インフィニット・ストラトス~シロイキセキ~   作:樹影

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※注意※
 今回、残酷かつグロテスクな表現が一部に使われています。
 ご了承ください。


12:苛み、蝕み、馴染んでいく悪夢

 

 

 その地獄は、鉄と火と瓦礫でできていた。

 

 すぐ近くには、先程まで乗っていたバスが横たわっている。

 本来ならばまず見ることはない黒灰色の底面をタイヤごと壁のように晒しているが、そのことに関する感想はない。

 そも、そんなことに注目する余裕などなかった。

 

 周りには、身を寄せ合って震える級友たち。

 先ほどまで笑いあったりしていたのに、今は誰もが頭を抱え、或いは震え、もしくは恐怖のあまり他の誰かと泡を飛ばして怒鳴り合っている。

 すぐ傍には頭から血を流す悪友と、気を失って横たわる勝気な幼馴染。

 あとになってただの脳震盪だったと解るのだが、この時はもっと深刻な事態も想像してしまい、腹の底から冷たいものを感じていた。

 

 目の届かない周りからはそれこそ阿鼻叫喚の叫びがこだまする。

 或いは、それは断末魔が混じっていたのかもしれない。

 時折、雷鳴のように、しかしそれよりも近くに感じる爆発音に女子が悲鳴を上げ、泣き出してしまう。

 

 一夏は、呆然と立ち尽くしながら、どうしてこうなってしまったのかと考えていた。

 

 ―――自分たちは、ただ学校行事でバスに乗っていただけなのに。

 ―――なにも、悪いことなんてしていないはずなのに。

 ―――どうして、俺が、弾が、鈴が、みんなが、知らない誰かが、こんな目に合わなければいけないのか。

 

 あまりの理不尽に思考も感情も停止していたその時、彼の視界はあるものを見つけた。

 バスが横転する直前まで隣を並走し、今は同じように横転したトラック。

 【倉持技研】のロゴが刻印されていたそれは、コンテナからあるものをこぼしていた。

 

 装甲に覆われた、機械仕掛けの甲冑のようなフォルム。

 ISだ。

 一夏は、何故か引き寄せられるようにそれに近付いていた。

 それ自体には意味はなかった。

 そも、その時の彼に何かを思考し、論理的に実行するという機能は完全に停止していたからだ。

 

 否、或いはだからこそ。

 無意識下で、何かが確かに一夏を呼び、彼はそれに応えたのかもしれない。

 

 近づき、伸ばした指先が装甲に触れる。

 瞬間、脳に流れ込んでくる情報の奔流。

 操縦法、装備、製造目的、機体の現状……本来あり得ないはずの『五感を介さない情報の入力』という現象に、思わず仰け反り、頭を抱える。

 だが、ふらつき、よろけかけて、しかし身を立て直した直後、一夏は貪りつくように外れかけていたISの固定具を外しに掛かる。

 

 動かせる。

 自分は、これを使うことができる。

 原因は解らないまま、ただ確信だけを抱いて己の体を突き動かしている。

 

 正直な話、一夏は纏った後、自身がどう動くつもりだったかは覚えていない。

 級友たちだけでも助けるつもりだったのか。

 或いは、巻き込まれた人たち全てを助けるつもりだったのか。

 少なくとも、自分だけが逃げる心算はなかった事だけは覚えている。

 なぜなら、ISを使えれば、みんなを助けることができると、そんな風に考えていたからだ。

 

 だが、期待は、希望は、それを纏った瞬間に裏切られる。

 

 ―――後になって聞いた話だが、その試作機は調整らしい調整はほとんどできていない状態だったらしい。

 

 それが原因か、起動直後にハイパーセンサーが必要以上に周囲の情報を強制的に知覚させた。

 阿鼻叫喚、その四文字で染まったこの世の地獄をだ。

 

 ―――手足を歪な形に歪ませたまま、炎に囲まれて呆ける男がいた。

 ―――誰かの残骸を抱えたまま、へらへら笑い続ける壊れてしまった女がいた。

 ―――一人ぼっちになったまま、泣きながら誰にも助けられずに残骸と瓦礫の山の間を歩く子供がいた。

 ―――目を向き何かを叫びながら飛び降りる老人がいた。

 

 ノドガヒアガル。

 

