インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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※注意
 二話連続投稿の二つ目です。
 ご注意ください。


幕間:五反田弾の珍客

 

 

「おい、弾。 珍客だ」

 

 五反田弾が祖父である店主の厳にそう言われたのは、いつものように店の手伝いをしていたある日のことだ。

 その言葉で、弾は誰が来たのかを正確に把握した。

 

 まだ見習いでしかない弾が食事を作って出す相手は二人だけ。

 一人はこの道を決意させた親友にして悪友の【織斑 一夏】。

 彼が来たとき場合は【上客】と呼ぶ場合もある。

 そしてもう一人が【珍客】と称される人物である。

 

 弾は手早く定食を一膳作り上げると、盆に乗せたそれをこぼさぬよう丁寧かつ迅速に運んでいく。

 時間帯としてはずれているため、客の姿もまばらなので置いてそのまま対面に座る。

 この辺りは祖父も承知のことで、【珍客】もそれを狙ってこの時間帯にしたのだろう。

 

「―――いただきます」

 

 【珍客】……彼女は出てきたそれに手を合わせ、存外に上手い箸使いで主菜を摘まみ、口に運ぶ。

 そして咀嚼して飲み込んで、一言。

 

「うん、美味しい。 弾くん、腕上げたかニャー?」

「はいはい」

 

 賞賛に対し、弾の反応はいかにも素っ気ない。

 対面に座りながら、足を組んで頬杖をついてそっぽを向いている姿はいかにも興味がないといった風体だ。

 そんな彼に、彼女は不満げに頬を膨らませる。

 

「ツれないねー、弾くん。 ……倦怠期かにゃ?」

「アホ言ってないでとっとと食っちまえよ、騒いでっと爺ちゃんがキレて出禁になるぞ」

 

 それは勘弁、と言いながらいそいそと食事を再開する。

 そんな彼女の様子を横目で眺めながら、弾はふと思う。

 

(なんだかんだで、割と長い付き合いだな。 コイツとは)

 

 言いつつ、弾は何となしに回想する。

 目の前の彼女……倉持技研の第二研究所所長の肩書を持つ、【篝火 ヒカルノ】という女性との出会いを。

 

 

 

***

 

 

 

 弾とヒカルノの出会いは良いものではない。

 むしろある意味最悪に近いモノだった。

 

「君が一夏くんの【お友達】の弾くんか~……うん、彼と同じく結構いい体してるね」

「……申し訳ありませんがお客様、当店では店員のお触りは禁止しております」

 

 まぁ、初対面で尻を触ってくる逆セクハラ女に第一印象を良く感じる人間は稀だろう。

 そして弾はもちろん『稀』には含まれない人間だった。

 

 お冷を持ってきた弾はその後、簡単な自己紹介を経てこの変人と対面で座ることとなった。

 ほかに客がいなかったことと、一夏絡みであったからこそ厳も許可を出した。

 

「ふんふん……見た感じは普通の子だねぇ」

「実際普通の人間ですんで」

 

 弾は半目を向けつつ目の前の女性を観察する。

 僅かに緑がかって見える髪は上の方で左右に纏められている。

 白衣を纏った豊かな胸の膨らみをその身の挙動のままに揺らし、歪ませながらその切れ長の瞳はこちらへ向けて愉しそうに細められている。

 倉持技研第二研究所所長……それがこの女の肩書らしい。

 しかしこうしてやってきたということは一体自分に何の話だというのか。

 弾は訝しみながらもヒカルノの話を待った。

 

「………あたしはさ、織斑 千冬や篠ノ之 束とは同級生でね」

 

 と、何故か出てきた話題は自身の交友関係だ。

 弾は疑心を強めながら相槌を打つ。

 

「へぇ。 束って人はともかく、千冬さんからはアンタみたいな友達がいるって話は聞いたことはないですね」

「そりゃそうさ」

 

