「ダァアアアアアアアッ!!」
刃を閃かせ、高速の飛翔による斬撃が黒い異形に叩き込まれる。
しかし届かず、振り下ろしは空を切る。
「フッ!!」
しかしそれは織り込み済み。
返した刃からの切り上げ、更には距離を詰めての連撃が軌跡を重ねながら黒を襲う。
二撃目は躱され、三撃目も躱され、四撃目が弾かれ、
「ハァッ!!」
弾かれた勢いを殺さず、右手の中で逆手へ、片手のまま横薙ぎの一撃を見舞う。
狙うは首筋、その結果は、
「チィッ!!」
差し込まれた左の拳に阻まれた。
思わず漏れた舌打ちの直後に、巨大な右拳が胴に叩き込まれる。
「グゥウ!!?」
一夏は、ギリギリのところで僅かに後退していたが、それでも腹に響く衝撃に込み上がってきた反吐をギリギリで呑み下す。
一方の黒い異形は間合いが空いたことで肩の砲に光を灯し、
「喰らえぇ―――ッ!!」
放つよりも前に、鈴音の衝撃砲から逃れんと各所のブースターを吹かして離脱する。
一瞬前まで敵がいた場所を不可視の砲弾が通り過ぎ、地面を砕いて耕していく。
黒は後退から鋭角の方向転換で上昇、鈴音との距離を詰めつつ両の拳を彼女に向けて光線を連射する。
「当たるもんですかっての!!」
言いつつ身を揺らすように回避、そして彼女自身も二刀を構えて異形へと立ち向かう。
相対速度を乗せた二刀同時攻撃は、しかし一瞬で身を翻した黒い異形に躱される。
「このっ!」
追うように身を回し、更なる斬撃を加えるものの既に間合いは離れ届かない。
睨みつける鈴音に、今度は肩からの拡散型の光弾が撒き散らされる。
「はぁっ!!」
同時、鈴音もまた同じように弾幕を張る。
両者の中間で互いの砲撃の一部が衝突、炸裂して更に他の砲弾に誘爆していく。
結果、互いの砲撃はその殆どが相手側に届くことなく中空に煙幕を作るに留まる。
摩擦によるものか、所々で紫電が迸る様は雷雲のようだ。
「でぇい!!」
と、鈴音はすぐさまそれを切り裂くような一撃を放つ。
二刀を連結した双身刀による投擲だ。
紫電ごと不実体のブラインドを両断するような刃風は、狙い過たず黒へと吸い込まれていく。
しかし、通じない。
黒い異形は右の巨腕で迫る刃を真上に弾いてしまう。
その直後、
「オォオオオオオオッ!!」
一夏が巨人の真下から刃を切り上げてくる。
左手を峰に添えた一撃は、股下からの切り上げ狙いが明白だ。
故に巨人も即座に対処を開始する。
振り上げていた右腕を、今度は一夏の刃へ向けて振り下ろしたのだ。
巨拳と刃金の衝突……の直前、一夏は添えていた左手を引いていた。
そうして刀は巨人の拳に触れた瞬間に弾かれ、しかし使い手自身は減速しない。
むしろ踏み込むように加速する。
「顔面、がら空きだ!!」
言って膝蹴りを叩き込む。
それは僅かに前傾姿勢になったことで差し出されたような巨人の、しかし人と変わらない大きさの顔面を真正面から打撃した。
初めての有効打に、黒い異形が首を仰け反らせて僅かに身をよろめかせる。
だが一夏はそのまま止まらず上昇していく。
その右手は上に翳され、そこへ何かが落ちてきた。
先ほど弾かれた、鈴音の双身刀だ。
一夏は受け止めたそれを両手で保持すると、
「フン!!」
切っ先の片方を真下に向けて急下降する。
当然、その先には黒い異形がいる。
異形が左腕を盾にした瞬間、そこへ勢いよく重厚な刃が突き立てられた。
両断・貫通までには至らなかったが、切っ先は深々と黒の左腕に埋まっている。
刃が埋まっている傷口から漏れる火花は、鮮血を彷彿とさせる。
異形が左腕を振るい、刺さった刃ごと一夏を無理矢理引きはがす。
その勢いで真横に飛ぶ一夏だが、即座に向きを反転、PICの効果で壁を蹴るような反発力を得て、スラスターの推力と併せ高速で斬りかかる。
