インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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15:忌まわしき既視感

 

 

 

 ―――その後は、どこまでも一方的な展開だった。

 英国の代表候補生の操る移動砲台が縦横無尽に天を駆け、放つ光弾が獲物を追い詰めていく。

 猟犬に追い立てられる獲物は、相対した少年だ。

 

 この世でただ一人のISを動かせる男。

 その存在に期待していたこの場の皆は、一様に落胆を隠せない。

 

 空に支配者のごとく君臨する狩人と比べ、こちらは既に地を逃げまどい、壁際に追い込まれている。

 その姿に、皆こう思っていることだろう。

 『結局、ISが使えてもこの程度でしかないのだ』と。

 嘲りと、失望と、或いは愉悦すらも含めて―――

 

 

 

「―――って感じかしらねぇ。 みんなの心情は」

「……あの、会長? なんでいきなりそんなモノローグみたいなことを?」

「いやん、ノリよノリ。

 それに、実際その通りでしょ? 周りの反応は」

 

 虚の突っ込みに、楯無が周囲を見渡せばそこにいる生徒たちは皆一様に白けたような表情を浮かべていた。

 中には、欠伸をしている者もいる。

 勤勉なものは、むしろ英国の専用機の情報を収集する機会と見ているようだ。

 総じて、一夏への評価はひどく低くなっている。

 

「まぁ、それも仕方がないでしょうね」

 

 虚が言いつつ、視線をアリーナへと下ろしてみればそこには無様といっても過言とは言い切れない一夏の姿があった。

 彼は今、空を飛ぶこともできずに地面を疾走しながら、尚且つ壁際まで追い込まれている。

 そんな彼を、四つの銃口が牙を立てるかのように様々な角度から襲い掛かっている。

 有体に言って、どこまでも一方的な展開だ。

 

「失礼なことを承知で言わせていただければ、私としても少々以上に残念だったかと」

 

 暗に、期待外れだったと口にする虚に、本音と箒が不満げな表情で彼女を見るが、しかし言葉は出なかった。

 一方で、楯無はというと、

 

「フフフ……虚ちゃんもそう見えちゃうか~」

 

 何故か、とても楽し気な表情を浮かべていた。

 まさか、一夏が嬲られているのが面白いというわけでもあるまいに、その反応は何なのかと、虚は首を傾げた。

 

「会長の意見は違うのですか?」

「そうねぇ。 じゃあちょっと質問だけど、セシリアちゃんの機体、あれの一番の特徴は何だかわかる?」

「特徴って……あの移動砲台、ですよね? 確かBT兵器という」

「ええ、BT兵器。 或いはビット。 本体のISと同じ名称がついているんだからどこまでもこれ有りきってことよね。

 その辺りが研究所発っぽいところだけど」

「………それが、どうしたんですか?」

「なら虚ちゃん、そのBT兵器がどんなものなのか説明できる?」

 

 主であり上司であり幼馴染でもある少女の意図を読めず、首を傾げる虚に、楯無は更に質問を重ねる。

 問われた方はアリーナの方へ視線を向けながら、推測交じりに答えを出す。

 

「一番の長所は複数方向からの同時攻撃ですよね。

 しかも空を自由自在に飛び回っての攻撃ですから、文字通りの全方位を網羅していることになります」

「そう、その通り。 全包囲攻撃(オールレンジ・アタック)なんてちょっと昔のロボットアニメみたいよね。

 ……で、更に質問しちゃって悪いけど、今のビットの動きはどんな感じかしら?」

「どんなって……」

 

 言われて、更に注視していく虚が、ふと「あ」と言葉を漏らす。

 その反応に、楯無が笑みを深める。

 そのやり取りを聞いていた箒と本音は顔を見合わせるばかりだ。

 しかし、

 

「気付いたかしら?」

「……オルコットさんのビット、さっきから似たような位置からしか攻撃してない。

 いや、そこからしか攻撃できない?」

「「え!?」」

 

