「それでは改めまして―――織斑 一夏君、一年一組クラス代表就任おめでとう!!」
『『……『おめでとう―――!!』……』』
わぁー、と一斉に皆が拍手を送ってくる。
それを向けられて、一夏はどうにもむず痒いような照れくささを覚えていた。
放課後、彼らは食堂の一部を借り切り、クラス対抗戦への壮行会を兼ねた一夏の代表就任パーティーを開いていた。
食堂というよりは小洒落たカフェかレストランといったふうな内装だが、そこへ手製の幕や輪飾りが飾られている辺りはやはり学生らしい。
「あー……皆、ありがとう。
しかし、ここまで派手にやらなくても……」
「いいのいいの、私たちが盛り上がりたいんだし」
「そうそう。 それに織斑くんには頑張ってもらわないと」
ねー、とにこやかに頷き合うクラスメイト達の姿に、一夏としては苦笑を漏らすばかりだ。
彼女たちがこうまで盛り上がるのはクラスメイトとなったたった一人の男性操縦者がクラスの代表となったからばかりではない。
というのも、この年頃の少女たちらしい理由が存在していた。
それは。
「なにせクラス対抗戦で優勝すれば学食のデザートが半年間フリーパス!! これは盛り立てるしかないよね!!!」
「おりむー、応援してるよ~」
つまり、そういうことだった。
IS学園の学食はその内装に負けずとても豪華でレベルが高い。
その上、世界中からくる少女たちの要望に応えるため、メニューの幅も非常に豊富だった。
それはスイーツに関しても同じことで、むしろこの年頃の少女を相手取るなら当然とでも言うかのごとくかなり力の入ったものだ。
そんな至上の甘味が半年の間好きに食べられるというなら、彼女たちの期待もひとしおといったところだろう。
もっとも、自制せねばその後に待つのは乙女にとっての地獄だろうが。
「今日はそのためにも織斑くんには楽しんでもらって鋭気を養ってくれないと!」
「……まあ、ありがたくお言葉に甘えさせてもらうよ」
正直、少々複雑な気持ちがないわけではないが、それはそれとして素直に楽しむことにした。
こういった割り切りはできるようになった方が人生的には割と便利だったりする。
と、一夏はあることに気付く。
「本音、楯無は? あいつのことだから嬉々として参加してくるかと思ったんだが……」
「お姉ちゃんから連絡があって、今日はお仕事させるからそっちには行かせないって」
浮かんだ疑問に、本音が即座に答える。
『行けない』ではなく『行かせない』という言い方の辺りに怖いものが含まれている気がするのは果たして気のせいだろうか
「そうか……手伝いはしなくてよかったんだろうか」
「うん。 それはいいって。
おりむーは主役なんだから、楽しまないと」
そこまで言われれば、遠慮するのも失礼か。
そう思い、彼はその厚意に甘えることにした。
………草葉の陰でどこかで聞いたような悲鳴が聞こえた気もするが、まぁ気にすることでもないだろう。
クラスメイトの方は、こちらに構わず既に盛り上がっているようだ。
「『あの新聞』のおかげでどこも一夏くんの話題で持ちきりだよ」
「他のクラス代表で専用機持ちは二組と四組……だけど、四組はその子がなんか代表を辞退してるらしいから、実質ライバルは二組だけだね!!」
「で、その二組の子は……」
「呼んだかしら?」
え?、と話し合っていたクラスメイトが振り向けば、そこには件の二組クラス代表……凰 鈴音が腕を組んで佇んでいた。
一夏もそこで彼女の存在に気付く。
「鈴か。 どうしたんだ?」
「別に。 ただ、食堂の一部を借り切ってなにやってるのか野次馬しに来ただけよ」
その気安いやり取りに、他の皆が興味深げに二人を眺める。
気になる疑問を投げかけたのは、この場でもっともそれが気になっている人間だ。
「………一夏。 入学初日も思ったが、彼女は知り合いか?」
「ん? ああ言っていなかったか」
おずおずと切り出してきた箒に、一夏は忘れ物を思い出した風に手を叩く。
「彼女は鈴……凰 鈴音。
箒がいなくなった後に知り合ってな。 中学3年になる直前まで同じ学校に通ってたんだよ」
「そして、中国の国家代表候補生でもあるんですのよね」
一夏の紹介に捕捉を入れたのはセシリアだ。
彼女はすうっと細められた眼差しで鈴音を見据える。
それはクラス代表を決める戦いの前にあったやり取り故か、それとも恋する乙女の勘が告げる警鐘か。
また箒も同じように、纏う雰囲気が鋭いものへと変じていく。
そんな二人の乙女の眼差しを受け、しかし鈴音はカラカラと笑って見せた。
「そんな睨まないでよ。 傷付くじゃない」
