それぞれの決意と共に、組むべきパートナーを決めてから幾日か過ぎ。
ついに学年別タッグトーナメントの本番の日を迎えた。
三日間の日程で開催されるその初日が、一夏たち一年生のトーナメントだ。
「あー、見事に三チームともバラけたわねー」
呟く鈴音が見上げるのは会場であるアリーナ内に張り出されたトーナメント表だ。
描かれたヤマガタの末端にはそれぞれ参加者の名字が縦に二つ記されている。
そのトーナメント表は日本語で書かれているが、他に掲示されている場所によっては英語や中国語、ドイツ語など他の言語で併記されているものもある。
また携帯端末からでも確認することが可能で、そちらは各国の言語に対応していた。
その場には鈴音の他にパートナーであるセシリアに一夏や箒、シャルロットとラウラも居合わせていた。
全員、纏っているのは制服ではなくISスーツだ。
ノースリーブのウェットスーツのようなデザインを纏っている一夏は、顎を右手で撫でながら唸っている。
「俺と箒は第一試合で、それも逆シードか」
「ボクとラウラは逆端だね」
「で、その真ん中あたりがわたくしと鈴さんですのね」
「ふむ……全員が順当に勝ち進んでいくと仮定すれば、私たちと鈴たちで準決勝。
そしてそのうちのどちらかが一夏たちと優勝を争うということになるか」
「ま、最後まで勝ち進めばの話だがな」
一夏は呟きつつ、この組み合わせに思いを馳せる。
場合によっては早々にこの面々で潰しあう可能性も視野に入れていたが、かち合うのは大分先になりそうだ。
恐らくは、内容の濃い一戦よりも様々なパターンを観測することを選んだのかとあたりを付ける。
「お、セシリアと鈴の少し前に亜依と弥子がやるな。 相手は本音か」
友人たちの名前も探していたのだろう。
ラウラがそんな声をあげて、つられて見た箒がふと「ん?」と疑問の声を上げる。
「どうした?」
「いや、この本音と一緒に書かれている名は……」
「む……あ」
言われて探してみれば、思わず声が上がってしまう。
布仏の下に記されているのは見覚えのある二文字だ。
「『更識』?」
「え、ちょっと待って。 それって会長の名前だよね?」
思わず注目する一同の中で、一夏だけが苦々しく目を細める。
と、その時だ。
「あ、おりむー!」
噂をすれば影ということか、本音がパタパタと手を振りながら駆け寄ってきた。
その身が纏っているのはいつもの袖の余った制服ではなく、ぴっちりとしたISスーツだ。
そのため、走る動きに合わせて意外と攻撃力の高い膨らみが激しく上下している。
そのことに気付いた鈴音とラウラの目が据わりだし、一夏は自然な動きでそっと視線を逸らした。
「本音も、トーナメント表を見に来たのか?」
「うん! かんちゃんと一緒に!!」
「かんちゃん?」
尋ねて彼女の後ろを見てみれば、そこには髪をレイヤーヘアーのように整えた少女がいた。
その色素の薄さからか透き通た水色に見える髪の色も、眼鏡の奥の赤みがかった瞳の色も、どこか誰かを彷彿とさせる。
そして同時に、一夏はこちらに投げかける少女の視線に突き刺さるような鋭さを感じた。
「紹介するね。 かんちゃんこと更識 簪だよ」
「……本音、人前でかんちゃんはやめて」
簪と呼ばれた少女は、居心地悪そうに小さな声で本音に抗議する。
それは声を潜めているというより、普段からあまり大きな声で喋ることに慣れていないといった様子だ。
「更識というと……もしかして、楯無さんの妹か?」
箒が尋ねた途端、簪の表情が更に険しさを増し、体を強張らせる。
と、箒はその反応だけで自身がある種の地雷を踏んだことを自覚する。
「そうだけど……それがどうしたの?」
声音に確実に拒絶の色が混ざり始めたことに、箒だけでなくセシリアたち他の面々も思わずたじろぐ。