 二人は、その言葉に弾かれるように試合へ視線を戻す。

 その先にあるのは先ほどと同じように壁際に沿うように地を駆ける一夏だ。

 だが、それを追い立てるセシリアのビットは、何故だか一夏から見て斜め上の位置からしか攻撃していないように見える。

 前後や高低の差はあれど、その振れ幅はさほど大きくない。

 それが何故かはすぐにわかる。

 

「っ! そうか、地面と壁が邪魔で……!!」

「そう、その通り」

 

 正解を導き出した後輩に、満面の笑みを送る楯無。

 彼女は更にそれを補足していく。

 

「セシリアちゃんのビットは確かに上下前後左右……立体的な意味で360度全てを網羅できるわ。

 けど、それはあくまでもビット本体が飛べる場所のみ。

 物理的に進路を阻まれたら、当然ながらその空間を利用することはできない」

 

 言いながら、閉じた扇子でツイ、と一夏を指す。

 

「今回の場合、一夏が地面に降りてアリーナの壁際にいるから、単純に球体の四分の一しかビットの飛べる空間が存在しない。

 しかも地面すれすれ、壁すれすれの飛行なんて平坦であっても神経を削る行為よ。

 そうそう連続でできるものじゃないから、実際の攻撃可能範囲はもっと狭いはず。

 つまり、あれは追い詰められているんじゃなくて環境を利用した防御法ってところね」

「なら、一夏は不利というわけじゃないんですね!?」

 

 楯無の言葉に、箒と本音が希望を取り戻した表情になる。

 そしてそれを確認するかのように楯無に問い、

 

「いや、どう考えてもジリ貧でしょ。 あれ」

 

 返ってきた無常な答えに、一気に脱力する。

 それは虚はもちろん、実は聞き耳を立てていたらしい周囲の少女たちも同じで、皆一様にガクリと身を崩す。

 そんなコントじみた光景に、張本人は暢気に笑いながら満足げに頷く。

 

「うん、みんなノリが良くて結構結構」

「お、お嬢様……」

「会長よ。 虚ちゃん」

 

 そもそも、と前置いて、半眼で彼女は続ける。

 

「私が言ってるのはあくまでも考えなしに追い立てられてるわけじゃないってだけで、現状が不利なのは違いないわよ。

 大体、あれだって自身が回避するための選択肢も狭めてるわけだから諸刃の剣ならぬ盾なわけだし、その証拠にバシバシビームが掠ってエネルギーは削られてる一方。

 対して一夏は攻撃らしい攻撃はほぼ皆無だから、セシリアちゃんは無傷で元気いっぱい。

 ああまでやられっぱなしってことは射撃武器はないのかしら? じゃあ距離詰めないと勝ち目はないわね」

 

 先程の言葉が嘘のようにぼろくそに言い放っている。

 そんな楯無に、もはや箒は脱力したまま身を起こす気力も起きない。

 

「………更識先輩はどっちの味方なんですか?」

「あらやだ、どうせなら楯無さんって呼んで。 それに私は生徒の味方よ」

 

 そんな返事にもはや溜息しか出ない箒であったが、「でもね」という言葉に首を傾ける。

 

「そこまで足掻いているということは、一夏は勝負をあきらめていないということ。 それに……」

 

 彼女の視線は上へとむけられる。

 釣られるように顔を上げれば、そこには絶対者のように君臨しているように見えるセシリアの姿があった。

 

「相手を見下すこと、相手に怒りを抱くこと、そして相手よりも優位に立つこと。

 どれも油断を呼び、そして自分のことを自分が思っている以上に相手に晒してしまう状態よ」

 

 「さあ」、と繋げて、彼女は一夏に視線を戻しながら最後にこう締めくくった。

 

「ここまで持ち上げさせておいて、何もなしだったら……お仕置よ、一夏」

 

 その眼差しは、どこまでも楽しそうに細められていた。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな会話など全く知らず、一夏は数多の光弾を避けながらセシリアを見据えていた。

