数日後。
日本に帰国した一夏は真っ先にとある店に足を向けた。
【五反田食堂】……馴染みの食堂であり、同時に彼の親友の実家でもある。
暖簾をくぐるその頭には、少し長くなった髪を毛先近くで結ぶ真新しい革製の組紐が結ばれている。
琥珀の飾りがついたそれを揺らしながら足を踏み入れると、見慣れた店内に付き合いなれた親友にして悪友の姿があった。
「よう、おかえり」
「おう、ただいま」
程なくして、一夏の目の前に野菜炒め定食が置かれる。
それを見て、一夏は静かに手を合わせた。
「いただきます」
対面の座席にはそれを作った悪友………【五反田 弾】の姿がある。
弾は湯呑みの茶を傾けつつ、横目で自分が作った食事を一夏が口に運ぶのを眺めている。
キャベツ、もやし、玉ねぎ、にんじん、豚肉など具沢山のそれを口に運び、咀嚼し、飲み込んだ一夏は一言。
「―――美味い。 腕、上げたか?」
「は、当然」
言いつつ、弾はどこか誇らしげに笑みを浮かべる。
一夏から見えない位置では、グッと力強く拳を握っている。
そんな孫の様子を厨房から眺めていた店主はハンッ、と鼻で軽く笑ってみせた。
「その程度で威張んじゃねぇよ。
せめて同じの百食、余裕で連続して作れる程度にはなんねえとな?
それでようやく半人前に一歩前進だ」
「ぬぐっ」
「ははっ……頑張れよ、次期店主」
バッサリと切り捨てられた友人に、一夏は励ましつつ苦笑する。
確かに食堂を継ぐというならそれくらいの芸当は必要になるだろう。
それを考えれば半人前への一歩かはともかく、その言葉自体は決して大袈裟ではない。
当人もそれを察しているのか、特に言い繕うことなく溜息を一つ漏らすのみである。
「それはさておき。
一夏、とりあえずはもう日本を離れることはないんだよな?」
「ああ。 ずっと暇ってわけじゃないが、いくらか余裕はあるさ」
「そうか、そいつは重畳……しかし、あれから三年、か」
弾がこぼしたその言葉を呼び水に、二人の脳裏に契機となった過日の記憶が蘇る。
―――それは栄光と呼ぶにはあまりにも血生臭く、そして鉄と炎と瓦礫と悲鳴に満ちたものだった。
***
当時、中学に入学して間もなかった二人は学校の行事で社会科見学に参加するはずだった。
しかし、見学先へ向かうバスがある大型橋梁を渡っていたその時、その前後の出入り口を含めた数か所で爆発が起きたのだ。
原因はテロだと言われているが犯行声明もなく、現在に至るまで犯人を含む詳細なことは不明のまま。
死者行方不明者多数、重傷者は更にその十数倍、軽傷者に至っては計上するのも馬鹿らしいほどの被害をもたらした、近年に例を見ない大惨事であった。
話を当時に戻すと、爆発により橋は寸断され生き残ったいくつかの柱とワイヤーで残った部分が支えられている状態になった。
そして孤島となった橋の上はまさに地獄絵図となった。
爆発や二次災害の衝突によりいくつもの車両が拉げ、潰れ、火を噴きながらいつ爆ぜるとも知らない新たな爆弾となり果てた。
無論、そんな状態では安全な場所などなかった。
身動きの取れない車から降りたはいいがどうすることもできず右往左往することしかできない者。
パニックを起こし、少しでも安全そうな場所を廻って暴動同然の衝突をする者たち。
中には、意を決して橋から飛び降りて助かろうとした者も少なからずいた。
誰もかれもが己のことに手いっぱいで、誰かを助ける余裕のある者はほとんどいなかった。
まして車内に取り残された人を助けられる者などはほぼ皆無だった。
「あの時、俺たちはなんとか横転する“だけ”で済んだバスの陰で身を寄せ合ってた。
周りにはそこまでひどい怪我した奴がいなかったことは不幸中の幸いってやつだったが……それでも、たまに夢に見るたびにそん時の恐怖ってやつを思い出すぜ」
そんな時だった。
弾が何人かの驚愕の悲鳴に何事かと振り返ってみれば、そこにいたのは武骨な鋼の塊を制服の上から五体に装着させ、“なぜか絶叫を上げていた”親友の姿だった。
一夏はバスの近くで同じく横転していたIS関連企業である【倉持技研】のトラックから投げ出されていたISの試作機を起動させていたのだ。
「その後、お前は起動させたISを使って救助活動を始めた。
特に危険そうなところを中心にな」
「……俺ができたことはあんまりないさ。
それだってフーさん……トラックに乗ってた技術者の人にサポートしてもらってやっとだったしな」
「それでも“お前がいなかったら”ってやつも何人もいるさ」
彼等の言った通り同乗していた倉持技研の技術者のサポートの下、一夏は本格的な救助作業が始まるまでのあいだ慣れぬISを使って奔走していた。
全体から見れば被害の軽減の度合いは微々たるものかもしれないが、それでも彼のおかげで救えた命も少なからず存在する。