傍らの本音も、「あちゃー」と困ったように苦笑する。
と、そこへ一夏が真顔で口を開いた。
「いや。 楯無のことだから『謎の更識仮面』とかそんな感じで参戦してきたのかと、ちらっと頭をよぎって不安になってな」
「……それは流石にない、と思うが……実際にやってもおかしくない気がするのがどうも……」
「確かに、そうですわねぇ……」
「あ~、実際にはさすがにやらないだろうけど、やってもおかしくない感じはあるわよね」
「ねぇ、そんなのが生徒会長で大丈夫なの、学園」
「嫁も大変だな、そんな上司で」
あまりにも唐突な生徒会長への謂れのあるんだか無いんだよく解からない風評被害の嵐に、簪の頬が先ほどとは違った意味合いで引きつる。
どうやら姉に何らかの隔意を抱いてはいるようだが、だからと言ってこういう言われようは複雑なのだろう。
本音が「か、かいちょーでもさすがにそれはしないよー……たぶん」と一応の擁護をしてくれているが、するならするでできれば断言してほしかったところだった。
と、本音は気を取り直すように「ゴホン」と咳払いのような真似をする。
「実は! なにを隠そうかんちゃんは日本の代表候補生だったりするのだー」
「「「「「へぇー」」」」」
「本音、恥ずかしいからホントやめて」
豊かな胸を張って自慢げな彼女に、むしろ簪本人が恥ずかし気に止めに入る。
眼鏡の向こうの顔はすでに隠れ気味な耳まで赤い。
「それに、私はここにいるみんなみたいに有名じゃないし……専用機だって、ないし」
その言葉は段々と尻すぼみに小さくなり、消え入りそうな響きになっていた。
と、彼女は俯いてくるりと踵を返す。
その直前、ほんの一瞬だけ先ほどよりも更に鋭い視線を一夏に突き刺して。
「本音、トーナメント表はもう見たから、向こう行くね」
言うなり、簪は小走りでその場を後にする。
本音は一瞬、簪と一夏の双方に首を巡らせて迷うが、やがて一夏たちへぺこりと頭を下げた。
「ごめんねー。 またあとで」
そう言って、本音もまた簪を追う形でその場を後にする。
時折こけそうになっているところが危なっかしい。
その場に残された面々で、箒はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「すまん。 私のせいか」
姉に対する複雑な想い、というところで共感を抱いたのか、僅かに顔を俯かせ始める。
彼女の姉、篠ノ之 束はISの生みの親であり、現在は行方をくらませて国際的に手配されている人物だ。
そう書くと、まるで一級の危険人物のようであるが、その認識もあながち間違っていない。
危惧するだけの能力と精神構造を兼ね備えてしまっているのだ。
そんな姉に振り回され、保護プログラムの名目で家族が散り散りとなって幾度も転校を重ねる羽目になった箒としては、一言で言い表せない感情を抱いていた。
故にこそ、通じるものがあったかもしれない簪の地雷を踏んでしまったことを気に病んでいたが、そこへ一夏が一言告げる。
「いや。 どっちかていうと俺がメインだ」
腕を組んで深々と溜息をつくその姿に、他の少女たちの視線が集中する。
今の今まで消沈していた箒を筆頭に、全員が胡乱気な表情を浮かべる。
代表して、尋問の心得のあるラウラが一歩前へ出る。
「―――聞いてやろう。 なにをした?」
「なにも。 言っておくが彼女とは今が初対面だ。
……ただ、な」
そこで言葉を区切り、再び溜息をつく。
「少しばかり因縁ってやつがあるんだよ。
詳しくは言う気はないがな」
「むぅ」
はっきりと言われてしまったらラウラとしても唸るしかない。
そうして押し黙った面々をよそに、一夏は思案する。
(いずれはともかく、今は触れずにいたほうがいいか)
