インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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3:試験終了

「馬鹿者め、すっかり遊ばれているな」

 

 アリーナの管制室、そこの大型モニターを見上げながら、一人の女性が呆れたように呟いた。

 黒髪にスーツ姿の凛とした雰囲気。

 隣にいる真耶と比べれば、なおさらその差が激しく見える。

 

 二人の前に掲げられたモニターには、アリーナで戦う一夏と楯無の姿がリアルタイムで映し出されていた。

 

「でも織斑先生、相手はあの更識さんなんですから」

「そんなものは理由にならない」

 

 真耶のフォローをざっくりと切り捨てて、女傑は鼻を鳴らす。

 どうやら彼女から見て一夏の動きは不満が大きいらしい。

 

「―――せめて、自分がどういう風に遊ばれているかくらいは気付いて見せろよ、愚弟」

 

 よほどに親しい人間でなければ気付けない程度の優しさが含まれた声音で、女性はポツリと呟いた。

 

 彼女の名は【織斑 千冬】。

 一夏の姉で、IS学園の教師で、なによりも今なお生きた伝説として存在する最強の戦乙女(ブリュンヒルデ)である。

 

 

 

***

 

 

 

「ぐぅうっ!!?」

 

 放たれた一撃をハンドガンそのものを盾にして逸らす。

 ぬるりと滑るように肉薄してきた楯無に対し、一夏は距離を取ろうと後方上空へ距離を取ろうとする。

 しかし、先程のお返しのように楯無がそれを追従し、連撃を放つ。

 

「そらそら!! どうしたのかしら!?」

「くぅっ!!」

 

 横殴りの豪雨のような連撃を、攻撃のために呼び出した銃を防具にしながら必死に捌く。

 ほんの少しでも気を抜けば刺突の嵐がこの身を存分に叩くだろう。

 

(こ、いつ……弾幕を銃一丁から二丁に変えるその僅かな隙を狙って……いや、違う)

 

 胸の中心を狙った一撃にわざと銃を二丁とも貫かせて槍を一瞬固定。

 柄を蹴ってかち上げると同時にそのまま後ろへ倒れ込むように落ちていく。

 

(やろうと思えば、いつでも距離を詰められた……そう言いたいのか!!)

「舐めるな!!」

 

 即座に追ってくる楯無に対し、一夏は拡張領域から直接射出するように三つの円盤を彼女へ放つ。

 それはそれぞれが本体から三つの刃を出現させ、電動ノコギリのように回転しながら不規則な軌道で楯無に迫っていく。

 

(スラッシュリッパー……二丁目の銃を出すのが少し遅かったと思ったらこんな渋いのまで同時に)

 

 彼女は単純な技量以上にその武装の選択にこそ感心する。

 今自分に迫っているその武器は、AI制御で自動的に相手へ纏わりつくように攻撃し続けるという代物だ。

 それ自体の攻撃力は対して高くはないが放っておけば地味にこちらのシールドを削り続け、なによりこちらの注意を継続的に削いでいく。

 また、それぞれが独立した軌道で動き続けるため叩き落すのも面倒という、牽制のための武器としては高い性能を誇る。

 それ故に使いどころによって大きく効果が変動するのだが、今この場面で使うこと自体は最適解と言っていいだろう。

 空いた距離を生かし、時間を稼ぐにはもってこいの装備だ。

 ただし―――

 

「あまぁい」

 

 ―――楯無には、学園最強を誇る彼女には何の痛痒も与えられない。

 円を描くような一閃……それだけでランダムで動く円盤三つを一度に砕き散らした。

 いかに牽制に優れた武器といえども、纏わりつく前に破壊してしまえば意味はない。

 もっとも、不意打ち気味に繰り出され、相対的に凄まじい速度で接近し合うそれを払う技量があってこその芸当ではあるが。

 苦も無くそれをやってのけた少女は、今度こそと一夏へ視線を向け―――目を見開く。

 

「その程度、読めてなかったと思うか?」

 

 その先、地に降り立った一夏が肩に担いで構えるのは四連式のミサイルランチャー。

 黒い本体に十字に仕切られる形で四隅に白く細長い弾体をさらしているそれは、短い槍にも太い矢にも見える。

 

「マズ……!!」

 

 楯無が呟くと同時、四つのミサイルが噴煙を吐き出しながら飛翔する。

 彼女は背を向けるでなく、寧ろ飛び込むように前進し、それらの隙間をかいくぐるように通り過ぎる。

 だが、それでは意味はない。

 標的としてロックオンされている以上、すぐに反転して彼女を背から襲う………はずだった。

 

「なっ!?」

 

 どういうことか。

 一夏の視線の先でそれぞれ反転しようとするミサイルの内、一基が不自然な軌道で暴走。

 別の一基の進行を妨げて衝突、誘爆する。

 他の二基は巻き込まれはしなかったが、代わりに片方が爆風に煽られて再度の軌道修正を強いられる。

 

