振りぬいた剣が、元の刃金へと戻っていく。
一夏の意志によるものではない。
設定された通り、シールドエネルギーが1パーセントを切ったから自動的に終了したのだ。
つまり結果を見れば薄氷の勝利である。
『セシリア・オルコット、シールドエネルギーゼロ! 勝者、織斑一夏!!』
アナウンスが、終了を告げる。
瞬間、観客席から歓声が沸き上がる。
それを受けながら、残心のように一夏は細く息を吐いた。
と、背後のセシリアがぐらりと身をよろけさせ、そのまま重力に曳かれて落ちていこうとしていた。
どうやら気を失ったらしい。
それを察知した一夏は慌てて追いかける。
ISの防御能力や生存性を考えれば、そのまま落ちたとて怪我をすることはまずないだろうが、だとしても放っておけるものではない。
一夏は途中でセシリアに追いつくと、彼女の身を抱きかかえながらゆっくりと降り立つ。
その光景に、観客席から先程とは違った意味で歓声が上がる。
所謂、黄色い声というやつだ。
それを無視して一夏はセシリアの顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?」
「んぅ……」
呼びかければ、彼女はすぐに瞼をゆっくりと開いていった。
どうやら、あくまでも一時的なものだったらしい。
と、焦点のあった瞳が一夏の顔を見つめると、瞬く間にその顔が赤く染まっていく。
今の自分の体勢に気付いたようだ。
「お、織斑さん!?」
「あ、スマン。 気絶してそのまま落ちそうだったからつい、な。
……立てるか?」
「は、はい? えと……」
セシリアは手足を動かそうとするが、すぐにその顔が曇る。
どうやら、力が入らないらしい。
「ちょっと、無理そうですわ」
「解った。 しばらく支えさせてもらう」
「ぅう、申し訳ありません」
戦う前が嘘のようにしおらしい姿を見せるセシリアに、思わず苦笑を漏らす。
と、溜息一つ漏らしてから、一夏は口を開く。
「……すまないな、オルコット」
「え?」
「今の戦い、本当はもう少し真っ当なものにするつもりだった」
だが、結果はアレだ。
とるべき手が限られていたとはいえ、やったことはペテンと大道芸の合わせ技のようなものだ。
「もしお前が、納得できないというなら改めて……」
と、セシリアの指が震えながら一夏の唇に当てられる。
言葉を遮られた彼を見つめるセシリアの表情は、優し気な苦笑だ。
「あれが不本意な戦い方というならば、それを破れなかったのは私の落ち度。
その提案は、敗者への侮辱ですわ」
「―――そうか」
「えぇ……ですから、勝者ならば勝者の権利と責任を」
一夏はコクンと頷く。
「了解した。 クラス代表の座、謹んで拝命する。
その肩書に恥ずかしくない戦果を約束しよう」
「えぇ、期待しておりますわ。
それと、厚かましいかもしれませんが二つ……いえ、三つほどお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
訝し気に問う一夏に、セシリアは答える。
「まず一つ目。 クラス代表云々関係なく、また戦ってくださいます?
―――次は負けませんわ」
笑みを不敵なものに変えてのその言葉に、一夏も力強く応と答える。
「勿論だ。 こちらからお願いしたいくらいだよ」
「よかった。 それで、二つ目と三つ目のお願いなんですが……」
そこで言い淀んだ彼女は頬をさらに赤く染めながら視線を逸らし、やがて意を決したように言う。
「……名前で、お呼びしても良いでしょうか?
