―――IS学園、生徒会室。
学園の生徒の中で最強の人間が主となる、行ってしまえばある種の玉座のような場所。
そして当代の主は、今、
「つ~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
盛大に拗ねていた。
これ以上ないくらいに拗ねていた。
まぁ、せっかく雰囲気を作って待っていたのに思いっきりすかされてしまえば無理もないとはいえるかもしれない。
その原因ともいえる本音は、申し訳なさそうに袖越しに両手を合わせる。
「ごめんね、お嬢さま……じゃなかった、かいちょー。
おりむーにお姉ちゃんのこと紹介したくって」
「………むぅ。 まぁいいわ。
改めまして二人とも、生徒会執行部へようこそ。
これからよろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしくで~す」
とくに悪びれた様子も気負った様子もない一夏と常の雰囲気と変わらず返す本音。
後者の方は、姉である虚が頭が痛いを言わんばかりに額に手を置いていた。
「本音、せめて最初くらいもうちょっとしっかり」
「あ~、いいわよ。 今さら今さら」
楯無自身も堅苦しいのは勘弁してほしかったのか、軽く取り成す。
それだけのやり取りで、一夏には普段の彼女たちの関係がなんとなく見て取れるようだった。
「さて、とりあえず今日は初日だし挨拶だけのつもりだったけど……」
と、そこで楯無の目が面白げに半目になる。
それだけで、一夏は嫌な予感に身を苛まれた。
「聞いたわよ? 一夏、貴方クラス代表に立候補したんだって?
しかも同じく立候補したイギリスの代表候補生の子と一騎打ち。
いきなりやってくれるわね~」
「……成り行きでな」
面白げに笑う楯無に一夏は淡々と返すのみだが、HRから三十分経ってるかどうかという程度でなぜ知っているんだろうかと内心で軽い戦慄を覚える。
それを知ってか知らずか、楯無は机の上て組んだ両手の上に顎を乗せながら一夏を上目遣いに見上げる。
「けど、副会長やりながらクラス代表とか、いきなり肩書いっぱいね」
「忙しくはなりそうかと思ったが、やはり実戦の機会は多くほしくてな。
……まぁ、それ以外にも、事情はあるが。
どのみち、この学園にいる分にはまともなバイトや部活はできそうにないし、金の方も三年間の小遣いくらいなら手持ちをやりくりすれば十分もつだろうしな」
「ん? おりむー、そんなにお金持ってるの?」
「『留学』のときにな。 研究への協力や武装とか換装装備のテスターなんかの報酬が割と溜まってるんだよ。
まぁ、企業主体の後者はともかく、前者は公的機関がメインだったから未成年にそのまま渡すのは問題ありってことで、幾つか経由した上で返済義務のない特別奨学金って名目になってたが」
本音の何気ない疑問に答えていると、楯無が半目でぼそりと呟く。
「……ロンダリングみたいね」
「言うな。 俺も最初そう思ったんだから」
と、そこで『それはさておき』と話題を変える。
「今日はこれで解散!! ……でも良いんだけど、せっかくだし交流も兼ねてお茶会でもする?
自慢じゃないけど、虚ちゃんの紅茶は世界一よ!」
「ホントにお前が自慢することじゃないな」
「フフ……」
と、当の虚がそんなやり取りを見てクスクスと笑みを漏らす。
「ごめんなさい。 けど本当にお二人とも仲が良いですね。
なんだか付き合いの長い私よりも相性が良さげで、正直妬けてしまいそうです」
「あら、どうしましょう。 早速修羅場の火種が」
「あ、この馬鹿は無視してどうぞ」
「いきなり辛辣ね!?」
と、和気藹々なその時、背後からノックが響く。
するとまず虚が察するように脇へと身を引き、それをみて続くように一夏が本音を引きつつ下がる。
「どうぞ」、と楯無が促せば、入ってきたのは一夏も見覚えのある二人だ。
「これはこれは織斑先生に山田先生、何か御用でしょうか?
