インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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33:受け継がれた言葉を想う、夜語り

 

「―――というわけで、ごめんなさい」

「いや、ほんとうに気にする必要はないんだが……」

 

 ベッドの上で、シャルロットは深々と頭を下げる。

 その隣のベッドで、胡坐をかいているラウラは困ったように眉根を寄せていた。

 

 なぜこんなことになっているのかというと、食堂での食事を終えた後、シャルロットが一夏との会話を立ち聞きしてしまったことを打ち明けたのだ。

 シャルロットはこうして平身低頭するほどに申し訳なく思っているのだが、当のラウラはというとむしろそこまで彼女が気にかけていることに当惑しているようだった。

 

 シャルロットからすれば、一夏を呼び出してまで打ち明けた悩みを許可なく聞いてしまったことに引け目を感じてしまっていた。

 また養子云々の話についても、自身の境遇と比較して身につまされるものがあるようだ。

 

 一方でラウラにとってはすでに半ば以上解決した悩みであるし、聞かれてしまったならばそれはそれでしょうがないとも思っていた。

 まして悪意を以てわざと聞いていたというわけでないならなおさらだ。

 養子の件についても、相談の主体ではなかったし特に気にする点があるわけでないというのが彼女の本音だ。

 この辺りは人生経験や対人経験の浅さもあるが、それ以上に彼女自身の気質が大きいだろう。

 

 そんなわけで、特に問題はないのだが少し困った状態というのが現状だった。

 と、そこでラウラがあることを思いついた。

 

「そうだな、それじゃあ少し教えてほしいことがある。

 それでチャラということで構わない」

「え? う、うん、いいよ。 ボクで解かることなら」

 

 その答えにラウラは「よし」と頷くと、シャルロットをまっすぐと見据える。

 

「シャルロット、嫁とお前の出会いを教えてくれるか?」

「一夏との?」

 

 訊き返せば、「うむ」と頷かれた。

 なるほど、自分の過去に触れたのだからこちらの過去も語れということか。

 ……いや、むしろ恋敵に対する情報収集か。

 

(さすがは軍人にして部隊長、チャンスは逃さないってことだね……!!)

 

 シャルロットが困惑の表情の裏側で冷静にそう分析した。

 そこには静かな戦慄も含まれている。

 そんな彼女に向ってラウラは視線を逸らす。

 だがそこに浮かんでいる表情は後ろ暗さの感じられない、むしろ照れくさそうなそれだ。

 

「留学前の一夏は昼にある程度聞いたが、留学中の一夏はドイツに来た時のことしか知らないからな。

 正直、すこしでもアイツのことを知りたくて……って、なんで頭を抱えながら盛大に崩れているんだ!?」

「な、なんでもない……ちょっと浄化されかかっただけで」

 

 恋する乙女らしくいじらしい動機に、薄ら暗い思惑を思い浮かべていたシャルロットがむしろ自爆気味なダメージを負っていた。

 正直、腹黒い自分とルームメイトがピュアさの落差が激しすぎて辛い。

 というかいくら何でも思考が黒すぎやしなかったろうか、自分。

 

(うん、きっとお父さんの影響だ)

 

 さらりと父親に風評被害を押し付けるシャルロットだが、その思考こそが一番真っ黒だということに果たして気付くのか。

 一方で、ラウラはどこかばつの悪そうな様子で首を傾げている。

 

「話しにくい事なら、別に話さなくていいぞ?

