流れ星に願いを込めて   作:クリマタクト

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プロローグ

「……よし、これでいいわね」

 

 ラキュースは一人、ノートを備え付けの机の二段底に入れながら満足げに言う。

 本来、ただの日記などであればこんなに厳重に保管などしないが、その内容は自らの呪いに関するもので、誰にだろうと言えたものではなかった。

 

 ラキュースは立ち上がり、長時間座って固まった自分の体をほぐす為に軽くストレッチをしている時ふと、立てかけてある魔剣を見た。

 

 ──魔剣キリネイラム

 

 かの13英雄が一人、黒騎士の使っていたとされる4本のうちの一本。

 これを見つけたときは狂喜乱舞して、みんなからは呆れられるほどだった。

 

(あの時は本当に嬉しかった)

 

(でも、今はなぁ……)

 

 当然、今でもラキュースにとってあの日の出来事は嬉しかったし忘れられない思い出だ。だが、いまのラキュースにはそれ以外の気持ちもあった。

 

 ラキュースは魔剣を持ちながら、軽く素振りをする。普通の一人用の宿ならそんなこと危なくて到底出来たもんじゃないが、ここは王都一の宿。その程度のことができない広さではない。

 

 ラキュースの素振りはとても鋭く、そして力強い。筋力的に言えば、今のパーティでガガーランの次くらいの物を持っていると言えるだろう。普通の冒険者や兵士であれば、理想として目指すような素振り。だが、それをするラキュースの顔は晴れるどころか曇っていった。

 

(……やっぱり、かぁ)

 

 速度も筋力もある。だが、ラキュースの顔が晴れることはない。それはなぜか?──目指すものが違うからだ。

 ラキュースは英雄になりたかった。

 誰にも負けない。誰よりも強い。御伽噺に出てくるような英雄に、ラキュースはなりたかった。

 

 だが、その思いもラキュースの中では消えようとしていた。

 届かないのだ。技が届かない。気持ちが届かない。強さが届かない。

 誰もが思い、焦がれるような英雄に、その基準に、ラキュースの中では届いていなかった。

 他の人からしてみれば、十分に届いていると言えるが、ラキュース本人からすればまだまだだ。

 ──自分よりも……

 

 そこまで考えて頭を振る。

 

「少し弱気になってたわね……」

 

 ラキュースは一人、そうごちた後寝台へと向かう。この考えはしてはいけないもの。そう結論づけて考えを無理やり絶つ。

 

(自分にはないものはたくさんある。でも、それでいい……みんなと一緒に冒険できるなら。それだけで私は満たされる)

 

 ──流れ星が光った。

 

 ♦︎

 

「うーむ……確かここにあったはずなんだがなぁ……」

 

 甲冑を纏った半魔巨人の異形種である、武人武御雷は周りにいるNPCには目もくれずにそこに保管してあるアイテムを漁っていた。

 ナザリック5階層に存在する大雪玉。そこは領域守護者であるコキュートスの住処だが、NPCの親も物を置いても問題ないだろう?と言う謎理論により武人武御雷の荷物もそれなりに置かれていた。もっとも、重要なものは宝物庫にしまってあるので、ここにあるものは基本的に少ない。だが、今の武人武御雷の探すものはそこにあった。

 

「よし、できたできた」

 

 目の前にいたのは、武者だった。

 兜をかぶり、具足を嵌めた姿は現実でも太古の昔に名を馳せたといわれている伝説のSAMURAIの姿そのものだった。

 

「そうそうこれこれ、やっぱりかっこいいなー!」

 

 うんうんと頷きながら、いろいろな角度からSSを取って一通り満足することができた武人武御雷は、まるで自分が来ていることを隠すかの様に後片付けを始めた。

 そして少しの時間の後、整理を終わらせた彼はさっさとメニューを開いて、お目当てのものを装備する。

 コレをすれば、もうここに来ることはない。

 そう思うと、彼の中にある思いがポツリと声になった。

 

「何で、引退したんですか……たっち・みーさん。俺、あなたに勝ちたかったんですよ」

 

 その一言には様々な感情が込められていた。

 不満、無念、悲しみ、そして憧憬。

 彼は勝ちたかったのだ。ただの一回だけでもいい。あの、アルフヘイム最強の戦士をこの手で下したかった。

 たかがゲーム。そう思って割り切ることもできた。と言うより、引退すると聞かされた時はそう自分の中で割り切ることは出来た。

 でも、その後になってやっと実感が湧いて来たのか沸々と怒りにも似た、後悔にも似た理不尽と言える様な感情が溢れ出したのだ。

 

