最近級友の雪ノ下雪乃がとっても可愛い件について 作:ぶーちゃん☆
祭りのあと。
それは、否応なしに人に寂しさと名残惜しさを運んでくる言葉。
あんなへんてこなイベントではあったけど、それでも祭りは祭りなのである。
あれだけ騒がしかったこの武道場も、試合スケジュールが滞りなく終了して運営に人払いをされたら、そこはがらんとしたただの広い空間に過ぎない。
一抹の寂しさ香る、静まり返った広い空間。
「城堀さん。今日はわざわざ足を運んでくれてありがとう。ちょっと想定外の事態も起きてしまったけれど、先ほどのあなたの疑問の答えになれたかしら」
「いいえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます、雪ノ下さん。この度の柔道イベント、とても参考になりました」
「そう、それなら良かったわ」
そんな祭りあとにあって、現在私の頭の中はお祭りわっしょい真っ只中である。
うっひょー! 袴姿でアップ髪の雪ノ下さんが、私などにこのような笑顔を向けて下さっているわっ?
ワクワクが止まらない!
ぶっちゃけ活動の意味が分からなすぎて、なんの参考にもならなかったけどね。なんで奉仕活動で柔道やってんだよっていう。
でももうそんな事は、雪ノ下さんが素敵なことに比べたら些末な問題なのよ。もう奉仕部ってなんぞや? なんて疑問、どうだっていいやー!
結論・奉仕部ってなに? →雪ノ下さんが素敵に輝ける場所。これで解決。
「でもせっかくお招きいただいたのに、イベント見学に遅刻してしまい本当に申し訳ありません……」
「いいのよ。それどころか先生から仕事を任されて忙しかった城堀さんが、わざわざ来てくれた事の方が有り難いくらいなのだから」
「そんな……、滅相も無い事です」
ホントに滅相もございません。私が深夜アニメの誘惑に負けて寝坊して、遅刻した罰を受けただけなんですから。
それよりも私が来たのを喜んでいただけただけで、しばらくは白飯だけで何杯でもいけそうです。フヒッ。
「ところで私が試合に臨む前くらい、あなた達なにか騒いでいたようだけれど、なにか問題でもあったのかしら?」
「ヒェッ? ……や、ややや、べ、別になにもやましい……も、問題なんかなかったですわよ……!?」
「そう? 歓声が大きくてなにを言っていたのかまでは分からなかったのだけれど、まぁ問題なかったのなら構わないのだけれど」
「お、おほほ……っ」
いやいやいくらなんでもおほほは無いだろ私。プチパニックにより、エセお嬢っぷりが加速中!
そう。…………あっぶねぇ! 超あぶない!
ちっくしょー! あんの芋ぉ、雪ノ下さんの陶器のようなスベスベお肌に触れたらただじゃおかねーぞぉ! ……なんてセリフが、もしもわたくしの可憐な口から雪ノ下さんの耳に届いていたら、しほりちゃん即終了のお知らせだったぜ(白目)
ありがとう、うぇーい勢。ありがとう、うぇーい勢の無駄にデカイ歓声。そしてありがとう、戸部。
「それでは私はこれで失礼するわ。まだやらなくてはならない事も残っているようだし……」
九死に一生を得て、そこそこ育っている胸を撫で下ろしてホッとしていると、不意に雪ノ下さんが別れの挨拶を告げてきた。
──やらなくてはならない事? なんだろう?
まぁこのイベントが奉仕部プレゼンツな以上は、事後処理とかが諸々残っているのだろう。
……でも、やらなくてはならない事、そう口にした雪ノ下さんの表情は、どこかそういった事務的な物とは違うナニカが見え隠れしてた気がする。
「ゆきのん! ごめん、ちょっといいかなぁ……!?」
と、遠くから変な叫び声を上げる由比ヶ浜さんの声が聞こえた。ゆきのんってなんだ?
「ええ、いま行くわ」
なんとそのおかしな叫び声は、どうやら雪ノ下さんを呼んでいた声だったようです。
……え? もしかして雪乃だからゆきのん? なにそのセンスの無いあだ名。やはり栄養が脳じゃなくてパイに行ってしまってるのね……
とはいえ、通常だったらセンスの欠片も見いだせないような残念なあだ名だと思うとこだけど、あの雪ノ下さんがゆきのんなのかぁ……って思うと、あまりのギャップになぜか可愛く思えちゃうからアラ不思議!