軽い調子に、むしろ箒とセシリアの方が出鼻をくじかれたように鼻白む。
一方の一夏は、そんな彼女の様子に目を細める。
と、その時であった。
「………………じゃあ、子供の頃の織斑くんも知ってるってことよね」
それを言ったのは誰だったか。
瞬間、その場に箒たちが醸し出したのとはまた別の緊張感が走る。
その雰囲気に、一夏は壮絶なまでに嫌な予感を得ていた。
そしてそれはこの直後に的中する。
「凰さん、その辺りのお話って聞ける!?」
「………そうね。 いいわよ」
とても良い笑顔で快諾しやがった鈴音に、クラスメイトがワールドカップで自国のチームがゴールを決めたかのように歓声を上げる。
そうして席に迎え入れられる姿はこの場の主賓が入れ替わったことを如実に表しているかのようだった。
「それじゃあ何から話しましょうか……やっぱり、小学五年の時のあの話は外せないわよね」
「ちょっと待て、鈴!! それはやめろ!!!」
立ち上がりかける一夏を、まあまあと周囲の少女たちがやんわりとしかし数人がかりで抑えに掛かる。
力は弱いものの、笑顔の裏に隠された迫力は有無を言わせないには十分なものだ。
背に嫌な汗が噴き出すのを自覚したその時、
「待て!!」
鋭く声を張ったのは箒だった。
「箒………!!」
地獄の底で蜘蛛の糸を見つけたかのような表情を浮かべる一夏。
しかし彼は知っていたはずだ……蜘蛛の糸とは、突き落とすために千切れるものなのだと。
「昔の一夏のことなら私だって知っている!!」
「箒ぃっ!?」
一夏は常には見せない、愕然とした表情を浮かべる。
既にその反応だけで一部の少女たちが実に愉し気な表情を浮かべているが、とりあえず顔は覚えておく。
それはさておき、二人の幼馴染が対面で張り合う。
「へぇ。 じゃあお互い聞かせ合おうじゃないの、相手の知らない一夏ってやつを」
「望むところだ!!」
「望んでねぇよ。 頼むからホントにやめろお前らぁっ!!?」
その慟哭を、しかし聞き届ける者はどこにもおらず。
趣旨の変わった宴は、一人の生け贄を肴に大いに盛り上がるのであった。
―――その最中。
談笑する鈴音を、一夏は時折鋭く見据えていた。
***
「あー、ひどい目にあった」
誰もいなくなった食堂の席で、一夏は疲労を隠さずにぼやく。
あの後、さんざんに一夏をいじる形になったあの宴はほどほどの所で切り上げられ、一夏はその片づけを引き受けていた。
これに関してはクラスの女子が主賓にやらせる形になることに軽い反発を表していたが、一夏は敢えて自分がやると申し出ていた。
また、その場にはもう一人手伝いとして残った者がいた。
「まぁいいじゃない、楽しかったわよ」
「お前はな」
鈴音だ。
彼女は彼女で「途中から参加したんだから」と片付けを名乗り出ていた。
その時に箒とセシリアも残ると言っていたが、さすがに人手が多すぎてもやりづらいということで遠慮してもらった。
一夏としては、この状態を望んでいたので好都合とも言えた。
「さて、それじゃあ始めますか」
「………その前に、ちょっといいか鈴」
こちらに背を向けて腕をグルんと回す鈴音を呼び止める。
ビクリ、と身を震わせて止まる彼女にさらに続ける。
「―――なにをそんなに苛立ってるんだ?」
その問いに、彼女はピタリと動きを止めた。
一夏から見て、今日の彼女はどうにも様子がおかしかった。
明るく振舞っているというか、笑顔がわざとらしく感じられたのだ。
まるで、仮面を被っているかのように。
他の者は何も気づかなかったようであったが、一夏からすれば一目瞭然であった。
だから何かがあったのかと、気になって問うてみた。
それこそが、彼女にとっての逆鱗だったことも知らずに。
「―――ふざけないで」
背を向けたままの鈴音が呟く。
その声は小さくも鋭く、怒気が静かに込められている。
「解からない? えぇ、そうかもね。
あんた、アタシのことなんてどうでもいいみたいだし?」
「なにを……?」
戸惑う一夏に、鈴音は振り返りながら何かを投げつける。
顔面狙いのそれを辛うじて掴み取って止めれば、それは紙の束だった。
新聞部が今朝発行した、校内新聞だ。
「これは……」
「読んだわよ、それ。 目指すは生徒会長、学園最強ってね」
そう、一面の見出しはそれだった。
唯一の男性操縦者が、学園最強に宣戦布告……その事実を、これでもかと言わんばかりに派手に書き上げている。
だが、その中には彼が言った覚えのない一文も大きく記されていた。
「『それ以外、眼中になし』……へぇ、アタシはただの障害物?