 その後は、段々とログインする日にちが開いていった。仕事が忙しいから仕方ない。彼女が出来たから時間がない。そんな風に、仕方のない理由で自分を言い聞かせて来た。

 だが、それも今日で終わりだ。

 このゲームも、今日を最後にサービスを終了する。

 

「モモンガさんには悪いことしたかなぁ」

 

 本来、ギルメンがギルド内にリスポする時はギルドチャットで通知が行くが、今はこっそり来たかったため通知機能を切っているし、ギルドの機能で発見されない様に特殊技能も使っている。

 自分が抜けた後も、淡々とギルドを維持して来たモモンガに会う顔が無い。そう思っていたのだ。

 ──最もその本人はそんな事微塵にも思わずに大歓迎するだろうが。

 

 彼は立ち上がり、装着された指輪をチラリと見る。

 流れ星の指輪。引退すると言ってきたやまいこさんに、ビール一本と交換してもらった逸品。残っている祈りの回数は一回。

 コキュートスに向かい、大きく腕を上げて叫ぶ。

 

「指輪よ!我が願いを叶えたまえ!!」

 

 指輪は超位魔法を発動させる。

 そして10個ほどの選択肢を目の前に映し出した。

 その中に一つ、彼の望んだ選択肢がある。

 

『神への嘆願』

 

 サービス終了が発表された後、運営が星に願いをを発動させた時選択肢に確定で入る様になった物。

 その内容は名前の通り、運営に対して音声メッセージを送れるまさに神への嘆願だった。とはいえ、世界級アイテムよこせやレベルキャップ開放しろなんてものはまず叶えてくれない。運が良ければ叶えてくれるかもしれない。その程度の物だ。だが、それで十分だった。

 彼はコキュートスに向かい言い放つ。

 

「──こいつを……コキュートスを誰よりも強くしてくれ。たっち・みーを超えるくらい、ずっと、ずっと!」

 

 自分の無念、悔恨。その全てを含めた願い。それを言い放ったと同時に魔法陣は消え去った。その後、急いでステータス画面を見るが変化なし。明らかに失敗に終わっていた。

 

 彼には分かっていたことだ。いくらクソ運営だとしても、こんな願いを叶えてくれるはずがない。第一、叶えるにしたってどうすればいいんだ。強さの定義は何だ。腕力?技術?そんなの誰にもわからない。

 

 だが彼はこれ以上に無いくらいに清々していた。

 

「うん。これでいい。少しはスカッとした」

 

 ゲーム的な意味では何も意味の無いことだった。

 ただ一回、貴重なアイテムを空撃ちしただけに過ぎないものだった。

 だが、彼にとってはこれ以上に価値のある行動なんて今、この場にあるわけが無かった。

 

「だから……もう、終わりだ」

 

 どこかすっきりしたような雰囲気を帯びる彼はそう言いながら去っていく。

 サービス終了、30分前の出来事。

 彼の存在に気付いているものは一蟲を除いて居ない。

 

 ♦︎

 

「ふう」

 

 冴えない風貌の男は、ヘッドギアを外した後大きく伸びをする。

 仕事のせいで全く使ってなかったナノマシンを半年ぶりくらいにフル稼働させたせいか、体の調子が少し悪いのだろう。

 

「──さん、ご飯食べないの?」

「ああ、もう食べるよ」

 

 そう言いながら男は、ヘッドギアをもと入れてあった埃まみれの箱の中に入れて歩きだす。

 

 ──外では珍しく流れ星が光っていた。

 

 ♦︎

 

「あ゛ー」

 

 淑女とはとてもでは無いが言えない様な声を上げながら起き上がる。

 外を見れば、既に通りが活気付いている。もう直ぐで昼時の時間だ。

 

「……流石に寝すぎたわね」

 

 昨日の愚痴が心の中では思いのほか引きずっていたのか?全く情けない。

 そう反省しながら、脇に置いてある水差しを軽く煽りつつ、着替え始める。

 ネグリジェを脱いで、脇に置いてある服を着込んで行く。

 その行動はなれたもので鎧を着けるのですらすぐに終わる。

 そして最後に、剣に手をかけた瞬間──『ム?』

 

「……え?」

 

 ラキュースは直ぐに剣を手放し、後ろに下がる。

 

