ダンジョンを英霊が求めるのは間違っているだろうか 【無期限休載中】 作:たい焼き
交わった運命が荒れ狂って被害を出すイメージ
「おい、そこの犬っころ。こっち見な」
「・・・あ?」
酒に酔ったとはいえ、ロキ・ファミリアのベート・ローガといえばオラリオで名を轟かせているレベル5にして第一級冒険者の一人だ。
更に上のレベル6が同じファミリアに三人いるが、その狼人特有の脚から生み出される俊敏性だけならば同じレベル5のアイズも下してファミリア一位だ。
だがそのベートが振り返った先から、彼が目視できない程のスピードで何かが迫っていた。
圧倒的な死ともいうべきそれは、確実にベートの頭を粉々に砕くだろう。一秒にも満たない時間が何時間にも引き伸ばされたように感じる錯覚に陥りながら、ベートは避けろと自分に命じる。
だが身体は動かない。それも当然だった。何時間も長く感じようが、結局のところ一秒すら経っていないのだ。そのほんの少しの時間ではベートは目の前の死を回避できない。
酔いは既に一瞬にして覚めており、ベートはただ目の前のそれを避けようと必死だった。
だが彼はすぐ隣から迫る白と黒、そして黄金の剣によって、死はベートから逸れることになる。
ドゴンと大きな音を立ててロキ・ファミリアの幹部達が囲っていた机が粉々になった。上に乗った皿も同じく粉々になった。
「なっ、なんや!?」
目の前で起きた惨劇に理解が追いつかないが、すぐ近くから聞こえてきた金属音に意識が移る。
「チッ」
そちらを見ると、紅い槍を持った青い男が、セイバーとアーチャーの攻撃を回避して一歩下がっていた。
「邪魔するんじゃねぇよ、セイバーにアーチャー」
「それは此方のセリフだランサー。私は食事中だったのだぞ?」
「全く、君は食事の場でも殺気を振り撒くことしかできないのかね?」
店の中全体の視線が三人に集まる。
「何が起こってるの!?」
「さっさと構えろバカゾネス。さっさとしねぇと殺されるぞ」
遅れてロキ・ファミリアが戦闘態勢を整えた。
「ベート。何かされたんだね?」
「ああ、悔しいがオレとしたことが殺されるとこだった。あいつの槍が全く見えなかった」
「はぁ!?アンタが酔っ払ってるだけじゃないの!?」
「酔いなんかあの一瞬で全部吹っ飛んじまった。何モンだアイツ?」
「レフィーヤ、下がって」
「は、はい・・・」
武器を持ち込まず、宴会をしていた彼らだったが、そこは第一級の冒険者達。遅れたとはいえ、致命的な遅れではない。ただし、彼らが相対しているのが今の世にまで名を轟かせているクランの猛犬でなければ。
「もう一度だけ言うぜ?邪魔するな。分かったらすぐに退け。あの犬野郎をトマトみてぇにしねぇと気が収まらねぇ」
「退くとでも?そう思ったのなら貴様はとてもじゃないが正気とは思えない。我らサーヴァントがどういう存在か忘れたか?」
「私としては他のファミリアの団員がどうなろうと知ったことではないが、この場を貴様の結婚式場にされても困るのでね」
「はっ、言うじゃねぇかお前ら。ならお前らの血を使ってやるからありがたく思いな」
ランサーの槍が血よりも紅く染まる。まるでそれは死を纏った紅き茨の棘そのものだ。
「ちぃ・・・ランサーめ。相当ステータスを上げて来たと見たが」
「む?アーチャー、貴方は違うのですか?私も補正が掛かったのかステータスは諸々A以上になりましたし、色々持ち込んで来ましたが?」
「・・・トップサーヴァントの君達と二流以下の私を一緒にしないでくれるかね?そう簡単にステータスを上げられる程著名ではないのだよ」
白と黒の陰陽剣を構え、油断無くランサーを捉えるアーチャー。今まで自分が戦ってきたランサーとは桁外れに違う存在であると改めて認識する。幾らステータスが上昇しようと同一存在であるランサーならば初撃ならば確実に捉えられるだろう。だがそれは己のスキルの一つである『心眼(真)』による膨大な戦闘経験から予測した物だ。もしかしたら全く違う戦法を取るかもしれないし、初見の宝具をいきなり叩き込んで来るかもしれない。己の眼がどこまで追いつけるかも分からないのだ。
「あの、申し訳ありませんが、当店では乱闘事はお控え願いたいのですが・・・」
「ん?ああ、すまないな。だそうだ、ランサー」
白い肌に青い目。金色の髪に整った容貌。ひと目見れば男は彼女の事を美人だと言うだろう。一番の特徴は人間とは異なる長く伸びた耳だ。森の妖精とも例えられるエルフの女性がアーチャーに声をかけたその人だ。
「知るかよ。第一こっちはカミさんに許可貰ってんだ。安心しろ。アイツとお前以外の無事は保証してやるよ」
「何故私も入っているのか、事細かく説明を要求したいのだが?」
「んなもん決まってんだろ?お前が気に食わねぇから。それだけだ」
益々溢れ出した濃密な殺気に、アーチャーの全細胞が危険信号を上げた。全身の毛が逆立ち、冷や汗も止まらない。一瞬でも気を抜けばアーチャーの首が胴体と泣き別れしているか、
心臓辺りにデカイ穴があいているかのどちらかだろう。
一般人ならばその殺気を受けただけで昏倒しそうな物だが、隣に居るエルフの女性や周りの低レベルの冒険者達がそうならないのは、単にランサーがセイバーとアーチャーにしかその殺気を向けていないからだろう。
「貴方の怒りはもっともだ。ですがその報復に私が所属するファミリアの団員が殺されるのは頂けない」
「・・・なら交渉決裂ってわけだ。まずはお前が先に・・・」
言い切る前にランサーの姿が掻き消える。真性の心眼をフルに活用し、ランサーの初撃を見破る。過去に何度も争った相手ということもあり、その時の癖や好む戦法は既に頭の中に叩き込んでいる。
「逝け」
(やはり今までよりも数段も速い!?)