 さっきも言ったが、私の方は気にしていないし、チャラ云々もジョークみたいなものだからな?」

 

 大昔の彼女しか知らない者が聞けば、すわ狂ったのかと思いかねないセリフだ。

 しかしシャルロットは少しだけ考えて、苦笑と共に首を横に振る。

 

「………いや、大丈夫だよ。 どうしても話しにくい事だけはぼかすけど」

「ああ、構わない」

 

 

 了解を得て、「それじゃあ」とシャルロットは一夏との出会いとその経緯を思い出していく。

 さて、どこから語ろうかと沈思すること暫く。

 まずはといった様子で苦笑を浮かべて一言。

 

 

「―――実はさ、ボクって所謂『愛人の子』っていう奴だったんだよね」

 

 

 いきなりの爆弾発言から始まった。

 

 

 

***

 

 

 

 ―――シャルロット・デュノア。

 デュノア社の社長の娘。

 自分がそれを知ったのは、女手一つで自分を育ててくれた母が亡くなってからだ。

 

 初めて会った時の父には良い思い出がない。

 なぜなら、呼びよせておきながらこちらに全く関心がないと言わんばかりに最低限の接触してしてこなかったからだ。

 そういう意味では、むしろ義母となる父の本妻のほうが激しかった。

 まさか初対面で『泥棒猫』と罵られるなど、大昔のドラマのようだったとむしろ感心してしまったくらいだ。

 それはそれとして、張られた頬は痛かったが。

 

 そんな二人に引き取られた後のシャルロットの生活は一変した。

 母子家庭での生活に比べ身に着けるものは高価なものになり、家事をする必要どころか身の回りの世話まで使用人が焼いてくれるという扱いだ。

 まさに金持ちの娘といった有様で、事実、経済的な面ではこれまでと比べてはるかに恵まれるようになったのは事実だ。

 だが、代償として幸せではなくなった。

 母を喪って得た悲しみと寂しさを、再会した父が埋めることはなかったのだ。

 彼はこちらを見ようともせず、話すこともほとんどせず、伝えられてくる言葉や指示も執事や部下を使っての間接的なものだ。

 義母に至っては視界にすら入れたくないのか、まともに会うことすらなくなった。

 

 だから令嬢としての教育が始まったことも、ISの適正が見つかったことによってその訓練が追加されたことも、むしろ僥倖だった。

 それらに没頭している間も、疲れ果てて泥のように眠ることも、余計なことを考えずにすむにはうってつけだからだ。

 おかげで父と義母の存在に苛まれることも、亡き母を思って嘆くこともせずに済んだ。

 

 あとにして思えば、その時の自分は人間味というものを消費して生きていたのだと思う。

 色彩を失った世界で、人形のように与えられた要求をこなしていくだけの存在。

 それが、母亡き後のシャルロットの日常だった。

 

 

 

***

 

 

 

「なんだそれは!!」

 

 ベッドの上に仁王立ちして、ラウラが憤る。

 形の良い細い眉を吊り上げ、眼帯に覆われていない右の瞳に怒気を宿らせている。

 

「まあまあ、落ち着いてよラウラ」

 

 そんなルームメイトをシャルロットが困ったように笑いながら宥める。

 だが、ラウラの憤慨は止まらない。

 

「己の勝手で呼んでおきながら……それでは飽いた人形を放るようなものではないか!

 それに妻の方もそうだ。 なぜ何も知らなかったシャルが悪行を働いたかのような責めをするのだ!?」

「うん、わかったっから落ち着いて、ね?

 もう昔のことなんだし。

 それにほら、あんまり大きな声を出すとお隣さんの迷惑だよ」

 

 肩で息をし始めるラウラも、当事者本人のとりなしで何とか鎮まる。

 高級ホテルもかくやという寮の部屋は防音性も極めて高いが、それとモラルやマナーは別問題だ。

 苦情にドアを叩かれないことを切に祈る。

 しかしそれはそれとして、こうまで自分のために激してくれたことに嬉しさと共にむず痒いものをシャルロットは感じた。

 それだけでも昔語りをした甲斐があるというものだ。

 とはいえ、当時のことを思い返せばその当人としては呆れる気持ちのほうが強かったりする。

 

「と、いうかさ」

「む?」

「ぶっちゃけ、今振り返ってみると……ボクを含めて、全員ちょっと思考停止しすぎというか、有体に言ってバカすぎるよねって」

「ブッ!?」

 

 慮外な言い草に、ラウラも思わず吹き出してしまう。

 動揺する彼女に、シャルロットはニッコリと笑みを浮かべて見せる。

 