「……剣が喋った?」

 

 恐る恐る、もう一度剣に触る。反応がない。柄を握る感触も、剣の重さもいつもと変わらない。さっきのは聞き間違いだったのか?そうラキュースは思った。

 

(そうよ、何もない。多分誰かが伝言(メッセージ)を間違えて送ってきただけよ。そうに違いないわ)

 

 そもそも、剣が喋るなんておかしな事なのだ。そんな事を考えるやつなんているわけが無い。いたらただのアホだ。

 そんな風に、自分の奇病を棚に上げながらラキュースは結論づけて魔剣を腰に付ける。

 その際に先ほどの様な反応はやっぱり無かった。

 

(やっぱり疲れてるのかなぁ……みんなには悪いけど一日寝てようか──)

 

『──オイ、キコエテイルノダロウ?』

 

 少し片言だが、威圧のある声が彼女の頭の中に響く。

 聞こえてません。

 そう言いたいラキュースだった。

 だが、相手が気付いている以上此方も応えないといけない。と言うより長年の勘か、ここで無視をするともっと酷いことになる気がする。

 そんな自分の勘を信じながらラキュースは、剣に向かい話し始めた。

 

「……聞こえてるわ」

『ナラ答エロ。ココハドコダ?』

「リ・エスティーゼ王国の王都よ」

『ナザリック地下大墳墓デハ無イノカ?』

「……そんな名前の場所私は聞いたことないわ」

『……』

 

 ラキュースの答えに魔剣は沈黙する。

 そうすると逆にラキュースがなるべく刺激しないよう、ゆっくりと質問をする。

 

「じゃあ次は私から。貴方の名前を教えて?」

『……』

「あれ?」

 

 おーい、ねえ?、話聞けよ。そんな風に何度呼び掛けても反応がない。それどころか、先ほどまでの高圧的な気配も消え失せている。

 ラキュースは少し焦りながらもっと呼び掛けたり、魔剣を叩いたりする。しかし何も反応はない。

 

(二つ人格があるみたいでカッコイイからいて欲しかったけど……もしかしたら、魔剣にあった持ち主の残滓だったのかしら?)

 

 聞いたことはある。一部の武器は、持ち主が死んだ時蘇生ができるように、魂を自分の中に保管することを。ラキュースはこの魔剣もその類だったのではないか?馬鹿らしい話ではあるが、これは十三英雄のつけていた魔剣のひとつ。そんなことがあってもおかしくない。そう結論づけて、みんなの所に行こうとするが強烈な違和感。

 体が動かない。

 

(……は?)

「フム、私デモ動カセルノカ」

(……ちょ!?)

 

 どんなに体を動かそうとしてもまるで動く気配はない。自分の命令を体が何一つ聞いてくれないのだ。

 ラキュース(偽)はそのままドアに手をかけて外に出る。

 その間ラキュースは全力で抵抗するが、そんなの意にも返さずズンズンと突き進んで行く。

 

(止まってー!)

 

 心は強情でも体は素直。

 どんなに気合を入れて体を動かそうとしても、体が言うことを聞いてくれない。止まるどころか、ズンズンと突き進んで行き、ついには一階の酒場の場所についてしまう。

 そこにはイビルアイが一人で座っていた。

 

「やっと起きたかラキュース」

(助けてイビルアイ!)

「……」

 

 ラキュースの叫びは当然のことながら目の前で本を読んでいるイビルアイに届くことはない。

 だが、こちらにまったく反応を示さないラキュースを不審に思ったのか首をかしげていた。

 

「どうした?聞こえてないのか?」

「……イヤ、キコエテイル」

「ならどうした、体調でも崩したのか?見たところ喋るのもつらいように見える」

「ソンナコトハナイ。少シ用事ガデキタ。イマカラデルガ気ニスルナ」

「そ、そうか?」

(そんなわけないでしょー!?)