 

(そろそろ、か)

 

 視線の先、絶対者のように微動だにしていないセシリアの顔には、苛立ちが浮かんでいた。

 開始からニ十分弱……その間、彼女の表情は怒りから優越の笑み、そこから焦れて今の表情へと移っている。

 が、それらの感情の変遷による悪手は今の所なく、周囲を飛び交うビットも時折放たれるライフルの一撃も鋭く正確なものだ。

 その攻勢をどうにか受け流しながら、一夏は彼女をつぶさに観察していた。

 そうして考え予測するのは彼女の伏せ札……つまり、未だ使われていない武装についてだ。

 

 現在、彼女が使用している武装は二種類。

 恐らくは機体の主軸であろう四基のビットと長距離狙撃を可能とするレーザーライフル。

 一夏は可能性として、更にもう一つないし二つの武装があると睨んでいた。

 その内に一つは近距離を補う格闘兵装……だが、彼はこれについては無視することにした。

 無いと判断したのではない。

 あったとしても構わないと判じたのだ。

 故に、今考えるのはもう一つ。

 それは―――

 

「いい加減にしてくださいませんこと?」

 

 と、苛立たしさを隠さない声音が降り注ぐ。

 その顔には侮蔑と失望が浮かんでいる。

 

「人のことをおちょくった挙句、やってることは無様に地を這いまわるのみ。

 最早、クラス代表どころかこの学園に籍を置くことすらふさわしくありませんわ!」

「酷い言いざまだな……その割にはまだ元気なんだが?」

「……今、心の中で連想したモノが何かは言わないでおいて差し上げますわ。

 口が穢れそうですもの。 それに―――」

 

 と、彼女はおもむろにライフルを構えると、その銃口を一夏に向け、

 

「―――これで、終いにいたしますもの」

 

 遠慮なく引き金を引いた。

 しかしその光線の軌道上に一夏は既におらず、彼はアリーナの壁に沿うように横へ移動する。

 

「―――ちっ!?」

 

 と、その先に地を這うようにビットが一基迫っていた。

 更に彼のハイパーセンサーが彼の後ろと横、そして上から同時に迫ってきた。

 どれも地面やシールドすれすれの絶妙なコントロールだ。

 

 先ほど、楯無が言っていたように障害物すれすれの飛行という神経を削る行為はそうそう連続でできるものではない。

 だが、逆を言えばある程度集中さえできれば不可能ではないのだ。

 それを可能とするだけの能力がセシリアにはあったし、だからこそ彼女はブルーティアーズを駆ることを認められた。

 

 四方向から同時に迫る脅威から逃れんがため、、一夏は唯一存在する退路へと飛び立っていく。

 そう、彼が今までたっていたところから見て斜め上の、空中へと。

 

 誘い込まれてきた獲物に、セシリアが向ける瞳はどこまでも冷たい。

 せめてもの慈悲とでもいうのか、手向けのように言葉が投げかけられる。

 

「さぁ、せめて派手に散りなさいな」

 

 瞬間、彼女の腰の装甲が展開し、新たな武装が顔を出す。

 それは他のビットに似た、しかしそれとは違い円柱状の弾頭が取り付けらたもの。

 弾道型……すなわち、ミサイル型ビット兵器である。

 

 向けられた脅威に対して一夏は、

 

(―――やはりか、それを待っていた!!)

