インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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38:それぞれの開幕

 

 

 

 大観衆が見守る中、ISを纏った四人の少年少女がアリーナの中央で向かい合う。自分たちへと集まる注目に三人の少女たちは僅かに身を固くして竦ませるが、少年……一夏の方は慣れているのか気にした風でもない。

 と、そこへスピーカー越しの大音声が響き渡る。

 

『それでは、これより学年別タッグマッチトーナメント一年生の部を開始いたします!!

 実況は新聞部部長、黛 薫子。そして解説には―――』

『みんなに愛される素敵な生徒会長、更識 楯無ヨン! ヨロシクね!!

 ちなみに明日の二年の部にはこの二人でタッグトーナメント出場する予定だから、そっちでも応援して頂戴!!』

 

 底抜けに明るい声にアリーナは概ね盛り上がるが一夏は思わず半眼になる。そういうことをするとは全く聞いていなかったが、恐らくサプライズのつもりだったのだろう。ぶっちゃけ、悪ノリっぷりと目立ちっぷりは『マスクド更識』といい勝負である。

 

『さて、それでは一回戦が始まりますがここでさっそく注目選手、唯一の男性操縦者である織斑 一夏君が登場です!』

『タッグパートナーは篠ノ之 箒ちゃん。彼の幼馴染ね。きっと息の合ったコンビネーションを見せてくれるでしょう』

 

 さらりとハードルをぶち上げる楯無。おかげでただでさえ固くなっていた箒が更に萎縮していく。そのことに一夏が若干苦い顔になっていると、続いて対戦相手への紹介へと移っていく。

 

『対するは福江 麗ちゃんと坂本 亮子ちゃんの二人。共に四組所属。ちなみに福江ちゃんは我が新聞部の期待のホープでもあるわ』

「た、ただの新入部員ですよぅ」

 

 おさげをした少女が恥ずかし気に小さく呟く。なんとなく、ノリの良すぎる上司を持った者同士でシンパシーを抱いてしまう一夏。

 そこへ、天の声がさらなる爆弾を落としてくる。

 

 

 

『ちなみに、明日の二年の部では私たちに代わって福江ちゃんと織斑君が実況と解説を担当してくれます!!

 お楽しみにネ!!』

 

 

 

 瞬間、観客席から怒涛のような歓声が降り注ぐ。まだ一試合も始まっていないのに、まるで決勝戦であるかのようだ。その一方で、福江と一夏は共に愕然とした表情を浮かべていた。

 

「は、初耳ですよっ!?」

「こっちもだ! どうなってる!?」

 

 叫ぶ二人だが、当然ながらその声は届かない。歓声にかき消されている上、物理的に遠すぎるのだ。そしてこの盛り上がり……明日の苦労から逃れることは出来そうにない。

 揃って溜息を吐いて肩を落とし、ふと互いの視線が交わる。

 

「……苦労、してるんですね」

「お互いな」

 

 言い合って、さらに大きく息を吐く。そんな二人の肩や背をそれぞれの相棒が労わるようにポンと叩く。

 一夏は気を取り直すように身を起こした。

 

「とりあえず、明日も世話になるみたいだが……今は今日のことに集中しようか」

「は、はい。 胸をお借りします!」

 

 まるで後輩のような同級生の言い草に、一夏が苦笑する。そして一拍、息を吐いて心身を引き締め、相手も同じように身構えた。

 

『それでは、一回戦第一試合……始め!!』

 

 天の声が開幕を告げる。

 瞬間、福江と坂本の二人が武装を展開しながら揃って後方上空へと全速で後退していく。その両手に現れたのはサブマシンガンやアサルトライフルだ。

 後ろ向きに飛びながら、二人は思考を走らせる。

 

(織斑くんは完全近接仕様の機体。篠ノ之さんは剣道部所属。つまりどっちもクロスレンジが得意の間合い!!)

(なら開始直後に全力で間合いを取れば、イニシアチブはこっちのもの!! 少なくとも織斑くんからの初手は来ない!!)

 

 これぞ自分たちの作戦。勝利のための方程式だと、自信満々に空けた間合いから銃口を眼前へと向ける。

 そして、

 

 

「―――いや、そいつは悪手ってやつだろ?」

 

 

 一瞬にして試合開始の時よりも近い位置まで詰め寄られ、そんな言葉を間近で囁かれてしまった。

 

「「……は?」」

 

 たまさか、思考が空白になる。直後、一夏が手にした刃を振りぬいた。

 白刃一閃、二人の持っていた四つの火器の砲身や本体をまとめて両断し、ただのゴミへと変えてしまう。「え?」と呆ける暇もなく、一夏は福江へと雪片弐型を振り下ろした。

 

「きゃああっ!」

 

 手元に残った残骸でどうにか防御して見せる福江。そんな彼女に、相方の坂本が援護せんと振り向きかけて、しかし、

 

「お前はこっちだ!!」

「くぅっ!?」

 

 遅れて疾駆してきた箒がそれを阻む形で斬りかかる。と、それを待っていたかのように一夏の動きが一気に鋭さを増していく。

 

「ふっ………!」

 

 残骸ごと福江の両手を弾く一夏。その次の瞬間、暴風の如き連撃が福江を襲い、餌食にしていく。

 

「きゃああああああああああああああああっ!?」

 

 思わず上がるのは痛ましい絶叫だ。しかし一夏はそれに構わず、ぐるりと身を回す。刹那、相棒へと呼びかける。

 

「箒」

「ああ!」

 

 直後、箒は坂本のもとから一気に離脱。猛攻からの突然の解放に坂本が一瞬体勢を崩すが、それが致命的となった。

 

「フンッ!!」

「あぐっ!!」

 

 スラスターの加速を含めた遠心力を乗せた回し蹴り。それが福江に叩き込まれ、坂本の方へと吹き飛ばす。狙い過たず、福江と坂本は見事に衝突した。

 

「あうっ!」

「ぐえっ!!……れ、麗ちゃん! どいて!!」

「ごめん、無理」

『―――福江機、シールドエネルギー残量ゼロ!!』

 

 「え?」と坂本が疑問符を浮かべた直後、無情な宣告がもたらされた。どうやら最後の蹴りがトドメになったらしい。こうなれば福江はただの置物だ。

 そこで坂本が福江を払いのけられればまた話は少し違ったのかもしれないが、彼女はそれができなかった。安全装置があるとはいえ、動けない彼女を空から放り出すのは流石に良心に憚られたからだ。