 

 ラキュース渾身の叫びはなおも届かず。ただ体調が悪いだけと思い込んでいるイビルアイは、今のラキュースにまったく違和感を覚えていない。

 

(フム、ウマクイッタミタイダナ)

 

 自分が大根役者なのを自覚しているラキュース(偽)は上手くことが進んでいることに一息つく。

 このまま今の場所さえ離れてしまえば、とりあえず周りと離れることができる。そして、そうすれば栄えあるナザリックを見つけることもたやすい。そう考えながら、扉に手をかけようとするがそのとき後ろから声をかけられる。

 

「な、なあラキュース。本当に大丈夫なのか?」

 

 話しかけてきたのはまたもイビルアイ。つっけんどんな態度をとられたとしても、それを意に返さずにもう一回話しかけてくる。どこぞの竜王が見たらちょろいと言いながら大笑いするのが間違いない光景だ。

 ラキュース(偽)は少しわずらわしく思うが、それでもここでばれれば今の努力がすべて水の泡。ぐっとこらえてなんでもないような態度で話し出す。

 

「……大丈夫ダ。ジャア、マタ後デ――」

「――おっ、やっと起きたのかラキュース」

「リーダーやっと起きた」

「昨夜はお楽しみでしたね」

「お前たち、もう戻ったのか」

「ああ、指名の依頼が今日来てたらしくてな。探す手間が省けたよ」

 

 ラキュース(偽)がようやく出れると思った矢先に、双子の忍者と大柄な体格をした女?がこちらに向かって話しかけてきた。

 これにはラキュース(偽)はこれまで以上の危機感を覚えた。

 先ほどまでは騙せばいい対象が少女一人だったが、今は三人に増えている。どう動くべきか。そう考える途中にも、目の前では会話が続いている。

 

「――ということで、ラキュースはどこかに行くらしいぞ」

「ん?なんか用事があったのか」

「アア、少シ野暮用ガナ」

「ふーん」

 

 ガガーランはラキュースに向けて懐疑の視線を送ってくるが、それはまだ怪しんでいるだけで問いただしてくるほどのものではなかった。

 

「デハナ、夜ニ戻ッテコナクテモ気ニシナ――」

「ねぇねぇ、鬼ボス」

「ム、何ダッ!?」

 

 忍者の片割れに向かい振り返るのとほぼ同時のタイミングで、逆側にいた方からクナイをラキュースめがけて投げられていた。

 ラキュース(偽)はそれを鎧の腕部分で反射的にはじく。一体どうしたんだ?そう問おうとするが、相手はすでに臨戦態勢。聞く耳を持っていそうにない。

 

「……一体ドウシタ?」

「ボスが鬼ボスって言われたら必ず怒る」

「それにいつもに比べて姿勢が、声が、呼吸が全く違っていた。ボスはどこ?」

(あ、あなたたち)

「お、おい。それは本当か!?」

 

 アダマンタイト級の戦闘ということですでに大半が逃げだした空間の中、半信半疑な者はいれど全員ラキュースに向けて剣を向けていた。

 出入口の方向に最低でも一人はいる関係から離脱することも難しい。

 そう思ったラキュース(偽)は腰に掛けていた剣を握る。

 

「フム、ナラバ切リ伏セル」

「やってみろぉ!」

 

 ガガーランは戦鎚――尖ってない方――をラキュースの胴めがけて殴りつける。

 未熟な者であれば受けるどころか避けることすらできないアダマンタイト級にふさわしい豪快な一撃。

 しかし、ラキュースはそれをたやすく剣で受け止めた。

 

「なっ!?」

「どけガガーラン!砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)!」

 

 返す刀で首をはねようとガガーランに近づくラキュースに対して砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)が発動。

 周辺が砂地となったことで一瞬だけ足をとられるラキュース。その隙を決して逃がさず、ティアとティナは十字に位置取りクナイを同時に投げてくる。

 しかし、これもラキュースは身じろぎする程度の最低限度の動きで回避。薄皮一枚傷ついていない。

 ラキュースは即座にティナに向かい横なぎの斬撃を放つ。その鋭い一閃はティナの胴体を薙ぐが、それに手ごたえは全くなかった。

 

「影分身ノ術カ」

「情報は持ってるって思ってよさそう」

「しかも強い。鬼リーダーよりも強い」

「……おそらく、私と同格の力はあるな」

「こりゃあ……」

 

 完璧な連携攻撃だったにもかかわらず、完璧に迎撃をして見せるラキュースにこれ以上のない警戒を示していた。

 

(ねぇ!いい加減やめなさいよ!私の仲間になんてことするのよ!!)