 若干嫌みの混じった言葉に、ヒカルノは小さく笑って返す。

 

「言ったろう? 『友人』じゃなくて『同級生』。

 解かる? この違い」

 

 瞬間、弾は息を呑んだ。

 そのニュアンスに、彼自身どこか覚えがあるからだ。

 それを察してか否か、ヒカルノは椅子の背もたれに身を預けながら天井を見上げる。

 

「あの二人は自分たちだけで足りていた。

 他の人間に入る余地はなかったし、そもそも同じステージに立つどころか手を掛けることすらできない」

 

 回顧するようなヒカルノの語りに、弾が思い浮かべるのは親友の姉だ。

 そこそこ程度の付き合いだが、なるほどそれでも十分理解できるほどの女傑だ。

 ―――いや、敢えて言葉を選ばず、語弊を覚悟で言うなら化け物か。

 

「だからあたしは同級生ではあっても友人ではない。

 ……そも、友人ていうのはそういうものさ」

 

 そこで、ヒカルノの顔がこちらへと下げられていく。

 その目には、思わず寒気というより怖気が走るような濁った光が宿っている。

 

「対等でなければ友情は成り立たない。

 どちらかが上だったり下だったりすれば、それは愛玩動物を愛でるか、神様を崇めるのと変わらなくなる」

 

 事ここに至り、弾は理解した。

 

「ねぇ? ―――君と一夏くんはどうなんだろうね、五反田弾くん?」

 

 彼女は、それを問いにここまで来たのだと。

 

 或いは、最初はただの釘刺しに来たのかもしれない。

 もしくは、善意からの忠告か。

 妥当なところでは興味本位の物見遊山というのが確立として一番大きいか。

 

 だが、それを現実に形として成したこの時に、こうしてその根底が漏れ出ている。

 つまりは同じ場所へと堕ちろという、諦観という泥濘への誘いだ。

 お前もそうなってしまえと、もしかしたら彼女自身自覚していない部分で弾に囁いている。

 

 それを受け、弾は思う。

 ―――知ったことか、と。

 

「悪いけど」

 

 ガタリ、と席を立つ。

 それを目で追うヒカルノに背を向けながら、首だけ回して振り返る。

 

「その手の懊悩は少し前に投げ捨ててる。 ……ちょっと待ってろ」

 

 敬語をかなぐり捨てた弾は、厨房へと足を踏み入れると手早く(といっても、今の自分から見るとスットロイにもほどがあるが)定食を一膳作り上げる。

 そして彼は、それをヒカルノの前に置いた。

 出来上がった野菜炒め定食を前に、彼女は唖然とした表情で傍らに立つ弾を見上げる。

 

「アンタの言い分は正しいのかもしれない。

 ああ、見下されるのはごめんだし、同情しながら友達だなんて言うのは吐き気がする。

 でもな」

 

 言葉を一旦区切り、腰を折ってヒカルノと目線を合わせる。

 彼女の瞳を真っ直ぐ見据えながら、力強く言い放つ。

 

「何でもって対等かっていうのはテメェらで決めるさ。

 そもそも、根本的にそこまでお利口さんじゃねぇんだよ、俺たちは」

 

 エベレストに挑む登山家は同じ登山家しか友人がいないのか。

 チェスやボクシングのチャンピオンは同じようになにかの優勝者でなくては友人になれないのか。

 いいや、そうとは限らないだろう。

 

 そう、他人がどう思うがどう言おうが関係ない。

 互いが誇って胸を張るもののどちらが素晴らしいかとか、価値があるかとかはどうでもいい。

 自分は当に決めているのだ。

 

「俺はここでこうやってアイツに飯を作る。

 それでいいし、そう決めた」

 

 それだけで、友だと言い放つには充分だ。

 細かい理屈やなんだなど知ったことか。

 釣り合っていないとか、言いたい奴は言えばいい。

 これが無くなることがあるとすれば、ただ一つ。

 