「だって結局は全員が全員、互いに没交渉すぎるのが原因だったんだもの。

 正直、誰か一人でも真正面から腹割って話し合ってたらあそこまでこじれてなかったよねって、今でも思うよ」

 

 腕を組んで、うんうんと頷きながらしみじみ語るシャルロット。

 ただでさえ返答に困るというのに、経験値の乏しすぎるラウラでは固まるほかない状態だ。

 

「……といっても、それも無茶な話だったんだけどさ」

 

 言いつつ、シャルロットは当時の自分たちを思い出す。

 結局のところ、誰もが手いっぱいでそれどころではなく、その上でお互いを拒絶していたのだ。

 それで何もかもぶちまけるように本音を晒して向き合えるなら、世の中戦争の数はもう少し減っていただろう。

 

「まあ、そんな風に人形っていうかロボットみたいに生きてたちょどその頃だったね」

 

 一拍置き、当時のことを思い出して気恥ずかしさを感じる。

 しかしそれ以上に大切な温かさが胸の内に広がっていくのを自覚する。

 だから、彼女は幸せそうに微笑んで囁く。

 

「一夏が、フランスに留学してきたんだ」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏がフランスへやってきた当時、すでに自分は代表候補生への打診を受けていた。

 とはいえ正式な候補生でもない自分が彼の案内役に選ばれたのは、デュノア社と一夏のサポートをしていた倉持技研との技術提携のためでもあったのだろう。

 実際のところ、業界内のシェアは大きくとも肝心の第三世代開発に関してはすでに停滞が見え始めていたデュノア社にとって、ここで得られる繋がりはまさに渡りに船といった所だ。

 同時に、他国の技術に頼るような事態になったことへの忸怩たる想いもあったろうから、おそらくは当時の内情は複雑なものだったのではないだろうか。

 だが当の自分は漠然とそうしたものは感じつつも、明言はされていなかったのであまり気にかけてはいなかった。

 気にかけるほど、関心が湧かなかったというのもある。

 

 実のところ、やってくるという唯一の男性操縦者に対しても似たようなものだった。

 というか当時は何事にも受動的で、すでに色々なことに慣れてしまった分、誰に対しても当たり障りのない接し方でいるのが自然になっていた。

 ただ、『もしかしたらハニートラップの一つでも命じられるのかな』などと考え、けれどそれでも己の操にすら頓着する気も起きなかった。

 もっとも、当の父本人にそんな意図は全くなかったのだが、その時の自分にそんなことを知る由はない。

 

 それはさておいて、だからだろうか。

 一夏はそんな自分にだんだんと苛立ちを覚えていたようだ。

 

『おい、デュノア』

『何かな? 織斑くん』

 

 微笑んで見せながら、なぜだか眉間に皺を寄せている一夏に振り向く。

 すると、彼はひどくつまらなそうな顔で、はっきりとこう言ったのだ。

 

『………とりあえず、張り付けたような笑顔向けるくらいなら仏頂面のほうがマシだ。

 ビスクドールでもねぇんだったらもうちょっとそれらしくして見せろ』

 

 思い返してみると、一夏は自分が抑え込んでいた感情を曝け出させるためにわざとそんな言い方をしたのだろう。

 そしてその思惑はものの見事に的中した。

 自分でも、相当に鬱憤が溜まっていたんだろう。

 たったそれだけの言葉で激情が燃え上がってしまう程度には沸点が低くなってしまっていたのだから。

 

『君に……お前なんかに一体なにがわかるっていうのさっ!!!』

 

 言うなり、まずは平手打ち。

 そして一夏の胸倉をつかんで力任せに揺らす。

 そうしながら口からあふれ出てくる言葉は、聞くに堪えない罵詈雑言と泣き言と不平不満の嵐だ。

 その対象は一夏であり父であり義母であり自分であり……そして、死んだ母に対してもだ。

 

 ―――お前になにを言われる筋合いなんてない!