普通の人だったら、雪ノ下さんにゆきのんなんて変なあだ名を付けようって発想には至らないよね。アホの子の強みゆえのこのギャップの盲点か!
よし、これからは私たちも使わせてもらおう、ゆきのん。
「それでは失礼するわね。山北さんも愛甲さんも、今日はわざわざありがとう。おかげでイベントが盛り上がったわ」
「〜っ! ……い、いいえ、こちらこそしほりと違ってお呼ばれしたわけでもないのに、図々しく押し掛けてしまってごめんなさいね、雪ノ下さん……っ」
「あた……、私も、本日はお邪魔させていただいてありがとうございます、雪ノ下さん。とても素敵な催し物を楽しませていただきました」
ゆきのんからのおいとまのご挨拶に、恭しくこうべを垂れる我が友人達。ぷっ、はっきし言ってキンモー☆
見よ、これがJ組の実態や!
ちょっとあんた達さぁ、普段の自分らのあざとさとかがさつさとかと今の己を比べてみ? よくそれで恥ずかしくないわねー。むしろこの変わり身の早さに感心しちゃうまである。ぷぷぷ。
「それでは城堀さんもさようなら」
「ごきげんよう」
でも、瞬時にキラキラなにっこり笑顔で恭しくこうべを垂れる私は、この場に居る誰よりも間違いなくキモかったです。まる。
× × ×
「じゃねー、しほりー」「ばいばーい、また明日ねー」
「ヨーソロー♪」
うわ、うっざ……、うっわマジ引くわー……等々と、道端にペッと唾でも吐き出しそうなくらい温かい言葉と表情を容赦なくぶつけて去っていく親愛なる友人達の背中を見送った私は、目尻にキラリ光る水滴を敬礼していた右手の甲でグイッと拭いつつ、バス通の二人と違ってチャリ通のため一人駐輪場へと向かう。
あれから教室に戻り、これから雪ノ下さんの裏コードネームはゆきのんに決定ね! と意志疎通をはかったり、本日の雪ノ下さん武勇伝をまだ教室に残っていた同士達に語って聞かせたりと、吟遊詩人もかくやの大活躍を見せた私達は、称賛の声と批判の声(なぜ柔道大会の事を我々に伝えなかったのか!)を背中に受けながら、一路帰宅の徒に着いたのだ。
いやいやしょーがないじゃん皆の衆……! 柔道大会なんていうへんてこなイベントにJ組一同が駆け付けて黄色い歓声上げてたら、ちょっと異様な空気になっちゃうでしょうが!
そもそもまさかゆきのんが試合に出るなんて、夢にも思わなかったしね。
……にしてもしくったなぁ……。あの華麗なデュエルを動画にでも収めておけばよかったぁ……。そしたら永久保存版として何度も楽しめたし、コピーしてクラスメイト達に献上すれば、もしかしたら罰金ジュース見逃してもらえたかもしんなかったじゃん!
いやでも待てよ……? あれは生で観たから最高だったのよね。撮影に集中しちゃって、もしもあの美技をREC画面越しでしか観れなかったとしたら、それはもう一生後悔したことだろう……
てか花火大会とか行くとよく見かけるけど、せっかく目の前で大輪の花が咲きまくってるってのに、撮影に集中してずっと画面越しにしか花火見てない人って居るじゃない?
アレ見る度に思うのよねー。だったら家でテレ東の隅田川花火大会生中継でも観ときゃよくね? って。だって英樹とマーサの面白い掛け合い付きだよっ? たまにゲリラ豪雨でずぶ濡れのマーサだって観られるしね!
そう。花火と同じくアレは生で見なくちゃ意味がない。ライブで味わってこそのプライスレスだったのだよ。お金には替えられないほどの感動&感謝。
あまりの圧倒的感謝に、日が暮れるまで正拳突きだってしちゃう。
ならばたかだか今月の金欠くらい、笑顔で耐えてみせようぞ!