 それは通常なら褒められるべき善性であったかもしれないが、今は状況が違う。試合中だ。故に、それはどうしようもない悪手でしかなかった。

 

「悪いが、ダメ押しだ」

「え?」

 

 そんな声が聞こえた直後、福江の肩越しに白い影が見えた。

 一夏だ。彼はどうやらこちらが抱える福江の背を足場にして立っているようだ。

 

「え?」

 

 再度疑問の声を上げる坂本の目の前で、白い翼が展開する。角度的に見えにくいながらも、スラスターから吹かれる光が日中でもなお煌いている。

 

「え?」

 

 もはや呆けるしかない坂本。なにが起きるか察して顔を引きつらせる福江。そしてそんな二人を尻目に、一夏は体重をかけるかのように身を沈め―――スラスターの出力を引き上げた。

 

「えええええええええええええええええええええっ!?」

「きゃあああああああああああああああああああっ!!」

 

 直後、三人が凄まじい勢いで落下する。ただでさえ福江を抱えて身動きの取れないところへ、更に畳みかけるように白式の出力による地面への押出しだ。量産機の打鉄ではろくな抵抗もできないし、そも混乱しかけている坂本にはそんな考えが頭に浮かぶことすらなかった。

 結果、アリーナへIS三機分の質量にスラスターによる加速分の衝撃が轟音と共に叩きつけられることとなった。

 

 盛大に立ち昇る土煙の中、一番下に敷かれる形になった坂本がもぞもぞと蠢く。

 

「あいたたたたた……」

 

 呻く彼女に、白刃の切っ先が付きつけられる。

 

「ひっ……!?」

「まだ、続けるか?」

 

 坂本は切っ先の向こうにある一夏の顔を覗いて、更に鋭いその眼光を真正面から浴びてしまう。それは彼女の戦意を完全にへし折ってしまうには十分すぎた。

 

「あ、あははは……ごめんなさい。無理です。ギブアップ」

 

 その宣言を待っていたかのように、試合終了のブザーが鳴り響く。

 

『坂本 亮子、ギブアップ!勝者、織斑・篠ノ之ペア!!』

 

 勝者への歓声が響き渡る中、ISを解除した福江と坂本は同じく解除した一夏たちの手を借りながら立ち上がる。

 二人とも、悔しげに意気消沈していた。

 

「あぅ、いいとこなかったよ……」

「あたしなんて降参させられちゃったし……」

 

 と、そこへ天の声が。

 

『いやー、あっという間の初戦でしたねー』

「「ぐう」」

 

 追い打ちをかけられ、ぐうの音を出す程度の余裕しかない二人。そこへ更に天の声が続く。

 

『今の試合、どうでしたか解説の楯無さん』

『そうねえ。一言で言うと『作戦が悪かった』……これに尽きるわね。織斑・篠ノ之ペアが近接特化と読んで間合いを空けるまではまだともかく、二人同時に全く同じ速度で後退しちゃったのはダメダメね。

 せめてどっちかが足止め役を引き受けるべきだったわ。接近戦に強いってことは、間合いを詰める能力も相応に有るとみるのは戦力分析の最低ラインよん』

「な、なるほど」

「言われてみればそうだよね……」

 

 思っていた以上に的確な解説に、いつしか敗者二人が感心したように聞き入っている。その様を見て、解説を聞いていた一夏はなるほど、と納得する。

 

「単なる目立ちたがりってワケじゃなかったか」

 

 無論それもあろうが、本命の狙いとしてはコレだろうと一夏は推測して、苦い顔を浮かべる。

 

 楯無の解説は敗者へのアドバイスである以上に勝者への対抗策の一助だ。そしてそれは次の対戦相手への直接的な助言となる。

 つまり勝ち進めば勝ち進むほど、自分たちへの対策を練られやすいということになる。楯無がやっていることはこのトーナメントのハードルを引き上げることに他ならない。まったく、優秀であるくせに妙に性格の悪い真似だと溜息を禁じ得ない。

 

(もっとも、目端が利く奴はこれが無くとも自分で分析するだろうからそこまででもないだろうがな)

「一夏?」

「いや、なんでも。……箒、こっから先はどんどんきつくなっていく。覚悟しておけ」

「あ、ああ。―――言われるまでもない」

 

 急に声を掛けられて戸惑ったようだが、すぐに決意の籠もった眼差しで頷く。そんな相棒に、一夏も思わず不敵な笑みを浮かべる。

 と、こちらを見ている福江と坂本に気付いた一夏は、一つだけこう言い残した。

 

「とりあえず、俺からも一つだけ。―――次やるときは、胸を借りるんじゃなくて首を獲るつもりで来い」

 

 

 

***

 

 

 

「っ、このぉっ!!」

「くぅっ!? 効っくぅう!!」

 

 簪が歯噛みし、呻きながら薙刀を振るう。対する亜依は呻きながら盾と片手剣でどうにかそれを凌いでいく。

 と、亜依の肩から太い筒のようなものが伸びる。ショットガンの銃口だ。

 

「ちぃっ」

 

 舌打ち一つ、それだけ残して簪は一気に横へと身を大きくずらす。その直後に、彼女のいた空間を無数の小さな鉛玉が蹂躙していく。

 

「外した!」

「いやもうちょっと! このままいくよ!」

 

 亜依の後ろから弥子が叫び、大して亜依は激励交じりの作戦継続を促す。

 見えない風船を押し付けられたような衝撃波の圧が通り過ぎた後、簪は横合いからの薙ぎ払いを相手へとお見舞いする。それに対し、亜依がこちらから叩きつけるようにそれを盾で受け止める。

 

「やらせないよ!!」

「この……っ」

 

 ともすればはじき返されそうな衝撃に、簪は仕切り直すように距離を取る。眼鏡越しに相手を見据えながら、状況分析を開始する。

 

 まず前提として、彼女たちそれぞれの実力は簪には及ばない。専用機を持ってはいないとはいえ、簪も代表候補生である。その実力は頭一つどころじゃなく抜きんでている。

 にもかかわらず攻め切ることができないのは、二人の作戦が完璧に嵌まっているからだ。

 

『それにしても、唯原選手たちが優勢ですね。やはり二対一という状況は大きいんでしょうか』

『それもあるけど、二人の場合は攻守の役割を完全に分担しているわ。シンプルだけど、嵌まれば強い作戦ね』

 

 こちらの思案をなぞるように実況と解説の声が響く。そのうちの片方に一瞬心がざわつくが、無理矢理無視する。

 