 ―――お父さんは何もしてくれない、ならなんでボクを連れてきたのさ!!

 ―――泥棒猫だなんだってボクの知ったことじゃないよ!!

 ―――なんでボクはこんなところにいるんだよ……

 

 ―――なんで……なんで何も言わずに死んじゃったんだよ、お母さん!!!

 

 

 泣きながら、声を荒げて、酔っぱらいのように同じ内容を何度もリピートして、そのくせ支離滅裂。

 最後には嗚咽と激情で言語にすらならなくなってきていた。

 

 けれどその間、一夏は身動ぎすらせずにそこにいてくれた。

 別に肩を抱いてくれたわけでも、涙を拭ってくれたわけでも、頭を撫でてくれたわけでも、慰めの言葉を言ってくれたわけでもない。

 ただそこに立って、されるがままに自分の言動の全てを受け止めてくれていた。

 きっと、それこそ自分が望んでいたことなのだと、理解してくれていたかのように。

 

 気づけば、自分は彼の胸に身を預けるように眠っていた。

 泣き疲れて眠ってしまうなんて、まるで子供のようで起きた直後は顔から火が出るようだった。

 しかも同時に先の醜態を思い出して今すぐにでも穴の中に身を投じたくなったほどだ。

 

 結局その後は一夏の顔もろくに見れず、平謝りをして逃げるようにその場を後にした。

 自分の部屋でベッドに顔をうずめながら悶えていたその時の自分には、次の日になにが起こるかなんて想像を巡らせる余裕すらなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「なにが起きたんだ?」

「視察に来たお父さんの顔面を出会い頭に殴り飛ばしてた」

 

 

 

***

 

 

 

『アンタにどんな事情があるのか、俺は知らない。

 もしかしたらどうしようもないほどに正当で、万人が納得するような正論と正義がアンタにはあるのかもしれない。

 それでなくても、これは間違った行動なんだろうと思う。

 ―――その上で、俺は俺の思うがままにこう言わせてもらう』

 

 頬を抑えて、倒れこみながら見上げる父。

 突然のことに呆然となる護衛と自分。

 『あっちゃー』と呟きながら片手で顔を覆う倉持技研の技術者。

 それらの視線を受けながら、一夏ははっきりと力強く言い放った。

 

『父親になる気がない奴が、父親面して子供の前に出てくるな』

 

 直後、アルベールが激昂し、立ち上がると同時に一夏に殴りかかった。

 『貴様のような若造になにがわかる!?』という言葉と共に。

 我に返った護衛が止める間もないまま、男二人の殴り合いが始まった。

 本来ならば年若く、鍛えてもいた一夏が一方的にアルベールを制圧できただろう。

 しかし、一夏はアルベールの拳を受け、受けた後に殴り返し、そしてまた殴られるというのを繰り返していた。

 まるでそれが最低限の礼儀だとでもいうかのように。

 殴り合いが終わるころには互いの顔も拳もボロボロで、血が滲んで流れ出ては床を汚していた。

 その顛末を、自分と……騒ぎを聞きつけて駆け付けた義母は、最後まで見届けた。

 

 

 

***

 

 

 

「―――まあ、殴り合いに関しては表沙汰にするにはお互い不味いってことで、緘口令を敷いてケガに関しては転んだって口裏を合わせることになったんだ。

 で、そんなこんなで落ち着いた後、僕とお父さんとお義母さまの三人で家族会議を開くことになったんだ。

 それで……えー……あー……」

 

 と、そこでシャルロットは不自然に言葉を途切れさせる。

 そのまま視線を泳がし、唸りながらもなにがしかの思考を巡らせた結果。

 

「……それで、なんやかんやあって、打ち解けるきっかけっていうか、とっかかりができてね。

 流石に一夏が帰るまでにはそんなに改善はできなかったけど、今ではそれなりに仲良くなったとは思うよ」

「なんか最後いきなりざっくばらんになってないか? なんやかんやってなんだなんやかんやって」

「そんなことはないよ。 なんやかんやはなんやかんやだってば」

 