せっかくですし、お茶会でもご一緒いたします?」
「生憎だが、そこまで暇はなくてな。
―――織斑に用があってな」
「俺に?」
一歩前に出ると、真耶のほうが申し訳なさそうに眉を下げてくる。
「あの、織斑くん? 言いにくいんだけど……貴方のお部屋、相室になってしまいました」
ごめんなさい、と頭を下げる副担任と頭痛を堪えるように顔をしかめる担任を尻目に、一夏を含めた他の面々が呆気に取られて固まる。
間を置くこと数秒、再起動を果たした一夏が確かめるように問いただす。
「えぇと、待ってください。 ……相部屋ってことは」
「当然、相手は女子だ」
途端、一夏は顔をしかめる。
IS学園は全寮制であり、基本的に一部屋に二人がルームシェアするという形になっている。
しかしながら、男である一夏は当然ながら一人部屋になることが決定していた。
それがいきなり反故となったのだ、苦い顔になるのも致し方がないだろう。
「そんな顔をするな。 こちらとて不測の事態だ」
「……一つ、訊いてもよろしいでしょうか? 織斑先生」
疲れた表情の千冬を、楯無の視線が貫く。
その表情は先程までとは違い、笑みでありながらどこか威圧を感じられるものだった。
途端、生徒会室の空気が張り詰めたものに変わっていく。
思わず息を呑む一夏だったが、意外だったのは虚も本音までもが平静を保っていたことだ。
伊達に幼馴染をしているわけではないということか。
ただ一人、真耶だけが漂う緊張感に身を竦ませてしまっている。
「……なんだ、更識」
「不測の事態、とは具体的にどういうものなのでしょうか?
生徒たちを統べる立場の者として、事情を知っておきたいのですが」
笑みの奥にある鋭さ。
しかし千冬はそれを意にも介さず、
「答える必要はない。
それにすでに事はこちらで片づけている」
すっぱりと即答した。
直後、互いに鋭い視線を交差させる学園最強と世界最強。
真耶が「ひぃ」と身を引かせ、更にしばらくしてから楯無がニコリと笑みを柔らかくする。
「解りました。
織斑先生がそこまで仰られるならその通りなのでしょう。
素早い対応、感服いたします」
「おためごかしはよせ」
あからさまな賛辞に疲れたような溜息を洩らすと、千冬は改めて一夏へ顔を向ける。
「そういうわけだ。
問題そのものはすでに解決しているが、その収拾に少し時間がかかる。
さほど長くはかからないだろうが、その間は互いに我慢してもらうことになる」
「……わかりました」
そこまで言うなら、一夏としても頷くしかない。
もとより、嫌だと言って他に泊まれる場所があるでもない。
自宅通いはマスコミ関係が張っている可能性が高いので最初から除外されている。
打開策がない以上、拒否権も存在しないのだ。
だが、一つだけ確認しなければいけないことがある。
「ところで、それは同居相手にも話を通してあるんでしょうか?」
「……いや、まだだな」
「な、何分急なお話だったので……」
返ってきた疑問の答えに、一夏はなんとか溜息を噛み殺した。
この後に待つ苦労を思うとすでに疲労が背に宿っているような錯覚を覚える。
仕方がない、と彼は頭を切り替える。
せめて少しでも苦労を減らす努力をしよう。
「申し訳ありませんが、どちらか一緒に来てもらえませんでしょうか?