 まず配置としては剣闘士のような装備の亜依が前衛、後衛に弥子というものだ。

 亜依は剣こそ持っているものの攻撃は完全に捨て、何処までも防御に専念している。剣も薙刀を受け止めるか、せいぜいが牽制程度のものだ。そしてその後ろから弥子が銃器で攻撃を仕掛けるという形で完全に固定されていた。

 これの厄介なところは二人をどうやっても引き離すことができないというところだった。恐らくは、フォーメーションの維持に特に力を入れて訓練したのだろう。回りこもうが誘い込もうがうまくいかない。

 なによりこの作戦の上手いところは、それぞれが自身の役割だけに専念できるというところだった。各個撃破しようにも、後衛の弥子には攻撃は届かないし、前衛の亜依を潰そうと責め立てれば、隙をつくように弥子の攻撃が入る。どちらを狙おうとも亜依は防御を、弥子は攻撃だけを考えていればよいので、そこに余計な選択肢が入らないだけ迷いがないのだ。

 その厄介さを、簪は現在進行形で感じていた。

 

 翻って、こちらの状況はどうかというと限りなく最悪に近い状態だった。なぜなら、こちらはすでに片翼をもぎ取られているからだ。

 

(本音……)

 

 ハイパーセンサーが、アリーナにへたり込んで動けなくなっているパートナーの姿を捉える。その顔には彼女には似つかわしくない涙を浮かべた悲痛なものになっている。

 彼女が動けないのは決して相手に臆したわけではない。単純にすでに墜とされているから動くことができないのだ。

 

 それは試合開始直後のこと。

 相手側のチームがまず行ったのはあるものを投じることだった。一拍の間を置いて弾けたそれは、強い光で以ってこちらのセンサーをほんの一瞬だけ麻痺させた。そう、閃光手榴弾だ。

 その時、簪はとっさに全速で後退した。重ねて言うが、専用機を持たないとはいえ代表候補生だ。視界が潰されても……いや、だからこそどんな行動に移るべきかの判断は迅速であった。

 だが、さすがに本音はそれに追従できなかった。白く焼き付いたようなハイパーセンサーが常の視界を取り戻す頃には、本音はすでに二人掛かりで襲われているところだった。慌てて救援に入ったが、結局守り通すことはできずにこの有様だ。

 そこから先は孤軍奮闘。相手の戦闘スタイルは見事に嵌まっており、彼我の実力差で何とか持ちこたえているという状況だ。

 

 互いが使っているのは同スペックの量産機。故にこの戦況を変えるにはどちらかに決定的な何かが必要だ。

 ミスか、好手か、或いは秘策か。

 

 と、本音に気を取られたその一瞬の隙を弥子は目ざとく捉えていた。亜依の両肩に腕を置く形で二丁ハンドガンを構え、連射を始める。

 

「くっ!」

 

 慌てて後退し、距離を大きく開ける。これに対し、亜依も弥子も見送るのみだ。

 

『どうしたことか!? 唯原・吾郷ペア、離れる更識選手をあっさりと見送ってしまう!!』

『あのフォーメーションの弱点ね。受け手として強い分、相手方がああして急に間合いの外に出ようとすると、対応しきれないのよ。二人一緒が前提だから、無理して追おうとしたらそれこそ各個撃破の良い的になってしまうしね』

 

 間合いを広く取ることに成功した簪は薙刀を量子化して収納、同時に両腕の装甲をマニピュレーターごとパージして代わりに情報入力用の仮想パネルを展開する。

 さらに拡張領域から四つの箱状のものを現出させる。マルチトレースミサイル……本体一基から八発の子弾を斉射する誘導ミサイルランチャーだ。

 

「行って!!」

 

 言うなり、四基の親機を一斉に飛ばしていく。それらはそれぞれが異なる軌道で亜依と弥子に向かい、ある程度の間合いの所で口を開けるように展開、中の子弾をばら撒いていく。しかも、それだけでは終わらない。

 

「システム起動、全弾同期開始……!!」

 

 仮想パネルに置かれた簪の細い指が残像を残すかのような速さで目まぐるしく動く。同時に、ミサイルの動きに変化が現れる。

 前述したとおり、子弾は誘導弾……つまりロックオンした対象へ向かっていくものだ。しかし今放たれたミサイルは亜依たちに向かうでもなく二人の周囲を立体的に旋回しているばかりだ。それはまるで、回遊する魚群を彷彿とさせる光景だ。

 

『おぉーっと、どうしたことか!? 更識選手の放ったミサイルが唯原・吾郷チームの周囲を旋回しているぅっ!?』

『どうやら、誘導プログラムをいじってるみたいね。もしかしてその場で全弾操作しているのかしら?』

 

 その通りだった。簪がいま走らせているプログラムは、己の専用機の主力に使うシステムの雛型だ。まだ未完成のため、一発一発を個別に操作するには至らないが、それでも相手方の逃げ道を塞いで取り囲むことには成功した。

 簪はさらにプログラムを修正、亜依と弥子を取り囲んだミサイルたちの矛先を一斉に二人へと向ける。

 

「やばっ!?」

 

 亜依が呟いたその時には、すでに多数の弾頭は二人へと殺到していくところだった。揃って慌てて降下してやり過ごそうとするが、ミサイルの大群は獲物を見失うことなく追っていく。

 二人が着地した次の瞬間には、集団で餌を啄む肉食魚の如くミサイルが飛び込んでは炸裂していった。

 連続して響く爆音は、爆撃のそれと変わらない。瞬く間に、アリーナの表面を黒煙が覆い隠していく。

 

『―――唯原機、シールドエネルギー残量ゼロ!!』

 

 と、そこで相手方の片方が墜ちたことが告げられた。その戦果に簪がまずは一機と気合を入れなおした、次の瞬間だった。

 

「………うぁああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

「なっ!?」

 

 こちらに向かって真っすぐに、弥子が迫ってきていた。その機体の損傷は想像よりもはるかに少なく、無傷に近い。これは簪には大きな誤算で、あれだけの爆撃ならばもう少し痛痒を与えられそうなものだったからだ。

 だが、現実はこうだった。弥子の手には銃器ではなく巨大なハンマー……それも加速器のついたブーステッド・ウォーハンマーが握られていた。

 弥子はまず、下からの上昇の勢いのまま振り上げの一撃を見舞う。簪は辛うじてこれを回避するが、次の一撃は避けられなかった。

 

「だぁらっしゃああああああああッッ!!!」

 