 いきなりはぐらかされ、半目になるラウラ。

 それに対しシャルロットは誤魔化すように手をパタパタと振る。

 元々、ラウラ自身も話しにくいことは話さなくてよいと言っているだけに、それ以上踏み込むことはない。

 それはそれとして、訝し気な視線は思わず送ってしまうが。

 シャルロットは困ったように笑いつつも、内心でラウラに手を合わせる。

 

(ゴメンね、ラウラ。 やっぱりこれは内緒ってことで)

 

 なぜなら、

 

(―――ボクと、お父さんと、お義母さまと……お母さんだけの秘密だから)

 

 

 

***

 

 

 

 

 自分の母と、父と、そして義母は元々友人同士だったらしい。

 それも、母と義母は親友と言って差し支えないほどに。

 そうして三人で時間を共有していく中で、母と父は互いを愛するようになっていったという。

 だが父と義母は元々が家同士が決めた婚約者で、その婚姻自体が当時から大企業であったデュノアにとっては大きな意味を持つモノだった。

 故に、今更その話が反故になるはずなどなかった。

 だが、父はそれでも母をあきらめなかった。

 その結果、父は母と駆け落ちする決意を固めたらしい。

 そしてそれを手伝ったのがなんと義母だったのだ。

 

 そのことを聞いた時、自分はとてもじゃないが信じられなかった。

 ならなんで母は一人ぼっちで自分を育てていたのかと。

 その理由は―――

 

(お母さんが、逃げ出したから……)

 

 そう、自分の母は駆け落ちの準備を父と義母が概ね終え、いざ実行するというその直前で二人の前から姿を消したのだ。

 その後、父と母の行方を知ったのは数か月後。

 片田舎の病院で、自分を産み落とした時だ。

 その時はすでに別の人間と駆け落ちをしようとしたことが周囲にバレていた。

 しかもその相手が失踪していたこともあり、半ば無理矢理に義母との婚姻を法的に提出させられていた後だった。

 

 父は義母には母が見つかったことを内密にしながら、一人で逢いに行った。

 そして赤ん坊の自分を抱く母に、なぜ逃げたのだと問いただしたのだ。

 

 母は語った。

 駆け落ちをしたらたくさんの人が路頭に迷う……その罪悪感に私は耐えられる自信がない。

 そんな罪を貴方に背負わせたくない、と。

 そしてこうも語ったという―――その責任を、義母が残ることで背負うつもりだったのだと。

 これについてはその時に初めて知ったらしく、ひどく驚いたらしい。

 そしてその義母も、父のことを愛していたからそんな人を犠牲にして生きることは自分にはできない、とも。

 

 ―――結局、私は貴方やあの子ほど強くない……弱くて、汚くて、卑怯な女だったのよ。

 ―――だからこそ、大好きな貴方やあの子が私のために犠牲になることだけは絶対に許せなかったの。

 

 それが、弱くて汚くて卑怯な自分のたった一つの矜持なのだと、母は父にまっすぐな瞳でそう語ったという。

 その言葉を受けて、父はもう何も言えなくなってしまったらしい。

 その顛末を聞いた自分もそれは同じで……そして同じく初耳であったらしい義母もまた絶句していた。

 

 母が自分を身籠っていたことを知ったのは父のもとを去ってからしばらくしてのことだったという。

 そして迷うことなく生むことを決意したのだと。

 

 ―――私はこの子と生きていくわ。 ……貴方と、彼女の思い出と共に。

 ―――けど、もし私に何かあったらその時は……私にしたように、この子を愛してあげて。

 

 その時の父は、母の覚悟を前に頷くことしかできなかったという。

 

 その後、母は資金援助も断り、文字通り女手一つで自分を育てていった。

 結局、父がそれ以降は母と会うことはなかった。

 一方で父と義母にはしばらくの間、溝ができてしまっていた。

 義母には秘したまま母と決別した父。

 そのことを知らず、結果として父と結ばれてしまったために母を裏切ったという想いを内に抱えてしまった義母。

 互いに負い目を抱いた夫婦生活はそうそううまくいくものではなかった。

 結局、三人が三人とも他の二人を慮って取った行動のすべてが、裏目に出てしまっているといっても過言ではなかった。

 

