インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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幕間:不変と変化、かつてと今

 

 

 

 波乱ばかりだったクラス対抗戦からしばらく経ったある休日。

 篠ノ之 箒は、思わず固まっていた。

 

「ん? どうした、箒」

 

 一夏が訝しげに尋ねるが、彼女は答えない。

 まぁ、固まった原因から問われれば仕方がないともいえるが。

 

 今の一夏は、寝間着とも制服とも違い、なぜかスーツを纏っていた。

 下手な皺の寄っていない、折り目正しい着こなしは常よりも彼を年上のように見せていた。

 また、整髪料で固められたらしい頭髪は後ろに流され、さらには顔に伊達らしい眼鏡を掛けている。

 傍らには羽織るつもりだろう薄手のコートが見え、総じて彼を知的で落ち着いた雰囲気の大人の男として演出していた。

 

 想い人の不意打ちともいえる出で立ちに、ようやく再起動した箒はしかし顔を真っ赤に染めている。

 

「い、一夏? その恰好は……?」

 

 と、問うたその時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「来たか? どうぞ」

 

 答えると、入ってきたのは鈴音だった。

 

「お邪魔するわよ。 一夏、準備できた―――」

 

 そんな彼女も、一夏を見て固まった。

 理由は箒と同じだろうが、そんな彼女も普段とは装いを違えていた。

 

 いつもは二つに纏められている髪は後ろのほうで一つに束ねられ、それだけで既に印象を大きく変えている。

 纏っているのは淡い色合いで裾の長いワンピースで、そこからさらにショールを羽織っている。

 そして顔には、

 

「―――いや、似合わないな。 サングラス」

「う、うっさいわね!?」

 

 一夏の感想に強制的に再起動した鈴音が吠える。

 おそらく赤いだろう顔は、武骨なサングラスで隠れていた。

 サイズが合わないのか、少しずり落ちている。

 

 一夏は軽く息を吐くと、彼女のサングラスを摘まみ上げた。

 

「ちょ、ちょっと」

「お前はこっち使え。 これは俺が代わりに使うから」

 

 そう言って自分の伊達眼鏡をを押し付けて、自分は改めてサングラスを装着した。

 

「………な、なんかインテリヤクザみたいになったわね」

「やかましい。 フーさんもそろそろ来るだろうし、待たせると悪いからそろそろ行くぞ」

「わかってるわよ」

「ちょ、ちょっと待て。 二人ともどこに行くんだ?」

 

 二人はそう言いあって、部屋を後にしようとする。

 それに待ったをかけるのは箒だ。

 不躾とは思いつつも、彼女は恋する乙女心的な危機感から思わず声をあげてしまった。

 それに対し、振り返った鈴音の表情は若干苦い。

 

「心配しなくても、箒が勘ぐってるようなことじゃないわよ。

 ………残念だけど」

 

 小声を付け足した鈴音に、困惑する箒。

 そんな彼女に、一夏も振り返って答えた。

 

 

 

「墓参りさ。 ―――三年越しのな」

 

 

 

***

 

 

 

 ある大型橋梁……その出入り口の片側に、二人の少年が立っていた。

 高校生ぐらいだろうか、二人とも片手に小さな花束を携えている。

 二人のうちの片方、頭にバンダナを巻いた少年がせわしなく車の行き交う橋をおもむろに見上げた。

 その雄々しくさえある威容に、三年前に阿鼻叫喚の巷となった面影は完全に消えていた。

 

 視線を目の前に戻せば、そこには設けられた献花台からはみ出るほどの大量の花束と供え物が納められている。

 それを眺め、バンダナの少年……弾は、しみじみと呟いた。

 

「思ってたよりも、結構多いな」

「もう三年……されどまだ三年、ってことなんだろうな」

 

 隣の少年も、同じように呟く。

 彼の名は、【御手洗 数馬】。

 弾と同じ高校に通い、そして一夏や鈴音と中学時代を共にした友人だ。

 つまり三年前の被害者の一人でもある。

 

「あの事件からみんな変わっちゃったよなぁ……一夏を中心に」

「そうだな」

 

 二人の脳裏に浮かぶのは、事件後の周りの人間だ。

 一夏がISを動かせると知った周囲の人間の反応は大きく二つに分かれた。

 徹底的に避けるか、或いはすり寄るかだ。

 前者は、事件の原因に一夏が関わっているのではと勘繰り、それでなくとも騒動を嫌って関わり合いになるのを避けた者たち。

 こちらに関しては、仕方がないとも言える。

 それほどまでにあの事件の影は大きく、凄惨だったのだ。

 後者は、単純に即物的な者たちだ。

 特別な人間に近づくことでそこから何かの恩恵を得られると思ったのか、一夏を持て囃し、取り巻きのような存在になろうとした連中だ。

 その二つは、時間を置くにつれてその傾向が強くなっていった。

 結果として、当時の人間で一夏と親しい人間はごく僅かだ。

 そのごく僅かの一人が、数馬だった。

 