(すれ違いざまに一基の尾翼を損傷させていたのか……だが、まだ二基残って……)

 

 そう考える一夏の目の前で、楯無がさらに槍を振るう。

 まず一基、迫ってきたそれの噴射口付近を切り落とす。

 推進部だけになったほうは明後日に飛び続けた後に地に転がり、推進部を失くした方はその余力と切られた勢いでくるくると回転しながら放物線を描き、落着と同時に爆発する。

 

 そして最後の一基で、信じられない行動に出た。

 

「っと」

「はっ!?」

 

 楯無は飛んできたミサイルをギリギリのところで躱すと、徐にその真ん中あたりに槍を突き刺したのだ。

 そうして出来上がったのは後部から勢いよく火を噴く即席のウォーハンマーだ。

 彼女はくるりと推進部の勢いを逃がすように一回転。

 そして今度こそ一夏へと世界で一番危険なハンマーを振り上げて迫っていく。

 

「で……っ!!?」

 

 でたらめだと、口からこぼれかけたところでそれを制し、敢えて動かずに迎え撃つ。

 そして楯無がハンマーの弾頭を振り下ろしてきた瞬間、

 

「フッ!!」

 

 ランチャーの本体を放り投げながら後ろへ飛びすさる。

 

 

 

 直後、ランチャーの本体とミサイルが接触し、盛大に爆発した。

 

 

 

***

 

 

 

 ここまでの攻防、細かいところまで認識することは外野からは不可能だろう。

 観客席から見て解るのは、気付けば立て続けに爆発が起こっていたこと、もう一つ。

 

「オイ、こんなの試験のレベルじゃないぞ……!?」

 

 誰かが呟いた矢先、事態が動く。

 

 二人を飲み込んだ黒煙……そこから真っ先に飛び出し、煙を残滓と棚引かせているのは一夏だった。

 彼は仰向けに寝そべっているかのような状態で地面すれすれを滑空している。

 と、そこへ楯無が瞬時に追いつき、並走する。

 見下ろすように彼の上を取っている彼女は既に槍を構え、次の瞬間には一夏を地面に縫い付けるような一撃を放つだろう。

 

 それで決着。

 結局、番狂わせなど起きなかった。

 

「―――結構、楽しかったわよ?」

 

 しかし。

 

「これで、おしまい」

 

 

 言葉とともに、締めくくらんと引き絞った力を解き放ちかけたその時。

 

 

 

「否、まだだ」

 

 

 

 バオッ、と土煙が上がると同時。

 先ほどのような脱力したものとは明らかに違う、金属同士が強い力で衝突する鈍い轟音が鳴り響いた。

 

「………へぇ」

 

 感心したかのように声を漏らす楯無は、一瞬前まで一夏を貫かんと構えていた槍を、横に広げて盾にしていた。

 

 ―――そう、盾。

 今、彼女の槍の柄には十字に交差するように長大な刃が振り下ろされている。

 それは最初攻防で一夏の手から飛ばされた近接ブレードで、今の今まで地面に突き刺さっていたものだ。

 それを抜き放ち、振るったのは言わずもがな。

 

「ここからは小細工無し……正面から挑ませてもらう」

 

 一夏が、ギャリギャリと競り合いながら互いの武器越しに相手を睨む。

 その視線を受け、楯無が笑みを浮かべる。

 これまでのようなからかうようなものではなく、闘争心を伴った獰猛な形にだ。

 

「あは―――」

 

 変わった、と一目で感じた。

 先ほどまでの攻防がお遊びだったわけではない。

 最初の奇襲から弾幕、スラッシュリッパー、そしてミサイルランチャー……これらも確かに楯無を落とすためのものだったろう。

 

 しかし、これは次元が違う。

 確かな意思で刃を握ったからか、明らかにすべてが研ぎ澄まされている。

 まさしく、鞘から抜き放たれた銘刀の如く。

 

(この辺りはまだ無意識かなぁ……)

 

 その辺りに未熟を感じつつも、だからこその将来性に背筋が奮えそうになる。

 故に。

 

「なら……」

 

 槍を支える手に、力を入れる。

 そして口角を釣り上げたまま、解き放つ。

 

「魅せてよね、貴方の力!!」

 

 ギィン、と互いの身が弾かれ、身を回しながら地に降り立つ。

 片や羽のように軽やかに。

 片や地を削りながら荒らしく。

 そして駆け出すもまた同時。

 

「ダアァッ!!」

「てぇいっ!!」

 

 そこからの激突は開始当初の焼き回しのごとく。

 しかしそれと違い、今度は三撃では終わらない。

 四、五、六と倍に重ねられ、さらに七、八、九、十と三倍よりさらに上乗せされて続いていく。

 唐竹、横薙ぎ、袈裟、切り上げ。

 刺突、払い、穂先のみならず柄や石突きすらも使った隙間なき連撃。

 

