インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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参:クラス対抗戦、或いは赤い龍の怒りと涙
18:じゃじゃ馬の手綱は難しい


 

 

 

 アリーナの中央で、二人の男女が対峙している。

 どちらも十代半ばほどの若者で、その身にISという鋼を纏って武装している。

 

 少女の名は【凰 鈴音】。

 【甲龍】という名の赤い装甲で身を固めた中国の国家代表候補生。

 彼女は白を纏った少年……一夏を涙に濡れた瞳で睨んでいる。

 

「おいていかないでよ」

 

 響く声は、悲痛な音色だ。

 放つ側の心が、千々に裂かれているのを表わしているかのように。

 

「ひとりにしないでよ」

 

 そこには、常の自信に溢れた姿はない。

 今の彼女は、幼い迷子のように肩を震わせている。

 

「わたしをみてよ」

 

 対する一夏は、動かない。

 何を語ることもしない。

 ただ、彼女の言葉を受け止めるばかりだ。

 そんな、何も答えない彼の姿に、鈴音の感情は決壊した。

 

「――――っ、なんとか言えよ、一夏ぁーーーーーーーーっ!!」

 

 悲痛な叫びがこだまして、漸く一夏は口を開く。

 

「………それが、お前の抱えていたものか」

 

 少女の慟哭を受け止めて、口から出た声音は不自然なほどに落ち着いたものだった。

 だが、その裏に抑えつけられていたモノ、それが今、撃ち出すように放たれる。

 

「―――■■■■■」

 

 

 

***

 

 

 

 一夏がクラス代表に決まった翌日。

 一年一組の生徒たちはグラウンドに整列していた。

 ISスーツを纏っている彼女たちは、揃って皆どこかそわそわと落ち着かない様子を見せている。

 それもそのはず、この日は入学以降初めてのISを使った実習だからだ。

 実際、入学試験を除けば初めてここでISを使う者も多い。

 新聞部が取ったアンケートによれば、自身がIS学園に入学したのだと強く実感できるのがこの初めての実習授業だという者が大多数を占めるらしい。

 故に、並んでいながらどこか静粛とは言い難い様子に、千冬は毎年のことながらデジャヴを感じずにはいられなかった。

 

「―――全員注目。 それでは、これから初の実習をしてもらうわけだがその前に注意をさせてもらう。

 授業で使う訓練機は最大で十機ほど、これは一機関の保有するIS数としてはかなり多いといえるが、それでも生徒の数から考えれば当然少ない。

 よって今日は一クラスだけだが、複数クラス合同で授業を行うことも多くなるからそのことを念頭に入れておけ」

 

 さすがに今日までの生活から千冬の声でほぼ全員が反射的に身を正して注目するが、それでも瞳に輝く期待の色はそれを見渡す千冬の目からは眩しく映る。

 

「それでは、今日はISの基本的な飛行操縦を学んでもらう予定だが……織斑、オルコット」

「「はい」」

 

 呼ばれ、二人は千冬の隣に並ぶ。

 セシリアが纏うスーツは形そのものは他の生徒と変わらないが、青を基調とした色彩になっている。

 一方の一夏は男性であるためか袖のないダイバースーツのような形で、黒を基調とした軟質の生地に白いラインが走っている。

 

「二人は専用機持ちだからな。 丁度いい手本だ。

 まずは展開からやって見せろ」

「わかりました。 行きますわ、ブルーティアーズ」

「―――白式」

 

 呼ぶと同時、即座にそれぞれの機体が顕現し、装着される。

 その光景に少女たちが感嘆の声を上げるが、対して千冬の眼差しは平坦だ。

 

「まずまず、と言いたいがもう少し早くできるはずだ。

 熟練者は一秒とかからん、精進しろ」

「「はい」」

「よろしい。 では次は上昇だ。 行け」

 

 指示を受け、二人は同時に地から飛び立った。

 重力の頸木から逃れた二人の飛翔は、しかしすぐに明確な違いが出る。

 

「―――やはり、そちらの方が速いですわね」

 