そのため、この事件は人々の記憶に痛ましく刻み込まれた未曽有の人災であると同時に、前代未聞の存在が表舞台に登場した歴史的発見の記録でもある。
「………と、悪い。 飯食ってる時に話すネタじゃなかったな」
「いや、気にしてないさ」
一夏の箸が止まっていたことに気付いた弾が申し訳なさそうにするが、一夏は苦笑一つで食事を再開した。
その合間に、行儀が悪くも会話を続ける。
「事件の後、俺のことをどうするかで揉めに揉めたな。
あの時はあの時で大変だった」
「ああ、うちにもマスコミが来たことあったっけ。
で、結局は中学卒業後にIS学園へ入学、それまでの間はIS関連の企業や施設に定期的に留学することになった、と」
これはIS学園に入学するための英才教育であると同時に、なぜ彼がISを使えるかの研究も兼ねていたようだ。
もっとも、後者の結果は芳しくなかったようではあるが。
「おかげで、中学生活は日本よりも海外にいる方が多くなってたしな。
まぁ、それはそれでいい経験になったんだが」
研究の協力はともかく、ISの講義や訓練では様々な人との出会いもあり、彼個人としてはそれなりに充実した“留学”生活であった。
おかげで腕前でいえば、試作機とまでは行かないまでも武装や換装装備(パッケージ)のテスターもいくつか任されるようになったほどだ。
(もっとも、訓練ではそれなりに反吐吐くような地獄もみたが……まぁ、喉元過ぎれば、だな)
そんなことを思い出しつつ、今度は副菜のかぼちゃの煮つけに手を伸ばす。
「………甘いな」
「それもうちの定番だ、味わえ。
それはさておき、そのおかげでお前さんは世の受験生を尻目に超難関校へ試験なしで進学できるようになったわけだが」
「うらやましいか?」
「そのための勉強内容みてなかったらな。
少なくともオレはお断りだ」
弾はとある折に少しだけ覗かせてもらった座学系の教材の内容を思い出し、肩を竦ませる。
詳しい内容はよくわからなかったが、催眠導入剤を文章化したらああなるんじゃなかろうかと言わんばかりのものだったことは覚えていた。
まぁ、普通の学生から世界レベルの難関校へ入学するのだ。
設定された合格ラインへ無理矢理引き上げられるその苦労を想えば、羨むことなどほとんどない。
それに。
「オレにはこっちがあるからな」
言いながら、弾はトントンと指先でテーブルを突く。
否、正確にはこの店の存在そのものだ。
弾はある時からか本格的にこの店を継ぐために祖父に教えを請い始めた。
店の手伝いにも積極的に入るようになった。
そしてそれと時期を同じくして、一夏がこの食堂で食べる料理は彼が作るようになる。
それから留学から帰った一夏が真っ先にこの店に足を運び、帰国最初の食事を弾が作るのが決まりのようになるまではさほど時間はかからなかった。
というより、それこそが弾が修業を始めた理由なのだ。
弾は茶が半分ほど残っている湯呑みを一夏の方に掲げる。
「まぁ、これからは日本にいるんだし、時間の余裕もできるだろう?
たまには遊びに行こうぜ。
こっちの腕も、もうちっと磨いといてやるからよ」
「―――は」
一夏は短く笑い、自身の湯呑みを弾のそれにカチンとぶつける。
「そうするさ。 ……よろしくな」
「おう」
一方で、それを一人の少女が柱の陰から眺めていた。
「―――蘭です、一夏さんとお兄ちゃんが二人の世界を作って入れません。
蘭です、お兄ちゃんが男で心の底から良かったと思うとです。
蘭です、けどあれはあれでいいと思ってしまう自分はどこかおかしいんでしょうか。
蘭です、蘭です、蘭です………」
「…………なぁ、なにやってんだ蘭の奴?」
「そっとしておいてあげてね、お父さん」
一人呟く少女の傍で、祖父と母がそんな会話をしていた。
「ところで、一夏。 卒業まではもう暇なのか?」
さっそく遊びにでも誘うつもりなのか、弾がそんなことを問うてきた。
だが、一夏は苦笑を浮かべて肩を竦める。
「いや、ずっとってわけじゃないがいくつか予定がある。
まぁ、入学前は入学前で忙しいってやつだな」
「ふぅん」
「さしあたっては次の日曜だな。 入学前の試験がある」
その言葉に、弾が「ん?」と首を傾げる。
先ほどの会話でも出たとおり、一夏は試験を免除させられているはずなのだ。
その疑問を察したのか、一夏がさらに続ける。
「試験、といってもそれ自体で合格不合格が決まるわけじゃないさ。
どっちかっていうと確認の意味がデカいな」
「………なんの試験なんだ?」
その問いに、一夏は何でもないように答える。
「実技試験さ」
***
「IS学園にようこそ、織斑一夏くん」
弾との会話から数日後、一夏の姿はIS学園にあった。
目の前には案内役である教師だろう女性がいる。
眼鏡をかけた、おっとりしてそうな優し気な人だ。
「私は本日の案内役の【山田 真耶】です。 よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