「ゼェアアアッ!!」
突撃による横薙ぎの一撃はしかし素早い挙動によってまたもや回避される。
歪な巨体に似合わない俊敏さは忌々しくも恐ろしい。
しかし一夏は歯噛みする間も惜しいと追撃に追撃を重ねていく。
「ハァッ!! ムンッ!! ダァッ!!!」
躱されれば刃が通り過ぎる勢いを殺さず、寧ろそのまま加速させる形で刃を回し、場合によっては体ごと回転する。
その挙動は武器の形状も相まって槍の捌き方に近かった。
やがて避けきれずに受け止められた刃は、それでも先の一撃ほど深くは食い込まない。
が、受け止められた瞬間に一夏は柄を分割し、二刀にする。
次の瞬間から繰り出されるのは二刀による二倍以上の手数の連撃だ。
「アァアアアアアアアアアアッ!!!!」
強固な装甲を、しかし少しずつ傷付け削っていく。
そこへ更に、ダメ押しとばかりに追撃が入る。
「せいっ!!」
鈴音だ。
彼女の手には、回収していたらしい一夏の雪片弐型が握られている。
最大速度で接近した彼女の一撃を、黒は傷を負った左腕の無事な五指を固めた拳で受け止める。
刀の質量的な威力不足からか、鈴音の一太刀は通らない。
「っの、無駄に硬いわね!!」
愚痴った直後、纏わりつく二人を無理矢理引きはがすように異形が全身のスラスターを噴かせて独楽のように回転する。
果たして二人は黒い異形から引き離されたが、すぐさま躍り掛かっていく。
今度は二人、同時の猛攻だ。
「ハァアアアアアッ!!」
「てぇやぁああっ!!」
一夏は分割した二刀を用い、体ごとの回転も織り交ぜた剣舞のような連撃。
鈴音は意外にも堂に入った構えからの剣撃の応酬だ。
さしもの異形も躱しきることもできず、防戦に入る。
そして。
「「オラァッ!!」」
左腕の傷口に食い込んだ鈴音の刃を、一夏の二刀が押し込んだ。
バヂリ、という何かが弾ける音が聞こえたかと思うと、傷口を中心に黒の左腕が爆発を起こした。
その直後、黒い異形は狂ったように肩から砲撃を乱射し、二人は慌てて距離を取る。
「―――四回目の攻防で漸く腕一本、か」
「本当に面倒くさい相手ね」
一夏は二刀を連結すると、隣に並んだ鈴音へと渡す。
彼女もまた、刀の鍔元を握って彼に柄を差し出した。
互いの武器を返還しながら、鈴音が半眼を一夏に向ける。
「ていうか、アタシよりもアタシの武器を格好良く使わないでよ」
「褒めてくれてありがとう。 そういうお前も、もう少し乱暴に使われると思ったんだがな」
一夏の言い草に、彼女は胸を張りながらハン、と鼻を鳴らす。
「料理屋の娘を舐めないでよね。 刃物の扱いには慣れてんのよ」
「包丁扱いか」
一瞬、苦笑いを浮かべるがすぐにその表情は引き締まる。
見据えた先の異形は、破損した左腕など気にした風もなく佇んでいる。
「硬く、速く、強力。 ……清々しいほど解かりやすく強いな」
「褒めてる場合? でもまぁ、本当に厄介よね」
鈴音も異形に半眼を向けながら、忌々し気に舌打ちを放つ。
「しっかし、少しはなんかリアクション返せっていうの。
片腕ぶっ壊してあそこまで反応ないと気持ち悪くてしょうがないわ」
「………それなんだが、少し気付いたことがある」
ん?、と彼女が振り向けば、一夏は異形に視線を固定したままさらに続ける。
「さっきから何度か顔面……というか目の辺りを狙って攻撃していたんだが」
「さらっとエグい真似してるわね」
「いいから聞け。 ………あのゲテモノ、気にした様子も全くなく直後に反撃してきやがった」
その言葉に、鈴音が目を鋭く細める。
ハイパーセンサーは確かに知覚を全方位に広げる。
だがそれを使っているのが人間である以上、根本的な感覚は人間のそれに準拠する。