──そんなくっそどうでもいい事を考えながら駐輪場に辿り着いた時だった。私の両眼に、とある人物の姿が映し出されたのだ。
「……あ」
その人物、気だるげに淀んだ目とだらしなく折れ曲がった猫背。頭上にはセットとは無縁のボッサボサなくせっ毛が揺れている君の名は……
「……ん? あ、知んないや」
そう。まだ君の名は知らないの!
でも名前こそ知らないものの、彼には覚えがある。覚えがあるもなにも、ついさっき嫌というほど意識しまくっていたあの相手である。い、意識と言ったって、別にLOVE的なのじゃないんだからね!?
などと無駄にツンデレ劇場を開演してはみたものの、実際ラブどころかライクでさえない。むしろかの葉山くんより憎々しいまである。なにせ、我らが雪ノ下さんと仲良さげに会話していた奉仕部部員No.3のあの男なのだから。
「……へぇ、あいつもチャリ通なんだー」
さぁ、この事実を知った私の選択肢はいかに!
①見なかったことにしてこのままやりすごす。
②ねーねーそこの彼氏ぃ! と声を掛けて、ゆきのんとどういった関係なのかを根掘り葉掘り聞いちゃう!
③こっそりストーキング行為を行い、奴の弱味を握って脅す♪
正解はっ?
× × ×
私は現在、奴のチャリの数メートル後を息を潜めて静かに走っています……
ってそんなわけあるか。答えは③だと思った? 残念、①に決まってんでしょうが! 確かに、あのゆきのんと普通に会話が出来る男子……というレア物に興味が無いと言えば嘘になるけれど、いくらなんでもそこまでバイオレンスな女の子じゃないんだからね!
……ち、チラッと……チラッとだけ、少し尾行してみたいなぁ、なんて考えが頭を過らなくもなくもなくもなかったけど☆
でもそれをしてしまったら乙女として負けな気がするので(すでにコールドゲームで負けっぱなしだよ!)、私は何食わぬ顔で愛機へとすたすた歩く。
ちょうど駐輪場のトタンの塀で死角になっている場所に停車していた為、彼に気取られる事なく愛機・連邦の白いヤツにキーを差し込むと、サドルに腰掛けゆっくりと発進させる。
こ、こいつ動くぞ……! しほり、行っきまーす!
──と、ペダルを踏み込もうとした時だった。死角になっているので彼の姿は見えないのだが、そちらの方向からこんな声がしたのだ。
それは、この私が聞き間違えるはずのない美しく澄んだ音色で、彼を呼び止めているのであろうこんな声。
「待ちなさい、一本負けヶ谷くん」
うわぁ、斬新な名前!
そうなんだ、君の名は一本負けヶ谷くんって言うんだね!
いやいやそんなわけないだろと軽く心中でツッコミながらも、ぶっちゃけそんな事はどうだっていいのである。
だ、だって……この死角の向こうでは我らが主雪ノ下さんと、その部活仲間であり、さらには男などという生物(ナマモノ)である一本負けヶ谷くんとの、二人きりの会話が始まろうとしているのだからッ!
武道場では距離があって二人の会話を聞く事はかなわなかった。聞こえてきたのは、ただただおっぱいの叫び声ばかり。これはもう興味津々と言わざるを得ない。
壁にミミ子あり、障子にもミミ子あり。地獄ミミ子とは私の事よ。
てなわけで、まぁ正直な話モヤモヤは止まらないわけですよ。なにせあの雪ノ下さんと男子なんかが楽しく? 会話を交わすのをただただ聞いてなきゃならないわけですから。なんなら血涙流してのぐぬぬモノだよね、コレは。
でもこのやり取りを見れば、なんだか雪ノ下さんの事をもっと知れそうな気がすんの! あと、あの雪ノ下さんが気を許している──かどうかはまだ分かんないけど、とにかくその彼のことだって若干の興味があるわけだし、ここは黙って耳を傾けましょうぞ。
私は決して二人に気付かれぬよう死角からこっそりと顔を覗かせ、二人の会話に耳を傾けるのであった。
……まさか、この覗き見盗み聞き家政婦ミタみたいなシュールな光景が、今後の城堀しほりのフィールドワークになろうとは夢にも思わずに……
× × ×
「……おい、名前が斬新過ぎんぞ」
そんな、心底かったるそうな返事にて開始されたこのやりとり。
どうやら彼の名前は一本負けヶ谷くんではないらしい。そりゃそうじゃ。
「あらごめんなさい。あまりにも美しく一本を取られたものだから。ふふ、それにしても、まさかあなたに向けて美しいなどという形容詞を使う日がくるだなんて、夢にも思っていなかったわ。もっとも綺麗だったのは投げられるまでの話で、投げられたあとに畳の上で這いずり回る姿は、まるで潰れたヒキガエルみたいだったけれどね、ヒキガエルくん」
「……ほっとけ。あと昔のあだ名はやめてね」
フゥ〜っ辛辣〜!