「俺があいつに飯を作らなくなるか、あいつが俺の飯を食わなくなるか。

 俺らがダチでなくなるのは、そうなった時だ」

 

 恐らくは、他人から見ればちっぽけなものなんだろう。

 青臭くて馬鹿らしいと、笑い飛ばされても仕方がない。

 だが、譲るつもりも恥じるつもりも全くないと、弾は誇りさえ抱いて立っている。

 

 ヒカルノはしばらく固まって、呆けたように弾を見つめていた。

 それから僅かに間を空けて、やがて肩を震わせ始めた。

 

「……ぷ……くっ。

 あははは、あはははははははははははっ!!」

 

 堪えるのも限界と、やがて彼女は腹を抱えて笑い始める。

 いつもなら厳が摘まみ出すところだが、店の主たる彼は厨房の奥で夕食時に備えて下ごしらえを続けていた。

 やがて落ち着いたのか、ヒカルノは咳き込みながらも浮かんできた涙を軽く拭っている。

 

「はは……はぁ、はぁ、けほっ……ごめんね、騒いじゃってさ」

「ああ、次やれば出禁な」

「あれま容赦ない」

 

 言う割に、気にした様子もなく服装の乱れを直していく。

 その仕草にふと色気を感じた弾は思わず目を逸らし、目ざとくその様子を見つけたヒカルノが先ほどとは違った意味合いで愉悦の光を目に宿す。

 

「あっれぇ? なんで目を逸らしたのかにゃー?」

「いいからとっとと食え変人」

「ストレートに言われると結構クるわねぇ」

 

 ともあれ、彼女は箸を持って手を合わせる。

 

「いただきます……うん、ちょっとしょっぱいかなぁ」

「悪いな、修行中なもんでよ」

 

 弾は改めて対面に座ると、明後日の方を向きながら頬杖を突く。

 そんな彼に、定食を摘まむヒカルノは含み笑いを漏らす。

 そして、ふと、

 

「―――そっか。 そういうのもありなんだ。

 そういうのでも、よかったんだ」

 

 そんな言葉が聞こえてきた気がしたが、弾は振り向くこともしなかった。

 

 

 

***

 

 

 

(………んで、いつのまにかちょくちょく顔を出してくるようになって、なんでか俺が飯を作るようになったんだよな)

 

 しかもご丁寧なことに一夏とは決して出くわさない日にだ。

 確かめたことはないが、恐らく一夏はヒカルノがここに来たことがあることすら知らないだろう。

 話す内容も当たり障りのないことばかりで、一夏の近況に触れることはほとんど無い。

 弾としても、一夏から直接聞くつもりなのでその辺りに言及することはなかった。

 結局のところは、ちょっと変わった茶飲み友達に近い。

 

 見目だけは良い、奇妙な知人との馴れ初めを思い出して弾は思わず溜息をもらす。

 

「ご馳走様。 腕上げたわねぇ、弾くん。

 ―――で、なんであたしを見て溜息なんかついちゃったのかなー?」

 

 にっこり笑うヒカルノは、しかし妙なプレッシャーを放っている。

 弾は顔をしかめてフンと鼻を鳴らして一言。

 

「アンタとの付き合いも妙に長いなって思ったんだよ」

「うん? ………あー、そうねぇ」

 

 食後のお茶を傾けながら、彼女は初めてこの店に来たときのことを振り返り、飲み干した湯呑みを置くと同時に手を合わせる。

 

「―――当時から、弾くんのお尻は張りがある良いものでした」

「ホントに出禁にすんぞ痴女」

 

 ほぼ反射的に地を這うような低い声を放つ弾。

 対してヒカルノはあはは、と軽く笑いながらパタパタと手を振る。

 

「いやいや、だって普段会う若い子って女の子ばっかりだしね。

 ピチピチの男の子は色んな意味で新鮮なんだよ。

 一夏くんはフーさんがつきっきりだしねぇ」

「セクハラの理由にはなんねぇな」

 