知覚可能範囲の全てから均等に情報を得るのではなく、焦点を合わせた部分から重点的に情報を取得するという点では生身と変わらないのだ。
敢えて違いを上げるとすれば、焦点の範囲そのものが広がっていることと、広げられた知覚と機械的なセンサーで焦点以外で起きた事を高いレベルで察知できるということか。
なんにせよ、ISを纏っている相手にも目潰しじみた攻撃は一時的に怯ませるには充分だ。
しかし、黒い異形は有効打となったのが一度だけとはいえ、それでも幾度かの視覚への攻撃を受けてしかし揺るぎもしなかったという。
「それだけじゃない。 正確に測ったわけじゃないが、恐らく反撃までのタイムラグは全てほぼ同じはずだ」
「―――それって」
一夏が言っていることが正しければ、あの異形が攻撃に転ずる速度はどのような状況でもほぼ同じということ。
つまり常に最速で自分たちに応じているということだ。
しかも、恐らくはその時に取りうる最善手で。
それが本当ならば人間業とは思えない。
ならば。
「人間じゃない―――いや、人間が乗ってないんじゃないか、アイツ」
「無人機、ってこと?」
訊き返して、しかし鈴音はその言葉を信じがたい。
何故ならISは一夏という例外を除けば女性にしか動かせず、それは取りも直さず人間でなければ起動できないということだ。
しかし一夏の予測が正しければ、その前提が根本的に崩れることになる。
「そんなのってあり得るの?」
「さてな。 だが、研究はどこの国だってしてるだろう?
この国でも……お前の国でも」
そう言われれば鈴音も黙るしかない。
彼女自身は関わったことはないが、そういう研究がされていることは聞いたことがあった。
同時に、研究が遅々として進んでいない分野であるということも。
無論のこと伏せられている情報も多々あるだろうが、逆を言えばそんな秘匿されるべき代物がこうして表立って出てくるのもおかしい。
まして実戦に耐えうるレベルに達しているというのなら、猶更のことだ。
「じゃあ、なに? あれはどっかの国の研究が実を結んで、なにをとち狂ったのかIS学園に放り込んで暴れさせてるっていうの?」
「もしくは、暴走しているか」
お互い、言っていて違和感が拭えない。
だがそこで拘泥していても意味がないのも事実だった。
「まあ、そこらへんはいいわ。
……で、無人機だったらどうだっていうの?」
「その辺りはいろいろあるだろうがな。
さしあたっては『遠慮なくぶちのめす』が、『遠慮なくぶち壊す』に変わる程度か」
思考を切り替えながら、一夏は愛刀をゆらりと構える。
現在、相手は先の攻防で片腕を使い物にならなくされている。
このままやり続ければ勝ち目はある……かのように見える。
だが、事態はそう楽観的になれるものではなかった。
「ところで鈴、お前はあとどれくらい戦える?」
「甲龍の売りは低燃費……って言いたいところだけど、ちょっときついわね。
アンタの方は?」
「お前と違って燃費は良いほうじゃなくてな」
そう、エネルギー残量だ。
元より異形との戦いの前から激しい戦闘を交わしていた。
そこへ更にこの連戦、シールドエネルギーの底が見えてくるのも当然の話だ。
まして燃費の悪い白式なら何をいわんやである。
故に、狙うべきは短期決戦。
そしてそれを為すために有効な手立ては一夏の手の中にある。
「零落白夜……こいつでなら仕留めきれる」
だが同時に、それは文字通りの諸刃の剣でもある。
なにせ相手のシールドを無効化し直接相手を切り伏せられる代わりに、その為の刃を自身のシールドエネルギーを削って創り出すのだ。
既に消耗している現状、まともに使えるのは一度だけだろう。
「まさにイチかバチか、だな」