てか雪ノ下さんってあんなに辛辣なのん!? いや、物言いが些か……? 多少……? かなり……? 厳しいのはもちろん知ってましたけど、あんな辛辣なことをあんな素敵な笑顔で言ってのける人、つまりドS……げふんげふん、ユーモアのある人だとまでは知んなかったよ!
な、なんていうか……ド、ドM心を否応なしにくすぐってきそうっ。
……いやいや! 私にそういうケはないのよ? 私、至ってノーマルなので。
そして彼の名はヒキガエルくんでもないみたい。謎は深まるばかり。
「……本当に見事なくらい無様だったわよ比企谷くん、あなたの最後」
おっとあっさり謎解けちった。どうやら彼の名はヒキガヤらしい。
そしてここで急に空気が変わった。なんかさっきから彼に掛ける言葉の数々が寒々しいなぁ刺々しいなぁと思っていたら、どうやら彼女、ちょっぴりおかんむりっぽい?
「最後って……。死んじゃったのかよ」
「そうね、一度生まれ変わった方がいいんじゃないかしら」
「……ったく、いつにも増してトゲがあんな」
「あら、トゲの具合はいつもと同じだけれど。美しい薔薇には……と言うでしょう?」
「あー、はいはい」
ひぃ〜! なんか会話のキャッチボールの球がイガ栗かよってくらいチクチクするよう!
でも美しい薔薇のくだりは異論反論ございません。なんならちょっとチクチクして欲しいまである。変態か。
「……まったく。あなたには本当に呆れ果てるわね」
そう言って不機嫌そうにこめかみに指を当てる雪ノ下さんは、やれやれとかぶりを振る。
タイミング的に、まるで私の変態モノローグに呆れ果てているようで、ちょっぴりドキドキ!
「すいませんね、無様に負けちゃって。そういやイベント前に「私の部が無様に負けるというのも気に入らないから、負けるならせめて格好のつく形で負けてもらいたいわ」とかなんとか言ってたっけな」
と、あの男、恐れ多くも雪ノ下さんの物真似を交えてゆきのんのトゲに応戦しやがった。
貴様無礼なるぞ! なんかちょっと似てて噴き出しそうになったけど。
「……それは私のつもりかしら」
「滅相もございません」
さっむ! 真夏の夕方だってのに、軽く氷河期になりましたよ? 冷夏かな?
「……はぁ。あなた、それ本気で言っているのかしら」
「は?」
「別に無様に負けた事を責めているのではないわ。無茶し過ぎだと言っているのよ。今回の無茶には本当に呆れたわ。相手は現役の柔道選手なのよ。あんなに煽ったらどうなってしまうかくらい、あなたには分かりそうなものでしょう……?」
……どうやら雪ノ下さんは、彼が決勝戦で相手のゴツイのを煽って我が身を危険に曝した事を怒っているご様子。
……ああ、そーいやなんかこいつ、試合中なのに敵とブツブツと喋ってんなぁ、って思ってたけど、アレって相手を煽ってたのかぁ。
「そりゃ……まぁな」
「いくらああするのが今回の依頼の最適解なのだとしても、いくらなんでも無茶しすぎよ。……少しは、心配して帰りを待っている人の身にもなりなさい」
そう言って哀しげに彼を睨めあげる雪ノ下さん。
「雪ノ……下?」
え、なにこの急激なラブコメ展開!
「愚かな兄が怪我をして帰ってきた時の小町さんの苦労も少しは察しなさい。愚兄の介護がどれだけ面倒だと思っているのかしら」
「ですよねー」
そっちか!