私のことも、名前でお呼びください」
「―――わかった。 これからよろしく頼む、セシリア」
すると、セシリアは花が咲くような笑顔を魅せた。
「はいっ、よろしくお願いしますわね。 一夏さん」
***
その後、アリーナを後にしたセシリアはシャワーで汗を流していた。
その脳裏に浮かぶのは、一夏のことばかりだ。
「一夏、さん」
名を呟くだけで、胸の内が高鳴る。
抑えるように手を当てると、早鐘のような鼓動が掌を打つ。
「……フ、フフ……私、こんなに簡単で安い女だったのかしら?」
負けただけで靡くなんて、手軽にもほどがあるだろう……そう思いつつ、しかし悪い気がしないというのだからどうしようもない。
自分が今まで会ったことのない、心身ともに強い男。
その姿を脳裏に思い浮かべて、思わずほう、と熱い息を漏らす。
どうやら、本格的にやられてしまったようだ、自分は。
故に、彼女は思考を切り替えて決意した。
なんてことはない、いつもやっていることだ。
「私、狙った的は必ず射貫くことにしてますのよ。
覚悟してくださいましね、一夏さん」
言って、彼女は右手で作った指鉄砲の銃口に軽く口付けしてみせた。
***
その頃、一夏は早々と着替えまで済ませて控室から出てくるところだった。
この辺りの身支度の手軽さは男女の差であろうか。
まだ湿り気の残っている頭には広げられたタオルが乗っている。
「一夏!」
と、名を呼ぶ声に振り向けば、なにかが自分めがけて飛んでくるところだった。
「とっ?」
受け止めれば、それはスポーツドリンクの500mlペットボトルだ。
飛んできた方向を眺めれば、腰に手をやってなぜか得意げに笑っている鈴音の姿がある。
「鈴、か」
「クラス代表決定おめでとう……しっかり勝ってきたじゃない」
「まぁな」
言いながら、ペットボトルの蓋を軽い音を立てて開け、一口飲む。
酸味交じりの独特の甘みが舌を濡らして喉を潤し、胃に流れ込んでいく。
口を離せば、すでに半分が無くなっていた。
思った以上に水分を体が欲していたらしい。
「ふぅ、ありがとうな」
「別に。 ……それより」
鈴音からの眼差しに、一夏は「ああ」と力強く肯く。
「これで、約束の第一歩は果たせたぞ」
「あとは、アンタがクラス代表戦で負けなければね」
「そのまま返すぞ」
「はン、あたしを誰だと思ってるのよ?」
自信満々になだらかな胸を張る鈴音。
―――クラス代表戦で自分と戦うこと
それが、彼女が一夏と再会したときに交わした約束の内容だ。
その実現が近くなったことに、彼女は些か高揚しているようだ。
彼女は自信に満ちた様子で一夏に指を突き付ける。
「覚悟なさい。 ボッコボコにしてあげるわ」
そんな鈴音に、一夏はクッ、と笑いを喉に詰まらせその隣を通り過ぎ様に彼女の頭をくしゃりと撫でる。
「んにゃ!?」
「言ってろ。 返り討ちにしてやるよ。
こいつでな」
言いつつ、右手に装着されたガントレットのような白式の待機状態を掲げて、そのままその場を後にしていく。
去っていく一夏の背に、顔を赤くした鈴音が振り向いて声を張る。
「さらっと人の頭撫でてくな! チビだって言いたいのかコノヤロー!!」
慣れているのか、そんな抗議にも一夏は振り返らないまま右手をひらひらと振って答える。
やがて、曲がり角へと消えていった一夏に、鈴音は頬を膨らませる。
「まったく……見てなさい、絶対ぶっ倒してやるんだから。 そしたら―――」
と、そこで鈴音は顔を俯かせ、なだらかな胸に手を重ねる。
「―――そしたら、もうどこにも置いてかれたり、しないわよね」
それは、先程までが嘘のような、それこそ迷子に会った子供のような不安げな声音で。
そんな消え入りそうな声は、誰の耳に届くこともなく消えていった。
***
「あ、織斑くんよ!!」
『『『キャー、織斑くーん!!!』』』
アリーナの入り口から出た途端、一夏は何人もの女子生徒に揉みくちゃにされる。
どうやら出待ちをされていたらしい。
扱いといい、この反応といい、そのままアイドル扱いだ。
群れを成して襲ってくる……主観からすればそんな形容でも間違っていない少女たちの群れにさすがに一夏も閉口する。
どうやら口々に賞賛しているが、ぶっちゃけ声が重なりすぎて訳が分からない。
適当に相槌を打ちながら見回せば、少し離れたところで楯無、箒、本音、虚の四人がいた。
彼女たちは巻き込まれないように遠巻きに眺めながら、楯無は目があまり笑っていない笑顔を浮かべ、箒は拗ねたようにむくれて、本音は屈託のない笑顔で手を振り、虚は気の毒そうに苦笑を浮かべていた。
とりあえず、助けが来ることはないことを認識して溜息を漏らしていると、少女たちの壁を割るようにこちらへ介入してくる人物がいた。