「今だから思うが、変わらなかった数馬はすげぇと思うよ。

 ―――少なくとも、離れていった俺よりかはな」

 

 自重するように呟く弾。

 その言葉通り、事件が起きてからすぐの弾は一夏と距離を置いていた。

 といっても、他の者のように彼を忌んでではない。

 男でただ一人ISを動かせるという特異性、そこから派生する数多の事柄に、心の整理が追い付かなかったのだ。

 

 そんな彼からすれば、変わらずに一夏と接し続けた数馬の存在は眩しいほどだった。

 だが、その賞賛に数馬の顔は苦い。

 

「いいや。 俺はただ、変わっていく周りが気持ち悪く見えただけなんだよ」

 

 変貌ともいえる一夏に対する対応。

 それを目の当たりにして、数馬はそんな周りの在り様がとてつもなく穢れたものに感じた。

 それこそ、弾すらもその対象だった。

 そしてそんな者になり果てたくはない……数馬が一夏との関係を変えなかった理由はそこに尽きた。

 だからこそ、彼は思う。

 

「本当にすごいのは……変わった後、さらに変わったお前だよ」

 

 その言葉に、弾としてはどうにも言いようがない。

 彼からすれば、ただの意地のようなものなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 一夏と距離を置いてしばらく。

 何度目かの留学の後に、ふと弾は人に囲まれている一夏の顔を見て……唖然とした。

 

 ―――死人よりも生気の失せた、人形の貌。

 弾が抱いたその時の一夏の印象がそれだった。

 

 表情が変わらないわけではない。

 特別暗いわけでもない。

 だが、自分が知っている快活さはそこには消え失せていた。

 それを周りにいるモノは気にしない。

 そも気づいている様子すらなく、へらへらと笑っていた。

 そんな連中を思わず殴り飛ばしたくなって、ふと気づく。

 

 ―――今こうして見てる自分も、結局は同類なのだと。

 

「俺はただ、馬鹿だった自分を一番殴り飛ばしたかっただけだ」

 

 己の勝手で離れておきながら、己の都合ですり寄る連中に腹を立てる。

 目から出ようが耳から出ようが、糞は糞なのだという事実に愕然とした。

 

 それを思い知ったその日のうちに、弾は祖父に土下座した。

 事情を聴いた祖父は、弾の頭に一度だけ拳を落としてから豪快に笑った。

 

『おう、とりあえず辛気臭ぇツラはなくなったみたいだな』

 

 それから留学を一度挟み、その帰国直後。

 たまたま連絡の取れた風玄からの情報で、弾は空港で彼を出迎えた。

 その時の一夏の呆気にとられた表情は、今でも忘れない。

 

 そのまま強引に実家の食堂に連れてきた弾は、そこで一夏に定食を作った。

 祖父に修行をつけてもらって、まともに一膳作るのはそれが初めてだった。

 今思い出せば、未熟さばかりが目立つ酷い出来だったと思う。

 それでもどうにか完成させると、それを目の前に置いて言い放った。

 

『これから、この店でお前に作る飯は全部俺が作る。

 ―――だからお前は日本に帰ってきたらまずウチに寄れ』

 

 我ながら、馬鹿で強引な言い草だったと思う。

 だが一夏はしばらく呆気に取られて硬直した後、吹き出した。

 そして自分が知っている馬鹿面でひとしきり爆笑した後、

 

『ああ、わかった。 ―――よろしく頼むわ』

 

 そう口にした一夏の瞳に涙が浮かんでいたのは……まあ、笑いすぎたんだろう。

 その後、今度は二人して爆笑して、『やかましい! 黙って食え!!』と祖父の鉄拳を揃って堪能させられたのまあ、いろんな意味で痛い思い出だ。

 

 

 

***

 

 

 

「………本当、大したことじゃねぇよ」

 

 当時の出来事を一通り回想して、そのアホさ加減にげんなりとする。

 そんな弾に苦笑を浮かべつつ、数馬は遠い目を彼方に向けた。

 

「でも、それでお前は踏み出せた。

 だからきっと、これからもアイツと長く付き合っていけるんだろう」

「数馬?」

 

 数馬の言わんとすることを図りかねたのか、弾が戸惑いの声を上げる。

 数馬はさらに続ける。

 