あーびっくりした。どうやらラブコメでは無かったみたい。……ん? で、でも妹とも知り合いとか、あなた達の付き合いってまさかの家族ぐるみなのん?
──でもね雪ノ下さん、私は見逃さなかったよ? さっきの哀しげな眼差し。
あれ……普通に心配してたんだよね、ヒキガヤくんのこと。
ま、部活仲間があんなガタイのいい大学生にあんな凄まじいバックドロップ食らってれば、そりゃ心配のひとつだってしますがな。……ふふっ、もーゆきのんてばぁ、素直じゃないわねぇ!
「……それに由比ヶ浜さんも、痛そうに腰をさすっていたあなたの様子を心配していたのよ。……あとでちゃんと連絡入れておきなさい」
あはは、ゆきのんたらホント素直じゃないんだからー。ひひっ、私だって心配していたのだけれど、くらい言えばいいのに♪
……んー。由比ヶ浜さんの時も思ったけど、雪ノ下さんがこうやって知らない人と仲良くしてんの見るとめっちゃ悔しいのに、でもなんか可愛いくて嬉しくなっちゃう。
それにあの男、なんか……、悪くない、カモ。
いやいやいや! だから別にLOVE的なもんじゃなくてですね? なんかこう、雪ノ下さんと話をしてる時の男子って、ニヤニヤデレデレと鼻の下のばしててぶっちゃけキモいんだよね。すっごい意識しちゃってる感じでマジキモい。
でも彼は全然違うんだよね。なんつーか……対等?
ここまで辛辣に罵倒され続けてて対等ってどんな関係だよ。あれですか、一方的になじられてるように見せ掛けて、実はSとMでwin-winだから対等ってヤツですか。
違うかな。違うね。
まぁSM関係かどうかは置いとくにしても、まさか雪ノ下さんがこんな態度を取れる男子が居ようとは……。そして逆に、雪ノ下さんにこんな態度を取れる男子が居ようとは、ねぇ。
だからなんだろう。雪ノ下さんと男子が仲良くしている光景なんて、決して見ていて気持ちのいいモンではないはずなのに、なんだかこの二人のやりとりは微笑ましく思えてしまう。
だから私がこのヒキガヤくんって人に好感を抱いてしまっても、ま、無理ないよね。
「……そうか。ま、あとでメールでも入れとくわ。あいつにメールすっと『顔文字とかないと怒ってるみたいだし!』とかって五月蝿くてかなわないんだが」
「ふふっ、それは同意するわ。あなたと見解が一致してしまうだなんて、とてもとても癪なのだけれど」
さっきまでかなり不機嫌そうだった雪ノ下さんも、ここでようやく柔和な微笑みを浮かべた。
どうやら、どう見ても合わなそうなこの変な関係の二人にとって、由比ヶ浜さんって子はいい潤滑油な存在なのかもね。
まさに全てを優しく包み込むふくよかパイヶ浜!
「それはすいませんでしたね。……そーいやその由比ヶ浜はどうしたんだ? いつも一緒に帰るんじゃねぇの?」
「由比ヶ浜さんなら三浦さんの所に行ったわ。なんでも女同士のバトルが長引いているらしくて、海老名さんからSOSが入ったのだとか」
「……ああ、そう」
あ、あの場外乱闘まだ続いてたのね……。あざとい一年の子、ご愁傷さまです!
そういえばイベント解散のとき雪ノ下さんとお話してたら、由比ヶ浜さんすっごい慌てた様子で雪ノ下さん呼んでたっけ。
「ま、とりあえず話は分かった。……で、これで話は終わりか? じゃあそろそろ帰ってもいいか?」
聞きたくもない女の醜い戦いの顛末を聞かされ、私と同じような引きつった真顔を浮かべていたヒキガヤくんだけど、これで用事は済んだのか? とばかりに、雪ノ下さんに帰宅の許可申請を申し出る。
だが……
「あら、私は待ちなさいと呼び止めたはずなのだけれど」
「へ? でも話は終わったんじゃねぇの? 説教と由比ヶ浜に連絡しとけって話じゃなかったの?」
「勝手に決めないでちょうだい。まだ呼び止めた用件は始まってもいないのだから」
え、結構話し込んでますけど、まだ始まってもいなかったのん?