制服のリボンから察するに楯無と同じ二年生か。
右側に纏めた短めのサイドテールと眼鏡が特徴的で、腕には【新聞部】の文字が眩しい腕章を通している。
「ちょっとごめんね~。 新聞部の黛薫子でーす。 織斑くん、ヒーローインタビューしてもいいかな?」
「―――ええ、構いません」
周囲の少女たちが若干引いたのを見て、僅かに乱れた服装を直しながら応じる。
承諾を得た薫子は笑顔でマイク替わりだろう端末を突き付ける。
「さて今回の戦い、織斑くんとしてはどうだったでしょうか?」
「そうですね……こちらとしては想定外の事態が重なり、結果としてだまし討ちとどんでん返しばかりのイロモノのような内容になってしまったのは不本意なところです。
次はちゃんと真っ当にぶつかりたいですね」
「やっぱりセシリアちゃんは強かったですか?」
「当然でしょう。 彼女には自負するだけの実力が伴っていて、結果を見ればギリギリで勝ちをもぎ取ったようなものですから」
「おや、ではあの勝利は幸運が味方したと?」
「………そうではないと、クラス代表戦で証明しましょう」
その宣言に、薫子のテンションも上がる。
想像以上に盛り上がりそうな内容に内心では嬉しい悲鳴が止まらない。
「いいですねぇ~。 では、クラス代表になった意気込みをどうぞ」
「入学していきなりクラス代表と生徒会副会長という二足の草鞋を履くことになり、妙に肩書が盛ってしまっている気がしますが……やるからには、全力を以って当たらせていただきます」
「ん~、ちょっとお堅いけどいい感じねぇ~。 それでは最後に、なにか一言」
そう問われ、一夏は顎に手をやって、考え込む。
と、なにを思ったのかその顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「それじゃあ、最後に今後の目標を一つ。
今の二年が卒業するまで、じゃあ格好がつかないから……」
と、そこで言葉を区切り、人垣の向こうの楯無へと視線を向ける。
そして笑みを深くすると、はっきりと宣言した。
「―――俺が二年に進級するまでに、生徒会長就任を目指します」
瞬間、周りの全ての人間……それこそ、言われた当人である楯無以外の全員が息を呑む。
彼が言うところの意味はつまり、
「それは、学園最強……たっちゃん、もとい更識会長を打倒するということで!?」
たっちゃん、とは楯無のことだろうか。
どうやら個人的にも親交が深そうだ。
ずれた眼鏡を直しながら確認する彼女に、力強く肯きを返す。
「そう取ってもらって構いません」
言い切れば、一気に歓声が上がる
そして楯無は深い深い笑みと共に彼の眼差しを受け止め、見つめ返す。
「大きく出たわねぇ~、一夏」
「ああ、言葉を濁すつもりはないし……なにより、負けっぱなしは性に合わん」
火花を散らしているような錯覚に、二人の間にいる少女たちが思わず道を空ける。
しかし、距離を詰めるでもなく静かに睨み合うばかりの二人。
それぞれの胸の内には、闘志を燃え上がらせているのか。
知らず、固唾を飲む周囲。
研ぎ澄まされていくように、どこまでも張り詰めていく空気。
先ほどまでの盛り上がりが嘘のように静まる中―――
「こ、これは……スクープ!? 特ダネ!!?
―――創部以来の最高発行部数更新確定じゃぁあああああああっ!!!!」
―――テンションが高まりすぎてエアリード機能が完全に壊れた叫びが全部ぶち壊した。
皆が脱力してガクリと身を崩していく中、叫んだ本人は「うふあはえへうひヒャッハァーーーーーーーーーッ!!」と完全にぶっ壊れた笑いと共に眼鏡をビッカァーーー!!と煌かせている。
そんな彼女に対し、一夏と楯無は半目を向けながら声を揃えて一言。
「「もう全部台無しだよアンタ/薫子ちゃん……」」
ともあれ。
「―――む」
定めた目標に、挑戦者は力強く拳を突き付け、
「―――フ」
王者は応じるように己の胸を拳で叩いた。
ここに宣戦布告は成り、一年という期日の設けられた最強の座を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。
というわけで、セシリア戦完全決着&一夏、楯無さんに宣戦布告するでした。
……ぶっちゃけ、後者については割と予定外だったけど、ついノリで書いちゃったんだぜ!!
でも、おかげで終着点はある程度見えてきたかな?
まぁ、問題はその過程ですが。
さて、前回も書いたとおり、予定としては幕間を二つほど挟んで二章の予定。
もしかしたら幕間については予定が変わるかもしれません。
それでは、この辺で。
次回を待っている人がいらっしゃいますように祈りつつ。
追伸:艦これイベ、E5丙クリア目前……なんだけど、ボス前で大破でてなかなか進まない……(´・ω・`)