「俺は周りが変わるのが気持ち悪くて、変わらない己でいようと思った。

 けどさ、結局それって要は距離取って付き合うっていうのと同じなんだよ」

 

 数馬がそれに気づいたのは、弾が一夏とかつてのように……いや、それ以上に確かな絆を紡いだのだと分かったときだ。

 自分は変わらぬ己で一夏と接して、それで一番彼と対等でいるつもりになっていた。

 だが、結局自分は変わらないだけで、そこから彼のために一歩踏み出すことはできなかったのだ。

 

 ―――自分が一番彼のためになっているという傲慢な自負。

 数馬は自分がそう思っていたことを自覚して、そしてそれがただ単に距離を取って都合よく付き合っていただけなのだと自覚して、何よりも自分が汚らしく感じた。

 

「結局さ……俺も、自分が可愛いだけだったんだよ」

 

 だから、踏み出さなかった。

 変わらない自分は素晴らしいと、酔っ払っていた。

 自分が汚らわしいと思っていたものと同じ汚物に過ぎなかったのだ。

 そんな自分は、結局それだけの関係にしかならない。

 数馬はそんな告白をして、ついに居た堪れなくなった。

 

「っ!」

 

 思わず、その場を後にしようと駆け出―――

 

 

「アホかお前」

 

 

 ―――す前に、襟首つかまれた上で後頭部に手刀を落とされた。

 

「あた!?」

 

 思わず頭を抑えて振り返れば、そこには呆れた表情の弾がいた。

 彼は振り返った数馬の顔を見て、わざとらしく盛大に溜息をまき散らす。

 予想外の反応に、数馬が戸惑っていると弾はその鼻っ柱に指を突きつける。

 

「要するによ、俺もお前も結局はただの馬鹿だったっていうオチだろうが。

 いや、一夏のやつも馬鹿だからバカトリオか」

「な、な?」

 

 困惑する数馬に、弾は力を抜いた笑みを見せる。

 

「いいじゃねえかよ。 結局、馬鹿だった自分に気づいた時期が違うってだけだろう?

 ならこれから変えていきゃいい。 学校が違うなんざ些細なもんさ。

 大体、そう思ってなかったらそんなに思いつめたりしねえだろ?」

「だ、だけど」

「それによ」

 

 数馬の言葉を遮って、弾は笑って続けた。

 

「結局、そのあともずっと一緒だったろうが。

 まぁ、鈴のやつは鈴のやつで大変だったみたいだが……まあ、あっちは一夏のやつが何とかしたらしいしな。

 ……楽しくなけりゃ、お前がどうあれ俺たちが付き合ってるわけないだろうが」

「―――っ」

 

 言葉が詰まって、出なかった。

 俯いて、震えそうになる喉からどうにかようやく絞り出す。

 

「………いいのかな、それで」

「いいんじゃねえの? ま、それをアイツに言うかはお前の自由さ。

 それによ」

 

 そこで弾は言葉をいったん区切り、数馬を引き寄せて肩を組む。

 

「変わらないお前の存在に、一夏は確かに救われてたんだ。

 そこだけは、胸張れ。 俺にはできなかったことなんだからよ」

「弾……」

 

 数馬は、しばらく呆けたように弾を見つめ、そして脱力するかのように笑った。

 その表情は、憑き物が落ちたようにも見える。

 

「ありがとうな」

「おう」

 

 数馬は礼を言い、弾はそれを受け取った。

 その時だった。

 彼らに後ろから声をかける者が現れる。

 

「―――なに男二人でいちゃついてんだ、お前ら?」

 

 ん?、と二人が声を揃えて振り返る。

 直後。

 

 

「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」

 

 

 肩を組んだまま、指を差して爆笑する。

 その指の先には、スーツにサングラスの一夏の姿が。

 

「お、おま、お前、それ……どっからどうみても!!」

「ア、アハ、アハハハハ………どこの若頭だよそれ……!!」

「―――テメェら、まとめて叩っ切られたいか」

 

 腹を抱え始める二人に、一夏(ヤクザフォーム)は底冷えした声を放つ。

 今にも「ちょっとそこの海に沈してもらおうか」とか言い出しかねない雰囲気だ。

 さすがに二人も悪いと思ったのか、息も絶え絶えの状態で手を振った。

 

「ああ、悪い悪い……で、そっちは鈴か」

「へぇ、似合ってるじゃん」

 

 そう言って二人は再び肩を組んで親指を上げ、

 

「「まさに―――」」

「馬子にも衣裳、とかヌかしたらツープラントンでタタキにするわよ?」

 

 ニッコリ笑顔にガチの声音で釘を刺されれば、さしもの二人も親指と言葉を下げざるを得なかった。

 そんな彼らを眺めながら、楽しげに笑うのは風玄だ。

 