 一際力を乗せた斬撃を、受けた槍の柄をレールのようにして受け流し、後ろへと体勢を崩させる。

 勢い余って身を倒していくその背に向かって後ろ向きのまま石突きが突撃する。

 それに対し、一夏は体勢が崩れた状態のまま振り向き、石突きをほんの僅かなところで躱して流しながらその勢いのまま刃を振るう。

 通常ならばまともな攻撃にならず、それどころかただ転倒するだけのような自爆でしかない行動。

 しかし、彼らが纏っているのはIS……すでに重力の頸木から解き放たれている以上、体が真横を向いていようが十全の攻撃は可能である。

 事実、その斬撃を楯無は穂先を下に回すことで柄を盾にして防ぐ。

 

「つっ!!」

「んっ!!」

 

 互いに弾きあうように僅かに間合いを開き、そして再び剣撃と槍撃の応酬が始まる。

 やがて、すこしずつ互いの身が宙へと上がり始め、互いの攻撃がより立体的な軌道を取り始める。

 そして。

 

「でぇやあああああああっ!!!」

「たぁああああああああっ!!!」

 

 いつしか、二人の攻撃は間を長く置いた状態からの加速しての突撃へと移っていた。

 先ほどまでが歩兵同士の鍔迫り合いなら、今度はまるで騎兵同士の決闘のようだ。

 加速からの突撃、互いの攻撃が混じり、すれ違ってはそのまま駆け、そして振り返って再び突撃する。

 その軌道は天体の公転図のようにも似て、同時にメビウスの環を彷彿とさせる。

 

「ぐぅうううっ!!」

「くっ、ぅううっ!!」

 

 ぶつかり合う度、火花が散り、轟音が響く。

 衝撃に体と機体を軋ませ、呻き声を漏らしながら即座に体勢を立て直す。

 そして突撃と激突。

 苛烈さを増していく攻防は、しかし互いに決定打はおろかまともな損傷さえ与えられていない。

 否、攻防と評するには語弊があるだろう。

 互いの攻撃がそのまま相手の攻撃を相殺しているというだけなのだから。

 

 そしてそれは幾度目かの衝突の後だったろうか。

 間合いを空けた一夏は、しかしそれまでのようにすぐさま吶喊するのではなく、敢えて間を置いた。

 一方の楯無も同じようにその身を制止させ、こちらを見据えていた。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに離れたまま、相手を見据えること刹那。

 これまた示し合わせたように、静かに構えをとる。

 一夏は脇構えに刃を寝かせ、僅かに腰を落とす。

 楯無は柄を広く持ち、穂先を一夏へ向けて引き絞るように力を溜める。

 二人はほぼ同時に細く息を吐き―――弾かれるように飛び出した。

 

「「ああああああああああああああああああああああっ!!!!」」

 

 空気を引き裂く甲高い音を響かせながら間合いを瞬時に縮めさせ、そして―――

 

 

 

『そこまで!! ……試験は終了、それ以上の戦闘は許可しない』

 

 

 

 無粋なブザーとともに、有無を言わせぬ強い言葉が幕引きを告げた。

 

「………終わり、ですか」

「………みたいねぇ」

 

 あと数センチ。

 それだけの距離でピタリと静止した状態で、構えたままの二人がポツリと漏らす。

 それを皮切りに、二人とも脱力して構えを解いた。

 瞬間、二人の健闘をたたえるためか観客席から拍手が響く。

 まばらに埋まっていたためか、喝采というにはいささか寂しい。

 だがそれでもそこにいる誰もが惜しみなく手を叩いている。

 そんな彼らに楯無は笑顔で手を振って見せているが、対する一夏はどこか苦々しい憮然とした表情を浮かべている。

 

 ともあれ、最後は若干締まらないものとなったが。

 これにて一夏の実技試験は終了と相成ったのであった。

 

 

 




 作中に出てきたスラッシュリッパーはまんまスパロボに出てくるあれです。
 ただ、あれみたいにフル改造すれば相手を両断できるみたいな攻撃力は持ってません。
 あくまでも牽制用で、纏わりついてちまちま攻撃してくるだけです。
 ……うん、作る方も使う方も性格悪いんじゃないかな、コレ。

 ミサイル発射からミサイルウォーハンマーの流れは最初やめたけど結局改めて書き込んだ部分。
 ちょっとやりすぎた気もするけどまぁいいかと開き直ることにしました。
 うん、ぶっちゃけ専用機持たせた後の方が動かしづらいかもしんないな、コレ(汗)

 まともな戦闘描写はあんまり経験がないのですが、少しでも楽しんでいただけたならありがたいです。
 ……個人的には爽快感とかサクサク読めるようなテンポの良さを書ける技術が欲しい……

 さて、それではまた明日。

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