挨拶を交わし、早速とばかりに二人は移動を開始する。
目的地は学園内にいくつかあるアリーナの一番目のものだ。
「今日は俺だけなんでしたっけ?」
「はい、織斑くんはその……ちょっと特殊ですから。
他の子たちと一緒だとその……えと、ごめんなさい」
「いえ、解ってますから気にしないでください」
年の差を感じさせない物腰の低さに、思わず苦笑が漏れる。
一夏の方も、自分がこれ以上ないほど珍しく、他の受験生と日を同じくしていたらそれこそパニックが起きかねないと認識していたため、その辺りに隔意はなかった。
むしろ、変に気にさせてしまったことに返ってこちらが申し訳なく思ってしまうほどだ。
「ところで、試験の内容は模擬戦なんですよね」
「あ、はい。 3分ほどの制限時間内でどれほど動けるかで簡単に適性を図るんですけれども……
これに関しても、織斑くんにはちょっと特別な形になりまして」
「特別?」
「はい………あ」
振り向いた真耶が何かに気付いたように思わず立ち止まる。
その視線は一夏よりも少し後ろにずれており、何かあるのかと彼が振り返ってみれば、そこには。
「む?」
振り返ればちょうど頬に先端が軽く埋まる程度に閉じられた扇子を突き出した美しい少女がいた。
目論見どおりにいったためか、悪戯好きのネコのように嬉しそうに笑っている彼女は、学園の制服を纏っていた。
「―――ひっかかった」
言って、笑みをそのままに扇子を引いた彼女は指の動きだけでそれを開く。
広げられた蛇腹状の本体には、『熱烈歓迎』の文字が達筆に踊っている。
「どちらさまで?」
敢えて少女の行動には触れずに一夏は訊ねた。
同時に、失礼にならない程度に少女を観察する。
制服を着ていることから考えて十中八九在校生なのだろうが先の行動もあって年齢的な隔意は感じられない。
だが、かといって年相応以下かといえばそうでもなく、掴みどころのない飄々とした雰囲気を醸し出していることも相まって大袈裟に言えばどこか神秘的なようにも感じられる。
青味がかって見えるシャギー気味のショートヘアと燃えるように赤い双眸がそれをさらに際立たせている。
体質的に色素が薄いのだろうか、肌の方も純日本人的な顔の造りの割に雪のように白く見える。
かといって彼女が儚げかと言えばそうでもなく、快活な様子を窺わせる。
彼女は小首を傾げながらこう答えた。
「本日の試験官さまヨン」
「………はい?」
「えぇと、実は特別というのはそのことでして。
通常だったら私や他の教諭が試験官として決められた武装同士で模擬戦を行うんですけれども……」
「君の場合は、今までの“留学”の成果を学園やその他諸々がある程度把握するためにもう少し自由度を加えた上でついでに私がお相手することになったんだよね」
思わず懐疑的になる一夏に、真耶が補足する。
そしてそれを継ぐ形で目の前の少女が説明する。
その表情は、やたらと楽しげだ。
「………とりあえず、お名前を伺っても?」
「人に名を尋ねる時はまず自分からっていうのは定番じゃないかな? 織斑一夏くん」
「知ってるじゃないですか」
間髪入れない突っ込みに、少女はやはり楽しげに笑うのみだ。
なにか余程に嬉しいことでもあったのだろうかと一夏が半眼になり始めたとき、突然すっと少女の雰囲気が変わる。
指運一つで再び扇子を閉じたその表情は、同じ笑みでも凛としたものを纏っている。
「改めまして……【更識 楯無】。 この学園の生徒会長をしている者よ。
―――よろしくね」
この作品における弾はこんな感じ。
ISは動かせないし整備の腕があるわけじゃないし戦闘能力もないしそもそもISに関わること自体ないです。
ただ、一夏が英雄になろうが神様になろうが悪党になろうが悪魔になろうが店に来たら自分が作った飯を出す、そんな位置。
もっと具体的に言うと、“これ性別女だったらヒロインレース始まる前に終わってるよよね”枠。(笑)
さてこの作品、実はイメージソースに八房龍之助先生の描いている漫画版『スーパーロボット大戦OG』シリーズが入ってたりします。
といっても、あくまでもイメージのモチーフにしているだけなので、クロスオーバーというわけではないです。
で、一夏にはキョウスケ、楯無にはエクセレンが若干入ってます。
……あくまで若干なので「どこが?」とか訊かないように。
一応、今回の話の二人が出会うところはスパロボ漫画一巻の二人の出会いをイメージしてたりします。
あと今後出てくるキャラクターにそういったキャライメージが入っているわけでもないです。
あくまでもこの二人にちょっとだけって話なので。
ただ、一人だけでてくるオリキャラはスパロボ漫画のあるキャラが思いっきりモデルになってます。
ちなみにオッサンです。
乞うご期待(何を)
とりあえず、今回はこの辺で。
ではまた次回。