「……あ、そう。……で、用件ってのは?」
「あの……」
するとゆきのん、なぜかここにきて急にちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めると、所在なさげに目を泳がせる。
「……こ、これ、どうぞ。……か、感謝しなさい。あなたが腰を傷めてゆっくりとヌメヌメ着替えている間に、保健室で貰ってきてあげたわ」
ヌメヌメて。
そう言って、そっぽを向いたまま雪ノ下さんが差し出したモノ、それはとても白くて四角いものだった。
「ヌメヌメって……。なんだこれ、……シップ?」
「あら、あなたにはこれが豆腐にでも見えるのかしら」
「随分薄っぺらい豆腐だなおい。むしろ湯葉だろ」
「豆腐でも湯葉でも構わないから早く貼りなさい。……腰、傷めてるんでしょう? ほんの気休め程度にしかならないでしょうけれど」
おっとどうやら彼の具合が心配で、わざわざ保健室でシップを貰ってきたようです!
そういえばさっき雪ノ下さん言ってたっけ。『まだやらなくてはならない事も残っているようだし……』とかって。アレって、保健室に行かなきゃって事だったんだぁ……
うっわ、ゆきのんマジ女神!
「お、おう……。その、サンキュな」
「べ、別にあなたの為ではないのよ。ただ、ただ……そう。……あなたは部の備品なのだから、備品の管理をするのは責任者の務めでしょう……?」
極度のツンデレか。
「……はいよ。んじゃ、備品は部長さんの務めを有り難く頂戴しておきますか」
そんな憎まれ口を返した彼だけど、その苦笑いはどことなく嬉しそう。
「ええ、有り難く受け取りなさい。……ふふっ、なんなら──」
そう言った雪ノ下さんは、照れ隠しの為の攻めに転じる好機を見つけたのか、先ほどまでの照れのんから一転、くすりと悪戯な微笑を浮かべた。
「──今ここで、私が貼ってあげましょうか?」
ななななんですとー!? なにその女王様からのクールなご褒美! 私にも貼ってください。全身くまなく。
「……勘弁してくれ。こんなとこで背中出して雪ノ下雪乃にシップ貼らせてるところなんて誰かに見られたら、どんな酷い悪名が立つか分からん……」
「あら、今この駐輪場には他に誰も居ないけれど?」
さーせん! 隠れてるけど私が見てまーす!
「お前ってホントいい性格してんのな……」
「ええ、よく言われるわ」
なんとも美しく、そしてなんとも愛らしい悪戯微笑を浮かべる、ほんのりと頬に朱を彩った雪ノ下さんを見て思う。
──多分、これはまだ恋とかではないのだろう。ただの悪友との他愛のないじゃれあい……ってトコなんだろうなー。
それでも、これはもしかしたらもしかするのかも知れない。……だって、あの雪ノ下さんが男なんかにこんなにも心を開いているのだから。
そしてそれは、とても素敵なことなのかも。
いや、そりゃゆきのん親衛隊としてはめっちゃ悔しいし、めっちゃムカつくし、めっちゃ血の涙を流しそうだけども!
でももし本当にそうなったら、私きっと応援しちゃうかも! だってさ、恋する雪ノ下さんのはにかみ顔とか、めっちゃ見てみたいじゃない?