 

 予測していた好機の到来に歓喜する。

 

 多方向同時攻撃可能なビット兵器に狙撃能力の高いレーザーライフル……共通する欠点としては、攻撃力不足な点だ。

 無論、弱いというわけではないが何らかの形で膠着状態に陥った場合、それを覆せるほどの爆発力や決定力には乏しいと言わざるを得ない。

 故に、一夏は彼女の伏せている手として、瞬間的な火力の高い兵装が備わっていると踏んでいた。

 即ち、大口径高威力の砲かもしくは……ミサイル。

 ここにきて、彼の推測は後者に的中した。

 

 その結果を受け、一夏は取るべき手を為すために心身を切り替える。

 

「それにしても、忌々しい事だ」

 

 同時に、何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 

 

 

***

 

 

 

 セシリアの意志の下、二つの実弾兵器が白い標的へと向かっていく。

 それに気付いた相手が、滑るように空を逃げる。

 この期に及んでの往生際の悪さに、哀れみすら沸いてくる。

 

「無駄ですわ。 それもまたブルーティアーズ……私の意志のままに舞い、貴方を確実に刺しに行く優雅な狩人。

 故に、こういう真似もできますのよ」

 

 と、一夏を追っていた二つのミサイルが別々の方向へ飛んでいく。

 そして回り込むように、或いはそれこそ一夏を中心に踊るように変則的な動きで彼へと迫る。

 

「さぁ―――堕ちなさい!!」

 

 指揮者のように二つの牙を操りながら、それを一夏へと突き立てようとしたその時だった。

 

「ああ、礼を言う。 そちらの方が都合がいい」

 

 彼女の耳朶にそんな言葉が届いた直後、彼は二方向から同時に迫るミサイルをギリギリまで引き付け、寸でのところで躱したその瞬間。

 

「本当、二番煎じなど忌々しい」

 

 そんな呟きと共に、通り過ぎようとするミサイルの片方に刃を突き立てた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するセシリアの視線の先で、一夏は勢いを調節するかのようにぐるりと身を回し、そしてそのまま彼女の方へと向かっていく。

 手に持つ剣に刺さったままのミサイルは、その弾頭をセシリアの方に向けている。

 そんな趣味の悪いハンマーのような凶器を振りかざす一夏に、セシリアは引きそうになる身を踏みとどまらせる。

 

「そんなもので!!」

 

 操作するのはもう片方のミサイルだ。

 それは瞬く間に一夏の背に追いすがり、彼が彼女に到達するよりも早く突き刺さるだろう。

 と、一夏はそこでくるりと振り向いたかと思うと、すぐそこに迫っていたミサイルへ向け剣を振りかざす。

 

「ふんっ!!!」

 

 掛け声一閃、振りぬいた勢いのまま、二つのミサイルが勢いよく衝突した。

 何が起こるかは言うまでもない。

 生まれた爆風は、セシリアの所まで届きかねないほどだった。

 

 

 

***

 

 

 

 アリーナ内に黒煙が広がる中、観客席の箒は呆然と口を開けていた。

 

「ミサイルを串刺しにして叩きつけるとか……どれだけでたらめな真似してるんだ……」

 

 それは周りの少女たち……否、観客席にいる皆が思っていたことだ。

 例外は三人。

 

「だそうですよ、会長」

「だって、かいちょー」

 

 一夏との実技試験の内容を知っている布仏姉妹と、

 

「……………いや、私はさすがにミサイル同士ぶつけるとかはやってないから」

 

 そんな二人からの視線から顔を背けている楯無だけだった。

 

 






 艦これイベ、E4の戦艦仏棲姫・壊が倒せません。
 那珂ちゃんのファン辞めます(挨拶
 ……あとちょっとなんだけどな……(涙

 それはさておき、セシリア戦前半。
 考察ばっかで爽快感とか疾走感が足りない気がしますが、この作品は割とそうなりそうなのでご了承ください。
 ……読後に清涼感があるような爽快な書き方とか身に着けたい。

 実は、当初は違う方法で距離を詰める予定だったんですが、こっちの方が現実的でスマートなのでこちらにしました。
 あとは、楯無戦とも関連付けられそうだしってことで。
 ……ミサイルウォーハンマーが現実的とはいったい。ウゴゴゴ……

 後半戦は明日更新予定。
 お楽しみにしていただけたら光栄です。

 それでは、また明日。



 ………ボーキはまだ余裕あるけど、弾薬がやばい。

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