 加速器を点火しての振り下ろし。その痛烈な一撃を、腕部装甲を外してしまった簪は防御もままならずにまともに喰らってしまった。

 

「きゃあああああああああっ!?」

 

 叩き落され、大地に激突する。直後、ブザーが鳴り響いた。

 

『更識機、シールドエネルギー残量ゼロ!! ―――勝者、唯原・吾郷ペア!!』

「あ……」

 

 大地を背に、簪は軽く呻いた。墜ちた時の衝撃か、眼鏡が外れて転がっている。

 周囲からは驚愕を含んだ歓声がスコールのように降り注ぎはじめた。代表候補生相手に一般生徒の一年生が土を付けたのだから、大番狂わせといっても過言ではないだろう。

 だが、簪本人はそんな耳をつんざくような音の怒涛などないかのように呆っとした表情を浮かべている。その顔が、のろのろと横に倒れる。

 

「ああ、そうか」

 

 その視線の先は、小さなクレーターのように抉れていて、そこからにゅうっと腕が伸びている。おそらくは亜依のものだろうそれは、誇らしげに親指が立てられていた。

 それで簪は察した。己が放ったミサイルの全てを、彼女が覆いかぶさることで受け止め切ったのだと。

 そんな彼女へ弥子が駆け寄ってその手を掴んで引き上げる。そしてそのまま満面の笑みでタッチを交わした。

 

『見事勝利をもぎ取った唯原・吾郷ペア!! あの絶体絶命な状況でパートナーを守った判断と行動、そして一瞬のスキを見逃さなかった決断力。開幕直後の奇襲といい、見事な作戦と連携でした! これはまさに、チームワークの勝利といってよいでしょう!!』

 

 薫子の賞賛が歓声を裂いて響いたが、楯無の声は聞こえない。

 声を聴いてもつらかったろうが、実際になにも言われなかったらそれはそれで心が軋んでいる事実に、簪は自身の身勝手さに嫌気がさす。

 身勝手さだけではない、弱さにも、至らなさにも、あらゆる全てに悔しさと悲しさが募る。と、簪の顔に影が差す。

 

「本音……」

「ごめんね」

 

 見れば、ISを解除した本音がこちらを見下ろしていた。その瞳からは、涙がとめどなく溢れている。

 

「ごめんね……かんちゃん、役立たずでごめん、ごめんね……」

 

 謝りながらしゃくりあげ、泣き続ける幼馴染に簪は僅かに目を細める。簪に、彼女への恨みなどない。

 

「いいよ、本音」

 

 静かに返して、ゆっくりと自身の目元に手を置いた。

 

「本音は悪くないから」

 

 ただ己が弱くて、至らなかっただけなのだ。

 ただ、己が結果を残せなかっただけなのだ。

 それらの言葉は、辛うじて口に出さなかった。

 それでも、たった一つの渇望が口からあふれ出てしまった。

 

「―――強く、なりたいなぁ」

 

 目元を覆う掌が熱い。

 あとはただ、叫びだしそうになる口を奥歯を噛んで必死に閉じるばかりだった。

 

 

 

***

 

 

 

「………ごめんね、薫子ちゃん」

 

 アリーナの放送席で、楯無が背もたれに盛大に体を預ける形で天井を仰ぎ、目元を右手の甲で覆っていた。奇しくも、それはどこか簪と似通っている。

 珍しくぼやく友人に、薫子は気にした風もなく小さく笑う。

 

「いいわよ、気にしなさんな。それに、向き合えないまま鞭打つマネするとか、外道ってレベルじゃないし」

「……不甲斐ないお姉ちゃんね、私」

 

 愚痴る楯無に、薫子は小さく笑ってみせる。

 

「なら、いつかは立派なお姉ちゃんになりましょう? とりま、今は立派な解説をやってもらいましょうか。……さ、もう少ししたら次の試合だから、切り替えないとね」

「―――うん」

 

 返事をして、のろのろと身を起こす。その目元に、うっすらと光るものが残滓として残っていたのを、薫子は敢えて見ないふりをした。

 この学園最強の才女である友人が、こんな風に自分に弱いところを見せてくれるその事実を密かに誇りに思いながら。

 

 

 

***

 

 

 

「負けちった」

 

 グスン、とまだ少し鼻を啜りながら本音は一夏と合流した。この後は試合はないためか、すでに制服に着替えている。簪の姿は見えなかった。

 

「あの子は?」

「やることがあるからって、別のところ行ったよ。どこに行ったかは知ってるから大丈夫」

「ついててやってなくて大丈夫か?」

「………今は一人にしてほしいって」

「そっか」

 

 いつもの天真爛漫な様子とは打って変わって顔を俯かせている本音。どうやら先の試合のことを盛大に引きずっているらしい。

 一夏はそんな彼女の肩をポンポンと叩く。

 

「おりむー?」

「余り気落ちするな、本音。慰めにもならないだろうが、お前が戦った二人は連携も作戦も見事に嵌まっていたからな。正直、思っていたよりもずっと高いレベルで仕上がってた」

「うん……」

 

 答えるが、しかし消沈したままだ。まあ、自分一人だけならばともかく、大切な友人の足を引っ張ってしまったのだ。今はなにを言ってもしょうがないのかもしれない。

 

(しかし、短期間であそこまで仕込むとは……本人たちの資質もあるんだろうが、ラウラは案外教師に向いてるのかもしれないな)

 

 或いは、再会するまでの間に研鑽を続けていた部隊指揮と運用の賜物か。そう考えると、あらゆる意味で成長していたのだと今更ながらに思い知らされる。同時に、そんな相手と戦えるかもしれないという未来に、不安をはるかに超える期待が胸に宿る。

 と、ブザーが鳴り響いた。次の試合が始まるのだ。一夏たちは揃って中央へと視線を向ける。

 

「次はセシリアと鈴か。二人はどのくらい仕上がってるのか、楽しみだな」

 

 こちらに対しても興味は尽きない。あの模擬戦の屈辱から、どれだけ這い上がれたのか不謹慎ながらも楽しみだった。

 

 

 

***

 

 

 

「はぁあああっ!!」

「でぇやああっ!!」

 

 セシリアと鈴音の対戦相手が選んだのは二人同時による速攻だった。

 セシリアが完全な遠距離戦仕様であることはすでに周知であり、鈴音の機体が格闘戦を得手としているのもよく解かっていた。故に二人はまず二人掛かりで鈴音を潰すという選択肢を取った。

 これは密着さえしていれば、鈴音を慮ってセシリアの射撃が鈍るだろうという考えもあってのことだ。その考えの根底には先の真耶と行った模擬戦の有様があった。

 

(流石にあれからそのままってわけじゃないだろうけど!)