今まさにその片鱗をこうしてまざまざと見せつけられてると、なんかこう……すんごいムズムズしちゃう☆
「それじゃ私はもう行くわね。シップを貼ってもまだ痛むようならちゃんと病院に行くように。これは部長命令よ」
「……うす。ま、その……マジでサンキューな」
「ええ。このご恩は一生忘れないように」
「お前が言うのかよ……」
「ふふっ、それではまた。……ああ、すっかり言うのを忘れていたわ。今日はお疲れさま」
「……おう、お疲れさん」
艶やかに煌めく黒髪を夏の潮風にふわりと揺らし、我らが主はどこまでも美しく去っていく。
尊いとは、この後ろ姿の為にある言葉なのではないかと錯覚してしまうほど。
そんな後ろ姿と右手に残されたシップを交互に見つめ、人知れずフヒッとキモく笑うこの生物(ナマモノ)には、やっぱゆきのんを託したくないわー。マジないわー。
「……こんな報酬があるなんて、今回は随分とお得な仕事じゃねぇか。……ま、俺にはちょっとばかり過ぎた報酬、だけどな」
……ん。でもやっぱそんなに悪くもないかもね。
まだまだこの彼に雪ノ下さんを託すのは認められそうもないけれど、照れくさそうにシップを見つめてそうぽしょりと独りごちた彼の姿は……、ま、及第点ってトコかしら♪
だがしかし! ワシの目の黒いうちはまだまだ雪乃は渡さんよ! 何様だ私。
周りに誰もいない事を確認したのち、シャツを捲りあげて素肌を晒し、傷めているであろう腰にシップを貼りつけている彼の半裸をドキドキハァハァ覗いていると(完全に覗き魔の目)──
「……冷てぇ」
その呟きを最後に、彼もまたキコキコとこの舞台から去っていったのだった。
まだ“会った”ことも無いキミにこんな事を思うのは可笑しいかもだけど、ふふっ、お大事にね。ゆきのんの厚意(決して好意ではない。ここ大事!)、無駄にすんなよっ?
一人ぽつんととり残された私は考える。
なるほどなるほど。最近私のクラスメイトがとっても可愛くなってきたのには、こんな理由があったんだー。
私達が勝手に作り上げた雪ノ下さんのイメージ、それは誰にも退かず媚びず省みず、孤高に美しく咲き誇る一輪の薔薇。もしくは百合。
でもそれは私達の勝手なイメージに過ぎず、本当の雪ノ下さんは……本当に心を許している相手に見せる自然な姿は……決して孤高などではなかった。
甘えられると面倒くさそうに顔を歪め、気に入らない事をされると不機嫌さを隠そうともしない。……でも、楽しい時はいたずらっ子のように可愛くじゃれついてくる、それはまるで……自由気儘な猫のようだった。
もちろんそれはヒキガヤくんとの関係性だけでなく、素直な感情を真っ直ぐぶつけてきてくれる由比ヶ浜さんとのゆるゆり関係も、当然のように起因してるのだろうけれど。
それでもやっぱり、あの彼の存在も雪ノ下さんの青春の一ページにとって、とてもデカいモノなんだろうなってのはよく分かる。
……ふむ。さてさて、これからどうしましょうかねー?
とりあえず、ここで見聞きしちゃった事はまだクラスの子たちには言わないでおきましょっか! 下手に話すと、過激派の子たちがなにをしでかすか分かんないし☆
え? 私は穏健派ですよ? (逸らし目)
あとちょっとで夏休み。その夏休みで、彼と彼女の関係にどんな変化がおこるか分からないし、さらに夏休みが明けたら文化祭やら体育祭やら修学旅行と、学生の人間関係を容赦なく変化させうるイベントが盛り沢山なわけだ。
だったらま、ここでの出来事は一旦私だけの胸にこっそり秘めて、もう少しだけこの二人の行く末を見守ってみましょうかね。
というわけでっ! 見守った(覗き)先になにがあるかはまだ分からないけれども……、いつか雪ノ下さんに恋の相談をされちゃうような、そんな気の置けないお友達になりたいなーなんて思う城堀しほりが、現場から生中継でお伝えしました〜♪
やはり彼とゆきのんの青春ラブコメを覗き見する私の青春はまちがっている。
了
というわけで、これにて一旦の終幕となります(^^)
皆さま最後(?)まで本当にありがとうございました☆
本来は八雪夫婦(まではまだいかないけど)漫才を香織(しほり)が見たらどうなるのか?をコンセプトに書きはじめたこのお話ですが、まさかそのコンセプトに辿り着くまでに五話も掛かってしまうとは思いませんでした(白目)
それもこれも、作者の予想を超えて勝手に暴れだしたJ組の危険度が全て悪い(・ω・)
さて、これにてとりあえず完結となりますが、まぁいつもの如く作者の気分とやる気次第、あとは需要次第で突然文化祭編とか、それをすっ飛ばして修学旅行編とかが始まる可能性も残っている…………のカモ?
たかだか柔道編でこんなに長引いた経緯を考えると、文化祭編とか修学旅行編とかを書き始めるのは超恐いですけどもね(^皿^;)
ではではありがとうございました!またどこかで〜ノシノシノシ