自嘲気味に笑う一夏に、鈴音は呆れて肩を竦める。
「―――まったく、刀一本しか武器ないわ他に武器載せられないわ奥の手が殆ど自爆技だわどんだけ縛りプレイ推奨してるのよ、アンタの機体」
「俺に言うな」
「そんなの好き好んで使う奴の気が知れないわ」
「………それ、千冬姉のことなんだが?」
「アタシは何も言ってないわ」
「………まぁいいが」
閑話休題。
決着をつけるというならば、次の攻撃は必ず打ち込まなければなるまい。
それも、最大限に威力を発揮した上で。
一夏は己と敵と相棒と戦場を眺め、その情報を吟味した上で案を一つ講じる。
「鈴、思いついたことがある」
その内容を聞き、彼女はただの一言で評した。
「―――頭おかしいんじゃないの、アンタ」
***
砲を潰され、装甲を砕かれた左腕から黒煙を放ちつつ、黒い異形……無人機は行動を再開する。
スラスターを噴かし、眼前の敵を今度こそ粉砕せんと無機質な戦意を駆動させる。
同時、一夏と鈴音も動き出した。
「頼んだぞ、鈴」
「っ、あぁーもぅー!! わかったわよ、このバカっ!!」
有無を言わさずという一夏の態度に対し、自棄になったように鈴音が叫ぶ。
しかし、言葉に反して二人は無人機へと向かわない。
ただその立ち位置を変えただけだ。
切っ先を無人機へと真っ直ぐに向けた一夏の後ろに、背面ユニットを展開した鈴音が立つという形に。
それに対し、無人機は距離を詰めることなく右腕と両肩の砲を向ける形で再び停止する。
自機の損傷が小さくなかったことも原因だろう、不可解な行動を取る敵に対し警戒を強くしたのだ。
こちらの様子を窺うような無人機を睨み、一夏が叫ぶ。
「仮想バイパス構築―――やれぇッ!! 鈴!!!」
それに答える形で、鈴音は衝撃砲を展開し、
「歯ぁ食いしばりなさいっ!!」
一夏の背に向けて、一切の容赦のない砲撃をぶち込んだ。
不可視の一撃が、一夏を背から粉砕せんと蹂躙する。
「グ、ギィ、ガァアアアアアアアアアア!!!!」
向けた切っ先はそのままに、一夏は喉を逸らせて絶叫する。
文字通りの衝撃を背に受けて、しかし一夏はその場を微動だにしない。
常軌を逸したと言って過言ではない所業。
もし相手が無人機ではなく普通の人間だったら、相手の気が狂ったのかと疑っただろう。
ましてその行動の結果が―――何も起こらない、ただの徒労にしか見えないのなら。
「フゥッ……フゥッ……フゥッ……」
いや、徒労ですらないだろう。
呼吸も荒く首を俯かせている一夏の姿は、満身創痍に他ならない。
仲間割れというよりは手の込んだ自殺にすら見えるその行動に、無人機は冷徹に判断を下す。
即ち、驚異の薄れた障害とみなしての、排除の決定だ。
無人機は一列に並ぶ二人を諸共に撃ち落とさんと、右腕と両肩の砲に光を漲らせる。
損傷の影響か、或いは確実に仕留めるための最大出力であるがためか、発射までに若干の溜めを要としていた。
そしてそれが、一夏と鈴音にとっての最大の勝機となった。
「っ!!」
一夏は顔を上げ、カッ、と目を見開く。
そして腹の底から戦意を漲らせた声を張る。
「零落白夜、展開! ―――もう一発、やれぇッ!! りぃいいいいいいいんッ!!!」
刃金が光の白刃へと変じると同時、鈴音は歯を食いしばった。
彼女の顔の横にはウィンドウが警告を発している。
無人機の乱入からダメージを受けていた右の衝撃砲、それがここにきて限界を訴えてきたのだ。
このまま大出力で放てば、間違いなく自壊する。
今すぐに停止ないしは出力の見直しを要求してくるそれを、鈴音は無理やり無視した。
(―――一夏が体張ってるのよ)
こうして案に乗った今も、正気の沙汰ではないと思っている。
だが、自分はそれに乗り、彼の期待を得ているのだ。