「黙レ。私ニハ奴ラノヨウナ仲間ハイナイ」

「……もしかしてあのしゃべり方。本物のラキュースが中に!?」

「なるほど読めてきたぞ。あれは魔剣の呪いだったのか」

「くそ……ラキュースめ、ムチャしやがって」

「……ボスは絶対に取り戻す」

「それが今までボスの言葉を信じて何もしてなかった、私たちのやるべきこと」

 

 全員の顔に決死の覚悟が浮かぶ。だがそれを気にするラキュース(偽)ではない。

 正眼に剣を構える。だが、その動きには少しだけ違和感が残っていた。

 

(何時モト感覚ガ違ウ……マルデ泥ノ中ニイルヨウダ)

 

 本来、ラキュース(偽)はこんなに遅い動きでは無い。元の状態で踏み込めば足元の砂など無視して突っ込めるし、ガガーランの戦槌を受け止めた後カウンターで首を跳ねることも出来ただろう。

 だが、いまそれをしようとしても体が反応をしてくれていなかったのだ。

 だから今の純粋な実力はこちらで言うところの難度180程度。元と比べると雲泥の差だ。

 

「私が抑える!その隙に気絶でもさせろ!」

「おう」

(何トイウ屈辱。至高ノ御方々ヨリ賜リシオ力スラ、私ハ十全ニ振ルウコトスラ出来ナイノカ……)

 

 イビルアイは得意の結晶散弾(シャード・バックショット)を放つ。

 大量の水晶を相手にぶつけるこの魔法。いかにラキュースといえどこの近距離からよけられるはずはない。そう全員が確信する中、ラキュースは信じられない行動に出る。

 

(ねぇ!やめて!何しようとしてるのよ!?)

(ナラバセメテ、コノ者タチヲ狩ル事デ我ガ絶対的ナ支配者ニ勝利ヲ献上シヨウ)

 

 水晶の弾の群れが当たる数秒前、ラキュースは神速ともいえる速度で魔剣を構える。

 

 ――そして振るった。

 

「――風斬」

 

 瞬間、辺り一体に強烈な風が奔る。

 迫ってきた水晶はあらぬ方向に吹っ飛び、横から向かってきていたガガーランやティア、ティナも思わず顔を覆ってしまい、前に進むことができない。

 そしてラキュースの目の前にいたイビルアイはその衝撃に、壁まで吹っ飛ばされていた。

 

「ぐぅッ!」

「イビルアイ!」

 

 だがもう遅い。

 全員が止まったがゆえにできた一瞬の隙。

 それを見逃すラキュース(偽)ではなかった。

 

「マズハ一人」

 

 ティアとティナから明らかに急所狙いなクナイが投げられるが、その程度では止まらない。

 最小限の動きでよけながら、壁までの距離を一歩で詰めたラキュースは、大きく魔剣を振りかぶる。

 絶対的な力の前で、片足が折れたイビルアイは動けずにいた。

 だが、せめて一矢報いてやるとでも言うように、杖の先に魔法が灯っている。しかし、今のラキュースの技量を考えれば相打ちがいいところ。魔法を当てたところで、イビルアイの死は免れない。

 だがイビルアイにしてみれば、それでよかった。

 

(私の命で、ラキュースを正気に戻せるのならそれでいい)

 

 若い者を守るために、年老いたものは死ぬべきなのだろう。そんなふうに考えながら、イビルアイは一言。ラキュースに向けて言う。

 

「後は任せた」

「イビルアイ!」

「よけて!」

「ッ!!」

 

 そして、大上段の一撃はそのままイビルアイめがけて振り落とされる――はずだった。

 

 間違いなく即死級の攻撃だったそれは、イビルアイの仮面に触れるか触れないかといったところでぎりぎりとまっている。

 イビルアイが顔を上げると、そこには苦渋に満ちた顔のラキュースがいた。

 

「絶対・・・・・・そんなこと、させない・・・・・・ッ!!」

(クッ!?動カセナイ!!)

「ティア!」

「任せて!」

 

 ラキュースが必死になって作ってくれた隙。それを見逃さずにティアはラキュースにひとつのポーションをぶん投げた。

 指一本動けないラキュースはその中の液体をもろに浴び、変な酩酊感に襲われた。

 

(コレ・・・・・・ハ?)

「即効性の麻痺毒よ。抵抗する気はないから一緒に眠りなさい!」

(クッ!!)

 

 段々と苦渋の顔が消えていき、落ち着いた顔になっていく。

 

(だめね、もう動きそうにない)

 

 麻痺毒が完全に回ってぼやけていく視界の中、他人事のようにラキュースはそう思っていた。

 

「お、おい!しっかりしろ!のっとられるなよ!!」

「大丈夫よ。でも、拘束はお願いね?」

 

 そこで、ラキュースの視界は真っ暗になった。

 


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