(それでも付け焼刃なら付け入る隙くらいいくらでも!!)

 

 二人はそう考えながら手にしたブレードを振りかざす。

 対する鈴音は、セシリアを置き去りにして大仰な二振りの大刀を手に猛烈な速度で進撃する。そんな突出する鈴音の姿に、対戦相手の二人が狙い通りだと密かにほくそ笑んだ。

 

「せいっ!」

 

 迎え撃つ鈴音が二刀を同時に振り下ろす。その文字通りの大振りを余裕で躱しながら二人は武器を構えて、

 

「「え?」」

 

 密着してしまいそうな至近距離に迫る、青い浮遊砲台の存在を目の当たりにした。直後、一人につき二門ずつ突きつけられた砲口が一斉に火を吹いた。

 

「きゃあっ!?」

「がっ!」

 

 自分たちを何度も打ち据える光の雨に、思わず呻きながら身を竦ませる。

 

『オルコット選手、突出する凰選手の陰にビットを潜り込ませていたーッ!!』

『上手い手ね。二人を迎え撃つ凰ちゃんが敢えて大ぶりな攻撃で相手の回避を促し挙動を誘導、隠していたオルコットちゃんの牙でガブリ。単純だからこそ、ここまできれいに決めるには相応に息を合わせないと無理ね』

 

 楯無がセシリアと鈴音を姓の方で呼んでいるのは平等な立場であることの一応のアピールだろうか。

 事態を説明する実況と解説に構わず、ビットの攻撃に晒されている片方が歯を食いしばって無理矢理そこから脱出する。

 

「づぅ、はぁっ」

 

 幾つものレーザーを受けた体のあちこちが熱い痛みを訴えてきているが、彼女の戦意はまだ折れていなかった。後方でこちらを詰めたく見据えるセシリアを睨みつけ、斬りかからんと刃を振りかぶり、

 

「―――よそ見してて大丈夫?」

 

 そんな気遣うような声に、背筋を粟立たせた。

 息を飲み、声の方へ振り返ればそこには二刀を振り上げる鈴音の姿がある。

 

「ふっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 振り下ろされる二閃の一撃を受け止められたのは殆ど奇跡だった。ブレードを弾き飛ばされるのと引き換えに何とか凌ぎきり、だからこそ次の一撃に抗しようがなかった。

 鈴音の背後で歪な勾玉のような背面ユニットが展開する。真正面から見れば、まるでこちらを飲み込もうとする化け物の咢のようだった。少女がそう思った次の瞬間、膨大な運動エネルギーの塊が近距離で少女を飲み込んだ。

 

「あぁああああああああああああっ!!!」

 

 絶叫と共に、少女がアリーナに叩きつけられ、同時にクレーターが穿たれた。その中心で倒れ伏す彼女に、シールドエネルギーは残っていない。

 

「な、あ……!?」

 

 瞬く間に撃墜された相方にもう一人の少女が呆然と喘ぐ。その身を責め立てたビットは潮が引くように退がっており、代わりのように鈴音が今度はこちらの番だと言わんばかりに立ちはだかる。

 

「う、うぅ……」

 

 思わず怖気づくが、そんな彼女の前で鈴音はなぜか二刀を消した。そのまま空の両手を上げると掌をバッと広げる。まるで降参と言っているかのようだが、この状況は明らかに違う。ならば挑発かと、少女が挫けかけた心に怒りを燃やしだす。そんな彼女に対し、鈴音は今度は首をコテンと横に傾ける。

 

「―――は?」

 

 直後、少女は額に強い衝撃を受け、思わず首を大きく仰け反らせた。

 

(いま、ひかりがまたたいて……?)

 

 衝撃のためか、定まらぬ思考のまま体が後ろに倒れていく。

 その身に力は入らない。それは衝撃のためだけでなく、彼女もまたシールドエネルギーが尽きたからだ。

 

「ナイスショット、セシリア」

 

 倒れ伏すまでを見届けて、鈴音は特の表情を変えることも後ろを振り返ることもしないままに、相方の労をねぎらう。それに対し、ライフルをゆっくりと降ろしたセシリアも当然といった表情で軽く息を吐く。

 

「この程度、ストレッチにもなりませんわ」

 

 ほんの少し首を傾けただけのスペースができた直後に、そこを通す形で相手の額を撃ち抜くという技量。だがそれは彼女にとっては児戯に等しかったようだ。

 そんな二人の振る舞いは余裕を通り越してもはや傲慢とさえ取れる在り様だ。だが、それが許されるほどの実力差が厳然としてそこにあった。

 ほんの少し息を合わせただけで、凡百を歯牙にもかけず圧倒する。これこそが十全に己を発揮できる専用機持ちの実力の一端であると、何よりも指一本触れさせなかったその事実が指し示していた。

 

 

 

***

 

 

 

「へぇ……」

 

 試合を見届けた一夏が感嘆しているかのような声を上げる。その口の端は笑みの形に持ち上がっていた。

 

「二人の連携、そんなにすごかったのか」

 

 そんな一夏の様子が気になったのか、箒がそう尋ねると彼は首を小さく横に振る。

 

「いいや、あれ自体はむしろ初歩の初歩だろう。……けど、あの我の強い二人があれを互いに当然のものとして振る舞っているのが興味深くてな」

 

 セシリアと鈴音、そのどちらとも交流を持ち、更には戦ったことのある一夏だからこそ二人の気性は肌身に染みて理解している。そも、代表候補生や専用機持ちというのは大なり小なり我が強く、だからこそ並み居るライバルを押しのけてその座に輝いているともいえる。そんな二人が、あそこまで平然と互いの我を認めて受け入れているという事実にこそ、一夏は静かに驚いていた。

 

「問題は、アレが自分を押し殺してのものなのか、相手を認めて受け入れたからのものなのか」

 

 前者ならば大したことはない。付け焼刃としても特に脆いもので、少し突けば容易くひび割れるだろう。

 だが、後者ならば? 二人の連携がさらに踏み込んだところまであるとすれば?