ならば、土壇場で弱音を吐くなど許さない。
「アタシの相棒なら………根性、見せろォオオオオ!!」
気合一発、一夏の背に先ほど以上の出力で砲撃が放たれ、ついに右のユニットが煙を吹いて弾け、機能を停止する。
それを受け、一夏は再びの激痛に歯を食いしばり――――
「ブースト展開、リミット解除―――零落白夜、オーバードライブ!!」
―――受け止めた力と残していた力、その全てを解放した。
***
ISの操縦技術の一つに【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】というものがある。
大まかに言えば、スラスターから放出したエネルギーをもう一度取り込み、内部で圧縮して放出することによって爆発的な加速を得るという方法である。
原理で言えば違うが、放出したモノを利用するという点ではジェット機のアフターバーナーに近いかもしれない。
ISでの戦闘においては使い勝手が良く、だからこそ使いどころの問われる技術だ。
さて、ここで重要なのは瞬時加速は一度外部に放出したエネルギーを取り込むことで発動するという点だ。
つまり極論を言ってしまえば、外部から取り込むエネルギーは自前ものでなくても構わないということになる。
今回の一夏が行ったのはまさにそれだ。
純粋な運動エネルギーの塊である衝撃砲の砲弾を取り込み、推力として利用する。
性質から考えれば、同じ不実体の弾丸である光学兵装よりも相性がいいと言えるだろう。
だが、あくまでもそれは机上の論理だ。
今回、背面にエネルギーの通り道である仮想バイパスを急造でこしらえたが、それでもダメージ自体は機体にも一夏自身にも伝わるのだ。
それを二回分……それも手加減抜きの大出力。
鈴音の言うとおり、頭の螺子が軒並み外れているとしか思えない考えだ。
しかし、一夏はその有言実行を成し遂げた。
だが、何故わざわざ鈴音の衝撃砲を利用したのか。
それには二つ理由がある。
一つは、通常以上の推力を得るため。
当然の理屈ではあるが、瞬時加速は取り込んだエネルギー量が発動時の加速と出力に比例する。
衝撃砲二発分のエネルギーが通常時と比べどれほどであるかなど、語るまでもないだろう。
そしてもう一つ。
これは先の言葉がすべてを表している。
―――零落白夜、そのリミット解除とオーバードライブ。
つまり自身のエネルギー全てを用いての刃の錬成である。
その結果生み出されたのは、長大にして分厚い白光の大刀だ。
一夏が己自身を巨大な太刀による刺突へと変じたその瞬間、無人機もまたその暴力を開放する。
残った三つの砲から放たれる、破壊光の奔流。
その衝突は文字通りの一瞬―――鬩ぎ合いにすらなることなく、白刃は光を裂いて黒い装甲を深々と貫いた。
「オォオオオオオオオオオオオ―――ッ!!!」
切っ先が無人機の背から飛び出てなお進んでも一夏の勢いは止まらず、そのまま諸共に地へと落ちていく。
その落下の最中、一夏の頭を無人機が半壊している左の手で覆うように握りしめる。
引きはがすためか、或いは単純に握り潰そうとでもいうのか。
エネルギーの減少に伴って防御能力の低下ている中、一夏はヘッドセットごと頭蓋が軋むのを自覚する。
圧痛の中で、それでも一夏の意思は揺るがない。
(………鈴に背を叩かれてるんだよ)
彼女は呆れて、正気さえ疑いながらも自分の案に乗った。
それは、彼女が自分を信じているからに他ならない。
『織斑 一夏』ならば必ず期待に応える―――必ず、このガラクタを降して勝利を得ることができる。
そんな、無上の信頼を自分は彼女から受けているのだ。
ならば、
(全身全霊……全力で、応えるだけだ―――!!)