 それでも、父と義母は時間をかけてゆっくりと距離を縮めることができた。

 その一助となったのが、後々になって子を産めないからだだと判明した義母を父が親身になって慰めたことだったのは、皮肉と言ってしまっていいのか。

 そうしてゆっくりと絆を深め、傷を癒していた二人。

 そこに舞い込んできたのが、母の訃報……そして、天涯孤独となった自分という存在だった。

 

 その後は父が名乗り出て自分を引き取った。

 そして義母はその時になって初めて母の消息を父が知っていたことと、母が自分という子を産んでいたことを知った。

 さて、その時の二人の心中……特に、義母のそれはいかほどのものであったろうか。

 結果として父は父となりきれず、義母は自分に対してか母に対してかすら定かにならぬままその激情を自分にぶつけた。

 そして自分はその二人のどちらにも心を開くことができなかった。

 本当に、どこまでも不器用で自分のことに手いっぱいな……はたから見れば、どうしようもないほどに似たもの家族だった。

 

 

 

***

 

 

 

(……いや、似たもの家族にしてもこんなダメな方向に似ててどうするんだよって話だよね)

 

 過去の自分たちを振り返って、改めて笑ってしまう。

 自分もそうだったが、父も義母も……そして亡き母すらも相手のために行動して結果的に相手を追い込んでいるのだ。

 ある意味で壮大すぎる自爆である。

 もっとも、それをこうして笑ってしまえる辺り、喉元を過ぎているのだろうと実感する。

 そして飲み込むことができたのも、ある意味で母のおかげだ。

 

(その話を聞いて、ようやくあの言葉を思い出したんだよね)

 

 それは幼い頃に一度だけ聞いた、母の思い出の一端。

 

(母さんの、大切な人たちのこと)

 

 

 

***

 

 

 

『小さい頃、お母さんが話してくれたことがあります。

 ―――私には、三人の大切で大好きな人がいる、と』

 

 それは、その時まで忘れてしまっていた言葉だった。

 父と義母と母の過去を聞いて、ようやく思い出すことができた言葉だった。

 

『一人は、ボク。

 もう一人は、意地っ張りで不器用で、良い恰好しいで言葉が足りない。

 けれど、誰よりも責任感が強くて努力家で、自分よりも誰かのために心を砕ける優しい人』

 

 父が、それを聞いて歯を食いしばった。

 殴り合いでボロボロになったスーツのズボンを握りしめて、新しい皺を刻んでいる。

 

『そして最後の一人は、わがままで素直じゃなくて見栄っ張りで怒りっぽい。

 けど誰よりも真面目でしっかりしていて、面倒見がよくてもう一人にも負けないくらいとてもとても優しい人』

 

 義母が、震えながら両手で口元を覆う。

 その瞳は揺れて、涙が溢れ始めていた。

 

『そんな素敵な三人と出会えたから、自分の人生はそれだけで最高なんだって―――』

 

 気づけば、二人の姿がよく見えなかった。

 その時になって、自分も泣いていることに気付いた。

 滲み切って定かにならない視界を細めて、喉を震わせながら絞るように言葉を紡ぐ。

 

 

『あなたたちが、そうだったんですね。

 ―――ボクたち三人が、おかあさんの、しあわせ、だったんです、ね…………!!』

 

 

 そこまでで、限界だった。

 泣いた。

 自分も、父も、義母も、抑えることなく声をあげて泣いた。

 子供のように……或いは、子供のころよりも激しく、これ以上ないくらい思い切り。

 泣いて、泣いて、泣きわめいて、泣きつくした。

 

 けれども、それは決して悲しいばかりの涙ではなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

(あの後はいろいろ大変だったなぁ……)

 