俺だけで行ったら、下手をすれば不要な騒ぎが起きかねませんので」
「そうだな。 本来なら寮監である私が行くべきなんだろうが、いかんせんこの後も予定が詰まっている。
山田君、頼めるか」
「は、はい! わかりました」
「それでは、お願いします。 山田先生」
と、そこで一夏は楯無に振り返る。
「そういうわけだ。 茶はまたの機会に頼む」
「………しょうがないか。 それじゃ、また明日ね」
「織斑くん、大変でしょうが頑張ってくださいね」
「お部屋わかったら遊びに行くね、おりむー」
三者三様の言葉を受けて、一夏は真耶と共に苦笑を浮かべつつその場を後にする。
千冬も、用は済んだと同じく退出した。
そうしてあとに残されたのは、
「……………………………………………ムゥ」
「機嫌直してください、会長」
「元気出してー」
先ほどよりもさらに拗ねて頬を膨らませる楯無と、それを宥める姉妹であった。
一方で、一夏の方はこんな会話をしていた。
「ところで、同居人の名前って解りますか?」
「あ、はい。
―――同じクラスの【篠ノ之箒】さんですよ」
***
程なくして、二人は目的の場所へと辿り着いた。
即ち、今日からの一夏の仮住まいだ。
「こちらですね。 荷物は既に運んであるはずですよ」
言いつつ、真耶は小さな拳で扉をノックする。
が、反応はない。
首を傾げ、もう一度。
「篠ノ之さん? 篠ノ之箒さん? いらっしゃいませんか?」
呼びかけて、待つがやはり返事はない。
彼女は一夏と顔を見合わせるとドアノブに手を伸ばした。
「失礼しますよ~」
言って入れば、照明は点いていたがやはり誰もいない。
首を傾げる真耶をよそに、一夏は部屋の内装に呆れ半分に溜息を吐いた。
(まるで高級ホテルだな)
二つ並んだ豪華なベッドに液晶モニタと大きめの本棚の備え付けられた品の良い机と椅子。
ざっと見ただけでこれだが、他にもいろいろとありそうだ。
ここに来るまでの廊下はむしろシンプルな造りだったが、その分こちらは随分と豪勢なことになっている。
(こんなところで三年間過ごしたら、むしろ卒業した後が大変じゃないか?)
少なくとも、一般家庭から入学してきた面々は生活レベルの落差に苦労しそうではある。
一夏も留学中は一人部屋が基本ではあったが、少なくともここまで豪華なレベルの世話になったことはなく、慣れるまでは気疲れしてしまいそうな気さえした。
と、その時、一夏が背にしていた扉が開いた。
「―――同室の者か? すまないな、先にシャワーを頂いて……」
出てきたのは、頭をタオルで吹きながら体を巻き付けたタオル一枚で隠した少女だった。
幼馴染で、クラスメイトで、今日から同居人となる篠ノ之箒だった。
彼女は一夏の姿を視界に納めるとその場で固まり、ややあって顔を真っ赤に染め上げていく。
隠すようにかき抱いた肢体は、腕の間から豊満に育った胸の膨らみがタオル越しにむにゅりと形を変えて自己主張を強めていた。
突然のことに息を詰まらせて固まる一夏をよそに、箒はわなわなと肩を震わせると立てかけてあった竹刀を手に取り、
「み……見るなぁーーーーーーーーーっ!!」
片手で体を隠したまま、一夏へ向けて猛然と振り下ろした。
「―――っ!?」
不自然な体勢で片手ながらも、十分な踏み込みで放たれた上段振り下ろしは予想以上に鋭く一夏へと迫っていた。
それに対し、彼は反射的に鞄を盾にした。
「ぐぅっ!」
真正面から受け止めるのではなく、斜めに逸らす形で受け流す。
しかしそれでも腕に伝わる衝撃はかなりのもので、強い痺れと痛みを覚える。
さすがに後にまで響くようなものではなかろうが、それだけに盾となるものを持っていなかったらと考えるとゾッとする。
一方の箒は濡れた髪を振り乱し、なおも追撃をかけんと涙目の眦をキッと上げ、
「ちょ、ちょっと待ってください!! 篠ノ之さん!!」
