インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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弐:入学、そしてクラス代表決定戦
5:学園生活、開始


 

 

 居心地が悪い、一夏は口に出さずそう思っていた。

 

 実技試験から幾許か時が過ぎ、一夏は中学を卒業して無事にIS学園への入学を果たした。

 今日はその初日。

 一夏は割り当てられた一年一組の教室で溜息をかみ殺しながら腕を組んで腰掛けた椅子の背もたれに身を預けていた。

 その周囲では今日よりの彼の級友たちがこちらを見ながらひそひそと囁き合っている。

 

 IS学園では入学初日から通常授業が始まる。

 現在はその第一歩としてのSHRを待っているところなのだが、そこで冒頭の感想と前述の状況に繋がる。

 

(まぁ、女の園に黒一点なのだから仕方がないと言えば仕方がないんだが……)

 

 気まずい。

 とりあえず周囲の視線は否定的なものではなく好奇心によるものが主であるが、それが救いになるわけでもない。

 客寄せパンダの気分を味わいたがるような趣味は持ち合わせていないのだ。

 

(しかし、本当に女しかいないんだな)

 

 失礼にならない程度に視線を巡らせながら思うのは留学中とのギャップだ。

 実の所、ここまで極端に男女比が偏っている……というより、自分を除けば十割女という状況は初めてである。

 

(その辺りは学園と現場の差なんだろうが……実際キツイな)

 

 と、その時、一つ視線の質が違うモノを見つけた。

 他の者と比べて剣呑な色の強いそれの持ち主は、長い金髪の美しい西洋人だ。

 肩より前に出る両サイドの一房ずつだけを緩く縦に巻いているその少女はこちらと視線が合うと露骨に顔を逸らす。

 どうやら身に覚えはないが、あまり好かれてはいないらしい。

 一夏の方はというと、その態度よりも彼女自身のことに覚えがあった。

 といっても面識があるのではなく、彼女自身が有名であるだけだ。

 

(たしか英国の代表候補生の……【セシリア=オルコット】だったか)

 

 ISの国家代表やその候補生は見目麗しいものが多く、アイドルのような扱いでメディアに露出することは多い。

 しかし、一夏が彼女のことを知っていたのは、彼女の扱う専用機が特異なものであると風玄と以前話題に出たことがあったからだ。

 追記すると、一夏自身はアイドルやらなんやらと言った事柄には割と疎いほうであったりする。

 

 さて、その彼女が何故こちらを睨んでいたかというと、さっぱり心当たりがない。

 

(もしかして“女尊男卑”的な……いや、ISの現場を知ってる人間でそれはないか?)

 

 ともあれ、拘泥しても何も変わらない。

 気を取り直すように再び視線を巡らせば、別の少女に目が留まる。

 今度はセシリアのように有名ではない。

 だが、一夏とは面識のある人物だ。

 

(箒……)

 

 【篠ノ之 箒】。

 ISの生みの親である【篠ノ之 束】の妹であり、一夏にとっては幼馴染でもある。

 彼女はこちらの視線に気づくと、こちらも視線を逸らした。

 だがセシリアと違い、こちらは慌てたような様子でだ。

 

 その様子を見ながら、一夏は思わず小さく笑みを漏らす。

 

(元気そうで何よりだ)

 

 と、教室のドアが開き、私服姿の女性が入ってくる。

 真耶だ。

 

「はい、皆さん揃ってますね」

 

 言いつつ、彼女は教壇に立って新入生たちを睥睨する。

 全員が席についていることを確認して頷くと、にこやかに挨拶を始める。

 

「私はこのクラスの副担任の【山田 真耶】です。

 一年間よろしくお願いしますね」

 

 担任ではなく副担任であるということに引っかかったが、指摘するほどのことでもないと聞き流すことにする。

 と、真耶は若干緊張しているのか、どこか上擦った口調で進行していく。

 

「そ、それじゃぁ皆さんに軽く自己紹介していただきましょうか。

 それでは……」

 

 その後は出席番号順で自己紹介が始まった。

 内容自体は特に変わったもののない、ごく普通の自己紹介ばかりだ。

 だが、一夏は自分の番が近づくにつれてある種の期待に満ちた視線が自分に集まってくるのが解ってしまった。

 

(勘弁してくれ……)

 

 そうは思っても、五十音順ならば一夏は割と若い番号になる。

 ほどなくして、順番が回ってきてしまった。

 彼は覚悟を決めて立ち上がる。

 

「織斑 一夏です。 知っての通りというか、見ての通り男です。

 俺が今年ここに来ることを知ってる人もいるでしょうし、知らなかった人もいるでしょうが、性別以外は大した違いはないのであまり気にせずよろしくお願いします」

 

 無難というより味気のない紹介になってしまったが、構わないだろう。

 周囲からはもう少し何かないのかという肩透かしを食らったような空気が流れるが、無茶振りはよしてほしいと心から思う。

 そう思って一夏が座れば、小さく溜息を吐くのが聞こえた。

 彼がそちらに振り向けば、それは教室の入り口からだった。

 

「できるなら、もう少しましな自己紹介はできないか?」

 

 呆れたようにそう言ったのは、千冬だ。

 それに対し一夏が何か答えるよりも早く周囲が沸き上がった。

 

『『『きゃああああああああ』』』

 

 教室は埋め尽くす黄色い悲鳴。

 その後に続くのは会えて嬉しいとか光栄だとか貴女の為なら死ねるだのと、有名女性劇団の人気役者に会ったかのような感激の声の嵐だ。

 自身に向けられるそれらの言葉に、しかし千冬は辟易とした様子を隠そうともしない。

 

