼女はマーリンをじっと見た。何か言いたげだが、口にするのは癪に障るといった様子だ。

 

「契約の抜け道を突くのは簡単だが、いざパスを通すとなれば今回のように面と向かわなければいけないし、問題は私がここを出るかキミがここに来るか、どちらにせよ徒歩くらいしか手段がない点だね。今回みたいにキミが連日戦闘メンバーに追加されない機会もそうそう無さそうだ」

 

「魔術による強制力は万能じゃないよ、冠位の魔術師さん」

 

 辟易したように、呆れかえった声色で言いのけて彼女は立ち上がり、衣服についた花弁を雑に払った。それを見てマーリンは杖を持ち直して何事か詠唱した後、他人事のように「うん、ひとまずこれでいいんじゃないかな」と呟いた。

 

「――マーリンの魔力への認知干渉を妨害か」

 

「今回のところ、交渉は決裂かな」

 

「そうだね。でも、ひとまずありがとう。魔術師は手先が器用で羨ましいなあ」

 

「まあ私は呪文とかあんまり好きじゃないけどね。さて、霊基そのものは変えようがないから、万能の処置ではないことを覚えておくんだよ」

 

「はーい」

 

 少年少女が近しい人へ気を許すような気軽さで返事をした彼女は、いつかマーリンの使い魔が放り出された時のように窓辺に足をかけた。

 

「それじゃあね」

 

 それから彼女はふ、と思い出したように破顔した。これから帰る表側の世界を脳裏に描き、眩しそうに目を細めて、祝福を見たように。

 

「マーリン。人間はそれでもやっぱり、美しいのだね」

 

 だから私は人々のために働きたくて、己に奸計を処してフェードアウトしようだなんてやっぱり出来なくて、誰かの必死に生きる人生を否定できない。どうしようもないくらい、どこを削ぎ落としても、どこから見ても、そんなことしか考えられないのが、結局藤丸立香という生き物なのだ。意思を残して自我のない性質になったとしても、それだけは変えようもない。いやはや結局直情的で猪突な向こう見ず。

 指先が壊死しても生きているなら、もっと言えば他の人も生きているなら幸せなバカ女。自己犠牲の上で自己を確立するくせに自傷には興味のない、精神疾患によく似た状態のランナーズハイじみた精神の高揚状態を切り取った時間そのもの。それが本来召喚されるセイヴァーで、物語の主役だったときの形。

 

「――そうとも! キミが人間であったように!」

 

 やっぱり私も近くで見たいなあ、というマーリンの独り言は聞こえなかったふりをして、彼女は軽やかに己の本性の安寧が許される理想郷を飛び出した。

 

 

 




チャリでき……徒歩で来た。
スランプ最盛期で語彙が崩壊してきました。

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