飛び越えるだけのハードルだっての?」
自嘲するかのように嗤う鈴音の瞳には、怒りと涙が浮かんでいる。
自分との戦いを蔑ろにされているのが腹立たしいのか。
約束までしていたのだから、それは尚更なのだろう。
「ちょっと待て。 俺はここまでは言っていない」
「そんなことはどうでもいいのよ」
一夏は反論するが、しかし鈴音に取り付く島はない。
「―――少なくとも、アンタが目指しているところにアタシはいない……そうでしょう?」
「っ……」
一夏は思わず言葉を詰まらせる。
言われれば確かに、鈴音との戦いよりも先を自分は見据えていた。
それは今も変わらないが……それが彼女を軽視しているのだと言われれば完全には否定できないかもしれなかった。
鈴音は一夏の胸倉を掴みつつ、彼の顔の横にバンッ、と勢い良く手を突く。
彼女は真っ直ぐに一夏の瞳を見つめながら、怒りを込めた声で宣言する。
「覚悟しなさい。 必ずアンタを負かして潰して這いつくばらせて跪かせてやる……!!」
そうして手を離すと、踵を返してそのまま食堂を後にした。
一度も一夏の方を振り向こうとはせずに。
一夏は掴まれて乱れた胸元を直さないまま、深々と息を吐いてそのまま背もたれに頭を預けるように天井を見上げる。
LEDの照明の眩しさに目を細める。
「………まいったな、これは」
疲れたような声が思わず漏れる。
ここにきて、彼女と向き合えていなかった事実がのしかかる。
「そうだな……よくよく考えてみれば、あの時は謝罪と親父さんのことしか話してなかったからな」
そして今の今までロクに話せていなかった。
約束を半ば守れたことに安堵して、その内容にまで思いを馳せていなかったことに今さらながら気付く。
「我ながら、浮かれていたということかな」
専用機を……力を手に入れて、明確な目標を定めて、足元がおろそかになっていたか。
だがもう遅い。
彼女を傷つけた事実は覆らない。
ならばどうするか?
後を追って謝る?
いや、彼女の性格から言って逆効果だろう。
クラス代表戦でわざと負ける?
いや、それこそ彼女を本当に侮辱する行いであるし、何より自身がそれを許せない。
そう、結局やるべきことは一つなのだ。
「悪いな鈴。 ―――詫びは、俺の全力で許してくれ」
全力全開、正面衝突、真っ向勝負。
己の力をすべて彼女にぶつけていく。
その結果を以って、彼女への謝罪としよう。
思わず、拳を強く強く握りしめる。
一夏は鈴の怒りと溝に、そうやって向き合うことを決意した。
「さて、まずは……」
顔を下げ、前を見据える。
そこにあるのは。
「………これ、片づけるか」
散乱した宴の残滓に、彼は深々と溜息を吐いた。
当作品の初壁ドンは鈴でした。(ただしやる側)
ちなみに某四組のあの人が代表辞退してるのはここの独自設定です。
……ぶっちゃけ、アレにかかりきりの状態でクラス代表とかやってる暇ないんじゃないかと。
さて、次回からは鈴戦。
楽しんでいただければ幸いですので、明日をお待ちくださいませ。