新たに背負い込むだろう苦労に溜息が三度漏れそうになるが、その直前に今度は逆側から声が入ってくる。
「ああ、隊長!! それに一夏君も!!」
聞き覚えのある声に、ラウラが真っ先に振り向く。
そこにいたのは、黒い軍服に眼帯姿の若い女性だ。
首からは許可証だろう紐を通した柔らかいネームプレートが提げられている。
「クラリッサ!! 来ていたのか!!」
「はい! ご無沙汰しております、隊長。
他にも何人か来ているので、あとで顔を見せてやってください」
思わず駆け寄り敬礼をするラウラに、クラリッサは満面の笑顔で敬礼を返す。
その手には、パンパンに膨らんだカバンが提げられていた。
「お久しぶりです、クラリッサさん。
こちらには、やはり大会の視察にですか?」
「久しぶりですね、一夏君。 正確に言うとシュルツ司令が視察に来ているので、私たちはその護衛ですね」
「義父さ……ンン! 司令がか?」
部下が相手だからか照れくさいからか慌てて言い直すが、それに対してクラリッサは笑みを深めてみせた。
「お話はすでに聞き及んでます。 ……おめでとうございます、隊長」
「う、うむ……ありがとう」
ラウラの顔を真っ赤にしての消え入りそうなお礼に、クラリッサの笑顔が輝く。
それはもういつ鼻から忠誠心が溢れてもおかしくないといった様子だ。
セシリアたちはラウラのその様子に微笑まし気な視線を送っているが、それが傍から見てあまりにも不審者に過ぎるクラリッサから視線を逸らすためであるか否かはわからない。
一方で、そんなクラリッサにはすでに慣れきている一夏にふとした疑問が浮かぶ。
「ところで、護衛とのことですがここにいて大丈夫なんですか?」
「そ、そうだ! お前のことだから任務を放棄しているわけではないと思うが?」
話をそらすためか、ラウラがそれに全力で乗っかる。
それもそれでクラリッサを悶えさせるものであるのだが、それはそれとして彼女も答える。
「ええ、護衛の方は現在部下が引きついています。
こちらには別命を帯びて来ました」
「別の命令?」
「ええ」
と、何故か自信ありげに不敵な笑みを浮かべるクラリッサ。
それに対しラウラは猛烈に嫌な予感を覚え、そんな彼女の前でクラリッサは抱えていたカバンの中身を取り出し、掲げる。
それは黒い外装に覆われ、本体部分は箱に円筒状の先端部が接続されたような形状をしている。
そこから更に各種様々なオプションらしきパーツが複雑に取り付けられ、その重厚さをひと際強く輝かせていた。
さらには円筒状の先端部には丸く大きなレンズが取り付けられ、余計な光が入らないためのものだろう花弁のようなカバーが上下左右に広がっている。
とどのつまり、プロ仕様としてみてもあまりにも本気すぎるビデオカメラだった。
女性の手には厳つすぎる黒い塊を、しかしクラリッサは一切のブレを感じさせない洗練された動きで構えて見せている。
「隊長の雄姿を永く鮮明に記録するため!! 私を含め訓練に訓練を重ねた精鋭による記録班が既に各所でスタンバイしています!!
もちろん、音声回収班も別にいますのでご安心ください!!」
言いつつ、クラリッサはビーム砲のような大型カメラのレンズにラウラを映しながら、憚ることなく豪語した。
或いは、一夏や千冬、エベルハルトたちよりもある意味で最も信を置いている副官の輝かんばかりの雄姿に、ラウラは思わずグラリと身を傾げさせていく。
しかし何とか足を踏みとどまらせると、手でクラリッサを制止しながら問いかける。
「ちょっと待てクラリッサ。 気持ちは嬉しい……うん、本当に嬉しいと思う。
だが、いくらなんでもそれはやりすぎだ。 というかその為の訓練とかどれだけ労力を割いている!?
その機材だってどう考えても安物ではない程度に収まるレベルではないよな!?