 

「―――ああ、楽しみだな」

 

 言葉少なく静かに呟くその裏で、一夏は静かに戦意を燃やし始めていた。

 

 

 

 一方で、試合に向けて控室にいっていたシャルロットとラウラもしっかりとその試合を見届けていた。

 ラウラは「うぅむ」と唸りつつ、眼帯に覆われていないほうの目を鋭く細める。

 

「やはり、あの二機の相性の良さは厄介だな」

「そうだね……参ったな、ほんのちょっと連携できるかどうかで一気に攻略の難易度が上がっちゃうよ」

 

 シャルロットも、眉根を寄せつつ困ったように首を傾げる。

 先の模擬戦で一夏が講釈した通り、ブルーティアーズと甲龍の相性は最高といって差し支えがない。だからこそ連携の隙を突くのが手っ取り早い攻略法だったのだが、試合を見る限りではその難易度はかなり上がっているだろう。

 また、この短い期間でもそれなりに交流はあった。そこで知った人となりから察するに、それだけで終わるとも考えにくかった。

 

 シャルロットは唸りつつ、その脳内でどのようにして彼女たちを攻略するか、自身とラウラの装備とを照らし合わせ、勝ちに至るための幾つものパターンを作り上げていく。それでも、不安は一向に拭えない。

 だが、だからと言って自信がないわけではない。その証拠が表情に現れていた。

 

「……セリフの割に、笑っているぞ」

「ラウラこそ。楽しみだって顔に書いてあるよ?」

 

 不敵な笑みを互いに見合わせ、シャルロットとラウラは闘志を漲らせる。一夏もそうだが、やはり彼女たちも己の実力を発揮するに値する相手がいることが殊更にうれしいようだ。―――或いは、それこそがISを纏う者として本当の意味での適正というべきかもしれない。

 これはどんなものでも同じであろうが。

 力を振るう者として、それを発揮するに値する対象がいるということは、研鑽を重ねてきた者からすればどんな報酬よりも垂涎の的であるのは想像に難くはない。

 だからこそ。

 

「ボクたちも、ちゃんと見せつけなきゃだね」

 

 今度は自分たちがそう思わせる番なのだと、シャルロットは力強く笑って言った。それに対し、ラウラはほんの少しだけ考えてからある提案をする。

 

「それについてなんだが、次は私に任せてもらってもいいだろうか?」

 

 

 

***

 

 

 

『さぁて、次で一回戦最後の試合! 注目はこれまた専用機持ちの国家代表候補生同士のタッグ、シャルロット・デュノア選手とラウラ・ボーデヴィッヒ選手のチームだ!!』

『しかもこちらは同じクラスでルームメイト同士。連携を深めやすい状況ね』

 

 紹介と共に姿を現した二人は、それぞれ橙と黒の装甲を纏っている。シャルロットは観客席に軽く手を振りながら、ラウラは泰然とアリーナ中央へ進んでいく。

 

『対するはこちらも同クラス同室のチーム、3組の東海林 皐月選手とミランダ・コートランド選手のお二人!』

『こちらは部活も一緒で、薙刀部期待の新星とのことよ』

 

 シャルロットたちの対面の入場口からは浅く日焼けした三つ編みの少女と金髪を折りたたむようにバレッタで後ろに纏めた少女がやってくる。楯無の言葉を示すかのように、二人とも肩に担ぐようにIS用の長大な薙刀を手にしていた。

 双方が対峙し、ピリピリと空気に緊張が走り始める。ラウラは身をピリピリと刺すような雰囲気に、思わず「ほう」と感嘆の声を上げる。

 

「見事な戦意だ。察するにISではともかく、場数そのものはこなしているというところか」

「まあね、こう見えても中学じゃ全国大会でそれなりだったんだから」

 

 軽く笑って答える東海林の姿に、気負いは感じられない。ミランダもそれは同じだ。

 軽口もそこそこに、双方が身構える。否、正確には少し違う。

 

「……どういうつもり?」

「見ての通りだ」

 

 俄かに鋭くなった東海林とミランダの視線は、返事をしたラウラに向いていない。その隣、手をだらりと下げたまま自然体で佇んでいるシャルロットへと向いている。

 二人分の怒気を孕んだ視線を受けている彼女の顔には、困ったような苦笑が浮かんでいる。

 

「あはは。ゴメンね、二人とも。ラウラたってのお願いでね」

「簡単な話だ。この試合、私だけでお前たちを倒す」

 

 あまりにも不遜に過ぎるその宣言。それを受けて、対する二人の薙刀使いは同時に口の端を持ちあげる。

 

「―――ハ、どうするミランダ?」

「決まってるわ。……ぶちのめす!」

 

 先ほどよりもさらに戦意を漲らせ、それはもはや殺意と呼んでも差し支えない。ビリビリとしたそれを間近で受け、シャルロットが僅かに頬を引きつらせる。

 

「うわぁ……完全に怒らせちゃったよ、ラウラ」

「構わん。むしろそれでこそだ」

 

 半ば呆れたような表情のシャルロットに対し、ラウラは如何にも自信満々といった様子だ。そしてそのどちらにも、それこそシャルロットの方にも怯えや不安は欠片も見えない。それこそが、対する二人をなお滾らせる呼び水だった。

 

「悪役みたいなセリフで嫌になるけど、敢えて言うわ。―――無様に這いつくばらせてやる!」

「フ、ならば教えてやろう。……それはやられ役のセリフだ!!」

 

 最後にそう言いあった直後、

 

『―――それでは、試合開始!!』

 

 火蓋が切って落とされ、東海林とミランダが同時にラウラへ薙刀を振るう。

 シャルロットは開始と同時に後方へ下がっている。それが戦略的でなものではないのは、何の武装も顕現させていないことからも明らかだ。ならばラウラはというと、こちらも前に出つつも自然体のままだ。軽く笑みさえ浮かべたその表情は、愛らしくも余裕綽々といった様子で憎らしい。

 加速した知覚の中でそれらを確認して、薙刀を持つ二人の手が怒りに力を増していく。

 

「「でぇえええええやぁああああああっ!!」」

 

 気合も威勢も十分ならば、乗せられた力もそれを使いこなす技量も万全だった。恐らくは二人して相当に練り上げてきたのだろうその機動は、これまでの同機体を使った者たちの中でも間違いなく五指に入る腕前だ。

 コンクリートの塊すら豆腐のように切り裂くだろう二つの一閃。噛み合う顎のようにラウラへ同時に襲い掛かるそれらは―――

 

「………な、あ?」

「………え?」

 

 ―――彼女に触れる直前で、完全に静止させられていた。

 

『おォーーっとぉっ! どぉしたことだぁーっ!? ボーデヴィッヒさんに同時に躍りかかった二人がこれまた同時にピタリと止まったぁっ!!』

 