「いやあ、若い子は元気だねぇ」

「あ、ども」

「お久しぶりです」

 

 遅ればせながら頭を下げる二人に、風玄は気にしないでいいと手を振る。

 そしてやはり漏れる笑いをこらえつつ、再び一夏のほうを向く。

 

「というかお前、その恰好どうしたんだよ」

「どうしたって変装だよ。

 俺も鈴も、割と有名人だからな」

「にしたって……そのグラサンは」

 

 再び吹き出す二人に、そのサングラスの元々の持ち主である鈴音のほうが不穏な空気を出し始める。

 が、それが爆発する前に風玄がパンパンと手をたたいた。

 

「はいはい。 久しぶりではしゃぐのはわかるけど、これ以上目立つ前に済ませようか」

 

 言って、脇に挟んだ花束を改めて手で掲げた。

 同じような花束は、一夏も鈴音も手にしている。

 

 一同は表情を引き締め、それぞれ一人ずつ花束を捧げた。

 そして火を付けた線香を置き、揃って手を合わせて冥福を祈る。

 一夏や鈴音がこうしてここに手を合わせに来るのは、実は今日が初めてだった。

 理由は単純で、二人とも留学や転校などでそれどころではなかったからだ。

 

 三年越しの祈りに、何を思ったのか。

 数分ほど時間をかけた後、皆がほぼ同時に合掌を解く。

 

「さて。 ……一夏、このあと暇か?」

「ん? まぁそうだが」

「それじゃあ、この場の全員でカラオケにでも行くか」

「いいな、それ」

 

 一夏は弾の提案に嬉しそうに笑う。

 その横で、鈴音が自信ありげに胸を張る。

 

「ふふーん。 あたしの美声に酔いしれるがいいわ」

「フーさんもご一緒にどうですか?」

「おや、いいのかい? 若い子に交じって歌うってのもちょっと恥ずかしいな」

「って聞きなさいよ!!」

 

 わいわいと賑わいながらその場を離れる中、数馬だけが踏みとどまる。

 そんな彼を一夏と弾が同時に振り返り、

 

「「なにしてんだ、行こうぜ数馬」」

「―――ああ!」

 

 答えて、数馬は一歩を踏み出した。

 その足取りは、迷いを振り払ったかのように力強い。

 

 

 

 献花台の上で、花が風に揺れている。

 かつての悲劇も後悔も拭えない。

 悔恨や嘆きが作った影も消えはしない。

 それでも、それら全てを抱いて世界は今日も進んでいる。

 

 

 






 悲報:これ以降の数馬の出番、予定なし

 ぶっちゃけ、原作でも弾より出番ないので絡ませる余地があんまりなかったり……まあ、なんかネタ出てくるかもしれないので未定ですが。

 ちなみに一夏のスーツネタは実は7巻の取材ネタの時に使おうとも思ってたんですが、散々迷って今回着させることに。
 ……取材のときはなに着させるかな……(そこまでいけるか未定ですが

 あと、弾が一夏に飯作る経緯の話ですが、実は連載前の予定だとここら辺は虚さんに文化祭のときに語る予定だったんですよね。
 ……だ、大丈夫だよ、ちゃんと虚さんとの絡み書くから。
 具体的には次章の幕間辺りで!(予定は未定)

 さて、数馬の話ですが……ぶっちゃいけ書いてて予想外なオチに行ってしまってたり。
 本当は自分は変われなかったから弾と違ってこのまま付き合いがフェードアウトしていくんだよ的なことを言う予定のはずだったのですが……なんか弾のやつが勝手に動きましたね(ェー

 というか、今回割と急いで作ったので粗が目立つ出来になった気が……
 うう、精進します。

 そういえば、今回の更新でお気に入りの部分でマイナスになってるのがそこそこ見られたのはやっぱり初日の『百合苦手』発言で反感かってしまったんだろうか……
 修正しようとも思いましたが、今後のスタンスのことにも言及していますので、自戒もかねてあえてそのままで。
 ……ご意見ありましたら真摯にお応えしようと思います。

 さて、書き溜めもなくなったので次の投稿はかなり後になると思いますが次回からは新章です。
 いよいよあの二人が登場。
 前回のあとがきでも言いましたが、たぶんだいぶ原作とは違う感じになる予定なので楽しみにしていただけたらありがたいです。

 それでは、今回はこの辺で。
 寒くなってきましたが、皆さまお体にお気を付けください。


 追伸:ぶっちゃけ各話のサブタイ考えるのが一番苦労したりする(汗
 追伸その2:艦これイベ、E3丙クリア。 よっしゃ。

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