司令が知ったらどうするつもりだ!?」
「ご安心ください。 全て司令には許可を得ており、全面的な支援を受けております。
各種予算や手続きなども、軍の広報活動及びデータ収集の名目で司令がもぎ取ってくださいました!!」
「義父さん………」
どうやら最後の砦も陥落していたというか、最初から敵軍の旗を掲げていたらしい。
新しく娘という存在を得たためか、親バカスキルが最初からレベルMAXで実装されてしまったようだ。
今度こそ崩れ落ちて膝をつくラウラに、シャルロットが苦笑を浮かべつつ肩を叩く。
「あはは……ドンマイ、ラウラ」
と、そんなシャルロットの肩をツンツンと突く者が居た。
振り返ってみればそれは鈴音で、彼女は無表情でここから見下ろせる場所にある一角を指し示す。
「ねえ、他人事みたいに笑っているところ悪いけど、あそこのガチっぽい撮影班の腕章とかにあるマークってあれデュノア社の社章よね?」
どうやら公務に私事をこじつける権力持ちの親バカは一人ではないらしい。
鈴音の指摘に、今度はシャルロットがラウラと同じように崩れ落ちた。
並んで膝をつく仏独タッグチームの姿に、一夏たちは哀愁を感じつつ居た堪れない視線を送る。
と、一夏はふとあることに気付いておもむろに待機状態の白式から仮想ウィンドウを展開、さらにカメラ機能を立ち上げてなにがしかを映し出していく。
「……あ」
「ん? どうしたんだ?」
気づいた箒が尋ねると、一夏は振り向かないまま答える。
「いや、ちょうど目の前の延長線上にVIP用の展望席があるからな。
もしかしたらと思って拡大してみたんだが……シャル、ラウラ」
呼びかけると、二人は膝をついたまま動きを揃えて振り返る。
その眼にはうっすら涙が浮かんでおり、その様をなぜかクラリッサはすでに撮影し始めていた。
「お前らの親父さんが映ってるぞ」
そう言う一夏の手元のウィンドウの中では、二人の男性が隣り合って座りながら談笑している姿が映っていた。
***
「―――そうですか。 そちらの候補生が貴方の養子になられると」
「ええ。 といっても、歳の差を考えればむしろ孫といったほうが傍目には自然なのかもしれませんがね。
それに正式な手続きはもう少し先の話になりそうですが」
アルベールの言葉に、エベルハルトは照れくさく苦笑を浮かべる。
二人は娘たちがタッグを組んだこともあってか、あいさつを交わした後はこうして席を並べて言葉を交わしていた。
話題はもっぱら今日の主役である自分たちの娘に関してだ。
「前々から誘いはしていたのですが、先日ようやく頷いてもらえましてな。
どうやら、そのきっかけとなったのはそちらのご息女のようで。
世話になったこと、御礼申し上げます」
「いえ、そんな……アレが自身で動いたこと。 私は何もしておりませんよ」
アルベールの言葉は謙遜というよりも事実であるが、ラウラを発起させるための根拠がシャルロットの無駄に複雑な家族関係に揶揄したものであるので、そういう意味では間接的に彼にも世話になったと言えるかもしれない。
もっとも、それを知らぬままなのは救いであろうが。
そんなアルベールに、エベルハルトはふと表情に影を差しながら呟く。
「……あの子には、私たち大人が不甲斐ないせいでつらい思いをさせてしまいましてね。
罪滅ぼしというわけではありませんが、その分幸せになるための一助となれればと思っていますよ。
無論、私自身も幸福でありますがね」
そのセリフに、アルベールも苦笑を浮かべつつ溜息をつく。
「奇遇ですな。 ……私も自身の不徳でアレには多大な苦労を掛けてしまったクチでしてね。
おかげで、頭が上がらない毎日ですよ」
冗談めかした絶対の真実を口にしつつ、同時に思い浮かぶのは負の結びつきを壊すきっかけとなった少年の姿だ。
娘が想いを寄せるその相手に、恩義を感じつつもそれはそれとして複雑なものを感じて口元を歪ませる。
「……まあ、だからと言ってそうそうあの男を認めるわけにはいきませんが」
「あの男?」
「そちらにも留学したあの若造ですよ」
言われ、エベルハルトも「ああ」と思い至る。
歳ばかり重ねて不甲斐なかった自分に変わり、義娘を救うための先陣を切った少年の姿を脳裏に映して、こちらも苦い笑顔を浮かべる。
「本当に奇遇ですな。 義娘もというか、義娘とその部下たちも彼に熱をあげているようでして……それも割と本気の」