 正論に対し、ちぇーと拗ねたような声を上げるヒカルノ。

 と、その表情が感慨深げなものに変わる。

 

「けどまぁ、確かに付き合いも長くなってきたかもね。

 ………そろそろテコ入れの時期か」

「なんのだよ。 いいから、食い終わったんならとっとと帰れ帰れ」

 

 歯を剥いてしっしっと手を振る弾に、ヒカルノはわざとらしく頬を膨らませる。

 

「わかったわよーう。 ……ありがとう、美味しかったわ」

「……おう」

 

 そうして暖簾をくぐる直前、なぜか振り返る。

 何事かと眉を寄せる弾に、彼女は小さく笑いながら首を傾げる。

 

「ねえ。 本気でアリって言ったらどうする?」

 

 その言葉に、弾はしばらく黙って、やがて頭をバンダナ越しにガリガリと掻きながら、

 

「―――まぁ、そん時は真剣に考えるさ」

 

 とだけ答えた。

 きっと面白おかしくからかってくるだろうなとは思いつつも、なんとなく否定しきれないのも事実だった。

 それに対し、ヒカルノは案の定、楽し気な笑みを浮かべている。

 

「あはは―――言質はとったぞ」

「ちょっと待て、なんでそんなマジトーンで……」

 

 軽い笑いの後に、それを全部吹き飛ばす強く力の込められた一言。

 そんな予想外の反応に慌てる弾を尻目に、ヒカルノは引き戸を締めてさっさとその場を後にする。

 

 タクシーを拾うまでの道中、その足取りは異様に軽い。

 

「まいったなぁ……」

 

 ふと、一人呟く。

 周囲は人影はなく、漏れ出る声は思わずといった様子だ。

 

「………割と、本気かも」

 

 その表情がどんなもので、顔が赤かった否かは彼女本人にもあずかり知らないことである。

 

 それが関係しているかどうかは不明だが、翌日のこと。

 ヒカルノの部下は、何故か異様に機嫌の良い彼女の姿を見ることになったのだった。




 というわけで、弾メインの話でした。
 ………短めのわりに割と難産であんまりしっかりとした形になってなくてすいません。
 最近忙しかった&モチベが上がらなかったので……

 この作品での弾とヒカルノは、行ってしまえばお互いが『違う可能性の自分』と言えるものです。
 特にヒカルノは『特別な存在』に対しての弾の在り方に、ある種の憧憬のようなものを感じています。
 まあ、だからと言って今さら千冬や束との関係に変化が出るかと言えばそうでもなく、そうするには時間があまりにも立ちすぎてる感じですね。
 ただ、心境の変化はあったので今後彼女たちと会うことがあれば違った反応をするかもしれません。
 弾の方も、もしかしたら一歩間違えば自分も一夏に対してヒカルノのような状態になっていたかもしれないと感じていますが、そうはならなかったので大して気にしている部分は無かったり。
 ただ、ヒカルノと腐れ縁というか憎まれ口叩きながら飯を作るようになっているのはそこらへんが関係しているかもしれません。

 ちなみにこれで弾のヒロインがヒカルノに決定したかというと、そういうわけでもなく、虚さんにも出番を作る予定です。
 ……ただ、予定的にはだいぶ先なのでそういう意味じゃスタートダッシュおくれてる感が……(汗

 さて、次回からは第二章。
 鈴との戦いです。
 戦闘への導入まではセシリアよりかは短い予定です。
 ……まぁ、まだ一文字も書いていないのですが……
 なのでまたかなり間が空くと思いますが、気長に待っていただければありがたいです。

 それでは今回はこの辺で。
 なろうのほうでも、これを投稿した日を含めて三日間ほど『オークはみんなを守護りたい』の最新話を更新していくので、よろしければ読んでいただけるとありがたいです。
 ………ところで、こういう宣伝ってアウトなんですかね?(滝汗

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