 一夏の背を眺めながらセシリアが呟く。

 差としては一機分だが、これが全力での戦闘機動ならばもっと差が出ただろう。

 これは単純にセシリアの機体が遅いのではなく、一夏の白式がより強い出力を持っているということだ。

 

 一夏は適当なところまで上がると立ち止まってセシリアを迎えるように振り返る。

 セシリアも、その直後に辿り着く。

 彼女が見た一夏の表情は、しかし若干苦い。

 

「たしかに速いが、少し問題があるんだよな」

「問題?」

 

 首を傾げるセシリアに、一夏は右手の平を見つめながらぐっぱっと握ったり開いたりを繰り返している。

 その様子は一次移行直後の様子を彷彿とさせるものだったが、その時と比べ表情は硬い。

 

「反応が鋭いのはいいんだが……少しばかり敏感に過ぎててな。

 そのくせ出力はデカいから、手綱を握るのに少し難儀しそうなんだよ」

 

 必要以上に勢いが付きやすいというべきか。

 機体の反応速度が良すぎるために、下手に気を急けば自前の反射速度を超えかねない。

 その上で機体の出力自体がかなり大きいため、気を付けなければ大雑把な動きを繰り返すだけになってしまうだろう。

 下手をすれば振り回されて自滅しかねない。

 

 有体に言えば、些か以上にじゃじゃ馬に過ぎるというのが一夏が愛機に付けた最初の評価だ。

 だが、だからこそと一夏は思う。

 

「これくらいの方がやりがいというのものがある。 御してみせるさ」

 

 そんな、自身を落とした時にも似た獰猛な笑みに、セシリアは胸が高鳴るのを自覚した。

 

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ! なんでもありません!!」

 

 不思議そうな顔を浮かべる一夏に、慌てて首を横に振る。

 と、地上から通信が入る。

 

『二人とも、なにをしている。 授業中だぞ』

「す、すいません」

『次は急降下と完全停止だ。 目標は地表十センチ』

「了解いたしました。 ―――それでは一夏さん、お先に」

 

 会釈を残し、セシリアが滑るように降りていく。

 重力を味方に付け、昇る時以上の速度で地に向かっていく。

 やがて足が地に向けられると同時にふわりと減速し、優雅に着地する。

 その挙動の滑らかさはまるで羽毛が舞い落ちるかのようだ。

 

「………やはり巧いな、セシリア」

 

 思わず、といった風に一夏が呟く。

 そこには感嘆の念が響きとして込められていた。

 と、視線の先で小さくなったセシリアがISを解いてこちらに小さく手を振っている。

 同時に、他の者の視線も集中してくる。

 

「よし、行くか」

 

 言うなり、頭から吶喊する。

 その勢いはセシリアよりはるかに速く、墜落のようですらある。

 その証拠に他のクラスメイトの顔が若干引きつっていくのが狭まった視界の中でぼんやりと認識できた。

 と、その次の瞬間には地面は文字通り目と鼻の先で、

 

「とっ!」

 

 ボゥッ!!、と一瞬で体の上下を入れ替え、殆ど減速を挟まずに停止する。

 その衝撃に盛大に土埃が上がり、短い悲鳴が唱和する。

 土煙が散り始める中、ガシャンと装甲を鳴らしながら着地する一夏。

 と、その頭を軽い衝撃が襲う。

 振り向けば、千冬が手にしたボードでこちらの頭を軽く叩いていた。

 

「馬鹿者。 もう少し静かに降りんか」

「すいません」

 

 一夏はISを待機状態に戻しながら謝罪する。

 けほけほと咳き込む声と涙目の集中砲火にやや居た堪れなさを感じる。

 

(やはり、要訓練だな)

 

 小さく溜息を吐きながら、彼はひっそりと決意を新たにしていた。




 というわけで、皆さんお待たせいたしました。
 対鈴戦のちょうどいいところまで書いていたのもあってここまで遅れてしまいました。

 この作品での白式はこんな感じです。
 反応速度が良すぎてよっぽど集中してないとぶんぶん振り回されちゃいかねないという……
 この辺り、むしろ下手な先入観のない原作一夏の方が馴染みやすいのかもしれませんね。

 とりあえず、今回は短いのでこの辺で。
 また明日もお願いします。

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