 まず、ひとしきり泣いた後の互いの顔は凄まじいものだった。

 義母など、化粧が完全に崩れ去ってしまっていた。

 それはもうどう見てもホラー映画の化け物とかヤバいピエロとかという有様で、ぶっちゃけ今でもたまに夢に見る。

 

 そして互いの誤解などが解け、それでいきなり仲良く家族ができるかといえば、そううまくはいかなかった。

 蟠りは解けても、それまでのことがチャラになったわけではないのだ。

 なのでしばらくはギクシャクとした関係が続いていた。

 

 さて、一方で一夏との関係はといえば、こちらも別な意味でギクシャクした。

 言ってしまえば、お客様を思いっきり家庭の事情に巻き込んでしまったのだ。

 しかもその引き金となったのがそのお客様だというのだからどうすればいいのやら。

 だが当の本人は好き勝手やったことをこちらに謝った上で、

 

『けどまあ、前よりかはいい顔してるぞ。

 可愛い顔してるんだから、そっちの方がいいと思うぞ』

 

 そんなことを言ってきやがったのだ。

 とりあえず、彼を本格的に意識し始めたのはその時だと思う。

 

 さらにしばらくして、デュノア家で父に反目する親族からのあれやこれやと長編映画くらい作れそうな事件に巻き込まれた。

 のちに聞けば、父の自分に対する態度には彼らへの警戒もあったのだというが、ぶっちゃけこっちの命もかかるくらいの陰謀なら少しは説明くらいしとけよダメ親父と思った。

 思った瞬間に言っていた。

 言われた本人は目を丸くしていたが、言ったこっちはなんかスッとした。

 それはさておき、その解決には巻き込まれた一夏も奔走し、その時になって本格的に自分は彼への想いを自覚したのだが。

 

(……映画だとエンディングで結ばれる流れだと思うんだけどね)

 

 そうはならなかった辺り、今では一夏らしいと納得してしまう。

 しかも一緒に来ていた倉持技研の技術者いわく、似たようなことは他の国でも何度かあったらしい。

 その時、ほぼ間違いなくいろんな国で自分みたいな人間増やしてるんだろうなと確信した。

 ついでに、その辺りに殆ど気づいていないだろうとも。

 

(そのうちの一人は目の前にいるしね)

「―――おい!!」

「うわっ!?」

 

 思考が眼前の新しい友人のことに移ったとほぼ同時に、その本人が顔を近づけて吠えるように声をかける。

 思わず驚きの声をあげながら意識が現実へと引き戻される。

 吠えてきた友人ことラウラは、ベッドに仰け反って倒れたシャルを半眼で睨んでいた。

 

「え、えっと、どうしたの?」

「どうしたの、ではない。 途中から完全に自分の世界に入りおって。

 こちらの声にぜんぜん応えなかったじゃないか」

「あ……ゴメン」

 

 どうやら、余程に回想に没頭してしまったらしい。

 頭を下げるこちらに、ラウラは鼻息一つ強く鳴らす。

 

「詫びるなら、今度は私の話を聞け」

「話?」

 

 訊き返せば、「ああ」と頷いて不敵な笑みを浮かべた。

 

「今度は、私と嫁のなれそめだ」

「え……でも……」

 

 元々は彼女の話を盗み聞きしてしまったからこちらの過去を話したのだ。

 だというのに改めてそんな話を聞いてしまうのは、本末転倒なのではないだろうか。

 シャルロットがそう考えていると、ラウラは笑みを歯を見せるものに深めた。

 

「………私が話したくなったんだ。 嫌とは言わせんぞ」

 

 その言い草に、シャルロットは一瞬ポカンとして、すぐにおかしくなって吹き出す。

 

「そっか……それじゃしょうがないね」

 

 言いつつ、彼女は聞く側らしく佇まいを直した。

 ラウラはそれを見て、満足げに頷きながらかつてへと想いを巡らせ始める。

 先ほどのシャルロットのように。

 

 二人の夜はまだまだ続くようだ。

 

 

 

 