 ―――泣いている誰かがいた。

 ―――不安と恐怖に怒鳴り散らず誰かがいた。

 ―――自身が助かるためだけに他者を押しのけ、殴り、踏みつける誰かがいた。

 

 ハノネガアワナイ。

 

 ―――助けを求める誰かがいた。

 ―――助けも呼べなくなった誰かがいた。

 ―――動かないモノになり果てた誰かがいた。

 

 メヲソラスコトモミミヲフサグコトモデキナイ。

 

 ―――炎の中で、黒く焦げながらそれでも生きたいと足掻いて、なにもできずに死んでいく誰かがいた。

 

『、あ』

 

 頭を抱え、身を折りかける。

 今なおハイパーセンサーが地獄を情報として収集し続けている。

 一夏はそれを拷問のように見せつけられている。

 

『あ、あぁ』

 

 救いと求めて手を伸ばした蜘蛛の糸が、雁字搦めにこの身を縛ってさらに深い地獄へと引きずり込んでいる。

 そんな錯覚まで覚える。

 

『あああああ』

 

 呻き声を上げる一夏に、それらは告げる。

 

 お前は無力だ。

 お前は何もできない。

 

 お前に救える者など一人もいない―――!!

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ――――――っ!!!!!!!』

 

 気付けば、一夏は喉が張り裂けそうになるほどの絶叫を上げていた。

 そして―――

 

 

 

***

 

 

 

「―――ぁ」

 

 目が覚める。

 夢中に比べ、意識の覚醒はどこまでも静かだ。

 焦点の定まった視界に入るのは、薄暗い見慣れぬ天井である。

 

「……ふぅ」

 

 細く息を吐いて、身を起こす。

 またあの夢か、と淡白なまでに冷静にそう思う。

 

 己が初めてISを動かしたあの人災。

 事故から三年近く経っても、時折ああして夢に見る。

 当初は夢と同じく叫びながら飛び起きていたというのに、今ではこうして冷静に受け止めてしまっている。

 まったく、慣れとは恐ろしいものだ。

 もっとも平気であるというわけではなく、その証拠に体は大量の汗に塗れて服が張り付いてしまっている。

 

「……シャワー、浴びるか」

 

 隣のベッドに箒が寝息を立てているのを確認して、静かに立ち上がる。

 スマホを起動してみて見れば、汗を流したら丁度いい時間と言ったところだ。

 極力音をたてないように着替えを取り出して洗面所に向かう。

 

 そこから頭から湯を浴びるまではたいして時間もかからなかった。

 髪に指を入れながら汗を洗い落としていると、ふと見た夢のことを思い出す。

 正確には、自身の転機ともいえる事件のことだ。

 

 正直に言えば、夢の先のことは断片的にしか覚えていない。

 ただ、生き残った誰かを助けるために文字通りの意味で飛び回っていたことだけを実感として記憶している。

 人々はそれを賞賛する者が多かったが、一夏の心にはあの地獄が焼き付いていた。

 或いはだからこそ、留学において貪欲に知識と技術を身に刻むことを良しとしたのか。

 

(―――まぁ、もうそれだけではないのだがな)

 

 始まりは絶望でも、それだけではなくなった。

 へばりついていた見えないなにかもシャワーで洗い落とせたかのように、そのことを実感として思い出せた。

 

 そうして心身ともにさっぱりしたところで彼は浴室の扉を開け、

 

「ん……ぅみゅ?」

 

 同時に、顔でも洗うつもりだったのか、寝ぼけ眼の箒が洗面所へ入ってきた。

 

「あ」

「むぅ……………………………………………………………っ!!!?」

 

 固まる一夏に対し、箒はとろんとした眼をこちらに向け、一秒、二秒、三秒と経つうちに目を見開きながら顔を引きつらせて赤くなっていく。

 

(昨日からしょっちゅう赤くなってる気がするが、顔の血管とかは大丈夫なんだろうか)

 

 軽い現実逃避なのか、明後日の方向に思考が飛ぶ一夏。

 と、箒は我に返ったかのように俊敏な動作で踵を返し、勢いよく扉を閉めた。

 

「す、すまない!!」

 

 向こう側からくぐもった謝罪が聞こえてきたが、一夏は「気にするな」と返して改めて浴室から出た。

 

(…………あー、なんか悩むのも馬鹿らしくなったな)

 