「………あのガキ、まさか現地妻そこらに作ってるんじゃないだろうな?」
一夏本人が聞けばさすがに怒りを覚えるだろう言葉だが、実際の話けっこうな割合で留学先の女性相手にフラグを立てまくっているので間違いとも言い切れなかったりする。
もっとも一夏本人に自覚はないのだが、それが余計に始末が悪いと言えなくもない。
と、二人は気を取り直すように姿勢を正す。
「ともあれ、今日は互いに娘の晴れ舞台です。
シャルロットならばきっとあなたの義娘を優勝の頂まで導くでしょう」
「………そうですな。 ラウラならばご息女ともどもこの戦いを制することができますでしょう」
と、ここで背後に控えていた二人の護衛は違和感を覚える。
言葉には出さないが、その思考は全く同じだった。
………おや? なんだか雲行きがおかしいぞ?、と。
胸騒ぎを覚える護衛たちの目の前で、護衛対象は快活に笑い始める。
「いやいや。 わが社の傑作を完璧に使いこなすシャルロットならばそちらのラウラ嬢に犬馬の労をとらせることもないでしょう」
「いやいや。 我が軍の最新技術を搭載した機体を己の手足としたラウラならばご息女にいらぬ苦労をさせることはないでしょう」
二人はともに同じく輝かんばかりの笑顔を浮かべながら、しかし醸し出す雰囲気に不穏なものが漂い始めた。
共にセリフそのものは相手の娘を慮るものであるが、その実にはこれ以上なく娘への賞賛が含まれている。
どうやら暗に自分の娘はすごいんだと自慢しているようだ。
護衛たちは引きつりそうになる頬を必死に抑えながら控え、それぞれの逆隣の席に座っている別の国のVIP達はそれとなく視線を逸らし始める。
「いやいやいや、シャルロットのほうが」
「いやいやいやいや、ラウラのほうが」
いつの間にか、最低限のおためごかしも投げ捨てて直接的に娘自慢を始めている。
二人は笑い合いながら時に相手の肩を気安くたたき合い、やがて立ち上がって真正面から向き合う。
そして。
「「いやいやいやいやいやいやアッハッハッハ………ア゛ァ゛?」」
愛想笑いすらも取り払い、真正面から睨みあった。
***
「………オイ、なんか笑いあってたと思ったらいきなりオッサン二人がメンチ切り合い始めたんだが?」
「と、義父さあああああんっ!!?」
予想外の事態に、ラウラが絶叫する。
それもそうだろう。
自身の義父と友人にして相棒の父親が仲良く喋っていたと思ったらいきなりケンカ腰になったのだ。
カメラで映しているだけだから会話の内容を一切把握できなかったことも、混乱に拍車をかけている。
そのまま涙目でオロオロとし始めるが、常の冷静さが失われているためか具体的な行動に繋がらない。
一夏は助け舟を求めるべきかとクラリッサの方へ視線をずらす。
しかしそのクラリッサはハアハアと荒い息をしながら今にも鼻血を垂らしそうなほどに顔を紅潮させ、右往左往しているラウラを必死に撮影していた。
カメラを覗いていないほうの目は眼帯に覆われて見ることは叶わないが、おそらく盛大にギラついていることだろう。
有体に言って、どうみても不審者通り越して変質者以外の何者でもなかった。
ぶっちゃけ一夏はこのまま通報することも一瞬真剣に考慮したが、ギリギリ踏みとどまる。
一夏はいろんな意味で頼ることのできないドイツ勢から、逆側のフランスへと視線を滑らせた。
「うぉ……!?」
直後、思わず呻いた。
そこにいたシャルロットは、とてもとても朗らかに笑っていた。
野に咲く花のようにとはまさにこのことか。
しかしそんな笑顔も奈落の底を映しているかのような瞳で浮かべられたら、怖気が奔るのもやむなしである。
どうやら花は花でも猛毒を宿していたようだ。
事実、彼女の傍にいたセシリアと鈴音や箒もそんな彼女に思わず顔を引きつらせながら後退っている。
「もう。 しょうがないなぁ、オトウサンは」
優し気なくせにどこか背筋を凍らせる響きで呟きながら、シャルロットはおもむろに携帯端末を取り出した。
と、一夏を挟んで逆隣のラウラも「そ、そうだ!」と気付いたように同じく端末を取り出す。
そうして二人は示し合わせたわけでもなく、そも精神状態もその余裕も真逆なまま、まったく同じ行動に移っていた。
「か、義母さん!! 義父さんが!!」
「お義母さま、ちょっとお父さんのことでお話があるんだ」
即ち、対象の配偶者への連絡である。
***
「おうこらジジイ、ウチのシャルロットじゃ役不足だとでもいうのかアァン!?