直後、一夏の後ろから響いた声に身をつんのめさせる。
そして戸惑いの表情を浮かべながら、僅かに身をずらして覗いた。
「………山田先生?」
箒の視線の先には、腰を抜かしたようにへたり込んでいる副担任の姿があった。
どうやら、一夏の背越しに箒の鋭い一撃を見て驚いてしまったらしい。
どういうことかと、箒が一夏へと再び視線を向ければ、彼は既にこちらに背を向けていた。
「とりあえず、俺は一旦外に出る。
着替えて落ち着いたなら呼んでくれ」
「あ、ああ」
箒の返事を背に受けながら、一夏は足早に部屋を出る。
そして閉めた扉に背を預けながら、一撃を逸らした鞄を持ち上げてみる。
「……こいつはすごいな」
鞄は留め具が壊れ、表面が大きく裂けている。
中身が辛うじてこぼれていないのが不思議なほどだ。
布製とはいえ、素材としてはそれなりに丈夫な生地だったというのに、それをあっさりこうまで引き裂いて見せたのだというのだから恐れ入る。
(さすが、といえばいいのかね)
そんな思案にふけっていると、「あーっ!」という甲高い声が右手側から聞こえてきた。
振り向けば、部屋着に着替えた女子たちの姿が。
「織斑くん、寮に住むの!? 部屋ここ!?」
「ていうかその鞄どうしたの?」
はしゃぎながら駆け寄ってくると、それを耳にした少女が何事かと覗いてきて、同じようにキャッキャッと賑やかに群がってきた。
一夏の周りには、瞬く間に女子の人だかりが作られていく。
ややあって、真耶が扉を開けると、
「織斑くん、騒がしいですけどどうしたん……って、えーっ!?」
廊下を塞いでしまうほどに密集した少女たちの姿に驚きの声を上げる。
そして、彼女が驚いたのはそればかりではない。
「み、皆さん、なにやってるんですか!? はしたないですよ、そんな恰好で!!」
真耶が慌てる通り、少女たちの姿はひどくあられもない。
さすがに下着姿はいないが、それに近い者も多く、よく見ればブラをしていないように見える者まで見て取れる。
一方の一夏はと言うと、壁に背を預けたままそれらを見ないように目を伏せていた。
だが、そこに戸惑いや慌てているような様子はなく、至って平静のままだ。
彼は右目を空けてチラリと横目で真耶を見る。
「終わりましたか、山田先生」
「は、はい……というか落ち着いてますね。織斑くん」
「そうだよ、織斑くん。 私たちって、そんなに魅力ない?」
言いつつ、冗談半分な様子で胸を強調するようなポーズをとる少女。
何人かは真耶に言われて自分の格好を自覚したのか赤面しつつ身を引かせているが、彼女の場合は気付きつつ半ばからかうように話しかけていたようだ。
だが、それに対しての返事はバッサリとしていた。
「何とも思わないわけではない。 事実、極力見ないように目を伏せていたからな。
ただ、その程度の格好なら割と見慣れているから一々騒ぐつもりもなかっただけだ」
『『『ゑ?』』』
その言葉に、真耶を含めた全員が妙な言葉を上げる。
一斉に固まってしまった面々に対し、一夏は変わらぬ様子で、
「山田先生?」
「は、はい! それじゃあ、皆さんまた明日……」
再起動を促した真耶と共に部屋の中へと消えていく。
パタン、と閉じた扉の前で少女たちはしばらくの沈黙の後、合わせたかのようにポツリと呟く。
『『『…………見慣れてるって、どういうこと?』』』
それに答えられる者のいないまま、彼女たちはしばらく佇んでいたのだった。
というわけで一夏の生徒会初日とファースト幼馴染のラッキースケベでした。
……スマン、箒。
次回こそはもっとセリフあるから。
ちなみに、一夏にあてがうはずだった部屋に何があったかは語る予定はありません。
ていうか、考えてないです(オヒ
そして最後に何気に爆弾発言。
いったい彼の過去に何があったというのか……!!
いやまぁ、まったく大したことじゃないので変な期待しちゃダメですけど。
それでは、また次回。