 良く言えば、思考がポジティブな方向に切り替わったと言えるだろう。

 そういう風に自身を納得させて、彼はさっさと体を拭いて着替えることにした。

 

 一方、扉の外でへたり込んでいる箒は、顔や耳どころか首筋まで真っ赤に染め、燃え上がるような両頬に手を添えてぽつりと一言。

 

「………みちゃった。 ぜんぶ」

 

 直後、ガチャリと扉が開くと同時にビクーン!!と身を震わせる。

 振り返れば、そこには制服のズボンにワイシャツを纏った一夏の姿が。

 しっとりと湿り気を帯びた襟足の長い髪と三つほど開けられたボタンから覗く胸元が箒の目には扇情的な色気を伴って見える。

 彼は眉根をしかめて、一言。

 

「あー、お見苦しいものをお見せしました」

 

 対し、箒は三つ指ついて深々と一礼。

 

「いえ、結構なお点前でした!」

「いや、なにが?」

 

 

 

***

 

 

 

 時間は流れて帰りのHR。

 その終わり際に千冬が放った一言に、教室が俄かに沸き立つこととなった。

 

「織斑、お前に専用機が正式に用意されることになった。

 詳細などは追って連絡が入る」

 

 それだけ残して千冬が去った後も、少女たちの興奮は冷めやらなかった。

 だが無理もないだろう。

 この学園に通う者にとって、己だけの機体……専用機というものに憧れを抱かないものなどまずおるまい。

 

 キャアキャアと姦しい歓声を上げる中、一夏に歩み寄ったのはセシリアだった。

 彼女は不遜な笑顔を浮かべながら座ったままの一夏を見下ろす。

 

「安心いたしましたわ。 訓練機だから負けた、という情けない理由を聞かずに済みそうですもの。

 ―――もっとも、すでに勝敗は目に見えていますけれども?」

「ほう、大きく出るじゃないか」

 

 挑発に笑って返して見せた一夏に、しかしセシリアは胸を張って「当然ですわ」と自信に満ちた言葉を放つ。

 

「それだけの実力はあると自負しておりますもの。

 事実、入試の実技において教官を倒したただ二人の内の一人ですもの。

 それとも、もう一人は貴方でしたの?」

「………いや、違うな」

 

 敗北の記憶を掘り起こされ、苦い顔になる一夏。

 なお、実技にて教官を倒したもう一人は中国の代表候補生なのだが、それを彼らが知るのはもっと後になってからのことである。

 閑話休題、一夏の表情をどうとらえたのか、セシリアは笑みを満足げなものに変える。

 

「えぇ、そうでしょうとも。 これで互いの実力の差はお解りになられたでしょう?

 恥をかく前に辞退なされるなら今の内ですわよ」

 

 その言いざまに、怒りを覚えたのは言われた当人ではなく傍にいた箒の方だった。

 彼女はすぐさま何かを言い返そうとして、

 

「そうねぇ。 一夏は私と引き分けだったものねぇ」

「―――え?」

 

 突然の乱入者にピタリと動きを止めてしまう。

 見れば、箒には見覚えのない少女が何故か座っている一夏の首を後ろから抱きしめるように顎を彼の頭の上に乗せていた。

 

 

 




 男が裸の逆ラッキースケベもなんかすでに定番ですよね?(挨拶

 というわけでなんとか更新できました。
 とりあえず、うちの一夏がクール成分多めな理由の一つがこれ。
 一夏にとっては発端となった事件は根強いトラウマですが、同時に行動原理の根幹に繋がっています。
 また、留学時のいくつもの出会いがそのトラウマを軽減させてくれてもいます。
 ……まぁ、その過程でフラグ立てまくってるけどな、コイツ。(爆)

 ちなみに関係ない話ですが現在『真・恋姫†夢想-革命- 蒼天の覇王』を少しずつプレイ中。
 『真』から恋姫入って魏ルートにドはまりした自分的にはまだ序盤だけど楽しめています。(ちなみに『真』は蜀・魏・呉の順番でプレイしました)
 来年の呉ルートも買う予定です。(蜀は未定)
 ……しかしプレイしてたら脳内でお蔵入りになってた魏ルートアフターと仮面ライダー電王のクロスネタを書きたい欲求が沸々と……クリアしてから考えるか。

 と、今回はこの辺で。

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