 薫子の言うとおり、東海林とミランダは完全にその動きを止めていた。それはスラスターによる加速だけでなく、四肢の動きすらもだ。

 傍から見れば、動画を停止しているかのような錯覚さえ覚える光景に、ラウラが笑みをわずかに深くする。

 

「「っ!?」」

 

 ゾクリ、と背筋を粟立たせた次の瞬間、ラウラの背面ユニットと腰部スカートからワイヤーブレードが計六基射出された。左右それぞれが三つずつ東海林とミランダを一瞬にして縛り上げる。

 

「悪いが、手早く終わらさせてもらう」

 

 言うが早いか、振り上げられたワイヤーの動きに合わせ、二人が持ち上げられてラウラの頭上で衝突させられる。

 

「うぐっ!?」

「あっぐぅ!!」

 

 呻く二人だが、そこから更に前方へとまとめて振り下ろされる。ワイヤーを引き延ばしながらのそれは、まさしく釣りのキャスティングだ。

 そのまま中空でワイヤーから解放された二人は、ほぼ一塊の状態で地面に叩きつけられる。

 

「ぐっく………この!!」

「うぅ………まだ……!」

 

 全身の痛みに呻きながらも、二人は未だに戦意衰えぬ眼光と共に顔を上げる。その負けん気たるや、見事というほかないだろう。

 しかし、その健闘を撃ち砕く絶対的な力が自分たちへと向けられているのを、二人は同時に目の当たりにした。

 

 それはラウラの右肩に備え付けられたもので、機体から見ればアンバランスなほど巨大な金属の塊だ。

 実戦的なビーム兵器すら採用された昨今の中で、古式ゆかしくも火薬と実体弾を用いた上で最新鋭の電磁誘導技術を取り入れたある種の鬼子。

 シュヴァルツェア・レーゲンが現状有する最大の暴力―――大口径レールカノンがその牙を剥く。

 

 ラウラは呆然としている二人へと右手をかざすと、鋭い眼差しそのままの声音で切り裂くように宣言する。

 

「―――Feuer!!」

 

 直後、赦しを得た軍用犬の如く、長大な砲が文字通りに火を吹いた。その着弾と同時に咲いた巨大な紅蓮の花は、その中心にいる二人の絶叫すらも完全に呑み込んで漏らさなかった。

 

『東海林機、コートランド機、双方シールドエネルギーゼロ!! ―――勝者、デュノア・ボーデヴィッヒペア!!』

 

 宣言と同時、歓声が二人を包んだ。呆気なくも見事な圧勝で勝負を決めた二人……否、ラウラに観客の興奮も留まることを知らない。

 一方のシャルロットは、結局本当になにもしなかったからかどこか肩身が狭そうに苦く笑っている。

 

『しかし、東海林選手とコートランド選手がボーデヴィッヒ選手に攻撃した瞬間、動きを止めたのは一体何だったのでしょうか?』

『……アレはおそらく、噂に聞くAICってやつでしょうね』

『AICとは?』

『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。要するに、ISのPICをそのまま武装に転用した技術ね。PICが自分に作用する慣性制御なら、AICは他者に働きかける慣性制御よ。

 ボーデヴィッヒちゃんの場合は、相手の推進力を強制的にゼロにしてその動きを完全に止めることができるってところかしら?』

 

 成程、と頷く薫子だったが、そこであることに首を傾げる。

 

『しかし、それはもしかしてボーデヴィッヒ選手の切り札だったのではないでしょうか? パートナーを引っ込ませてでもそれをここで切るというのは、もしかして彼女の強い示威行動というところなんでしょうか?』

『それが全くないかどうかはわからないけど、そうじゃないなら戦略的にも十分意味のある行為よ。

 ―――切り札の使い方っていうのは大きく二種類あるわ。

 ギリギリまで存在を隠しておいて、いざというときに使う場合。

 そして敢えてひけらかせて置くことで、相手の意識を誘導する場合。

 ボーデヴィッヒちゃんの場合は後者ね。この場合、これから彼女たちと戦う相手はAICの存在を強く警戒せざるを得ないわ。強制的に停止させられるなら、的になるしかないということだもの』

 

 そう、それほどまでに鮮烈な印象がこの戦いでもたらされた。

 次の試合でラウラたちと戦う相手は、このAICをどうするかを第一に考えさせられることは明らかだ。それは同時に、戦術の幅を強制的に狭めさせられていることに他ならない。

 そしてそれだけではない。この戦いのもう一つのキモは、シャルロットという存在を温存したことだ。ラウラの戦いが輝けば輝くほど、シャルロットの存在がその陰に隠れる。つまり彼女の存在が警戒から外れるのだ。

 目ざとい者ならその可能性に気付くだろうが、それはそれで情報の乏しい相手としてその精神を圧迫させられるだろう。どちらにせよ、この埋伏の毒は次以降の試合で存分に発揮される。

 

『目先の戦いだけでも、ゴールだけでもない。このトーナメントにおける自分の戦い全体を見据えた作戦を立てている……間違いなく今日の最有力優勝候補でしょうね、彼女たちは』

 

 そんな称賛をよそに、ラウラは自身が砲撃した二人へとその歩を進めていく。

 

「うぅ、ん……」

「イタタタ……ん?」

 

 近づいてきた勝者に気付いたのか、呻いていた二人が同時に顔を上げる。対するラウラは、勝ったにもかかわらず苦い顔だ。

 互いが互いをただ黙って見据えること暫く、ラウラが重い口を開こうとする。

 

「す―――」

「「謝ったらブン殴るわ」」

 

 しかし、それを遮って東海林とミランダがきっぱりと言い切る。先手で気勢を殺がれ、面を喰らったラウラに二人はしてやったりといった風にニヤリと笑う。

 

「図星か」

「あなた、結構わかりやすいわね」

「大方、試合前のあのやり取りはこっちを怒らせて突っ込ませるための策だったってところね」

「それであっさり乗せられて思惑通りにやられたんだから世話ないわ」

 

 ボロボロの風体で身を起こした二人は、あえて軽い調子で肩を竦めて見せる。それに対しラウラは苦い顔を浮かべるばかりだ。

 

「だが、お前たちは思っていた以上の手練れだったよ。少しでもこちらが遅れるかそちらが速かったら、私はただ無様に地面に転がっていただろうな」

「ええ。でも現実は私たちの負けよ」

 

 そう、ラウラの言う通り東海林とミランダの斬撃は速さと鋭さは予想を超えており、ラウラは内心で冷や汗をかいていた。しかし結局それはラウラの想定までも超えることは出来なかった。負けた二人にとっては、ただそれだけである。