故に、
「お前は落ちて………裂けろぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」
刃が上に来るように捩じりながら更に押し込む。
それとほぼ同時に無人機の背がアリーナの地面に叩きつけられる。
その衝撃で一夏の頭を掴んでいた手がズレて、ヘッドセットを砕きながら外れる。
そして一夏の勢いは尚も止まらない。
「おおおおおおおおおおあああああああああああああああっ!!!」
光の刃が、無人機の体を腹から昇って右肩を通り抜けていく。
突き抜けてなお、一夏は雄叫びとともに深い轍を地に刻みながら刃を振りぬいた。
***
雪片とスラスター。
その二つから光が消えたのはほぼ同時だった。
途端に一夏のあらゆる勢いは消え去り、後には重力と慣性に従った結果のみが残る。
「ぐっ、が、がぁあああああ!」
一度二度と地面をバウンドし、そのままアリーナの壁にぶつかるまで地面を削りながら滑っていく。
止まってみれば、ちょうど壁に背を預けるような形だ。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
息を切らせる様子は全力で疾走した直後の犬のようだ。
ギシギシと軋んでいるのは白式かそれとも彼自身の体か。
と、その時だ。
ぎ、と離れたところで耳障りな音が聞こえた。
その音源は、ちょうど顔を上げたその先だ。
ぎ、ぎぎぎ。
ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
見れば、先程引き裂いたはずの無人機が身を起こそうとしている所だった。
装甲の欠片と電子部品とオイルともしれない液体をまき散らしながら漸く立ち上がった姿は、銀杏の葉のような有様だった。
右肩から大きく裂け、機械しか詰まっていない断面を晒しながら動くその姿はまさしく亡者のそれだ。
ぎぎぎぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!
金属が軋む耳障りな音は、ここにきてようやく発した無人機の聲にも思える。
それが怨嗟に聞こえるのはただの気のせいか。
もはや両腕はどちらも動かないようで、ザリザリと引きずりながらゆっくりと一夏へ体を向ける。
「…………」
割れ砕けた無機質なレンズを、一夏は無言で睨み返す。
その視線を受けながら、無人機はバチバチと音を立てて左肩の砲に光を灯す。
まともに撃てるのかどうかは知らないが、少なくとも現状の一夏に防ぐ術も避ける術も存在しない。
「………は」
まともに動くこともできないまま、一夏は肩を揺すって笑いだす。
気を違えたか、自棄になったか。
いいや、どちらでもない。
勝利を確信したのだ。
「悪いな。 残飯拾いみたいな真似だが……その辺りは許してくれ」
無人機は構わず……そもそも反応する機能も情緒も存在しないまま砲の光を強めていって―――
「シメは任せた―――鈴」
―――その砲が、何もできないまま横一文字に両断された。
それを為したのは鈴音だ。
彼女は無人機の背後に降り立ち、その断面から刃を横に振るったのだ。
真っ二つにされた砲は、行き場のなくなったエネルギーを暴発させ、左肩から上だけが切り離された無人機を更に首だけに変貌させた。
くるくると回りながら宙を泳ぐ機会の生首。
そのひび割れた瞳が最後に映したのは、冷たくも優し気に笑う少女の顔だった。
「―――さよなら」
餞別代りの一言を送り、鈴音は無事な左の衝撃砲を射ち放った。
一夏は、無人機の頭が空中で粉々に砕けるのを見届けてから、漸く意識を手放した。
とりあえず、今回書いていて分かった教訓。
一切何も喋らない、叫びもしない敵だと文章に間を持たせるのが大変。
ぶっちゃけ喋ってるのが一方だけだと、文オンリーの場合、不格好になりかねないんですよね。
今回、その辺り勉強になりました。
それはさておき、決着編。
……なんか長くてすいません。
分割しようとも思ったんですが、下手に区切ると盛り下がるかなと思ってそのまま載せました。
無人機との決着自体は原作と似た感じになっちゃいましたかね。
実はトドメも原作同様セシリアがやる予定だったのですが、ここは『鈴がやったほうがしっくりくるんじゃね?』ていうのと『というか観客席にいるセシリアに通じる穴開けたら他の生徒も大惨事じゃね?』ていう二つの意見が脳内で出て来たため、こういう形となりました。
……おかげでセシリアに「ちょろいもんですわ」って言わせるのはお蔵入りに(爆
さて、次回でこの章の本編も終了。
今回の事件のまとめに入ります。
それでは、また明日。