「まったく、よくも毎年こんな馬鹿どもばかり集まるものだ。

 それとも私のクラスに集中的に馬鹿を集めているだけか?」

 

 酷い言い草だが、それを聞いた女生徒たちが消沈するどころかさらに沸き立つあたり、千冬の意見ももっともと言えるかもしれない。

 そんなのが毎年ともなれば愚痴の一つも露わになるだろう。

 そしてそれは一夏にも言えることだった。

 

(こんなノリの中でやっていけるだろうか……)

 

 不安というよりも精神的な疲労こそ強く感じながら、一夏はこれからの学園生活を思って深く息を吐いた。

 

 

 

***

 

 

 

 その後、自己紹介を含めたSHRは無事に終わった。

 高校生活最初の授業も恙なく消化され、今は休み時間だ。

 そして一夏の現状はというと、文字通り見世物になっていた。

 

「………むぅ」

 

 チラリと横目で見れば、教室内の女子はそれぞれが何人かのグループに分かれながら遠巻きにこちらをチラ見しながら話し合っている。

 概ねSHR前と変わらないが、こちらの方が声に遠慮がなく、また教室の外に他クラスの者が混じっている。

 混じり合う声を何となしに拾えば、どうやらこちらにどう話しかけようか迷っているようだ。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方がない。

 たった一人の男の上、なんだかんだで自分が千冬の弟であることも知られてしまったのだから。

 別段、隠していたわけではないのだが、先程のノリを目の当たりにした後だと、伏せておいた方が良かったような気もしてくる。

 まぁ、名字が同じ時点で無理な話だろうが。

 

 そんな中で、屯っていないのは3人。

 

 一人は、席に座りつつこちらをちらちらと見ているだけの幼馴染、箒。

 もう一人は、我関せずとばかりに瞑目して時折髪の毛先をいじっているセシリア。

 そして最後の一人は、

 

「ねぇねぇ、ちょっといいかな、おりむー」

 

 周囲の様子など知ったことかと言わんばかりに話しかけてきた、見るからにおっとりとした印象の少女だった。

 丈があっていないのか、盛大に袖を余らせている。

 しかし纏っている雰囲気からか、何故だかそれがしっくりときていた。

 髪は長めで、上の方で左右一房ずつ狐らしい意匠の髪飾りで纏めている。

 

 彼女はニコニコと笑いながら席から見上げるこちらを覗き込んでいる。

 

「おりむー?」

「うん。 【織斑 一夏】だから【おりむー】。 ダメ?」

「……………いや、別に構わないが」

 

 やったぁ、と間延びしながらほにゃほにゃと笑う彼女に、妙に力を抜かされる。

 それが不快に感じないのは、人徳と言っていいのか否か。

 

「それで、何か用か? えーと、布仏さん」

「おお! 名前覚えててくれた~。 ……っと、そうじゃなくて」

 

 彼女……【布仏 本音】は気を取り直して何事か言いかけて、しかし周囲を見渡す。

 そこには、先陣を切った勇者に注視する群衆の姿が。

 視線を視認できたなら針鼠になっているだろう本音は、「んぅ~」と考え込んでから、一夏に手を合わせる。

 

「ここじゃ恥ずかしいから、他の人がいないところでいいかな?」

 

 瞬間、短くざわめいてから、妙な沈黙が降りる。

 箒も眼を見開いて二人に視線を釘づけにされていた。

 一方でセシリアは我関せずとばかりに顔を向けようともしない。

 

「……わかった。 付き合おう」

「わぁい、ありがと~」

 

 席を立つ一夏と、袖の余った腕を振り上げて喜ぶ本音に、群衆がキャァキャァと騒ぎ出す。

 そんな彼女たちに構わず、二人はその場を後にする。

 

「ついてきちゃだめだよ~」

 

 言い残したその言葉を聞いていた者はどれほどか。

 残された少女たちは、跳ねあがったテンションのまま色めき立つ。

 

「ねぇねぇ、今付き合うって、付き合うって!!」

「いや、今のはそういう意味じゃないでしょ」

「でもでも、恥ずかしいから二人っきりって、それって……」

「待て、まだ慌てるような時間じゃない」

 

 そんな姦しさをよそに、微動だに出来なかった箒は表情を曇らせ、セシリアは、

 

「…………なんて、くだらない」

 

 小さく、吐き捨てるように呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

「この辺りならいいかな?」

 

 本音に連れられ、どうにか人気のない場所まで来れた一夏。

 その道中はけっこう騒がしかったのだが、本筋にはあまり関係ないので割愛する。

 

「それで、なんの用だ? 布仏さん」

 

 訊ねれば、本音はくるりと振り返って一夏に向き直る。

 身長差で見上げる彼女は、

 

「すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」

 

 と、何故か深呼吸して、「むん!」と気合を入れるように胸を張る。

 そして一夏の目を見つめながら言い放つ。

 

「―――織斑一夏くん」

 

 それは、今までになく力強い口調で、それだけに強い想いが籠っていると察せられた。

 何事かと、内心で身構える一夏の前で、彼女は深々と頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございました!!」

 

 

 




 というわけで、本編開始です。
 SHRの辺りは結構カット。
 ここの一夏はキョウスケ成分が若干インストールされてるので原作程はっちゃけは少ないかもです。
 その分、楯無さんがエクセレン的な意味で活躍しますが(マテ
 ……原作でもあんまり変わらんかもしれんね、そこは。

 そして登場のほほんさん。
 この作品だと自己紹介はちゃんと聞いてたので名前覚えてます。
 ただしのほほんさん呼びはしない予定。
 その分みんなでのほほんさんと呼んであげよう、感想欄とかで(えー

 とりあえず、今回はこの辺で。

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