 だが、ラウラにとしては相手が思っていた以上の腕前だったからこそ、こんな風に踏み台のようにしてしまったことが心に棘となって突き刺さっていた。

 策を弄したことに後悔はないが、出来れば真正面から堂々と戦いたかったという想いがあるのも事実だ。この辺りの真面目さは、お国柄か本人の気質か、はたまた恩師の影響か。

 

「……それでも気になるっていうなら、二つ約束なさい」

「約束?」

 

 勝者のくせに辛気臭い表情のラウラに、東海林は苦笑を浮かべるとまず指を一本たてる。

 

「まず一つ目。このトーナメントの後でいいから、改めてアタシと戦いなさい。……ちなみに、AIC無しとかっていうハンデ付けたりしたら今度こそ本当に殴るからね」

「……わかった。改めて全力で真正面からお相手しよう」

「よろしい。それと二つ目」

 

 言って、二つ目の指を立てると、握りこんで拳の形にして突き出す。

 

「―――あたしたちを踏み台にしたんだから、ちゃんと勝ち残りなさいよ。変なところで負けるだなんて、絶対に許さないから」

 

 そう笑顔で言い放った東海林に倣い、ミランダも拳を突き出して東海林のそれの隣に並べる。ラウラは小さくうなずいて、自身の右拳をその二つにゴツンと正面からぶつけた。

 

「約束する。必ず勝ち残り、優勝してみせよう」

 

 宣誓して、それを受け取って、三人はようやく互いに笑いあった。

 それを離れて眺めていたシャルロットがぽつりと呟く。

 

「……しょうがないとはいえ、ボクだけ仲間外れみたいでちょっと寂しい」

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナから控室へと戻ったシャルロットとラウラを出迎えたのは一夏と箒だった。

 

「お疲れさま。……あれが、シュヴァルツ・ヴァルトの系譜か」

 

 それはかつてラウラが搭乗していた試作機の名であり、AICのテストヘッドだったものだ。

 VTシステムの暴走により機体その物は消失してしまったが、培った運用データはこうして結実したらしい。それも、より精錬されたものとしてだ。

 

「俺が知ってるAICはあくまでも自機の攻防補助のためのものだったが……今はその更に数歩先を行っているみたいだな」

「ああ。―――黒い森は雨と枝に分かれ、森を行く旅人は差し込む雨によって足を止める」

「そして立ち止まった旅人を黒い木々の枝が貫くってところか」

「さて、な」

 

 不敵に笑うラウラに、一夏も同じ種類の笑みで返す。そうして一夏たちが進み、ラウラたちの隣を通り過ぎるその間際、

 

「お前たちとセシリアたち、どちらとしか戦えないのが残念だよ」

「フン。そう言って足元をすくわれるなよ? 亜依たちはお前が思っている以上に手強く仕上がったぞ」

 

 言外に、互いの健闘を祈りあった。

 その隣で、箒とシャルロットが二人へ半眼を向けながら異口同音に言う。

 

「「………完全に置いてけぼりで二人の世界に入られても困るんだけど」」

「「あ、すまん」」

 

 内容が内容だけに、乙女としての嫉妬心を煽られるようなものではなかったことだけが救いか。

 それはさておき、一夏は改めて観衆と相手チームの待つアリーナへと闘志を向ける。

 

「―――本当に、楽しみになってきたな」

 

 今日だけで三度は重ねたその言葉に、燃え盛るような戦意と期待を込めて一夏は箒と共に次なる戦いへと足を踏み出していった。

 

 

 

 




 大型アプデ後の艦これ、PCでは動かないのでスマホオンリーです。めんどい。

 さて、更新が遅れまくって申し訳ありません。
 知っている方もいるでしょうが、Fate×シンフォギアのクロスオーバーに手を出してしまったため、こちらの執筆が遅れてしまい案した。
 いえ、毎日書いてはいたんですが、なんかこう向こうの反響が思っていた以上だったのもあったので、そちらに力が入ってしまいました。
 ……でもなんかキャラとか文の書き方ぶれてる気がする(汗
 というか、気付いたら連載一周年も過ぎてましたよ。
 とくに記念作品とか作れなくてすいません。

 それはさておき、今回の内容について。
 とりあえず一回戦はあんまり長くならないのでいっぺんにやってしまいました。
 ちなみに楯無さんの解説役は前々から決めていた展開なのですが、気を抜くと書く側が存在忘れそうです(笑

 一夏&箒は一番最初なのもあったのでなおさらにあっさりですね。
 相手が相手なので完全にごり押しで圧勝という感じになりました。……これだけ見れば悪役に見えるな、一夏。

 簪&のほほんさんとラウラマブダチーズ代表二名の戦いはマブダチーズに軍配を上げさせてもらいました。
 これについては異論の多い方もいらっしゃるでしょうが、弁明させていただくと本来なら簪の実力は亜依と弥子を歯牙にかけないくらいはあります。今回負けてしまったのは亜依たちの作戦が嵌まりまくったのと簪に精神的余裕がなかったことなどがあります。まともにかち合ったら負けないんですが、格上相手にいろいろ策を考えてぶつかるのは常識なので仕方ないですね。

 セシリア&鈴は下手したら一夏よりも圧倒的な試合内容でした。
 ここら辺は割と意識しました。なめられているのを一瞬で認識変えさせるくらいに圧倒させる感じで。

 最後に、シャルとラウラ。
 試合内容や解説なんかは予定していた通りなんですが、対戦相手にやけに個性が付いてしまったような。別に再登場予定もないのに(爆

 ちなみに一夏が最後に言っていたシュヴァルツ・ヴァルトは当然ながら完全オリジナルです。
 イメージとしては第二世代量産機にAICの試作システムを搭載した謂わば2.5世代機。
 試作型AICの方は斥力を発生させて相手の攻撃を鈍らせ、こちらの攻撃を加速させるというのをイメージしてます。それを防御と攻撃にそれぞれ特化させて完成させたのがレーゲンとツヴァイクという感じです。
 ちなみに機体その物はVTシステムで完全消失していますが、データ自体はコアから取得できたという設定です。

 とりあえず、今回はこんな感じで。
 次回からは一気に飛んで準決勝。
 続きをのんびりお待ちいただければありがたいです。

 それでは、また次回に。

 ……なんか一夏のキャラが安定してない気がする……少なくとも初期コンセプトの『キョウスケテイストな一夏』からは外れているような……(滝汗



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