気がついた時には死棘はすぐ側まで迫っていた。やはりと言うべきか心臓へと一直線に迫るそれを回避しつつ左の莫耶で逸らす。すぐ側にいるエルフの女性に万が一にも被害を及ぼさないためだ。
咄嗟で出した莫耶は槍の先端を剣の腹で受け、触れた瞬間に粉々に砕け散ったが、ランサーの初撃は凌ぎきった。
次ぐ二段目の払いも疾風を超え、閃光を超え、神速の域へと至っていた。だがまだ見切れる範疇だ。残った干将で逸しつつ、莫耶を再投影する。
「すまんがすぐに離れてくれ、抑えられる保証はできん。怪我するぞ」
ランサーも理解しているのか、それ以上は攻撃を加えてこない。状況を理解できたのか無言で頷いてエルフの女性がその場から離れてくれた。そして影響が出ない距離まで離れたのを確認したランサーとアーチャーは再び槍と剣を交えた。次々と繰り出される紅き神速の槍を、積み重ねた研鑽による剣技で防御し続ける。
周りの冒険者達はレベル1だろうが第一級だろうがただ魅入っているのだろう。先程まで聞こえていた怒声や悲鳴はすっかり鳴りを潜めていた。
「そらっよ!!」
上から迫る魔槍を干将莫耶で受ける。筋力値も上がっているらしく、まともに受け止めたそれによって、木の床など簡単に砕いた。
「オラァ!!」
その隙にランサーは回し蹴りをアーチャーの無防備な腹に叩き込む。まともに受けたアーチャーは半分埋もれた状態のまま吹き飛ばされ、床を砕きながら壁に叩き付けられ埋もれた。
「デタラメすぎる・・・」
誰の声なのかはもう判別できないが、無傷で槍を構えるランサーに畏怖の念が集まった。
「立てよアーチャー。ちょいとステータスに差が付いた程度で簡単にお前に勝てるなんざ、オレも思っちゃいねぇよ」
衝撃で巻き上がった埃から大きな音と共に何かが飛び出してくる。それはアーチャーが吹っ飛ぶ際に巻き込まれた椅子だった物だ。
「グッ・・・。今の貴様の人間を逸脱したその速度。かの大英雄アキレウスとも互角だろうな。だが今のは速い遅いの話じゃない。縮地にも似た瞬間跳躍術、それはかの『鮭跳びの術』か?」
「9割当たりだアーチャー。だが一割外れだ。オレの脚は素でもアキレウスにも劣ってねぇよ」
衝突の際の衝撃で全身打撲だらけになったアーチャーは膝を着いていた。
「悪かったなアーチャー。こっちは色々と新ネタ持ち込んでるんでね。知名度補正様々だぜ」
「末恐ろしい男だ。できるなら次からは街の外でやって欲しいものだがね」
「だそうだぜセイバー。この場では保留にしてやるが、まだオレは諦めちゃいねぇぞ。百歩譲って頭の一つでも下げさせねぇと煮えくり返った腹が収まらねぇ」
「でしょうね。でしたらここからは外で」
「行くならさっさと行ってくれないか?このままじゃ本当に死人が出るぞ」
「へいへい。じゃあなアーチャー」
セイバーとランサーが空気に溶けて消え去った。霊体化したのだろう。サーヴァントの気配が遠いところに去って行くのを感じる。
「大丈夫・・・ですか?」
ようやく重圧のような硬直から動けるようになったアイズ達がアーチャーの方に駆け寄って来る。
「ああ、大丈夫だ。だが宴会はお開きだろうな」
「気にせんでええで。元はと言えばウチのベートが調子に乗りすぎたせいや」
とうのベートはただランサーとセイバーが消えた跡地をただずっと見つめていた。酒の酔いなどとっくの前に抜けきって頭が冷えたのだろう。
「ウチもな、アンタらサーヴァントの戦闘能力を見誤っとったわ。すぐに外に誘導しなかったこっちのせいで店はボロボロになってもうた」
「私をアレと同類にしないでくれ。第一に私とあの二人とでは格が違い過ぎる。ランサーにとってあんな物は様子見だっただろう」
「あれで様子見・・・」
「兎にも角にも、この有様はマズいな。修復しないと明日以降の営業に影響が出る」
「そうやな、ミア母ちゃん」
店の奥からミアが出て来る。荒れ果てた自分を店を一周してからアーチャーの元に寄る。
「派手にやってくれたねぇ」
「すまなかった。頭を下げて済む問題では無いが、弁償させて欲しい」
「アンタだけのせいじゃないさ。元々あの青いのに許可出したのは私さね。明日の夜からの営業に支障が無ければそれでいいよ」
「分かった。では明日の朝。また伺わせて頂く。」
「聞いたね!!悪いが今日は店仕舞いだよ!!」
それを聞いて今まで隅の方で縮こまっていた他の客も帰り支度を始めていた。
「では私もこれで失礼する」
「ん?分かったで。できることなら、今後も良い関係を築いてな」
「私個人も別に敵対する利点も無い。構わんよ」
そう言い残してアーチャーも霊体化した。この場に残ったのは後始末に追われるウェイトレス達と、未だに心の底から沸き上がる何かが冷めないロキ・ファミリアの面々だった。
そう簡単にステータスは上げられる物ではないよ(上がっていないとは言っていない)
本小説はサーヴァントのステータスやスキル、宝具等を追加する可能性があります。