 なんか気づいたら今までの倍近い長さになっていた件……なんだこれは……たまげたなぁ……
 もうちょっとコンパクトにまとめられなかったか自分。
 二話に分けようかとも思いましたが、過去話はシャルロット、ラウラでそれぞれ一話にしたかったのでこのまま押し通しました。

 しかし、デュノア家自爆属性すぎでは。
 というか何気にどんどんシャルが腹黒く……まぁいいか(爆

 今回、思い切り独自設定回しまくってしまいましたがいかがでしたでしょうか?
 ちなみに、連載開始前は『シャル父殴らせるのとか、大丈夫かね? やめといたほうがいいか?』と悩んだりもしましたが、原作で普通に殴り掛かったので『じゃ、いっか』という結論になりました。

 ちなみに個人的にシャルの義母ことロゼンダさんはISキャラで言うと『セシリア+鈴』なイメージでした。
 で、歳くって多少は言動が落ち着いた感じで。

 さて、次回は夜語りラウラ編。
 過去語り自体はシャルほど長くならないかもですが、その分ラウラにはあることをプラスする予定。
 ……また長くなりそうな気が(汗

 あと、私事ではありますが先日ようやくスマホに買い換えました。
 ……でもサービスやら何やら含めて一番安いの選んだせいか、FGOには対応していないようで。
 まあ、ぶっちゃけ予想できてたんですけどね(涙
 代わりってわけじゃないけど、シンフォギアXDをちまちまやってます。
 ……本当にちまちまとしかやってないけど。

 さて、今回はこの辺で。
 『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』のほうも更新していますので、よろしければ合わせてお楽しみいただければ幸いです。
 ……まじで感想とかほしい……ここがつまらないとかでもいいから(切実
 それはともかく、次回投稿はもうちょっと早くしたいです。
 それでは。


追伸:
※ここから先は先日発売された十二巻についての感想やら何やらになりますので、読んでいない方はご注意を。
 ご了承の上でスクロールしてください。























 十二巻読んで、この話に反映させるうえで一番扱いに困ったのが鈴の父親のこと。
 いや、マジでどうしようか……一応、現状でもどんなふうにでも話はすり合わせできるんだけども。
 場合によっては大胆に変える予定。(予定は未ry)

 え? 織斑計画? 一夏たちの両親の存在?
 ……そこらへんはまぁ、ぶっちゃけ予想してたっていうか、想定してたっていうか、この先のこの物語の展開として想定してた案の一つにあったかなって。
 むしろ、束さんが天然ものってことのほうがビックリ。
 その辺りももしかしたら大胆に変こ(ry

 赤月に関しては……よく解からん。
 結局、彼女が叶えた箒の願いっていうのがいまいち理解できなかった。
 一夏ともまだくっついたってわけじゃないし。

 新キャラのアイリスとジブリルに関してもこの話に登場する場合の問題はないかな。
 ……こういうことを想定したわけじゃないけど、ぶっちゃけ『留学』設定がすごく便利。
 開始前から接点ありとか普通に使えるもの(笑)
 本当に登場させるかどうか不明ですが、仮に登場させるなら京都編あたりからになるかと。
 いや、その前に原作乖離始めるかもですから分かりませんが。

 あと、不満というか、なんだかなと思ったのが一夏。
 安西先生よろしく、『まるで成長していない』とか思ってしまった。
 技術的なことではなく、内面的なものが。
 箒が心配だったにしろ、正直突っ走らせすぎかなと思いました。

 さて、いろいろ言いましたがそんな原作も次で最終巻。
 ……あとがきでそれ知ったとき、リアルに『ゑ?』って声が出た(爆
 とりあえず、空気になってるイージスコンビや、それ以上に影の薄いアリーシャさんなどはどうするのかが気になってます。
 どんなふうに締めくくられるのか、若干の不安とそれ以上の期待を抱きつつ待つこととします。
 それでは、あとがきまで長くなってしまいましたが、この辺で。

 ………イージスコンビに関しては、この次の章で出番があります(何



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