地獄の門のデザイン直で確認させてやろうか!?」
「アァ? なにヌかしとんだ若造が。 ウチのラウラのがすごいのは世界の真理だろうが。
天国への階段が何段か数えさせてやろうか!?」
もはやそこらのチンピラのような物腰で互いに詰め寄り睨みあうアルベールとエベルハルト。
互いに一歩も引く気がないそれは当事者にとっては娘の名誉をかけた聖戦だが、当の娘には直接的な関係は全くない上に周囲にとってははた迷惑なオッサンどもの揉め事である。
正直周りとしては放っておきたいが、こんなのでもVIPであるのは確かなので下手をすればこれが国際問題になりかねず、それが巡り巡って自国へ影響を及ぼしかねない。
護衛としても護衛対象がこんなことで怪我をしてしまっては面目が立たない。
故に何とかしなければいけないのだが、すっかりヒートアップしている二人に下手に声をかけるの憚られ、結局は誰もが遠巻きに眺めるばかりである。
そうしてついにすわ殴り合いでも始まるかとばかりに場の緊張が高まったその時、その二人の胸元から電子音が鳴り響く。
双方の端末の呼び出し音だ。
二人は同時に相手から背を向けると、苛立たし気に通話を始める。
「「なんだ!? こんなときに!?」」
つまらない用事ならば承知しないとばかりに声を荒立てる二人。
そこへ。
「「『こんなときに』、アナタはなにをやっているのかしらねぇ?」」
二人の耳に、長年連れ立った愛妻の絶対零度の声が静かに突き刺さる。
瞬間、大人げない馬鹿どもの体がビシリと固まった。
アルベールの手元から、溜息交じりの声が響く。
「あの子の晴れの舞台に、なにを考えているの?」
エベルハルトへと、不自然なまでに優し気な声が囁かれる。
「せっかくできた可愛い娘を泣かせるとか、イイ度胸よねぇ」
そうして、一拍置いた次の瞬間。
「「―――あとでお話があります」」
『あとでその小汚いツラ貸せやコラ』という死刑宣告の言葉が、馬鹿親父二人へと贈られた。
***
「うん。 無事解決したみたいだね」
「こ、これは解決したのか!? なあ!?」
ほぼ同時に崩れ落ちるように席へ腰を落とし、この世の終わりに直面したかのように両手で顔を覆って俯く仏独VIPども。
そのように満足げに笑顔を輝かせるシャルロットに、ラウラが先ほどと同じくらいアワアワとしながら問い詰める。
そんな彼女へシャルロットは「へいきへいき」と手をパタパタを振って軽く答える。
そうしてセシリアたちは引き続きシャルロットにドン引き、クラリッサはものすごくいい笑顔でカメラを回し続けている。
そんな中、一夏は静かに天を仰ぎながら、ふと思う。
(…………世のお父さんって、本当に大変なんだなぁ)
それはさておき。
一夏はウィンドウを閉じると身を翻した。
その動きで後ろ髪を縛る組紐の翡翠の飾りをチャリと鳴らしながら、箒の肩をポンと叩いて歩き出す。
「箒、そろそろ準備だ。 行くぞ」
「あ、ああ」
先を行く一夏に、我に返った箒が続く。
その背を、他の皆が気を取り直して激励する。
「お二人とも、頑張ってくださいまし」
「アタシらとやるまで負けんじゃないわよ!」
「箒、肩の力抜いてね」
「一夏、遠慮なくやってしまえ」
「一夏君、それにパートナーの方も。 ご武運を」
背を押す言葉に、一夏は黙って拳を突き上げ、箒は一度だけ振り返って頷いて見せる。
―――間もなく、戦いの火蓋は切って落とされる。
その結末と、そこへ至る過程になにがあるかは、未だ誰にも見通せない。
というわけで、何とか更新できました。
本音のパートナーは当初は相川さんの予定でしたが、せっかくなので簪にちょっとフライングで登場してもらいました。
彼女たちのトーナメントがどうなるかは次回をお楽しみに。
そしてクラリッサさん絶好調。
きっとディレクターズカット版は身内のみの超プレミア配布ですね。
それに対し、父親二人。
まあ、娘や妻に勝てる父親とかいるはずがないのが世の理だったりしますよね(暴論
さて、次回からはいよいよトーナメント開始。
……長かったなぁ。
何気にこの章って去年から始まってるんですよね。
半年以上かかってるとか、ぶっちゃけ自分でもどうよって気がしないでもない。
ともあれ、皆様に楽しんでいただけるようこの先も精進していくつもりですので、これからも応援よろしくお願いいたします。